taka's業務日誌 2005年9月

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diary
1 September
 9月になった。いろんなことがこの1ヶ月で起きるのである。年を取ってから、僕は妻とカラオケボックスに行き、きっと「Do you remember?」とEW&Fの歌を感慨深げに絶叫するに違いない。朝8時過ぎに水前寺駅に大分からのお客様をお迎えに。そう、今回自社の営業を引き受けて貰うことになる会社の副社長である。15年以上前の僕の上司でもある。いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた彼を事務所まで連行して、顧問税理事務所の若い担当と3人でいろいろと作戦を練る。基本路線は固まった。双方にとってメリットがあり、かつ無理のない線が自然と形成されてくる。当初自分だけで想像していた以上の効果を期待できそうだ。しかしそれもこれもすべて今のうちの営業2名が納得してからのことである。今月はこの問題をクリアすることに集中することになりそうである。その後、彼を乗せて八代の本社を見せに行く。想像していた以上に立派な会社でびっくりした、と言われる。確かに父の代には立派な会社だったし、今でもそうだろう。だが5年後にそうだとは言い切れない。もちろん立派なままかもしれない。しかし僕の方向が違うことは既にはっきりしている以上、今しかないのだ。思えば6年前は会社にとって最悪の時期だった。突然社長業を引き継ぎ、しかも以前の有力社員がすべて社外の敵に回った状況で、消費税は上がり、国内の経済は戦後最悪の不況を呈していた。毎月の支払いに苦慮し、自分のクレジットカードのキャッシングから子供の学資保険まで何でもひっくり返して毎月の仕入支払いと給与支払いに充てていたことくらいしか覚えていない。ちょうどこの日記を始めた頃の話である。あれから数年、昨年くらいからようやく経費と利益のバランスがどうにか取れ始め、資金繰りに悩むこともまず無くなった。僕たち夫婦の給与を半分以下に圧縮し、その分を稼ぐために別会社を興し、幸いこちらの方はどうにか成功しようとしている。
 だからこそ、今回の話なのだと思っている。どうにか会社の体質を改善し、価値のある状態に仕立て上げてから次の展開を考える方が誰がどう見たって正しい。本当に苦しいときに藁にもすがる思いで・・・というのが良い結果を生むとは思えないのだ。それよりも何よりも、こうして最低の状況を何とか自分たちだけで乗り越えたのだという経験や自信こそが僕にとっての最大の給料だったと言えるのだと、今だからこそだけど思っている。
 彼を熊本空港に送った後、山鹿市まで高速で走る。今晩は親しい先生がこの町の歯科医師会で講演するというので応援に出かけるのだ。久しぶりにきた温泉町はなんとなく不況風に吹かれすぎてもう慣れてしまいました、という風情で、僕らは遅くまで勉強し、懇親会では僕は運転手のため飲まずにいろんな話を聞き、最後に講師を自宅まで送って家に戻る。これからの僕の仕事はこちらサイドが増えていくのだ。
2 仕入先と語り、飲む
 10時に街中のドトールで某社某人とコーヒーを啜りながら、僕の抱えている大学案件について打合せ。その他なにか業界情報持ってませんか、と聞くので「そりゃあ面白い話があるんだけど」と話したい衝動に駆られるわけですが何せ当事者ですからね、言えません。お昼過ぎ、会社のオフィスに戻り明日の会議資料を作る。もちろん今回の話題は無しで。その後来週のイベントの企画をダイレクトメールで各社に発送。夕方バスに乗って鶴屋前に。先月喧嘩をふっかけたメーカーの支店長がどうしても飲みたいというので、じゃあご馳走になってしまうかと。二人とも初めて入った和食屋で生ビールから始める。途中から新任の営業所長も参加。彼は熊本に来る前は大分の担当が長かったらしい。だとしたら聞きたいことがたくさんあるのだけど、さすがに酔ってもそれは聞けないし。そんなことを考えていたら飲んでいる割には酔えない。二次会に流れて、何てこともないお店でなんてことない会話をして、なんてことなく解散。結局仕事の話はせず。
3 会議のあと東京へ向かう
 朝から熊本のオフィスで月に一度会議。これが最後の会議になるのだけど、さほどの感慨もない。そりゃそうだ、そんなことが分かっているのは僕だけだし。今期、これまで僕がやってきたことの結果が数字で出ていないことに関して、僕は素直に方法論の誤りを認め、来期は訂正する必要がある、とだけ告げる。それは今までのようなこだわりの商法を一時棚上げし、安売り商法へ回帰することで商流を確保し、勢いを作らなければならない、という意味である。もちろんそんなことに何の意味もないことぐらい分かっている。だが時として分かっていても馬鹿なことをやってことを進める決断が必要なのも、現実なのである、と勝手に一人で納得する。いや、本心では納得なんかするわけないのだけれど。
 会議終了後、家族3人でカレー屋に出かける。息子が2辛に挑戦するという。わいわい食べた後、出張道具を積み込んで空港まで送ってもらう。これから東京→仙台の出張である。16時のフライトで羽田へ。京急で品川経由、新宿へ。19時に東京の講師の先生と落ち合い、美々卯でうどんすきを食べながらいろいろ話す。今回の営業譲渡の件も相談する。そうだね、それがいいよ、らしいよ。そう言われると少し安心してビールが進み、饒舌になっている自分を冷めた目で見ている。コーヒーショップでいろんな話の続きをして、夜半過ぎ、新宿ワシントンホテルに宿泊。
4 仙台で宴会、温泉
