taka's業務日誌 2006年7月

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diary
1 今日から京都出張
 7月だ、暑い夏だ。今年は特に雨が多い。一昨日ここに帰ってきたばかりだなと思いつつ、熊本空港に到着。10時前の伊丹行きに乗り込んで2週間ぶりの京都である。空港バスに乗って京都に着くまでずっとMacで仕事を続けている。京都駅八条口で講師の先生と待ち合わせし、軽く食事してタクシーで北山の会場へ向かう。すでに会場は準備がすんでおり、特にトラブルもなく受講生も全員そろい、2回目の衛生士実習コースがスタートする。僕は今日の晩飯をどこで食べたものだろう、ってネットで検索したりである。京都の知り合いに何人か電話してみるが残念ながらどこも予約で一杯だ。この時期の土曜日って京都は観光シーズン真っ只中ってことなんだろう。終了後、今日の宿であるホリデイインにチェックイン。なんだかこのあたりもずいぶん変わったのだなあ。どこに行くともなく講師とタクシーに乗り、とりあえず先斗町をぶらついて気に入った店に入ることにする。外人客と入れ替わりに入った観光客向けの川床でビールやら日本酒をがんがん飲んですっかり酩酊、22時には部屋で熟睡であった。
2 嵐山のスペイン料理店
朝から豪雨なのである。本当に雨男っているのですねえ。タクシー降りて歯科医院の玄関までの数メートルでずぶ濡れになるような雨。受講生もさんざんだったみたいで、皆「すごい天気ねえ」なんて話ながら今日のセミナーがスタート。例によって始まってしまうと僕もたいしてやることがない。講師とランチ。16時過ぎには予定通り終了である。京都駅まで見送り、お仕事はここまで。実は昨日あちこちの知り合いに電話していたなかで、京都在住の某メーカー社長とこのあと食事する約束になっていたのだ。待ち合わせは北野白梅町嵐電駅前ってまるで学生時代と同じノリである。時間的にも余裕があるので、ならば、と市バス205に乗ってすっかり気分は20年前で京都市内を移動。まだ小雨が降っている。
 まだ待ち合わせ時間まで1時間近くあるのだ。雨が降ってきたのでイズミヤで雨宿り。僕がこの街で暮らしている頃にはここはまだ無かった。なんだったっけ。ずいぶん上の階の喫茶店でコーヒーを注文し、さっき買ったノートとペンで下らないことを書いてみたりする。まるで学生時代のように。しかし字が書けないなあ。キーボード依存が酷くて指がまったく動かないさまはまるで打ち込みばかりやっててギターが弾けなくなったミュージシャンであるかのように。ウド時計に目をやると待ち合わせの19時だ。嵐電駅前に知人の男が立っていた。統一料金になったんですよ、と教えてもらい200円を握りしめ、うす暗いターミナルにぎこぎこ入ってきた電車に乗り込む。まるで時間の止まったような風景を楽しみながら嵐山駅へ。しかしこの駅はすっかり新しく変わっていて少し驚く。
 案内されて店にはいると不思議な雰囲気で運ばれてくるビールやワイン、スペイン料理を美味しく頂いた。からの部下も同席してくれて、さっきまでの学生気分のまま業界話に。なんだかまるで先輩が後輩に説教しているように。往々にして説教の内容に意味はなく、説教していること、されていることが一人歩きしているこの懐かしい空間。雨が上がらぬまま夜は更けまた京福電鉄で白梅町まで戻り、そこからタクシーでホリデイインへ。
3 京都、大阪、福岡、熊本
 昨晩の慣れない早寝のせいで、4時には目を覚ましてしまった。podcastの落語聴いたりして眠気が再び降りてくるのを待っていたのだけれど目は醒める一方だ。仕方ないのでMac起動して仕事したり。朝食の後、チェックアウトし、ホテルの送迎バスで阪急四条河原町まで移動。車中、外人客同士がスペイン語で会話を始めた。もちろんスペイン語ってさっぱりわからないのだけど、なんとなく意味がわかる気がするのは面白い。おばちゃんが陽気に日本食の悪口を言っていたようだ。もちろん面白可笑しくネタとして。たぶん。
隣の病院駐車場を借りるための下見  四条河原町から阪急で十三へ乗り換えで三国駅まで。某社に訪問予定だったのだが、担当者の携帯がなかなか繋がらず、まあいろいろ忙しいんだろうなとマクドに入ってコーヒー片手に2ヶ月後の講演会のチラシを作り始める。ほどなく携帯が鳴り、彼が迎えに来てくれた。10年ぶりくらいだなここにくるのは、と思い出しながら車内を案内してもらう。ほとんどアポ無しに近いのにもかかわらず、重役の皆さんに丁重に扱っていただき、私のプレゼンもすべて見ていただけた。しかもその後近所でお寿司までご馳走になるし。僕みたいに小さな業者でも大切にしてもらえるって有り難いことだ。まあただ「あいつはうるさいからなあ」ことかもしれないけど(笑
 新大阪まで送ってもらい、のぞみ29号に乗り込む。博多に着くまでのしばらく、今朝の無謀な早起きの時差を修正せねばとぐうぐう寝る。博多駅に着くが少し時間があったので先月入った床屋で散髪することに。ところがここのお店忙しいのは判るけど、奥さんが90%ハサミをいれるってのはどういうわけだ?明らかに素人なのが僕の毛根センサーを通じてがんがん伝わってくるのはどうにもいただけない。3回来たけどもうこねえよーだ。なんて駄々をこねることもなくきちんと料金を支払い、地下鉄とタクシーを乗り継ぎ、週末の講演会会場へ入る。明るいうちに、と所長と隣の駐車場の確認。その後会場内の配置を考え、書類を作ったりいろいろと忙しく過ごすとあっという間に21時半を回っている。やばい、熊本に帰れなくなる、と地下鉄で博多駅に急ぐが案の定高速バスには間に合わなかった。JR特急で熊本まで移動することに。久しぶりに有明に乗って熊本駅、そこからタクシーで自宅。考えたら今朝は京都のホテルで目を覚まし、大阪、福岡と移動してきたのだなあ。日本も狭い。
4 酩酊男二人して雨の熊本練り歩き
