taka's業務日誌 2005年8月

 index column ourdent.com 
各日付に飛びます→1日| 11日 | 21日| 30日

diary
1 8月はまず遊びから
なかなか良い部屋でした。  しかし暑い。今年の夏はやっぱり異常に暑い気がする。体感的に。ということでいきなり今月は休むことにする。息子と海に行くのだ。
などという非常に説得力に欠ける理由を前面に打ち出し、少し早い夏休みを取得する計画だったのだが、案の定いきなり得意先からの電話で夢も打ち砕かれるわけで。午前中は大人しく事務所でライブラリーの整理やら週末のセミナー参加者へのFAX連絡などしていたのだが、10時過ぎに電話で呼び出され歯科医院へ。ネットワークの再設定などを行い、無事解決。ふと外を見ると朝っぱらから豪雨、である。休む、と宣言したらいきなりの豪雨である。
 ずぶ濡れになりながら事務所に戻り、勢いづいてコース修了証の制作やら秋のセミナーのダイレクトメール発送作業などを行い、ようやく15時過ぎに一区切りついていよいよ出発。息子をcopenに乗せて天草へと向かう。外はようやく雨は上がっているが相変わらずの曇天。2時間ほど退屈な道を走りながら天草五橋の中間点にあるとある宿を目指す。到着してみると想像していたよりも大きな宿で、しかし月曜日なので20あまりある部屋のうち宿泊は5部屋だけのようだ。フロントでチェックインし、夕日のあたる部屋へ。目の前に海の広がるとてもよい部屋だ。ちょっと古いけど、1日2食付きの2泊で3万円ちょっと(親子二人)。まあちょっとした息抜きにはちょうどよいだろう。夕食までしばらく近所を二人で散歩し、腹ごなしした後、別館の温泉に浸る。塩辛い海水のような温泉だ。部屋に戻ると食事が運ばれてきた。おお、こりゃご馳走だー、と思わずビールを1本空けてわいわいと食べる。1時間くらい食べた後またも温泉へ入り、たったビール1本ですっかり気持ちよくなって22時過ぎにはぐっすり。
2 天草四郎に思いを馳せる
誰もいない弓ヶ浜海水浴場に迷い込んで遊んだ。  6時過ぎには目を覚まし、朝風呂に入る。息子はまだ寝ると言っている。どうも貧乏性の僕は温泉宿に泊まると1日3回以上入らないともったいないと感じてしまうのである。そんな日本人根性も僕の世代で終わりか。部屋に戻ると昨晩に負けない豪勢な朝ご飯が部屋に運ばれてくる。贅沢気分で平らげ、まだ雲の厚い窓の外を見上げながら、さあ遊びに行くぞ、と昨日買った漫画本から離れられない息子を引っぺがし、クルマへ。まずは海水浴だ、と海を目指すのだがどういうわけか道に迷ってしまってなかなか目指す海水浴場にたどり着けない。もういいや、ってたまたま通りがかった人気のない海水浴場でクルマを止める。息子はあっという間に海に入ってはしゃぎ出す。僕も少し冷たい水に浸りながら、おもちゃのシュノーケルをつけてうろうろ泳ぎ回る。とにかく周りに誰もいないので溺れたら一発アウトである。慎重に遊ぶ。お昼前になるとどんどん潮が引いてきてあっという間に遠くの瀬でも足が立つようになってしまった。2時間以上遊んでいたがさすがに飽きも来たので上がることに。近くの民家に「シャワー200円」と書いてあったので借りることに。さっぱりしてクルマに戻る。
天草四郎メモリアルホール。  海水浴場から出たところに奇妙な建物があり、みれば天草四郎メモリアルホール、とある。小学生の親としては少しは教育的な行動もせねばな、と嫌がる息子を連れて見学にはいることに。あんまり日本史に詳しくない僕もいい機会だ、とゆっくり映画やら展示物を見て回ることにした。ざっと90分あまり、最後は瞑想の間、みたいなところでコックリ寝たりして過ごす。うーん。よくわからん。僕にはわからないのだ。天草四郎が目指したのは当時禁止されていた市民平等の思想だ、それを目指して殉死したってことになっている。数百年後の未来、天草の地でその理想的な世の中が実現しているって発想で作られている気がする。だがしかしだ。実際多くの民衆をいまここの生活よりも死んで天国で幸せになろうという思想で洗脳し死に至らしめたのも事実ではないのか。現代社会で同じことを企てた者がいたら間違いなくカルトとして断罪されるのではないのか。当時の徳川家が、他国の状況から西洋諸国はまずカトリックの宣教からスタートし最後は植民地化するというメソッドを察知し、明晰に判断したカトリック禁止という事実がアジアの片隅で独立を保ち続けた日本の原点であったのも事実のはずだ。だがしかし、このホールではなんとも甘い雰囲気ですべてが美化され、都合の良い解釈がなされているような気がしてならないのだ。そう考えたのは屋根裏の瞑想の間でである。設計者が言葉少なに良心を表現していたのだとしたらそれはそれで凄い話だ。
橋も豪勢な晩ご飯でした。  おかげで色々なことに考えが及ぶ。僕らはアジア人だったのにいつの間にか西洋思想、すなわち個人の自由がもっとも大事だという前提の社会に生きている。その恩恵は計り知れない。だがしかし、うがった見方をすればそれは市場経済と密接にリンクしていたのではなかったのか。モノやサービスをより多く売り回るためにだけ必要な手段として個の確立が叫ばれたのではなかったのか。そんな考えにすら及ぶ。少なくとも僕は20年間モノを売り続けてきて、疲れているらしい。この休みはそんな膿も海に流すためのものかもしれない。
 お昼は国道沿いのお寿司屋さんで1000円のランチを。15時前には部屋に戻ってテレビみたり電話したり、風呂入ってビール飲んで昼寝したり。18時から夕食。今日もとっても豪華な晩ご飯。夕方、息子がどうしても釣りをしたいというので、旅館の近くの岸壁で慣れない釣りに挑戦。もちろんまったくだめで暗くなったので部屋に戻ることに。またも風呂に入り、息子と寝っ転がってマンガ読んだり、二人がいないことをいいことに飲み遊んでいる妻に電話したり。今日も早寝。早いもので今日が最後の天草の夜。
3 天草もいよいよ今日で終わり
リップルランドには若者がいっぱいでリゾート気分。  目を覚ますと、すっかりリゾート気分の良い天気!キタキタキタ〜と親父の方が喜んでしまってタオルを持って温泉へ。さっぱりして朝ご飯を食べた後チェックアウト。荷物を積んでクルマに乗り込み、有料道路を通って有明町のリップルランドへ。9時を少し回った頃なのにもう若者たちが水着でうろうろし始めている。有料駐車場で借りたでっかい浮き輪にすっぽり収まった息子はまるで一寸法師のように海岸沿いをプカプカ浮かんで一人で遊んでいる。砂浜でビールを飲みながら古い70年代のロックを聴いている僕と目が合えば「遊ぼ〜」と呼ばれ、しばしギャアギャア遊び、疲れたらまた砂浜で日焼け・・そんなことを3時間あまり繰り返す。さすがに背中は真っ赤である。それにしても息子もよく飽きずに遊ぶなあ。生まれた頃から河童の異名を取るくらい水が好きだったし。
帰り道の有明海の干潟。プロのショットみたいに写ってしまう。  さすがに体が焼けまくったし、お腹もすいたので上がることに。駐車場のシャワーを浴びてリップルランドをでたのが正午過ぎ。お昼はまた昨日の寿司屋が良いなどと贅沢を抜かすので、1000円ランチに再挑戦。この3日間息子にデジカメを預けているのだがしきりにいろんなモノを撮りまくっている。子供の視点はとても面白い。さて、帰ろうか、と大矢野の土産物屋で妻にお土産を買い、あとはひたすら国道を走って家へ。息子は疲れてすっかり寝込んでいる。途中、有明海の干潟がとても美しかったのでクルマを止めて写真を撮る。すごい引き潮で普段は海に隠れている車道が現れ、そこに漁業関係者の小型車がたくさん入ってなにやら仕事している。なんともシュールな風景だ。こんな海を堰き止めて米を作ろうって発想はどこから来るんだろう?
