taka's業務日誌 2006年8月

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diary
1 月初めから飲んだくれ
門川社長と酒のさかやでインタビューと称して飲み会  さて8月である。妻子と犬が妻の実家に長期滞在中なので一人で暑い夏を乗り切っているのである。というわけで朝から佐川に荷物を取りに行き、事務所で午前中もくもくと仕事。お昼は近所の中華料理店で定食。午後毎月2回の器材ライブラリーとPodcastの制作作業に。さて今回のインタビューはどうしよう。前回は総集編でごまかせたのだが、2回連続でその技は使えない。あ、そうだ、地元の同業社長Kさんのインタビューでも仕組んでみよう、と思い立って携帯に電話したら快諾してくれたので、夕方、いつもの角打ち酒屋で収録しようってことになった。とりあえず原稿を書いてみて、だいたい出来上がったので事務所を閉めてバスに乗る。予定より少し遅れて酒屋に到着、すでに飲み始めていたK社長と打合せ、一気に録音。まあこんなもんでしょう、と切り上げ二人してビール飲みまくる展開に。ふと思い出して大分の同業者M社長が熊本に来ているはずだぞ、と電話したら合流しましょうってことに。21時前、3時間も居座った酒屋を出て彼のホテルへ歩く。なんだか騒々しいなあ、と見上げたら以前ゲーセンだったところがドンキホーテになっている。しかしまあ派手な店内ではありますなあ、と田舎者丸出しで圧縮陳列とやらを観察。歯科材料店社長3人が束になって和食の店に入り気がつけば業界談義。その後カウンターバーのお店に移動し日付が変わる寸前まで飲んだくれ。別れて帰り道深夜まで空いている蔦屋で雑誌買ってタクシーで家に戻る。よう飲んだ。
2 ボクシング、ですかい
 あー二日酔いだわい、と頭を押さえながら佐川。事務所では昨日のインタビュー録音をこねくり回してPodcast番組を仕立て上げる。僕の編集もだんだん上手くなってきたぞ、と自負しているわけだが、それは必要以上に細かい音にこだわりすぎてしまってもはやちょいと聞くだけの人とは別世界の趣味になってしまっている気が・・。午後の発注の後は番組を仕込んだHDDを大量コピーして荷造り。いつもは妻に丸投げしている荷造りも自分でやると汗だくである。さて時計を見ると、あ、やばい今日は組合関係の総会だったのだ。クルマで街中のホテルへ到着し、会場に入ったその刹那に会議は終了しておりました。そのまま懇親会に流れ、二日酔いでしかもクルマで来た僕はノンアルコールで場をやり過ごす。2次会の誘いも断ってオフィスにクルマで戻る。そうだ、今日は亀田選手の試合とやらがあるのだな、と気がつき早めに自宅に戻る。テレビでアナウンサーやタレントが一生懸命盛り上げているのだが、さあもうすぐ試合です、と何度もCM入れた挙げ句に1時間以上低級ドラマを見せつけられて、挙げ句に試合がアレですよ。このテレビ局はイカレている。ただでさえ蒸し暑いのにやりきれない無駄感をもっさり抱え込んだ僕は自宅で唯一エアコン装備の息子の部屋へ忍び込み、Macbookでwebサイトの更新を続けるのであった。気がつけばもう3時前だ。
3 粛々と仕事生活
 いつものように荷物を取りに回った後事務所で作業。すっかりこのパターンにも慣れてしまい先週の約半分くらいの時間でできるようになった。先日頼んだネット印刷所からチラシが届く。代引決済。おおお、完璧な仕上がりじゃん。お昼はなぜか急に寿司が食べなくなって回転寿司に独りで入る。その後モスバーガーに移動し、エアコン効いた中で雑誌読んだり仕事したり。夕方ようやく事務所に戻り、次回のベーシックコースに使う模型を受講生に発送作業。もう汗だく。作業場にエアコンないのだ。首からタオルしてないと荷物が汗まみれになってしまう。だがこんな生活を続けるうちにすっかり代謝が良くなったのか直ぐに汗を掻くようになった。体重も2kgくらい落ちている。外食ばかりで飲んだくれているのに。まあ仕事はやっぱり汗を掻かんといかんっつうことですな。頭と指先ばかりの仕事してたら確実に早死にするか、あるいは狂ってしまうか。夜はあちこちにメールを書いてあっという間に22時。なぜか急にうどんが食べたくなってウエストうどんでネギを目一杯の夕食。まだまだ暑いので自宅に戻らずまたも事務所に戻って粛々と仕事を続ける夜型なワタシ。
4 ネットラジオソフトmRX-8000
 荷物を取りに行く前に途中の歯科医院に寄って来年のコースの案内を届ける。最近はTシャツジーンズ姿で歯科医院に行くことに抵抗が無くなりつつあります。良いことかどうか。しかしこの暑い熊本でネクタイ姿はCO2削減の観点からもよろしくないです、と自分に言い訳。午前中はいつものように事務所で仕事。今日は2週間ぶりに英会話へ。その後アジア料理店にふらりと入りランチしながらさっき買った新書を読む。Googleを題材にした本だが何かと面白かった。自分がはじめようとしている仕事と重なる考えも多く、ふむふむと読み進む。やはりたまには活字も読まな。100円ショップで週末の実習セミナー備品を買い込み、事務所に戻る。先日から着々と進んでいるWEBの更新をさらにアップ。やはりきびきび動くWindowsが1台あると仕事も進みます。macが仕事に向かないわけではないのだが、やはり10年使い込んだWinだと無意識に指がコマンドを覚えていたりするので作業が早いのである。ときめかないけど。
 夜は東京の友人と長電話したりしつつ、ネットで見つけたネットラジオのソフトをダウンロード。いやーこれは面白い。すっかり嵌りました。Mac専用の無料ソフトなのだが、インターフェイスが昔の短波ラジオ風なのだ。そう僕は30年前、当時全盛を極めたBCL少年だったのであります。愛機Cooger2200を駆って世界中の放送局をキャッチしてはエアメールでベリカードを収集していたのです。このソフトはあまたあるネットラジオの選局をアナログ短波ラジオのようなダイヤルで操作するのだ。しかもちょっとダイヤルがずれたら変調したりして。あの、指先に神経を集中して、ノイズの中から意味不明な言語を聞き取り、ラジオ局名らしきものが聞こえたらノートに記入していた感覚が蘇ってくるのである。すっかり夢中になってあちこち聴いて過ごす。しかしまあ考えたらネットサーフィンしつつあちこちにメール送ってる今の僕って、30年前とたいして変わっていないような。夜はガストでGoogle新書読了。