 やっぱり疲れが残っているらしく、朝はゆっくり寝てしまった。お昼からは週末の福岡講演会の直前案内葉書を印刷して投函作業を3時間ほど。夕方バスに乗って街中へ。今日はなぜか同じ業界の某氏に誘われて食事することになっているのだ。妙な取り合わせだなあと感じつつも、まあ楽しそうだからいいか、と彼のお店のカウンターで美味しい料理をご馳走になる。2代目のマスターが取り仕切ってて、そのまた息子も今ここで修行中ということだった。どこでそんな話になったのか憶えてないのだが、僕がその息子に向かって、気にしないでいいんだよ、店なんか潰してしまってもいいじゃないか、何を引き継いで何を残すかっていつも考えててさ、その上でやりたいことやってね、それで結果的に店がまだあったらラッキー、くらいの気持ちで良いんじゃないの、などとはじめてきた店では普通言えない暴言を吐いたりするものだから、二代目大将、「ではビールご馳走になります」なんて大声で宣言してカウンター飛び越えて僕の横にやって来た。あらら、やばいよーと思っていたのだがなぜだか彼は「いやー、今日はあんなこと言ってくれてずいぶん楽になりましたよ、良かったー」なんて特段嫌みではない感じの台詞を吐いてグビグビ飲み始める。僕もよくわかんないけど呑まれてしまい、気がついたらお勘定も済ませてもらって店の外へ。見上げればスコールのような雨。
 某氏と雨宿り代わりにまたも居酒屋に入りお互い何を話しているのか判らないくらいに酔っぱらい、彼が戻った後も僕は妙なアドレナリンが止まらずひさびさにTwoFiveに顔を出したのだが、座って2分後には居眠りしていたらしい。目を覚まし、帰るっと一言叫んでタクシーに乗って1時頃帰る。はて今日は何の話だったんだっけ。
5 テポドン乱射事件
 目を覚まし、何気なくテレビをつけると北朝鮮が、北朝鮮が、とどのチャンネルでもアナウンサーやコメンテーターが興奮して話している。日本海にテポドンやらノドンが落下したらしい。今のところ直接の被害はないと。僕はネットをぐるぐる回りながらテレビと見比べながら情報収集するが、昨晩のアルコールがまだ脳内を駆けめぐっている。結局午前中は自宅でメディアやネットの海に溺れながら過ごす。たしか911の時も僕は得意先と深夜まで飲んだくれていて、二軒目のクラブにいるときに知人から携帯が鳴り、ThinkPadを立ち上げてネットに繋ぎ、恐ろしく重いCNNのwebサイトや2ちゃんねるあたりをぐるぐる見て回って情報を得たのだった。今回の騒ぎにどういう目的があったのか僕にはよくわからない。ただ明らかなことはテレビのアナウンサーも、コメンテーターも、学者も、2ちゃんねらーも、みな喜々として「大変だ、けしからんことだ」と興奮していることだ。みな、口角が微妙に上がっているのだ。どんなに眉の間に皺を作ってみても、激烈な言葉を準備してみても、やっぱり空気のどこかに「祭りだ」という浮かれた色彩が漏れ出てしまっている気がする。もし僕が70歳以上の人間だったらきっと、ああ、太平洋戦争前もそんな感じだったなあ、なんて言っているのだろう。右翼も左翼も、自分の出番が来ましたとばかりこの状況を楽しんでいる。しかも今回はイラク戦争と違って誰が悪者かあまりに明確で反論のしようがないときた。なんだっけこの感覚は。そう、小学生の頃、クラスの誰かのとんでもなく悪い所業が先生にばれて、先生がみんなの前でそいつを説教しているときのあの感覚。明らかに悪いのはそいつだ。しかも僕らは悪くない。でもクラスの空気が一気に悪くなったことに誰もがおびえている。しかし怯えたフリをして実は非日常とこれから起こるであろうサディスティックな体罰の予感にカラダを奮わせ、そんなことをするだろう先生への恐怖と違和感と正義の味方への畏怖を同時に感じていたあの時間帯。オレならもっと上手くやるのに、だとか、明日は我が身、だとか、迷惑な話だ、なんていろんな個性がそれぞれの感情を発生させながらクラスの空気がなんとなくひとつにまとまっていったあの感覚。そして翌日にはそんなことケロッと忘れているんだけど。なんだ、国際社会なんてそんなもんか。
6 サンボマスタープロレスライブ
 ついにこの日がやってきた。昨年の今頃サンボのCDを初めて買っていらい、いろんな意味で僕の人生にまで影響を与え続け、いまでは僕の息子が全曲歌詞を覚えてしまうまでに入れ込んでいるサンボマスターのライブである。 上通りの街に異様な人種が長蛇の列 19時からのスタートであるが、仕事もなんとなく浮ついている。週末の講演会、来週末の実習セミナーの準備でそろどころではないってのが実際のところなのだが、テレビが北朝鮮の2回目発射への期待を煽る中、僕はがつがつと仕事をして、時間が過ぎるのを楽しんでいる。夕方、息子が小学校から帰ってきた。一足先に家に戻って着替えてくると言う。僕もある程度のところで仕事を片付け、自宅に戻る。当然のように親子3人そろってサンボTシャツ着込んで、さあ出かけるぞ、とクルマに乗り込む。場所はどこだっけ、と上通りのDrumBe-9とやらを探していたら、おやおや、そのスジの男たちが早くもむさ苦しい行列を作っているではないか。