 16時前には自宅に到着。塩気にあふれたクルマをざっと水洗いし、水シャワーを浴びて息子を英会話に連れて行く。待っている間にクルマ用品店で消臭スプレーを購入。一昨日買った魚釣りのえさがとにかく臭うのだ・・・でもしばらくは消えないだろうなあ。夜は妻も仕事から戻ってきてホットプレートで焼きそば食べながら二人で撮ったデジカメの映写会。楽しい夏休み第一弾はこれにて終了。。のつもりが妻の弾丸トークが深夜まで・・・
4 今日から日常に・・・
大将7周年おめでとう。  朝から久々にトラックセンター回り。器材ライブラリーのデータベース構成の一部更新作業。Yahooをみてたら今日からiTunes Music Storeが日本でもスタート、というので早速ダウンロード購入してみる。おお、これは病みつきになりそうだ。毎月の上限予算を設定しておかないとえらいことになりそうである。お昼からは休み中に貯まっていた各種スキャン対象資料を整理してスキャン。メールの返事もだいぶ溜まっていたのでこちらも精力的に。その後ライブラリーのHDコピー作業しつつ、税理士事務所の監査。夏休み中に自分で決めたことを話し、同意を得る。モバイルHDDが圧倒的に足りなくなったので、ネットで6台発注。その後妻が「ええい、もうご飯作る気分じゃないわよう」と定番。ということでいつもの焼鳥屋へ。いいだけ飲んで気分良くなっていたら隣の席に同業企業の面々が・・・あまりの符帳。店長から花火をもらって歩いて自宅へ戻る。
5 組合例会で飲んだくれる
 朝から知人から電話。出社後各種メール。お昼はITMSで2枚目となるダウンロード。小野リサのベスト。遅い昼食を出前で取ってお昼からは会社のwebサイトの更新の続き。これでようやく一連の更新作業の完成である。次からはもっと頻繁にやろう・・・夕方から明日の会議資料を書き出す。明後日のセミナーの当日資料も印刷。日が暮れてからクルマで市内の歯科医師会館へ。今日は歯科医師会と我々同業組合の久々のミーティングであった。「歯科活性化のヒントを」とコメントを求められ、10あまりの同業者代表がそれぞれ「清潔な環境を」とか「もっと患者とのコミュニケーションを」とか一言二言述べている。これって全国的に見てもけっこう凄いことなんじゃないかなあ、と思う。最後に遅刻してきた僕の番になって、つい本音を。患者さんの前で増患対策とか経費節減とか論ずるのだけは止めて欲しい、と・・・。失礼は承知の上なのだが、どこの寿司屋のカウンターだろうと、大将が出入りの業者にネタを値切ってたり、見習いに「もっと材料を節約しろ」とか言ってたら、次からまたこの店に来ようとは思わないでしょう、と言ってしまった。でも本当にそう思う。歯医者さんってみんなまじめで真っ直ぐすぎるところがあり、経営セミナーなどで聞いてきた差別化戦略とか増患対策とか経費節減手法をそのまんんま口に出してしまうところがある。でもそこには海千山千の社会人たちも患者として言葉を発さないまま居るのである。当たり前のことだけど、誰も言わない。
 その後同業者たちは流れて年に一度の組合総会へ。程なく酒もすすみ、口もなめらかに。みんな「オレも言いたいことは一杯あったんだけど」ってノリで。まあ議論に勝って商売負ける、じゃないけど、だいたい僕はそういうところを楽しんでしまう傾向があって、商売よりも楽しく感じてしまうから今でも零細なんだよなあ、と思う。でも時代がそのうち変わるさ〜。それにしても久々に会ったせいか皆よくしゃべる。他県の業界情報を議論しているところなんて最高に面白い。みんな二次情報だけで会話が成り立っているのだ。らしい、とか、そういう話だ、とか。たまたま僕は今の仕事の関係であちこち出回ることが増えて一次情報に接する機会が多いので、へぇ〜そんなことになってるんだー、と楽しく傍聴。そのうち意外な方もこの日記を読んでいるぞ、とカミングアウト。いやー滅多なことは書けませんなあ・・・すでに書いてるけど。
6 会議と夏祭りと
なんとも不思議な3B体操ってのが演じられていた。 昔ながらの夏祭り。  飲んだ翌日のせいか、早起きして妻に昨日の飲み会の話を面白可笑しく語る。3人でクルマに乗って八代へ。今日は月に一度の会議なのである。会議自体は午前中で終わる。ひとしきり喋ったら妙に疲れてしまった。そのまま机に残って昨日ダウンロードした小野リサ流しながら日記とかネットとか。お昼過ぎ3人でまた熊本に戻る。自宅に着いたと同時に昼寝してしまう。とにかく暑い。目を覚ましたらもう夕方。今日は近くの公園二カ所で夏祭りだという。妻がどうしても顔を出さないと、というので3人で繰り出す。新しくできた大きな公園の方からまず覗いてみる。ステージが組まれ、PTAの金魚すくいなどが人気だ。中学生や高校生たちが目一杯オシャレして来ているのが何とも初々しい。一方でステージではおばちゃんたちが奇異な格好で3B体操とやらを演じている。なんともアンバランスな空気で、これが戦後60年目の平和なんだなあとしみじみ思うわけなんです。缶ビール数本を仕込んですっかり気分が良くなり、1km弱歩いて今度は反対方向の古い公園へ。それにしても改めて思うわけだが、この妻の知り合いの多さとはどういうことだろう。どちらの夏祭りに行っても3秒ごとにおばちゃんたちに声を掛けられているのである。どう考えても関東生まれの彼女の方が僕より熊本に知り合いをたくさん持っている。こちらの古い公園の方が何となく夏祭り風情があってしっくりくる。子供たちは走り回って遊び親父たちは飲んだくれ、女たちは夜店を切り盛りしている。電灯も薄暗くて古びた感じで。いよいよ気持ちよくなった僕らは祭りが終わった後も大声で騒ぎながら家路へ。
7 セミナー修了後、鹿児島で飲む
