taka's業務日誌 2000年12月
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1年ぶりに日記猿人に復活しました。↓良ければ押してください
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1日
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21日
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30日
日
曜
diary
1
金
師走になった。午前中は明日の会議のための準備をいくつか。午後から営業に。夕方早めに自宅に戻り、明日の会議の資料を作成する。どうしてこうも毎月毎月、前の日になってバタバタするのであろうか。この生活ももう10年目である。まったく学習しない夫婦ではある。というわけで午前3時まで掛かって仕上げる。どうも体調が悪い。喉が痛いし体がだるい。妻の風邪が移ったのであろうか?
2
土
月に一度の会議である。眠い目をこすって出社。9時過ぎより会議を開始する。第3期2ヶ月経過時点での損益について、など。社内では今期はあくまで第3期なのである。私が社長になるまでの16年間は敢えて無視している。気持ちは歯科ベンチャー企業、なのである。そうでなくてはとてもではないが、やってられない。午前中をかけて反省と今後の施策について決定した。会議が終わる頃から突然体がだるくなり、声が出なくなる。ふらふらして何を考えているのか何を喋っているのか朦朧としてきた。以前にもこんなことがあったけど、こうなるともう寝る以外の処方はない。実家で2時間ぐらいひたすら寝汗をかく。夕方起き出してお客さんと話したり、居残ってネットで遊んでいた社員と話したりした後、まだふらふらするのを我慢してハンドルを握り高速で帰る。ざっとお風呂に入ってすぐにベッドにひっくり返った。ずっとずるずる体調が悪かったのが一気にでたらしい。
3
日
だーめだ。朝から死んでいる。今日は福岡で技工のセミナーに出る約束をしていたのだがギブアップすることにした。ここで無理をしたら一ヶ月くらいダウンしてしまいそうだ。携帯メールで謝罪をした後また眠り込む。10時からサンデープロジェクトを見て、お昼からまた寝る。夕方起き出して、「東京アンダーワールド」をようやく読破する。3ヶ月くらい掛かったな。でも本当に面白い本だった。そのうち映画化されるらしい。著者のロバート・ホワイティングの他の本を読みたくなった。でもまだ積読本がたくさんあるので、それも読まねば。しかし眠気が先に立つ。テレビを見たりクリスマスツリーの飾り付けをしたりしていたが、22時過ぎにはあっさり寝てしまった。
4
月
朝起きると何とか動けそうだ。高速に乗って会社へ。朝から1時間く らいデスクワークをするがまったく仕事にならない。なんだかぼーっとしてフラフラしている。午前中は何と かそれなりに仕事をしていたが、午後から実家に引っ込んでそのままベッドイン。次に気がついたときは18時 を回っていた。ふら〜っと出て行って何となく仕事をして、22時ごろにはまたも寝る。我ながら良く眠れるも のだ。
5
火
少しは良くなっているのだろうか。朝からやってきたメーカーさんと少し話しているとだんだん浮世に戻ってきた気がする。午後から他に2社ほど問屋さんが来て世間話などしていたらだんだん調子が戻ってきて、どっちかというと異様に元気になってきた。年賀状の宛名印刷をはじめる。机の周りの片づけを突如はじめ、ありとあらゆる書類を捨てまくり、すっきりする(書類を捨ててすっきりというのもどうだか)。その後銀次郎宅にて打合せをしていたらつい盛り上がって22時ごろまで話す。そうしたらまた気分がふらつきはじめて、家に戻ったらすぐに眠った。
6
水
朝起きたらすっかり元気だった。しかしほんとによく眠れるなあ。午前中市内を営業した後、妻子とうどん屋で待ち合わせ。ヤマダデンキでビデオを買うから付き合えという。