ライブ終了後も興奮冷めやらぬひとたち  軽く食事でもして・・という構想は早くも霧散し、まずは行列の一員になることに。なんせこちらはファンクラブ抽選の3番という異様に若い番号をゲットしているので別に並ぶ必要は無いのだが、なんとなく。整理番号順に並び替えさせられ、ドアオープンと共になだれ込む僕ら。もちろんボーカル・ギターの山口くんの目の前一列目を確保。腰の高さのバーの向こうはいきなりモニターである。回りの客達も異様なテンションである。思ったよりも年齢層が高い感じである。女性もそこそこ多い。これからどうなるんだろう、と思っていたら3人が入ってきていきなり1曲目が始まった。凄い音量である。客達は一斉にステージへと押しかけ、もの凄い圧力となって僕らに襲いかかる。山口君曲間に「熊本そんなもんかー」と煽る煽る、客は反応しまくる。聴衆のすさまじい圧力に小学生の息子が押しつぶされてしまわないか心配で、僕はけっきょく90分の間、彼を後ろから囲い、両手でバーを押さえてひたすら守り続けるだけで終わってしまった。しかしこれが面白いもので、だんだんの人の流れというか圧力の波のタイミングや方向が読めてくるのだ。曲の感じやMCのあおりや近場にいるいっちゃってる兄ちゃんの反応とか。そんなもんがだんだんと蓄積されてくると、自然と「お、次はこっちから中くらいの波がくるぞ」と脳が反応し、自然とそちら側に腰を入れて息子を守る。そうでないときにはできるだけ力を抜いて体力温存。なんだかスキーで山を下るときみたいな感覚が面白くて、音楽もそうなんだけど、どっちかというとそういう状況を楽しんでしまった。都会の人たちは毎朝通勤列車でやってるのかもしれないけど。
 アンコールも十分に盛り上がり、汗だくになって店を出ると耳がおかしい。ロールスロイル製のジェットエンジンが常に全力推進しているかのようだ。妻も子もそうだという。まあPAの目の前だったし仕方ないか。何か食べようかという気力も残っていなくてとりあえず近所まで戻っていつもの焼鳥大吉で燃えかすのようなカラダにビールを注いだ。夫婦の結論としては、サンボマスターはプロレスだ、ということだった。少なくとも2006年7月現時点においてはプロレス巡業のようだった。もちろん否定的な意味ではない。そうでないと持たないだろう。
7 七夕は難聴な一日
 目が覚めて家族の最初の会話は、「ねえ耳はどう?」であった。3人とも右耳の奥からセミが鳴いているという症状。ステージの最前列右側にいたので主に右耳にダメージが、ってことらしい。これを読んでいる全国の教育熱心なパパさんママさん、こんな不良親をお許し下さい。しかしさすがは若いだけあって息子はずいぶんと良くなった、と言っていた。それにしてもただでさえ声のでかい妻はいっそうボリュームを上げて喋っている気が。
 テレビではテポドン騒ぎもずいぶん落ち着いてきたようだ。それにしてもコメンテーターっていい加減だ。ほとんど思いつきで話している。まあ僕もそうだけど、すくなくともプロではない。しかし眺めていると結局重宝されるコメンテーターの条件みたいなものがわかってくる。「空気を読める」ってことだ。瞬時にしてスタジオの空気を読み取り、出演者を満足または挑発し、カメラの向こうの視聴者のうなずきを得、ついでにスポンサーの気をも引くという芸当ができる人間がここにいるのだと思う。もしも真剣に物事の意味を考えている人たちだったとしたら毎朝スタジオに来るだけの時間的余裕は無いと思うし。
 さて、午後からいつもの英会話に行き、ひとしきり日本のロックシーンについて語った後近くのラーメン屋で冷麺を頼む。「かなり辛いですが」と言われたのだが、テポドンの仕返しとばかり食ってやった、あはは。目を真っ赤にしてその後歯科医院に立ち寄ってLANをちょっと調整。その後ダイハツに行って車券の予約を行う。はやいものだ。copenに乗ってもう3年経つんだ。高校1年から3年までと同じ期間だぜ!パソコンショップでMacBookの下に敷く冷却シートみたいなものを買ってきた。なんせ暑いのだ。手が温まると全身が火照る器がする。冬は良いんだろうけど、夏だとメールを書く気にもなれない。てなわけで3000円くらいする不思議な冷却シートを若い店員さんに薦められるがままに購入。実際に敷いてみると、ほほう、なんとなく冷たい気が。まあ半分気のせいかもしれんが。調子よくなって金沢講演会のチラシを一気に仕上げ。
8 福岡入り。食事会。
話題は歯科業界から咬合論まで盛り上がる博多の夜  さて明日の福岡講演会の最後の準備だ。朝から名簿の最終仕上げや当日入金用の領収書の準備などの作業。昼過ぎまでで仕上げて高速バスに乗って福岡空港へ。羽田から到着した講師を出迎えて渋滞する道路を進むタクシーの中でいくつか打合せ。ホテルにチェックインしたあと、喫茶店で打ち合わせしていたら皆さん集合、そのままホテルの和食レストランで食事会となる。21時くらいまでいろんな話に盛り上がる。最近いつもそうだけど21時には部屋に戻り熟睡。
9 福岡講演会は大盛況
本当にたくさんのかたに集まっていただきました。大成功の西川先生福岡講演会  ハイアットリージェンシーホテルでの豪華な食事後、社長のベンツで会場へ。なんだかVIPだなあ。しかしまだ8時台だというのに窓の外は大変な熱気である。この勢いだと会場のエアコンは機能するのか心配だ。なんせ今回はこけら落としってことで、前例が一切無いのである。そうこうするうちに会場に到着。受付をはじめようとして気がついた。しまったせっかく昨日書いてきた領収書をホテルの部屋に置いたままにしてきた。。もう一泊するので大きなバッグをそのまま置いてきたのだがその中に入れっぱなしなのである。しかもそこには今回の軍資金なども入っているのである。ううう。「すみません、領収書は後で渡しますので」なんて言い訳しながら受付をはじめる。意外に当日参加が多くて嬉しい悲鳴。会場のラボさんのスタッフが大活躍で駐車場の誘導、受付にと汗だくで頑張っていただいた。時間通り講演会をスタート。見渡せばこの会場に90名以上が座りきれないほど集結している。
 お昼の弁当が到着する直前に展示メーカーさんの営業さんにお願いしていたホテルへの忘れ物取得便が戻ってきた。いやー申しわけございません、これで何とか運営できますーと相変わらずの首の皮一枚で繋ぐ体制でもってすべて順調に推移。午後の講演もとても良い雰囲気で進み、あっというまに終了時間となった。質疑応答などで少しだけ延長して無事散会。皆さんの声も好評ばかりで安心した。これからこの内容で全国転戦するのでまずは第一弾の大成功は最高の安心材料なのである。例によって撤収作業は目が覚めるほどのスピードで終わり、皆さんにお礼を言って社長の車で福岡空港へ。空港のレストランで講師とビール飲みながら労をねぎらい、フライト後は地下鉄で博多駅前のホテルへ戻る。どっと疲れが出てシャワーも浴びずにそのままベッドの上で大の字で眠ってしまった。23時頃目を覚まし、人出の少ない都会を日曜の夜をブラブラ彷徨い、結局コンビニ弁当買って部屋で食べてまた寝ることに。
