taka's業務日誌 2003年3月

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diary
1

よー飲んだ

 3月だ。午前中は自宅で見積を書いたり。ネットを見ていたらなんだか羽田空港で飛行機がすべてストップしているという。コンピュータ社会も大変だ。11時頃バスに乗って街中へ出かける。ぶらりと立寄った店でラーメンを食べ、歯科医院へ一軒立寄る。雨が降っている。夕方、鶴屋デパートのイベントホールで明日行われる講演の下準備に参加。本来、自分の仕事ではないが、昨日、主催者からの依頼で個人的にお手伝いすることに。椅子の設置から音響関係のチェック、スライド施設のチェックなど。21時ごろ終了し、階下で行われていた懇親会が終わるのを見計らって会場へ。今度は彼等の一部を二次会のクラブへお連れすることに。きらびやかな女性たちも迎えにきている。小雨の降る中、彼らを連れて行く。お店では、10数名の遠方からきた先生方を接待。殆どが知っている人なので特に緊張はしないが。途中何度が店を出て・・いろんなお仕事。12時に会計し、解散した後、携帯で呼び出され、他の会場の先生らと寿司屋で合流。どこかバーに連れて行け、というのでとっておきの隠れ家へ。次になんだか賑やかなバーへ。これまで会計とかいろいろ忙しかったので殆どウーロン茶で過ごしてきたのだが、そろそろ飲み始める。ふと気がつけば3時を回っている。最後に解散した後、いつもの店に一人で。今日がお店の5周年記念日、ということで、ちょっと顔出して帰るつもりが、ストリートミュージシャンに皆で勝手に伴奏をつけはじめ、ガンガン酔っ払ってギター弾いてたら、何となく外が明るい。あらま7時過ぎてるわ。

2

徹夜で講演会手伝い

三水会40周年講演会  なんだか家に戻ってまた出てくるのも馬鹿らしいか、とそのままフラフラと講演会場へ。我ながら酒臭い。会場に着くと大勢のスタッフが準備に走り回っている。今回は自分の仕事ではないのであまりでしゃばっても悪いかな、と邪魔にならない程度に気がついたところだけ仕事する。スライドのチェックとデジカメの撮影くらいかな。特に大きなトラブルもなく、無事受付も終了し、イベントはスタートする。会場が暗くなった途端、やっぱり眠気。後方の映写室にこもってしばし熟睡。

 お昼はお弁当が出たがとても食べる体力なし。360名を越えるという参加者があるので、知り合いも多く、顔を合わせたらご挨拶。でも相当顔色悪いと思うんで、営業には逆効果かな。16時ごろ、講演会は無事終了。バスに乗って自宅に戻る。

3

ひな祭り

 さすがに12時間も寝ると、かえって体調が悪い気がする。なんだか最近自虐的なくらい生活を乱しているな。大学時代もそういうところがあって、友人間で誰が一番無茶しているか、を競うみたいな。夕方、仕入先拠点長がやってきてこないだからのトラブルに一応手打ち、ということで。何事も落としどころが肝心。大人になったものだ。社員が帰ってからは月末締め請求書のチェック、その関係の作業。なんだか疲れが取れないので、早く寝る。今日はひなまつりだったんだな。

4

風邪

 あさ、目が覚めたら強烈に喉が痛い。やばい。風邪を貰ってきてるな。今月は出張も多いし・・・とにかく早いうちに退治しておかねば。そう思い昼食後、実家で30分ほど仮眠。起きたらもっと酷くなっていた。なんか熱もでてきた感じ。あたまが殆ど回転していないし、本当に喉がひりひり痛くて・・・仕事にならんので、今日も素早く実家で眠る。

5

かなりやばい体調

 5時ごろ、あまりの喉の痛さに目を覚ます。実家の隅々を喉飴と風邪薬を探して暗いうちに家捜し。なんとか見つけてベッドに戻るも目が覚めてしまい、早朝のニュースを見ながら無線LANでネット。仕事が始まり、朝一にメーカーさんの集金。手形を切りながらも頭がボーっとしている。11時にクルマに乗り、熊本市内へ。歯科医院で打ち合わせと院内勉強会でちょっとした説明。中華料理店で昼食をご馳走になりながらミーティング。午後、いったん自宅に戻り・・・のつもりがそのままダウン。20時には熟睡していた。

6

体調復帰

 目を覚ますと朝8時。12時間まるまる寝ていた計算だ。どうやら風邪もどこかへ吹き飛んだらしい。午前中、近所の歯科医院でパソコンをちょこっと教え、携帯電話片手に高速を運転して会社へ。午後から内勤が休むというので店番。体調はほぼ復帰、いろいろと仕事再開。なんだかやるべきことが山ほどあって、どれから手をつけて良いか分らない状態に。結局どれもまともに終わらず・・・ということになりかねないので、とにかく終る仕事からひとつひとつやっていく。これが一番だ。

7

会議資料作成

 明日の会議の資料を作る。やっぱりこうやってまとめてみると実績の悪さに辟易とする。いろんなものを犠牲にしたり先送りしたり棚上げしたり見なかったことにしたりしてやってきたことがこの結果かよ・・・まあめげずにやるべきことをやるしかないわな。それと同時にこういうことを来年こそは繰り返さないための地道な努力も。そして派手な仕掛けと。夜には妻子もやってきて家族総出であすの準備態勢に。結果も出ないのに僕らは何をやっているのだか。

8

会議の後は寿司パーティ

 午前中は月一の会議。売上の落ちている地区は一取引先単位で原因分析と対策を考える。商品政策も根本から見直そうとディスカッション。実際に商品の見直しをしてようやく終ったら13時。妻が買ってきた寿司を拡げて、皆で昼間から豪勢なパーティ。といっても回っている寿司の詰め合わせだけどね。それでも僕らにとっては楽しい贅沢。つかのまの楽しさ、その奥に隠されている悪しき日常、忌まわしき常識、積み重なる犠牲。目の前の懸案こそが僕らに許された最後の楽しみであり・・・地雷と解決のためのスイッチが混在している土地を歩くためのちょっとした泡沫。

 夕方、3人で老健施設に入っている祖母を久々に見舞う。思いのほか元気で安心する。多くの人たちが車椅子を転がしているのに相変らずスタスタ元気に歩き回っている。確かに同じことを数回尋ねたりするけど、それは僕だってやることだし。

9

息子と久しぶりの散歩

 今週、自宅に戻ったのはたしか1日だけだったような。昨日は社員が帰った後も妻と事務所で仕事を続け・・・両親が不在のため、僕ら家族で実家を占拠して仕事したり遊んだり。午前中はゆっくりテレビを見たりし、天気が良いので息子を誘い出して散歩に出かける。すごく良い天気なのでつい足が進む。田んぼのあぜ道を歩きながらきゃあきゃあ大騒ぎして・・・こんなに楽しそうな笑顔と春の陽気。用水路の水面がキラキラ輝いて、ああこれって日曜日の当たり前の風景なんだよな、と感じる。平日の昼間の空気とどこかが違う、休日のすこし柔らかいエアを胸一杯に吸い込む。この分子はきっと僕らの肺の中で穏やかに摩擦して、微かなエネルギーを生むのだ。でもそれは体内に作用するエネルギーだから、なんだか楽しそうな効果が期待できそうじゃないか。

