taka's業務日誌 2005年12月

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diary
1 中古車イプサム購入
目立たぬ板金屋さんの屋根の下でひっそり次の主を待っていたんだぜ。  12月。あっというまのこの1年。でもいろんなことがあったので、思い起こせばこれまでの数年分の経験をしているのかもしれない。今日は朝から事務所で某社副社長と税理士とのミーティング。だが、業界人の訃報とのことで、早々に切り上げ、11時には解散。お昼は妻と某ラボに出かけ、流通に関する改善ミーティングの予定である。途中回転寿司で食事しようとしたら運転中の妻に携帯が鳴る。話ながら道路を右折しようとするのだが、目の前にトラックがこちらに迫っている。どうみても正面衝突、即死パターンである。ゴルぁァっと叫び携帯を奪い取り「止まれーっ」と声の限り叫んだらようやく気がついたようでなんとか一命を取り留めた。妻は「まったく見えてなかった」そうだ。30m前に大型トラックが迫っているのにである。やっぱり運転中の携帯は危険過ぎる。駐車場で叱りとばしていたら、相手のおばさんからしつこく電話があり、どうでもよい用件を話そうとしている。まったくこいつら何考えているのか。こちらの叫び声くらい聞こえたはずだ。それなのに相手の状況も聞かずに一方的にどうでもよいことを話し続けようとするのだ。殺人罪適用である。こいつとは二度と付き合うなよ、と携帯を奪い取り切る。
 興奮さめやらぬまま回る寿司を食い、ミーティング。60分、議事を進行する。夕方は会社でひと眠りし、小学校に妻を迎えに行きそのまま市内反対方向の中古車屋さんへ向かう。ネットで見つけた10年落ちのイプサム42万円、というのをチェックに行く。混雑していてい到着した頃には真っ暗になっていたが、おばちゃんに案内されてクルマを見せて貰う。ナンバーがないので走るわけにはいかないが程度は良さそうだ。車検を通して下取り込みで50万円とのこと。なによりもおばちゃんを気に入ってしまった僕らはすっかりこのクルマに決めることにしたが、ちょっともったいつけて見積を貰って帰る。帰り道大型電器店で足りなくなった器材ライブラリー用のHDDを2台購入。自宅で鍋を囲んだあとまた事務所に出かけ、明日からの東京名古屋出張の準備を進める。
2 今日は東京出張
企業協での講演を受ける。私は撮影係。  8時前の熊本発で東京へ飛ぶ。今年何度目の東京になるのだろう。今あらためて数えたら11回目であった。来週も東京なので今年は12回東京に降りたことになる。そりゃマイル溜まるわなあ。妻が全部使ってるけど。モノレールを降りて御徒町へ。組合の会館で某社の某兄弟とソフト打合せ。なかなか良いものができるかも。その後タクシーで今日の会合の会場へ。講演会が始まるが例によって僕は記録係としてDVDビデオを回す。よって眠れない。よって講演の内容もよく頭に入る。2時間後懇親会スタート。あちこち回って業界話。その後タクシーで東京ドームホテルへと移り、某ボスを中心としてワインをがぶがぶ飲む。以前と比べて僕の立場がよりフリーとなったので皆さんも話しやすいのかガンガン本音で語ってくれるのでとても面白い。そしてその分飲んでしまってホテルを出る頃にはふらふら。早くから飲み始めたので日付が変わる前に浜松町の定宿に投宿。
3 東京から名古屋、熊本へ
未来的な中部国際空港から帰る。  なぜか3時半に目が覚めてしまった。昨夜早寝しすぎたからかな。それにしても絶対睡眠量は足りないわけで寝ておこうと思うのだが、思えば思うほど目が覚める。仕方なくテレビをつけると「さらば宇宙戦艦ヤマト」なんてやっているわけです。そうか今年はYAMATOブームだったんですね。戦艦の方だけど。たしか中学1年くらいの時に駅前の映画館で観たぞ。僕は小学校4年の時に元祖宇宙戦艦ヤマトテレビシリーズの虜になり、あの頃にしてはハードなSF設定、松本零士のメカ設定などにすっかり嵌ってしまっていた。既にSF少年だったからそれまでのヒーローものの嘘くささが大嫌いで、しかも当時天体望遠鏡を買うためにお小遣いを貯金するようなガキだったこともあり、クラスに2人くらいしかいなかった貴重なその筋の友人らと毎週どんな結末になるのか妄想を膨らませていたのであった(しかし当時既に熊本は半年遅れの再放送だったのだけど)。それから数年後、この「さらば〜」の映画が封切られ、転校先の友人と映画館に行ったときのことは強烈に覚えている。行列に並んでいると、出てくる子供たちが全部泣き顔なのである。僕の知っているヤマトはハードSFなのに、どうして女子が泣き腫らしているのだ?ようやく席に陣取り映画が始まる。以前と比べてずいぶん絵が綺麗になっているなあとか思っているうち、どんどこ闘いに勝ち進み、最後は特効自爆テロなのであった。ある意味泣きたくなりましたよ。なんで僕が数年妄想をたくましく展開してその後の地球世界をSF的に構築し、プラモデルやら絵を描いたりで展開していたのに、ぶち壊しちゃうのよって感じで。まあ当時はそんな分析魂は無かったから、ただ何となくショック、を受けて帰ってきたのでございました。