10 3年ぶりの讃岐琴平
 いやーよく寝た。せっかく高級なホテルに泊まっているのでここぞとばかり元を取ろうと部屋に籠もるのは貧乏人の悪い側面である。今日は午後から四国へ移動するのだが、午前中は取り立ててやることもない。11時過ぎまで部屋の机でMac広げて仕事しまくる。チェックアウトして駅周辺の銀行を探して、昨日の講演会の当日入金を会社の口座に振り込む。駅のコインロッカーに荷物を押し込んでしまえば、ようやく仕事関係をあれこれを取りほどいて、さあここから気分は温泉旅行。 琴平駅前からの風景 業界若手のゴルフコンペがあるので僕も参加することに。もっともゴルフしない(できない)ので僕はただ食事と温泉だけなんだけど。新幹線で岡山へ。車中では先日引き受けた熊本のスタディグループ主催講演会のチラシ制作を進める。岡山からマリンライナーで高松へ。本当は坂出で降りる予定だったのが、チラシ制作に熱中するあまり乗り越してしまったのだ。まあ時間に余裕があるから良いか、とターミナルで琴平行きに乗換え、車掌さんに差額をはらってのんびりと移動する。どんどん風景が田舎になっていく。2年前の5月連休に家族で讃岐うどんツアーしたとき以来の讃岐富士だ。琴平駅に降りて電話すると旅館の送迎車がやってきた。大きな作りの温泉旅館に到着すると、ちょうどゴルフ組が帰ってきたところだった。彼らと合流し部屋に入り、すぐさま温泉へ。その後はいつものように情報交換会というか宴会というか。いいだけ飲んだ後にまたも温泉に入り、つい熱く語り合ってしまい1時間ほど汗を流す。部屋に戻ってもまた飲んで語り、でもそれでも1時前には部屋で就寝してしまうって僕らはあくまで相対的に若手なのであって、普通に考えたら40代50代のいい年こいた中年組なのであった。
徳島ぶらぶら
琴平川にかかる橋  皆朝早くからまたもゴルフだという。ゴルフしない組は彼らを見送った後ゆっくりと朝食。飛行機組はその後旅立つが、これといって定職のない私は部屋に残ってまたも飽きずに温泉に入ってみたり。部屋に戻り10時まで仕事したりする。チェックアウトの時間が迫ってきたため後ろ髪引かれながら部屋を後にする。さてと。やることもないし。まずは金比羅山の入口までぶらぶら歩いてみる。2年前に家族+犬でやってきて、息子を人混みに紛れて見失った騒ぎがつい昨日のことのように思える。朝早いせいでほとんどのお店がまだ閉まっていて、参拝客もほとんどいない中、笑顔でうどんをすすめるおばあちゃん。そりゃ付き合いたいけど、さっき朝ご飯をビール付きで食べたばかりなんだよ。
海水のお堀を渡ると高松城。天守閣はもうない。 園内で見つけたオブジェ。これがappleのロゴに見えてしまって可笑しかった。OSXと角の処理がそれっぽいのだ。  歩いて琴平駅、そこから多の津経由で高松駅。特に目的地はないのだけどとりあえず。立派な駅を出て歩いていたら玉繭公園という看板を見つけ、ふらふらと吸い寄せられ、いくばくかの見学料を支払って城内へ。高松城跡だという。ぐんぐんと気温は上昇し、朝のビールも手伝って朦朧とする気分で城内をゆっくりと歩く。日本でも珍しい海と直結したお城だったそうだ。最初はiPodで音楽を聴きながら歩いていたのだが、どうも江戸時代の遺物とこの暑さにはどんな音楽も似つかわしくないってことに気がつき、港の汽笛と砂利を踏む自分の足音だけを楽しむ。気分は江戸時代の落ちぶれ貴族のお昼の散歩って感じだ。お城の石垣が熊本城と同じく武者返しになっているのが面白い。しかしなんとなく雑多な積み上げってのはなんでだろう。予算とか建築期間とか石工の性格とかそんなんかなあ、なんて考えながら、ただ、歩く。あるく。
アーケードを横切る電車。 ちょっとだけねじ式。  気がつけば公園を出て、電車のホームにいる。街中まで乗ってみようかと思ったのだがあいにくさきほど出たばかりで次の便まで待ち時間がかなりある。まあ歩くのも良いか、って炎天下を町の中心部と思われる方向に歩いてみることとした。ちょうど正午になったらしく、近くの官公庁から大勢のビジネスマンが吐き出されてきた。彼らはやっぱりうどんを食べに行くのだろうか。そうだ、どこかでうどん食べよう。それにしても日本のクールビズもすっかり定着したようでネクタイを締めている男は数えるばかりである。でも面白いのはみな、ネクタイの代わりにきまって首から社員証や携帯電話をぶら下げていることだ。社員証がいかにもワープロで急ごしらえしましたって感じでセキュリティのためのIDカードっぽくないところをみても、何か首元が寂しいからぶら下げとくかって感じがするのだ。それもみな同じ格好で。そういえばネクタイとは首輪のメタファーで組織への従属を意味しているのだ、なんて書いてたのを読んだことがあるけど。ううむ。
ようやく食べた讃岐うどん。ちょっと欲張りすぎてお腹いっぱい。  予想以上に発達したアーケード街をぶらつきながら、人気の少ない方向へとつい足が進むのは習性か。突然踏切が出現し、さっき乗ろうとしたはずの電車がアーケードを横切っていった。うだるような暑さで僕はつい左肩から露出した血管から止まらない血液を水道の蛇口を捻って止めたまま歩いているかのような白昼夢。セルフうどん店を見つけて適当に選んで2玉食べる。うんうん、美味しいやっぱり。