 高島、という小高い山へ上る。小学生の頃、何度か遠足にでかけた八代人なら誰もが知っているところ。10年ぶりくらいにやってきた。細かい階段の曲がり具合とか実はよく憶えているものだ。息子と同じくらいの年齢だったというのに。彼も30年後にこうやって思い出してくれるのかな。そのとき僕はまだ話し合える親父で入るんだろうか。先のことは誰もわからない。

 帰り際、昨日寄った祖母の施設に再び立寄ってみる。祖母は相変らずスタスタと歩いて 僕らを迎えてくれる。回りには車椅子に座ってただテレビを見て過ごす元明治軍人や、元開拓民たち。どうして父は自分の母をこういうところにぶち込んでしま うんだろう、なんて思いながら、そういう僕も年に数回も顔を見せはしない。 息子が施設に立入るとさながらヒーローだ。あちこちから老人たちが遠慮がちに寄ってきて、宝物を触るように彼の頬に触れている。本人はどうもあまり気乗りしないようだが、きちんと受け答えして自分の役割を演じている風だ。そう、それでよいんだ。僕も彼女の入れ歯をなんとかしてあげることにしよう。

 乾いた田んぼを横切って走り回って大騒ぎしながら家に戻る。仕事をしていた妻に今回の散歩のことを話す息子は楽しくて仕方がなさそうだ。良い息子を持った。

 4時からテレビでF1開幕戦を見る。最近なんだか惰性で見てるけど・・・久々にフェラーリのいない表彰台。おもしろいじゃん。

10 息子はインフルエンザ
 朝、先日から商談していた院長から携帯が入る。どうしてもその設備をうちから買うわけに行かず、よその業者、それもうちを辞めた人間が作っている会社から買わざるを得ないという。今年になってそんな話ばっかりだ。まあよろしいんじゃないですか、と。近所の歯科医院の修理に立ちより、そのまま会社へ。午後から歯科医院で設備屋さんと打ち合わせの予定だったが、それも朝の電話でなくなったわけで、出張の準備などをして過ごす。夕方いったん自宅に戻ると、息子が熱を出して寝込んでいた。昨日の散歩がちょっと無理だったのかなあ。8時ごろ今晩会食予定の仕入先と携帯が繋がり、バスで街中に出かける。3人で寿司屋で食事し、いつものTwo-Fiveによって結局3時過ぎまでギター弾いたり。パパも寝込みそうだよ
11 昼間から温泉
  菊南観光ホテルから熊本市を望む  8時過ぎに昨夜の彼らをホテルに出迎えに。その後取引先のラボに移動。午前中話をして、近くのホテルの中華料理店で昼食。そのうち話が盛り上ってしまい、このまま菊地の温泉に移動し、裸で商談しよう、ということになる。クルマで30分ほど移動して、露天風呂へ。これは良い。贅沢だ。年末に痛い目に遭った菊地のイメージが一挙に反転、である。なんだかんだで4時近くまでゆっくりしてしまった。息子が寝込んでいるのに、パパは温泉である。その後、彼らを空港まで送る。
 自宅に戻り、しばらく事務処理をした後、夜は歯科医院で理事会。息子は完全にインフルエンザに罹患しているという。ここで移されるわけにはいかんぞ、早めにベッドに入り、熟睡。
12 今週の商談お流れ第二段
朝一で会社に来ると、取引先のお父さんが亡くなったということで、案内やらなにやらに忙殺。何だかんだの処理と仕事と商談で一段落したらもう15時。今日は鹿児島県の歯科医院に訪問する予定だったのだが、電話したら19時から予定があるという。ではまたこんど、ということで本日は社内で過ごすことに。
 夜、お正月明けから提案していた1000万ほどの商談の最終確認のため院長に電話。なんと、数社に見積りを取らせたところ、我が社は高かったそうで、まったく何にも動いていない業者が漁夫の利を得るそうです。はらへりほれはれ。
 僕の好きなJohnがこういう歌を1967年に発表している。"Price,price,price...All you need is Price,Price...PRICE is all you need is..."
マジでギター弾いて歌っちまったよ。まあ資本主義国の一般経済社会でこれやったら誰も相手してくれなくなるわけだけだが、この業界だけはますます浮世離れしていってる気がする。
13 冠婚葬祭
 午前中は歯科医院で患者役のビデオ撮り。お昼はガストで、パソコンで見積もり書きながら食事、その後歯科医院に出向いて商談、成立。今週は一勝二敗だな。いったん自宅に戻って喪服に着替えた後、近くの歯科医院の院長を拾って植木までお通夜に参列。ご焼香だけして戻り、自宅で22時には寝る。息子の熱はそろそろ下がってきたようだが、今度は僕ら夫婦が罹患しそうだ。
14 ホワイトデー
 午前中は自宅で仕事をした後、お昼は昨日の通夜会場に行き、告別式参列。その後会社に向かうが、どうしても眠気に勝てず、高速のPAで仮眠。昨夜は10時間くらい寝たのに・・・夕方、メーカーさんがやってきて商談。出張の準備など深夜まで頑張って今日も実家に泊まり。
15 柴犬がやってきた
柴犬LEON  午前中仕事した後、高速で自宅に戻り、妻子を乗せて阿蘇に走る。そう、先日予約していた柴犬君を受け取りにブリーダーの元へ。小雨の降る中、無事に到着、離れでお母さん犬と別々に暮らしていた子犬とご対面。ブリーダーの親子に餌やしつけについていろいろと教わる。おお、こうやってみると本当に可愛い。それに息子がすっかり浮き上がっている。猥雑なお店の前にて帰りの車の中でも「夢みたいだ」を連発。彼にとってははじめての弟だもんなあ。予想に反し、大人しくて分別のわかる子犬君はとくに問題も起こさず、無事自宅に運ばれる。妻の自慢の犬小屋、というか"お犬様ブース"inろ廊下、に大人しく座っている。かわゆいやつよのお。
 僕は損な感慨にふけるまもなく、妻に送られて歯科医院へ。そこの院長と一緒に街中に出かける。明日のセミナーの懇親会なのである。寿司屋で食事した後、なかなか格好良いバーに行き、遠方からの客を猥雑なお店でご接待、その後いつものTwo-Fiveでギター弾きまくって3時過ぎに自宅。あいかわらずやあなあ。
16 セミナー補講
KOC補講終了 今日は昨年のコースの補講がある日である。車に乗って会場の歯科医院へ。昨晩は遅かったにもかかわらず、受講生たちはもう集合している。僕も意外なことに元気で、暗い部屋での講習にも眠くならず、昼食、夕方まで順調にお手伝い。朝から酷い雨。このコース、半分以上が大雨なのである。雨男は誰だ?という話題になったが、もちろん主犯は僕である。
 順調に予定通り17時に終了、空港まで受講生のお一人を送っていたら、会場から電話があり、どうも忘れ物をしているらしい。仕方が無いので空港からまた市内まで戻り、忘れ物を受け取ってまた家路へ。途中、ヤマダ電機により、最近欲しくて仕方なくなってきているPalmのカタログだけ貰って家に。家に帰ったら食事をした後、すぐに意識を失ってベッドの中の人に。
17 お店番
 本日も朝から会社に出社、内勤一筋である。店番なのである。最近どうにも電話の数が少なくて暇である。かといって店を締めて外出するわけにもいかず、昨日の清算、明日と来週の出張準備など。夜遅くに家に戻る。
18 東京出張
羽田空港にて  今日から1泊で東京出張である。9時に空港を飛び立ち、秋葉原で大阪の友人と落ち合い、1時間あまりまたもPalmウォッチング。なんか思ったより高いなあ、という結論でここでも買わず。来週海外に出かけるのでなんとなく持っていたい、というそういう曖昧な動機だからなあ。