 そして2005年。その時以来になる映像を目のあたりするといろいろびっくりであった。まずは絵がそんなにキレイでもないということに気がつく。ストーリー展開が無茶苦茶安易で設定も破綻していたこと。当時はやっていたスターウォーズ第1作の完全なるパクリ進行が随所にあったこと・・・何よりこりゃSFじゃねえな、ということ。これを成長と呼ぶのでありましょうか。ところで我が息子よ、30年後にデュエルマスターズ並べてみて泣くなよ、と俺はいいたいわけですよ。
 まあそんな話はどうでもよろしいですね。結局そのまま眠れずに朝を迎え、6時過ぎの新幹線にのって名古屋へ。車内で熟睡しようと思ったが飛行機と違って気がついたら博多、というリスクがあるので少ししか眠れなかった。8時過ぎ、名古屋駅に到着、モーニングで再度目を覚まし、地下鉄で先月訪問した歯科商店へ。今日は納品説明なのである。若くて気の良い社員さんたちを相手にいつもよりハイペースで納品説明する。お昼は専務と味噌カツを。別れて地下鉄、名鉄と乗り継いでセントレア空港へ。最終便を取っていたのでえらく時間が余る。一つ前の便を、と思ったら既にもう飛んでいた。やることがないので空港内をうろうろ。空港の屋上が歩けるというのですごい強風の中歩いてみる。海上空港だからなのか凄い風。よく飛行機が離着陸できるものだ。海の向こうは鈴鹿。来年あたりF1行きたいなあ。そのうち富士に移るかもしれないんだし。さていよいよやることもなくなりロビーでひたすら居眠り。18時過ぎ、ようやく熊本便が飛び立ち、機内でも熟睡。今回の旅は短くてもう熊本空港だ。晩飯は勝手に食え、という愛妻の指示でうどん屋経由で自宅に戻る。
4 惰眠を貪りまくる休日
 9時には目が覚めた。雨である。息子の駅伝大会を見に行く予定が雨で中止。しかし家族は学校に出かけ、家には僕一人である。テレビにも飽きたので日記を書いたり。息子が帰ってきて一緒にワンピースのビデオ観る。眠くなってまたも昼寝。晩飯を食べて23時にはまたも眠る。とにかく冬場の熊のごとくよく、寝る。
5 俺のオフィスはガストだぜ
おまえは猫か、と突っ込みたくなるような網戸芸。  朝から犬がうるさいのだ。寒くなったので散歩に出かけるチャンスが減ったことが不満らしく、ちょっとでも外出する気配があると柵に体当たりして自分をアピールする。しまいにゃ自分で窓を開けてアピールしようとする。おまえは座敷猫かい、と突っ込みたくなるようなパフォーマンスなのである(写真参照)。おかげで朝から家族は大爆笑。で、愛犬をほったらかしにして歯科医院に打合せに行く。事務所に戻り京都のホテルと交渉。午前中は電話とメールであちこち連絡。午後はガストにランチを食べに行きそのまま3時間以上パソコンで仕事する。夕方、器材ライブラリーの訂正作業を行いCD制作発送。夜は息子をテニススクールに迎えに行き、リンガーハットでチャンポンを食べる。そのまま二人で事務所に入り遅くまで各種セミナーの準備を進める。
6 あまり仕事がはかどらない日もある
 なんだか調子が出ない。まあそういう日もあります。11時、来週の忘年会の返事が集まっていないので催促メールを書く。夕方オリジナルのバーセット改訂の企画書。夜は先週の流通ミーティングの議事録を完成させる。深夜自宅に戻り新しいコンサル契約のためのプレゼンを作り上げる。こうやってみるとけっこう仕事しているじゃないか。
7 歯科医院ミーティングに同席
 朝は念願かなえてあげて愛犬の散歩。しかし寒いなあ。11時、某歯科医院に行き、近くの日本料理店で昼食を取りながら院内ミーティングに参加する。これまでも何度か同席したが、今回は材料納入業者としてではなく、一経営者として発言できるのでけっこうズバズバ言いたいこと言えて面白い。聞いてくれるし。自分でも以前より立場が明確になったので、自分なりの視点が正確になった気がする。「何でもあり」ではなくて「良いこと悪いこと」の基準が明確になったというか。それってもしかして年取っただけかも。帰り道、文房具屋で名刺用紙を買い、新しい名刺を作って印刷。夜は自宅で生春巻きパーティ。22時にはまたも就寝。我ながら毎日よく寝ます。
8 車内であちこち交渉やら企画やら
 早くに目が覚めて同業者の所長にメールしたり。佐川に荷物を取りに行って事務所で検品作業。来年2月の講演会の募集を自社サイトにアップ。東京の出版社から電話で必要資料を探してメール。お昼過ぎ東京の講師から電話でオリジナルバーセットの改訂について決定。その後来月の熊本講演会の展示依頼書などを制作発送。来週の忘年会の返事催促を数軒に電話。セミナーの招待状を作ってあちこち発送作業。夜は器材ライブラリーを1軒、急ぎがあって制作発送し、その後来年の全国縦断講演企画を立ち上げて企画書にまとめたり。  