これでインプラントセミナーも無事終了。  朝食を済ませた後セミナー会場の歯科医院へ。今日で7回コースも最後である。挨拶の後、10名の受講生たちが午前中の講義に聴き入る。僕もいろいろとお世話に走り回り、午後ガスト弁当の後、患者実習。最後の講義まで一気に終了。会場を片付けて、お疲れ様〜と解散。さてここから忙しい。いったん自宅で荷物を置き、着替えた後またクルマで新八代駅へ。新幹線で鹿児島へと向かう。今晩、鹿児島で某社某人との打ち合わせなのである。新幹線はいつものようにあっという間に鹿児島中央駅へ。たぶん初めて乗る市電に揺られて天文館へ。ネットで探した新しいビジネスホテルにチェックインし、ロビーで出会った某人と1Fの居酒屋で飲み始める。20時を回った頃地元某社長から携帯が鳴る。大変だ、セミナー講師を空港まで送っている途中でエンストした!だそうで・・・今日は彼の会社で僕が先月呼んだ東京の講師の講演会だったのである。空港まであと2kmという坂道でなんとクルマが止まり、高速道路でのヒッチハイク作戦でも間に合わず、結局明日の朝一便を手配してこれからホテルへと戻ってくるという。さあ大変だ。恐らくは機嫌の悪い講師を何とかして楽しませないと。。ネットやら地元の先生への電話やらで情報を掻き集め、なんとか日曜日の天文館でも開いているというキャバクラをゲット。22時過ぎようやく講師がホテルへ。再会を祝う間もなく、天文館へ直行。まあキャバクラと言っても1人5000円で地元のお姉ちゃんが隣で酒作るって店ですが、どうにか1時間で講師もノリノリのご様子で一安心。朝からセミナー主催し、夕方からすでに酒が回っている僕もさすがに23時過ぎには疲れが積層、ホテルの豪勢なシングルに入った瞬間熟睡。
8 衆議院解散
 8時に目が覚め、ああここは鹿児島だったか、と気がつく。やすいシングルルームのはずなのにダブルベッドって良いです。若い頃は寝たらベッドなんて関係ないや、なんて考えていたけど最近はちょっと良い部屋に出会うと妙に嬉しくなったりしてしまう。かといって高い部屋にこだわって泊まっている、ということは全然無いのだけれど。チェックアウト後、天文館をしばらく歩いてモスバーガーで朝食。しかしモスって高いのね。ホテルの朝食の方が安かったりして。PCを開いてメールを書いたり。10時には知人の会社に出向いて研修会の打ち合わせなど。そこの社長から近くのホテルでランチをご馳走になる。中央駅まで送ってもらい、新幹線で八代へ。そこからクルマで会社に戻るのだが、ふと思い立ってオートバックスに立ち寄る。5月にここで買ったsonyのカーステ、なぜかAM放送が全く入らないのだ。きっと配線ミスか何かだろうと見て貰うことに。若い社員が見てくれたのだが、配線ミスではない、メーカーに問い合わせたところ、copenみたいに短いアンテナの場合はAMの入りが悪いことがある、で終わり。しかし、ここまで完璧に受信しないのに相性ってことがあるんだろうか。純正では完全に鳴っていたのに。どうもsonyもこの店も・・・
 その後高速で熊本の事務所へ戻る。夕方家族と自宅に戻り、テレビを付けると小泉首相が会見している。郵政民営化を参議院で否決されたので衆議院を解散するそうだ。なんか知らんが盛り上がっているぞ、日本は。ずーっと波風立たせずに過ごしてきたこの国の政治もいよいよ慌ただしくなってきたようだ。経済に遅れること10年である。しかし、政治が盛り上がってくるとろくなことが無いのも事実だ。いろんなことを考えながらぼーっとテレビを見ている。少なくとも1ヶ月以内には僕も誰かに投票しないといけないってわけだし。
9 ThinkPadのOS再インストール
 朝からトラック回り。何となく夏休みの空気が流れている。お盆前で浮き足立っているのか、昨日の国会解散で空気が変わったのか、なんとなく電話も少ないし、静かな朝。そういえば最近パソコンの調子がどうもおかしい。再起動に異様に時間がかかるし、ネットワーク関係の不調も多い。よーし、じゃあ今日はWindowsXPの再インストールだ!と、挑戦。まずはバックアップ作業。インストールCDやダウンロードファイルの確保。まあThinkPadの場合はHDDからの再インストールなので実際にやるべきことは少ない。今年2月に新品乗り換えしてるので、要領もわかっているし。しかし時間は必要。実際に作業開始してからはしばらくやることもないので近所の安床屋で散髪。その後パン屋さんで昼食を買って事務所に戻ってもまだリカバリー作業中だ。その後、UPDATE作業やらアプリのインストール、データの復旧。作業中、主に電話で仕事を続ける。夕方ようやく一段落。ネットワーク関係も無事復旧。辞書などの環境がまだ戻っていないが、ほぼ仕事に使える状態に。たしかにいろんな動きが速くなった気がする。20時から歯科医院で理事会に出て、遅くに自宅へ。自宅でもいくつか作業を続ける。
10 歯科メーカーと電話喧嘩
 今日も元気にトラック回り。その後社員とミーティング。終了後某企業に行くが社長不在で引き返し、近所の歯科医院でPCの設定など。お昼は今日もパン屋さんで。夕方まではいつものように社内で家族3人で仕事。息子はマンガを読んでいるだけなのだけど。
 事件は夕方。某歯科メーカーに営業所女性より電話。曰く、本日は支払日になっていますが振り込みがありませんでした、どうなってますか、と。「あれ、おたくの所長に話してるはずだけど?大きなシステムを2件収めたけど、1件は事情があって遅れるよと伝えたら、もちろんOKです、と笑顔で答えてたけど?確認してみて。まあ19日には入金があるだろうから、払うけどね。それでも良いんですよね」と念を押すと、わかりましたとの弁。ところが数分後、その所長から電話。大もめ(笑)。以下詳しく書こうか迷ったわけですが、手打ちしたので、書きませーん。その後ムカツキながらも来年の東京コースの案内を再校正。その後昨日の理事会の議事録をメール。
11 花火を愛でる