 午後、マリンライナーで岡山まで。20分の乗換えで新幹線で博多へと戻る。車中眠たくなってぐうぐう眠りながら僕はいろんな夢を見る。2006年7月の火曜日僕はTシャツ姿で右手に握った携帯電話とバッグの中のMacBookの存在を確かめながら窓の外を高速で過ぎ去っていく山陽の景色をぼうっと眺めている。たぶん10年前には予想していなかっただろうな。いやそんなことはない、きっとどこかでこうなるって思っていたはずだ。では2017年の7月の火曜日、僕が何をしているか予想できるかと問うてみるとこれはよく判らない。ただ願わくば同じようなことを考え、何事にも自分なりの結論など持たずに、ぶらぶらと見知らぬ街を歩いていても何かしら驚いたり発見したりできる51歳であって欲しいなとは思う。まあ僕に限って成熟したりはせんだろうけど。なんて考えているうちに博多に戻ってきた。コインロッカーから荷物を取り出すとなんだか僕もビジネスマンに戻った気分だ。さらにリレーつばめで熊本駅へ。車中、この後の理事会の議題を整理し、書類を整理し、準備を完了する。20時にはいつもの歯科医院で理事会に参加し、多くの議題に結論を出してもらい議事にまとめてその場でメーリングリストに投稿して今日のお仕事は終わり。楽しかった1日もおしまい。
12 copen車検、設計士
 妻とクルマ2台でダイハツへむかう。copenの車検をお願いする。妻の車に乗り換えて佐川経由で事務所へ。案の定書類が溜まっている。久々の愛妻弁当を食べながら方々にメールを送ったり、地元勉強会主催のチラシを完成させたり。うだるような暑さの中妻に急かされて市内の設計事務所へ出かける。妻が気に入っている彼との第1回ミーティングである。お茶を運んできた奥さんはそう、先日英会話で一緒だった人である。年齢も近いのでもっぱら雑談で終了。なんだか問診票みたいなものを受け取ってじゃあまたってことで、さすがに素敵な造りの事務所を出る。帰りにダイハツで降ろしてもらうともう車検が上がっていた。タイヤを2本だけ新調したがさすがに軽自動車、何事も安くて助かる。事務所に戻りメールの仕事の続き、この後の会合で配る案内の印刷を行い、20時から市内の歯科医院で毎月1回の症例検討会に参加。22時過ぎまで症例を見ながらいくつかの材料の質問に答えたり、次のセミナーの案内をしたり。23時過ぎようやく自宅に戻って遅い夕食。今日もいろいろ忙しい1日ではあった。
13 諸問題、いちおう解決ってことで・・・
 さすがにここ数日動き回ったせいか、朝から体がだるい。だが携帯電話は許してくれないもので、ベッドの中でそれと悟られぬよう元気に電話の受け答えをした後また何事もなかったように眠るってのを11時近くまで続ける。この技だけは天下一品だぜ。多分ばれてるけど。11時に昨夜の歯科医院に出かけて来週末のセミナーのデータを受け取る。急いで事務所に戻り某氏と落ち合い、お好み焼き屋でランチ。汗だらだらでお好み焼きと焼きそばを平らげた後モスバーガーに寄って4時間ものミーティングである。まあいろいろとありましたがとりあえず諸問題はすべて解決ってことです。夕方市内中心部の歯科医院へ出かけそこの液晶プロジェクタ買換の相談に乗ること1時間。途中、妻に携帯メールで「解決したよ」と送ったら「長かったね、ご苦労様」とひとこと返ってきた。できたヨメだなあ、とその時ばかりは思いましたよ。その後近所の居酒屋で焼酎飲みながら日付が変わる直前まで業界話に花を咲かせる夜。
14
 9時過ぎから事務所にてミーティング。細かい調整を行い解散。13時いつもの英会話へ。その後昨夜の歯科医院へもう一度出かける。遅い昼食を食べた後事務所に戻り、器材ライブラリーの更新作業とPodcast番組の制作に取りかかる。同時進行であすからのコース2回目の準備を進める。日付が変わるまで事務所で集中して仕事した。
15 研修器材を求めて市内を走り回る
夜は寿司屋で懇親会。熊本郷土料理でおもてなし〜 熊本茂野セミナーの様子  午前中は今日からの3日コースの準備。11時過ぎ熊本空港へ走り講師と助手ご一行を出迎え、研修会場近くの喫茶店で食事。14時から2ヶ月ぶりの実習コースをスタートした。始まってしばらくして、先週送った事前資料のうち、持参器材リストが配信されていなかったことが判明。みなさん必要器材をお持ちでない!!さあどうする、と頭をめぐらせ、クルマに飛び乗り、土曜日空いている知り合いの歯医者さんをぐるぐる巡って器材を借りまくることに。1時間以上かけて何とか必要数を確保して会場に戻る。そんなこんなで1日目の実習を終了し、 解散。19時過ぎから市内中心部の寿司屋で懇親会スタート。狭いなかみなでガヤガヤ、22時に解散し講師らとコーヒー飲んだ後ホテルへ送る。代行運転で自宅に戻ると妻は友人と岩盤浴へ行ったとかで僕の1000倍くらい健康。
16 3連続セミナーの中日
症例検討会が始まった  今回の実習は土日月の3日間連続スケジュールなのである。たぶんこれまでに経験がない。8時に講師のホテルへ出かけて食事後、会場へ。9時半からセミナーがスタートする。今日はひたすらに実習で、昨日集めた器材をうまくセットアップして無事に進行。お昼はお弁当、午後もひたすらに実習。僕は時折自宅に戻ったり買い物をしたり。今日は18時に研修を終わっていったん解散し、18時過ぎからは地元のスタディグループの理事を集めての症例検討会がスタートとする。21時くらいまでプレゼンとにらめっこ、終了後市内中心部の焼肉屋にて会食。日付が変わる前にホテルにお送りして目まぐるしい1日が終わる。今日も代行。
17 さすがにセミナー三日目はみなさんくたくた 海の日も研修室に籠もる歯科医師
 さて三日目である。今日も朝からホテルに行き朝食後、会場へ。さすがに講師の顔にも疲れが走っている気がする。9時からセミナーがスタートすれば、僕は少しだけ気楽に。お昼はお弁当屋さんが休みのためガストのデリバリー。夕方までは意外にあっというまで特にトラブルもなく過ぎていく。次回の案内をして16時に無事解散。講師を熊本空港までお見送りし、空港でお茶。いったん事務所に戻って残務整理した後、自宅で昨夜見れなかったF1フランスGPの録画見ながら居眠り。