9 新宿ぶらぶら節
 そういえば来週末の熊本での忘年会の会場を探すのを忘れていた。やばい。朝からネットやら電話であちこち探すがさすがにどこも満杯である。時間が迫ってきたので10時に熊本空港へ。10:45発のフライトで今年最後の東京出張。車内でもパソコン広げて仕事を続ける。本当に移動中の仕事がいちばんはかどる。昼過ぎ羽田に到着し、京急で品川へ。駅前のホテルにチェックイン後、JRで中央線沿いの某社へと向かう。途中の駅でなんとそこの社長とばったり。二人で会社まで出かけて技術部門の方といろいろ打合せ、というか教えて貰う。2時間後、社長と新宿高層ビルのロビーに出かけていろいろ。そこに東京のメーカーさんの社長とそのお友達の某WEB制作会社の社長が登場、壮絶なる新宿ぶらぶら節がスタートしたのが19時。飲兵衛横丁で志茂田カゲキさんらとなぜか盛り上がり、カラオケボックスで遅くまで絶唱。タクシーでホテルに戻ったときはもう3時半でございました。
10 東京コース打ち上げ
今年の東京コース最終日の風景。  10時に目が覚めるもこれはまた強烈な二日酔いでございます。まずはトイレ。便座と友達になること1時間。電話が鳴りこれからこっちへ来ないかとは代々木上原。電車を乗り継ぎどうにか到着するも話す言葉はどこか別宇宙から鳴り響くかのごとく、しかししっかり自分の言うべき事をまとめて伝えているところは流石かな、いや違うこれは付き合いの長い相手がきちんと翻訳していてくれるからである。お昼ご飯をいつもの中華料理店で、と誘われ4人で移動するも僕がオーダーするのは「半チャーハン」がやっとの事で、それでもようやく口に入れることができたのはそのまた1/4。ってことは1/16チャーハンでありました。15時半から今年のコース最終回が三田の研修室でスタート。今回は第1回、第2回はどうしても参加できず妻に参加させていただので、今回僕は初めての参加となるのである。しかし内容的にはついこないだ鹿児島で終わっているので特に不安はない。自分の出番に関しても同じように時間が迫っていたので3倍速でつらつらと。無事に初日終了し、20時半に居酒屋へ移動して懇親会。初めてお目にかかる先生方と懇談し、最後の挨拶もきちんと締め(本当か)、考えてみればつい数時間前には一生酒は飲むまいと誓っていたのではなかったのか。その後ホテルに近接するファミレスで甘物食しながらも睡眠世界へのドアを蹴破る40男。
11 最終日を終え、熊本へ戻る
 7時の目覚ましで目を覚ます。チェックアウト精算を行い、ファミレスで皆で朝食である。タクシーで会場まで移動し、いつものようにセミナーがスタート。僕はもっぱら別室で来年の企画や会員組織についての議論をまとめ、形にしていく作業。会場では実習が進んでいる。あっという間に終了時間が来て遠方組の僕らはばたばたと荷物をまとめて会場をあとにし、地下鉄に乗る。羽田空港に着いたらイタリアレストランでパスタ食べながら打合せ。来週末も熊本で同じメンバーで会うことになっているので特に感慨もなく別れ、第1ターミナルから熊本へ。ところが機体の都合とかでフライトが思いっきり遅れ、自宅に戻ったのは予定より1時間以上遅い22時半頃であった。
12 少し体調を崩したかな
 今朝はゆっくり休むことに。10時過ぎようやく着替えて犬の散歩。いつものようにiPodでPodcastのニュースやらトークを聞きながら2kmくらい歩く。昼前に事務所に行き、妻を誘い出して今週末のセミナー会場に下見がてら食事に。市立の施設に入ってるレストランなのだが、どうしてこうも応対が公務員的なのでしょうね。あからさまに客に料理を提供してあげている、というスタンスなのである。こういうのって伝染するのですかね。それよりももっと気になったのは店の名前。わざわざふりがなを振っているのには感心するわけですが、普通数字の七は「しち」じゃないですかね。「ひち」ってのは違和感ばりっばり。事務所に戻って仕事したあと息子をテニスの迎えに行き、これまたいつものラーメン屋へ。しかしどうにも熱っぽくてだるい気がする。年末に風邪ひくのは嫌だなあと早めに家に戻り風呂入って寝ることに。
13 忘年会
 午前中は来年のイベントのために講師の略歴データを制作。その後、アスクルで少しだけ作った来年の社名入りカレンダーを講師らに送付。午後は知り合いの社長から電話。話を聞いていると「いや、そりゃダメでしょ」と1時間以上いろいろ話を。夜の忘年会の準備をしたあと、市バスに乗って中心街へ。年末の大渋滞を予測して早めに出かけたら結局1時間くらい早く到着してしまい、同じような境遇の先生たちと時間を潰す。忘年会がスタートし、進行する。来年の抱負を皆で語ったり。久しぶりに二次会にも行くことになり、始めていくクラブへ。そういえば最近こういう女性が酒を作ってくれる店に来てないなあ。以前は年に100回くらいは行ってた気もするけど、多分今年は10回もないです。皆と別れてタクシーに乗ろうかと思ったけどたまには、と久しぶりにTwo-Fiveに顔を出すも、何となく居場所がない気がして1時間ほどでタクシーに乗る。何だかんだ言って飲み過ぎてるよ。