 朝から荷受け回り。その後今後の各種の交通手配。昼過ぎから来年の地元コースの企画。14時、昨日喧嘩したメーカーの新しい所長がやってきて、再度お話しを。金を払えというので払います、と500万円超を現金で積み上げてお支払い。まだ得意先からの入金は当然ないので社内留保から出すわけです。これくらいの現金はすぐにでも用意できますようちだって。それが信用できないってんだから現金で払いますけどある意味手切れ金的な性格が無いとは言えませんぜ今後の対応如何では、とか優しくトークしながらお札を数え終わるのをひたすら待つの図。
熊本城で火の国まつりを見る。  彼らが帰った後、夕方まで種々お仕事を黙々と。18時で仕事終了、家族3人でバスに乗って街中へ。そう、今日は熊本火の国祭りの花火大会なのである。市役所前で降りて、人混みに従って二の丸公園へと歩く。もの凄い湿気。大勢の若者たち。なんだか大地震か何かが起こって全員でどこかに避難しているような錯覚に陥る。やがてあたりも暗くなり、遠くから演奏の音が聞こえてくる。コカコーラかどこかとタイアップしている女性二人組のグループのライブらしい。近づいていくとバンドでもなんでもなくって、二人の後ろにDJがいて音楽を流しているだけなのである。これってカラオケじゃんか。オジサン的にはやっぱ生バンドが演奏していないとイケないわけなんです。でも回りの若者たちってチョー盛り上がっているじゃあありませんか。ああ、こういう瞬間に時代について行けない悲哀を感じてしまうってことなんでしょうねえ。別にどうでもよいんだが。カラオケが終わると静かになって花火が始まるのをじっと待つ。本当に日本人って大人しい民族だなあとかあらためて考えながらも皆と同じ方向に向いて座り、いまかいまかと花火のスタートを待つ。豪勢な花火を愛でてようやく満足。これは生、だから。
 21時を回り、いいかげんお腹すいたよねえ、と妻が先日行ったという沖縄料理店に行くが、予約がないと入れないという。あたりには人があふれている。いつもセミナーの講師と行くちょっと高いお店で軽く食べることに。本当に蒸し暑くてひっくり返りそうだったので、最初の生ジョッキ大を1分弱で飲み干してしまった。なぜか夫婦して息子のゲーム熱をちゃかしていじめるという妙な構図となり、酔っぱらいに絡まれて涙目の10歳男子、それでもデュエルに人生を掛けるのだ、と弾圧には屈しない強い心をいっそう育ててしまったようであります。
12 劇的なるサンボマスターとの出会い
 さて、今日からしばらく夏休みである。といっても僕らは会社に出て、電話番。朝からトラックセンターで荷物を受け取った後、3人で朝マックというのんびりぶり。どうせ電話も少ないし、携帯に転送しているので事務所に籠もっている必要もないってことで。10時くらいに事務所に入り、それぞれの仕事を開始。息子は宿題をしている。僕は来年のセミナーと11月のセミナーのチラシ校正。お昼は近くの中華料理店の出前。なんか今日はしょっぱいな。夕方、ここ半年ほど使っていなかったCLIEを復活。PCの再インストールしたのでようやく使えるようになったのだ。18時、事務所を閉めて、僕は息子を連れて郊外の光の森ショッピングセンターへ。妻の頼んでおいたキャンプ用品を受け取り、CDショップでサンボマスターの2枚目のCDを買う。 語りかけられてしまいましたよ。実は明後日、長崎の野外フェスで彼らのライブを見るのだが、これまで聞いたことがなかったのだ。本屋の前でスピードくじをやっていて、息子が何となく引いたらなんと2位。おおすごい、と話を聞いたらなんとデジタル放送の機器が一定期間無料のサービスが・・・とかいう。これって別に特典でもないんでもないじゃん、とだったら5位の飴の方がよかったよ、と軽くあしらって現場を去ろうとすると、息子がとても悲しい目をしている。どうした、と聞けば「せっかく今日はいい日だと思ったのに」と落ち込んでいる。いろんな売り方があっていいとは思うけど純真な子供を惑わすのはどうかなあ。でも考えたら僕らって昔は祭りの出店とかにもっと翻弄されまくってたわけで。ある程度こういう経験も必要なんだ、と強引に納得。オープンにして家に戻り、夕飯を食べながらサンボマスターを聞く。おおお、これって10年ぶりくらいにキタキタキター、良いよなあ、とか盛り上がっている割には5曲目くらいで寝てしまった。
13 雲仙オートキャンプへ
熊本新港。30分でもう島原である。  さて、お盆休み。キャンプなんて去年の讃岐うどんツアー以来だ。昨晩早く寝たので、朝から元気である。荷物を積み込んで、お昼にいざ出発。熊本新港からのフェリーを待つ。さすがに混雑しているので、2時間ほど待合室で暇をつぶす。雑誌を2冊とアイスクリームを買ってブラブラ。妻子はクルマの中で昼寝。14:50にようやくフェリーが出航。わずか30分あまりでもう対岸の島原である。島原って小学5年生の修学旅行以来かも。それって今の息子と同じ年だったってことだ。何だかなあ。島原港から地図を見てしばらく走り、雲仙オートキャンプ場に到着。パットゴルフやラジコンサーキットのあるレクレーション施設ということなのだが、なんだかちょうど良い感じの寂れ方をしていて僕らには合っているってかんじである。さっそくテントの設営。1年以上ぶりだからどうかな、と思ったが体が覚えているものである。1時間くらいで設営終了。汗をかいたのでお風呂へ行こう、とクルマに乗って雲仙温泉地へ。おお、あちこちから湯気が上がっていてかなり本格的な温泉地なのである。キャンプ場に教えて貰った「よか湯」ってところに入ることに。土色に濁ったお湯がかなり本物感を醸し出していて小さいながらも露天風呂で王様気分。近所のスーパーやコンビニを回って食材を調達し、キャンプ場へと戻る。久々の家族3人での屋外宴会。すっかり盛り上がっているときにふと木々の間から光るモノを発見。遠くの海岸で花火が上がっているのだ。耳を澄ませばかなり遅れて音も伝わってくる。僕らはすっかり舞い上がってしまいめったに見られない眼下の花火に酔いも進む。
14 サンボマスターですよっ!