すっかり家電モードの妻は異様に盛り上がっており、天ぷら+ざるうどんに抹茶パフェとか追加してカロリーを摂取しまくっている。なんだなんだこのハイテンションは。明日の幼稚園の発表会を撮影するのに今まで使っていたビデオカメラが故障したので買う、という。実にこれで4代目である。1代目は確か10年前僕が独身のときに買った13万円のハンディカム。ヨーロッパ旅行中大活躍してくれたのだが、次のアメリカ旅行中にあえなくぶっ壊れた。96年に購入した39,800円のフジックスの安物も2年程でガラクタに。その後現在のキャノンの39,800円を安売店で購入。現在では10分に一度物理的パンチをくれてやらないと画面が二色刷りになってしまうという怠け者に成り下がってしまっている。
電気屋さんでは独特の店員さんの説明を聞いてデジタルビデオカメラを物色。もう安物に振り回されるのだけはよそう、と予算15万円で挑む。店員さんはどうしても17万円代の高級品を売りたいらしいが、画素数って奴がほぼ実感できないのはデジカメで経験済みである。要するに小さくて壊れない奴で安いのが良いのだ。1時間あまり悩んで、けっきょくSONYの普及機を11万円弱で購入することにした。追加バッテリーやテープなどを入れても12万円、まあ、予算内である。今度は少なくとも5年は持たせたいと思うのだが。。妻がローンの申込をしている間、息子とあちこち見て回る。僕が今一番欲しい電化製品は読書灯である。間取り上、家族3人が同じ部屋で寝ているので、長い間習慣だった寝る時のCD鑑賞+読書が出来ないでいる。CDは我慢してよいとしても本は読みたいのだが。以前、息子が読書灯でボヤ騒ぎを起こしたという前科からまだ許しが出ないでいる。ああ。
その後夕方から営業再開。夜に今日のセミナーの講師を診療所に迎えに行く。車中鈴木その子が亡くなった、松田聖子が離婚するらしい、などのニュースを聞く。会場についてセッティング。今日は歯科の接着に関するセミナーの主催である。20名ほどを集めて3時間の熱演。大成功だった。終了後、講師の先生と近くのファミレスで軽く食事していろいろ話す。家に戻ったら0時を過ぎていたが、妻はまだビデオの説明書を読んでいた。1週間ぶりにビールを飲んだ。
7
木
今日は幼稚園で生活発表会だそうだ。年長組なのでこれが最後になるということで、仕事を抜け出して見に行くことに。幼稚園は既にクルマで満杯。結構みんな仕事休めるもんなんだなあ、と感心しつつ、講堂へ。ちょうど始る前で妻がビデオを振り回していたので、僕が代わって撮影することに。回りにはビデオを抱えたオヤジだらけ、である。今度買ったカメラには大きな液晶モニターが付いているので、撮影の姿勢が比較的楽であるが、なかなか慣れないので変。
息子はオズの魔法使いの劇の中で木こりのロボット役である。台詞回しは意識してか無表情の棒読みスタイルなのでかえってロボットっぽくて役得である。20分ほどで終わり。その後会社へ向かう。年賀状をようやく完成し、営業と久し振りに話しこんだり見積を書いたり日常の生活に戻る。あれ、日常ってどっちだ?
深夜自宅に戻り、今日の発表会のビデオを見る。さすがデジタルは画質が良い。息子は将来これを見てどう思うのだろう。下手するとこの日記もwebのどこかに残っていたりするのだろう。僕らの世代までは父母の記憶を共有することはできなかった。後天的記憶は遺伝しないという原則のまま生きてきたからだ。ところがどうだろう、息子たちの世代からは、ビデオやネットの中の父母の赤裸々な生活実感が記録されたものに囲まれて生活していくことになるのだ。それが良いことなのかどうかはわからない。たぶん、良い情報なら良い結果を、悪い情報なら悪い結果をストレートに伝えるだけなのだろう。しかし、誰が良いとか悪いとかを判断するかってことなんだろうな。身内の善悪だけは死ぬまでにころころ変わるもんね。
8
金