14 Googleの地図にはまり
 佐川に回って事務所に出たけど頭が痛い。やはり昨日飲み過ぎているか。そういえば昨晩お店の精算をクレジットカードを使おうとしたら限度額とか言われて使えなかった。妻に「どういうことよ」と文句を言ったらさっそくカード会社に電話していた。実は先日マイレッジがよく溜まるようにとか言う理由でカード会社をswitchしていたのだった。電話の向こうの女性が言うには、とにかく限度額というものがあるので1年くらい使って貰いそれからそれを上げていくか下げていくかを自分たちが判断します、だそうで。まあ自己破産者続出のご時世だから仕方がないか。それにしても電話の応対悪すぎ。まるで犯罪者扱いですよ。というわけでこれまで使っていたカード会社に電話して、やっぱり復活します、ってことに。午後から少しヒマになり、パソコンを眺めていたら何かのきっかけでGoogleの地図サイトに行き着く。いやあこれは嵌る。最初は自宅近辺の地図が拡大したり縮小したりするのが面白かったのだが、これに航空写真モードがあることを発見。そのまま京都や東京など知っている場所をいろいろ見ながら、ふと海外はどうなんだろう、とそのままカーソルを移動するとなんと北朝鮮やロシア、ドイツからイギリス、パリ、ポルトガル、ニューヨークとどんどこ移動できて行くではないか。しかも大都市になればクルマ1台が認識できるくらいの拡大率。なんだか海外旅行に出かけている気分になり気がつけば3時間くらいイラン高原の砂漠の砂模様やパタゴニアの海岸などに魅入ってしまった。本当に21世紀って素晴らしい。そのうちこの画像がリアルタイムの映像になってしまったりするんだろうな。それに音が加わり、匂いが加わり、3次元画像になり。気がつけばバーチャルツアーで。その頃僕は生きているだろうか。願わくばリスボアの下町に映っている被写体になっていたいものだ。
15 今月の焼き鳥大吉ですよ
 なにやら日本海側では凄い大雪になっているらしい。週末の講演会の講師はその新潟から招くのである。はたして無事に飛行機は飛ぶのか。いくつかパターンをしてそれぞれに対策を想定して関係者にメールしたり。意味もなく昨日のGoogleの地図サイトで新潟を見てみたり。ってリアルタイムの映像じゃないのに。でも数年後にそうなっていないとも限らないなあ。そのままズームしたら空港の情報が見えたりしてね。しかしそうなると世のおじさん方は浮気もできませんなあ。あ、今でもしちゃダメなんですが。僕は愛妻が作った焼き豚弁当というとてもヘビーな昼食を二人で。15日なので器材ライブラリーの更新作業。だんだん熊本も冷えてきた→僕の家は古いのでとても寒い→今日はたくさん仕事したよね→これからあの寒い台所でご飯作るわけですか→ああもうご飯つくる気を無くした→今月はまだ大吉行ってないよね。演繹法にて家族3人で焼き鳥大吉へ。最近飲みっぱなしで胃腸が疲れている僕は今回も運転手でした。
16 すき焼きパーティですよ
 朝から佐川回って事務所で作業。先日ライブラリーを納品した名古屋のお客さんから電話でパソコンが壊れたと。ありゃまあ、どうしましょう、と電話しながらそういえば先日某社に引き渡した什器の中にThinkPadがあったんだけど、「使わない」とか言う理由で戻ってきてたんだっけ。ていうかパソコン類一式すべて譲渡拒否されて事務所に出戻りなんですけどね。さっそくそれをセットアップして代品として名古屋に送ることにした。もともと秋葉原で中古購入したものだけど、利用して貰えるところに嫁に出すのは彼にとっても幸せであろうよ。その後ひさびさに歯科医院を回る事に。たまたま回ったところで某メーカーの営業とバッタリ。昼食後、セミナー講師の先生に彼を引き合わせることになり同行。やっぱり外を回るといろいろ情報がありますね。ちなみに最近は外回りもすっかりノーネクタイになってしまっているのですが、幸いなことに小泉政権がウォームビズとか流行らしてくれたので良い言い訳になってます。僕は昨年の冬からだんだんネクタイを締めなくなっていたのだけど、最初はちょいと気が引けてたわけです。夕方事務所に戻ると子供が学校から帰ってきたのでGoogleの地図サイトを見せて世界旅行を一緒に体験する。家に帰って21時からすき焼きパーティ。とても久しぶりだけどやっぱり生卵と肉は美味しいです。
17 大雪の中、忘年会も大変