 新宿からJRで隣県某市へと移動。某社にて器材ライブラリーの紹介、その後ご自宅でお食事をいただく。それから彼の車で高速道路を北上、仙台を目指す。途中もう一台のクルマと待ち合わせ、僕はそちらのクルマに乗り移って仙台へ。雨模様の景色の中、 秋保温泉 佐勘という宿に到着。チェックインした後タクシーで仙台市内へと移動。18時から業界の若手会で社長就任祝い。以前だったら記憶を無くすまで飲んでしまったりしたものだけど、さすがに皆さん40超えると騒ぎながらも自分をなくしたりはしない。僕もここで酔っぱらっていらんこと喚いてもいかんな、と自粛モードで酒をついで回る。1次会で温泉組は早々にタクシーに乗り込み佐勘へと戻る。温泉に浸かった後、イタリアGPを見ながら大部屋で眠りにつく。
5 今日も秋保温泉
 朝風呂を浴びた後、7時過ぎに朝食。いきなり朝からビールを飲んでしまう中年組。食後部屋でごろんとして居眠りしながら携帯やメールに対応したり。テレビを付けると西日本に強烈な台風が近づいたという。熊本も直撃、という感じだが、実際に電話を入れてみるとたいしことはない、という。しかし宮崎などは酷そうだ。何件か電話を入れて確認してみたり。12時、いったんチェックアウトした後同じ旅館で業界の総会が始まるのでそちらに受付。今回のテーマは改正薬事法への各社の対応、ということである。業界人による基調講演の後、ディスカッション。その後浴衣に着替えて懇親会が始まる。
 改正薬事法については言いたいことが山ほどある。まずは、ただ単なる規制強化にすぎないと言うこと。それは官僚たちの仕事と天下り先、窓口裁量権を復活拡大するという時代に反した動きであることを疑う余地はない。けっして患者のために、安全な医療のために慈悲深いお上が配慮してくれる政策だなんてことはあり得ないし、誰もそんなこと信じていない。ただ、既存の業界組に対しては「このハードルを受け入れてさえくれれば他業界からの新規参入を規制してあげます、もちろん海外からの攻勢も障壁がたくさんできますから安全です、だから少々お金はかかりますが皆さんでクリアしましょうね、できない方は業界から撤退していただいてもよいですしね」という脅迫的甘言が示され、皆で「まあしばらくは仕方がないな、そのうち騒がなくなるだろうからここは対応しておきますか」と対応している、と感じている、もちろん個人的意見だが。CTやMRIなどの高額先進医療機器に関しては確かに保守管理などに関していくらかの規制は必要であろうが、いままでたいした事故の無かった歯科器具について果たして今回のような厳しい管理が必要なのだろうか。明らかにこれで日本の歯科医療は他国に比べて進歩を止めるだろう。ただでさえ途上国以下、と言われているのに。
 もちろんそんなことはどこの業界でも同時進行で進んでいることに過ぎない。しかし、問題なのは、この業界に関しては皆が「大変だ、大変だ、どうにかして対応しなければ」と無批判に受け入れていることだと思う。少なくともこのようなプライベイトな会においては「どこまで官僚の横暴に付き合うのだ?」という批判的な見解が出されても良いと思うのだが、そのような批判は一切封印されているかのようだ。誰もがおかしい、変だ、普通じゃない、と感づきながら事態の進行を止められなかったのは60年前も同じだったのだろう。ましてや宴席で皆が口々に「これは他人事じゃない、一人一人が真剣に対応すべきなのだ」なんて真顔で言っている場面を見るにつけ、救われない気分になってしまう。来週は国政選挙なのだ。だがいったいこの改正とやらに反対の立場の人は誰に投票すべきなのだ?我々は参政権を持っているはずなのにこのような事態に対する意思を示す手段すらないのだ。恐らくはどの党が勝利しようが、まったく影響を受けること無しにこの改正は着々と進んでいくことだろう。僕はまったく絶望的な気分になり、温泉に頭まで沈んでしまう。ああ気持ちよい。
6 東京で仕事、美味しい中華料理
 今朝も朝風呂。部屋に戻って北海道の同業者にちょっと商売。9時前、小雨の中、駅に向かうマイクロバスに乗る。うつらうつらしていたら仙台駅。グリーン車に乗り込むメーカー社長らと別れて普通席へ。PCを開けていくつか仕事していたらあっという間に上野に着く。電車を乗り継いで荒川の歯科医院を訪問。来月の鹿児島でのセミナーについて打ち合わせし、近所のレストランで食事。一緒だったメーカー営業と彼の会社へと移動し、会議中だという上司とちょこっと打合せ。妙にぎょろ目で勢いのある男だった。会社を出たらもう晴れていた。原宿まで移動し、東京の同業社長と学術グループの大ボスを久しぶりに訪問。1時間ほどいろいろ話す。彼は週末熊本に来るので少し打合せなどを。その後その社長と新宿へ移動。実は一昨日ワシントンホテルにクリエを忘れてきていたのでフロントから受け取る。京王プラザホテルまで歩き、中華料理店で二人で食事。今回の営業譲渡について、業界人に初めて説明する。彼は昔から僕の理解者でもちろん賛同してくれた。こうやって一人二人、世界中誰も知らない秘密を共有していくだけで、少しだけ気が楽になるものだ。そしてその分もう引き返せないという事実も重く沈んでいく。
7 羽田空港で過ごす
 品川プリンスで朝食。なんと騒がしいレストランだろう。ウソの鳥の鳴き声、異常に大声で盗難の危険を繰り返す場内アナウンス、センスのないBGM。それらと大勢の客の話し声がミックスされ、別世界のような騒がしさを演出している。僕が海外からの観光客だったとしたら結構喜ぶかもしれない。こんな国は他にないぜ!とか。秋葉原に移動しぶらぶら。昼過ぎ、羽田空港へ移動。隣接するホテルのレストランで東京の某社長と待ち合わせしてビール飲みながら商談。今回の譲渡の件も相談する。彼は以前に親から引き継いだ部門を譲渡して今のビジネスを展開しているのだ。いろいろノウハウを聞きだそうと考えていたのだが、彼が発した言葉は「よくぞ決断されましたね、大変だったでしょう、お体は大丈夫でしたか」であった。数あるコンサルやノウハウ本が溢れているだろうが、これが経験者の言葉とこころなのだと思った。僕は忘れないだろう。その後も飲んだくれ、気がついたフライト時刻が迫っている。飛行機の中では熟睡した。空港まで妻子が迎えに来てくれ、自宅ではベトナム旅行の写真を見て、久しぶりの自宅のベッドに潜り込む。
