taka's業務日誌 2006年5月
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30日
日
曜
diary
1
月
雨のボラカイビーチリゾート
もちろん自分が雨男として強力なことはわかっていた。だがしかし乾期のフィリピンで1日豪雨とはどういうことだ。今日はメーデー、5月1日、アイルトン命日。僕は2日前から家族とフィリピンに居る。昨日ボラカイに飛んできてフライデイリゾートという高級ホテルに泊まっているのだ。朝のうちは南国ならでは良い天気。気持ちよくTAPAの朝食を取り、ビーチでゆっくり太陽を満喫し、豪華な部屋のジャグジーを泡で一杯にし息子とはしゃいだのであった。12時にチェックアウト、
BJS
のオフィスに立ち寄り、次のホテルの場所を聞き、妻子がトライするという体験ダイビングについて話を聞いている最中に豪雨が落ちてきた。初めは熱帯ならではの通り雨かとなめていたが結局翌日まで激しく降り続けたのであった。
お昼はガイドブックで見つけたTRUE FOODというインド料理店。2階の窓際席、ターリーを頼んでクッションにもたれてゆっくり胡座。料理もゆっくり出てきて、妻子は時間がない、と途中で店を出て行った。軒下から激しく入り込んでくる雨。こんな日に体験ダイビングだなんて僕には到底できない。どういう幼児体験があったか知らないが、とにかく足の下に海底を感じることができなくなった瞬間、パニックを起こしてしまう体質なのだ。ましてボンベを背負って海に潜るだなんて。しかも豪雨。結局僕は一人でこのインド空間に居残り、フロアを独占したままでほんの世界に埋没。デビッドベニオフという人の「99999(ナインズ)」という短編集の文庫を読んでいる。今まで知らなかったけど有名な作家らしい。村上龍のような物語力と梶井基次郎みたいなニュートラルな感じ。雨音と、iPod shuffleに仕込んだCOLDPLAYやらがほどよくミックスして物語を補完している。僕以外の初めての客がやって来た。韓国人女性が一人旅、流暢な英語でオーダーし、タバコをふかしながらライ麦畑を取り出して読み始めた。一方おれはビール3本で酩酊。今度は後ろの席にアメリカ人の男二人がアジア女性を引き連れて食事に。なんだか英語で自慢話をしている。さっきの客が同伴女性に笑顔のサインを送っている。韓国人同士なのかな。
1時間ほど時間を潰したがいっこうに雨のやむ気配は無い。しびれを切らして雨の中を歩き出す。雨宿りしながら一人でぼーっとする時間も楽しい。酔っているせいかもしれないけど。それにしてもいろんな人種が歩いているもんだ。思っていたより日本人は少ない。同じような顔を見かけると大抵韓国人である。通りにはハングルが溢れている。たまに日本語を見つけても「日式料理店」みたいな表現だったり。日本にとっての80年代のハワイが韓国にとってのボラカイかもしれないなと思う。きっとハネムーンなのだろう。
韓国の若者を見ていて感じるのはきっと80年代バブルのちょっと前の日本人みたいだということだ。。まさしく僕らがインドに行った頃。円高を背景に根拠のないプライドと少しばかりの自信のなさ。高ぶった仲間意識と敵愾心。僕らは確かにそうだった。同じものが彼らにもあるのかなと思う。80年代、日本とアメリカが自動車や電器製品で摩擦を起こしていたことを思い出した。もしそうだとしたら今は領土問題なんかでごたついているが、20年後にはきっと良い友達になれるのだろう。もっともその頃の日本人がどうなっていることかわからないけど。
これは当分降り止まないな、と今日から3泊するボラカイビーチシャレーという宿に一足先にチェックインする。フロントの女性スタッフ2人にに、6番の部屋ね、と言われ、歩いていくと既にアメリカ人が部屋に入るところだった。もう一度戻って「本当に6番だよね」と聞き返すと、確かにそうだ、という。「でもアメリカ人が入ってるよ」と伝えると、ああ、しまったさっきのアメリカ人を間違って案内してもうたー、あんたのせいがな、ちゃうちゃんあんたやで、と2人で騒いでいる。現地語なので何を喋ってるがわからないが多分そんなところ。すんまへんな、ということでしばらくフロントで待つことに。3人連れということだけどベッドは一つしかない、エクストラベッドは有料だが必要か?と聞くので、「いや要らんですよ、昨日も3人で寝たし」と答える。ここで「3人川の字で」なんて英語で表現しても絶対に意味は通じないことであろう。しばらくして2人で爆笑しているので、どうしたの?と尋ねると、実はさっきのアメリカ人と友達だと思ってたのよ、それで同じベッドで寝るとか言ったら可笑しいじゃない、なんて勝手に笑うのだ。OK、それでも良いから別注で鉄の檻と鉄のパンツも用意してくれないか、とアメリカンジョークで煙に巻いてあげましたです。
さて、部屋に入ると、よしっこれが僕らの旅だぜって感じの部屋&シャワールームである。ぬるいシャワーを浴び、エアコンを入れてベッドに入り、テレビをつけて本を読んでいたが眠れないのでバルコニーに出てデジカメの写真の整理など。17時半、ようやく妻子が戻ってくる。妻は「もうイヤだ、この子がどっか行ってしまわないか心配でゆっくりできず、最後に吐いたよ」と。一方息子は大興奮。「海の底で魚をいっぱい見た!明日も明後日も潜る」と高揚している。しばらく二人の話を聞き、僕がこのホテルにチェックインしたときの鉄パンツ事件を話する番になると、「えっエクストラベッドは最初に頼んだのよ、お金も既にBJSに払ってるし」てなことであった。妻はフロントに交渉に行き、しばらくしてホテルオーナー自らエクストラベッドを抱えてやって来た。僕がパソコンで日記を書いているのを見て、「WiFiが使えるんだぜ、トライしてみたかい?」とのこと。さっそく電波を検索したら確かに暗号化されていないアクセスポイントが一つ。こいつはラッキーだぜ、とすかさずメールチェック。マニラ以来のメール約300通(98%スパム)がやって来た。何とVPNで会社に届いているFAXまで確認できてしまった。妻の携帯はFOMAなので何不自由なくローミングできてるし、なんだ人と会うことさえしなければこっちで仕事できるじゃん、なんて考えてしまう21世紀。
20時過ぎ、ようやく雨が上がった。3人で外に出てみると大勢の人たちが通称ボラカイ銀座を闊歩している。4km近くあるというビーチにそって走る舗装されていない狭い道の両側にホテルやレストラン、土産物屋、露天商がひしめき合っている。また歩きながらアクティビティーを薦めたり、サングラスや腕時計を売る男達、マッサージしないかと声かけてくるおばちゃんと賑やかなことこの上ない。だが悪質な物売りや物乞いなどはまったく見かけないので安心ではある。夜のビーチでは7時間かけて作ったという砂の城の前で記念撮影する観光客が絶えない。製作者はシャッターを押してあげてチップをもらうという寸法だ。僕らはちょっと大きめのレストランで食事。蛤やエビなどを選んでグリルしてもらう形式で、お腹いっぱい楽しめた。帰りは生演奏を冷やかしたり、ツーリストセンターのコンビニで買い物したり。ホテルに帰ったらベッドの取り合いでこれまた定番になった妻との口論しつつ寝る。
2
火
ボラカイビーチ三昧