大雪で懇親会は寂しいスタート。  朝一で新潟の講師からメール。なんとか飛べそうです、ということ。さすがに北国の空港は躾が違う。それに比べて問題は南九州である。こちらも昨日あたりから冷え冷えで高速道路はかなりの確率で寸断されるという予想。九州は雪や凍結の対策がほとんどされていないし、そもそもノーマルタイヤしか走ってない、チェーンほとんど持ってない、4WDなんて趣味の世界、なのである。明日の講演会の申込者って南九州が大半なのでこれは怖い。しかしとりあえずは準備を進めようとディスカウントストアでペットボトルのお茶を購入したり、受付名簿を整理したり、書籍購入申込書を作ったり。今晩は関係者だけで懇親会を予定しているのだが、二次会の設定も必要だろうとあちこち電話してとりあえず2時間だけカラオケボックスを手配。本当は1次会で終わる予定だったのだが、どうも時間内に全員揃いそうもないという予想してのことだがこれは後から考えたら大正解。午後は1時間くらい来年のコースについてまとめ。16時、バスに乗って中心街へ。いよいよ雪が降ってきた。寒い。あまりに寒くてコートとマフラーでも耐えられないほど寒さが身にしみる。いったん懇親会場を確認してしばらく時間があるのでモスバーガーに入り野菜スープで暖まっていると福岡の先生から電話。近くにいるというので一緒にモスでお茶することに。しかし寒いですね、と話していると店の外でおっちゃんが水を撒いているではないか。おいおい、と思っていると今度は車道にまで撒きはじめた。これってほとんど殺人罪じゃないのかしら、と思うんだけど。きっとこのオッちゃんは毎日この時間に水を撒いているんだろうな、と想像する。今日はたまたま氷点下レベルまで冷え込んでいるけど、それが凍結に直結し、人が転倒したりクルマが追突したりとかの想像はしないんだろうなあ。そういうことって僕もきっと毎日考えずにやっていて誰かに非難されていたりするのかなあ、なんて思う。きっとそうなんだろう。
 18時に予約していた店に入る。当然僕ら以外は誰も来てない。皆、遠方からの参加者なのだ。鹿児島からJRで来た先生が来たのが15分経過した時点。まだ3人。「予約してないのですが2名入れますか〜」なんて玄関口から聞こえてきて、店員さんが「すみませんねえ」なんて断っている。なんだか心なしか僕らへの視線が思いっきり冷たい気が・・・予約時に20名だったのが、既に朝から電話などで12名にまで減らしているのに、30分経過して未だ3人なのであります。それからぼちぼちようやく集まり始める。聞けばインターから市内までピクリとも動かぬ大渋滞らしい。歳末の土曜日で雪やら凍結だとそれもそうだ。なんて店の人に聞こえよがしに大声で話しながら、もういいか、飲んじゃえ、と飲み始める。結局全員が揃ったのは19時半、予約終了30分前でありました。それから近くのカラオケボックスに移動、誰が歌うということもなくホームパーティ状態。飛行機が遅れていた講師がようやくメーカーの所長さんのクルマで到着。しかしここの予約も2時間であり、延長は許されないのだ。東京からの講師がようやく22時前に到着との報。とりあえず場を解散し僕はホテル日航へ向かい、ようやく到着した宮崎組と歩いてなじみの寿司屋へ。どたばたしまくりの今夜であったが、ここで3軒目のビールを飲んでいるうちようやく落ち着いてきた。その後講師お二人とホテルの部屋にて朝2時までいろいろとお話しを。
18 今年最後のセミナーもなんとか無事に
何とかスタートできた今年の星セミナー。  7時半にホテル日航。講師らと朝食。昨晩はホテルの部屋でも飲んでいたのでちょいとばかり二日酔い。8時に会場のグランメッセに移動し、セッティングなど。なんと大会場ではアニメおたくさんらのコミケが展開されているではないか。その筋の人たちがたくさん仮装して集結するのである。ひゃあ。それにしても会場から見える阿蘇の外輪山はすっかり雪景色である。ネットで見る限り人吉〜八代間の高速道路は閉鎖されている。受付を妻に任せているが、やはり申込者の集まりは遅いようだ。しかし時間通りに何とかスタートさせる。僕は後ろの席でいろいろとお仕事。お昼は先日下見したレストランで。午後の部がスタートしたらさすがに疲れが出たのかふらふらしてきた。しかし今回は主催者なので別室で眠るわけにもいかず、今度は帰りの心配をしなければならない。ネットでみるとやっぱりだ、熊本発羽田の便が1時間以上遅れているそうだ。今回はパック便で押さえているので本来変更できないのだが、JALと旅行代理店に電話しまくり、なんとか変更して貰えることに。メイン講師はもう一泊して明日の帰りなのでそういう意味では安心。しかし今晩どこで食べるかを考えなければいけないのであった。16時半、予定通り講演が終了し、新潟の講師と鹿児島から駆けつけてくれた社長、福岡のメーカーさんの営業所長とホテル日航へ。ここにクルマを止めて焼肉らむに行くことに。とても美味しいと喜んでくれたので良かった。20時前には解散し、僕は酔っぱらって一人で本屋やダイエーを回ってちょこっとお買い物。代行運転で自宅に戻った。その後寒さのせいか、あるいはご馳走がたたったのか下痢で大変。