8 今後の企画準備を着々と
 8時半から自宅で今週末のパーティ関係の準備。10時過ぎ久しぶりに犬を連れ出して近所を散歩。癒されるとです。お昼は講師の歯科医院で別府講演会の資料受取り、打合せ。帰りにお弁当を買い、事務所で妻と食べた後、来月のエンドセミナーの事前案内資料を書いてDM制作作業。夜は市内中心部の歯科医院に行って各種打合せ。土曜日のパーティの時に上映するプレゼンテーションの制作打合せである。僕の取り貯めた多くのデジタル写真をちりばめてmacのkeynote2で作るのだが、ちっとも進まない。結局僕がiBookごと持ち帰って週末までに完成させることに。
9 社長就任祝いに焼肉
 9時前、いつもと違うコースで犬の散歩。なんか今日は気が抜けている感じ。来月の鹿児島エンドセミナーの直前案内をまだ校正している。昼からは来月の宮崎でのセミナーの企画書をようやく書く。その後、昨日のiBookを起動してKeynote2の作業に入る。しかしこのノートは異常に本体が熱くなる。ただでさえ暑いのに。いつもと違う操作性にいらつきながらもなんとか完成。17時、税理士事務所来社、いろいろと打合せ。18時過ぎ、街中へ向かい、昨日の歯科医院に寄ってiBookをお返しする。そこから歩いてたまにいく焼肉店「らむ」へ。大阪の某卸会社のご子息が社長就任ということで、知り合いの技工所社長と一緒に招待するのである。予定より少し早めについて席で待っていたらなんと知り合いの先生ご夫妻が登場。一瞬なんで?と思ったが偶然だったようでしばらく一緒にビールを飲んだり。そのうち遅れて主賓が登場、馬の焼肉に舌鼓を。さほど飲まなかったのだがやはり店を出る前にトイレで全部戻してしまった。なんだか以前から僕はこの店に来ると最後は吐いてしまうのだ。なんでだろう?美味しいのに。二次会は若い衆で近所のクラブへ。明日からの同業者のデンタルショーに併せて歯科業界各社が熊本入りしているので、電話で呼び出して合流。最後は僕の駐車場まで新社長らに見送って貰い、代行運転で帰宅。
10 長崎往復、夜は熊本でパーティ主催
ウエルカムパーティ。  朝からcopenで高速を走り、長崎へ向かう。12時、長崎市内の某社の会議室に入り、全社員が会議をしている中に合流。一緒に弁当をいただいた後、プロジェクタを借りて器材ライブラリーのプレゼンを行う。その場で調べ物の質問を受け、検索して結果を出す、というライブには多少ビビッたが、ほとんど結果を出すことができて一安心。多くの社員たちはほぼ理解してくれたと思うので、導入は近そうだ。さて、今度はまた高速を引き返して熊本へ戻らねば。熊本に近づくにつれてだんだんと雲が分厚くなり、強烈な雨が降り始める。こりゃ今日のゴルフコンペは大変だろうなあ、と思ったら案の定中止になったそうだ。途中少しだけ休んで予定の時間に熊本ICを降りて、ホテル日航へ向かう。今日は19時から事務局をしているスタディグループのボスを迎えてのパーティを主催するのだ。多くの賓客も呼んでいるので失敗は許されない・・・と思っているのにどういうわけだ、市内はいつも以上の大渋滞。ちっともクルマが進まない。結局ホテルに着いたのはスタート15分前であった。ただちに受付、会場設営、パソコン設置などを行う。どたばたしながらもなんとか無事にスタートすることができた。司会の先生のフォローをしたり写真撮影したり、作ったKeynote2のプレゼンを流したり。メーカー社長らの参加者とも挨拶。競合する同業者が主催する明日の講演会なのに前日のパーティを僕が仕切っていることが不思議そうだったが、僕はこのスタディグループの事務局なのである。まあ来月の体制発表前の刺激としてはちょうど良いかなと。二次会はほとんど全員が流れて高級クラブへ。メーカー社長たちやボスたちの間を往復していろいろ喋ったり会計したり。その後雨の中タクシーでボスをホテルまで送り、ようやく解散。その後展示業者に呼ばれてカラオケボックスへ合流、すっかり疲れが絶頂まで高まった僕は続けざまにサンボマスターを歌いまくり(生まれて初めて)、声がガラガラになった午前1時、代行で家に戻る。
11 山崎長郎先生講演会〜衆議院選挙
山崎先生講演 UK。  朝から良い天気。9時にグランメッセ熊本に入り、講演会の準備を行う。まあ競合会社の主催なのであまり出しゃばるわけもいかず、なんとなく居場所もないわけだけどそんな違和感を楽しんでいたり。さて、人が入る入る250名。講演内容はいつものように安心して聞いてられる。終了後、理事たちと昼食。その後、ボスを見送って僕らも解散。昼過ぎに自宅に戻った瞬間、ばったり寝てしまう。さすがにずーっと忙しかったし。18時過ぎ、携帯が鳴って目を覚ます。そうだった、関西メーカーの営業と今晩も飲む約束をしていたのだった。いまさら断るわけにもいかないので、投票後に飲みに出ることに。近くの小学校まで歩いて投票。投票所に入ってから誰に投票するかを決めてしまった。まあこの時間だとすでに態勢は決まっているだろうし。それにしてもいつもの比べてとても人出が多い気がするのはやはり今回の投票への関心の高さなのだろう。投票後事務所で待っていたらその営業車でお迎え。釜飯屋に入ってビールの見ながら魚食らう。さすがに疲労が溜まっているので一軒で解散。本屋でMacFanなんか買っちゃって、帰りはバスで。バス停で見たような顔があるなあ、と思っていたら高校時代の同級生であった。意外な再開。家に戻ったらほとんど開かない目を開けながらベルギーGP。
12 夫婦で大分へ