 上野でトンカツ定食を食べた後、今日の会議場へ。新しく組合に加わるので、今日が初参加、挨拶、なのである。予定通り会議はスタート、挨拶を終えた後は特別講演。自衛隊上がりの御老人の最近の戦況についての御講演。まあ、いろいろありましょうが、関係のない人が死んだり怪我したりする戦争は第一優先ではありませんでしょう。しかし、戦争とは祭りみたいなものなのかもしれん。平和が続くといろんなストレスやらなんやらが世間に溜まってくる。そうするとどうしようもない輩が出てきて、世間に迷惑をかけたりする。そんな時に祭が始まる・・・そうするとみんなでワッショイワッショイやっているうちに、ドサクサで弱いやつを苛めてみたり、仕返ししてみたり、強いやつをみんなで囲んでぶっ殺してみたり・・・そうやって次の日にはみんなスッキリした顔で日常に戻り・・・・
 所詮、人間社会ってそれくらいのもんではないのか。だとすればもっとスマートに祭を企画し、コントロールできないものかな、とも思う。どっちの神が正しいだの、多数決だのそんなことをしかめっ面してやり合っててもどっちみち祭は始まるのだ。「俺たちは死ぬまでこの村からは出られないんだ」という環境で祭をコントロールしてきた島国根性を、もう一度小さくなった地球村でやるのも悪くはないのだろうと思う。だがしかし、おかしなことに昔の人ほど好戦的だったりするよな、日本て。
 小雨の降る中、ホテルへ戻り、ネットに繋いで熊本の歯科医師といろいろやり取り。その後、友人らと3人で焼肉、喫茶店。喫茶店で焼酎のビンを開けてしまった(笑
19 熊本へ
 朝はゆっくり起きて朝食。チェックアウトしていたら、同じ九州の同業者社長とばったり会う。「今お帰り?」と聞かれる。いったいどういうイメージなんだ、俺は(笑
 11時のフライトで熊本へ戻る。そのまま歯科医院へ直行し、小機械の取り付けをメーカーさんと一緒に。2時間くらい院長や技工士と話しながら。夜は大人しく自宅に戻り、旅の準備を少々。いよいよ戦争が始まりそうになってきた。
20 海の向こうで戦争が始まった
 朝10時に歯科医院の技工室で機械の取付作業。ようやく終り、メーカーさんと待合室を出る時、テレビでバグダッドにミサイルが着弾している生画像が飛び込んできた。95年に阪神大震災の画像を同じように待合室のテレビで呆然と見ていたことを何となく思い出した。しかしこれは震災ではない。明らかな人災なのだ。悪人だろうが何だろうが裁判もなしに殺してもよいものなのだろうか。アメリカの多くの州では死刑は反対されているのではなかったのか。だとすれば異教徒は同じ人間ではないという論理なのか。堕胎すら認めようとしない彼らは異教徒をミサイルで狙い撃ちするのである。アメリカはいま、中世を経験しようとしているのではないかとすら思う。経験が必要なのは個人だけではない。社会や国家もやはり成長と経験を積まねば、本を読むだけではやはり物足りないものらしい。やってみないと分らないことはあまりにも多いのか。遅れてきた新人はもはや誰のいうことも聞ける状態ではない。
 なんだか実際の映像を見ていたらゲンナリしてきた。恐らくは世界中の若者がそう感じていることだろう。多分アメリカ国内の若者たちも。彼らがいつの日かそれを経験値として国の経営に活かしてくれる日まで殺戮は繰り返されるのだろうな。それを止めることは素晴らしいことだが、だがしかし、歴史はゆっくりとしか進まない気がする。そんな諦めに近い感情すら湧き出る。
 お昼はファミレスで他のメーカーさんと商談。その後八代へ移動し、いつもの床屋で熟睡、いや散髪。出社し、夕方までいろんな処理を片付けて、早めに自宅へ戻る。妻がどうしても、というので3人で1km程先の居酒屋へ出かける。明後日から長い出張、しかも海外なのでもしかしたらこれが最後の・・・というわけでもないんだろうけど。
21 祝日も仕事〜出張準備
 今日は祝日なのだが、朝一で歯科医院に行き、研修会の打ち合わせ。院内LANの整備も同時に行う。お昼はラーメン屋でご馳走になり、電器屋さんに寄った後、自宅へ。とりあえずやっておくべきは明日から1週間以上にわたる長期出張、しかも海外の準備である。展示会を見にドイツへ行くのである。ちょっと安く行ける理由があって「えいやっ」と決めてしまった。まさか戦争と同時に行くことになるとは思わなかったけれど・・・
 海外旅行も数回目になってようやく買ったスーツケースに荷物を詰め込み始める。と言っても、そんなに持っていくものなんてないのである。なんだか半分以上は空になってしまった。洗濯物は途中で洗うし、パソコンがあれば書類も要らないし。いつものようにバックパックにしておけばよかったかな。
 なんかそんな準備をしている間に時間がどんどん過ぎて、気がつけば朝4時。テレビでシャイニングなんか見てたのがまずかったかなあ。
22 今日から長旅・・・福岡へ
福岡SJCD10周年講演会  朝一で八代の会社へ急ぐ。今日は半期棚卸なのだ。ほとんど準備もないのだが、幸い在庫も少なくなっているので、午前中で終了。締め日でもあるので請求書発行。僕は急いで書類などをまとめてまたも自宅へ高速で引き返し、タクシーに乗って高速バスの停留所へ。まずは福岡へと向かうのである。
 2時過ぎに天神バスセンターへ到着、会場であるスカラエスパシオまでスーツケースを転がして歩く。途中、お客さんと出会うが「どうして福岡に来るのにスーツケース?」と驚かれた。ドイツに行く、と答えたら二重に驚かれた。何もこんな時期に、ってことだろう。自分でもそう思うが(笑
 会場では講演を聞き、展示を冷やかし、いろんな先生と挨拶。その後の懇親会は遠慮して、姉の車に迎えに来てもらい、博多駅近くの姉のマンションへ。義兄はなんか会社の試験があるらしく部屋にこもって勉強していた。僕はといえばえらいご馳走に囲まれてぐびぐびビールを飲んで21時には寝てしまった。うーん、これは時差調整ってもんかな。
23 ついにclie買っちゃった
SONY CLIE SJ-30 朝早く目を覚まし(当然か)、義兄の車に地下鉄の駅まで送ってもらい、天神の会場へ。講演を聞きながら途中抜け出して近くのBIGピーカンに出かけ、ついにSONY CLIE SJ−30を買ってしまった。一つ型遅れになるので2万円少々。充電に4時間くらい掛かるというので、店で充電してもらいながら、また会場へ戻る。講演会は無事終了、皆に「元気でなあ」とか言われながら会場を後に。電器店でCLIEを受け取り、メーカーさんの営業車に姉のマンションまで送ってもらう。マンションではさっそく箱からCLIEを出して、パソコンとシンクさせるがどうにもうまく行かない。なんかいろいろ悩んでネットで英語の掲示板とか見ながらようやくNotesとのシンクが完了。1時前からF1マレーシアGPをテレビ観戦。終わった後もどうも眠れず・・・4時過ぎまでClieを読みながら起きていてしまった。まあ良い意味で時差調整ってことで。
24 福岡〜ソウル〜フランクフルト〜デュッセルドルフ
■06:30姉に起こされ起床。さっき寝たばかりだが、寝坊するわけにもいかんし。朝の福岡空港国際線ターミナル
■07:00姉に送ってもらい福岡空港国際線ターミナルに到着。ほとんど人気が無い。10時出発の便の3時間前、というのはあまりに気が早すぎたかな。戦争の影響で何があるかわかんないので、早めに行こうかな、と考えたが、よく考えたら空港のカウンタもまだ開いてないわけで。仕方が無いのでそのへんに腰掛けてたびの準備の続きを。そうするうちにひと気も多くなり、カウンターも開きだした。チケットを受け取り、大韓航空のカウンタへ。心配するほど厳重なチェックということもないのかな、って感じである。大韓航空カウンター