長崎スカイジャンボリー。 ひさびさにテント生活。  6時過ぎには目を覚まし、テントを出てごそごそと本を読み出す僕。明らかに地上の生活と異なるパターンに自分でも驚きながら、でもついビールを空けてしまったり。ようやく妻子も起き出してきてお粥で朝食。10時、僕らはクルマに乗り込んで長崎市を目指す。今日はスカイジャンボリーという野外コンサートで我らがサンボマスターに初挑戦なのである。なんて言ってもまだ初めて聞いて数日なのですが。車内でヘビーローテーション状態ですっかり曲を頭に入れて僕らはひた走る。12時前に市内の駐車場にクルマを止め、炎天下を歩き、会場へのバスに乗り込む。だんだんと盛り上がってくるわけですよ皆さん。会場に到着するともうバンドの演奏が始まっている。正直言って知らないバンドばっかりなのだが、会場は盛り上がっている若者、飲んだくれている若者、寝込んでいる若者、大勢のみなさんがそれぞれに過ごしているわけです。うーんどう考えても僕らが最年長か。まいっか。おじさんたちとしましては少しでも年齢ギャップを埋めるための合法ドーピングと称してビール、缶チューハイなどを大量に経口摂取、夕刻になるあたりにはもう完全に20年前の勢いを取り戻し、激しく雄叫びを上げながらステージに拳をあげていたわけです。サンボが始まる直前、何を思ったかトイレに行く、と言い残した妻と生き別れ、僕ら親子は眼前に繰り広げられるロックンロールショーに舞い上がるのでありました。正確に言えば息子は白々としていたのですけど。そして、なぜだか涙が頬を伝うのでありますよ。30分あまりのライブでおっちゃんは完璧にそのロック魂を取り戻し、若者たちにまみれて疲労困憊になっていた妻と再会後も、ビールを飲み続け、後に続くバンドに「こらー、つまらーん、かえれー」と会場内でもっとも行儀の悪い男を演じ続けさせていただきました。
 興奮をようやく冷まして昨日の雲仙よか湯まで何とかたどり着き、どろどろの汗とアルコールを流したらようやく40歳の日常が戻ってきた気が。すっかり暗くなったキャンプ地に戻り、ちゃんぽんを食しながら今日のライブについて熱く熱く語り明かしたわけですよ、みなさん。
15 雲仙災害博物館
あらいぐまラスカルがいた。  今日も早起きしてしまった。本を読んだ後おじやの朝食。パソコン取り出してiPod聞きながら日記書いたり。しばらく昼寝。お昼前3人であたりを散歩してみる。ここのキャンプ場にはなぜかアライグマが飼われているのだ。これってオッケーなのか、と疑問にも思ったりするが、皆にかわいがられていたりする。名前がラスカルってことなので、それなりの年齢の方が飼っているのであろう。子供はすっかり虜になっておる。さて、テント生活も今日で終わり、撤収作業をスタート。天気がよいのですぐに乾く。すっかり片付いた後3人でカップラーメンをすすり、これにて完了。
 島原の港へとクルマを走らせている途中、雲仙災害博物館の看板。時間もあるし寄ってみるかということに。 思いのほか立派な建物。リアルタイムで新聞を読んだりテレビを見たり、あるいは実際に熊本まで灰が降ったりした出来事なので興味を持って見て回る。だがどっか引っかかるこの違和感は何だろう、と考察してみると、ああそうだなんか原爆資料館と同じような雰囲気を感じたからだと気づく。天災と人災と同列に扱って良いのか、と考えることしばし。 雲仙災害博物館。 さて、博物館を出て港へ向かう。フェリーを待つ待合室にも簡単な災害展示コーナーがあり、こちらもゆっくりと見る。妻も言っていたが、こちらの無料展示コーナーの方が博物館より心を動かされたように思う。その原因について考えていたら、あそうか、博物館はすべて行政の記録であって、お上の発想で作られていたので実際その時にたくましく生きた住民の姿が見えなかったからなのだと気がつく。原爆も雲仙も、まるで天から降った災害はこんなに大変でした、という話だけでは真実が見えないのだと思う。実際にはそうやってすべてが破壊された後でも、力強く前向きに、笑い飛ばしながら行き続けた人々の歴史だってあったはずだ。大げさな展示ではそういう住民たちの姿は表現できないのかもしれない、あるいはしないだけなのか。
 そんなことを考えながらフェリーに乗り、あっという間に熊本に。やっぱり同じ九州でも県が違うとなんとなく景色も違う。帰りに夕食のおかずを買い物し、テレビの終戦特集を見ながら野菜焼き大会。NHKでアジアの人たちを招いての討論番組であったが、近年になく本音の激論が交わされていてなかなかの見応えであった。しかし結論がダメだ。「お互いにもっと歴史の勉強して議論を深めよう」とか。だからダメなんだって。勉強しちゃダメなんだと思う。なぜなら教材によってたやすく誘導されるからだ。まして一党独裁体制の元で多様性を否定した勉強したり、島の外以外に通用することを頭から考えない体制で作られた理論の元で勉強したり、そんな勉強ならしない方が絶対にましだと思う。この番組に出てくる中国人の若者や、日本の右翼青年たちと実際に会ったとして、まず面倒なのが彼らの発する「他人の言葉」を聞き流し、武装解除し、最後にようやく現れてくるだろう「自分の言葉」に達するまでの過程だと思う。勉強する前にまず会って話することが大事なのではないかと考えるわけだが。
16 某社長と会食
 さて今日から仕事再開だ。早起きして犬の散歩した後事務所へ。かといって電話が鳴りまくるわけでもなく、個人的に弛緩した脳をリハビリしながらパソコンを立ち上げて恐る恐る仕事モードへ。月末のセミナーの準備など。お昼はコンピニサンド。夕方から器材ライブラリーの整理を仕上げ、コピーして発送する。夕方、セミナー講師の自宅にお迎えに行き一緒に某ラボの研修会場へ。講演会を聞きながら僕は後ろ席のでパソコンを広げていつものように内職。どうしてこういうときに限って能率が上がるのでしょう。でもこれって高校の授業中に他の教科の試験対策をしてたときと何にも変わっていないような。その後、先生と一緒に市内中心部の焼肉屋へ。隣の県の同業者社長と営業さんがと一緒に会食。その後僕は社長呼び出していつものTwo-Fiveへ。12時くらいまで業界話やら人生観やら。僕もついに年下社長に能書き垂れる立場かい。。
17 家族と居酒屋へ
 午前中はいつものように社内で仕事。ずっとサンボマスターが掛かりっぱなしだ。息子もいい加減に飽きてきたらしく「ねえ、いつまでこれ聞くと?」と言いながらも勝手に3度でハモっていたりもする。僕らの血肉と化したサンボ。この勢いに乗ってどこまでもいくんだぜ。お昼、その息子が勝手に会社の鍵を自宅に持ち帰ってしまう事件発生、キーホルダーにクルマの鍵も付いているので身動き付かず。ようやく呼び出して鍵を奪い、約束の時間に遅れて某社へ。いつもの月例ミーティング。今あたためている構想について話し、理解と応援を得る。その詳細についてはもうちょっと後で書きます。とんで引き返して会社で税理士事務所とミーティング。こちらもその話題を。夜、家族と外食しようと大吉に歩くがあいにく閉まっていて、かなり歩いて昔一度だけ行った居酒屋へ。妻と構想の話しをしようと思ったがなんだか気が乗らずなぜか無口な僕。