 朝から久しぶりに犬の散歩。出社後いつも通りに仕事を進める。午前中にだいたいの目処をつけてところで、電話を転送にして妻とcopenに乗り込む。高速を流して大分へ。今日は初めて夫婦で先方企業のトップと面談である。雄大な景色を眺めながら夕方には大分市内に入り、本社社長室にてご挨拶。既に80を超えた老齢の社長から業界昔話を聞いたりしてしばし和む。その後、近所の居酒屋に移動してまだ明るいうちからお食事会がスタート。社長副社長と僕ら夫婦の4人である。老社長の昔話が面白く、妻も緊張がほぐれてきたのかいつもの調子で飲んでいるし(笑)。その後ホテルにチェックインした後、副社長と3人で以前も数回行ったことのあるジャングルへ。相変わらずのママさんのお相手しながら時間が流れ、23時くらいには部屋に戻る。
13 朝一で熊本へ戻る
 6時に目覚ましで起きてロビーに用意された無料朝食とコーヒーを胃に流し込み、copenに乗り込む。朝の爽やかな空気を全身に浴びながら高速に乗り、朝日を浴びた雄大な山々にいつもより大げさに驚いてみたり。9時過ぎには熊本の事務所に到着、クルマを乗り換えて佐川へ。お昼過ぎまで作業を続ける。昼過ぎ京都の先生と長電話。夜は来週の鹿児島コースの器材関係手配など。夜は歯科医院でスタディグループの理事会運営。家に戻ると妻がおでんを用意してくれていて、食べ終わると共に長い1日がようやく終わる。
14 日常とのギャップ
 朝から週1回の営業ミーティング。やっぱり安売りも必要だ、との意見が出て、だったら自分たちで企画してみな、と手書きリストを作らせる。僕としてはどのみち来月以降は安売りも自由にできる体制になるだろうから、事前にそれはどういう意味を持つのか、というのを体験して貰えれば、という気持ちである。その後、同業社長がオフィスを訪問。。同じ時間に関西のメーカー営業がやってきて商品説明会となる。こういう時期に次の営業活動の準備が始まるというのもなんだかギャップを感じてしまうが、まあ仕方がない。それは僕が楽しむよりほかないのだ。昼過ぎ、講師の歯科医院にて研修会のデータ受取。その後先月HDDレコーダーを修理で預けていた電器店に寄ってようやく修理上がりを受け取る。もちろん無料である。しかし撮り貯めた映像はすべて初期化されてしまっているけれど。夕方事務所で、最近調子の悪かった業務用PCの親機と子機のデータの入替作業。今後は子機をメインとして使うことにする。おかげで調子が復活したようだ。今日は早めに自宅に戻り、HDDレコーダーをテレビに接続、妻のベトナム麺鍋を囲みながら久々親子で夕食。22時には即睡眠。
15 今月2回目の山鹿講演会
 さすがに6時には目が覚める。PCを立ち上げ、営業から依頼のあったレセプトコンピュータの見積を作る。事務所に出かけた後、仕事を片付ける。睡眠を十分に取ると体調はよいのだけど何となくぼーっとしてしまう感じだ。iTMSをぼーっと眺めていたらzazenboysのバナーが・・ついクリックしてしまい、1500円のapplestoreライブをダウンロードしてしまう。うーん、こりゃおもしれえ。先月のサンボといい、どうも29歳の連中にしてやられている私である。妻は「これ聞きながら仕事は無理よー」と悲鳴。そりゃ演奏側からすれば褒め言葉かも。絶妙な音楽を掛けながら、来年の地元のコースのチラシをイラストレータに起こす。お昼は近所の中華料理店のカツ丼。こりゃまた塩辛い。器材ライブラリのHDDコピー作業などを行った後、中心部の歯科医院へ。院長をcopenに乗せて山鹿市へ。前回に続いて歯科医師会に呼ばれての講演会のお手伝い。お昼前に作ったばかりの来年のコース資料を配る。22時に今回の講演は終了。今日は懇親会はないということで、帰り道に講師とトンカツ屋さんで食事。昼もカツ丼だったわけだが、さすがにこちらは美味しかった。家に戻った頃には日付が変わっていた。今日は18時間働いたわけで・・・
16 遅起き早寝
 いつもより遅起きして久々に犬散歩。自宅でパソコン開いて見積書いたり。その後オフィスまで歩いて入り、妻の弁当を早弁。きっと早弁がうまいのは作ってからの時間が絶妙なのだろう、と思う。12時まで待つのと11:30では何か味が違うのだ、確実に。でもそれはそういうケミカルな問題ではなくてちょっとした背徳感のおかげかも。高校の時、授業を抜け出して民家の並ぶ小道を歩いているときのあの感じ。まっとうな組織を脱して個人活動に移行しようとしている僕だが、来月からはそんな背徳感も感じなくなるのだろうか。でもまあ僕基本的に真面目だからそうでもないか。そんな下らないこと考えていたら昼寝していた。背徳感のかけらもない現実。夜は明日からの鹿児島セミナーの準備を猛然と。それにしてもシェーバーが先日から消えている。火曜日の夜以来、どっか行ってしまったのだ。仕方ないので家路の途中、薬局でひげそりセットを買う。夜は自宅でおでん、サラダ、バターライスというこれまた絶妙な愛妻料理。早起きした割には22時過ぎにはぐっすり。背徳感のかけらもない。
17 鹿児島にてセミナー2回目
 朝から妻と息子がなにやら話している。学校の部活で息子以外は全員女子なのだが、どうもいじめられているらしい。しかしどう聞いても「からかわれている」レベルの話なのだが、本人としてはもう耐えられない、と告げている。しかし先生や音楽は好きなので辞める気はないし、先生に訴えることもしない、と頑なである。その優柔不断がだな、お父さんそっくりなわけですよ、しかしそんなことは最後は自分で何とかしなさいよ、とにかく今日は練習さぼっちゃいな、それで何か変わるかもしれないぜ、と息子をクルマに乗せて八代の実家へ。ぶっとんだ両親に代わって祖父祖母に癒して貰いなさい、と。そのまま僕はクルマを運転し続けて鹿児島へ入る。お昼に城山観光ホテルで講師を迎え、農協経営のレストランで昼食。午後からコース2回目がスタート。僕の仕事はいったん始まってしまうとさほどやることもないので隣の部屋でパソコン広げて次回の打合せや企画など。夜は昼に行ったレストランと同じ場所で懇親会。先日の台風で歯科診療所まるごと破壊された昨年の受講生のためにカンパを集めることに。7万円ちかく集まって近所の先生に託す。2次会は遠慮してホテルに入り、今日も早寝モード。