朝食はイングリッシュベーカリーというお店で美味しいパン。まだ8時台だというのにさんさんと日が降り注ぎ真昼のような天気だ。早朝まで雨が降っていたようだが今日からは文句なしの快晴だ。息子がお土産を買うというのでボラカイ銀座の露天商や昨年暮れに全焼してしまったというタリパパマーケットのブルーシート仕様の仮店舗などで貝殻のブレスレットなどをまとめ買い。といっても6個で100ペソ(日本円で約200円)とかそんなお値段。10時半、ビーチに出かける。ホテル真ん前のビーチには泊まり客専用のチェアーとパラソルが用意してある。ガードマンにセットしてもらい、まずは海に飛び込む。Fridaysのビーチはプライベートだったし、砂ももっと白かった気がしたけど藻がたくさん生息していた。こちらは人が多いせいか藻は見あたらない。僕らはすっかり海の子になって南国の潮風と海水を楽しむ。何となくだけど日本の海水よりしょっぱさが濃い気がする。そのせいか、僕みたいな金槌に近い人間でも浮いていられるのである。肺にたくさん空気を溜めて呼吸を浅くするだけで、手足を漕がなくてもぷかぷか浮いていられるようになった。こんなのは死海でしかできないと思っていたのに、これは凄いことを発見したぞ、と妻に言ったら、そんなの普通考えなくても誰でもできるし、と言われ。
いったん部屋に戻り、お昼前に再度ビーチへ。今度は妻がシャチ型の1.5mはあろうかという浮き袋を買ってきた。子供は「しゃっちゃんだ!」とさっそく名前を付けて海の中でじゃれ始めた。この子は生まれたときからとにかく水があるだけで落ち着く河童のようなやつだ。取り立てて泳ぎが上手いわけでもないのだけど、とにかく水に浮かんでいるだけでこれ以上はないという幸せな顔をしている。僕はチェアーでまだデビッド・ベニオフを読み続けている。妻は相変わらず昼間っからビールを飲みつつ、ダヴィンチコードの文庫本を読み耽っている。もちろん2人とも息子の顔を確認しながら。しかしちょっとはしゃぎすぎだなあ。夜疲れないと良いけど。
お昼は海を出てしばらく歩き、D-MALLという新しい商店街にあるOleというスペイン料理店で。ガーリックライスと鶏料理。しかし僕はピナコラーダというラムとパインのカクテルを飲んでいたらすっかり楽しい気分になってしまい、思わずお代わりする。フィリピンはラムの名産地の一つらしい。太陽の下で家族とスペイン風のランチとラム。なんて陽気な組み合わせだろう。もうオレはここに住んじゃうよ。帰りはメインロードを通ってホテルへ。舗装されたこの道はトライシクルやリキシャー(っていうのかな)で溢れている。排気ガスの量もただごとではなく、事実、道沿いの木がたくさん枯れていた。ビーチの美しい自然とそれを楽しむ世界各地の観光客たち。その裏ではこうやって自然界の逆襲が始まっているのかなあなんて思う。すっかり浮かれた観光客の裏道ではそのために自然を犠牲にする生活が始まっているような気がした。経済発展とは排気ガスのことなのかもしれない。
ホテルに戻ると息子がひいひい言っている。案の定日焼けしすぎで背中が痛いらしい。こればかりは僕の血だ。いくら焼いても真っ赤になって水ぶくれになって数日苦しんだらぺろりとまた元の白い肌に戻ってしまうタイプなのだ。まったく妻が羨ましい。僕は息子に付き合ってテレビを見たりネットをしたり。妻はまたビーチに出かけてマッサージを受けているらしい。僕も疲れていたので30分ほど仮眠し、18時、妻を呼び戻しにビーチに行ったら今日もまた素晴らしい夕焼けであった。またまた写真を撮ってしまう。夜はまたボラカイ銀座(しかし実際の銀座は今はこんなんじゃないよね)をレストラン探して南端まで歩く。
砂浜の上で焼き物を選んで食べるレストランに座る。たまにはワインでも飲もうか、とフルボトルを頼んだらなんと1000ペソという。まあいいか、とお願いしたら出てきたボトルにまだ値札が付いていた。剥がしとけよ〜、原価200ペソまるわかりじゃん(笑)。ポークや牡蠣、エビ、魚なんかを食べました。さあて夜は子供を寝かしつけてクラブでもハシゴすっかあ、と意気込んだものの22時には3人川の字でイビキをかいてしまうあたり年齢的限界かしら。すぐ近くの店からズンズンと威勢の良いベースのビートが響いてきて僕らを誘ってくれるのだが、いまやそれは子守歌にしか聞こえないのだ。
3
水
今年のボラカイ最後の夜
7時に目が覚めてしまい(当たり前か)、バルコニーでネットに接続、ボラカイの情報についていろいろ調べる。なんせ明日は早朝の移動なので実質今日1日しか遊べないのだ。ところが息子を起こしたら「もうだめだ一歩も動けない」とネを上げている。日焼けが度を超して動くたびに激痛らしい。まあ仕方ねえか、と彼一人部屋に残して僕らは外に出る。遊びに行ったわけではなく息子のために水分や食料の買い出しである。今日はヨットでフィッシングやアイランドホッピングなんかを考えていたのだがすべて諦めるしかない。まあもともとそんな活動的な遊びしない方だしいいか。妻は船酔い激しいタイプだそうだし(僕は飲み過ぎに違いないと今でも信じている)。
BJSに立ち寄り明日の帰りの段取りを確認する。確認して良かった。取っていたはずの便が取れておらず、他の便をこれから当たってみますとのこと。まあ帰れれば良いですので、と言い残しオフィスを出る。さて、2人で少し遅い朝食をと昨日のOleに行ってみるが、あいにく10時からお休みだという。近くの小さなファストフード風のテラスで簡単な朝食を食べ、歩いてホテルへ戻る。息子は起きていて、シーツ類がきちんと清掃されていた。おねえちゃんが来てくれて清掃してくれたそうだ。何か話した?と聞いたら「何だかわからんかったけど少し」だそうだ。ECC子供スクールに通わせて2年以上。今のところ成果なし(涙)。さすがにこれ以上息子を放りだして遊び回るわけにもいかず、今日は部屋でゆっくりしようかってことに。しかし良い天気だなあ。僕はテラスで日記を書き進める。ようやくフィリピン旅行に追いついた。何が本でも書こうかだ(笑)。
お昼過ぎ、そろそろ歩けるようになったかい、と外に出てみることに。今日だけは息子の姿勢がよろしい。なんか背筋がすっと伸びている。曲げると痛いのだそうだ。これまで各国の料理を食べてきたので、次はイタリアだね、とピザ屋さんに入ってみる。たいていそうだが、レストランは宿屋もやっているみたいで奥にはいかにもダイバーが泊まりそうな部屋が連なっている。次からはこういうところでも良いよね、とすっかりリピーターになるつもりの家族である。あ、夫婦である。息子は今それどころではない。しかしずいぶんと料理が出てこないなあ、と見ていればなんと粉を打っていた。おお、これはあと2時間くらい待つのか、と期待していたら意外にすんなり出てきた。あれは仕込みだったのか。しかし粉から打つピザ屋って普通に凄い。カリカリのピザとパスタを美味しく頂きました。僕らはまたもサンミゲルライト。
夕方、日没まであと2時間というあたりで妻とビーチへ。僕は昨日会得した海水遊泳術でプカプカ遊ぶ。ここには監視員などいないのでよいのだが、日本でこんなコトやってたら土左衛門と思われて大変かもしれないな、などと空を見ながら考える。両耳が水中にあるので音の変化が面白い。ずいぶん遠くのボートのエンジン音が間近に聞こえるのだ。フィリピンの人たちは海を自由に操る術を知っている。竹で船を編み、島から島へ航海し、海の幸を交換し、調理し、食べる。音楽が、踊りが、笑顔が海と絡み合って一つの文明を作り上げている。僕ら日本人も昔はきっとそういう一族でもあったのだろう。だが今やすべてが切り離されて一つひとつが別の商品として切り売りされているのだ。もちろんそれを否定したところで何も産まない。だがそんな隔絶した世界を双方感じながら生きることはとても大事だと思った。山の生活、氷の生活、サバンナの生活。いろんな世界がこの地球上にあるのに、僕らは自分の回りの生活だけで物事を判断し、諍いを絶やさない。愉しむということは大事なのだなとつくづく思った今回の旅です。
またも夕暮れを満喫して部屋へ戻る。フロントにBJSからメッセージは来ているか、と尋ねたがなかなか真意が通じない。ほんと、英語力無いなあオレ。実際にBJSに電話したら、やはり明日の朝一の便しか取れなかったという。つまり朝6時にはチェックアウトせねばってことだ。息子がフロントのPCにインストールしてあるゲームをしたい、というので遊ばせておき、僕は一人であたりをうろうろしたり、バルコニーで読書したりパッキング作業したり。