18 HDDレコーダー
 今日も事務所にいるのだがなんか調子悪くて頭が働いていないのが自分でもよくわかる。それでもとりあえずやらないといけない月末のダブルブッキングセミナーズの各種手配を進める。お昼、先月末から壊れっぱなしの東芝HDDレコーダーを持ってヤマダ電機へ。2解も連続して壊れて録画内容が全部無くなったのは許せないわけですよ、とぐたぐだ。帰って月末の実習セミナー用の模型を妻に発送して貰う。夕方、近所のメーカー所長がやってきて某社人工歯の取り扱い方法について協議。なんかこの人も参っちゃってるんだなあ。業界中みんな病んでる。
19 大事な決断、大事な話。
ひたすらに、大音量で聞き続けるわけですよっ  今日は人生で一二を争う重要な日となるのかもしれない。なんて考えながら朝から佐川とヤマトの営業所を回って荷物を受け取る。途中受講生より電話がばんばん。昨日送った模型、どうやら完全なものではなかったようだ。メーカーの出荷ミス、もちろん確認せずに妻に送らせた僕の手落ち。事務所に戻って対策を取ってFAXで平謝りの文書を送る。まったく朝からついてないぜ。おまけにThinkPadが急に会社のネットワークに接続できなくなるトラブル。これじゃ仕事にならん。システムの復元をしてどうにか接続を完了し、あちこちにメール送りまくる。お昼過ぎアマゾンに頼んでたサンボマスターの1枚目のCDとサンボマスターブックという本が届く。目一杯忙しいんですよって思いつつも、つい。
 夕方、サンボを収録したiPodで武装してcopenに乗り込み、インターへ向かう。目指すは大分。だいぶ、ではなくてオオイタ。音楽で武装するってことの意味が突然わかる。まるで夜の町の美女たちが香水やコロンで武装するように、誰にも見えない勝負下着を装着すように、僕たちはiPodにサンボマスターを仕込んで心の武装ってやつだ。こいつらの演奏を聴いていたらどんなことだってやれる気がしてくるし、やらないといけない気がしてしまうんだよ、10歳も年下のやつらの音楽に何を僕は動かされているんだろう。流れ去る景色を追わずに歌詞に集中しさえすればしばし僕は10代に戻ってあの「コンチクショー」気分を全身に纏うことができるってもんだ。
 予定より少し遅れて大分市内に入る。渋滞を計算に入れていなかったので、けっこう遅れて待ち合わせのホテルへ。彼はすでにロビーで待っている。僕はクルマを止めるだけのことにも右往左往し、ようやくホテルにチェックイン。2ヶ月ちょっとぶりだから挨拶もそこそこに関アジのお店に連れて行って貰う。  業界話、季節話の後、僕は唐突に切り出す。「うちの営業を引き取って貰えませんか」。もちろん誰だって驚くに違いないが実はそんなことを口走っている僕に一番びっくりしていたりもする。考えていた順番がぐちゃぐちゃになってしまったけど、事情を話し出す。ちなみに彼は僕が社会人デビューした当時の直属の上司である。営業の神様とか当時は呼ばれていたのだけど、そのぶん僕は反発しながら、しかしいろいろ教えて貰ったのはもう17年前の出来事。その人が出向で大分の同業者に去年から来ているのだ。何度か会ううち、親交が復活、そして今月頭に息子と海遊びに出かけ、帰りの有明海の干潟を眺めているときに突然こうしようと思いついてしまった。どうしてそう思ったのか自分でもわからない。いままで考えつきもしなかった考えに突然辿り着き、冷静に検証してみたらもはやこれ以外に方法はないとまで思えて、お盆前に彼に「会って欲しい」とメールを送った。そして今日だ。
 僕は15年前に自社に入社し、親の跡を継いで仕事をしてきた。34歳の時には会社分裂の危機を迎え、同時に社長となった。3年前には自分の会社も作った。そうして2005年の現在、僕の手元には二人の営業社員と妻と息子と犬とがいる。妻と息子と犬は新会社で食べていく目処が立ち、自分自身もその仕事に没頭しているのに気がついているのだが、一方で親から引き継いだ会社は、社員に任せっぱなし、もっといえばほったらかしに近い状態となっている気がする。このまま5年10年はこの状態を続けることは可能だろうが、果たしてそれがこれから30代を迎える営業ふたりの人生にとってどうなのだろうか、とずっと悩んできた。こんな僕の下にいて営業として開花するのだろうか。それよりももっと彼らを成長させるための器、つまりマネージャー、先輩、同僚、環境が必要なのではないか、と考えた。しかしなかなか最適な答えが見つからなかった。そして干潟を眺めていたときに思いついてしまった。そして僕は、そんな時躊躇せず動いてしまう方だ。後悔は後ですればいい。
 いろんなことを打ち明け、20代の新入社員のように酒を飲み、いくつかの店を回ってホテルに戻った。今日はよく飲んだ。そして、先に進むことになった。
20 これで自由になったのだ
 暗いうちに目が覚めてしまった。昨日の話を順番に思い出す、よかった記憶は繋がっている。iPodをたぐり寄せ、サンボマスター。「これで自由になったのだ」の激しいリズムをフルボリュームで脳内に響かせる。目が覚めてきたぜ。明らかに昨日とは違う朝。15年前からの環境にぶっとい杙を打ち込んだ後のビリビリくる感じがちょうどこの曲のビートとシンクロしている気がする。サンボマスターを聞くといつも涙が溢れてくるだなんてよくあちこちのブログに書いてあったけどなるほどそうなのかもしれない。
 8時にチェックアウトし、オープンにして国道を久留米まで走る。高速で移動する予定だったが早起きは三文の得だ、山道を気持ちよく流す。いろんな音楽が僕のまわりの空間を漂いながら時速60kmで移動していくのだ。お昼過ぎ、ようやく目的地の同業者のオフィスに到着。なぜか僕がここで行われるIT関係の商品説明会に参加することになってしまって、いちおう義理を果たしに。衆議院に立候補して社長で有名な会社の歯科向け製品の説明会。うーん。まあいいんだけど。まあね。
 夕方、今度は高速に乗って熊本に戻る。夜は今度こそ焼鳥大吉に家族で出かける。息子の誕生日祝いだ。おまけに開店7周年記念ってことで半額の焼酎を3本キープして、クジにあたって花火セットを貰って僕らご満悦。仕事もいろいろあるけど、月に一度この店に来る程度の贅沢で僕らは十分な気がした。
21 夜が明けたら