5 阿蘇ドライブ、web進化論
阿蘇山を一人でドライブ  はやいものでもう1週間。今日も朝から洗濯三昧である。でも今日は1回で完了。干した後トラックセンター回って事務所。久々のNotesデーベースの整理作業。お昼は定食屋さんでマンガ読みながらたらふく食べる。胃もたれしつつcopenに乗ったら、なんとなく遠方に出かけたくなって気がつけば阿蘇の草千里なんかをかっ飛ばしていた。夕方まで気持ちよく山並みを見ながら走り抜ける。このクルマに乗ってもう3年が過ぎたわけだけど、こうして純粋に遊びで走ったのって数えるくらいだなあ、なんだか余裕のない生活してたのかもなあ、なんて。モスバーガーに入ってコーラ飲みながら梅田望夫さんの「ウエブ進化論」を読み上げる。さすがベストセラーだ。面白く一気読みした。なんとなくだが、シリコンバレーに行ってみたくなった。どんな世界なんだろう。多分行ってみると何てことのない普通の街なんだろうけど、日本に帰ってきた後で何かが確実に変わったりするのだろうか。もうちょっと英語できるようになったら一度計画してみようかな。
6 今年3回目のブタ実習セミナー
ありよし歯科にて真夏の豚実習  今日はブタ下顎を使った1日実習セミナーである。だのに昨日の段階で必要機材が届いていない。急いで発注した商品なのだが、何か手違いらしい。なんだか毎度のことであるが朝から佐川に取りに行く。無事ゲット。会場に入って講師と2人で準備作業して、9時半、無事にセミナースタート。今回は少人数なのでだいぶ楽だけど、考えたら今年にはいってこれで3回目のブタ実習である。さすがに講師も僕も慣れてきた。匂いにも。
 予定通りに実習セミナーは終了。僕はいったん事務所に戻り、バスに乗って街中へ移動する。10年前に八代でバンドやっていた仲間がJAZZライブに出演するらしい。交差点でそのバンドのボーカルと落ち合い、僕はお腹がすいていたので最近よくいくインド料理店で軽くカレーとビール。勢いをつけて初めて訪れるヌアージュというお店へ。常連客なのか出演者の知り合いなのかとにかくどんどんお客さんが入ってきて僕らはカウンターの端っこで小さくなってぐびぐび。ほどなくして関東から迎えたサックスプレイヤーを囲んでの地元即席バンドの演奏が始まる。後で聞いたら昨日一回だけの練習だったらしいがなかなか上手いものである、とはいっても正直Jazzの上手下手ってよくわかんないのだけど。いずれにしても久々の生演奏も良いものだね、と僕らはぐびぐび。考えてみればいまここでドラムたたいているキムラ氏と、目の前にいる銀さんたちとバンド組んでいたのってもう遠い昔のことなのだ。1991年から1995年くらいまで活動していたんだよね、と昔話に花が咲く。ここにいる三者三様、そのときの仕事を引きずりながら一人は音楽人生を続け、ひとりはマスメディアと関わり、そして僕は正体不明の業界活動。あの頃10年後を想像してみて、こんな風だったなんてね。あの頃の不況があんなに長く続くだなんて思わなかったし、小泉さんが首相になったり、テロやら戦争があちこちで続くといった状況も想像できなかった。しかし僕らはこうして話しているとその頃とちっとも変わっていないし、まあ変わっているところと言えば眉から上の表層部分がお互い寂しきなったり少し白くなったりしたくらいか。電車で帰るという彼と別れて僕もおとなしくバスで自宅へ。
7 テレビのちから
 目が覚めてテレビをつけたら、先日のボクシング亀田騒動でワイドショーに亀田親が出演していて漫画家とやりあっていた。へへ、おもしろいやってネット実況と併せて楽しんでしまった。格闘技の基本が見せ物であることはF1レースと同じで疑いようがないと思う。そこに人生だの生き方だの持ち込んでみせても所詮は見せ物の色づけでしかないことも彼らは重々承知なのだろう。悪役を楽しんでいるのだ、という余裕を感じさせないこの演技力はまさに21世紀水準なのかな。あるいはTrueman Showみたいに周りの仕込みが凄まじいのか。そしてこの番組の最大の目的は絶好のタイミングで挿入されるCFなのである。あるいはその前後の視聴率とスポンサーフィーの相関関係。今やテレビとは企業が商品を宣伝するための箱なのである。Googleが出てきてインターネットもそうなっちゃうのだろう。ここに手段と目的のごった煮極まれりってことで。昨夜ボーカルの銀さんテレビ論を語っていたらなんとなくそんなことを思いつく月曜日の朝。そして重大なことに気がつくのです僕は。まさに番組が佳境に入った頃、玄関の外を通り過ぎるディーゼルエンジンの爆音、モーターの回転音。あっしまったゴミ出さないといけないのに。ゴミはゴミでもブタさんの下顎8頭分。涼しく秘書を楽しむ妻に電話を入れて裏技を聞き出して右往左往するのであった。亀のせいで豚に悩む夏休み。意味不明。
 会社に出て発注作業やら。お昼は昨日の歯科医院に立ち寄り、その後餃子の王将でランチ、事務所に戻るとエアコン代がもったいないぞと思い立ち、いつもとは違うガストに入りMacbookで仕事したり日記書いたり。20時ようやく事務所に戻ってスタディグループの第1号会報を制作開始。
8 ファブリケーション
珍しく料亭で理事会をしました  目が覚めてネットに接続、なんとなくGoogleからブログのサイトにたどり着き、そのままブログを一つ開設してしまった。実はブログって体裁が好きになれなくて、というのはレスポンスがあってそれに対して返事を書いたりするあの文化がどうしても好きになれなくて積極的に避けてきたのだが、まあいろいろ本を読んでたら、ちょいと手を出すのもよいかしらと。それも洗濯しながら。なんだか今時の主婦みたいですなあ。あらら、こんな時間だ、トラックセンターへ出かけよう。