夕食はインド人シェフが営むバイキング形式。さあて今日こそは明日の朝まで激しく飲むぞ、まずは仮眠だ、とベッドに転がったのであるが、次に気がついたときは朝であった。情けねえ。
4
木
ボラカイからカティクラン、マニラ、名古屋
いよいよ今日でボラカイともお別れか、と思ったせいでもないのだけど4時半には目を覚ましてしまった。本来ならこの時間まで妻と飲み騒いでいた予定なのだが僕らはすっかり健康的になってしまったようだ。というより飲み騒ぐことがさほど楽しいものではないように感じてしまっているかもしれない。日光を、海を、料理を、家族と楽しんでおいて他に何を望む?って感じなのだ。いつものようにベランダに出てデジカメの写真をまとめ、日記を書く。こうやって書いているといろんな出来事を思い出すのだ。なんだかこっちに来て結構な時間をパソコンに向かっているような気もするが、これはこれで将来いつか読み返すことができるのだろう。息子が読んでるかもしれないし(おい読んでるか)。
6時前に3人でパッキングを完了し、チェックアウト。はやくもBJSのスタッフが迎えに来てくれてしばらく歩いてトライシクルへ乗り込む。今回はけっこう長距離を走って桟橋のある港まで走る。ちゃんと港があるんだーなんて暢気なことを考えながら。それにしてもポーターへのチップ払いからボートのチケット購入まで全部BJSのおねえさんがやってくれるのでとても楽ちんである。実際にボートにも同行してくれるし。英語しか通じないけど、もしこれが僕らだけだったら、おいおいちゃんとこの船は目的地に向かっているのか、とかいろいろ心配事でゆっくり景色を見ている余裕など無いかもしれない。しかも直接予約するより彼らを使った方が安いのだ。まあ僕らも40越して今さら何でも自分でやりますって旅でもないか、やっぱりうまくプロを使って愉しむのが良いのかもねえなんて話していたらあっという間に対岸に到着。またもBJS御用達トライシクルで空港まで5分の移動、ここでBJSさんともお別れだ。本当にお世話になりました。
Asian Spirit機の到着を待合室で待ちながらいろんな国からの観光客を眺めている。僕らもすっかり日焼けしてビーサン姿で溶け込んでいる。しかし西洋から来ている連中の溶け込み方は半端ではない。おそらく1ヶ月以上遊んだのだろうなあ。そう考えたらすぐに戻るのが少し寂しくなった。でもこれ以上こんなメシの上手いところに居続けたら体格まで彼らと一緒になってしまそうだ。
機内ではふかふかのシートに座って1時間を過ごす。ニノイアキノ国際空港に無事到着したのだが、なかなか機外に出ることができない。どうやら送迎バスが来ないようだ。息子の顔色がどうも良くないなあと思ってたら、吐いてしまった。幸い妻が麦わら帽子を持っていたのでそこに。アテンダントにバッグを貰い、ようやく迎えに来たバスに乗ったとたん顔面蒼白の息子は寝てしまった。昨日から日焼けの疲れと11歳にして海外での体験ダイビングときたら疲れない方がおかしいくらいだ。国際空港から国内線までクーポンタクシー150ペソで移動。
しかし時間が早すぎてまだチェックインできないそうだ。息子はだいぶ顔色が戻ってきている。荷物を預けてマニラ市内で買い物と食事でもしようかと考えたが、インフォメーションのお兄さん曰く、ここには荷物を預けられない、仕方がないから隣のレストランでメシを食え、とのこと、素直に従う。厳重なセキュリティをかいくぐり、僕らはレストランというよりショッピングセンターの食事コーナーみたいなところに座る。ウエイターが来て、遅めの朝食とビールをオーダーする。すっかり元気になった息子は「何か脂っこいものが食べたい」とか言い始めるし、やっぱり妻の血が濃そうだ。そして持ってきた本「名犬ラッシー」を一生懸命読み始めた。マンガとゲーム解説本しか読まなかった息子が活字の魅力を認識してくれただけでも僕らの旅行には成果があったのだぞと両親喜びつつ、それぞれ本を取り出して読み出す。何せ時間はたっぷりなのだ。90分ほどそうして時間を潰した後、12時、ようやくJALチェックイン成功。免税店を冷やかし、14時ようやく名古屋行きの便が飛び立った。
機内ではようやく息子が元気100%になり、アテンダントから貰ったおもちゃに夢中になっている。妻はさっそくシートに埋め込まれているディスプレイで麻雀ゲームを始めた。僕もオンデマンドの映画の中から「輪廻」という最近の日本映画を見始める。群馬の山中ホテルで11人の被害を出した殺人事件がテーマになっているホラー映画だが、少し目をそらすと機内の大型ディスプレイでNHKニュースが放映されていて、こちらは平塚で母親がアパートで家族5人を殺害したという事件だ。二つのディスプレイを同時に見比べていると、ホラー映画の役割ってもう無いんじゃないかなんて感じた。そして実は日本は恐ろしい国なんじゃないかって気がしてきた。まあ映画自体いまいちだったのもあるんだが。
その後パソコン取り出し日記をまとめたり。ディスプレイの地図によると今、沖縄上空らしい。こないだ行ったばかりなのに。このあたりで降ろしてくれないかしらなんて。いよいよやることもなくなり妻が読み終わっていた「ダ・ヴィンチ・コード」上巻を読み始める。時計を1時間進めて19時過ぎ、ようやくセントレア空港に到着した。機外に出るとさすがに寒い。僕ら、Tシャツ半ズボンビーサン麦わら帽姿なのだ。入国審査、税関をすんなり通り抜け、近鉄に乗ろうとしたとき、妻が「いかん、現金がない」。そうか、フィリピンではクレジットカード医を使うたびに8〜10%の手数料を取られるのでありったけの現金をペソに替えて使っていたのだった。構内のATMで現金を引き出そうとしたが地方銀行との取引には時間制限があるらしく、使えない。なんでコンピュータ間取引に時間制限が必要なのかまったく理解できない。仕方なくクレジットカードで2万円借金。考えたらこちらの方が手数料が安いかもしれないし。そのお金でコンビニ夕食を買み、名鉄で常滑駅下車、タクシーで6日前に泊まった常滑観光ホテルに到着。残念ながらMichelleの姿は無かった。シャワーを浴びて6日ぶりに伸びきったヒゲを剃る。テレビを眺め、日記を妻にチェックして貰いながらコンビニおにぎりとフィリピンでかったカップ麺で夕食を盛大に・・・といいつつ瞬時に寝てしまった。明日も早いのだ。
5
金
名古屋から熊本へ
6時の目覚ましで飛び起きる。30分後にはタクシーが迎えに来るのだ。急いで支度していたらフロントから「タクシーが参っております」との電話。間違いなくMichelleだ!と妻が驚喜する。僕らの常滑アイドルは丁寧にタクシーが走り出した後まで見送ってくれた。名鉄でセントレア空港に到着するとマイレージ無料チケットでチェックイン。しばらく時間があるので「若鯱屋」というわかりやすい名前のうどん屋で朝食。久しぶりの日本食である。でもボラカイは何でも美味しかったのであまり感慨はない。以前は海外旅行の壁は「言語・時差・食事・費用・トイレ」だったように思うが、日本が西洋化したせいもあって殆ど気にならなくなっている。どこでも英語が通じる世の中だし、もともと昼夜逆転生活だし(笑)。
朝8時のJALで熊本に向け出発。僕はほとんど寝ずダビンチコードを読み進める。つかみは良かったんだけど、だんだん先が読めてきたぞ。なんだかずいぶん前に読んだ胡散臭いポールシフト論の古代史小説と同じ匂いがする。熊本空港に降り立つと、その瞬間日差しが名古屋からマニラに近づいた気がした。明らかに南に戻ってきたって感じがする。タクシーで自宅に戻ると愛犬が狂喜乱舞していた。