朝一で歯科医院に行く。2時間ほどいた後、新規の挨拶訪問を地図を見ながら2軒ほど。日頃通らない道を通るのは結構楽しい。午後は得意先から紹介してもらった会計事務所に妻と二人で出向く。先日から顧問税理士とあまり上手くいっていないので相談に行くのだ。初めて会った税理士さんは女性の方で非常によく対応してくれた。これまでの経緯を話すと「同業者の悪口はいえませんが、ちょっと酷いですね」と同情してもらう。確かにあの態度は酷いと僕も思う。まあ、態度以前の能力の問題なんだけど。後日会社に訪問してもらい再度話を聞くことにする。
その後メーカーさんの支店長とファミレスで待ち合わせして2時間ほどコーヒーフロートを食べながら商談というか雑談。夕方先日のセミナーの講師の元に立ち寄り、御礼をいう。その後メーカーさんの営業所に寄って1時間ほど雑談したあと家に戻る。くだらないテレビを見たりして12時ごろ寝た。
9
土
良い天気だ。新聞を広げると元ボウイの布袋寅泰氏の記事が出ている。賞賛記事だ。そういえば数日前もラジオで特集をやってやたらと持ち上げていた。どうして?なんで彼だと持ち上げるの?実はボウイ時代からすごく不思議だったのだ。ギターがそれほど巧いとも思わないし、曲調はゴレンジャー主題歌だと思う。ビジュアル的には非常にインパクトはあるが。今度のアルバムはロンドンレコーディングでJAPANなどに捧げるとか言っていたので期待して聞いてみると、言っちゃ悪いが「夜もヒッパレ」で英語の歌を歌い上げる新沼ケンジだった。間違いなく彼は21世紀の堀内孝雄になるんだな、と予感がした。もしかしたらそれが人気の秘密かもしれないなあ。
今日はいくつか仕事を片付けたけど、基本的には家でゆっくりすることにした。息子と近くのグランドまで久し振りに散歩し、3kmばかり歩く。家に帰り、食事をした後はビデオで「39」という森田芳光監督の映画を見る。なかなか面白かった。
10
日
朝から雨模様だったけど、だんだんと良い天気になってきた。日曜日の午前中が日本晴れだと、何故だかサンデープロジェクトを見るのが気が引けるものだが、今日はちょうど良いコンディションであった。明日が賞与昇給面接なので、パソコンを広げてあーでもないこーでもないと考える。その後妻と年賀状の整理。天気がよくなったので息子と1kmばかり先のホームセンターまで歩いていき、お使いついでに万歩計を買う。以前のやつが壊れていたのだ。これで散歩も楽しくなることだろう、、、と思うがさて結果はいかに。夕方、スタディグループの忘年会の参加リストやらセミナーの集計やらに精を出し、いつもの「コチカメ、200X」というコースでテレビを見た後、子供を寝かせて、久々に何もないだらけた休日を満喫させてもらった。
11
月
今日は会社で賞与昇給面接である。半年に一度お互いの言いたいことをじっくり話せる機会として設定している。これが10年前だったら1週間掛かったものだが、いまでは社員数が少ないので一日で終わる。楽なような寂しいような。もっとも今の社員数だったら毎日のようにいろんなことを話すんだけど、やはりかしこまって机を囲まないと出来ない種類の話もあるものだ。一人1時間ぐらいずつ朝から順番に始めて、夜10時くらいには終了。もっともずっと話しているわけではないのだが。
ずっと面接コーナーに一日いたら、窓際のせいか、あまりに寒くて頭が痛くなってきた。久々に対流型ストーブを出してきて火をともすとようやく楽になった。でも鼻をかむと妙な感じだ。うう、副鼻腔炎ぽいなあ。早く寝よう。
12
火
午前中、いくつか仕事を片付けて、午後から銀次郎と話した後、熊本市内へ。年末ということもあってかだんだん混んできたなあ。何軒か回り、夜は理事会へ。司会の先生が急きょ風邪でお休みということで、司会をすることにナって慌てる。終了後、食事へ。いつもの店で美味しく食事した後、いつものように割勘かな、と思ったら今日は僕の分はいらない、という。1年間ご苦労さんということらしく、有難いなと思った。家に買えると明日の準備をしようと思ったが、妻がなんだかんだと喋り始めて付き合っていたら2時ごろになってしまった。
13
水