18 鹿児島から戻って焼鳥
2005年鹿児島NMG第2回。  案の定2時過ぎに目が覚めてしまった。人間そんなに長時間眠ることってできないようだ。やることないので悶々とテレビ見たりネット見たり。ようやく眠くなったと思ったら8時に目が覚めた。知らぬ間に寝ていたらしい。ところがやっちまった。いつもの左目の剥離である。目が覚めた瞬間にいきなりまぶたを開けるとこうなる。特にホテルは乾燥してるせいか、出張先でしょっちゅうこうなる。涙が止まらないままチェックアウト、タクシーに乗って城山観光ホテルへ。講師を乗せて研修会場に戻る。セミナー二日目スタート、しかしなぜか号泣している(ような)僕は隣の部屋で安静に。実は今日は別府で熊本の先生の講演会も同時進行しているので、そちらの様子も伺いながら目をつぶってじっとしているだけである。昼過ぎにはようやく症状が治まってきて涙が止まった。しかししばらく視力は衰えたままになるのである。今日運転して帰れるのかしら。そんなこと考えていたら携帯が鳴る。大学時代の同級生だ。何かと思ったら今日は大阪で大学の軽音楽部のOB会をやっているらしい。そういえば毎年案内が来るのだがちょうど会社の決算期と重なるので一回も出たことがない。懐かしい先輩たちとしばらく話す。その後携帯メールで彼らの写真が送られてきた。ん!なんだこの人たちは!まったく顔の変わらない先輩もいれば、見るも無惨な(以下自粛)
 夕方、プログラムは無事終了。講師を鹿児島空港まで見送った後、そのまま八代まで走る。すっかり遊びほうけて癒されている息子を乗せてオープン走行で自宅へ。妻と3人で焼鳥大吉まで歩く。明日は休みだし、3人で大はしゃぎ。
19 敬老の日・・・久しぶりの休日
 今日は月曜日だけど祝日である。10時くらいに起き出して、ビデオに撮っていた野外フェスのサンボマスター、zazenboysのライブを見る。おお、向井すごい感じ。東京に先生から「向井ってtakaに似てるよ」と言われていたのだが、まあそう言えなくもない。もう少し僕がやせるか、彼がたるめばの話だけど。しかし音楽的な趣味は近いかも。あんな演奏絶対できないけど。しかしそのほかのバンドはなあ・・・まいっか。昼過ぎ、息子と二人で庭の草むしり。なんかむしゃくしゃしてきて力の限り、クワで耕し続けていたら手にマメができていた。やわちゃんねえ、と農機具が妙に似合う妻に笑われる。腹が立つので昼間っから発泡酒を煽るぜ。そしてそのまま睡魔に負ける自堕落さ加減が心地よい。ようやく目を覚まし、夕方、iTMSにてzazenboysの作品をダウンロード。「大人のロック」なんて本を読み耽ったり。夜は妻特製やきそば。
20 決算日であるのだ
 犬の散歩したあと、自宅でお客さんといくつか電話。10時過ぎ事務所に出かけ、淡々と仕事する。ある意味で最後の決算日なのに。そんな感慨も特に感じず、ローソン弁当たべて歯科医師会に電話したり、近所の仕入先の所長をからかったりして1日が過ぎていく。夜はスタディグループの例会資料を書いて封筒に入れ、22時に郵便局に出しに行く。晩ご飯は自宅で特製うどん。
21 最後の棚卸
 いつもより早く犬の散歩に出かける。良い天気だ。今日はこれから八代の会社に出かけてみんなでやる最後の棚卸である。妻の運転するクルマに乗って八代へ。在庫はかなり少なくなっているので、2回検品でもあっという間に終了。途中携帯がなったりで僕自身はあまり参加しなかったのだがそれでも午前中に完了。夫婦二人で淡々と熊本へ戻る。僕は一人でいつものガストへ出かけ、ランチを食べた後夕方までパソコンを開けて仕事する。18時過ぎ、息子を習いごとへ送る。待っている間、本屋でM&Aに関する本を何冊か仕入れる。まあ今頃買っても仕方ないのだけれど。息子を車でピックアップして二人で最近できた劉というラーメン屋へ。こだわりの店、という感じだったけどけっこう美味しかった。また来よう。夜は自宅でネット。新しくネットショッピング用のソフトをダウンロード購入してみたり。夢は広がる。
22 天気の良い一日
 佐川を回った後、事務所で作業。午前中はいつものように過ぎゆくだけ。新しい期が今日から始まったわけだけど、そんなのお客さんには関係ないわけで電話が多いというわけでもない。お昼は天気がよいので妻とちょっと隠れ家的なレストランに行くことに。民家を改造したお店でランチ1000円であった。数ヶ月前には考えられない余裕なわけだけど、これってただ商品が売れていないだけなのか、精神的な余裕だけなのか。どちらにしろ決して広くはない庭に降り注ぐ秋の日差し。事務所に帰ると東京の先生から荷物。昔のバンド演奏を録音したMDらしい。夜は今回の件を全得意先や主な仕入先に訪問して説明するためのスケジュールを立てる。いろいろ動いてみてもやはりこういう具体的なことを想定してみないと現実感がわかないといことがよく解った。夜は息子と歩いて自宅へ。11歳にもなるのだから、今回のことがどういう意味なのかきっと判ってることだろう。だからといって不安になる様子でもない。両親とものんびり構えているからかな。でも彼だってきっと30年後の40歳時分には同じような転機を迎えていたりするんだろうな。恐ろしいのはその時にでももしかしたらこの文章がどっかのサーバに残っていたりするかもしれないってことだけど。まあそれも悪くないか。自宅では録り貯めたワンピみながら特製チャーハン。僕んちはなんだって特製なのだ。
23 お月見コンサート