今日は家に戻っても特にやることもない。義母に留守番のお礼を言って、メールチェックをして、溜まっていた新聞を斜め読みして。1時間ばかり仮眠した後は庭のベンチに腰掛けて、音楽を聴きながらダヴィンチコードを読んでいる。すこぶる天気がよいので洗車してどこかドライブでもしようかとも考えたが、こういう時には無理をせずゆっくりしていた方が良いって経験論的に考える。夜は皆でデジカメの写真をスライドショーにして楽しみ、夕食。23時くらいまででダビンチコード上中下巻を読み上げる。なんじゃらほい、って感じ。まあ休日の気分転換にはよろしいかもです。
今回の旅について。もともとマイレージの無料チケットだったこともあるし、計画自体をすべて妻に任せていたこともあって僕はほとんど何も事前知識を持たずにフィリピン、ボラカイ島に入った。そのせいで観光旅行というよりも、いつも過ごしている環境がちょっと変わったことで、いろいろ考えることができたと思う。
ここで全部書いていたらきりがないけど、たとえばナショナリズムについて。たとえばグローバリズムと競争社会について。企業の目的は株価なのか、雇用なのかなんてことについて。社会の成熟について。言語コミュニケーションの重要性とさほどそれが重要でないことについて。テレビを消して本を読むことの快感について。インターネットが果たした功績とそれで失ったものについて。仕事とレクリエーションについて。A.C.クラークの描いた未来像とボラカイの関連性について。うーん書き出していたらきりがない。何かの機会においおい書いていくことにします。今回はわずか1週間の体験でしたが、本当に実り多き旅でした。特に妻と息子に、感謝します。
6
土
久留米日帰り出張
8時に目が覚める。朝食の後、携帯の留守電に入っていたメッセージに対応。明日のセミナーの器材について運送会社確認。今日の夜の久留米日帰りから明日の宮崎日帰りに至るまでのもっとも効率よい移動方法についてネットで調べて調整。広島セミナーの宿泊予約。あっという間に正午、妻が買ってきたパンを食べる。午後から小雨の中事務所に1週間ぶりに出て書類整理、データバックアップなど。1時間後、歩いて自宅に戻るが急に気分が悪くなりふらついてしまう。何だか吐き気もする。なんだなんだ、パンにあたったか?なんて不思議な感じ、どうにか居間に辿り着いてそのまま20分ほど眠ってしまう。妻に送ってもらい17時のJRで水前寺駅から久留米へ。今日は3年前まで研修会のお手伝いをしていた講師の古希祝いということで、久留米まで出かけることに。どうも体調が優れないし、明日も早いので1次会で帰ってこよう。車中パソコンでいくつか仕事。久留米駅からタクシーで会場へ向かい、パーティに参加。行きがかり上、プレゼンのパソコンの設定と操作を手伝う。3時間近くパーティは盛り上がり、数々のアトラクションが楽しかった。僕もクイズダービーで1等賞の景品を貰ってしまった。二次会のお誘いを丁寧に断って同方向のタクシーに便乗させて貰い特急で熊本に戻る。ビールや水割りを飲んでいたらなんだか元気になっている、気がする。
熊本駅から乗り継ぎで駅に向かう途中、妻に携帯メールしていてふと顔を上げると見たよな親子連れが。お互いびっくり、息子の同級生のお母さんとその娘であった。どうしたんですかと聞けば福岡にコンサートに出かけてきたとのこと。駅までお迎えに来たご主人の車にまたも便乗させて貰い大雨の中無事に自宅に戻りました。
7
日
二日連続日帰り出張
7時に目を覚まし、妻に運転して貰っていつもの高速バス停へ。今日も日帰り出張なのである。バスの中ではパソコンを起動し、7月の講演会の案内をイラレで制作。3時間後、JRに乗り換えローカル線。そこからタクシーで会場の歯科医院に入る。今日はインプラントのライブオペセミナーである。到着した頃にはすでに講義がスタートしており、各種準備を行う。お弁当の後、患者さんを招き入れてライブオペ。その後また講義を行い、夕方、すべての予定を無事終える。今回はインストラクターの先生が前日からクルマで来ているので、僕は後部座席で楽ちんである。帰省ラッシュの影響があるかと心配したがまったく大丈夫。20時過ぎには無事に自宅に戻り、義母の作った夕食を食べながらF1ニュルブルクリンク。まあ面白いような退屈なような。最近どうも惰性で見ているなあ。80年代後半からセナがいなくなった94年くらいまでのあの盛り上がりが懐かしい。最近どうも役者が清々しすぎるというか、あのヒヤヒヤした緊張感が感じられないのですよねえ。僕が歳取っただけなのかもしれないけど。
8
月
ママドコ?
連休の後にいきなり出張の仕事が2連続、はたして今日は何曜日なのかわからない。が、8時の携帯に目を覚まし月曜日であることを知る。久しぶりに愛犬を連れ出して長めの散歩。おまけにクルマを水洗い。ご近所さんにはきっと長めの休暇を取ってるのねご主人、なんて映っているのであろうがボクの仕事はここから始まる。10時過ぎ、オフィスに出て溜まっていた資料をスキャン、午前中は種々雑用を片付ける。雑用優先の法則、なんてのはどこの本で読んだんだっけ。午後、東京の講師より電話、バンド仲間が亡くなったとのこと。51歳。数回しかあったことがないが、良い人だった記憶がある。心からご冥福を祈りたい。午後、知り合いのソフト会社社長が来社、しばし情報交換。
夕方、息子が事務所に帰ってくる。ドアを開けた瞬間、「ママドコ?」などと口走る小学6年生男児。おまえ、いい加減にそのマザコン直さないと同級生女子に笑われるぞ、と言ったら「学校では言わないよもちろん」などと見栄を張る。じゃあこうすれば良いよ、と彼の右掌にペンで「ままどこ?」と書いてあげた。今度から不安になったら、ママドコ、なんて言わずに掌をオレに向けろ、と。マザコン矯正ギブス。このアイデアに親子して爆笑、受けまくって何度も水戸黄門みたいに掌をかざして遊んだ。いったいいつまでこんなに仲がよいのだろうか。貴重な時間なのだよなあきっと。その後も断続的に電話の多い1日。東京のメーカー社長、宮崎のインストラクター、中国地方の同業者、東京の輸入商社。夜は7月の福岡講演会の案内文をようやく完成、早めに寝る。
9
火
久しぶりに朝まで飲んだくれ
早寝早起き、7時に目が覚める。あ、強烈な寝違え。本日も愛犬に引き連れられて近所一周。つい1時間近くも歩いてしまった。まったくiPod+Podcastは強力な散歩の友である。ありとあらゆる情報を楽しみながら犬と散歩だなんて良い時代だ。某先生よりネットに繋がらないとヘルプ電話、対処。いつもの金言、「再起動してみては」今日もこれで解決であった。会社に着いたらメールがたくさん来ていて対処。本日夜の理事会の議事を事前にまとめる。どうも契約してるサーバの調子が悪いらしくメーリングリストが機能してない。午後、歩いていったん自宅に戻り、クルマに乗って某社へ出かける。某メーカーと原材料費率低減のためのミーティング。その後市内の同業者を訪ね世間話など。19時過ぎ、いつもの理事会に参加。1時間ほどで議事録を書きながら終了、その後市内中心部へクルマを転がし、某県からいらした社長と会食を。いつも年上の話を聞きながら相槌ばっかり売っている僕だがたまに年下と飲むとつい馬鹿みたいに喋ってしまい自己嫌悪なのである。ある意味オヤジ化してるんだなあと自覚しましたです。二次会は久しぶりに以前よく通ったTwoFiveへ単独乗り込み。ちらっとベース弾いてマスターと昔話で盛り上がっていたらあらまあ不思議、4時過ぎてますがな。ほんと、ここに来ると長居してしまう。飲みっぱなしだからふらふらだ。小雨降る中、代行運転の助手席で眠気と吐き気に耐えていたら東の空が明るくなって参りました。オヤジ化しているボクだってまだまだ朝まで飲めるぜ、なんて。
10
水
地図ソフト起動
