taka's業務日誌 2005年10月
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diary
1
土
休めるときは休むのだ
さてと。10月だ。今月もいろいろあるのだろう。こうなったら体力勝負だ、だとしたら戦士の休息だ、とにかくは休めるときには休むのだ、と勝手に納得して今日はお休みを満喫することに。昨晩遅かったし、まずは朝寝坊だ、と思ったのだが8時過ぎに携帯で起こされる。その後、同業者社長からも電話があり、説明。9時過ぎに朝食。10時、ビデオで「仁義なき戦い」を観賞。いや別に今の自分の境遇を考えて、ではなくて、ただ何となく。お昼は息子と妻が喧嘩して、最後まで謝らないのでかわいそうにお昼抜きの刑に処せられていた。頑固なのは両親とも筋金入りだからなあ。休むぞ、と息巻いた割にはお昼過ぎに事務所へ。仕事したり仮眠したりだらだらと。あっという間に夕方になり、妻と犬を連れて近所を散歩。レンタルショップで新しいビデオを借りたりする。帰って仲直りした息子と3人でタクシーに乗り、街中へ。妻が気に入ったという沖縄料理店に入り、がやがやと飲む。その後、ボウリングを2ゲーム、カラオケボックスでシャウトしまくり、気がついたら休日を満喫していた。妻の心遣いに感謝したい。
2
日
今日もお休みなのである
昨晩帰ったのは1時過ぎだろうか。家について眠る寸前、友人から電話があったのは覚えいてる。今から出てこいって言われてもと断ったような。8時には目が覚め、ネットにつないで次回の出張手配など。10時、花屋さんが来て、お花が届く。妻が思ったより喜んだので良かった。朝昼兼用の食事の後、事務所に一度出て、それからクジ王という不思議な感じのお店へ。息子が熱中しているカードゲームの大会があるらしい。僕と同じくらいのおっさんが参戦しているのには驚いた。息子は悔しくも一回戦で敗退し、落ち込む彼をクルマに乗せて八代へ。会社でいくつか整理をし、ネットが不調で繋がらない問題を解決しようとしたがうまくいかない。2時間後、また息子を乗せて熊本に戻る。テレビで学生が吹奏楽の大会を目指す、とうドキュメンタリーをやっていたので眺めながらハンバーグ。夜、思い立って一人でガストに籠もり、メールを26通も書き、今月の宮崎セミナーの企画書を仕上げる。最後に今回の営業体制変更のお知らせメールをしたため、業界中の知己に送ろうと思ったのだが、書き上げた頃には深夜。だいたい深夜にメールを書くと翌朝になって読めない文面になっていることが多いので、いったん送るのを止めて、知り合い一人にだけ文面校正をお願いする。ちょうどバッテリーも無くなったので店を出る。そういえば仕事が一つ残っていたぞ、と事務所に入ったのが日付の変わる頃。器材ライブラリーのHDDコピー作業を行い、家に戻ったのは1時半であった。さて、明日からいよいよだ。
3
月
福岡で仕入先挨拶回り
6時過ぎに起きて、7時半の高速バスに乗って福岡へ。今日は福岡の仕入先を回って事情説明なのである。どういう反応かはだいたいこちらで想定しているが何が起こるか判らないし、僕の態度一つで変わってくるかも知れない。でもまあ何とかなるわな、とバスの中で昨日のメールの校正をしたり、日記を書いたり居眠りしたり。9時半、一軒目の輸入商社へ。所長と担当者に説明する。驚いてはいたようだが、理解はしてくれた。いつかはそうするだろうな、とは思っていたがまさか相手が大分とは、という反応だった。そりゃそうだ、僕だって自分で驚いているくらいだから(笑)。一段落し、営業のクルマに乗っけて貰って次の問屋さんへ。新しいビルになってから初めて訪問する。所長たちに説明する。我ながら2回目にして説明が上手くなってきたのが判るぞ。どこで笑わせるかもだいたい判ってきたし。こちらも好意的な反応でほっとした。次のメーカーさんへもここの営業に送ってもらう。なんだか玉突きのように次から次に送らせていくのでタクシー代が浮くのです。
お昼前にメーカーさんに入る。すぐに近所で食事に出ることに。所長と営業を前に説明する。大変驚きまくっていた。というか、何で自分が所長の時にこんな問題を起こしてくれるんだって思ってるんでしょう、と意地悪な質問したらおもわず、その通りです、なんて本音を漏らしていた。まあそりゃそうでしょうな。豪勢な昼食を奢って貰って、次の訪問先に案内してくれる。次は支店長不在が判っていたので訪問する予定ではなかったのだがついでなんでアポ無し訪問。ナンバー2,3と担当の女性に事情と今後の取り扱いについてお願いする。その後、また営業に送ってもらって近くのメーカーさん営業所へ。ここでも同じように説明。またまた営業に送ってもらい次の訪問先へ。ここの所長にも同様に説明。このあたり来るとほとんど脳は活動停止してて口だけが勝手に動いている感じになっている。それにしてもさすが大メーカーさん、ほとんど個人の意見を出さずに言質を取られないように受け答えするもんだなあ、と妙なところに感心する。っつうか興味ないんだろうなあんまり。彼のキャリアとは直接関係ないんだろうし。ここはどうにも送ってくれそうにないので、それから20分ほど歩いて次の会社へと向かう。なんか降り出しそうな空。iPodのおかげであっという間に到着である。ここの所長も似たような感じだ。まったく興味ないって感じでありました。でもここの営業マンは次まで送ってくれる、という。車中いろいろ話を聞いていると何となく事情も分かる気がする。会社が大きくなるって事が果たして良いことがどうか今の僕には実感としてとてもよく判断できる気がする。
最後の会社は先日からいろいろ喧嘩したりなんだで大変だったので、基本的に歓迎って感じ。もう脳と体がびりびり疲れ切っていて朦朧とする中で口だけが完璧な説明を繰り返す。ああ、明日からこれを得意先に100回繰り返すんだぜ。どうですか、どっかで一杯と誘われたが丁重にお断りしてバスに乗り込む。バスの中では熟睡し、バス停から妻に送ってもらって大分の会社の営業所へ。所長と具体的な話し合いを、ということだったがこちらがあまりにも疲れ果てていたので適当なところで切り上げる。彼にとっても大問題なのだろうが、どこからどう手を付けてよいかも判らないのはお互い様で、こうなったら体力気力で走りながら考えるほか無いわけですから、これ以上のミーティングはおそらく不毛ということは共有している感じだ。ようやく自宅に戻る。妻の誕生日をビールで祝い、明日からの説明の旅に備える。長い1日だった。いろんなことがよく、わかった1日でもあった。
4
火
今日から得意先説明。今日は天草へ。