19 ファミレス仕事
 目が覚めたら体調は戻っていた。自宅で昨日のお礼やお詫びのメールを書いたり。クルマに乗って松橋へ。歯科医院さんがNPOを設立するというのでWEB関係の相談に乗ることに。午前中いろいろ話をしたあと熊本市内へ戻ってくる。13時半頃近所のファミレスで399円のランチを食べたあと、いつものようにパソコンを広げていろいろメール書いたり。東京の某組合よりデモ依頼が来てびっくり。16時、歯科用ディスポマスクを装着した男がやってきて商談。なんでも酷い風邪らしい。しんどそうなので30分程度で切り上げ、僕もそのまま事務所に戻る。妻の愚痴各種に付き合う。何とか解決せねばと僕も動いてみることに。結局深夜までメールや電話でいろいろと。
20 大分へ
 久しぶりに愛犬と散歩。途中公園で長電話。事務所に出てからはいくつかスタディグループ関係の仕事。名簿の取りまとめなど。来年のコースの器材に関して何件か問い合わせや打合せを行う。15時過ぎ、妻にインター近くのバス停へ送ってもらい、大分行きのバス「やまびこ号」に乗る。今年最後の出張である。バスの中ではもっぱらiPodで音楽を聴きながらNPO設立に関する本を読んだり、パソコン広げてメールを書いたり、来年の新しいコースの企画書を作ったり。3時間半後ほぼ時間通りトキハ前に到着、部屋に入り電話しているうちに時間が来て、今回お世話になった副社長と飲みに行くことに。いつものイカ屋さんで楽しく食事。今回はこれまでの反省会という面持ちであるのでいくつかシビアな話題も出したが、長い付き合いなのでそのあたりはうまくいくものである。たぶん。いつもの二次会に流れ、そろそろ僕もいいたいことをいいまくっており、やばいなあ酔っぱらってるなあと思いつつ、ホテルに戻ってからは意識を失うようにベッドに倒れ込む。何時だったか記憶全くなし。
21 阿蘇山中で遭難しかける
 朝から某社社長室にいる僕。いろんな会社がいて、いろんな社長がいる。僕もそんな一人だ。規模の大小、キャリアの長短、関係なく皆一つのラインに並んで話すこと、これを商談と呼ぶわけだが、自分に甘いところがたくさんあるのに気づかされる瞬間というものがある。やはりダテに長い間経済界をのし歩いてきたわけじゃないのですね。僕ももっと頑張らないとね、と心に刻む。かといって僕は何にも変わらないのだけど、ちょっとだけやり方を変えてみるのさ♪
 その後、まだ早い時間だったが副社長と開いたばかりの中華料理店でランチ。さすがに二日酔いとさっき遅い朝食を取ったばかりであまり箸が進まない。おまけにこういうときに限ってあちこちから電話が鳴る。後半ほとんど本音だけで話をしてしまった。ではそろそろバスの時間もありますんで、と解散。トキハ前のバスセンターまで送ってもらったのだが後40分くらい時間がある。メールチェックしたり電話したりして過ごす。 阿蘇とは思えない雪国の景色。 14:30、時間通りバスがやってくる。昨日読んだ本とは違うNPOの本を取り出して読み耽る。なかなか面白いんだけど、NPOってなんだか組織の一形態というよりも、どうもカウンターカルチャー的な位置づけがなされているようで、反体制的、反資本主義的な匂いをぷんぷんさせているのである。そういうのも嫌いじゃないんだけど。僕はいつも右翼にも左翼にもならないよう自分の中でバランスを取っているつもりなんだけど、えてして世間に流されやすいタイプであることも自覚している。といっても天の邪鬼的に、ということなのであるけど。高校の時に右翼な先生の話を聞いたら、アメリカこの野郎って思ったし、逆にばりばりの共産党員の教師の授業を受けた後は、ソ連ぶっ潰せ、と思ったし、大学に進んで学内に民青がうようよしていたのを見て、こいつらの思考停止ぶりは未来のために良くないから早く何とかしなければ、と思っていた。ようは何かを強制されたり、あるいは自分の思考を停止して何かを崇拝している人たちを見ると右だろうか左だろうが、とにかく腹が立つのである。ってそんな事を考えている場合ではないぞ、と気がつく。