18 くたくたでPodcast編集
 歯科医院の始業前に週末借りてきた機材を返却しに行く。自宅に戻るとさすがに疲労感が一気に襲い、午前中は能率悪く過ごしてしまう。午後からPodcastの新番組を制作。昨日の講師のインタビューを録りそぶれたので仕方なくこれまでのインタビューの総集編を作ることに。ところがやりながらとても面白い作業となった。その後ハードディスクの発送作業を深夜まで。
19 極楽とんぼ
 テレビをつけたらワイドショーでお笑いタレントの淫行事件が報道されている。何か全てが嘘くさい気がする。未成年の問題っていつも嘘くさい。21世紀の日本では本当に大学生は3年生になるまで新歓コンパでウーロン茶イッキをしているのだろうか。一流大学を出たであろうキャスターが「法律は法律ですから」としたり顔で伝えているが、新卒のADにオレの酒がのめんのかってその口で言っているのではないか、とつい勘ぐってしまう。本音と建て前を分けることがすべていけない、という気はない。しかし、本音を語っています、というポーズのまま建前を論ずるのはずるいのではないか。どんどんずるい大人が増えていくなかで、突然階段を外されて一気に奈落の底に落とされるタレント、そしてそれを報道するテレビ。誰もが本能的に虐められる側にだけはなりたくないと感じ、勝ち馬に乗ることだけを考える、そして言質だけは取られまいと慎重にずるがしこく振る舞おうと必死の努力。それが21世紀初頭の近未来日本版COOLな生き方ってことなのです。
 そして僕は朝からメールをマシンガンのように乱れ打ち、金沢のチラシを校了し、10月の熊本の講演会チラシも校了し、ネットで見つけた印刷屋さんに出稿する。カラー片面4000枚で3万円という金額を提示され、ああここにも21世紀があると感じる。夜は自宅で家族と食事。
20 大雨。
 午前中はひさびさに知人からの長電話。その後昨日原稿を送った印刷所から電話で確認作業。安いのにしっかりしているなあ、と感心する。お昼は月に一回のスタディグループ資料発送作業。夕方外に出るともの凄い雨である。スコールと呼んだ方が適切かもしれない。スタディグループの仕事で歯科技工学校に借りた書籍を返しに行く。ちょっとクルマから降りるだけでズボンがずぶ濡れになるくらいの、雨。オフィスに帰り着くとなぜか一気に疲れが出て2時間も床にごろりと寝てしまった。
21 北海道合同例会に参加
 目が覚めたらまだ豪雨だった。自宅で朝食を取りながらすこし仕事する。大雨の中copenで熊本空港へ向かう。同じフライトに乗る八代の先生から電話があり、インター降りたら空港方面が大渋滞なので早く出たほうがよい、というのだ。だがしかしいつもよりスムーズなくらいのクルマの流れである。空港で先生と会って聞いたらどうやらインターを降りて直ぐの地点が水没していたらしい。それくらい凄い雨らしい。11時半のフライトで羽田へ飛ぶ。総勢4名。明日からのスタディグループの全国合同例会に参加するためである。僕は前日に入って北海道の同業者へのシステム説明も目的の一つとしている。羽田で北海道行きに乗り換え、夕方千歳空港に到着。JRにて札幌駅に到着するとご一行と別れて、駅前に迎えに来てくれた地元会社の社長車に乗り込んで彼の会社へ。彼と会うのは数年ぶりだが、ずいぶんメールのやり取りをしたので久しぶりという気がしない。若いのに頑張っている彼と、信頼できる部下さんと僕の器材ライブラリーの説明と来月の講演会企画についてミーティング。入れ替わり立ち替わり社員さんが話しに参加してくれて、なんだか若くて元気な会社だなあ、と感心する。その後社長と軽くお食事。なにやら札幌の街では花火なんてうち上がっていて、短い夏をみんなで楽しんでいる風である。それにしても涼しい。浴衣姿の婦女子を見かけるが、はっきりいえば寒そうなのである、みな。ケガニなんて食しつつ、途中でメンバーも増えて、なんだ、みんなロックファンなんだってことで盛り上がり、ロック喫茶みたいな飲み屋に流れ、70年代ロックを次々にリクエストしながらススキノの夜は更け。しげきよ。
22 合同例会は大盛況
 かなり二日酔い気味で目を覚ますと、ああここは札幌なんだ。テレビをつけると九州各地で豪雨だ、と報じている。実は昨日から妻子と犬はフェリーで妻の実家に帰っているのだ。だから留守の心配といえば、家が崩れていないか、とか事務所が雨漏りしてサーバが水没していないか、という類なのだが確認する手段もないし、妻子は日本海上であって携帯も届かないのでどうすることもない。同じホテルの先生方と朝食を食べながら聞けば、やはり相当な雨だが危機的な状況ではないみたい、とのこと。雨男として業界に名を馳せる僕であるが今回は明らかにシロである。アリバイ、札幌はすこぶる快晴、よどみない青空。しかも空気が乾燥しててコンベンションには最高の環境である。13時から同じホテルの隣の会場で合同例会がスタートする。立派な会場、展示会場、スムーズな進行、僕はいろいろメモをまとめてレポートを作る。というのはこの例会の第2回は2年後、熊本で開催されるのである。僕はまだたぶん事務局をやっているだろうから、必然的にこれらの企画のほとんどを切り盛りする必要があるわけで、いまからポイントをチェックしていかねばならないのである。会員発表を聞きながらも会場をうろうろし気づいた点をメモしていく。17時に本日の発表が終わり、同じホテルにてパーティがスタートする。いやあ参りました。よさこいソーランから生バンドに至るまでショーアップされた一大イベントでございました。ううむ2年後はこのステージに僕も立って演奏しているわけね、とどういうわけだか勝手に夢想しつつ構想を練る。会場内の有名著名歯科医師や業界社長らと懇談しつつ、2年後よろしく、と声を掛けて回る。3時間近いパーティは解散し、みなはススキノの夜に流れていったが昨晩飲み過ぎた僕は部屋に戻り、たまに良いホテルに泊まっているのだから、と惰眠を貪る。