 カモンっ。夜が明けたらという曲です。まあそれはおいといて。10時からサンデープロジェクトを見たりという日常。キャスターが香港のテレビで討論をしている。電波が政治の壁を壊したのは1990年代。でも今は違うと思う。もちろん大きな力だけど。犬を連れ出して久々にゆっくりと散歩する。僕の両耳は二本の白いコードで武装済みだ。  昼過ぎ事務所に出かけるとまたもネットワークが不調。再起動を繰り返しながらサンボマスターブックを読みふけってしまった。その後請求書発行、チェック。明日の出張の準備をしたり長文のメールを書いたり。秋のセミナーの交通関係の手配も勢いでやっつけてしまう。夜はコンビニ弁当を仕込んで自宅でF1トルコGPを観戦。
22 福岡日帰り出張、妻子は海外離散
 7時半にクルマに乗って福岡へ向かう。9時半に某社に到着、器材ライブラリーについて説明。11時半に熊本にまた戻る。途中でcopenの走行距離3万キロ達成。購入2年1ヶ月である。ラーメン屋で食事して会社に戻る頃、妻子は熊本空港から羽田に向かって飛び立っていた。息子は今日から月末まで妻の実家で過ごすことになる。妻はなんとベトナム一人旅である。僕の貯めたマイルを使って一人で海外旅行とはフテエ奴だ。羽田で親戚に息子を渡したあと成田へ移動しそこからホーチミンへ飛ぶという。まったくお気楽なのである。そしてその間僕は、会社の新しい体制を作り上げるために邪念を捨てて邁進する、という構図なのである。まあそれもいろいろ気が迷わない分よいかなと。
 午後から会社で一人で過ごすがこれといった電話もなく、ぼうっとしている。いろいろ考えすぎると良くない。かといってこんなに考えないのも良くないのじゃないかな。日が暮れてようやく頭が動き出しメールの返事をあちこち書き出す。夜は一人で食事して寝るだけ。遅くに妻から電話がある。もうベトナムに着いたらしい。FOMAって海外でも普通に使えるらしくて、なんかどうも海外に行っているって気がしない。向こうもそうなのだろう。
23 深夜の犬散歩はけっこう楽しい
 目が覚めても一人。いやちがう、犬が居た。散歩に連れ出す。えさをやった後は佐川に荷物を取りに。事務所で検品引き当て作業を行い、淡々と業務をこなす。昼は近くのラーメン屋で淡々と。味は濃かったが。お昼過ぎに週末の熊本セミナーの当日資料を印刷。その後金属回収業の所長が挨拶に来る。でもなんで来たんだろ?夕方は週末のセミナー打ち上げ宴会の手配と案内。夕方、メーカーさん営業がやってくる。会社の行く末をいったん決めてしまった後にしかしそれを知られないように相づちうちながら商談するというのはなんだか妙な感じだ。夜は毎月のスタディグループ例会。22時過ぎに近所の居酒屋で食事会。クルマなので飲まない。深夜、家に戻ると犬がきゅーんと鳴いている。そうか散歩だったよな、と少しばかり湿った空気の熊本の夜を二人で歩く。誰もいない深夜の公園、僕はiPodと柴犬を頼りに僅かな灯りと暗闇が滲むさまを楽しんでいる。
24 大分日帰り出張
 今朝も早起きして佐川、ヤマトと走る。荷物を整理した後、営業二人がやってきて週1のミーティング。オレはこの後大分に走るんだけどね。でもそんな話はできないからね、とにかくは営業は数字です売上です利益です新規開拓ですと喋りながらもやはりそれは空虚なトーンだから伝わっていないよねって自分でも思うよ。そうして僕はお昼の発注を終えた後、電話を転送にセットして、copenに乗り込み、インターからするりと流れゆくわけだ。夕方、くだんの会社に入り、今度は社長と面談である。当方の事情と条件要求事項を伝える。伝えると言ったって別に金銭的な要求をしているわけではない。僕は一人でやっていきたい、だからといって社員を路頭に迷わせるわけにはいかないので、同じ条件で引き取ってくれ、悪い話しではないはずだ、というシンプルな話しだ。だから2時間もすれば話すことはなくなってしまい、帰路につく。久住高原の雄大な景色を眺めながら山口隆君の絶叫を山々に響かせつつ僕はオープン走行。帰り道はいつだって速い。21時には熊本の王将にいて、天津飯と酢豚で一人にしては豪勢な夕食。自宅に戻ったらまた愛犬が鳴いている。そうか。今日も深夜の散歩に出かける。自宅に戻ってもやることはないが、しかし脳が起きている感じがして、そうだ、ビデオだ、とこないだNHKでやっていたサンボマスターのインタビューとスタジオライブを2回連続で見てしまう。気がつけばビールが転がり、僕の回りにはティッシュが散乱だ。もちろん僕に変な趣味はないです。
25 なぜかサングラス
 今日も早起きして犬の散歩、トラックセンター。夏なんだなあ、と思う。夏の早朝って小学生の時の匂いがする。理由はラジオ体操の時にいつも同じ匂いがしてたから。たぶん夜のうちに木々ががんばって還元した酸素の匂いなんだなあ。こうやってみると僕はもう40を過ぎたというのにあの頃から何も変わっていないって気がする。同じように感激し、畏怖し、挑み、逃げ、笑う。きっと80になっても同じなんだろうなあって思う。それはたぶん僕にとっては良いことなんだろうけど、息子にとってはどうなんだろうなあ。まあうちの親も同じような感じなんだろうけども。オレそれ嫌だし。
 荷物の仕事が終わった後は週末のセミナーの準備。それと来年のコースの予定を組む。お昼過ぎ業界人数名と電話。お昼からオフィスを出て、セミナーに必要な器材をホームセンターなどで調達。お昼を居酒屋のランチで食べた後、なぜか隣のめがね屋さんに入ってしまい、何となくサングラスを買うことに。実は2年前にソウルで作った度入りのサングラスが先日突然折れて。オープンカー乗りにサングラスは必需品ってことで、ふらっと入って度入りでオーダーすることに。なんか妙に気に入った形があったのでつい。夕方、オフィスに戻り何件か電話して、鹿児島のお客さんの紹介で7件くらいオリジナル製品を代引きで送る作業を1時間。その後メールの返事をだばだば書いて、夜は器材ライブラリーの整理作業。今後はこれがメシの種になるのか。オレっていつも趣味で初めておいて気がつけばそれがメインの仕事になっていくってパターンを繰り返しているような気がする。まあそれってある意味の贅沢かも。
26 しかし仕入の契約って酷い
 今日も朝から荷物の仕事。すっかり事務系の仕事も慣れてきた。慣れたと感じるのはたいてい3〜4日後だ。というのは自分で入力したデータを発注して入荷して売上が上がるまでの1クールを体験すると調子が出てくる、そんな感じだ。お昼は近くのディスカウントストアで明日の研修会のPETお茶など購入。お昼は回転寿司ですます。昼過ぎ、税理士事務所と打合せ。今回の件は唯一税理士事務所に相談しているので、いろいろと現状を報告し、今後の予定を詰めたりする。夕方、某器械メーカー営業がやってきて、今年の契約を更新して欲しいが、実は以前から契約金が上がっていたのでして、今回はその差額40万円ばかりを払って貰えないか、と言う。契約金というのは要するに、僕らが仕入先から器械を仕入れた直後に倒産したり夜逃げした場合に備えて予め供託しておく類の保証金である。2ヶ月後には商売辞めたろかと考えている人間がそんなもん払うわけないのであって、しかし正直にそれを告げる訳にもいかず、仕方がないので難癖を付けて先延ばしすることに。どこに難癖つけたろか、契約書をあらためて読んでみると・・・うーんこりゃまた酷いの一言。それ以外何モノでもない。要するに僕ら歯科商店主は契約締結した段階で準犯罪者扱いなのである。器械メーカーが根拠もなく、この会社は危ない、と判断した段階で支払い済みの商品であっても在庫をすべて許可無く回収できる、だとか、あるいは顧客である歯科医院から許可無く売掛金を回収する権利を有する、とか・・・これって商法上許されるのか、ってつい頭を捻って、次の瞬間「おまえらちと酷すぎねえか」などと暴言苦言を述べ始め気がついたら外は暗く。営業曰く「いやあ確かにこれは・・・自分も実は契約書読んだことなくて」ですって。まあそういう私も親の代が締結した契約が自動更新になったまま契約書読んだこと無かったわけで。もうこんな訳のわからん業界は一刻も早く抜け出したいわけですよ、皆さん。