朝8時の便に乗るのに、目が覚めたら7時10分だった。慌てふためいて準備をして、妻子を車に乗せて空港へ飛ばすと何とか間に合った。妻子を返して飛行機に乗り込む。すぐにぐっすり眠った。伊丹からバスで新大阪へ。今日は混んでいて時間がかかるという。車中昨日の宿題をパソコンでやって携帯でFAXする。新大阪についてちょっと時間があったので、カバンを物色。今朝急いでいたのでいつものカバンを見つけることが出来ず、半年以上前にチャックがぶっ壊れたままの営業カバンにパソコンやら下着やらを詰め込んできていたからだ。ちょっと良い感じのカバンがあったので「これいくら」と聞いたら「全部1000円均一です」というので、思わず買ってしまった。
その後今日のメンバーと待ち合わせし、西天満の居酒屋で昼飯を食べながら打ち合わせ。その後3社ほど会社訪問をする。どこも意欲的でなかなかユニークな会社であった。そのまま夜は宴会するか、ってことだったのだが、東京組は日帰りすることになり、少人数で心斎橋辺りをコナしてきました。あー、面白かった。ホテルは心斎橋だったので1時ごろ就寝。
14
木
10時に京都の会社で打ち合わせ、という予定だったので7時に起きて朝食を取った後、地下鉄、京阪で京都へ。ピークと時間がずれていたせいか、ゆっくり座って熟睡できた。出町柳で降りてのだが時間があるので、堀川まで歩くことにした。本当に久し振りに今出川通りで同志社、御所の間を抜けていく。さすがに京都は寒い。御所のなかに入って散策していると突然モヨオしてきた。ううう、たまらん、とトイレを探す。やっと見つけた公衆トイレに飛び込んだ後に気がついた。しまった。トイレットペーパーがない。あいにく手持ちもない。結局がに股で近くのトイレまでまた歩いた。ああ、散々だな。社長こんなところで学生みたいなことを。
夕方まで打合せを行い、PORTAでひと休みした後、空港バスで伊丹へ。待合室でメールを書きまくった後飛行機に乗り、熊本へ戻ってきた。妻子に迎えに来てもらう。これで今年の出張も打ち止めだな。本当に今年は飛行機に乗りまくったな。これらが来年に繋がればいいんだけど。
15
金
日常に戻ってきた。今日は年賀状を出さねば、と会社に行くとまだほとんど誰も書いていなかった。昨日が締め切りだろー、と思いつつ、自分もこれから書くのである。今年はコピーマシンがリース切れしたせいか調子が悪く、なんかはがきの表面が汚れてしまった。来年貰った方すみません、今から謝っておきます。
やっぱり出張の次の日はだるいなあ。ということで今日も会社に泊まりこみ。
16
土
土曜日だが仕事はいっぱい。夜にあるスタディグループの忘年会の出欠確認、年賀状完成、明日のセミナーの商品手配、先日の出張のまとめ、なんやかんや。あっという間に夕方になってしまう。夕方から一度家に戻り、車を置いてバスで会場に向かう。雨も降っていて案の定市内は大混雑。そういえば去年の忘年会もこうやって遅刻したっけかなあ。あれから1年、うそみたいだ。身の回りで変わったことといえば・・・i-modeの端末とかネット通販とか・・やっぱりこの方面かな。会場には早めに着いて会計などをやり、宴会は無事終了。二次会は若手の先生方と行動し、その後吉野屋の牛丼に卵をぶっ掛けて食べて、家に。今日は先生二人が泊めてほしい、ということだったのだ。ところがしばらくコーヒーなどで雑談していたら、酔いも覚めたのか、軽自動車で福岡に帰ってしまった。大丈夫だったかな。その後妻としばらく話をし、客用に引いた布団でぐっすり寝た。
17
日
7時に起きて、歯科医師会館へ移動。今日はプライベートセミナーなのだ。豚の頭が十数個並んでいる。手術の実習勉強会なのである。切開やら縫合やら。昨日飲んだばかりの体にはちと刺激が大きすぎるかな?ともあれ午前中で商売をさせていただき、午後にいったん家に戻る。これから息子のバイオリン教室の忘年会らしく、妻子を車で会場の居酒屋に送る。帰り際にラーメン屋により昼飯を食べようと「おにぎりセット」という割と軽めに思える食事を注文したら、なんとこれはラーメンなしで豚の角煮がついているものだった。ラーメンと別に注文するやつらしい。変な客と思われたかもしれないが、こんな紛らわしい名前のメニューを作るほうが悪いんだぞ。それに、どうして豚なんだ。朝から豚ずくしじゃないか・・・