朝早めに起きてこないだ書いておいた業界向けの案内メールをもう一度見直し、一気にクリック。120通ほどのメールがこれで業界中を回ることになる。その後クルマで松橋の歯科医院へ。先日会えなかった院長に経緯を説明。2時間近く過ごしてしまうが、概ね理解してただけたようだ。その後、営業と落ち合ってさあ、いよいよ今日から数日掛けて顧客への説明行脚である。2時間ほど営業車で移動中、車内でいろいろな話を。揺れながらも頑張っていこうという気になってきているようなので安心。もちろん気を遣ってくれているだけなのかも知れないけど。1件目、駐車場にクルマを停め、頭のシミュレーションを繰り返して診療室へ。あいにく院長が不在とのことで夜にまた来ることに。勤務医とスタッフに軽めに説明。びっくりされたが、思ったほどびっくりされない、という感じ。ここは病院の中の歯科だから、薬品会社などのM&Aの現場をよく見てきたからだろう。1件目を終え、次の歯科医院へ。ここは分院なので、分院長に説明する。以前からよく知っている先生なのでとても驚いていたが、理解してくれたようだ。お昼はお弁当を買って車内で二人で食べる。食後、先ほどの医院の本院へ。仲の良い先生なので僕の正確などもご存じで快く受け入れてくれた感じである。技工室では驚かれたようだが、まあ思ったほどの衝撃では無いという感じ。調子づいてそれから一気に回りまくる。傾向として院長よりもスタッフや技工士さんの方がびっくりするようだ。院長は経営者でもあるからなのかもしれない。逆にスタッフは歯科商店の経営が不安定であることなど考えたこともないってことかも。
夕方、最後の医院に挨拶をして、松橋まで戻り、そこから自分の車で歯科医院の研修室へ。今日は衛生士向けのコースの最終日なので顔を出しておくことに。講義中、ネットにつなぐとまあすごい数のメールの返事。朝送ったメールに対する業界中の反応である。もちろん反感を覚えた方はいちいち返信しないって事だろうけど、すべて好意的な反応で安心した。ほとんどが、英断、快挙って感じで書いてあるし、どうも行間には「本当は自分だって」なんて読めたりして。でもたいていは「おまえらしいよなあ」という感じで苦笑い、今後に期待、って感じでした。講義中、とにかくありったけの返事を書きまくる。僕も興奮気味でキーボードに向かったのでさぞやうるさかったことでしょう。終了後、スタッフらを近所の居酒屋に送って僕は自宅に戻る。妻とメールを読み返しながら、まあ良かったんじゃないの、と振り返る。明日も大変だし早めに寝よう。
5
水
初めての融合ミーティングは大荒れ
朝一で八代の会社へ。10時、昨日と同じ営業のクルマに乗って今日は宇城地区の挨拶回り。最初の歯科医院は今度営業が移籍する会社とすでに取引があるという、これまでに無いパターン。つまり、来月からはどちらかの営業が回らなくなるのだ。その結論は出ていないので「今後も何も変わりません」とは言えないのである。慎重に言葉を選んで説明する。2件目。技工室で待ちながら、状況を探るとどうやら院長は既に内容について知っているらしい。昨日送ったメールが業界を駆けめぐり、地元大手ディーラーの営業が昨日中にわざわざ説明に回ってくれたらしい(笑)。いったいどんな話になっているのだろう、と院長の理解を探りながら聞いてみたら、意外に非常に正確に伝わっておりました。やはりうわさ話ではなく、本人の書いたメールがぐるぐると転送される、というのはその正確性において21世紀型の情報伝播なのである。おもしれえ、と思いながら、勢いで回っていく。興味深いのは日頃業界情報に興味のありそうな先生に全く情報が入っていなかったり、さほど業者に興味のなさそうな先生がとても心配してくれてたり。現場というのはやはり面白いものだ。
相変わらず今日もメールの反応がたくさんで、携帯がよく鳴る。その中でちょっといつもと違う感じの反応があったので複数ルートで追いかけてみると、どうやら昨日業界のボス中のボスが亡くなっていたらしい。かなりのレベルの守秘情報のようだが、いずれにしても大ニュースだ。今回の僕のニュースもこれで薄まっていくのだろうな、それもある意味で運命的だなあなんて感じる。なぜなら、僕はそのボスの下でこの業界のキャリアをスタートしたのだから。
夕方、今回のパートナーとなる会社の熊本営業所へ。二人の営業マンの入社手続きを行うのである。僕は所在なげにやることもないしさ、と思っていたらまた携帯がなる。どうやら昨日訪問した先生の家族が交通事故に巻き込まれたらしい。これは大変だ、ととにかく情報をくれた先生の診療所に走り、対策を協議。今日は本当にいろんな事が起こる。1時間ほどして営業所に戻ってきたら某社が商品説明会をしていたので、なんとなくそのまま参加することに。いつものように意地悪な質問をするでもなく大人しく参加。
19時から近所の居酒屋まで歩く。今日は先方のメンバーとこちらのメンバーの初顔合わせ会ということで、ちょっとした宴会を企画しているのだ。和気藹々とスタート。ところが1時間もするうちに僕らメンバー、全員泥酔状態へ移行(笑)。僕も含めてみんな緊張しまくっていてそこで粋がってガンガン飲みながらテンション高い話をしまくっているうち気がついたら俺たち全員なぜか号泣し罵倒し蹴り倒し、勢いで二次会まで流れた挙げ句・・・まったく記憶が欠落しております。やってもうた・・・妻に抱えられるように自宅に戻ったのは覚えている。他のメンバーにはホテルを取っておいたのだがどこへ行ったのやら。
6
木
人生最悪の二日酔い
結論から言えば、便器を抱えて1日が過ぎました。2kgは1日で痩せました。何も食べずにひたすらうめいてました。朝、目を覚ました次の瞬間、トイレへ。得体の知れないものをゲエゲエ戻し、いったん部屋へ戻るも、3秒後には便器に顔を埋める繰り返し。しまいに何も出すものがなくなり、しかし布団に戻ってもただ部屋がぐるぐると回り、強烈な乗り物酔いのような目眩と恐らくは人生最大級の自己嫌悪と。妻子は既に仕事や学校に行ったらしい。今日同行する予定だった営業に電話し、本当にすまんがとても人前に出られん、今日挨拶に行ったら絶対に逆効果だから悪いが休ませてくれ、と伝える。もちろん相手も強烈に二日酔いだったらしい。僕は携帯の電源を切り、バッテリーを外し部屋の奥へ投げ捨て、またも便座にしがみつく。ちくしょー、うっせー、以外の言葉は出てこない。すべての思考活動はほぼ停止。気がついたら少し寝ていた。目が覚めればもう14時。テレビをつける気にも新聞を広げる気力も何もない僕はただ天井を眺めながらうーうー唸ることしかできない。お茶を飲んではそれを戻すという繰り返しの果て、ちょっとだけこちらの世界に脳が戻ってきたような感覚があり、同時に眠りに落ちる、という繰り返しで外が暗くなっていく。妻子が帰ってきてもなんだか情けなくて何を話すわけでもなくひたすらに惰眠をむさぼる。昼間あれだけ寝たから夜は眠れないかも、との心配をよそにどうやらぐっすり眠れそうだ。23時、とてつもない頭痛に目を覚ます。かつてない痛みにおいおい、洒落にならんかも、と心配になるがアイスノンで頭を冷やしながらどうにか眠ることができた。まったく散々。
7
金
営業はまだ揺れている