27 熊本で実習コース
KOC2005打ち上げの様子。  午前中は事務所である臨床家の論文を校正して、写真を貼り付けるなどの作業をボランティアで。お昼、ヤマダ電機に出かけ、1年ぶりに携帯電話を買い換える。まあ小さくてそれなりに話題性もあった前機ですが、あまりに使いづらいのとバッテリーが持たなくなったことで、今回は普通の電話に戻そうってことで、事前にネットで決めていたProsolidを購入。その足で今朝論文を校正した先生のオフィスに行き、お渡し。お礼にうどん屋で昼食。昼過ぎ、市内中心部の歯科医院へ行き、今日明日の実習セミナーの準備をスタート。15時、受講生が集まり1ヶ月ぶりにセミナー開始。ちょうど同じ時刻に東京の研修会場でもほぼ同じ内容のセミナーをスタートする。こちらにはホーチミンから帰ったばかりの妻を投入。彼女もこれまでの経理中心の仕事から始めて前戦に配属されるとあって気合いが入っているようだったが、旅疲れがでて暴走暴飲暴食しなければよいのだが、と細かく携帯メールで指示を送る。熊本のセミナーは初日に予定を無事終わり、夜は中華料理店で無事に打ち上げ。今回は珍しく二次会にも出かけ、最後にすっかりできあがっている今朝の先生と二人でラーメン屋に入りまたもビール飲んで日付が変わる頃家に戻る。さすがに今日は犬の散歩する気力ないし。
28
KOC2005支台歯形成セミナーの様子ですよ。  早起きして、昨日の研修会場へ走る。東京の会場も無事にスタートしたようである。妻もうまく皆と仲良くなって宴会でも盛り上げてくれたようでひと安心。こちらも今日は実習なので問題がないように手配しながら、進行させる。さすがに4年目ということでさほどトラブルもなく進行。昼食はいつものイタメシ。夕方、全員に修了証を渡し、記念撮影で半年間の予定を無事に終了した。といっても来月無料補講をすることになったのだけれど。夕方、自宅に戻り2日ぶりに愛犬と散歩。今日はゆっくり回ってあげた。定食屋で晩飯を食べ、22時には眠る。
29 今後の企画をたくさん書く
 朝一番で荷物を受取りに回る。いつものように9時から伝票入力など。お昼は近所のラーメン屋。お昼過ぎになると暇になってきたので、今後の仕事を進めることに。来月の東京・鹿児島同時進行コースのスケジュール見直し。10月の熊本講演会のチラシ制作。来年1月の熊本講演会のチラシも勢いで制作。もうひとつ勢いづいて来年の半年コースの案内文もイラストレーターで制作。ふと思い出してそういえばお盆前に某メーカー元所長にクレームメール出してたっけなあ。そういえば返事ねえよ。なんかいらついてきたし。そうだ、そのメーカーの重役に「返事無いしね」ってメールでも送っておくか。夜は近所のメーカーさんの営業所長を呼び出して焼鳥大吉で愚痴を聞いてあげる。23時頃自宅に戻る。それから犬と散歩する。なんか妙に目が覚めてしまって教育テレビで平城京の話題とか見ちゃって。
30 昼間は仕入先と夜は一人で
 今日も一人寂しく荷物を取りに。妻子が帰ってくるのは明日である。朝から電話があり、昨日送ったクレームメールの反応がさっそく。まずは地元の営業所長がやってきて、ただひたすらにすみませんと。いやーあなたには何の問題もないのであって、問題なのは前所長なのだからとりあえず連絡入れるように言ってくれればもうそれでよいのよ、というのだが、どうにもそういった方向には進まぬようで。僕個人がカリカリ来ているって判断なのだろうか、持ち上げてみたり酒に誘ってみたりとお忙しい。なんとか帰った後すぐに今度は福岡の支店長から電話。いろいろお騒がせしてすみませんね、とこっちが謝る始末。そして異口同音に「今度一緒に飲みに行きましょう」とな。ははーんどうやら昨日メールを送ったらそれがトップに伝わって「ああ、takaなら酒飲みだ、飲ませておけば大人しくなるさ」なんて指示があったのだろうなあ、だったらとことん飲み尽くしてやろうか、などと大人げない反応を思いつくが、まあそれくらいでもう疲れが。
 日が暮れた後すこしばかり仮眠を取って、まずは東京のセミナーのスケジュール再調整、次に来月の某講師のウエルカムパーティの企画案内状制作、名簿整理各種メール連絡などで気がついたらもう23時。腹減ったなあ、ファミレスでも行くか、とクルマで向かう途中、FMで流れた日本人デュオの曲がいかんともしがたく気色悪く、一気に食欲も萎えてしまった。こうなるとホントに気分が悪くなってしまい、犬の散歩もせずにベッドで宅録のマニュアル本とか読み耽りつつ寝る。
31 ようやく独身生活も終わり
 朝、昨日できなかった犬の散歩を最短コースで果たす。その後段ボールのゴミ出しをしていつものようにトラックセンター。いつものように午前中は社内で事務のお仕事をこなす。お昼はなか卯で豚丼とうどんを。実はこないだからの蕎麦アレルギーは実は治っているのではないか、と解釈しつつあり、でもいきなり蕎麦を食べて悶絶するかもしれないリスクを独身中に送る勇気もなく、だったらと「当店では蕎麦とうどんは同じ釜で茹でております、アレルギーの方は決してうどんを食べないで」と書いてある店でうどんを食すことからスタートしてみようと思いつき、そしてまんまと戦略は成功、特段体調を崩すこともなく無事オフィスに生還を果たす。夕方からは月に2回のカタログライブラリの更新作業。21時、熊本空港に出向き、妻子との再会を果たす。積もる話しを聞きながら、激動というか本当に人生を変えるだけ出来事だらけの2005年8月は無事に何事もなかったように次ぎにやってくる9月にバトンを渡すだけだ。今月は更新が遅れてしまいました。守秘が大事ってことでさすがにアップできなかったし、それよりも何よりもどう表現して良いのか僕自身わからず、日記のファイルを開けることすらできなかったというわけです。それでも読んでいてくれるあなたに今月もありがとう。

Totalトータル yesterday昨日の訪問者数 today  本日の訪問者数
OURDENT.COM