8時に確かに目が覚めたのだがあまりの頭痛に再度ベッドへ。なかなか寝られず、iPodで落語聞きながら悶々と過ごす。11時過ぎ、ベッドから這い出て雨の中事務所へ。妻が元気に仕事している。まったくこの人はボクの何倍もアルコールを飲んでいるのに毎日元気いっぱいで、健康診断でもすべてAクラスの内臓と血液を持っておる。元気なヨメって本当にありがたいことです、と思う反面、彼女のペースにまともに付き合っていたら恐ろしい事態を招く予感が。その愛妻がこしらえたカレーライス弁当を食しつつ、Macを立ち上げてネット徘徊してたらzazenboysの向井先生がPodcast始めたとの記事、さっそく登録してみる。いやあ参ったなあこういうアイディアがあったか・・著作権の問題で音楽を流せないことを逆手にとって、なんと自分だけヘッドフォンで聴きながら言葉で実況中継するのである。それも久留米弁で。やられたなあ。変人だなあ。夫婦で爆笑しながら聴く。
午後からはずいぶん前に買った地図制作ソフトをインストールして、福岡講演会の会場地図を作る。2時間ほど。その後来週末からスタートする3回コースの各種準備。夕方、雨の中クルマに乗って歯科医院へ。今日から毎月始まる勉強会の初回なのでちょっとお手伝いに。2時間ほど熱いケースプレが続き、23時自宅に戻る。最近風呂では日経ビジネスを読むことにしている。今年から取っているのだが、毎週届くのでとても読むヒマがないのだ。出張があれば移動時に読むのだが、無いときには風呂で読むのが一番であることに気がついた。だいたい1週間で読み切るのだが、週末には湿気でゴテゴテになっている。昔から風呂場でいろんなアイディアが浮かぶことが多いってことは、きっと脳みそのクロック数も上がっているのだろう。最近のボクの書斎はこの狭い風呂である。
11
木
夜中までノリノリ仕事
朝は遅起き、犬の散歩をゆっくりと。11時にクルマに乗って来週末のセミナー昼食会場の下見。ファミレスを2軒ハシゴする。パソコンショップで携帯メモリのバックアップソフトや歯科医院から頼まれていた画像処理ソフトなどを購入。園しか医院へ行ってインストール、無事成功。夕方オフィスに戻って携帯のメモリをバックアップする。先月沖縄で携帯を無くした時のドキドキがこれで少しマシに。ちょいと仮眠を取った後、暗くなってからいよいよ本格的に仕事をスタート。まずはWEBサイトをかなり更新。ボラカイ旅行記をアップ。スタディグループの資料。最後に会社のWEBサイトをもう一度本格的に見直していたら、ついに1時。でもかなり構想が形になってきたようだ。
12
金
電話の多かった1日
今日も元気に犬の散歩からスタート。Podcastでいろんな話題を聞くのがすっかり楽しくなってきた。10時頃出社し2時間ほど仕事を片付ける。愛妻弁当食べた後バスに乗っていつもの英会話。今回はパソコン立ち上げてボラカイ写真をプレゼン。その後スタバで仕事。サイト更新の続きやメール、電話を数本。帰り道同業社長から長電話。バスで事務所に戻った後今度は他の会社のトップから電話。話し終わったと同時に熊本の得意先、南九州の得意先と次から次に携帯が鳴り、なんだか脳みそが高周波で沸騰しそうな夜。
13
土
むかしの自分を見つめてみた
8時過ぎに起きて妻と二人で雨中ドライブ。妻が追っかけている建築デザイナーの新築完成内覧会に行くのだという。眠い目をこすりながら道に迷いながら参加。それにしても近頃は若い夫婦が親の資金で家を建てるのね。だいたいどこもそう。3階建ての暮らしやすそうな家だった。僕が気に入ったのは3階の空間。なんとなくそこで景色を見下ろしながら作家気分で過ごしている50歳の自分が見えてしまった。いひひ。
お昼前、妻が車で義母と息子を連れて旅立つ。GW前から留守番だの家の掃除なんかでお世話になった、天草の温泉に連れて行くのだ、という。てなわけで僕はこの週末一人でお留守番なのである。ここのところずっと週末はセミナー、という生活だったし、今後もそうなのでたまには一人でゆっくりするのも良いか。とかいいつつ、一人でオフィスへ向かってしまう僕。ずいぶん以前に買ったサンボマスターのデビュー前ライブDVDなんて見たりして。あ、そういえば、と八代の閉めた事務所から持って帰ってきたダンボールの整理をしようと思い起こし埃っぽい箱を開けてみる。なぜか僕の高校時代やら大学時代やらの資料が事務所に眠っていたのだ。このまま紙でこの事務所においておいてもどうしようもないわけだし、そうだいっそのことスキャンして電子化してしまおうかなんて考えた。
ささっとやるつもりがハマった。高校3年のときの日記なんて出てきた。つけてたことすら忘れてた。読み進めていくと、しっかり覚えているシーンとまったく忘れている場面とが交錯するのである。自分の頭の中で形作られている自分の過去ほどいい加減なものはないって気づく。俺、こんな友達がいたんだ。顔も思い出せない。別の出来事だと思って覚えていたことが、こりゃどうみても関連んしてんじゃん、なんて今さらながら気がつく。どちらかといえば内向的で目立たない人間だったはずの自分が、どうしたことだ、毎日いろんな友人たちを家に呼んだり、泊まりにいったり、まあアクティブなこと。俺って昔からこうだったんだ。大学時代のクラブの名簿や定期演奏会の案内なんかが出てきた。恥ずかしい。ものの見事に恥ずかしい人生を送っていたのだなあと。あまりのショックに1時間ほど昼寝。
目が覚めたらおなかすいていたのでいつものガストに移動し晩ご飯食べながら「ライター入門」なんて本を読了する。別にオートバイ乗りになろうと思ったわけではなくて、ゴーストライター入門の本を読んでみただけである。けっこうためになった。その後パソコン広げてメールの返事を書きまくったり。夜遅く家に戻ると犬が恨めしそうな目で見上げている。そうだよな、と二人で深夜の散歩。一人でテレビを眺めていたらPuffyのアメリカライブ巡業番組をやっていたので眺めつつ寝る。
14
日
バタフライエフェクト
ゆっくり目に目を覚まし、なんてこともない日曜日の午前中を楽しむ。11時くらい、テレビにも飽きて久しぶりにコペンをオープンにして南阿蘇へ向かう。1年のうちでオープン走行を満喫できる数少ない季節の数少ない休日である。ぶいぶい走りながら阿蘇の空気を肺の奥底までしっかり溜め込む。本当においしい空気に出くわしたとき僕はいつももっとこの空気を楽しんでいたい、と願う。だけどもたくさん吸い込めばなんだかその空気の本当に惜しい部分がかき消されてしまう気がするのだ。いつも気持ちのよいところは本体の周辺のエッジのところにしかないのだ。だから浅く息をして視野の隅に少しだけ見え隠れする遠くの星雲を確認するように意識を集中するんだけれど、そんなことしているうちにエンジンは僕を次の空間に運んでしまう。そしてまたおいしい空気を見つけてしまって、そんな混乱の連続こそがオープンエアの面白さだよなあなんて思うのである。
お昼は市内に戻ってきてバイパス沿いのうどん屋で。思いついてレンタルショップへ走っていくつかCDやDVDを借りることにした。今回はローレライとバタフライエフェクトを借りてみた。さっそく事務所に帰り、iMacでDVDを楽しむ。まずはローレライ。ほほうなるほどね、って感じであった。寓話としてはおもろいんじゃないですかという。エヴァンゲリオンですなあ。攻殻機動隊かも。次にタイタンAEというDVDを。画面が出てきてびっくり。アニメだったんだ。しかしなあ。アメリカ人ってちょとおかしーんじゃねーの?ってレベルの低さであった。こりゃ日本のアニメの人気が出るわけである。それにしても失われた国が魔法によって新しい土地に復活するって話はまるで旧約聖書まんまななわけで、それだけで許せちゃう方も多いのでございましょうなあ。予定調和。時間の無駄であった。