朝一番で5月に導入した歯科医院のデジタルレントゲンが起動せず、との一報。まだ痛む頭を抱えながらとりあえず走る。完全にサーバーがハード的に逝っている。僕がどうこうしても無駄なようだ。残っているクライアントにバックアップデータを読めるように画策している頃、ソフトメーカーとハード保守のメーカーが相次ぎ来院したので、状況を説明して僕は帰る。昼過ぎ、八代から同じく三日酔いの営業が到着。すごい顔をしているのでどうしたの、と聞けばモノモライで片眼が腫れ上がったのだという。まるで数日泣き腫らしたよう出し、第一痛みが激しく、しかも片眼で運転するのが怖い、という。とりあえずは病院だ、と以前子供が通った眼科に連れて行くがあいにく昼休み。仕方ないので挨拶回りから始めようぜ、郊外の歯科医院へ向かう。ところが車中、彼は「実はまだ迷っている」と言い始める。聞けば先日の手続きの時に聞いた条件でどうしても飲めない事項があるのだという。よくよく聞けば、そんなこと話し合いでいくらでもどうにでもなるだろう、とレベルのことに思えたので、「話をつけておくさ」と答えたのだが、本人はそれが故に入社を断ろうと思っている、だからもう挨拶回りには行けない、なんて悩んでいるようだ。いずれにしてもこんな状態で挨拶回りも無かろうよ、とゆっくりファミレスでメシを食べながら話をし、その後ようやく診療の始まった眼科に連れて行く。スーツ姿の男二人がいきなり待合室にどかどかと入っていくとまるで薬会社の営業のようである。実際、その手の男が受け付け奥でなにやら営業活動にいそしんでおり、いぶかしげに何度も僕のほうをやぶにらみしている。失礼な野郎だと思いつつも、僕らもああだったのかしらん、とまるで遠い昔のことを思い出すようだ。夕方、市内中心部の歯科医院に約束があったので訪問し、PCの様子を見る。といってもMACなので結局解決できず。夕方、予めアポを取っておいた相手先の会社の事務所に入り、拠点長と営業の悩みについて話し合い。結論としては、「その分数字上げてくれたらとりあえずは良いよ」とのこと。ほらね、と言いながら事務所を後にし、八代へ。ひさびさに八代の事務所で深夜まで仕事する。ドタバタしながら今週は挨拶できたようでできないようで。
8
土
セミナーの準備など
土曜日なので挨拶回りはお預け。そう思っていたの早朝から昨日のサーバ不調の歯科医院から電話で起こされる。聞けば業者が代品を置いていったのだが、起動パスワードを伝えずに帰って行ったらしい。まったくPC業者とは思えない。まあ実際はただの機械屋さんなのだけど。方々電話してようやくパスワードを聞き出し、なんとか始業前に起動させることに成功。院長当然のごとくおカンムリ。そりゃ僕がそうでも怒るさ。午前中はなんだか仕事にも手が着かずのんびり。どういうわけか未だに体調が悪い気がする。ほんと、お酒なんて体に悪いのですね。まだ酒瓶すら見たくもない。お昼は妻が最近できたパン屋に行こう、と誘ってくれたのだが、意味不明のまま僕は不機嫌になり、妻子をパン屋において自宅に戻ってしまう。突然パンを食べる自分が嫌になったのであり、自宅でやることもなくローソンで買ったカップ麺を啜りながらF1鈴鹿の予選を眺める。食べ終わって事務所に行き、そこで寝る。目が覚めたらもう外が暗くなってきているわけだが、ここにきてようやくスイッチが入ったようで、明日からの鹿児島セミナーの準備を猛然とスタート、21時くらいまで一心不乱に準備する。ここのところセミナー稼業とは違う仕事ばかりだったので、どうも切換がうまくいかなかったみたいだ。しかし、こうやって明日のセミナーの時間割を見ながらシミュレートし、作業に埋没していると、つくづくこれは僕の天職なんだよ、と自分に言い聞かせてみたりする。
9
日
鹿児島でエンドセミナー始まる
早朝、愛車を鹿児島空港まで走らせる。11時過ぎ、東京からの講師を出迎え、助手席に押し込めるように乗ってもらい、鹿児島市内へ。お昼はもう一人の東京の講師と近所のレストランで食事しながら打合せ。13時、受講生、協力メーカー、ディーラーなどが続々と集合し、根管治療の実習二日コースをスタートする。協力してくれた先生のおかげでけっこう入念な準備ができており、初めての内容にもかかわらず大きなトラブルもなくきっちりと1日目の予定をすべて終えることができた。夜は近くのホテルで懇親会。2時間で終了した後、ホテルへ戻ろうとしていたら、一緒に泊まる先生と話していて僕が二つのホテルをダブルで予約していたことに気がついた。ありゃま、と電話でもう片方に電話してキャンセルして貰う。幸い怒られずに快諾してもらったのでほっとしてもう一つのホテルへ。ここのところどうも生活が乱れ気味なので、たまには二次会にも行かずに寝て寝て寝まくることに。
10
月
体育の日もセミナー稼業
目が覚めたときに「またやってしまった」。といってもオネショではない。左目の持病再発である。とにかく痛みと涙で左目が機能しない。ぼろぼろ涙を流しながらチェックアウトし、タクシーに乗り込んで講師らのホテルへ。出迎え後会場に入り、セミナーをスタートした後は控え室で目を休めながら回復を待つしかできることがない。どうも僕は鹿児島に来るとよく再発するようだ。ホテルの部屋が乾燥しすぎているのかも知れない。セミナーの方は順調にプログラムが進んでいる。お昼が近くなってきて突然左目が回復。いつも突然良くなるのだ。挨拶してセミナーを解散し、講師らと鹿児島空港へ移動する。少し時間が余ったので空港内の寿司屋でフライトまで食事会。僕は運転するためしらふでお付き合いし、無事飛行機が飛んだ後は同じ方向の先生と新八代駅まで高速に乗る。先生を降ろした後、また高速に乗り熊本へ。違うセミナーの講師自宅に行って、来週末のセミナーの打合せを。ところが僕は完全に混乱してて頭が整理できてなく、とんちんかんなことばかり言うので講師を少し怒らせてしまったようだ。まあ悪いのは僕なんだから仕方がない。打合せは打ち切りとなり、僕は事務所へ。ちくしょう、何とかしてやるぜ、と夕方から頭を切り換え猛然と企画を立ち上げ、ダイレクトメールを書き上げ印刷して封筒に入れ、今できる範囲では完璧だぜ、と言い切れる仕事をやった。気がつけば日付が変わっていたのだが、最後にさきほどの講師にメールで報告し、ほっとして家路につく。
11
火
挨拶回り再開。水俣八代編。
あまり寝ていないのだが、やるべき事をやったという安心感でお目覚めばっちり。朝一番で八代の事務所へ。すっかり体調も戻ったので今日から挨拶回り再開である。先週とは違う営業と挨拶に出かける。午前中近所の歯科医院を回り、それから一気に80km下って出水市へ入る。お昼前に院長に自宅に呼ばれてご報告。とても驚いていたが、やはり面と向かって説明すると判ってくれたようだ。ただ、ここはあまりにも遠く父の時代からの大切なお客さんではあるが、次の会社が県外まで訪問を許すかどうか判らない。今後の訪問は基本的にできませんが、いつかまた復活できるようになったときにはくれぐれもよろしく、と挨拶する。お昼はガストで2時間も昼食。この地区は一斉に昼休みを取るそうで、どこにも回れないのだそうだ。まだまだ恵まれている経営環境がある意味うらやましい。午後からまた挨拶活動再開。技工室で同い年くらいの技工士に尋ねられる。「あなたほど恵まれた環境の人はいないはずなのに、どうしてこんなもったいないことをするのですか、僕には理解できない」。こうやって素直に本音を伝えてくれると嬉しいものだ。おおかたの得意先の意見はきっとこうだったのだろう、と思う。歯科商店という独占的でボロ儲けの会社を親から引き継ぎ、何もしなくても悠々自適の生活を送ることができたのにどうしてこの人はこんな訳の分からない行動に出て、親の財産をすべて捨ててしまうのだ?。