23 札幌から秋葉原へ
 二日目の例会は朝8時半スタートである。早めに朝食を取って熊本組12名で会場へと移動。今日も発表を聞きながら昨日のメモをパソコンに入力してレポートを完成させる作業。同時に10月に決定した札幌での講演会チラシをイラストレータで仕上げて、会場に来ていた主催者社長にデータで渡す。ほんまにどこでも仕事できます現代は。最終発表者を待たずに熊本組は空港へ向かうことに。4人でタクシーをシェアしようということになったので、会場の直ぐ出口で待っていたタクシーに乗り込む。こういう長距離ニーズがあることを予感して待っているのだろうなあ、と想像しつつ。車中観光案内を受けながら快適に千歳へ到着。ところがANA-AIRDO路線が何らかの理由でフライトが大幅に遅れているらしい。僕は東京で降りるのでいくら遅れてもかまわないのだがそこから熊本便に乗り継ぐ予定の他の先生方は顔面蒼白である。月曜日の診療ができなくなるのである。カウンター越しに交渉を重ねつつ、熊本の旅行代理店とも連絡を取っていろいろ手を回す。とにかくは羽田まで行きましょう、とフライトに乗り込もうとしたら、なんと今度は僕が止められた。なんで?と聞けば「チェックインカウンターで、遅れる場合もあるとい了承を頂いていませんのでお乗せできません」と。ていうかついさっきまでこの僕が交渉していたのですが、と突っぱねて一時は騒然とするが、最後はなんとか乗せてくれる。日本の航空会社にしては珍しいくらい不手際な対応である。熊本組は機内前方に座り、羽田到着と同時に乗換カウンターを疾走しろとの命令が下されている。実際に到着してみると、少し遅い他社便に乗れることになったと、みなさんは空港内をバスで移動していった。ほっとして僕はモノレールに乗り、浜松町の回転寿司でさびしくビールを煽り、秋葉原のホテルにチェックイン。今日も惰眠を貪るのだ。
24 両国から秋葉原
 目を覚ますとまだ6時だった。窓の外は雨。日本列島全国的に大雨らしい。もちろん僕のせいではない。1Fのレストランで朝食を取りながらぼーっとした目玉で人々を観察している。ネクタイをキメる前のちょっとだらしない格好のおっちゃんたちが、きちんと列を作ってオムレツが出来上がるのを待っていたりする。悪くない、と思う。全国から集まった彼らはきっと会議だとか研修だとかでこのワシントンホテルに泊まっているのだろう。妻子を残し、昨晩はたまにしか会えない同期とちょっとだけハメを外して3軒目まで飲みすすみ、愚痴を言ったり昔話に花を咲かせたり。そして曇ったメガネで納豆を喰らうのだ。まるで江戸時代の風俗文化を懐かしむように、きっと100年後の日本人は、平成のビジネスマンを愛でるのだろうなと思う。僕はそんな時代に生きいていたんだぜ、なんて軽く自慢をしておくことにする。ひょっとしたら100年後にだってこの文章がどこかのサーバの片隅に残っているかもしれない。
 さて今日の仕事は午後からだ。午前中は部屋でひたすら仕事することにする。北海道の講演のチラシを校了し、熊本の先生数名と電話。京都の先生と打合せ。10時、業界のソフト会社2名と先ほどのレストランで、器材ライブラリー2.0の開発について協議。いろいろ話し合った結果、インターネットを使ったASPサービスに絞り込むことにした。もともとこの会社を作ったときの最初の商品がASPサービスだったこともあることだし。握手をして開発がいよいよスタートする。その後部屋に戻ってまたいくつか仕事を片付ける。
 秋葉原から両国へ。天丼屋で軽くランチを取って目的の会社に入る。器材ライブラリーの導入作業と説明である。営業の方への説明を数回に分けて行う。3時間以上同じ話を繰り返していたら、最後の方ではものすごく簡潔な説明ができるようになってきた。何事も訓練と場数なのである。手抜きではないのです。夜は取締役と秋葉原近くの料理屋で日本酒をグビグビ。3時間くらいぶっ続けで飲んでいたらさすがに足元ふらふらに。ホテルまで辿り着いて気絶するようにベッドに。なんのことはない、今朝みたビジネスマンってオレのことじゃないか。
25 アキバ、上原、そして熊本
 だんだんと体内時計が狂ってきたのか、今日はいよいよ4時に目が覚める。何度トライしてももう眠れないので仕方なく起き出して仕事を始める。早朝のマシンガンメール攻撃。8時半、昨日と同じようにレストランでブッフェ。10時過ぎ、ホテルに荷物を預けたまま秋葉原の街を散策する。いくつかMacbook回りの小物を買ってみたりする。ソフマップ中古店でDELのデスクトップを見つけて、店員と相談の結果買うことにする。雨の日は送料無料とかで総額5万円。先日昇天したThinkPadX31の代わりにWindowsでのメインマシンにしよう。お昼前、代々木上原へと移動。講師の先生とランチの予定だ。いくつか打ち合わせした後は上原から羽田へ移動。羽田空港のJALショップで1万円の腕時計を購入。JALカード使うと1割引ってなんだか得した気分で、数年ぶりの腕時計新調である。熊本へ飛ぶ機内では早起きの反動でぐっすり睡眠。空港からダイレクトに歯科医院へ向かい、月に一度の例会に参加する。終了後はいつもの食事会に参加、さすがにへとへとで自宅に戻る。妻子は実家に戻ったので一人である。なんだか家がカビ臭いぞ。
26 今日からしばらく独身男