■10:00KAL機は時間どおりソウル仁川(インチョン)国際空港へ向けて出発した。約90分、東京に行くのと何ら変わりない飛行時間である。実は今回がはじめての韓国上陸なのである。隣の席の若い日本女性2人組みは恐らく始めての飛行機なのだろう。出発直前まで携帯で話していたり、飛行中もお菓子のかけらをわざわざ床に棄ててみたり、なんか嫌な感じである。ところがスチュワーデスも見てみぬふりである。まあそういうもんかな。

仁川国際空港11:30思いっきり近代的な仁川国際空港へ到着。久しぶりに英語を思い出しながらトランジットカウンタを越えてフランクフルト行きのゲートへ動く歩道を歩く。なんてことない、ちっとも外国という気がしない。みな同じ顔である。「降りたとたんにキムチ臭い」なんてのは全て嘘であることが判明したし(笑)。時折軍服姿に出会うところあたりが外国感を垣間見せてくれるわけだが。
出発前の機内の様子 13:45KAL機は今度はフランクフルトに向けて一路、途中給油もせずに飛行を開始した。フランクフルト行きのゲートで思わぬ知人とバッタリ出会い、機内で隣りの人と席を替わってもらったおかげで退屈せずに過ごすことができそうだ。これから12時間余り。幸い窓際の席だったのだが、ちょうど羽の上。あまり景色も楽しむこともできそうに無いし・・・先週東京で買ったドイツをサブカル的に紹介した本でも読んでいくか。後は旅の友CLIEがあるし。さすがにエコノミーは席が狭くて苦しいが、まあ安いもんだし、我慢するとしよう。窓の下の中国の雪原これが機内ビビンバ!窓の外の景色は、海→雪原→砂漠と移り変わっていく。この機はソウルから北朝鮮を避けて中国上空を横切り、ゴビ砂漠、モンゴル、シベリア、ロシア、ヨーロッパと飛んでいくのである。途中の食事には少し驚かされた。なんとビビンバ、である。殆ど動けない機内でこんなにエネルギーを取ってしまってどうすんだよ、と思ったが意外にも平らげてしまった。機内では映画の上映や韓国のテレビ番組、もう一回の食事・・など盛り沢山のイベントでけっこう飽きさせないのだが、昨晩の睡眠不足もあって少しは眠ることができたようだ。しかしまあ地球の自転の方向に飛んでいるので、行けども行けども昼間なわけだが。
フランクフルト空港駅荷物受け取り。なんとなくドイツな雰囲気が。 17:30フランクフルト国際空港到着。思ったより簡単な入国審査を受けて、無事荷物を受け取り、ひと安心である。どうやらターミナル2に降り立ったようで、鉄道の駅と繋がっているターミナル1までバスに乗って移動する。空港にそのまま液が直結しているのはなんとも便利である。それにしても蒸し暑い。ドイツの3月は寒いはずではなかったのか?体感的には日本と変らない気がする。慣れない英語を使って宿のあるデュッセルドルフまでのチケットを購入。駅のホームで待っていたら、これまた仕入先の社長とバッタリ。お互いとてもビックリであった。
ICEで事件発生!やってもうた。ヨーロッパの駅には改札というものが無い。当然無賃乗車が横行する。ということで、検札はけっこう厳しいものがある。えらくまた大柄なお姉さまが検札に来た。なんせさっきチケットを買ったばかりである。「へっへー、安心だもんね」とばかり、チケットを・・・出・・・せない。あれ、どこへ消えたんだろう?コートやらジーンズのポケットを何度も探り、バッグのポケットも探しまくるのだが・・・無いのである。さっきまで手にもっていたチケットがである。UFOに拉致されたか犬に食べられたかどうなんだ、もうお姉さんの目は完全に犯罪者を眺めるそれである。間が持たないのでつたない英語で「いやーね、さっき駅で間違いなく買ったのだよ、どうしてなくなっちゃうんでしょーねえ」とぶつぶつ呟く。これがもう少し英会話または独会話が達者であれば「こないだの戦争ではお互い頑張ったもんだね、まあ次はイタリア抜きでやろうや」とかなんとか調子の良いことが言えたもんだろうが。
 「10分後にまた来るから」と言い残されて、回りの目を気にしつつ荷物全開で調べまくるもまったく出てくる気配無し。どうやらホームで社長に会った際に彼に抜き取られたようだ(笑)。10分後、彼女はターミネーターの如く現れ、しっかりチケット代を徴収していった。幸い、ペナルティなどはつかず、正規料金であったが、なぜかさっきカウンタで買ったときよりも高かった。何故だろう。まあ、逮捕されずに良かったってことかな・・・
Inter City Express
 1時間位して、また彼女が現れる。おお、どうしたんだ、やっぱり連行するってのか、と身構えると、なんと「さっきあんたが言ってたフランクフルト空港駅のカウンタに電話してみたんだ、そしたら間違いなくあんたみたいな風体の男がデュッセルドルフでのチケットを買ったっていうわけだ、だからお金を返しに来たわけよ」と言ってくれるではないか。まるでT2になってから急に善人になったターミネーターのような彼女である。やっぱ次もドイツと枢軸だな、と思わず納得してしまう瞬間であった。その後なぜか男性の車掌まで説明に来てこれで一件落着である。素晴らしい。
デュッセルドルフ駅前■21:00約2時間半のICE(都市間超特急)に乗って、デュッセルドルフ到着。これから3泊するIBISホテルはなんとデュッセルドルフの駅の構内にある。明日からケルンまで通勤する身としてはこれは便利である。ケルンはこういった見本市期間中はホテル代が3〜5倍に跳ね上がっていて、しかも予約で一杯だったので仕方なく電車で40分ほど離れたここを予約したのだが正解だった。宿泊費も1泊9,000円弱である。チェックインした後、駅の周りをしばらく歩いてみる。さほど治安が悪そうな感じでもない。気にいった店も無かったので、駅の構内に戻り、カフェでビールとポテト、ソーセージを注文。これでもか、という量が出てきたが、途中で思いっきり眠くなり、敢え無く残して部屋へ戻り、3日分の睡眠を一気に取った。
25 IDS国際デンタルショーinケルン1日目
ドイツの急行Regular ExpressでケルンへIBISホテルデュッセルドルフの部屋■05:30やはりジェットラグなのか、朝5時には目が覚める。というか昨晩早く寝すぎただけか。日本でも思いっきりずれた生活をしているせいか、時差ぼけなんか気にならない体質になっているようなのだが。日本でネットで借りた国際携帯電話を使ってネットに接続、メールのやり取り。考えてみたら今ごろ夕方な訳で。面白がってこちらから日本の携帯メールに送ってみたりする。