まあそれも数ある事実の一つなのかも知れないし、逆に僕らが漠然と持っている歯科医への認識もきっとそんなものなのかも知れない。ずいぶん昔に始まったとされる歯科業界の分業体制は2005年の時点でかくも深い認識のずれを生み出して毎日どこかで悲喜劇が繰り返されているのだ。でも僕は批評家ではない。誰かがぶち壊して、誰かが再構築する必要があるのだよ。だから僕はすべてぶち壊す。誰がなんと言おうと、自分の責任で自分の環境はぶち壊す。焼け野が原でもう一度考えるのさ。悪いか。あんたには関係ねえのさ。これはオレの物語なんだぞ。あんたはあんたの物語を一人で考えて独りでやればいいんだよ。ぜひやってくれよ。仲間になろうぜ。みんなして自分の身の回りをぶち壊すのですよ。だからギターを弾くのですよ、サンボマスターァァァって完全に暴走しつつ、僕はここでの破壊活動を一通り終えて今度は八代へ戻る。本来は明日にでも回る予定だった歯科医院をすべて訪問してしまった。19時に八代の事務所に戻り、自分の車に乗って熊本まで高速を走る。今日は20時からスタディグループの理事会なのである。まったく今日はあちこち走り回ってよく仕事する一日であった。
12
水
午前中八代挨拶、午後は熊本事務所
朝はいつものように佐川へ荷物を取りに行き、そのまま八代へ走る。10時には1件目の挨拶に入っていた。対外公表から1週間以上すぎていると、ほとんど同業者が説明してくれているので、一から説明する必要が無くて楽になってきている。もはや僕のトークは何十回も磨かれ完璧に覚えてしまっているし、何も考えずにすらすら言葉が出てくる状態。なんだか新しいアルバムを出した後にあちこちでインタビューを受けている歌手の気持ちが少しだけ分かった気がする。だいたいは予想した反応。このころになると顧客もいろいろ考える時間があるのか、先週回った時みたいに驚きの反応よりはちょっとうがった見方をする人も出てくる。地域性かもしれない。会社の地元だから、いろんな思いが錯綜しているのは仕方がないのだ。まったく念頭になかったのだが、7年前にうちの会社を飛び出して同じ商品、同じ顧客で仕事を勝手に始めた某社がパニックになっているらしい。そりゃ過剰反応でしょうよ、僕は自分のこと、社員のことだけ考えてその人たちのことなんかまったく考えもしなかったのが事実なんだけど、彼らはそうは考えてないみたいだ。相変わらず認識が甘いというか、世間知らずというか、情報ないところで勝手に判断しておたおたするのはうちの会社にいたときから進歩がないなあ、以前に比べて素直におかしくなれるのだから不思議。午後は営業のクルマと僕のクルマと併走して三角の歯科医院へ挨拶。僕はその後熊本の事務所に入り、30分ほど仮眠し、夜まで一気に仕事をしまくった。23時過ぎ、自宅に戻ったのだが、風呂にも入らず飯も食わずに服を脱ぎ捨てベッドに直行、1分後には寝息。
13
木
宗教の終わりと何かの始まり
佐川に行った後、2件ほど単独で挨拶回りに出かける。営業が熊本に来るまでの間に1時間ほどで終わっておく。事務所に戻ってから今週末の症例検討会のためのお弁当手配など。10時過ぎに営業が到着し、熊本市内を3件訪問する。最後にインター近くの高速バス乗り場で降ろしてもらい、そこから2時間弱福岡まで一人、バスの旅である。今日は某社の取扱店会議なので、まあこんな状況で参加するのもいかがなものでしょう、と思いつつも先方がぜひ参加してくれというので参加しましょうということに。
まったく予想していなかったことだった。環境を変えるだけで人間が見ているもの、聞いてみる事なんてあっという間に変わってしまうということに直面したのだった。ついこの間まで、僕は次の新しい商売のネタを探すために全国でこのような会議に出ては、おそらくもっとも熱心にメモを取り、質問するようなタイプの男だった。もちろん多少は斜めから物事を見る性格だから額面通りに受け取るようなことはなかったと思うのだけど、それでも何かを信じて、その何かが指し示す方向に向かって突き進んでいたのだ。もちろんそんなことに気がつきもせず。
それにしても何なのだろう、この違和感。回りの空気がまるで僕だけ違うような気がしてくる。どこかのFM番組のように彼らの会話にちょいと耳をそばだててみましょう・・・「我が社の製品を採用することによって、患者減に悩む先生方はもうその悩みから解放されるのです。このカメラは、主訴の治療が終わった後でも、他の部位に治療すべき場所があることを探し出し、患者さんに訴えることができるのです」「我が社のシステムを採用した医院はもはや新患獲得の悩みとは無縁となるのです。治療が終わった後でも、患者さんはゲストと名を変え、こちらのドアから導かれたラグジュアリーな空間でリッチなメンテナンスを体験することができます。それは保険のシステムにも裏打ちされ、医院に永続的な収入をもたらすのです」「今日ここに参加された社長たちはラッキーです。なぜなら同じような形状のマスクでも、このマスクの持っている意味を説得するトークはここにしかないからです。もう通販業者に甘い汁を吸わせることはありません。さあ明日から付加価値の高い営業を始めましょう」
まったくもって凄まじい世界だと思えてきた。彼らが信じているのは
資本主義の神様
、だったのだ。もちろんついこないだまでの僕もそうだった。神はいつだって僕らの行くべき道を指し示してくれます。とにかく、モノを、モノを売るのです。それが唯一無比にあなたが成功するための方法です。寝ても覚めても、モノを売ることで幸せになれるのですよ。何を迷っているのですか。モノを売るのです。そのために何を悩むのでしょう。そうしてあなたが得たマネーの使い道はただ一つ。そう、モノを買うのです。買えば買うほどあなたは成功者として次のステージへ上がれるのです。モノを買うのです。モノを売るのです。
一刻も早くあそこのドアを蹴り上げてこの場を逃げ出さなければ、と思った。だけど次の瞬間、こんな面白い見せ物もめったにないぜ、と思い始める。別に僕が特権意識を得たわけではない。逆だ。僕はこの妙ちくりんな宗教から今ようやく脱会しようとしているだけのなのだ。熱烈な恋から目が覚めたとき、僕らは恋愛のさなかにいた自分たちのことを馬鹿らしく思うと同時に、なんだか愛おしい哀れみを感じてしまうことがある。うまく表現できないがそんな気がした。
二次会に進みアルコールが回っても僕の違和感は際だつばかりで、どうにも会話にとけ込めない。気が緩んでしまったのか、さきほど自分の信仰の深さについて壇上で説明をしていたセールスマンに聞いてみた。「なあ、あんたは自分の奥さんや子供を、さっき言ってたような医院に連れて行きたいと思うのかい。一度治療に行ったら一生離してくれないような経営感覚バリバリの歯医者に連れて行きたいか」・・当然のことだが、一笑に付されるわけだ。「takaさん、あなたの言いたいことはよく解りますよ。でもそれは正論だ、とても正しいけど、じゃあそれで組織は成り立ちますか、対前年比売上が上がるのですか、顧客の信頼を勝ち得ますか」なんて言い返されちまった。まあいいさ、オレは残りの人生、正論だけで生きてやるぜ。確かにそうだ、正論吐いてて組織は成り立たない。たった二人の社員を食わせてやることもできなかった。だが家族と犬くらい食わせていく自信だったらあるぜ。根拠も何もないけど、そっちの方が格好いいじゃんかよ、オレは一人パンクしてやるぞコラ。もちろんそれは脳内に響くだけで僕の口腔から一歩も出ようとしない。若い同業社長をひっつかまえてホテルの前の焼鳥屋でビールジョッキを倒れるほど傾けながら、いいだろう、おまえにはまだ無理かもしれんが、オレは一歩先へいっちまうからが、くれぐれもマネすんじゃねえぞ、火傷するぜ、なんて、オレはなんてハードボイルドなんだ、って気がついたらあれだけ忌みていた酒をがぶ飲みしてる。