 以前はFMを聞きながら運転していたものだが近頃ではすっかりPodcastがそれに取って代わってしまった。ここのところNHKが配信しているラジオ日本の海外向け英語ニュースにはまっている。日本人の喋る英語だから必要以上に流暢ではないし、話している内容もNHKが制作しているだけあって知っている話題がほどんどである。というわけでヒヤリングのトレーニングにはちょうど良いかなと聴いている。集中さえしてれば内容の8割は理解というか想像がつく。市街地から郊外に向かう国体道路を快適に流しながら、番組の内容に意識を向けると、どうやら中東でのヒズボラとイスラエル軍の戦闘を伝えているようだった。イスラエル軍の空爆で罪のない子供たちが何人も死んだことを伝えている。もちろん普通に朝のテレビでもそれは伝えられているし、ラジオに切り替えたら同じNHKのニュースでも伝えられていることである。しかし僕はそれらと違う何か違う違和感を憶えながらハンドルを握っている。何だろう、この違和感は。その時僕の目の前の景色に異変が起きるのだ。見上げれば三角翼のジェット戦闘機が編隊を組んで低空飛行していく。遠くの空からみるみる近づいてくるのは巡航ミサイルではないか。逃げもせずにただ呆然と立ち続ける人々は英語を話しているのだが日本人の格好をしている。すぐ近くで爆発音、みるみるアスファルトがめくれあがり大穴があき、粉塵が舞い、時折人体のパーツが宙に舞うのすら見える。あれよあれよと攻撃は激しさを増し、見渡せば立派な国体道路がぐしゃぐしゃだ。僕は車を降りてアスファルトの破片を確かめようと低く屈んでみる。10cmにも満たないアスファルトや砂利の層が吹っ飛んだ下には黒土が顔を出していた。僕は気がつく、10年前に国体が来るのだと言って急ごしらえしたこの道路、ミサイル攻撃で10年前に逆戻りだ。10年が10cmだったのだって。振り返ると市街中心部の攻撃はおおかた終わったらしく見るも無惨な廃墟が広がっているだけだった。なんだ、近代文明って10cmだったのか、ひっぺがえしたら昭和戦前の田畑が広がっていただけだったのか、僕ら自慢の都市文明って結局は古い日本の表層に10cmほど偽装しただけのものだったんだな、って僕は白日夢を見ながら、それでも運転を続けている。夜はその市街地に出かけてスタディグループの食事会兼理事会を仕切る。明日の朝は早いので一次会で切り上げてバスで自宅に戻る。一度見てしまったイメージはたとえ夢であってももう消えることはない。
9 北陸出張へ
新大阪から北陸本線で  今日から2泊3日で出張である。しかし日常の仕事を止めるわけにはいかないので、朝6時に家を出てトラックセンターで荷物を受け取り、事務所で発送作業を行う。急いで自宅に戻り荷物を取り出しタクシーで熊本空港へ。8時発の伊丹行きにすべりこみ、機内では昨夜の理事会の議事録を作成。伊丹から新大阪へバスで移動、そこから雷鳥13号で福井市へ。何度か降り立ったことのある駅で東京の知人の車と合流、一緒に某社を訪ねる。今回の出張は仕事上のつきあいで彼の会社の紹介と自社のサービスの紹介を併せて数社の新規訪問が目的である。旧知の社長に笑顔で出迎えられ、昔話を交えて2時間ほど商談。会社を出た後彼の車で金沢市まで移動、来月予定している講演会の会場下見を主催者の社長と一緒に行う。市内のホテルに早めにチェックイン、夕食は3人で美味しい料理を楽しんだ。久しぶりに日本酒を飲んだらすっかり1軒でで出来上がってしまった。
10 金沢、上田、新潟
 7時半に朝食、彼の運転で長野県上田市へ。車中、落語を聞いたり世間話をしたり。実はまだ出会って1年半くらいなのに、とても気安くて話が合うのだ。僕より少しだけ年下だけどいろんな経験が豊富で礼儀正しい彼と話しているといろんなアイディアが沸いてくる気がする。元はといえばこの日記の読者だった彼とこうして国内行脚しているだなんて、まさに2006年らしい物語だなあと思う。気がつけば少しだけ涼しい上田市のファミレスでランチを食べながら打ち合わせ。立ち上げたはずのMacbookが起動していない。あれ、どうしたの、と何度もスイッチを押すがまるで起動しない。何だろう。こないだ0SXを10.4.7にアップしたのが原因だろうか。それともウイルスか、と何度もトライしているうちにようやく何とか立ち上がった。何だったのか。そう思った一瞬、画面が真っ暗になって沈黙。電源が落ちている。バッテリーかなあ、と不審に思いつつ、次の会社でデモするときには落ちないでねえ、と願うばかり。
新潟市内のアーケードをぶらぶら  某社にはいると旧知の代表者に足早に彼を紹介し自社のデモ。マシンガンのように話し合いは進むのであった。2時間ほど経過し、会社を出る。次は新潟だ。ちょっと間に合わないかも、と先方に遅れる旨の連絡を入れたが、彼のドライブはますます磨きがかかりホンダミュージックを小さく刻みながら日本海を左に見ながら美しい風景を北上する。日も暮れかかった頃、某社に到着、社長さんと今回の旅で最後となる一連のお話を展開。日本の各地で僕らの業界はみんなそれぞれの思いを抱いて奮闘しているのだなあとつくづく思う。僕は歯科材料店という恐ろしく古い形態に愛想を尽かしている反面、そのポジションに無限の可能性を感じ、そして彼らの何なにかを信じているのだなあと気がつく。会社を出て2人でホテル新潟にチェックイン。案内された部屋がとてもたばこ臭かったので無理を言って高層階に案内してもらった。窓の外に九州とはまるで違う景色が広がっている。さあお腹がすいたぞ、と2人で新潟市内をぶらぶら歩き、ちょっと離れた小さな居酒屋を見つけて美味しい枝豆なんて食べながら今回の旅の反省したりと楽しい夜。
11 熊本に戻り、家族と再会
朝の新潟市街を見おろす  寒さのあまり目を覚ますと枕元のデジタル時計は0500。エアコンを止めても寒いのだからさすが新潟だ。目を閉じても眠れそうにないのでMacBookを立ち上げて先日つくったブログの設定を見直してみたり。テレビをつけるとどのチャンネルもイギリスで航空機同時多発テロを食い止めた、という報道であふれている。未遂に終わったからかもしれないのだけど、どうにも嘘くさいなあと感じてしまう。別に陰謀論に与するつもりはないのだが、なんだか政府とメディアというちょっと古い組み合わせの必死さが伝わってしまうのだ。旧ソ連や北朝鮮、中国の偏向報道の批判をよく目にするが西側もどっこいどっこいな気がする。下手に自由です言い切っている分だけ罪深いのかもしれない。もはや僕らは目を閉じるわけにはいかない。こうなったら情報を思いっきり制限して考える時間を増やしていくのか、あるいは目玉が落ちんばかりに見開いて、ありとあらゆる情報に接しまくるのか、どっちかしかない気がしてきた。