 そう、先ほどから1時間あまり、バスは峠で立ち往生しているのである。あたりは一面の雪世界。国道は延々とクルマの列。多くのクルマが路肩にうち捨てられたように止まっている。ノーマルタイヤではまったく坂道を上れず、特に大型車が時速10km以下でのろのろ運転していたりして、まったく道路が機能していないのであった。 僕らを無人駅に残してバスは逝く。 この時点ですでに出発から5時間以上経過している。まだ阿蘇にまで至っていない。しまった、お昼のランチを残さず完食していれば良かった。まあいいか、と本を読んだりパソコンでメール書いたり。そのうち携帯のバッテリーが切れてしまって家族との連絡も取れなくなってしまった。こういうときに限ってUSBの充電ケーブルを持ってきていない。時刻は20時半。ようやくのろのろ運転で阿蘇の近くまでバスは進んでいる。運転手が客席に向かって「いま、いこいの村、という駅の横にいます。このままですとバスは何時に熊本にはいるか予想もつきません。JRは動いているようですので、お急ぎの方はあと15分ほどでJR最終便が来るのでここで降りた方がよいです」と告げる。しばらく迷ったが、このままここにいても腹が減るばかりだぞ、という単純な理由で途中下車することに。僕の後にも数名が続いた。
さて、駅はどこだい、って歩くとすぐそこにあったのはいいが・・・無人駅じゃん!吹きさらしのホームだけですよ、ここにあるのは。あと15分か・・・雪はほぼ吹雪状態、気温はおそらく氷点下かなり、という状況で8名ほどの人間がホームで「えらい目に遭いましたねえ」なんて話している。中には1歳くらいの子供もいてとても寒そうである。その状態で15分経過。おかしい。列車こないじゃん。無人駅の録音されたアナウンスがむなしく響く。30分遅れているそうだ。全員が呻く。ここであと30分待つことはとても不可能だ。300mほど先にコンビニの灯りが見えるので皆でそこに行って暖を取ることにする。革靴で雪を踏みしめながら歩き、コンビニに入るともうそこは別世界。曇りの取れない眼鏡を拭きつつ、とりあえずおにぎり、お茶、携帯の非常用電池などを購入。店内で頬張りながら家族に電話。ふと気がつくとみんなはすでに駅に向かって歩き出している。そうかもう30分経ったか。地獄のホームに辿り着き、さて、そろそろ来る頃だよな、お、列車が見えたぞ・・でもこれって逆方向じゃない?ここは単線だから、この列車が次の駅まで行って引き返してくるのよ、と地元のおばちゃん。なるほど、ではあと数分でこの列車に乗れるわけだな、と2両編成を見送る。しかし。その後15分くらい死ぬ気で待ったところで今度は肉声のアナウンスが。「ポイント凍結のため列車運行できず、このままだと復旧の見込みが立ちません。他の交通機関をご利用下さい」。。おそらくこの瞬間、ココにいる全員が先ほどのバスの運転手に対し殺意を抱いたに違いない。しかしノロノロとはいえさすがに1時間近く経つとバスは相当先に行っているはずだ。僕は妻に電話し、近くの宿を手配してくれ、とお願いし、自分でもパソコン立ち上げてPHSで接続し、近所の情報を集め始める。しかし帰ってきた返事は「どこも宿は満杯。2km先に阿蘇駅というのがあるが、そこには待合室がある」という情報だけだった。先ほどの遭難仲間はそれぞれの方法で対策を見つけようとしているようだ。
若い兄ちゃんたちと僕はさっきとは違う方向に歩き、阿蘇駅方向のコンビニまで400mほど歩く。ここで帽子と手袋を購入。僕の結論はとりあえず阿蘇駅まで歩く、である。待合室があれば少なくとも凍え死ぬことはないし、JR最終便が動く可能性もある。また近くに宿泊施設がないとも限らない。コンビニ兄ちゃんによれば駅まで歩いて2km程度らしい。ヒッチハイクという手も考えたが、どう見たってこりゃ歩くよりクルマの方が遅いスピードであるし、その間にJRが去っていったら悲劇である。ちょっとそこまで乗っけて、というのはアリだが、見知らぬ人と朝まで付き合ってくれ、と頼むのも気が引けるし。 阿蘇駅は駅員も帰り暖房も止まり、取り残された乗客だけが不安と闘う場と化す。 ということでいろいろ考えるまでにとにかく歩くことにする。ただ歩くと寒いので犬の散歩程度の早歩きで。ドライバーが異様な目つきで僕を眺める。そりゃそうだ。スーツ姿の男が両手に鞄を抱えて帽子手袋で雪道を行軍しているのである。走っているうちにだんだん暖かくなってきた。景気づけに音楽を聴きながら転けないようにリズムを刻んで走る。あっという間に2kmを完走、国道から少し入ったところに阿蘇駅が。
 しかしこりゃまた寂しい駅だなあ。けどさっきの無人駅と比べたら天国と地獄だ。中に入ったらやはり10人くらいが待っている。さっきのメンバーはいないようだ。女性客に「ここ1時間くらいで列車は来ましたか」と聞いたら来てないというのでほっとした。ほっとしたのは束の間、だんだん体が冷えてきた。駅員は誰もいない。なんと、ここの駅員は暖房を切って帰っているのだ。小さな怒り。経費節減か何か知らんが、こういう何十年に一度のトラブルの時くらい駅長が出てきて陣頭指揮するもんだろ、それが民営化ってもんじゃねえのか、とこんなところでアジっても仕方がない。缶コーヒーで体を温めつつ、まあ壁があるだけまだましか、自分を慰める。しかしバスに乗り続けていたら今頃ぬくぬくと居眠りできてたわけで。判断したのは自分だから仕方ないのだけど。