家に戻って2時間ほどコタツで寝る。と妻から携帯がなり、今から二次会に行くのでパパもおいで、と。あーあ、と思いながら会場に迎えに行き、そのまま次の蕎麦屋へ。蕎麦屋で飲むのか?すると同い年の子供を持つ同じくらいの親がどばどばと現れて、昼間っから宴会状態に。先生以外初めて会う人ばかりだが、僕以外はアルコールが既に入っていることもあってか、あるいは子供同士が異様に仲良くなっているせいか、すぐに打ち解けた。あっというまに焼酎を開ける。蕎麦湯で割っているのだ。僕の知り合いでこの日記の読者でもあり、そして蕎麦アレルギーのH氏が聞いたらその場で卒倒しそうな話である。それにしてもみんなバイオリンに真剣だったのには驚いた。夫婦仲が悪くなるくらい、子供に厳しく教え込んでいるらしい。うちなんか「バイオリンを使った躾」くらいにしか認識していなかったが、それじゃいかんってことだろうか。まーでも両親見るかぎり、うちの子が練習熱心になるとは思えんしなあ。
家に戻るとみな遊びつかれたのかコタツでごろ寝する。そのうち起き出して茶漬け食べて、、まるでお正月三が日のような日曜日であった。
18
月
今日は賞与昇給面接の第2回。ざっと面接のあとは、社内で過ごす。思っていた仕事がはかどらなかった。最近どうも社内での自分の生産性が落ちている気がする。ひょっとして一日50通近いメールを書きまくっているせいではなかろうか?電話のほうが早かったりしてなー。でもこういう時代だからしかたが無いのかな。今日も会社に泊まり。
19
火
朝から歯科医院へ行き、修理、ということだったが到着したらもう直っていた。それから税理士事務所の方と、先生とでお話になる。結局昼ご飯も頂戴し、1時過ぎまで話し込む。大変勉強になった。その後税理士の先生と会社へ移動。妻も来て3人で先日の続き。いよいよ税理士事務所を変えることになる。社内を見て「整理整頓されてませんね」と指摘されてしまった。ううう、問屋稼業だからとちょっと気を抜いていたところを見られたか。年末までに何とかするぞ。夕方まで打ち合わせをし、その後スタディグループのDM資料を作成発行したりして夜まで仕事。今日は家に帰ろう。
20
水
朝から個人用の年賀状を出力しまくる。妻は銀行に行ったり今日は締め日で忙しそうだ。午前中は自宅でずっと仕事する。昼過ぎ子供が幼稚園で帰ってきて、妻は銀行へ、私は営業に出かける、というので、プレステで遊ばせたまま30分ほど留守番させることにした。注意事項を言い聞かせたあとに、あ、そうだ、と思い、年賀状を出力しているプリンターへの葉書の補充を頼むことにした。初めての会社の仕事のお手伝いである。そう伝えると本人は嬉しそうに「じゃあ、できたら誉めてね」と乗り気だった。そうなんだよなあ、最初に思うのは「じゃあ、お小遣い頂戴」じゃなくて「誉めてね」なんだよな。そういう順番で人間仕事を請け負うんだもんな、となんだか勉強になった気がした。
めちゃくちゃ込んでいる市内を営業し、19時過ぎに家に戻る。さあ、12月度も終わったぞ、なんとか支払いも済んだぞ、なんとかなるもんだなあ、世の中!と妻で世間をなめ切った会話をした後威勢良く発泡酒のプルトップを引いた瞬間、携帯が鳴り、「社長、事故りました・・・」と社員の声。世の中そう甘くは無い。
保険会社への連絡、状況確認を済ませたあと、もう一度車に乗って八代まで高速をひた走る。車中携帯であちこち指示。これで事故を起こしたらいかん、とちょっと慎重にしかしスピードアップして電話から30分後には現場にいた。警察の現場検証は既に終わり、そこにいたのは当事者2人だけだった。こっちの営業車が信号待ちの相手車両に突っ込んだらしい。いわゆるオカマってやつだ。相手車両が信号が変わったと勘違いしていったんスタートし、その後ブレーキを踏んだところにこちらが突っ込んでしまったらしい。基本的にこちらが悪い。大丈夫ですか?と相手の方を見るとまだ30台の実直そうな青年である。体はどうもない、ということで一安心。しかしマーク2のトランクは大破している。ふとこちらの営業車を見ると、エアバッグが開いているではないか。