14
金
熊本市内同行挨拶〜荒尾市で講演手伝い
思ったより二日酔いでなくてよかった。8時過ぎのバスでまた熊本に戻る。予定より早い便に乗ったのでバス停近くのマクドナルドで1時間ほどメールや日記を書いている。お昼前にようやく営業が迎えに来てそれから挨拶回りを再開。このころになると殆どの歯科医院や技工所がすでに情報を得ているのだが、それでも何件かまったく知らない人がいてこちらが驚いてしまった。夕方までに一気に挨拶回り。これでおおかた予定していた殆どを回ることができた。何件か行けないところがあったが、またあらためて出かけることにしよう。ちょっと僕の方も限界かな、と思えてきている。昨晩なんかいろいろ考えたことももしかしたら疲れから来ているのかも知れない。でも疲れて脳が痺れている時ほど宗教的な閃きがあるそうだし(笑
夕方、講師の歯科医院に入り、そこから彼のメルセデスを運転して荒尾市へ。今晩ここで講演会があるというので運転手役を買って出た。目的は来年のコースの宣伝である。講演会がスタートした後は、明日からのセミナーの準備を進める。実は東京と熊本で別のセミナーを同時進行させるのである、今月も。8月と同じく東京コースへは妻を派遣している。しかし仕事は僕がこちらで準備した計画に従うので気を抜くことはできない。また熊本の方は明日京都から講師がやってきて、土日のセミナーである。こちらも地元とはいえ気を抜くことができず、いろんなシーンを思い描きながら足りないところを補っていく作業が必要である。そうこうするうちに目の前の講演会が終了、近くの居酒屋で懇親会がスタート。運転手の僕は飲むわけにもいかず、今回の営業体制変更のことや来年のコースのことを肴に若い先生方と話す。その後講師と雨の中熊本まで走る。ご自宅で降ろした後、タクシーで自宅へ。自宅は誰もいないのだけど。
15
土
クローズド症例検討会と懇親会
誰もいない自宅で起き、事務所へ。来週21日以降の取引について、すべての仕入先向けに文書を製作し、発送する作業を行う。メインの仕入先には福岡で先週挨拶したし、メールも送っていたのだが、正式にはやはり文書が必要だろうと思い、簡潔に書いて送ることにした。お昼過ぎ、熊本空港へ行き、講師と出版社営業をお迎え、トンカツ屋さんで地元会長らと昼食。
13時過ぎよりいつもの歯科医院研修室でクローズドの症例検討会がスタート。明日の公開症例検討会のための予演会というわけである。15時過ぎ、東京のコースもスタート。妻と携帯メールで連絡を取りながら順調な進行を確認していく。18時過ぎ熊本の今日の会が終わり、午前中作った文書を郵便局に投函した後、タクシーで日航ホテルへ向かう。19時半、講師らを迎えての懇親会がスタート。明日もあるので今日は食事だけで散会し、僕は講師とホテルのロビーで某社の社長、東京のお弟子さんらも交えて1時間ほど雑談。その後講師の部屋に移って二人で来年の企画などを延々と。
16
日
公開症例検討会
7時にお客さんからの問い合わせの携帯で目を覚まし、事務所で荷物を積んで今日の会場へ向かう。途中、先生の著書を積むのを忘れてたのを思いだして引き返し、また走るが時間にはまだ余裕がある。東京の妻からの電話で、昨晩のホテルの予約でトラブルがあったことを知る。ホテルが何を勘違いしたのか独身女性の先生と男性技工士をツインで手配していたらしいのだ。当然のことながらあり得ないトラブルでホテルへ厳重抗議するよう伝える。9時前会場に到着、皆で協力して設営作業。9時半からケースプレゼンテーションがスタートする。同時刻、東京実習コースも無事スタートしたようだ。今回は受付要因として営業マンを移籍させる会社の営業も2名ほど手伝いに来て貰った。まったく社風の違う会社なのでこういう機会に僕らの仕事の実際を見て貰うのも良いかな、と考えたのだが。昼食、午後の部とほぼすべて順調に流れ、無事に終了。講師らとクルマで熊本空港へ向かう。お見送りの後、自宅へ戻る。しばらく相手できなかった犬を連れ出し近所を散歩。散歩中、東京のホテルの責任者から電話がかかってきて謝罪を受ける。しかしどうも現場から上がってきている報告が当事者に都合の良い話になっているようなので、そこのところだけ指摘しておく。ウソは常にバレルのだよ、キミたち。東京のセミナーも無事に終わったようだ。妻らが羽田から飛び立ったとの報告を聞いて、自宅に戻り、来週火曜日に発送する資料を作る。来週はまた出張なので今日中に片付けておく必要がある。遅くに妻が空港から戻ってきた。息子は八代の実家に預けていたのだが、どうしても今日中に帰ると言いだしたらしく、両親が連れてきた。あまり息子にばかり負担押しつけるのも、よくないか。
17
月
佐世保にてライブラリーインストール
あっという間に月曜日だ。今月はとてつもなくいろんなイベント満載でアドレナリンとアルコールだけで乗り切っている気がしてきた。それでも午前中は少しだけ余裕があり、器材ライブラリーの定期更新作業などをしながらメールや電話。昼食後、軽自動車にて佐世保までひとっ走り。先月プレゼンした結果が出て、今日明日で納品説明なのだ。夕方会社に入り、ノートPCにインストール、データコピー作業し、数名の営業や社長に説明を行う。夕方ひと区切りついたところで社長と食事に行くことに。なんだか不思議な店でイカ料理をご馳走になる。業界話や村上龍の話に盛り上がる。ホテルまで送ってもらい、早い時間に寝ることにする。最近、自宅よりもホテルの部屋で寝ている方が多い気がしてきた。
18
火
長崎にて導入説明
朝始業時間に昨日の会社まで歩いていき、昨日いなかった方に再度説明する。帰り際に「ギター弾くんですか」なんて聞かれて驚く。どこにでもRockerはいるのですね。抜けるように高い秋空の下、オープンにしてゆっくりと長崎へと走る。今日はこの会社の本社のある長崎で導入説明なのだ。本当は2カ所目以降への訪問説明は実費請求するのだが、まあいいか、今回は。天気も良いし。なんて考えながらzazenboysをガンガン掛けながらひた走る。お昼ちょうどに会社に到着。社長副社長おそろいで近所の定食屋さんで昼食をご馳走になる。お昼過ぎ、こちらのオフィスでも導入作業を行い、事務職の女性、仕入の男性、はるばる遠方の営業所から来られた所長夫人の順番に同じ説明を繰り返す。しかもそれぞれのノートPCにデータコピーをしながら・・・しまった、やはりもう少し高く見積もっておけば良かったか、とちらりと思ったけど、でもそんなことよりもこれを期に歯科商店が少しでも変わっていくチャンスの方が今の僕にとってはご馳走である。今気がついたのだけど僕は自分の会社で完遂できなかった業務改革を他の会社でやろうとしているだけなのかもしれないな。違うのは今度は請われてやっているってことだけど。