日本海に浮かぶ佐渡島が窓の外に  なんだか必要以上に天井の高い朝食会場。日本ではたぶん30世紀にはいってもこれをバイキング形式って呼んでしまうのだろうなあって思ったら少しだけこの国も良いなあって思ってしまう。いい加減なのが一番だ。同宿の彼に新潟空港まで送ってもらう。港町に近づくにつれて周りの景色はなんとなくすさんだ味を出してきて、妙に大きく感じるコンクリート建造物や、アスファルトのひび割れから顔を出すど根性草なんかをみていると、何となくではあるがロシアに近づいた気がするのは考え過ぎか。しかし空港に着くと国際線の行き先表示にロシアや中国の空港名が並び、ここが国境の町であることを再認識させてくれる。少しばかりのおみやげを買って福岡行きの便に潜り込む。窓の外に佐渡島を眺めた後は今朝の分までしっかり熟睡。空港到着後は高速バスで熊本に戻る。オフィスに入ると妻と息子が実家から帰ってきていた。3週間ぶりの再開に留守中のおたがいの話に盛り上がるも僕は疲れてついつい居眠り。
12 お盆休みは霧島高原キャンプ
息子にテント、タープ張りを指導  セミナー稼業の良いところはお盆と正月などの連休にきっちり休めることである。そんな日に勉強会を企画してもなかなか集まらないからである。これが歯科商店だと内装工事だ機械取付だと何科と忙しい稼ぎ時だったのでこれまでろくに家族と遊びに出かけることができなかった。さて、今回はどうしよう、と尋ねれば妻が久々のオートキャンプを企画していた。僕はといえば朝6時に目が覚めて久々に犬を連れてあたりを散歩。事務所で今回の出張でお世話になった方へのメールなど。昼休みは息子を連れ立って近所の床屋さんへ。こいつは内向的な雰囲気を漂わせているのだが、実際にこういうところに連れてくると理容師のあんちゃんと丁々発止でやりあっていたりする。ああいうのを見ると僕ではなく僕の父のDNAを強く感じてしまうのだ。僕なんか髪を切ってもらっているときの話題について考えるだけで鬱陶しくなってしまうのだ。などと考えながら家に戻ると息子が「あのね、おとうさんはね、髪を切ってくれる女の人にデレデレにやにやしてベラベラしゃべっとったけん。結婚しているんですか、とか聞いとったけん。」としっかり告げ口されたのであった。
 さて荷物を積み込むのだ。本当に久しぶりのキャンプ。3人と犬1匹で高速道路を南下、霧島高原を目指す。まだまだ妻の話題は途切れない。こりゃ息子がお喋りになるわけだ。遺伝子的に逃げ場がない。思ったよりも早く霧島高原キャンプ場に到着。いくつか気の早い家族連れと他県ナンバーのバイク野郎たちがテントを張っているくらいで、どちらかといえばガラガラの敷地内に適当に場所を見つけてテント張り作業。今日から息子に作業の全てを引き継ぎである。息子も喜々として指示を仰ぎながら一生懸命テントとタープを張ってくれた。近所のスーパーで食材を買い込み、管理棟の温泉に入った後は涼しい風の下で豚バラ、ナス、そしてビール、ビール。ところが僕らももはや若くないのか22時には消灯、全員でぐっすり。
13 高原生活2日目
まだまだ人の少ないキャンプ場  あっさり死んでいた。それも自分がである。人はこんなに簡単にも死ぬものですかい、と突っ込んでいるのは死んだ自分であったという妙竹林な夢で目を覚ますとまだ朝4時であった。気を取り直して目を閉じて見た夢はなんとその続きであった。まあお盆ですから。いろいろあたりをうようよと。片眼をこじ開けて腕時計を確認するともうすぎ7時。息子を連れ立って犬の散歩に出かける。戻ってきたら朝食が出来上がっていた。人気の少ない高原キャンプ場、最上の空の下、散歩の後の朝食。これ以上の贅沢はないのではないか。9時前にはすでにやるべきことがなくなってしまった。仕方ないのでMacBook取り出して、来週末京都での研修会配付資料の制作作業をスタート。ついでにここのところたまっていたメールの返事を書きまくる。バッテリーが切れかかったところで早くもランチ。昼間のアルコールに気分を良くして、しかしあまりの暑さに家族で車のなかに逃げ込み、避暑&パソコンの充電すること1時間。何をすることもないというありふれたお盆休み、僕らはまどろみながらただひたすら時が過ぎるのを楽しむ。日が暮れてからはまた管理棟の温泉、少し気温も下がったところで屋外の質素な、しかし贅沢な夕食を楽しんだかと思えばもう寝てしまう僕らであった。
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霧島神宮、6年ぶりかな  今日も朝から犬を連れてあたりをだらだらと歩く。真夏であっても高原の朝の空気は涼しく、澄んで、そしてやはり心地よい。すっかり板についた高原の朝食を済ませた後は持ち込んだ文庫本をそれぞれに楽しむ。今回はデビッド・ベニオフの「25時」。でもしかしいまいちな感あふれるのであった。お昼前、買い出しをかねてドライブに出かけることに。なぜかすこしばかり不機嫌感を引きずっている僕は助手席で軽くふてくされながら霧島温泉郷から霧島神社へ。ここにくるのは6年ぶりかな。まだ20世紀だった最後の年、やはり家族3人で訪れたのであった。僕らにとってはあっという間の6年間であっても息子にとっては人生の半分。幼稚園生がもうすぐ中学生になろうかって長い期間なのだなあと勝手に思ったりするので亜が、当の本人はいたってあたりまえに年齢を二倍に重ねているって感じであった。
 帰り道、エアコンもないラーメン屋でアルバイトの小学生が運ぶドンブリで麺をすする。こうなりゃなんだって旨いのだ。キャンプ地に戻り、やることもない僕らはそれぞれに漫画本を読んだり、昼寝をしたり。あるいはブログに書き込んでみたりとそれぞれ勝手に時間を浪費する。今日も管理棟のお風呂に入った後、犬を連れて散歩、夕食を食べて酔っぱらったかと思えば花火を取り出して大騒ぎ。見渡せば満員状態のテントサイトのあちこちで花火大会状態になっているではないか。気をよくした僕は犬を引き連れて、もともとは競走馬育成用と思われる広大なグラウンドを2周もしている。
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野外でのMacライフでござい  高原では早寝早起き。6時半には早くも犬を連れて一人で散歩している僕であった。メールの返事など書いた後は朝食。午前中はそれぞれにやり残した暇の弄び方に消極的にチャレンジし、思い残すこと無いなと感じた後で撤収作業。クーラーボックスが空になるようにと僕はひたすらビールを飲み続け、気がつけば正午なのに軽く酩酊状態。息子に指示するだけのお気楽な撤収が完了した後は妻の運転する車で高速経由、自宅へ戻る。僕はただただ、寝る。