■08:00朝食を取った後、ケルンまでREで移動。自動販売機がドイツ語だらけでどうしても買い方が分らず、仕方なく窓口で購入。今度はチケットを無くさないよう、しっかり握っていこう(笑)。ケルン中央駅。クリックすると拡大します。駅前に位置するケルン大聖堂。クリックすると拡大します。40分あまりで見覚えのある町に到着。実はここには13年前にも一度きているのだ。前の会社を辞めて、フラフラとヨーロッパを1ヶ月間さまよった時だ。そのときもここケルンメッセでデンタルショーがあり、2日ほど会場を見学したのだった。駅を降りると以前と同じく大聖堂が迎えてくれた。ここの所ずっと補修工事をやっているようだ。それにしても威容だ。ちょっと贅沢してタクシーでメッセへ。入り口は大混雑であったが、日本でチケットを購入し、届出もネットで済ませていたので、簡単に入ることができた。
JDTAブースのM社社長■09:40会場に入るとすぐに昨日会った社長が日本ブースに座っていて挨拶。今回は戦争とSARS騒ぎでずいぶん日本人参加者は少ないようだが、それでも顔見知りがちらほら来ているようだ。みな、レンタル携帯電話を借りているとのことで、このブースでその番号教えあうことに。
ケルンメッセ入ゲート デンタルショーの細かいレポートについてはこちらをご覧下さい。  午前中は一人で会場内をウロウロ。まずは日本のSF社のブースで知った顔を見つけて、しばらく雑談。その後500m歩くと誰かに会う、という状態。国内のデンタルショーと違い、挨拶なんかなしでゆっくり見れると思っていたが、逆に「よく来たよね」なんて盛り上がり、ついビール飲んだりして・・・今日は「バイヤーズ・デイ」ということで、会場内にいるのは全世界の歯科関係業者ばかりである。こんなにいるんだなあ、と実感。
ケルンメッセい会場内にはレストランも完備。 ■11:00以前の職場の上司らにつかまり、レストランで早めの昼食。いきなりビールを飲みまくる。上海とタイの責任者らにまじってフィンランドの現地担当者(フィンランド人)が隣りに座ったのだが、話す内容といえば「先週のF1、ライコネン初優勝しましたよね」みたいなことばかり(笑)。やはりかの地の方はミカとキミで大いに盛り上るのである。
アウグストブルク城にて■12:00今度は別のメーカーさんの重役と、友人の同業者と会い、二度目の昼食へ。僕はビール飲みで参加。この時点でけっこう出来上がりつつある私。庭園を歩く年配夫婦。。ドイツって感じだな。ベルギー支店の担当者(日本人)のクルマでそのへんをドライブしませんか、と誘われもちろんOK。1時間後に出発することに。良い気分で1時間位会場を友人と回り、昼過ぎに駐車場に止めてあったアルファに乗り込む。ケルンから40分ほどのところにあるブリュールという街まで移動する。ここには世界遺産に登録されたアウグストブルク城があるというのである。アウトバーンを走り、ほどなく到着。なるほどこれは素晴らしい景観だ。サイトはこちらを。 しばらく景色を楽しんだ後、今度はアウトバーンに乗らずにケルンに戻る。 車内から見た普通のドイツの街並みなんか妙にヒッチハイカーが多くないかい、それも女性ばかり。そう思って運転者に聞くと、どうも金銭目的で春を売っている方々らしい。そうなると恐ろしくて善意で乗っけることなんてできないな。相手が男でもわかんない世の中だし。
■15:00再び会場に戻ってまだ見ぬブースを足早に歩く。なんせとてつもなく広い会場なのだ。いつもの九州のデンタルショーの6倍はあるだろう。IDSは地元の同業者団体の主催なんかではなく、ケルン市が出資したケルンメッセという会社が見本市で利益を上げる事を目的に2年に一度開催しているイベントである。したがって世界中からありとあらゆる業者が出展し、見に来る歯科関係者も診療所を休んで駆けつける、というものである(展示は土日は休み)。お互い根性も入るってものだ。
アルトケルンの前で日本のみなさんと酔っ払い大集合 ■18:30夕食会に参加。会場から知り合いのメーカーさんらと一緒にケルン大聖堂までタクシー。これから先ほど携帯の番号を交換し合った日本人関係者の一部と会食に誘われたので出かけるのだ。アルトケルンというビヤレストランに入る。通されたテーブルはちょうど大聖堂が目の前の絶好のロケーション。時間とともに暮れゆく景色を楽しみながらジョッキを空にしていく。朝から飲みっぱなしでついつい舌好調。
ケルン駅のホームにて これからデュッセルドルフまで睡魔と闘うのだ ■21:30たまたま同じデュッセルドルフに宿を取っている人がいたため、一緒に行くことに。駅まで歩き、自動販売機の使い方を教わってチケットを購入。ケルンには英語バージョンの自販機があるのだな。程なく列車がやってきてこれから約40分である。話しながらもついつい眠気に教われ、ゆすられて起きたらもう着いていた。こんな時間に乗り過ごしたら大変なことになるので急いで降りる。危ないところだった。考えてみたら日本では深夜というかもう朝方ちかくだものなあ。
26 IDS国際デンタルショーinケルン2日目
ケルン駅の朝■06:00本日もそういうわけでお早いお目覚めである。朝の日課は携帯でネットに接続し、メールチェックし、返事を書いてまた繋ぐ・・・というもの。しかしこの接続の遅さだったら、どう考えても直接電話して会話したほうが安く済みそうだな(笑)
これがDBの自動販売機 ホテルの朝食はこのレストランで。 ■08:10朝食の後、昨日できなかった自動販売機でのチケット購入に挑戦。今度はドイツ語の機械でも難なく買うことができた。なんか慣れるとドイツ語もだんだん地名くらいは読めるようになってくる気がするもんだ。冷静に考えれば大学で2年間ドイツ語を習っているはずなのだが・・・
ライン川の鉄橋を歩いて渡る。 さて今回も無事ケルン中央駅に到着。ケルンメッセは中央駅の一つ手前の駅になるわけだが、急行なので通り過ぎてしまうのだ。今日は天気も良いことだし、ひとつ、歩いていくこととしよう。メッセまでは約1km、いまし方通った鉄橋を歩いて渡るのである。この川はかの有名なライン川。13年前に同じように一人でここを渡ったことを思い出した。なんだかつい昨日の事のように覚えているんだけどな。Life is very short.
さて、今日も精力的に会場を回ることとしよう。詳細な内容はこちらをご覧下さい。
大聖堂を駆け上がる