あららけっこう大変な衝撃だったようだなあ。営業はなんだかいつもに比べてショックを受けている風である。相手方は自動車修理工場に知り合いはいない、というので、私のバンド仲間の工場に電話してみたら、いまから持って来い、ということ。慎重に3台で3kmほど移動する。二日酔いで寝ていたというベースの彼に見てもらい、レンタカーの手配やらなにやら。とりあえず車はお互い動くので、テーピングして帰ってもらうことにした。
会社に社員と戻る。結構ショックだったらしい。体は何とも無いが、運転に自信がなくなったそうだ。そりゃしばらくはショックだよ。これで何とも無かったらそっちのほうが怖いって。保険会社に連絡し、彼を自宅まで送って、今日は実家に泊まることにした。
21
木
朝一で保険屋さんが来られ、状況説明。相手にレンタカーを手配してくれるという。その後すぐに修理工場の奥さんがうち用のレンタカーを持って来てくれた。早速車の入れ替えを行い、さあいつもどおり営業だ。私は社内に残り、ちょっと思いついたビジネスモデルをメールにして知り合いに送る。朝からメールがだばだば来て、自分もがりがり送り、それだけで午前中が終わってしまった。午後は来年のセミナーのダイレクトメールなどを作成。
夜は加害者営業マンが帰ってきて、一緒に被害者宅に菓子折りを届ける。聞けば加害者営業マンの弟の勤め先の上司だったらしい。あいにく不在。奥さんがあと1時間くらいで帰ってくる、というので、営業と二人でちゃんぽんなど食べる。すっかり運転の自信を無くしているらしい。今日は一日代車で慎重に運転していたとか。いやそれでよろしい。ただ、ちょっと今月は頑張らせすぎたよな。何せ一人でもう少しで1000万円を売ろうとしていたのだ。何も大型商談なしに、である。少し休ませろ、という神の声だと思うよ、と伝える。
二度目に訪れたときもだんなさんはまだお仕事だという。この時間まで頑張れるってことは体調大丈夫ってことさと気を取り直して会社に戻る。それからいろいろ仕事をしていたら結局1時だった。またここに泊まることに。今週は家にぜんぜん帰ってないなあ。
22
金
朝から保険屋さんや修理工場との対応に追われる。レンタカーがやってきた。中田選手が宣伝している軽自動車だが、これじゃほとんど普通乗用車だな。とりあえず近所を一周してみたりして。その後社内で請求書チェックなどの仕事をして、銀行の人と話したりしてて、午後から熊本市内へ。案の定、大変な混雑である。明日から連休だもんな。年末だし。19時過ぎてこれ以上渋滞に付き合っていてもどうしようもない、明日回ろう、と家に帰る。よく考えたら明日は天皇誕生日でどこも休みであった。
妻が「どっか食べに行こう」と誘う。もう何も作る気がしないらしい。年末だからか?ということで、寒空の下、親子三人で歩いて近所の居酒屋へ。歩いている道も大渋滞である。居酒屋で2時間ほど食事をして、家に戻り、風呂に入ったらすぐに寝てしまった。
23
土
休みである。天気はなんとなくはっきりしない。今日から御立岬(芦北海岸)にかもなべ家と遊びに行くのだった。午前中、だらだらと準備する。昼から出発。かもなべ家で合流して午後4時には御立岬のログハウスへ。
僕以外は何度か来ているらしいので、すごく段取りがよろしい。子供たちは総勢4名でサッカーをしたりと大興奮である。親どもはもちこんできたパーティグッズやら酒盛りの準備やらで、これまた大忙しである。
敷地内にゴーカート場があると聞いてさっそく全員で移動。子供たちとレースまがいの接戦を繰り広げて大いに楽しむ。すると、レーシングカートも500円で乗れる、というではないか。自他ともに認めるF1マニアの僕がここで黙っているわけには行かない。颯爽とフルフェイスを被り、カートに乗り込む。もちろん初体験である。だが、経験はゲーセンとプレステで十分つんでいるのだ、怖いものは無い!