 目が覚めるともう暑いばかりの下界に到着していた。明日まではまだ休むつもりなのでレンタルDVD屋さんに寄り、家庭内DVD大会をスタート。まずは「サマータイム・マシーン・ブルース」を観る。これがなかなかに面白かったりする。日本って良い国だなあってあらためて感じさせてくれる映画であった。続いて「交渉人真下正義」。同じ監督だとは思わなかったなあ、と思いつつ、これまたエンターテインメントであった。その後洋画に移り「ターミナル」にトライするが退屈&眠気でギブアップ。
16 最後のお盆休みは読書
 長かったお盆休みも今日でおしまい。ゆっくり目を覚ました後、久しぶりにオフィスに出かけていくつか仕事や作業。夕方、本屋さんに寄って「フラット化する社会」「Google明解検索術」なんて本を買い求め、自宅でひたすら活字を応だけの贅沢な最後の休日。
17 妻と久しぶりのデート
 今日から仕事だって言ってみても去年みたいに別に社員が出社してくるわけでもない。あくまで僕らの気分だけの問題なのだなあって気がつく朝。柴犬に引っ張られながらの散歩を終えた後ネットをチェックするとBootcamp1.1がリリースされていたのでさっそくダウンロードしてインストールしてみた。おお、Windowsでしっかり無線LANが使えるようになっている。しかし相変わらず「いきなり電源断」が続いている。発病して1週間、だんだんとひどくなっている気がする。これじゃ仕事にならんがな。佐川、ヤマトとひたすらに荷物を取りに回り、事務所へ。妻は息子を連れて八代の実家に向かう。僕は事務所でひたすらメールの返事を書きまくる。そういえばそろそろPodcastの番組を更新するのだった、さて今回はどうしよう。思い立ってスカイプの最新バージョンをダウンロード、いろいろネットを探って会話をそのままMacで録音するソフトを見つけて購入、1時間ほどで電話インタビューできる体制を構築してしまった。まったく便利な世の中である。その後、来週の例会の資料を作りながら、週末の京都セミナーの資料を完成し、来月の金沢講演会関係の連絡メールを乱発。夕方は東京の某氏に電話を入れ「明日電話インタビューするからよろしくね」と一方的に伝え、想定シナリオを勝手に送りつけ、準備完了である。20時、八代から帰ってきた妻とタクシーに乗り、数年ぶりに夫婦水入らずのナイトライフへ出発。とはいっても僕らのことだからまずは角打ち酒屋でクダを巻き、軽く寿司をつまんだ後はJeff's World Burとかいう外国人のたまり場を冷やかし、日付が変わった頃に久しぶりにTwo-Fiveでドラム、ギターで参戦、京都から来ていたという一見さんの絶大な声援に応えまくっていたらマスターに「あんたたち、そろそろ帰らんね」と促され吐き気をこらえつつもタクシーに乗るという相変わらずの僕らなのであった。
18 スカイプインタビュー初挑戦
 9時にはトラックセンターを回り事務所へ。休み明けは仕事もヒマである。午前中はライブラリーの更新作業にひたすら邁進。お昼はいつものように英語を学びにお出かけ。その後以前からたまっていた某取引先の集金のため訪問。これでようやく完済です。ひとつの仕事が完結するのにはほんと時間を要するのですね。さて会社の戻り、夕方からは昨日の約束通り、東京某社に電話し、さっそくスカイプでのPodcastインタビューを開始するわけです。収録時間は30分弱でしたが、それを編集するのにそこから5時間くらいかかるのですから、これまた大変。まあ細かいことにこだわりすぎる性格がいかんのですかねえ。でももう仕事というよりか趣味になってきてます。
19 京都のコース最終回
 早起きしまして10時前のフライトで熊本空港より伊丹空港へ飛ぶ。機内では珍しくPCを広げずに書類を取り出し、セミナー後の食事会にてボールペン片手に構想を練る。来年からスタートする器材ライブラリーのwebバージョンに関する企画書。こうやって構想を練るのはやはり紙とペンなのだなあと感じる。しかも高速移動時。貧乏性の僕はこうやって無駄に燃料を消費して移動している時って、なんかもったいないなあと感じてしまうのでしょうねえきっと。伊丹からは空港バスで京都駅へ。衛生士コースの講師と落ち合い、和食のお店でひつまぶしをいただく。最後にお茶漬けが出てきたのだけど、何を思ったか僕はわさびを一気食いしてしまって、呼吸困難でのたうち回るくらいむせ倒してしまった。ああかっこうわるい。さて今日からこのコースも最終回である。タクシーで宿泊のハーベストホテルに立ち寄り、チェックイン後会場の歯科医院へ。14時からいつものようにセミナーがスタートする。始まってしまうと特になんてことないので、パソコン広げて仕事したり。といっても今晩の食事会の場所を探しているだけなんだけど。
  最終回のテーマでもある受講生によるケースプレも順調に進み、1日目は終了。ネットで探した烏丸御池のおしゃれ系焼肉屋へと移動。京の街の夏の夕暮れ。土曜日の何となくゆるんだ空気に僕らも観光気分である。女性に囲まれ上機嫌の僕はすっかり立場を忘れてぐびぐびジョッキを傾けるのでありました。今年はとにかく京都づいている。でもこのコースは明日で終わり、ちょっとだけほっとしてホテルで眠る。
20

修了書をもらって皆さん笑顔で熊本に戻る
 ホテルでの朝食は「たん熊」というレストランが入っているためか、とても美味しかった。講師と会場へ出かけ、最終日を迎える。今回も講義と実習、そしてケースプレゼンテーション。3ヶ月前には「パソコンなんてとんでもなーい」と泣き顔だった受講生が見事にパワーポイントでプレゼンしているのだからたいしたものである。最後は皆さんに修了書をお渡しして記念撮影。企画したときにはどうなることか、と遠隔地での心配したコースだが、みなさんのおかげで結果オーライとなりました。感謝してます、関係者のみなさま。
タクシーで京都駅へ移動、講師と別れて空港バスで伊丹へ。最終便をとっていたため1時間ほど時間の余裕ができたため、空港のレストランで生ビール飲みながらMacを広げ、11月の沖縄実習セミナーの企画書を仕上げる。おかげでフライト中はぐっすりであった。自宅に着いたら今度は目が覚めてしまい、深夜の犬散歩。深夜までたまっていたHDDレコーダーのドラマなんか見ながら4食目のご飯。