結局営業が戻ってくるタイミングで何度も説明を繰り返し、すっかり暗くなってからようやく熊本に戻ることに。泊まっても良いのだが明日は東京なのだ。21時すぎ、ようやくインターに入り、途中ラーメン食べながら熊本の自宅に戻ったのはちょうど日付が変わる頃だった。よく働くぜ。
19
水
東京一泊出張、Shure E2Cに惚れ込む
9時に事務所に出て、今日明日の出張準備など。今日は午後東京で業界の会合があり、その後講師と飲みながら打合せの予定である。考えてみたら絶対でなければならない出張でもないのにどうしてか予定に入れてしまった。出張クセがついてしまったのかな。そんなことを考えながら10時半のフライトで羽田へ。そこから品川経由で上野に移動、会議、講演会に参加する。講演会ではせっかく来たのに最初から最後まで寝てしまった。なんだか日本の一流企業のキャッシュフロー戦略だとか、なんかすっかり興味なくなっちまってて。会場で携帯メールを受信。どうやら北海道の同業者が今度は身売りをしたらしい。しかも株を売った先が流通業界ではなく、歯科医院のグループということで話題性抜群。これまでに無いパターン。これまた僕の話題が薄まるのか、はたまた同じ土壌で語られるのか。その後懇親会へ。今回僕の新体制発表後最初の大きな場なので、あちこち説明して歩く。概ねみなさんメールの内容をそのまま理解してくれているようで、「今更何しに来たのかね」てな冷たい人は居なくて安心。まあこういうのって流れみたいなもので、何となく変なヤツだからって体制側にも受け入れられてしまった感のある僕に今さら喧嘩売る酔狂な人もいないって事だろう。これは先の見えない構造不況期だからの話であって、これが天下太平右肩上がりの世の中であったら僕みたいな人間は上野公園で過ごしていたのかもしれない。1次会で僕だけ場を離れて新宿へ。講師の先生と飲む予定だったのだが、診療が長引いているようでしばらく自由な時間がでてきしまった。
南新宿の電器街を冷やかし、以前から欲しかったshureのE2Cというプロ仕様イヤホンを購入。9800円。やっぱモノ買うってのは良いのよねえ、って先週と論調違うだろって思いつつ、その後1時間ほどファーストフードで過ごす。さっそく梱包を開けてiPodに接続、音楽を聴きながら溜まったメールや仕事を一気に片付ける。アル中気味の僕は少しくらい酔っていた方が効率がよいのかもしれん。危ない。しかしこの音はよろしいなあ。白いヘッドフォンもそれなりだったけど、全然桁違いに音が良いのであります。しかもインナーイヤータイプなのでオレの音楽武装も完璧さ。遅くやってきた先生と日付が変わるまでいろいろ話ながら盛り上がる。終電で上野に戻り、旅行代理店が手配した水月鴎外荘という不思議なホテルまで動物園の横を歩く。E2cのおかげで外音は遮断されているのに不思議と寝ている動物たちのため息が聞こえてくるようなしんと冷えた夜の上野。東京にもこういうところがあるんだ、と思いつつ、ようやくホテルにチェックイン。もう1時を回っている。
20
木
今日が会社の実質最後の営業日だというのに
6時過ぎに目が覚める。そうか、今日は10月20日なんだ、今日で実質的なこれまでの訪問営業体制は終わりなのだな。そんな日にどうしてオレは上野のホテルにいるんだろう。営業たちと最後の朝礼をすべきだったのではないか。父や母に挨拶すべきではなかったのか。長年取引してくれた長老たちに挨拶すべきではなかったのか。でも僕は今ここにいて、浴衣姿のまま天然温泉に向かって歩いている。7時から入れるというので、貧乏性の僕は朝風呂を浴びている。着替えて朝食コーナーで和食を食べる。外はとても素敵な秋晴れである。チェックアウト後、荷物を持って上野駅まで公園の横を歩く。歩きながら、八代の会社に電話を掛ける。
営業二人に一人ずつ、今まで大変だったな、でも明日からも日常は続くんだからな、お互い頑張って行こうな、こんな日に出張で悪いな、と告げる。日頃生意気な彼らも、社長こそ胸がいっぱいなんじゃないですか、なんて答えるものだから、アホか、何も変わらんよ、と電話を切る。実際僕はこの後今日の最終便まで何も予定がないのだ。本当にやることもなく、どうしよう、と考えるが、それでも思い浮かばない。歩いてばかりで疲れたので上野公園のなかのテーブルに座り、電話やメールで仕事を続ける。修学旅行生や失業者が思い思いの姿で陽光を楽しんでいる。なんてことない21世紀のある日。16歳の夏休み、親戚を頼って東京に遊びに来たものの、やはりやることが無くなって一人で上野公園に遊びに来たことを思い出した。あの頃と僕は何にも変わっていないなあ。いや違う、ずいぶ変わってしまってたのだけど、いまはあの頃に戻っているのかもしれないなあ、なんて考える。
日が高くなってきたので、動くことにする。秋葉原に出て、MAC館を物色する。なんとなくwindowsが嫌になってきて、もう数字の世界から脱却すべき時なのではないか、なんてどうでもよい言い訳を考えついてiBookを眺めてみたり。でも重いし、だいたい僕が売り歩いているソフトが動作しないってのはけっこう洒落にならない事態で。来年のインテルマックまで待ちますか。本当にやることが無くなって浜松町へ。本屋で暇つぶし。手当たり次第に立ち読みする。もういいや、と思い羽田空港へ移動。喫茶店でビール飲みながらメールや日記。ようやく19時のフライト時刻になってJALに乗り込む瞬間、なんとなく閃いたこと。
そうか、僕はあまりに弱い人間だから現場にいたくなかったのだな、と気がついた。大上段から挨拶して相手にされなかったり、逆に自分が何も喋れなかったり、そんな空想ばかりが先回りして、要するにそこから逃げていたんだ、と気がつく。窓の外、近づいてくる熊本の夜景を眺めながら、でも別にそれだって良いじゃないか、オレはオレなりにこれでも結構良い仕事してんじゃないの、オレにしては、なんて勝手に納得しながら。自宅に戻ったら妻子が今月の焼き鳥大吉の日よ、と言い残して既にカウンターに座っているという。なるほどね、と一人iPod聞きながらしばらく歩いて大吉へ。カンパーイとビールを流し込んでようやく1日を終えることができたのだと思う。不器用で言いたいことが伝えられないけどいつだって君には感謝ばかりだ。
21
金
いよいよ初出社の日