スタートすると思いのほかスピード感があり、快適である。コーナーもリアがずるずる流れる程度で、スピンするほどのパワーは出していないようである。調子に乗ってカーブ手前でちょっとブレーキングを遅らせたら、くるっとスピンしてしまった。何せスタータ付だからエンストの心配は無いし、すっかり上機嫌でぶいぶい言わせてコースを一周してきまして、大満足の僕でした。
夜は1日早いクリスマスパーティ。カブリモノは出るわ、シャンパンの栓は宙を舞うわの大騒ぎ、大人たちもちょっと疲れたのか午前2時にはご就寝となった。もっとも僕は小刻みにコタツで寝る、という小技を見せて明日への体力温存を図ったことはいうまでもない。明日はもっとカートを走りこむのだ、わっはっは。
24
日
昨日夜中に妻が食っていたお手製のうどんが朝ご飯であった。熊本弁ではこれを「だご」っていうんだよ、と親切な僕は教えてあげたのだが、当然彼女は顔で笑って心は怒り心頭であったに違いない。
10時チェックアウトのため、車への積み込みを急ぎ、一路カート場へ。子供たちは勝手にゴーカートで遊んでもらうことにして、大人たちは夫婦対決、夫対決、妻同士対決のカートGPが開催された。ところがもう同じカートに2回も乗ると、どうしても遅く感じてたまらない。最後ではとうとうほとんどべた踏み、かつノーブレーキング状態になってしまい、スピード差もつかなくなってしまった。ふと見れば息子は一人乗りのゴーカートに初めて乗って、盛んに草地にコースアウトしながら他車を煽りまくっている。妙な血が流れていることにいまさら気づいたぞ。なんだかんだ1回500円を家族で8000円くらい使ってしまった。
その後八代市内に移動して、ファミレスで昼食を取ることに。 かもなべ一家と別れて、家路に。家に着いて急いで喪服に着替えて、葬祭場へ。同業者の母が亡くなったのだ。多くの同業者、仕入先と送ってあげる。
家に帰り着くと、コチカメを見ながら鍋を囲んで本当のクリスマスを祝うことに。なんとかイブの夜はふけていったのであった。
25
月
昨日の夜、なんとなく風呂場で思いついて3時間あまりでi-mode専用のホームページを作り始め、会社に着いて完成した。思ったほど大変じゃなかったな。なんとなくインターネットモードに入った僕は続けてweb shoppingのページを更新し、いくつかの商品を追加する。朝から息子を連れて会社に来ているので、昼飯は一緒に。
会社では相変わらず深夜まで開業の打ち合わせが続いていたが、今日は早めに(といっても11時過ぎていたけど)帰ることにした。
26
火
午前中、自宅にて今年最後のメールニュースを書き始める。夕方までかかって何とか完成、他にもいろいろとメールの返事などを書き散らす。夕方より市内中心部の歯科医院にて商品の契約、その後大混雑している市内を抜けてメーカーの社長と待ち合わせし、ホームセンターにて部品を購入したあと、終了した歯科医院で機械の取り付け。21過ぎに終了し、社長と彼の泊まっている水前寺のビジネスホテルの近くにて食事をする。深夜、家に戻ると妻が年末調整をしていたのでちょこっと付き合う。
27
水
昨日の社長をホテルまで迎えに行ったあと、一緒に八代の会社へ向かう。八代インター出口では、その先が10台玉突きで通行止めということで大混雑していた。少し遅れて会社に着いて、その社長を送り出し、しばし社内で仕事。昼食後、夕方に今世紀最後の散髪に友人の床屋に行くと、案の定混雑していた。生まれて初めて洗髪マシーンに頭を埋める。なんだか水をたくさん使うマシーンだったなあ。ずーっと眠っていた。起きたら近所のお客さんが着ていたので少し話す。会社に帰り、年末調整を渡したり、なんやかんや。妻が夜会社に来て、ネットラジオなどを聞きながら一緒に仕事する。先日からフレッツにしたのだ。ちょっとしたことだけど、インターネットとの付き合い方が変わったような気がした。
28
木
早めに会社を出て今世紀最後の営業に出かける。思ったほど混雑していない。もうピークは過ぎたのかな?集金したり、挨拶したり。昼頃、某メーカーから電話があり、先日更新したnet shoppingに自社の商品を掲載していまいか、と確認。営業所長より取り下げをお願いされる。この業界、公取もなにもあったもんじゃ無いな。頭にきたので近所のファミレスに入って食事しながら全部取り下げてあげて、ついでに「今後どうしますか」という意味のメールを書いて送っておく。返事が来るのは来年かな。お互いこうやって確信犯的にこういうゲームを楽しみながら議論が深まっていく、それが僕のシナリオだ、あんまり追い込んでも仕方ないけど、ちょっとは刺激を入れとかなきゃね!