だんだん暗くなってきた。なんとなく借りてきたバタフライエフェクトという映画を見始める。見続けているうちに背筋が寒くなってきた。僕はこの映画のことをまったく知らず、ただなんとなくジャケットの蝶に惹かれて手に取ってみて、そういえば10年ほど前に複雑系に関する本を何冊か買って読まずにまだ本棚にあるなあなんて思い出して借りてみたのだ 。ところが主人公が忘れていた過去の日記を読んだとたんにその時代にタイムスリップし、その結果未来が変更されるという設定なのであった。つい昨日僕はまったく同じように自分の20年前の日記を読み返し、俺ってこんなんだったんだ、なんて驚いたばかりなのである。なんだかあの日記を読み進めていたら本当にあの時代に戻ってしまうようなドキドキ怖い感情を抱きつつ、精緻に作り込まれた映像世界の虜になってしまった。まったくもって素晴らしい作品だと思う。
などと感嘆している割にはF1スペインGPがスタートする時間になってしまった。DVDを途中で終わらせ、家に戻る。アロンソ劇場を楽しみ、23時には寝てしまった。バタフライの続きはまた明日だ。
15
月
ポッドキャスト ボラカイ旅行記制作
午前中、事務所に出たものの映画が気になって結局iMacで最後まで見てしまう。おお、そうきたか。ハッピーエンド。いいねえ。でもDVDならではの未公開ラスト、あれは良くない。あんなの見せられてもね。今後は映画館で見るべきですよこの作品は。途中でF1見たり寝たりしなくて一気にこの兄弟の映像世界にどっぷり浸かるべきなのだった。お昼すぎ、妻とパンで昼食。その後いつもの器材ライブラリーのファイル整理作業。今日は15日、月に2回の発行日なのである。さて、続いてポッドキャスト番組の制作である。まずはいつものように挨拶やトピックスのシナリオを書いて収録。続いて今回のコラムであるボラカイ旅行記の製作に。現地で録音してきたICレコーダーの音源をmacに取り込み、GarageBandで編集する。ついつい細かなところにまでこだわってしまい7時間も没頭してしまった。ようやく完成し、深夜までかかって10数台のハードディスクにデータコピー。
16
火
健康な肉体は知識の上に宿るのだ
雨の中事務所で昨日の処理のまとめを行った後、お昼から日赤病院へ。2月の定期健康診断のデータに引っかかり、フォローアップ検診とやらに呼び出されたのである。1時間ばかり血液を採取されたり軽く検査されたあと何やら研修室のようなところに集められたいかにも体調よろしくなさげな中年男女、かわいらしい管理栄養士のお姉さんのひとことに深くうなずくのであった。内臓脂肪はよろしくないぞ、カロリー控えめ塩分控えめでよろしくですあんたがたは、などと宣告され、ふーん、なんて聞き逃していたつもりであった。ところが終了後同じく日赤の食堂で食事する段階からもはやいままで気にも留めなかったカロリー表示に目がいってしまうのである。塩辛くないか、なんて味までも気になる。いったん気になってしまったら多分一生気になるのであろう。なーるほど。健康管理って現代においては知識なんだな。資本主義社会は欲望をベースに展開している。僕らのやっている営業活動とはすなわち新しい欲望を掻立て、それを利益という名の欲望の原資に変換していく作業にすぎない。欲望の拡大再生産だ。良いか悪いか別として僕らはそういった社会に生きている。そのなかで太古から変わらぬ僕らのカラダを守るのは欲望に対抗すべき知識という武器を手にすることは生死を分けるポイントなのだと気づいた。そういえば僕も歯科医療のセミナーのお手伝いをしているわけだがこれだってそうだ。売上を拡大するために大人たちは、甘いお菓子やジュースを開発しガンガン宣伝してきた。知識のない子供やお年寄りはそれに飛びついた。その結果僕らの口の中はボロボロになった。いま僕らがやっていることは医療という資本主義とは別の論理で動いている世界からのささやかで力強い反抗なんだって気がついた。
近所の歯科医院に立ち寄った後オフィスで福岡の卸屋さん所長と商談。その後毎月のスタディグループ資料を制作し発送作業。夕方どうしたことかいきなり気分が悪くなり寝込んでしまう。早めに自宅に戻り息子と風呂でサンボマスターを歌いまくり、うどんたべて静かにしていたがやはり22時には寝てしまった。あまり健康のことを考えたせいかな。
17
水
スポンサー企画完成
7時過ぎには電話が鳴り響き目がさめる。体調は戻ってきたみたいだ。出社してwebをチェックしていたらmacbookが発売となっていた。おお、これは買わねば。来週のデンタルショー後の食事会の誘いなどのメール。あちこちの講師から次々に電話、昼過ぎまで休む間もなく対応する。夜は先月キャンプ場でひらめいたポッドキャストのスポンサー構想がいきなりまとまり、企画書を完成させ、一気にwebページまで作り上げる。調子に乗って企画内容をポッドキャスト番組として制作してしまい、これまたアップする。まったく火がつくまでは大変なのにいったんついたら止められない性格だ。カラダを悪くする。
18
木
業界同時進行人事問題
朝目覚めたものの、9時過ぎ二度寝してしまう。何だか車酔いしたような妙な体調だ。5月病ですかね。でもやる気満々でカラダがついてこないって感じである。10時過ぎ、市内講師の医院に行き、週末広島セミナーの資料を貰い各種打ち合わせ。ぼーっとしている。お昼は事務所でお弁当。昼過ぎ、税理士事務所やってきて決算処理、その他諸々相談事などを。妻と細かい調整をしてもらっている間、ふと思いついて昨日のスポンサー企画に追加企画を考えて作る。18時くらいから会社のサイトをアップデート、ついでにブログも更新。
20時、久しぶりに業界の友人社長か長電話。ふむふむと話を聞きながら、あれこれって何だろう、そうデジャブ、と感じている。5月に入ってから似たような話を聞く機会が増えている。これで3回目じゃないかな。細部は異なれどすべて社内における人事問題、である。何かが同時進行している気がしてならない。シンクロニシティ、ではなくて。原因があるのだ。そして多くの人たちはその結果についてもうすうす気がついてるのだ。だが誰一人有効な手を打てずに、事態だけが静かに進行していくというような不思議な雰囲気。思えば僕が前世紀の終わり頃に24時間浴びっぱなしだったあのいやーな感じが、いよいよ業界全体に漂い始めたってことじゃないのかなあと感じる。あの頃、僕は自分のやり方のまずさが引き起こした様々な問題に対処できないでいた。明らかに原因も分かっていたし、こうすれば良くなるという解決案もはっきり分かっていた。もちろんトライもした。だがしかし機が熟さないという言葉はあの頃の僕のためにあった言葉だったのだろう、すべてを空振りさせながら、こりゃ行くとこまで行かにゃ落ち着かんわな、という諦観となんとかしてやるという混在した気分の数年間だった気がする。今は僕だけの問題だけど、いずれみんなが感じるんだぜこんな感じ、という負け惜しみを言いながら。なんかついにそんな時代がやってきた気もする。
その後週末に開催する2つの研修会の配布資料やファイルの背表紙、名札などを同時進行で作る。それにしても僕はいつだって直前にならないと何も始めない。気になっていて仕方がないのにどうしてもタイミングがつかめないのだ。何事もそんなことかもしれない。そして最後はすべて思ったようになってしまうのだ。そんなもんだ。心配には及ばんのですよ皆さん。なるように、なってそれでも僕らはけっこう幸せに生きていくのだ。
19
金
京から講師がやってきた
矢継ぎ早に携帯が鳴り響き、午前中があっという間にすぎていく。7月の福岡講演会のためのメーカー、ディーラー向けの資料を書いて発送作業。お昼過ぎも電話で器材ライブラリーのサポート。最近こんなサポート電話が実に多い。ユーザーが多くなっているので当たり前か。ありがたいことです。午後から講演会募集のダイレクトメールを200通作り上げて、ついでに第2回の会社のレポートを作る。不定期発行とか言いながら毎月書いている。書くネタが多すぎて、つい。そんな作業を20時過ぎまでひたすら続ける。21時、熊本空港に走り、京都からの講師を出迎え。明日から熊本での3回コースが始まるのだ。熊本市内のホテルまでお送りし、しばらく歩いていつものお寿司屋で遅い夕食。明日のセミナーに協力してくれる某社の方も交えて4人で楽しく会食、ほとんど海の話ばかりであった。ホテルまで見送りし、代行運転で自宅に戻る。