8時、営業2名と一緒に近所の営業所のドアを開ける。これから新しい職場で頑張るのだ。朝礼が始まる。社訓なんて唱和するんだ。まったく違う社風だけど、少なくとも商品と顧客は同じだからすぐに慣れるだろう。長居は無用と歩いて事務所に戻る。今度はクルマに今まで使っていた事務用のパソコンを積んで、セットアップにまた戻る。既に営業は出かけていて、所長の奥さんと二人で世間話をしながらうちから移った二人が入力するための端末をセットアップする作業。これはすべて無償サービスなんだが、奥さんにはそんなこと関係ないみたいだ。どこか迷惑げだしね。まあ立場が逆でもそう感じると思う。実際お願いしてもいないにトップ同士が勝手に決めてがやがやと知らない人間に立ち入られたら迷惑以外の何ものでもないだろうから。3時間くらいかかり、ようやく動作確認できたのでローソンで弁当買って自分の事務所に戻る。最後の請求書を発行し、挨拶文を封入する。夕方疲れが出て1時間ほど仮眠する。暗くなってから明後日の宮崎のセミナーの資料をまとめる。同時に明日は天草でもう一人の講師の講演会があるので、その配付資料も準備する。夜は薬価調査プログラムを起動して資料を作り、複数のスタディグループの資料などの仕事を進める。気がついたら日付が変わっていた。もうこれだけが僕の仕事なのでやるしかない。でも、この仕事は心から自分に合っていると思うし、好きだ。
22
土
事務所引っ越し。
朝一で市内中心部の歯科医院へ天草講演会の資料を届けに行き、それから相手企業の熊本の事務所経由で八代の会社へ向かう。今日は二人が移籍するにあたって必要となる机、椅子、什器、そして在庫の引っ越し作業なのである。幸い天気は良い。先方がトラックを借りてきたので、皆で力を合わせて必要なモノを積み込む。僕の車にはコンピュータ県警を積み込む。あっという間に事務所は歯抜けになり、たくさんの軍手に掴まれた段ボールがトラックに積み込まれていく。ほぼ最年長に近い僕はそれだけを理由に力仕事から逃げている。力を出すのが嫌なだけなのだが。
また高速に乗って熊本へ向かう。copenのスピーカーが割れんばかりのFoo Fightersに護られて移動するのは快感以外の何物でもない。まずは近所の寿司屋で昼食をとった後、作業。一段落終わった後、自宅で着替えて近所の歯科医院へ行き、先生と打合せ。これから明日のセミナーのために二人で宮崎へと移動するのだ。僕は二重人格のように頭を切り換えて講師のSAABを運転しながら高速を下る。午前中通った同じ道路でもまったく違う見え方を楽しみながら南下する。2時間少しのドライブで宮崎市内に入り、ホテルにチェックインした後、二人で中心部と言っても狭いアーケード街の近くでたまたま見つけた地下の和食屋に入り食事。1時間ちょっといろんな話を。すっかり二人でどさまわりって感じになってきたなあ、なんて笑い話。なんだか演歌歌手とマネージャーのようである。僕の場合は専属ではなくてたくさん掛け持ちしないとメシが食えない弱小プロダクションなのだけど。その後名物の釜揚げうどんでしめてホテルへ戻った。
23
日
宮崎にてセミナー
ホテルの朝食を食べながら知り合いの先生とばったり。その後講師とクルマで海の近くの研修会場へ。9時半から講演会をスタートする。今回僕はあまりやることがないので、いつものように講義に出てくる商品や書籍をまとめながら、かつ会場の雰囲気を見ながら講師と細かく打合せ。しかしなんだか昨夜食べた居酒屋の突き出し貝がどうもいけなかったようだ。僕も講師も頻繁にトイレに駆け込んでいる。昼食後もなんということなく推移。けっこう好評みたいなので安心しつつ、早くも夕方になりスケジュール終了。講師とインターに向かい、高速を走りながら熊本に着くまであっという間であった。講師を医院まで送り、自宅に終わったよ、飯は、と聞けば「適当に食べといて」というので、仕方なくなか卯でうどんと牛丼。まあこんなもんです。
24
月
今日は社内で仕事
最後の請求書を投函。事務所で溜まった仕事を片付ける。今度の広島のセミナーで使うオリジナルのバーセットのためにスタンドの台紙をイラストレータ作り、貼り付け作業。午後、アマゾンからようやくPaul MacCatneyの新作が届く。3週間くらいかかったなあ。パソコンで流しながら作業を進める。妻とカレーココ一番屋に行き昼食。帰ってきた後絵車の中でそのまま30分くらい寝てしまう。夜、昨日の講師のオフィスに出かけて打合せ。夜は事務所に戻り器材ライブラリーの整理、昨日のセミナーの会計、次回の案内、12月の講演会の最終案内原稿の完成。何人かの業界人にたまったメールの返事。22時過ぎまで事務所にいた。明日はまた出張である。
25
火
京都へ。
8時半に自宅を出て熊本空港に向かう。今月何度目の出張だろう。先日亡くなった業界の大ボスの葬儀が京都であるのだ。熊本空港の待合室で地元同業者の会長とばったり。1時間のフライトで伊丹へ到着。空港バスに乗り込んだらまったく偶然に今回お世話になった大分の会社の社長副が乗り込んできた。これも何かの縁ですねえ、車中打ち合わせしながら京都へ。京都駅南側のホテルで大阪の同業者と関東のメーカー社長と中華料理を食べながらいろいろと打合せ。その後ロビーの喫茶店で時間調整した後、タクシーで岡崎の葬祭場へ向かう。案の定長蛇の列である。タクシーの運転手も今回はすごいですねと驚いている。並んでいても暖かい日なので苦にはならない。回りの業界人のマンウォッチングしているうちにようやく列が動き始めた。16時、再びタクシーに乗り京都駅近くのホテルへ。部屋に東京、大阪の社長がやってきてしばらくいろんな話。18時、ロビーに某メーカーの社長専務がやってきてタクシーで木屋町へ移動し、会食。二次会でも素人マジックなどで楽しませてくれた。23時ホテルに戻り、惰眠貪りまくり。
26
水
大阪のディーラーにライブラリー導入
4時頃、珍しく胃がもたれて目が覚める。5時まで我慢したが眠れずフロントに胃薬を持ってきて貰いようやく落ち着く。8時にチェックアウト、地下鉄で北上する。御池の駅を上がったところで古いベンツを運転する京都の先生の車に乗り込んで北山の医院へ。隣の喫茶店で午前中いろんな話をして過ごす。11時、また地下鉄に乗って京都駅から今度は大阪へ。梅田のヨドバシカメラで必要なソフトを購入し、電車を何本か乗り換えて目的地へ。駅を降りたところに社長が迎えに来てくれて、それから会社へ。先週の東京で急にシステムの注文を貰ったのでこの機会に納品説明することにしたのだ。約3時間にわたり社長に説明。その後、贅沢にも伊丹空港までクルマで送ってもらう。思いがけず早く到着したので、レストランで親子丼を食べながら日記を書いたり。自宅に戻ったらおでんの夕食。週末はまた出張なのでホテルの手配などをネットで行う。
27
木
気の抜けた一日
8時に携帯が鳴り目が覚める。9時にオフィスに入り、いろんなメールに返事したり。12時に歯科医院に出かけ、打合せを1時間。その後もう一軒。昼過ぎに事務所に戻り弁当食べていろんな電話掛けたり。なんか気が抜けてしまい17時床に転がって仮眠。この事務所にはソファなんてないのでいつだって床にごろんである。まあ床と言っても下は畳なので結構寝心地よろしいのだ。夕方も21時過ぎまで仕事して、自宅に戻る。これから毎日こんな感じなのかなあ、と思う。
28
金
山鹿講演会最終回