 今日もお休みだ。秋分の日。まったく9月は休みが多い。これといって予定もないが、朝から得意先から電話攻撃。お昼前に久しぶりにcopenの洗車。その後こないだ買った「議論のウソ」という新書を読む。けっこう面白かった。近所の安床屋で散髪。ディスカウントストアで週末セミナーのお茶を購入。本当にやることが無くなってしまったので今日も一人でガストに向かい、パソコンを広げて仕事してしまう。今回の営業体制変更を実際に案内する文章をいろいろ考える。考えていてもなかなか構想は固まらない。いっそのことワープロやメールソフトを起動して挨拶文から書き出す。するとなんだかうまくいく。これがいつもの僕のやり方である。たいして考えもせずに勝手に文章が生まれていって、とりあえずこれでよいか、と。とりあえずまだ寝かしておいて数日後に校正してみることにしよう。
日が暮れる頃、家に戻り、犬を連れて近くのグランドへ向かう。今日は地域のお月見祭りで、息子の所属するブラスバンドが演奏するらしい。しかし会場に着いてもまったくお祭りの気配無し。妻に電話してみるとなんと今年から会場が公園に変更だという。なーんだ、どうりで人の流れが反対だったのか、と再度歩いて1kmほど先の公園へ。大勢の人出に愛犬もちょっと嬉しそう。道の途中で妻と出会う。学校の先生とも偶然会い、犬連れで公園まで歩く。既に多くのご近所さんが集まっており、エイサー太鼓部隊やら出し物もたくさん。息子の出番が来るまでの時間で僕らはすっかりビールでできあがる。いよいよ愛犬も居場所が無くなり、いったん家に連れ戻すことに。ちょうど公園に戻った頃、息子の出番。近所の悪ガキたちと一緒になってわいわい応援。発電機の故障でアナウンスやら照明がダウンするというハプニングにもそこはブラスバンド、生音で勝負しても大丈夫なのである。その後、元ツイストとかいうおじさんがちょっと物悲しくなるような演奏を披露してなんとなく散会。僕らは家に移動してもまだ飲み続ける。
24 ウイングロードよさらば
 土曜日だけど佐川ヤマトに回る。午前中は事務所で一人作業。お昼はこないだ見つけたラーメン屋に3人で。すっかり列ができていて、もはや有名店らしい。昼過ぎ、妻とウイングロードに乗って購入した中古店へ。2年前、30万円で購入した愛車も今月末に車検を迎えることになり手放すことにした。ほとんど洗車もしなかったけど、最後くらいはとこないだ洗っていたのでちょっとだけピカピカだった。でももう乗ることができない。こんな車検制度なんて何の意味があるのだろう。まだまだ十分に現役なのに、人の作った下らない規則で鉄くずに戻るしかないのである。ところが中古屋の親父、さすがに伊達に年を取っていなくて、そんな気持ちが通じるのか「いいですよ、もう売れないけど引き取りますよ、お金はいらないよ、ほら見てごらん、あっちの駐車場はそうやってお客さんから引き取って売れずにいるクルマばっかりなんだ、まだまだ動くのにねえ、売れないけど、捨てるわけにもねえ」。ちょっとだけ感動してしまった僕らは事務所で必要な書類の説明を受ける。若奥さんらしき女性が、ああ、またこんな約束して・・・という目で僕らと老経営者を見比べている。商売ってなんなんだろう。
 隣のスーパーで夜の買い物を二人で。今日は久しぶりに庭でバーベキューでもしようか、と美味しそうな野菜を買い込む。その後結局事務所に戻って二人で仕事。先日借りたCaptain beef heartのCDを聞きながら。夜は庭で3人+犬で楽しく七輪を囲む。部屋に上がってからは借りてきたDVD「School of Rock」を3人で観る。おおっこれは久々の傑作だぜ!面白すぎる。Swing Girlsの元ネタってこれだったのかよ、と突っ込みながらも結局2回も観てしまう。楽しい休日が過ぎる。
25 セミナーの後阿蘇ドライブ
KOC2005最終回補講。  7時過ぎに起きてセミナーの準備。今日は今年の5回コースの後に企画した無料補講なのである。9時前に会場の歯科医院に行き、講師の先生とセッティング。続々と受講生が揃い、講義がスタート。お昼は定番のガストデリバリー。午後も実習を交えて和気藹々と研修が進み、予定通り終了した。僕は次回のコースや様々なセミナーの資料を渡す。会場の片付けを終えて帰路についたらまだ明るい。外は最高の秋晴れである。なんかオープンで山道を走りたくなって、荷物を置いた後、阿蘇俵山へと一人向かう。外輪山に立ち並ぶ風力発電の風車群まで40分ほど風に吹かれる。しかしTシャツ1枚で着たのは間違いで、山の空気は日が暮れるにつれてどんどん冷えてくる。しかし屋根を閉じるのも癪なので、足元やシートのヒーターを全開にし、毛糸の帽子までかぶって夕暮れの外輪山を走り抜ける。音楽はFooFighters。エキゾーストノートも軽快に遠くの有明海に沈む夕日を見ながらのドライブは僕を最高に解放してくれた。家に戻るとまだ誰も帰ってきていない。遅くにようやく妻子が揃い、特製生春巻きパーティしながらこれまたレンタルDVDのスペーストラベラーズを観る。今回で2回目だけどやっぱり楽しめた。深夜にはブラジルGPを観る。
26 ついに今週だ
 月曜日を迎える。今週水曜日には今回の件を社員に伝えるのだ。しかしなんだか準備というか実感がない。やるべきことはやっているはずなのに、どうも直前にならないと動けないのはいつもの僕のスタイル。悪いことなんだけど。朝から毎月訪問している某企業に出向いてミーティング。その後事務所に戻り、移籍する社員たちの給与条件などについてまとめて先方の会社にメール。午後は先日の棚卸のデータを開業見積ソフトに入力。先方の会社に在庫を販売するのにまずは基準を作らないと行けないので、妻にやり方を教える。その後器材ライブラリーのWEB版を構築。いつものレンタルサーバの契約容量を10GBまで拡大したのだ。ファイルを順次FTPしていく。けっこう時間を要する。夜は八代の会社の什器などを移転する際の見積を作る。その後、来月の宮崎セミナーの案内や宿泊手配など。今年の関東コースの見積請求書なども作る。なんだかやるべきことの回りをぐるぐる回ってばかりいる気がする。