21 深夜の花火大会
 11時にメーカーさん所長こられて商談。お昼過ぎにコペンで英会話学校へ行く。今日はいつもの金曜日の振り替えのため若いイギリス女性が講師であった。いつもの軍人上がりカナダ屈強系男子と違って話題が進む、すすむ。しかしやっぱ発音って国によって違うのですね。聞き取れないので聞き返すと、非常に単純な単語だったりして、へえ〜とあらためて感心。まあ大阪人が海外で日本語教えてたらやっぱり関西弁の生徒が完成するのでしょうなあ。その後、いつもの某ラボにおじゃまして4時間ほど話し込む。以前に比べて元気そうだ、といわれる。確かに5年ほど前はストレスの固まりがネクタイ締めて歩いてるような状態だったからなあ。その後、歯科医院に資料をもらいに立ち寄ると、院長からいきなり「右手をだして!」といわれ、血圧を測られる。どうしたんすか、と聞き返すと「おれもついに痛風だー」と目一杯嘆かれる。確定診断が出たそうで、もうこれから旨いビールも飲めなくなるのか、と思ったらとたんに悲しくなり、出入り業者の血圧を片っ端から測って癒されているそうである。生き血を吸う吸血鬼状態である。仲間を捜して。
  今日は早めに仕事を切り上げ、なんとなく夕日を見ながら一人であたりをぶらぶら散歩。そのまま家族を呼び出して焼鳥大吉に駆け込み、えいやとビールを飲みまくり、今のうちにこの味を楽しんでおくことに。実はけっこう高血圧であることが判明したからである。しばらく飲んだくれて歩いて家に戻り、勢い止まらず犬を連れ出して近所を散歩する。家に向かって戻っているとなんだかきな臭い。勢いの止まらないのは妻子も同様みたいで、お向かいさんを叩き起こして花火大会を始めた様子である。近所迷惑顧みず、終わりかけた夏休みのちょっとした宴会。だって今日は息子の誕生日。
22 発送作業や例会
 佐川まわりの後、会社で検品。来週のセミナー懇親会の案内FAX、webページの更新、先週末の京都コースのデジカメ写真をCDに焼いたり、スタディグループのニュースレターを完成させて発送作業など。明日からまたも出張のため、ガガガと一気に作業を進める。夜は熊本のスタディグループの月例会、その後は食事会という流れ。明日の朝一便で東京なので早めに切り上げようと思うが、場は盛り上がる一方で結局午前様。みなさん元気がよろしいのである。
23 代々木上原から小田原へ
 7時に自宅を出て8時のフライトで羽田へ。機内ではMacで仕事しようとするもいよいよ突然の電源断の症状がシャレにならなくなってきた。いよいよ起動しなくなってしまう。急いで作業しないといけない仕事があるのでどうしても起動してもらわないといかんのだ。起動スイッチを長く押すと、フルボリュームで警告音をブーブー発した後で、数回に1度立ち上がる、というのが現在の症状である。しかしこれを機内でやるのは勇気がいる。隣で寝ているおっさんがその都度飛び起きるのである。悪いなあと思ってテーブルの下で毛布にくるんでスイッチを押すこと数回。しかしこれがかなりの逆効果であって、周囲の人たちの僕を見る目には明らかに疑念の色が。確かに40くらいのおっさんが見慣れぬパソコンを毛布で隠して異音を発生させているのである。緊急着陸させられる前に仕事を諦めることに。しかしApple、やってくれるぜ、初期不良。
  こうやって眺めるとどこかの国の軍隊みたいですねえ羽田空港にて某ディーラー社長と待ち合わせし、一緒に代々木上原に向かう。駅では別の社長とまた待ち合わせ。来月再来月と一緒に講演会を行うのでそれぞれの社長をその講師に挨拶というわけである。近所の中華料理で雑談しつつ顔合わせ終了。解散後その中の一人の若い社長と一緒に小田原に移動することに。今日の夜は業界の集まりなのである。二人して電車に揺られながら業界話。ついに僕も後輩社長に人生を語る年齢になってしまったか。しかしどう考えても僕のほうが圧倒的に過激なことを言ってしまっているわけだが。小田原の駅からタクシーで随分走ってヒルトン小田原にチェックイン。いつものビジネスホテルとはちがうじゃーんてな感じの部屋に入り、しばらく横になる。同室の先輩社長と近況報告など。しかし外はあいにくの雨である。ゴルフ組がまた僕のことを「この雨男。」と責め立てるのであろう。まあ言い訳できないほどの実績があるわけなのですが。
  夜は業界新社長を祝うって趣旨の会がスタート。まさかと思ったが僕以外みんなスーツ姿であった。まあキャラ的にはOKじゃねえか、と思っていたのだけど、集合写真の撮影があると聞いて急いで部屋にネクタイを取りに帰る。赤シャツに黄色いネクタイを締めたらますます怪しくなってしまった。二次会は12階のラウンジへ。この会はかれこれ15年以上続いているのだが、最近はみなさん責任ある立場になってしまって本音の語らいができなくなったなあ、てt感じてたのだけど、今日はなぜか皆さん本音トークがばりばりで、僕としてはとても楽しめた。そして酔っぱらって大浴場にはいり、誰かの部屋でしつこくビールを飲んでいたら、案の定何の話で盛り上がったのか、さっぱり忘れているわけだ。まあそれもいいか。
24

熱海で業界懇談会
 7時半に朝食。ついつい食べ過ぎるビュッフェ方式。しかし日本人はきっとあと1000年くらいこれをバイキングと呼んでしまうのだろうなあ。おもしろい。11時までうだうだ。チェックアウト後、仲間うちのクルマに分乗して皆で熱海へと移動する。今日は業界団体の勉強会なのである。4人の社内では業界やばやばトーク炸裂である。「あんたが一番怖い」との名誉な評価を独占。お昼過ぎ、百万石に到着。裏口から入ればそこが10階だというさすが熱海という地形である。とりあえずやばいくらいに高価なカレーを食べつつ、集まってくる業界のお偉いさんたちにご挨拶。全員懇談会で・・・お昼過ぎから懇談会が始まる。テーマは歯科業界の産業ビジョンということであった。業界の頭脳とよばれる実力社長の力のこもったプレゼンに続き、参加者一人一言のディスカッション。僕の番に回ってきて、さて何を毒舌吐いたろか、と気負うわけですがここでは大人しく発言、なのだ。確か、新しい分野の器材の開発販売も重要だが、本当に今僕らが売っている製品が有効なのか、あるいは害を及ぼしたりしていないのか、もう一度整理してから新しい分野を目指しても遅くないのではないか、医療なのだから、てなことを言った。イケイケ役のはずの僕がこういうブレーキの効いた発言をするのもおもろいでしょう、なんて思う割にはみなさん「ふーん」で次の発言に移っていって、あー哀しい。でも本気でそう思っとるのですよ。