20
土
歯周外科研修会スタート
今日のセミナーは午後からなので午前中は少しだけ余裕がある。9時過ぎ講師のホテルに走り、部屋で配布資料をデータで貰ったり。12時、研修会場に早めに入り、地元の先生らがもってきた症例をチェックしてもらう。その間僕はさっきのデータを持ち帰り、オフィスで印刷作業。思いのほか時間がかかりそうだ。13時からファミレスで講師を囲んだランチの予定だったのだがこりゃ間に合いそうにない。妻に代役を頼んで作業を続ける。30分遅れでようやく完了、ランチに参加。しかし頼んだメニューがなかなか出てこずやきもきする。一番早いと思ったカレーなのに。14時、予定通りセミナースタート。参加者の自己紹介が終わり講義が始まると後ろの席でパソコン広げて他の準備を進めたり。19時、予定通りに1日目が終了。今回は本日だけなのでここで終わりである。講師と助手、もう一人展示業者さんを乗せて僕の車で福岡へ向かう。20時半、福岡市内の讃岐うどん屋で軽く食事。講師らはこれから深夜のバスで四国の高知へ向かうのだ。明日、講師で講演ということで。あ、なのに讃岐うどん屋にはいってしもた。21:30無事に高速バスセンターへ送った後、僕と展示業者さんとで駅裏のビジネスホテルにチェックイン、近くの居酒屋で遅くまで飲んだくれ。
21
日
広島で実習セミナー
早起きして博多駅へと荷物をゴロゴロしながら二人で歩く。どうやら昨晩飲み過ぎたらしい。広島までの新幹線の切符を買って1時間。タクシーで会場の歯科医院に着き、しばらくすると前日から泊まっている講師も到着。会場準備と受付、資料配布器材準備などをサササと片付け、研修会スタート。特に大きなトラブルもなく1日コースが始まった。それにしても寂しく思うのはあれだけ事前に案内していないのに地元の業者さんの顔が見えないことだ。僕が器材を販売するわけにもいかないし、特定の業者さんと絡んでいるわけでもないので、今日ここに誰か来ているだけでうまく行けばお薦め商品を総取りできるのに。まあそれはそれとして。冷麺のお弁当を食べた後は午後。主に実習である。いろいろやるべきことがあるのだなあと実感しつつ、やはり僕らは動いた分だけいろんなことに気がつくのだなあと思うわけで。でも気がついただけでは酒場の自慢話にしかならない。そして無事に終了。
受講生の方に広島駅まで送ってもらい少し時間があったので名物アナゴめしを食べながら皆でわいわい。僕は博多駅から運転しないと行けないので残念ながらノンアルコールで。講師と二人で1時間の新幹線の後、昨夜のホテルまで歩き、車を受け取り熊本まで高速をひたすら南下、23時前には講師自宅に送り届けてこのアクロバット的綱渡りの二日間を無事に終えることができた。家では息子が学校で発表するというボラカイ旅行のポスターを一生懸命作っていた。こないだデジカメの写真をプリントしろと言ってきたのはこのことだったか。
22
月
地元組合とか
9時過ぎに目が覚め、朝食。東京の衛生士講師より電話。その後ここ数年つきあって来た代理店よりメール。ほんのちょっとしたことなのかもしれないけど僕は深く失望し金輪際こことはつきあえないよなと思う。第三者にはどうってことないことでも当事者には期待とその裏腹のギャップに耐えられないことがある。問題にするべきことでもないことは分かりきっているのだけれど僕はそっと身を引くのだ。その後いくつかの勉強会の仕事の整理。なぜか昼から犬の散歩。夕方からようやく事務所に出て仕事をこなす。19時、市内中心部の公共施設にて組合関係の祝がパーティに出席。本当にかなりどうでも良いような話と儀礼的な行事に疲れ果てて僕はバスに乗る。車中原発反対の立場にたつ女性のPodcast聞く。息子と久しぶりに風呂に入り23時には寝付いてしまう。
23
火
へんなやつとか
昼からメーカーさん来社し、カタログの整理なんか。夕方某県某市の開業医より電話があったので対応せいと知りあいの歯科医師より。なんでも弊社主催の研修会についての問い合わせらしい。なんか嫌な予感がしたのでその地域の知り合いの歯科器材店車中に電話して事前取材。ちょっと気をつけた方がよいかもねとのアドバイスを貰い、心して電話してみる。まあ案の定の対応でふふん、と思いましたです。夕方よりいつものスタディグループの理事会。その後近所の居酒屋で食事会。いつものように会計してノンアルコールで帰るのでした。
24
水
macbook発注してしまうのでした
8時半、愛犬の散歩へ。10時すぎ、所要で近くの大型電器店へ。必要なケーブルを購入した後つい出来心で出たばかりのmacbookを触ってしまう。ああ一目惚れ。おれこれ欲しい。これ使って仕事しているビジョンに支配される僕。事務所に戻ってimacで先日撮った研修会のビデオをDVDに移す作業開始。思ったより時間がかかるものなのだなあ。出社した妻に「あのさあさっき触ったmacが欲しくて仕方がないのだけどどうしたらよい?」と控えめに聞いたら「買え買え!買っちまえ」と威勢の良い投げやりな言葉がたちどころに返って来た。これはチャンスとばかりにその瞬間にポチっとな。一番安い機種にHDD100GB、メモリ1GBで発注しちゃいました。ああなんという贅沢。
ついでに長く続けたdocomoPHSをやめてWillcomに移ることに。BootcampでwindowsXP走らせる前提でYahoo!オークションでXP HomeEditionを購入する。夕方から7月の札幌の件でいくつかの歯科医院電話など。今日はわくわくだな。
25
木
さっそくmac引っ越し準備始める
今日も犬の散歩から始まる。事務所に着いたらなぜか思い立って掃き掃除を始める。やっぱり掃除が基本ですなあって、毎日思えよ。昨日編集した研修会ビデオをDVDにダビングする作業。来月の京都出張の手配。今回からご縁のあった新しい旅行代理店と。昼過ぎ北海道の例会の移動をまとめて最終確認メール。午後からはいよいよmac環境に完全に移行するための事前準備に入る。いままでもさして問題のなかった環境なんだけど正直飽きが来ていた。ここへきて新しい環境に移行するための様々な要素をリストアップし、問題点を調べ、対策を挙げて実行に移すのだ。おそらくはしばらくこの作業に没頭することになるのだろうけど、果たしてこれは無駄な仕事なのか。まあ でもある意味で身辺整理だし、マンネリ打破なのだし、僕のような環境の人間に取っては定期的に必要なことなんですよと自分に言い訳しつつも嬉々として取組むのであります。
26
金
株のことはわからないのだけれど
久しぶりに佐川急便に荷物を取りに出かける。午前中事務所で仕事した後、昼過ぎクルマで出かけて100円パーキングに駐車し、英会話を受講。そば屋で軽く昼食をとった後、近くの歯科医院にて週末のセミナー器材搬入を済ませる。15時、予定通り高速に乗って博多へ。17時過ぎ予約していた博多駅前のホテルに到着し、荷物を置いた後フロントで某人と待ち合わせ。僕の知り合いの知り合いで元商社マン、来月から株式の情報webを立ち上げようという男だ。何だかわかんないけど話をしましょうということになって近所のチェーン居酒屋に入り結局23時過ぎまで延々と社会情勢から政治信条までおっちゃんと語り合ってしまった。こういう時ってなんだか乗ってしまうのですよ。気がつけばお互いべろべろ、せっかく贅沢して予約した中堅ホテルのダブルベッドもまったく記憶なし。
27
土
九州デンタルショーではICレコーダ振りかざし