ケルンの美味しくて安い中華レストランMr.WokMan。 お昼をどっか食べにいこう、だったら美味しい中華があるので、ということになった。ケルン中心部の街並み。クリックすると拡大します。昨日からつるんでいる2人+1でタクシーに乗って会場を抜け出し、ケルン中心部へ。おお、13年前に比べると少しは変っているような。見たところ何の変哲も無いファーストフードっぽい中華料理店でチャーハンなどを注文。久々の東洋系の味にウブタ肉とソーセージ、芋類の単発攻撃に飽きかけていた胃袋も満足である。食後、あたりをブラブラと歩いてみる。平日だというのに暢気そうな人が多いのは観光地だからか。 ケルンDOMの頂上からの景色。ケルンメッセ方面を望む。クリックすると拡大します。 マッチ箱のような街並みがこれぞヨーロッパ。クリックすると拡大します。 デパートを冷やかしてみたり、お土産屋を覗いてみたり。歩いているうちに大聖堂の近くまで来てしまった。友人が塔の上まで上ってみたい、と言い出す。確か以前も上ったことがあるのだが、螺旋階段がグルグルと続き、かなりしんどかった思い出がある。しかし回ってきたビールの勢いもあって、ついに決行。
ケルン大聖堂の素晴らしいステンドグラス。クリックすると拡大します。 途中、死にそうに苦しくなりながらもなんとか頂上まで辿り着く。前回に比べて確実に10kg以上、体重が増えているわけで、そりゃしんどいはずだ。息を切らしながら展望場に出てみると・・・やはり景色は素晴らしい。京都と姉妹都市というだけあって、なんか落ち着いた素晴らしい街並みである。街の喧騒の音が聞こえてきたりして、ああ、この街も生きているんだなあ、と実感した。
■15:00下りは思いのほか楽で、大聖堂のステンドグラスなどを見学、お土産屋を冷やかしたあと、勢い余って会場までこのまま歩いていくこととする。朝渡った鉄橋の反対側を3人で歩いていると・・・なんだどうも物乞いらしき親子連れ3人(母娘息子)がしつこくまとわりついてくるではないか。こちらも語気を強めて「No!」と牽制したのだが、そうすると一番人の良さそうな仲間に三人してたかり始めた。明らかにバッグを奪おうとし始めたので、こちらも団体で戦闘態勢へ。そうするとさすがに勝てないと思ったのか、ぶつぶつ文句言いながらどっかへ行ってしまった。やはりここは日本ではない。
■16:00再び会場に戻り、最後のデンタルショー見学。お互いに情報交換していたので「これは見逃せないな」というあたりを集中して回る。夕方、日本メーカーのブースでベルギー産のホワイトビールパーティがあるというので、勿論参加。少し早く到着したので裏手の事務所で情報交換。美味しいビールをしこたま飲んで、例の3人組で市内のワイン屋さんに出かけ、ワインと美味しい食事を食べに行く。なんか隠れ家的な店なのだが意外にも知り合いのカナダの技工士さんとばったり出会ってこれまたビックリ。いい気分になってタクシーで中央駅、またもDBでデュッセルドルフに戻る。ドイツの鉄道は意外にも時間にルーズで、しかも平気でホームが変ったりする。おかげで一便乗り過ごし、ホテルに着いたのは12時過ぎであった。けっこう疲れていたのでシャワーも浴びずにそのまま倒れこむように寝る。これでデンタルショー見学も予定終了ってところだ。
27 ハンブルクへ
デュッセルドルフ駅のホーム■06:30幸い二日酔いにもならず、6時に目が覚めていつものようにメールチェックなど。なぜか今日に限ってうまくネットに繋がらず四苦八苦する。朝食を取った後、チェックアウトして駅でハンブルクまでのICのチケットを購入。8000円くらいか。こういうのも日本に比べてずいぶん安い気がする。ドイツ人はとにかく移動が大好きだ。アウトバーンしかり、週末の大移動しかり。だからこんなに安くても経営ができるのかな。わかんないけど。
ICEの車内は近代的■08:20どうしてハンブルクなのか、といわれると、先月見た「Back Beat」という映画の影響、としか答えられない。30年近いビートルズファンの思い入れをちょっとだけ果たしてやろう、ということだけで、僅か1泊で、往復の移動だけで8時間を越えるという強行軍である。予定よりこれまた20分も遅れてICはするするとデュッセルドルフ駅を出発。ドルトムント駅で乗り換え、ハンブルクまで移動である。車内にはの学校?かなと思われる若者たちがワイワイ大騒ぎ、なんだか修学旅行の列車に乗り合わせたような喧騒である。ドイツのICにはノートPC用の電源が備わっていたりするので、かたや隣の席のオバチャンは一心不乱にパソコンを打ちまくって仕事三昧である。時折若い女性が自動販売機にジュースを買いにきたりするとさっきの若者衆がいっせいにひゅーひゅー言い出してうるさい。どこの国も若者は大して変らんが、日本人だとここまで露骨にやると嫌味に聞こえるもんだが、不思議と西洋人だと違和感が無い。単純な先入観だろうけど。
ハンブルク市内は川が多い。美しい街並みだ。クリックすると拡大します。 ルネッサンスホテル ハンブルク■12:20列車は無事にハンブルク中央駅に到着。立派な駅だ。タクシーでネットで予約しておいたルネッサンスホテルへ向かう。今回ばかりはちょっと贅沢して一泊1万円ちょっとの宿である。市内中心部にあり、何かと便利だろうということで悩んだあげく予約しておいたのだ。
いったん部屋に荷物を置いた後、周囲を散策。さすがに北部ドイツだけあって少しばかり肌寒い。歴史ある市議会議事堂や寺院などをうろうろし、たくさんのお店が集結したショッピングアーケードをうろうろしたり。北ドイツの夕暮れ。クリックすると拡大します。由緒ある市議会議事堂の堂々たる威容。クリックすると拡大します。 昼食はそういうアーケードの中にあるレストランにふらっと入ったのだが、ここのランチはサラダバーみたいに、自分で野菜類をボウルに選んだ後、それを調理してくれる、というちょっと変ったシステムだった、基本的には中華、になるのかな(写真参照)。
今日の夜はかのビートルズがデビュー前に連日演奏していたというレーパーバーンという通りに出かけるつもりだったのだが、ちょっと疲れもたまってたし、治安も悪いってことも分ったので明日に回すことに。 けっこう塩辛かったかな。800円くらいのランチ。 街中の立看板にFuckBush!と落書きしてあった。クリックすると拡大します。ルネッサンスホテルの夜景。適当なレストランで食事して、夜、ホテルに戻り、バーで一杯飲んだ後、部屋で久々にイラク戦争のテレビでも見て過ごす。それにしてもハンブルクは美しい街だ。それに日本人が全然いない。