  夜は宴会。事務長が交代するというので仲良かった自衛隊上がりの事務長に酒を持って挨拶へ。気がついたらそのまま瓶をもって会場一周してしまい、万歳三唱の頃は体がバンザイ突撃状態に。めげずにあちこちの部屋で始まっている二次会に風呂上がり乱入を繰り返し、あちこちで暴言罵詈雑言を繰り返し、なんだかこういう盛り上がりって懐かしいよねえなんて。最後にまたも温泉に入ることにし、たまたま居合わせた某歯科企業社長を相手に湯船で語ること30分。部屋に戻る同室の青年ベーシスト社長、某ユニットメーカー重役と音楽談義。しかし俺ってこんな熱いキャラだったっけか。

25 熱海、横須賀、カプセルホテルは狭い
朝の熱海市街を見おろす  目が覚めたら気持ちの良い朝。高台からの相模湾は絶品である。飲んだ割には温泉効果か二日酔いせず。しつこく朝からまたも大浴場へ。9時発の送迎バスに乗り込んで熱海駅へ。そこで皆と別れて僕は普通列車に乗る。新幹線と違い、ローカルの鈍行には地元の高校生や幼稚園児が乗り込んできて楽しい。僕だってどこかで人生の選択が違っていたらこの駅のどこかで次の列車を待っていたのかもしれない。なんてことを考えて遊んでいるってことはやはり少しだけ二日酔いなのだろう。1時間以上列車に揺られて横須賀駅に到着。予定より1時間早く到着したのだが、どういう偶然だかお迎えにくる方も1時間間違ったらしく、駅を出た瞬間呼び止められてお車で会社へ。今日はこちらの会社に納品作業なのである。小泉首相のお膝元駅前にて横須賀は生まれて初めて。高い壁の向こうにアメリカ軍の基地が陣取り、目の前に精悍な軍艦が並ぶさまは確かに佐世保にも似ているけど、なんだかこっちの方が緊張感漂う気がする。東京や横浜に近いのに何となく袋小路のようで、違う国のようだ。通りの風景も那覇を思い出させるのは英語の看板が多いせいだろうか。そんなことを考えるうちに事務所に到着。顔見知りの部長と挨拶し、さっそくに作業を始める。それにしてもスタッフの仕事ぶりには舌を巻く。僕も相当商品には詳しいつもりだったが、まったくもって現役女子には敵わないぞと思い知らされた、嬉しい体験。そうなると俄然やる気が出るのである。いつもはあまり説明しないような上級テクをいくつか披露したりして。いつものように一日かかると予想して市内にホテルを取っていたのだが、なんと自己最高記録の3時間ですべての説明が終了、彼女らもすっかり使いこなせるようになってしまった。
  さてと、では東京に戻るかってんで京急で品川へ。ホテルのキャンセルは簡単だったが、金曜日の東京をなめていた。ビジネスホテルが全く空いてないのである。横須賀のホテルは当日キャンセルだったので半額違約金を払わねばならぬ。従って僕の予算は都内で6000円くらいのホテル。探せどもありませんわな。しかも明日の朝は羽田発9時半という早い便なので、結局浜松町のカプセルを探してそこに泊まることに。しまった横須賀で飲んでたら良かった・・・と後悔しつつカプセルにチェックイン。5年ぶりくらいです、カプセル。誰もいない夕方の大浴場でサウナに入りつつ、しかしなんだ昨日までのブルジョア的旅とこの落差は、なんて思い出して可笑しくなる。
  実は昨日、今晩代々木上原の先生と某メーカー社長が飲むことを聴いていたので、社長の携帯にいまから合流して良いかと直撃。有無を言わせず「もう向かってますし」てなことで、若い先生を含めて4人で瀟洒なレストランでまたもビール。それからなぜか大衆中華料理店にて二次会。さらに先生と二人になってサンマルクカフェでコーヒーで酔いを覚まし、おしゃれなカウンターバーで仕上げて解散。終電で浜松町に戻り、カプセルにうずくまる。まあこんだけ飲んで歩いてたら寝るだけだから、酔いホテルに泊まらなくて良かったじゃないか、となぜか自分の貧乏性を納得させてしばしの眠りにつくわけだ。
26 熊本に戻って実習セミナー1日目
今月のコースも無事にスタート  このコースの最後の打ち上げとなりました当然のごとく朝食なんてついてないので、7時にはカプセルを這い出て通り道の吉野家で朝定食。モノレールで羽田空港、JALで熊本空港へ。寝たりなかった分はここで睡眠を確保しておかねばならぬ。なんせ今日から熊本でコースの5回目、夜は懇親会、明日は実習という我ながら自暴自棄的スケジュールを組んでしまったのである。機内ではいくつかメールを書いた後ぐっすり。お昼前に空港に降り立ち、事務所に少し寄った後、講師の歯科医院へ。おりしもレセコン導入の現場であった。その後会場の歯科医院へ移動し、さらっと昼食を食べた後資料を配ったり、器材を並べたりと準備活動。15時から受講生が集まり講義がスタート。さすがに疲れが出たのか、しばらく研修室の外で仮眠を取ってしまった。でないと夜が持たない。19時半から近所の中国料理店で懇親会をスタート。来月は日曜日だけの予定なので、皆さんとはこれが実質的な打ち上げとなる。このコースはどうでしたか、と皆さんに聞いて回ったのだが、すこぶる評価が高くて安心した。このコースもスタートして5年、ちょうど僕の会社と同じく歩んできたわけだがようやく受講生募集に苦労しなくなったし、安定した運営ができるようになってきた。何よりもこうやって皆さんが「こんなにためになった勉強会は初めてだ」なんて言ってくれるのが嬉しいことだ。しかしさすがに二次会に出かける体力は残っていなくて、あっさり代行で自宅に戻る。クルマの中で思い出したが、そういえば妻子は阿蘇にテニス旅行に出かけていたのだった。だったら思いっきり飲んだのになあ、なんて考えが浮かんだ瞬間沈黙の臓器が「そりゃ勘弁してくれ」と珍しく大声で叫んだ気がした。
27 ひたすらに歯を削ってもらう
今回は形成の実習です 8時に起きて、犬を連れてあたりを一周。夏の朝はいろんな匂いがする。特に何かの草木の甘い香りが懐かしい。生まれてこのかた朝寝坊の僕の数少ない夏の朝の匂いといったら、小学生の頃のラジオ体操まで遡ってしまう。てなことを楽しむ日曜の朝ではないぞ、今日も仕事だ。クルマで研修会場へ。実習の準備をだばだばと行い、今日はひたすら粉塵まみれて模型を削ってもらうのである。違う先生のコースも含めたら僕って日本で一番この形成のセミナーを手伝っている人間かもしれんなと思う。思えば僕のセミナーデビューは13年ほど前の支台歯形成セミナーだった。あれから何度この準備をしたことだろうか。