27 父である会長にいかにして伝えるか
 佐川回った後、会社にてセミナー受講生への配付資料などの作業。妻は午後から八代へ向かう。会長である父に今回の件はまだ一切説明していない。もちろんそれはまずいのだが、なんせ父は口が堅くない(笑)。守秘が絶対条件である以上、できるだけ直前に打ち明けるべきだと判断していたのだ。それも僕が伝えたら喧嘩になって収拾着かなくなる可能性半分以上である。そこで妻にメッセンジャーを託すことに。どういう順序で話すべきかのシナリオを考え、妻の携帯にメールする。後はなんとかしてくれるだろう。
 僕はメーカーさんと商談したあと、17時にスタディグループの例会会場へ。東京から来た説明員と打ち合わせし、今日の例会の打合せ。19時から説明会、19時半から例会。22時、いつものように居酒屋で食事会、ノンアルコールで過ごして深夜自宅に戻る。妻からは「もう大成功よ、お父さんノリノリなんだから」と報告を受ける。してやったり。後は明日僕が伝えるだけである。ハードルを一つクリア。しかし、肝心の営業への報告に関しては今日もまたぐるぐる周囲を回るばかり。もう明日なのに。
28 父と営業に説明した日
 秋晴れの朝、僕はcopenに乗り込み、オープンで高速を南下している。コーナーごとに山の匂いや夏の朝の匂いが鼻腔の奥に一瞬届く。そんなことはいつものことなのに僕はその匂いが愛おしものであるかのようにこれでもか、と吸い込もうとしてしまう。あらゆる事を考えながらそんなことをやろうとするものだから、体中に変調を来してそのまま気がおかしくなるようだ。いかん、このままでは過呼吸じゃねえか、と冷静な僕は次のコーナーまで息を止めていることを誓うが、そんなことをしたらその間の空気を一生感じることができなくかもしれないって恐怖で喉の奥に僅かな孔を生じさせ、その一点が故に僕の体が裏返ってしまうような妄想に駆られ、そのあまりの可笑しさに口角を上げたままコーナーを立ち上がるものだから、きっと前車のバックミラーには狂気の軽自動車と映っていたことだろうな。まあそんなことはどうでも良いとして、ついにその日を迎えてしまった。
 僕の以前の会社での先輩であり、よき理解者でもある輸入商社のマネージャーが本日営業に商品説明に来るという。僕は正式な案内としては初めて、彼にこの件を説明することになる。まったく奇妙な巡り合わせ。これは練習台として利用させていただこう。営業2人への商品説明がスタートしたその瞬間、先日器材ライブラリーの説明に出かけた長崎のディーラーから正式受注の電話が入る。これまた奇妙な巡り合わせ。説明会が終わり、営業が出かけた後、僕は彼に順序を考えながら事の次第を報告する。彼は正確に事情を理解してくれた上で好意的に受け入れてくれた。これまた偶然だが、九州でも少ない特約店だった我が社以外に特約店を広げようと考えていたところで、その候補に今回の大分の相手先も入っていたらしい。これでますます問題なく営業の環境を継続することができるというわけだ。いろんなことが僕の味方をしてくれている妄想にとらわれてしまうではないか。説明後、近所の寿司屋で食事。まったく僕らしい決断だよ、と評価して貰いながら、今後の説明活動について打ち明け、アドバイスを貰う。
 13時、会社の隣の実家のドアを開ける。話の概要は既に伝わっているのでもういきなり具体的な説明に終始する。ディテールは大筋の誤解を生まないためだけに伝えようとできるだけ正確に表現しているつもりだが、もちろんまだ正確には決まっていないことも多いのでそのあたり逆にアドバイスを下さいってな風で。それが秘訣なのであります、これを読んでいる後続の皆さま。順調に話は終わり、15時過ぎ、八代駅に先方の副社長を迎えに。15時半、彼を実家で待っていた父に紹介する。お互い面識はなかったらしい。もちろんすべては予定通りうまく進む。話題が昔話になり、僕の出番もなくなったがまさか席を外すわけもいかず、手持ちぶさたになったのを良いことに、パソコンを開けてパワーポイントを起動、この後営業向けに説明するシナリオを考えることに。適当に相づちを打ちながらも10ページ程度のシナリオが完成。それでもまだ時間があったのでいっそのことレイアウトし、アニメーションまで付けてこのままプレゼンしちゃおうかって思って。
 17時半、副社長を市内のビジネスホテルに送る。この後僕は会社で営業から戻って聞いた営業に事の次第を説明し、その後すかさず宴会ということで副社長を紹介しよう、というシナリオである。18:30、営業2名が何も知らずに戻ってきた。今日は「決算お疲れ会」を催す、とだけ伝えていたのだ。おおよそ残務を終えた彼らをミーティングの席に招く。「今日は実は大事なことを伝えるからね」とおもむろにノートPCを開ける僕を見つめる彼らに不審な目はない。こうやってよくミーティングを重ねてきたのだから、いつもの僕の思いつきだと思っているのだろう。まあそうではないとは言い切れぬ訳だが。だが、ページを進めるにつれて、さすがに表情は変わる。一人は硬直し、一人はなぜか笑い出す。そんな反応を確かめながら、ゆっくりとしかし有無を言わさず最後まで説明し終える。さすがに静寂。まあいいじゃん、実はその会社の副社長を呼んでいるのでいまから一緒に飲みに行くぞ、と伝えると、さらに目がテンになっているのだが、構わず僕はタクシーを呼んで、じゃあ20分後に、と伝えて店を出る。妻と二人でタクシーに乗り込み、ホテル経由で八代中心街の寿司屋へ。もう前に進むだけ。