28 ハンブルク〜フランクフルト〜機内
ハンブルクの地下鉄。金曜日朝のレーパーバーン。クリックすると拡大します。ここがあの、カイザーケラー・・・クリックすると拡大します。■08:00早く目が覚めたので、朝食後、地下鉄に乗ってレーパーバーンへ。ドイツ語を解析しつつ自動販売機でチケットを購入、2駅目がレーパーバーンであった。思ったよりも広い道路。ネットの写真で見慣れた風景、ああきっとこっちだ、と歩いていったらありました、カイザーケラーカイザーケラーのビートルズを紹介したプレート。クリックすると拡大します。すぐ向かいが古い寺院なんですね。ここで一服したのかなあ。クリックすると拡大します。そう、1960年前後、まだ20歳前だったビートルズがこの店で演奏していたのですね。日本だったら「ビートルズ饅頭」のノボリでも立っててもおかしくないんだろうけど、一枚のドイツ語のプレートが掛かっているだけでありました。今となっては当時のメンバーの3人が亡くなっている彼ら。60歳くらいのオッサンだったら身の回りにたくさんいるし、彼らの昔話を聞いてもなんとも思わないけど、なぜか話したことも無い彼らの過去には郷愁を覚えてしまうんだなあ。この通りにはまったく似合わない朝日の中で写真をバチバチ撮って、満足。
レーパーバーンは表参道よりちょっと広いくらい。■10:00さて、帰りはこのまま歩いてホテルまで行くこととしよう。空気も気持ちよいし、ぶらぶら歩きながら旅行気分を満喫しているうちに昨夜歩き回った中心部のエリアに戻ってきた。ショッピングセンターでお土産を選んだりして、11時頃部屋へ戻る。ハンブルク駅構内の風景。クリックすると拡大します。 刺身寿司ドットDE。 チェックアウト後、タクシーで駅へ。駅の構内はちょっとしたショッピングセンターといった感じ。中に寿司屋さんのファーストフードを見つけたのでふらっと入ってみることに。入った瞬間、オープンキッチンの中で職人が苦手そうな表情を一瞬見せる。よーく見るとどうやら日本人ではないらしい。その証拠に握り方が微妙にぎこちない(笑)。まあ僕らがライブハウスで英語の曲をやっているさなかにイギリス人が入ってきたときのあの感じかな(笑)。でもけっこう美味しかった。
ハンブルク駅は建築物としても見ごたえがある。クリックすると拡大します。 列車を待つ人々。この写真自分でも気にいってます。クリックすると拡大します。 ■13:25売店で日経と読売(電子出版で今日の日付が出ている)を買い、フランクフルト空港行きのICEに乗り込む。チケットを買うときに予約するのを忘れていたのがまずかった。いい気分で居眠りしていたら、途中から乗り込んできた客に起こされ、ここは私の席よ、と言われる。あれ、おかしいなあ確かここは自由席の車両のはずなんだけど・・・車掌に聞いても英語が通じず何のことだかよく分んない。40分ほどスーツケースに腰掛けて新聞を読んでいたら、さっきの客が降りていった。すると車掌がやってきて、席の上にあるプレートからどうやらドイツ語で「予約 区間名」と書かれた紙を外して持っていった。おお、わかったぞ!そうか、ドイツの予約システムは車両単位ではなくて、その区間だけ、シート単位で予約するのだな。だから予約のプレートが入っていない席、あるいは入っていても対象区間でなければ自由席扱いになって座っても良い、ってことなんだな、と理解。その瞬間さっきのシートに座り込む。おお、これでやっと熟睡できるわい。
フランクフルト空港駅はSF映画のようだ。クリックすると拡大します。■17:15五日ぶりにフランクフルト空港駅に降り立つ。やはり思ったよりも厳しくないチェックを受けてゲートインし、待合室で出発時間を待つ。暇なのでアメリカンバーに入ってビールをぐびぐび。なんだかどこの国でも親父たちは出張中はこうやって空港でビール飲むものなんだな。 フランクフルト空港内のアメリカンバーで。なんとなく思うんだけど、日本人で中年になると非常に抑制的というか、周囲の目を気にした、あるいは自制した行動を取るようになると思う。というかそうしないといけない、と思い込んでいる。ところが、西洋人ときたら、見た目は完全にオッサンなんだが、やることやしぐさの一つ一つがどうも子供じみている、というかあまりそういった自制心や周囲の目など気にせずに振舞っているような気がする。そういうイメージが無いドイツ人ですら、である。
それはある意味で「はしたない」ことなのかもしれないけど、ストレスがたまらず、自然で楽しいことかもしれないな、とも思う。もっとも日本だって若者は傍若無人だ。でもなんていうか、無理して自己表現として傍若無人に振舞うという感じではなくてもっと自然にお茶目、というか。そういう大人になりたいもんです。
■19:55大韓航空機内はこんな状況にも関わらず満席である。周りのほとんどは韓国人のようである。シートは機のど真ん中、映写スクリーンのまん前。飛び立つのもわからないくらいに熟睡していたら、あっと言う間に2時間が経っていた。地球の時点と反対方向に飛ぶ飛行機はジェットストリームの追い風に乗って実力以上に速い。食事後トイレに立つとちょうどモスクワ市の上空を通過中であった。行ったことはもちろん無いのだが上空から見るといつか見た地図そっくりで同心円上に広がった市街地の街灯がとても美しい。12年以上前にはこんなことは考えられなかっただろう。領空侵犯で撃墜された会社の航空機が首都の真上を通過しているのである。
 しばらくclieでこの日記を書いた後、機内映画を観る。韓国映画の「Madeleine」。英語の字幕を頼りにみたのだが、けっこう楽しめた。設定がこないだ見たNovemberっぽい、かなとも思うけど、俳優たちに救われていた。しかし1ヶ月で妊娠してつわりが来るもんなのかなあ?
 その後次の映画も始まるが、また寝てしまい起きたら食事。着陸まで1時間というところ。はてさて、もう29日になっているな。帰りはやたら時間がたつのが早い。
29 機内〜ソウル
■12:00機内食はやはり行きと同じくビビンバ定食なのである。だがしかし、さすがにちょっとおなか一杯だったので他の食事を選択。機内はほぼ韓国人ばかりと見えて、スチュワーデスも僕にガンガン朝鮮語で聞いてくる。頼むから英語にしてくれ、と思うのだが、まあそれは無理か。どうみてもおんなじ顔だもんな。