 毎年恒例のことであるが、真夏の一人暮らしのスタートである。去年と違って仕事も一人になっちゃったから、なおのこと一人なのである。まずは荷物を取りに佐川へ。帰りに歯科医院によって資料をもらい、その後ダイハツに寄って出来上がった車検証を受け取る。11時に事務所に戻って検品引当入力発注と仕事。気がつけばもう15時過ぎている。まだまだ仕事の山は片付かず、パソコン数台を飛び回りながら汗だくで作業。自分でやった仕事ならいざ知らず、出張中に妻が処理した仕事を片付けるので、紙に書いて整理していっても何が何だかの状態になっていく。平行して昨日までの出張関連の自分の仕事の後片付けもしなくてはならない。おまけに夜は中心部の歯科医院に呼び出されて機材のチェックを手伝うことに。夜はいつものガストにパソコン持ち込んでハンバーグ食べながら、日付が変わる頃までまだ仕事を続けるのだ。
27 今日も黙々と作業です
 ゴミ出しからスタートするのである。それからトラックセンター回りでまたも事務所で作業の日々。熊本に来ていると知人から連絡があり、それならとインド料理店で軽くランチ。とって返してまたも事務所で黙々と作業、今日は発送荷物がかなりある。日が暮れてようやく一息つけたので、ひさびさにiMacに向かってネット世界を探索。Podcastの番組で中沢新一と細野春臣の大学授業があったのでぼーっとみてみたり。夜は週末のコース配付資料を整理して印刷作業。
28 DELデスクトップセットアップ
 いつものように佐川によって事務所に出てきたら玄関先に大きな段ボールが。よく見れば先日アキバのソフマップで買った中古のデルである。しかしヤマトもよくぞこんなところに置いていくよなあ。一目見てパソコンだと判るのに。中古だとは判らないだろうけど、なおさら。まあいいや、と軽くセットアップしていくつか必要なソフトをインストールして使える状態に。平行して荷物の作業を進めていく。三日目になるとようやく自分が発注した商品ばかりが入荷してくるのでいちいち考えなくても作業を進めることができるようになってきた。もちろん僕自身が慣れてきたこともあるし。銀行に用事で出かける。涼しい支店に多くのOLたちが女性雑誌を読みながら番号札を呼ばれるのを待っている。なんだか平和だなあと感じる。数年前と違って、切迫した表情でどこかへ送金している経営者らしき人間みたいのがいなくなった気がするのは多分景気が上向いているせいなのかもしれない。でももしかしたら自分の感性が鈍っているだけで、この中にもたくさん荒んだ気持ちで追われている人がいるのかもしれない。もうああいう時間を過ごすことがないことを祈るよりほかない。会社に帰って発注作業。15時、税理士事務所の定期ミーティング。その後、週末のセミナーの準備を日付が変わるまでひとふんばり。
29 洗濯三昧の土曜日
 目が覚めたら9時を回っていた。暑すぎるせいなのか、どうにも生活パターンが安定しない。出張帰りのまま山積みになっていた洗濯物をぶち込んで洗濯すること実に3連続。ジーンズを干した頃には11時を過ぎていた。佐川を回った後、国体道路沿いのマクドで軽くランチしながら、歯科雑誌をざっと読む。午後事務所で引当、発送作業。今日は土曜日だから発注はない。夜は明日のセミナーのPETお茶を購入したり、いつものガストに出かけてまた仕事したり。23時頃、誰もいない自宅に戻り、テレビをつけるがどのチャンネルもつまらない。もの凄く久しぶりにCS番組をチェックしてみたら、なんとZazenBoysの特集をやっているではないか。急いで録画しながらじっくり見る。おおおこれは見事だ!まったく素晴らしすぎる。
30 セミナー第4回講義
 9時前に講師自宅に寄って、9時半からセミナーがスタートした。今年の6回コースの4回目である。今回は日曜日だけの1日スケジュール。会場について確認したらなんとメーカーから直送してもらった荷物が届いていないという。不在連絡も入っていないのだが聞けば昨日土曜日休診だったので佐川のドライバーが配達しなかったらしいと判断。いつもの佐川トラックセンターまで走って探したら、無事見つかりました。クルマに積んで会場へ戻り、何とか間に合わせる。細菌こういうパターンが多いような。ランチを挟んで16時過ぎまでの予定通りに終了。足の具合が悪い、という講師とうどん屋で夕食を囲んで自宅までお送りする。自宅に戻るも特にやるべきことも見あたらず下らないテレビを見てみたり、昨日のzazenのビデオをもう一度見てみたりしているうちにF1ドイツGPが始まったのでだらだらと見る。MS復活なのですなあ。
31 7月も今日でお終い
 今日は荷物も来ないし、とゆっくり目に起き出し、意味もなくコペンであたりを走り回ったり。昼過ぎ事務所に出て発注作業など。お昼は近所のラーメン屋で腹ごしらえ。ホームセンターに出かけて、あまりに凄まじいMacbookの発熱対策を考える。最初はエアコンの排出口からパイプを引いてきて直接Macを冷却するというプランを考えていたのだが思ったより工程も複雑でコストもかかりそうだ。あれこれ考えを巡らすうち、そうか発熱するのは底面だからそれが直接机に触れないようにして空冷すればよいのか、と気がつき、いろいろ探して行き着いたのは・・・吸盤4個。お風呂場の壁にタオル掛けるときに使う、あれ。それをMacの底面にはっつければちょうど突起部が空気の層を確保するという仕組みである。総額300円。我ながら素晴らしい。間違いなく妻に「いやだー、義父さんみたい」と指摘されるだろうが。夕方事務所でやることも無くなったのでDelでwebサイトの更新作業を一気に深夜まで。その後いつものガストでなくて何となくジョイフルへ。しかし何だかこの店は古くさくて客層も違うなーって感じがする。ファミレスも何となく棲み分けしつつあるのだろうか。店を出て何となくすっきりしないので、オープン走行で空港あたりまでかっ飛ばしてみる。といってもたいしてスピードでないのだけど。2時前に自宅に戻る頃にはすっかり気分良くなって無事7月に終わりをつけることができそうだ。今月もよく動いてよく遊んで下らないことばっかり考えた。今月もお付き合いいただいてどうもありがとうございましたです。

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