午前中は気の抜けた昨日を引きずって何もできず。午後、妻と近くの居酒屋のランチ。昼過ぎ事務所に入り来月のセミナーの資料づくりなど。夕方、中心部の歯科医院へ行き、その先生と3回目になる山鹿市へ。今回がシリーズ最後となる歯科医師会の講演会。器材リストなどを作っているうち終了。講師とクルマで帰りながらトンカツ屋で食事。ギャラの一部をくれる、と言われるのだが気持ちだけで遠慮する。今度から僕もプロになったわけで、自分の仕事とアルバイトをきちんと区別しておきたかったのだ。でもその気持ちがありがたかった。なんか午前中ぼーっとしていた分、妙に仕事のエネルギーが漲ってしまいそのまま事務所に入り、日付はとっくに変わっているというのに3時過ぎまで仕事してしまう。
29
土
今日から長旅。まずは名古屋。
今日から一週間にわたる出張である。名古屋イン北陸経由東京アウト。寝不足の頭を捻りながら目を覚まし歩いて事務所へ。妻の車で空港まで送ってもらう。空港では今回名古屋に一緒に行く熊本の先生方と合流、機内へ。座ると同時に瞬時に寝る私。いくら取引関係が無くなったからってそりゃ気を抜きすぎではないか、と自問自答するもしかし眠気には勝てんのです。目を覚ますともうセントレアに着いている。贅沢にもタクシーに乗って栄のホテルへ移動。大雨である。いまだに雨男。チェックイン後、ホテルに傘を借りて会場の芸術文化センターまで歩く。スタディグループの設立10周年記念大会である。今日は会員による発表がメインで、全国の会員の症例を見る。門前の小僧状態で最近なんとなくいろんなことがわかるようになってきた気がする。もちろん運転免許のない小学生がスーパーカーを語るレベルなんだけど。
夜は別のホテルに移動してのパーティ。とても趣向が凝らされていて楽しめた。数年後熊本でも10周年を企画するのでいろいろ参考にさせていただく、というのが今回私が同行した趣旨であるからして、飲んだくれている場合ではない。しかし、全国各地の先生方と再会し、業界人たちとも今回の僕の営業体制変更の件を聞かれたりして気がついたら顔が真っ赤でした。
二次会に誘われるも熊本組は「もっと何か食いたい」と欲望全開状態。名古屋の某メーカー某営業所長@業務日誌読者にお願いして「世界の山ちゃん」とかいう手羽先屋さんの予約を取って貰いタクシー移動。多くの客でごった返す中、10数名でビールやら手羽先をガンガン。鳥インフルエンザだとかそういうことはこの際忘却の彼方。京都の先生が「さすがにもう疲れた、帰る」と言われるので僕も便乗してタクシーでホテルへ。まだまだ寝不足なのでぐっすり眠る。
30
日
名古屋でのインド体験
8時に皆で朝食。天気は少し回復したみたいだ。歩いて会場へ。今日はメイン講師の講演が続くので、僕も大人しく拝聴させてもらう。面白い。以前は材料販売業者の立場だったので、どうしてもそういう目でしか聞けなかった話が、まったく違う観点で頭に入ってくる気がするのだ。術者側というよりも、一般市民、一般患者の立場から、という感じなんだけれど、ある意味距離を置いていろんな情報に身を浸していることで、大まかな流れ、みたいなものを感じることができるようになった気がした。この距離感を感じただけでも今回の僕の行動に意味があったのでは、と思えるような。大げさかな。
昼食は近くのインドレストラン。なぜかインドである。インドと言えば大学の頃貧乏旅行して頭をぶん殴られた大陸である。面白いです。午後の講演を聞いてプログラムは終了。熊本組はタクシーでセントレア空港へ向かうが僕はこれから旅が続くのでチェックイン後、タクシーに乗って名古屋城前のビジネスホテルへ移動。こんな高級ホテル何泊もできる余裕はないのである。ということで4900円のホテルへチェックイン。1時間ほど仮眠した後、ロビーに降りると友人が待っていた。大学時代のバンド友達が名古屋に帰っているので今日は飲みに出ようということになっているのだ。彼の車で移動し、「自然や」というレストランで昔話からスタート、携帯であちこちの友人に電話しまくり、でも最後は学生の時と同じように人生観やら社会についてなんていう青臭い話で盛り上がり、気がつけば彼はクルマだから飲んでいるのはオレだけじゃん。ホテルまで送ってもらい、すっかりビジネスモードが溶け出して学生気分に戻っているアルコール漬けの脳を休ませる。
31
月
名古屋の夜は今日も更け
8時に朝食を食べ、地下鉄を乗り継いで某駅で降りる。週末とは打って変わって快晴である。九州の歯科商店社長から紹介された商店さんに訪問。器材ライブラリーのデモを簡単に行い、いろいろと業界話。いつも思うけど、ほんと皆さん考えていることは同じなのだ。みな正しいのだ。あとはその表現方法、行動が違うだけなのである。今日の彼はなかなか行動的みたいで、これは面白いなあ、と感じる。さっそく年末にまた来ますぜ、と商談ほぼ決定である。会社を出て、さて夕方まで何も予定が入ってないわけだがどうしよう、と歩きながらふと思いついて以前お世話になっていた会社の名古屋支店に電話してみる。たしか京都時代の上司がいまここで支店長やっているのだ。電話すると「久しぶりやねえ、昼飯でもどうや」てな思い通りの展開に。地下鉄を降りて10年ぶりくらいに訪れる支店へ。ちょうど来客中のようだったが、そのお客さんも実は知り合いで、だったら3人で、ということに。郊外の洋食屋さんでランチをご馳走になる。
別れた後一人で今池へ。町をブラブラ歩いて、靴を買う。いよいよやることが無くなったのでホテルへ戻り、昼寝。30分ほどで目が覚め、テレビをつけると小泉内閣の改造を取り上げている。メールの返事を書いたり、今度のセミナーの出席確認であちこち電話しまくったり、部屋でお仕事。ほんとどこでも仕事ってできるもんだ。
夕方、東京の某社社長が自家用車でホテルまでお迎えに来て貰う。これから数日間、彼と彼の車にお世話になるのである。まずは一発目、名古屋の某歯科商店へ。昨年3月にお世話になり、それ以降器材ライブラリーを採用していただいているところに、彼を紹介し商談をまとめて貰うのが僕の役目である。いちおうマーケティングコンサルタントというお仕事を貰ってますので。ちょうど営業から戻られた専務に1時間ばかりご説明。とても良い雰囲気でひと安心。
会社を出てホテルに戻り、二人でタクシーで今池へ。一昨日お世話になった某所長と3人でメシでも食おうやってことで、味のある中華料理店で飲めや食えや。その後、例によって南蛮家という楽器のある飲み屋さんへ移動。あとは深夜までいろんなギター弾いたり叩いたりですっかり学生気分へ。最後はベースの速弾きしてたら店長に怒られる始末。
今月もまったくもっていろんなことをしでかした。いろんな人にいろんな影響を与えてしまったかもしれない。でもいつかはやらねばならないことだと思っていたし、すべてとは言えないけど、うまく行ったことの方が多かったような気がしている。少なくとも僕はずいぶんと変わった気がする。正確に言えば戻ったのだろうか。この15年というもの寝ても覚めても経済や数字を追いかけてきたけど、それまではほんとオバカな青臭い変人だったのだ。少しずつそういう顔に戻ってきたのかなという実感がある。迷惑を掛けた皆さんにはいつかご恩返しするとして、まずはそんな環境の変化、自分の変化を楽しみつつ過ごしていきたい。今月も長文を読んでくれた方、どうもありがとうございました。
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