  実習が始まってしまえばただひたすら補充用の器材を持ってうろつくだけで、あっというまに昼食、そしてあっというまに終了。後片付けと掃除を一気にやったら後は帰るだけである。まっすぐ家に戻りすぐに寝てしまう。9時に起きてF1トルコGPを見ていたらようやく妻子が戻ってきた。君らのためにおとうちゃんは昼間働いていたのだよ、だから今はゆっくりサーキットに集中させておくれ、と言ったところで妻は次々に土産話を繰り出し、僕はもう水しか飲んでいないのにまたも眠気に襲われる。
28 くたびれた月曜日
  さすがに疲れを引きずりながら目を覚ます。軽くリゾットの朝食、夏休み中の息子をクルマに乗せて三人で銀行いって佐川行って。お昼前に事務所に入って仕事をスタートするが2時には眠り込んでしまう。1時間ほどで目を覚ました後はこの1週間で貯まっていた書類を整理し、メールの返事を一気に書きまくっていたらもう暗くなる。そうしたらまた、眠くなる、の繰り返し。
29 またも飲んでしまう火曜日
  トラックセンター周りの後、事務所で仕事。妻が受話器を持ったまま困った顔をしているので、どうしたの、と聞けばちょっと替わってくれる、というので替わる。昔から知っている小さな歯科出版社の社長である。聞けば1年前から請求書がマイナスになったままなので、そろそろ精算しましょうかと電話したら先方から「それは間違いで、実は昨年暮れにお宅に販促本を9万円分送っているのだが、その支払いがない。従ってあと6万円払ってほしいのだ」とか言うわけである。しかし先月届いた請求書にははっきりマイナス3万近くの表記があるのにである。「Fさん、それ何かの間違いじゃないの?」と昔から知っている彼に尋ねるのだが、間違いない、の一点張りである。もうこうなるとオレオレ詐欺以下の因縁としか言いようがないわけで、「だったら証拠出せよ」としか言い返せない。頼みもしない本を勝手に9万円も送りつけておいて、しかもそれを受け取った覚えもないのに払えっていうのだから、これはかなりの悪質ぶりである。そんな人じゃなかったのになあ。いったん電話を切る。その後電話がかかってくる。なんでも「確かにF通運を使って本は送ったのですが、昨年末お宅の事務所が閉まっていたために勝手に関東の倉庫に送り返されていたのです。運送会社からその報告が無かったためにその事実が把握できませんでした、今回はうちのミスと言うことで返金しますので口座番号を教えてくれ」とな。
  「あのね、ご存じないかもしれませんがうちの事務所、まだあるんですよ。しかも隣は実家なのでいまだにF運送からの荷物は毎日届いてるんですよ。嘘をつくのは自由だがもう少し調べてからにした方が良いですよ。 運送会社のドライバーとは今でも仲良しだから事実を確かめますよ、あなたのせいになってるよって。良いんですか?」と答える。まあ少額のことでケンカしてもつまらんわな、と思い直し、「まあいろいろ大変でしょうけど、お仕事がんばんなきゃね」と言って口座番号伝えて電話切る。何か哀しくなってしまう。僕がこの研修会事業に乗り出した頃、彼の出版社から出ていた高い本を購入して隅から隅まで読んだものだ。事業をやっている以上他人事ではない話題だ。彼に毒づいた言葉を将来の自分に向けなくてすむように、覚えておくことにしよう。
  ムカつきながら10月の講演会資料を代筆。歯科メーカー営業マン来社。続いて近所の所長が来社。夕方二人で街に出かけ、得意先の社長と出入りの営業の方といつもの寿司屋で食事しながらビール飲む。勢いづいて珍しく二次会まで付き合うが、なんか楽しめなくて途中で失礼する。楽しめない。
30 食べ放題レストラン
  ゆっくり眠るつもりが8時には目が覚めてしまい仕事してしまう。相変わらずmacは不安定。犬と散歩に行けば途中で雨が降り出す。トラックセンター回った後、事務所でパソコンの印刷設定に2時間ほどかかる。なんか不具合多いですねえ昨日から。お昼過ぎスカイプで大阪や神戸の業界人とお話する。なんか携帯や固定電話とまたひと味違う感じの会話だなあと思う。お昼は某講師から頼まれていた投稿症例の文面をチェック。のつもりがほとんど書き換えになってしまった。明日で息子の夏休みも終わりである。景気づけにパーッと出かけるかって話になり、いやー実は僕はここのところずーっと外食なので静かにしたいんだけど・・・と心の中で語りつつも、そうだね、だったら今日は僕が運転手で、ってな良いパパを演ずるわけです。2時間食べ放題のロードサイドレストラン、息子はカニや回転寿司を頬張り、妻は飲み放題オプションに負けてはならぬと大ジョッキを6杯飲みつぶし、その間僕は野菜サラダとウーロン茶。まあ3人トータルでは元を取ったろうなあ、今日はこれくらいにしといたるわ、と店を後にする典型的夏休み終了間際の3人家族でありました。
31 夏休みも今日で終わり
  お昼前に近くの歯科医院を訪問し院長と1時間打ち合わせした後、Podcast用のインタビューを収録する。だいたい思った内容が録れたのでこれで明日の番組は大丈夫だなあと事務所に持ち帰る。事務所ではたまっていたカタログをスキャンしたり、東京の技工学校校長と電話したり。午後から来ると言っていた営業が来なかったのでなんか調子が狂ったがまあいつもの感じでうだうだと過ごす。家に戻ると息子がきいきい言いながら宿題に向かっている。まあこの夫婦の息子だからなあ。仕方ないよね、徹夜でもなんでもしなさい、と疲れた僕は早寝。
  今月もあちこち旅しました。いろんな人と話し、飲み、ケンカし、出会いました。こうやって見直してみると決して誉められた人生じゃないなあって思うわけですが、今さら美化しても仕方ないのでそのまんま書いてます。5年後には想像できなかった生活だから、5年後はまた全然別の暮らしになっているのだろう。願わくば自分が変節していませんように。実はいつも書きっぱなしで読み返すってことがほとんどないこの業務日誌ですが、5年後に読み返してみようかなと思います。きっと恥ずかしくてすぐにページを閉じるのでしょうが。今月もこんな駄文にお付き合いいただいた奇特なあなた。ありがとう。

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