夕方またもファミレスにてメーカーさんの所長と打ち合わせ。その後2件ほど歯科医院を回ったあと、家へ。ホットプレートで焼肉を食べる。すぐ寝てしまった。
29
金
今日は仕事納めである。朝一で会社に移動し、午前中から自分ひとりで掃除を始める。本当は午前中まで仕事で午後から掃除なのだが、今日の夕方は得意先の忘年会に参加しなくてはならないため、午前中自分だけでやることにしたのである。担当分けをして、自分は外回りを担当することにした。久しぶりに会社の周りの雑草を取ったり、箒で掃いたりして掃除する。気持ちの良いものである。天気もよい。この際にごみ捨て場などを徹底的に掃除した。午後から自分の机の周りなどを整理して、帰ってきた社員を集めて終礼をした後、熊本市内へと向かう。
得意先に到着して、パソコンのソフトのインストールなどを手伝ったあと、5kmほど先にある温泉センターへ向かう。なぜかここは毎年忘年会前に男性全員で風呂に入るのであった。その後近所のフランス料理店でパーティ。タクシーで市内中心部に向かい、他の得意先とも合流して二次会。23時ごろ切り上げて一人で帰る。明日は早いのである。
30
土
7時過ぎに起きる。今日は9時30分発の列車にて妻の実家である群馬県水上へと向かうのである。ばたばたと用意して、タクシーに乗り水前寺駅へ。そこからまずは特急有明で博多へ。Uターンとは逆方向なせいか、混雑していない。
博多駅に到着して、20分の乗換えですぐに新幹線のぞみに乗る。飛行機のような車内で息子とあちこち歩き回ったり、お菓子を食べたりビールを飲んだりとすっかり旅行気分である。5時間以上という乗車時間もわりと疲れずに過ごすことができた。東京駅でさらに上越新幹線に乗り換えて、上毛高原駅へ。いきなり雪、である。親戚の車に迎えられて水上にようやく到着した。
思えば3年ぶりなのであった。前回もたしかJRの寝台で3人でやってきたのだが、子供が大きくなった分、手がかからなくなって今回はだいぶラクだった。もちろん、新幹線にのってきたこともあるんだろうけど。だが、今回も帰りは寝台である。飛行機も十分予約できたのだが、なにせこの時期、割引がないのである。飛行機なんて空でも飛ばさないと機体が確保できないだろうに、混雑する逆の路線は安くすべきだと思う。そうでないと国内旅行なんて誰もできなくなってしまうよ。車中、文庫本の真保裕一「防壁」を1冊読む。やっぱこの人は長編向きだなあ。
夕方水上の実家についたらさっそく宴会の準備が始まっていた。いつものメンバーが集結してきてコタツを囲んでの大騒ぎであった。気が付けば例によってコタツで寝ていた。
31
日
夜中寒くて寒くて何度も目がさめた。さすがにこのあたりは良く冷えるのだ。割と早めに目がさめて、昨日の夜やっていたビートたけしの3億円事件のドラマなどを見る。結構良くできていた。
その後子供と庭に積もった雪やつららで遊び始める。こうやって子供を雪の上で遊ばせているとなんだか犬と遊んでいるようだな。庭の片隅に雪を集めてかまくらみたいなのを作って大騒ぎ。その後近所をぶらぶらと散歩する。この町に来たのは何度目だろうか?良いことなのかどうか判らないが、ちっとも変わらない景色というのも良いものである。
20世紀の最後の夜は関東の静かな山奥で越すことになった。もっとも実際には義弟夫婦と一緒にテレビを見ながらビールでYEAH!!と叫びながら過ごしたのであるが。
ここまで20世紀をどうにか乗り切ることができたのも、家族をはじめ僕の周りの皆さんのおかげです。本当にどうもありがとう。また、この日記を読んでくださっている方々、本当に有難うございました。来世紀よもろしくお願いいたします。