 20時からお店の個室で顔合わせである。営業2名、副社長と僕ら夫婦。固い雰囲気でスタートしたが、酒の力も借りて、また僕もできるだけくだけた昔話や失敗談を披露してなんとかいつもの僕らの雰囲気を取り戻していく。その中で、副社長がいつもの鋭い笑顔で「お二人には突然で申し訳ないやらだけど、どうやろうか、うちに来て貰ってよろしいのやろか」と京都弁独特の温度で決意を聞く。営業チーフが「さきほど車の中で話をしたのですが、これまでの悔しかったいろんな想いを今回の件ですべてぶつけて頑張りたいと思います、宜しくお願いします」と即答した。そう、すべてが僕の思い通りに進んでいく。それでよいのかよ、って思いながらもでもそれしかないだろって思いながら。彼らは本当にそう考えたのか。ただ強引な僕に巻き込まれようとしてくれているだけなのかもしれない。でもそんなこと考えたって仕方がない、誰も判っていない状況なんだから。こういう夜は煮詰めずにさっと解散した方が得策であることくらい経験の少ない僕だって知っている。2時間で解散し、妻と副社長をホテルまで見送る。どうしても妻がもう一杯飲んで帰るというのでロックバーに行ってバーボンを引っかけて実家に帰る。頭が冷静なのに体が痺れているってことはきっと酔っているのだろう。こうして僕は最大のハードルを何とか乗り越えた・・・はず。
29 Wild Flower
 早起きして9時にビジネスホテルへ副社長を迎えに行き、そのまま熊本市内の駅まで送りがてら熊本の事務所に戻る。大阪の仕入先の方が初めて来社。状況を伝えるわけにも行かず、適当に対処。その後、妻としばらく歩いてお好み焼き屋さんへ。始めてはいる店だが、なんともゆるい空気が流れ、味もそれなりにまずくて、おお、これってなんだか夏休みに離島の港町にある定食屋に入ったような感じではないか、なんて話している。一段落付いたら僕らも暇になるのだろうか。これから先はこんな時間が流れる昼間を過ごすことになるのだろうか。まあそれはないだろうな。いつだって仕事を見つけてきては忙しい、忙しいって言い続けて年を取るんだろうな。会社に戻り、WEB版の器材ライブラリーに使うFTPクライアントをいろいろ捜す。お、そうだもうすぐ妻の誕生日だ。いろいろ心配掛けてるからたまには花でも贈るか、とネットで手配してみたり。明日から忙しくなるな。
30 いよいよ今日から対外公開である
 社内への告知は無事終わった。後は社外だ。まず同業者組合、仕入先、そしてお得意先の順に回ることを既に決めている。制御できる範囲から順序よくスケジュールは既に完璧である。まずは地元の組合長の歯科商店社長に始業前の08:30にアポを取っている。最初の対外説明である。車中何度も練習しながら、でもまあ後はなんとでもなるさ、とドアを叩く。いつもの僕の言動からか、思ったより冷静に受け止めて貰う。30分ほどでさっさと説明し、一段落。クルマに乗ってまた引き返し、今度は社員を引き受けて貰う大分の会社の熊本営業所に出向き、副社長と所長に挨拶。所長と会うのは実質的に始めてである。先方もかなり驚いているらしい。ざっと概要を説明する。詳細はまた来週に、ということになり、クルマに飛び乗りまた引き返して今度は地元の大手同業者へ。会長室へ通され、明日から四国のお遍路に出発するのだ、という彼に一通り説明。実は彼は以前から僕にたいして「おまえは早く材料商売をやめろ、どうせ向かないんだから。もし辞めたらいろいろさせたい仕事もあるんだ」なんて言われていたので、その流れに乗って「会長の言う通りにしました」と言っておいた。いくつか釘を刺されたが、すべて想定内である。思いのほか順調な滑り出しとなった。会社を出て高速に乗り松橋へ。スタディグループの会長に挨拶しようとしたが不在とのこと。近所のファミレスで食事しながら時間を調整。14時に出直すがやはり院長不在とのことで、あきらめて熊本市内へ引き返す。車中、同業者社長2〜3人に電話しながら説明。みな一様に驚くが理解してくれるようだ。15時、お世話になっている先生の説明。得意先に対しては最初の説明となり、少し戸惑いながらもうまく説明できたと思う。その後、日頃世話になっているセミナー講師2件を連続して説明。来客者にもついでに説明してしまう。帰り道、メーカーの熊本営業所がまだ開いていたので、訪問して説明。今日回った中でここが一番驚いていた。その後鹿児島の同業者に電話。20時過ぎ、ようやく自宅に戻り、妻の作った讃岐うどんとビール。食べ終わってちょうど気持ちよくなった頃に、営業から電話。話があるのでこれから熊本に来る、という。了解、ということでビールの抜けない体で事務所まで歩く。23時に、営業二人がやってきて、案の定「どうしてもピンとこない、この話は受けなければならないのか」と懇願される。まあそりゃそうだ。いきなり説明されて、じゃあ来月から別の会社で、といわれても普通は理解できないというか反発するだろう。結局2時まで二人を説得する。どんな会社の社員だって入社から定年まで順調にいくとは限らない、いやむしろそうでないケースの方が多いはずだ、そのなかでベストの選択はこれしかないと思ってオレは決めた、それに乗らないはもちろん自由だが、もはや帰るところはないんだよ、だったら一度新しい会社に飛び込んでみてそれから判断しても遅くないと思う、オレの見方では君たちはきっと新しい会社でも一番になれるさ、正直相手のことはちっとも知らないけど、お客さんも仕入先も給与条件もすべて変わらないんだから、きっと上手くいくさ、でもうまくいかないと思ったらその時はその時さ、でも今は飛び込むことの方が重要だ。言いながら、すべて自分に向かって説得していることに気づいたり。夜は更けて長かったSeptemberも終わりゆく。今月はいろいろあってちょっと感情が揺れたりしているかもしれません。でもいつものように読み返さずに思ったまま書いてます。きっと読み返すのは10年後くらいだろうな。その時の僕は幸せだろうか。そりゃそうさ。今月もありがとう。

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