■14:25幸い何事ももなく、ソウル仁川空港に到着。近代的な空港で荷物を受け取り、残ったユーロをウォンに両替し、リムジンバスでソウル市内へ。いままでのエコノミーシートが嘘のようにこのシートはふかふかで、つい深い眠りに落ちてしまう。今寝てしまうと夜が辛そうなんだけど・・・つい。気がついたらホテルの近所である。今日はこちらの友人にニューソウルホテルというところを取ってもらっている。スーツケースをごろごろと転がして探していたら、中年のオジサンが「どうした?」と英語か何か分んない言葉で聞いてきて、「ニューソウル」と言ったら、丁寧に教えてくれた。なんか良い人多そうじゃいないか。基本的に道路を渡るのは横断歩道ではなくて地下道らしい、このあたりは。そりゃそうだろう、えらいに道幅が広い。ということでスーツケースを抱えて階段を上り下りし、方向感覚を失わないよう気をつけてホテルの前に無事出現。日本語の通じるカウンタで予約を確認し、部屋へ。なんだか東洋に帰ってくるとほっとするな。この国初めてにもかかわらず。ネットが1日1200円で繋ぎ放題、ってんでメール関係めったうち、さすがIT先進国。
ソウル明洞の喧騒。 路地に入るとなんだか懐かしい風景。■16:00部屋でしばらくくつろいだ後、友人と落ち合い、街中に出てみる。ミョンドンという街まで歩いていくが・・・うわ、すごいなこの活気。今までのドイツとは見事に対照的だ。人が溢れている。おまけにみんな叫んでいる。モノを売りまくっている。ここへ来ると理詰めの商売は関係ない、もう勢いだけである。商売の原点かもしれんなあ、この勢い。そしてみな、一様に若い。西洋人はただでさえ老けて見える上に、妙に落ち着いているもんだけど、ここは違う。なんか京都の新京極19時ごろ、の雰囲気がどこまでも続いている。友人の薦めで焼肉屋に入りジンロを空ける。昨年、久留米で5ヶ月間の韓国料理の洗礼を受けているおかげで違和感は無い。むしろガンガン食べる。だってこれまで芋とソーセージばっかで・・・それにしてもどこに行っても聞こえてくるのは日本語ばかりである。中年女性の団体客がやたら多い気がする。
夜のソウル繁華街。クリックすると拡大します。 暗くなって眼鏡屋に立寄り、ちょっと色つきのめがねなんか作ってみたりして。つい安いもんで。その後ホテル前の屋台にふらっと入ってまだまだ飲む。
屋台では日本のサラリーマン男が必死で現地女性を口説きまくっていた。友人(日本人、もちろん男)の解説によると、まあどこででも繰り広げられている話で、女性は完全に商売モードにもかかわらず、だいたい男がマジモードになってしまうそうである。聞けば、一夜を過ごした後、翌朝午前中くらい一緒に買い物とかに付き合ってくれるそうで、だいたいそのあたりですっかり参ってしまい、電話番号を聞き出し、3ヶ月に一度ソウルに通い始め・・・てな転落のストーリーが待っているとか。
ホテルの前にあった屋台にて。女将が料理を美味しい作ってくれる。 まあ考えようによっては楽しそうな気もするが(笑、しかしそうやってそのあたりの韓国女性を見ていると、酔った目にだんだんと「なるほどなあ」という気がしてくる。顔は日本人と変らない。もちろん美人が揃っているわけで、しかし茶髪度は低く、ロングヘアーが多く、笑顔を絶やさず、男を褒め上げ、「あなた好きよ」視線をたまに投げかける・・・おお、これって日本人男性がモロに好きなパターンではないか。今の日本人女性が失ったものすべてここにある、ってやつ。
しかしまあ、私は妻と子と子犬を愛する真面目をとりえにする男(ぷ)ですので、日本円を必要以上に落としてくることも無く大人しく部屋に戻り、酔い過ぎて頭痛のする頭をシャワーで冷やしながら眠る事にしました(まじっす)。  
30 ソウル〜福岡〜熊本
イテオン衣料品街。 サムゲダン。しかも韓国はキムチ食べ放題。 ■10:00久しぶりに少し遅めに起床。友人と落ち合ってイテオンという米軍御用達の衣料品街に行ってみる。その後、南大門に戻り、百済参鶏湯(ペクチェサムゲタン)という店で参鶏湯に挑戦。妻がいつもキャンプの朝に作ってくれる中華粥に似た味で、とても美味しかった。
■14:30ホテルに預けておいた荷物を受け取り、昨日乗ったリムジンバスに乗り込んで仁川国際空港へ。韓国冷麺。酢みたいなのをたくさん掛けて自分で味を作って食べる。小一時間バスに揺られ、居眠りしているうちに空港へ到着。空港のレストランで、今回食べなかった冷麺を見つけ、挑戦。しかしどんぶりの中にはさみを入れて麺を切って貰うサービスってのもなんだか違和感有りだな。 慣れるんだろうけど。なんか、日本の教育って「反半島的なものが正しい」という感じで作られていたりして、とも思う。お椀を食卓に置いたまま食べては×、じか箸は失礼、ハサミでご飯を切るなんて・・・いやもしかしたら逆なのかもしれんが。基本的にはやっぱ外国だもんなあ。しかし冷麺は○。なんぼでも食えるな。
福岡空港の高速バス停。ようやく帰ってきた。 ■18:45時間どおり福岡行きの大韓航空は仁川を出発。今度は機内ガラガラである。どういう理由かは分らないけど、とにかくゆっくりと座ることができた。福岡に到着し、バスを待っていたが連絡が悪く、1時間以上バス停で待つことになってしまった。暇なので携帯電話に電源を入れて、メールを確認したりあちこち電話したり。21:30ようやくバスが来て、熊本まで80分間の睡眠。バス停から今度はタクシーで自宅へ。既に12時近い時間だったが息子と妻が駆け寄ってきてくれた。もちろん子犬も。お土産を分けて、妻とちょっと酒を飲み、久しぶりの自宅のベッドでこの一週間で最高の睡眠を満喫した。ようやくこの旅もおしまい。あーおもろかった。
31 日常の始まり
 ああ、今日は月曜日、今日からいきなりの日常復帰である。まずは例によって事務員が早退するというので会社に急ぐ。机の上には思ったほどの山はできておらず、時差ぼけを意識しながらあちこち電話したり、メールを書いたり、請求書をチェックしたりと忙しく過ごす。
 3月はいろんなことを体験できて面白い一ヶ月でした。会社をほったらかして外遊させてくれた社員と、もちろん妻子と、ドイツや韓国でお世話になったたくさんの仲間たちに、そして長いこのページを読んでくれたあなたに、今月も感謝しています、ありがとう。

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