妙に朝早く目が覚めるのはホテルライフの常。先月に引き続き博多駅の床屋で散髪し、地下鉄とタクシーを乗り継いで7月の講演会会場下見へ。ついでにいくつか商談も済ませ、そのままそこの社長らとランチを。気がついたら14時を回っていて慌ててマリンメッセへと急ぐ。今日から年に一度の九州デンタルショーなのである。会場に入るやいなやいつものように業界人たちと挨拶を済ませ、あちこちのブースで新しい情報を探し求めて徘徊。その後やおらSANYO製ボイスレコーダーを取りいだし、業界の知り合いたちにマイクを突きつけて取材を開始するのであった。目的はPodcast特番用の音源確保。これが面白いようにマイクを向けた瞬間プロなトークを開始するのである皆さんは。さすが営業経験豊富な業界人である。わずか2時間あまりで面白うように取材が終了し、僕は大阪から来た友人に引っ張られてタクシーに乗り込む。何かうまいもの食おうってんで、運転手さんにどうですかいな、と訪ねたらそりゃあ博多港の市場会館ですわね、といわれてそこへ向かってもらう。
そのビルに入っているまさ美、とかいうなんだか普通っぽい店に入りビールを所望し、適当にそこいらのものをオーダーし、どうだよこうだよ、なんて語りながら口に運んだその食材は天下一品負け知らずおいら天国君もあなたも酔っぱらいここはどこだ博多だなんだかんだ、どうした。
すっかり機嫌よくなって僕らは仲間うちを誘い、タクシー捕まえて中州へといで、僕の主催する業界人パーティが威勢良く始まり、久しぶりに集う懐かしい仲間たちは日頃の憂さを忘れて馬鹿話に盛り上がり酒はすすみ夜は更け餃子は焼けラーメンは飲み込まれ舗道を汚すはさすが博多の夜は更けてこんちくしょう。
28
日
熊本でのコース2日目へ
昨日は二次会で切り上げてよかった。みんなは個人的ODA行為に専念していったようであるのだが僕はそれどころではない。今日は熊本でセミナーなのだ。6時過ぎに目を覚まし、朝食を食べ、クルマに乗って高速に。8時過ぎには熊本市内に入り、講師の自宅で彼を広い、研修会場へ。2回目の研修会が始まる。スタートしたらまたもパソコン広げていろんな裏仕事を。昼は近くのレストランで昼食会。午後も首尾よく講義がスタートしとくに問題なく終える。片付けをして家に戻り、ぼけーとしてたらCSでF1モナコGPがスタート。スタート見た後はまあどうでもよいかって感じで眠気とプライドと歴史との壮絶な戦いがスタート。
29
月
スリランカ料理ランチ
けだるい月曜日。っていうか今日は何曜日だ?と何度も妻に尋ねたりする。二度寝する月曜日。毎年この時期は遠方の仕入先の来者が相次ぐ。昨日の展示会に来たついで、ということなのだが、今年はきっと誰も寄ってくれないんだろうなあなんて思っていたら携帯メールが。TシャツGパンのままコペンで彼が泊まっている街なかのホテルへ。駐車場にクルマを預けて妻オススメのスリランカレストランとやらに入ってみる。最初のうちこそ客が少なかったが12時を回るとあっというまにOLらしき女性たちで満席となった。ひいひいはあはあと辛いランチを食べた後近くの喫茶店でコーヒーを。いつものように業界噺。気がついたら最近僕は自分の新しい構想のことばかり話しているような気がする。しかしそのうち誰にどの話をしたのかすらわからなくなってくる。みんな、ダマされるんじゃないぜ。思いつきを話してみるとどんどんと妄想が広がってくるのがわかる。そしてそれを誰かに話した時点でもうそれは妄想ではなくなって来ているのだ。ある種の責任みたいなものが発生してしまって、自分もそこから逃れられなくなる感覚。それらを繰り返すうち、3年後にはなんとなく実現してしまっているというのが僕のやり方だと思う。人を巻き込みながら自分を追い込むこのカンジ。みんな、ダマされるんじゃないぜ。熊本空港のフライトの時間が迫っているというのでマッハでお届け。事務所に戻りしばらく仕事。早めに自宅に戻り今日は野菜中心の癒し系夕食で。
30
火
トンカツランチ
さて、そろそろ環境移行をスタートしよう。あと数日でmacbookがやってくるのだ。メール環境や仕事の環境をどれだけmacに移行できるか、試行錯誤をスタートする。まずはこれまで10年近くのメールの以降を考えないと。世の中にはメールを次々と破棄していく人がいるが、NOTESで育った僕にはそれが信じられない。どんなに下らない会話であろうとそれは僕らの産み出したものだし、むしろそれこそが仕事の結果であるもしかしたら目的でもあったようなそんな感覚に支配されるのだ。だからすべてのメールを移行するのだ。これがGB単位である。しかもBecky!からOSXmail2へというマイナーな作業なので、ネットを検索してどうにか作業手順を確立、あとは気長にimacへ書き出し。その間あちこちからの電話に対応したり仕事しつつ。
13時、電話で呼び出され近畿地区某仕入先社長とトンカツ屋で落合ってランチ。彼も先週末の展示会に出張して来たクチだ。思いのほか話し込んでしまい、気がつけば夕方。会話になっていたのか微妙なんだけど。夕方事務所で今度はアドレスの以降作業。こちらは結構簡単だったけど項目が完全ではないので手作業が多い。夜、某県某市業界人より電話、話がちがうじゃねーかってな話に。仕事とはすなわち交渉ごとの連続でありそれは業のようなものであって、僕らはひたすら口角泡を飛ばして看板しょって喧嘩を続けるわけである。だからといって仲が悪いとか嫌いだとか信用できないとかそういうことではなくて、ただひたすら仕事だからそうするのである、淡々と、燃えながら。情緒では解決しないし、してはならない、と思うのだ。
31
水
馬肉料理ランチ
さて5月も今日で終わりである。朝から久しぶりに犬と散歩し、出社。移行が完了したimacから初のメールを送ってみる。なんとなく今までの画面やフォントと違うので、文体も変わってくる感じがする。気のせいだけど。12時前、熊本空港へ。関西某メーカー営業が飯でも食おうってことで、最近できた空港近くの馬肉レストランへ。さすがに毎日業界ばなしランチも飽きてきつつもしかしあくまで熱く暑く語るわけですね。昼過ぎ事務所に戻りたまっていた書類をスキャンニング。某仕入先やってきて年間契約の更新。あれほど毎年熱い議論を繰り返していたのに最近では「うん、中身任せます、印鑑押します」てなもんで。契約継続してくれるだけでも有り難いのです。夕方、先週末録音したデンタルショーの音源をimacに移す。今度はiCalにスケジュール環境を移行する。さすがにこれはNOTESのデータをデジタルで移行するってことは不可能みたいで、今日を境にこちらを使いますってことで。今後の予定を手作業で移行。Notesに慣れた作業もあっという間にこちらに慣れてしまう。macは一つの癖を覚えてしまうと他もだいたい同じ環境で使えるので楽といえば楽。以前はこれをLotusソフトの環境でやっていたわけです。考えてみれば常にメジャーなソフト、たとえばMSから逃げて回っているような気がする。このあたりから仕事に火がつく。いつまでもパソコンで遊んでいるわけにもいかんのだ。交通手配各種やら講師へのメールやら。最後にiPodをつないだらいとも簡単にスケジュールがシンクした。Notesであれほど苦労してやっていたことがあっちゅうまに。オートマですなあ、macは。あ、1時だ。
今月はいきなりの海外スタート、その後もmac移行劇や福岡出張、いろんなセミナーなど盛りだくさんのひと月でした。おかげで体調も悪くせずになんとか楽しくやれてます。これを読んでくださっている方、podcast聴いてくださっている方、なんかの表紙につかまってしまい、くそ熱い妄想話を聞かされてしまったあなた、飽きながらもつき合ってくださる妻、そう君だ、みーんなありがとう。
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