 結局23時過ぎ、ようやく最終便がやってきた。ほっとして乗り込む。けっこう多くの客がいる。途中赤水でたくさんの酔客が乗り込んでくる。阿蘇プリンスホテルなどからの客だろう。なんだか昔の列車みたいに妙な連帯感が流れ、みな口々に体験談を語りだす。よっているおっさんは解放された気持ちから気が大きくなったのか誰にでも話しかけている。立野駅でスイッチバックを初体験。運転手が一人で先頭と最後尾を歩いて運転するのですね。日付が変わる直前、水前寺駅に到着。阿蘇ほどではないが銀世界である。タクシーをようやく止めて自宅へ、とお願いする。すべての車が時速20km以下でのろのろ運転している。いつもの倍以上の時間をかけてなんとか自宅へ。お疲れ様、と妻が用意した暖かい食事を食べながら、ああ、生きて帰れたわ、と実感。しかし今日の日記は長いですね。
22 数十年ぶりの大雪
12月の熊本市内。雪国です。愛犬も庭にて雪国犬を気取っている。  8時半に目が覚めるとやたらと静か。そうこれは雪の感じ。案の定庭には雪が積もり、犬も興奮気味である。妻と家を出てみると、家の前の坂道を主婦らしき女性が運転する四輪駆動車がスケートしている。あちこちでクルマが動けなくなっており、近所の人たちが凍った雪をスコップで排除している。交通機能が殆ど麻痺している。革靴で滑らぬように事務所まで歩き、仕事を再開するも、荷物の殆どはトラックセンターまで辿り着いてない模様。そういうときに限って妙な電話が来る。東京の某出版社の男から妻に電話。何だろうと聞き耳を立てていると、どうやら先日注文した定期雑誌について、送れない、と断り文句らしい。電話を代わり、どういう事?と尋ねると、慇懃無礼に「せっかく残金もゼロになったことですし」とか訳の分からぬことを言う。残金も何もこれまで毎月残金ゼロで20年以上支払ってきているのだが。オッサン、どうやらうちが潰れたと勘違いしているらしい。そもそもうちはここの特約店であり、毎月1冊見本誌が送られてきていたのであるが、唐突に来なくなったのである。まあ僕が営業譲渡の案内を出したからだろうけど、それでは業界情報が読めなくなるので、じゃあ、と1冊ずつ自分のために取ることにしたのだ。それに対して、有料でも送れません、とごねられているのだ。頭に来て事情を説明するもまったく理解できないようだ。日本語を商売にしている人間がこんな理解力で仕事ができるってまったく不思議である。もういいよ、どうでも良いからまずは特約店解消の手続きをしましょうよ、それと突然送られなくなった見本誌の件、どういうことか説明してくださいよ、と電話を切る。いずれにしろ今回の営業譲渡に関して、初めて受けた掌返し事件として一生覚えていてあげるのよ。
 お昼は雪の中にもかかわらず、講師の先生が複合機の買い換えの商談に付き合ってくれってんで妻の車でゼロックスへ。僕も一緒に説明を聞く。そうなんだ、今はこんな事もできるのね、と感心。妻は営業車両譲渡の手続きでまたも役所を回っている。案の定書類不備で戻ってきて一緒に事務所に戻る。事務所では一昨日の議事録を作ったり。夕方は某社営業がやってきて商談。その後年末の混み合った道路を代車で走り、ようやく塗装が終わったイプサムを取りに。明日の福岡行きにどうにか間に合った。遅い時間に事務所に寄り、家族を拾って佐川で荷物を取り、ラーメン屋で外食して自宅に戻る。夜は遅くまで年賀状の写真を選んでイラストレーターでいろいろ細工を。
23 週末天神
 今日は天皇誕生日でお休み。午前中はゆっくり目を覚まし、11時に妻子をイプサムに乗せて高速を北上、福岡へ。妻が見つけてきた息子の国際交流合宿みたいなイベントに出かける。10年前のクルマに装着された10年前のカーナビを操り、空港近くの会場まで。なかなか便利なものだなあと思う。新しい道路やインターチェンジは表示されてないけど。車体価格42万円だもの。カーナビって新品だと20万くらいするし。十分ですよ。お昼過ぎ。息子を預ける。まだ少し雪の残る道路を僕ら二人で博多駅近くのビジネスホテルへ。チェックインし、クルマを預けて地下鉄で天神へ。とりあえず寒いので地下街へ潜る。イムズで二人の洋服を買い込む。僕は実は服を買うのがとても苦手なのである。丈を合わすのとかとても面倒くさい。店員と話すのがどうにも苦手。ところが最初に1着買うと慣れてくるもんで、だんだんと平気になってくる。買い物にも飽きて、小腹が空いたぞ、と天神コア地下の居酒屋に入ってビール一杯飲むぞ、と。ところがどうしたことか、ここのメニューが皆とても旨そうなのである。つい二人で飲み食いしてしまう。でもこの後ブラジル料理店に出かけようと予約しているのである。しかし日本食の誘惑には負け続け、ビール、ついには冷酒にまで手を出し、すっかり良い気分に。恐るべき正福。外に出ると雨が降っていて既に暗い。予約時間には少し早いが雨の中小走りでショーペリアという南米料理店へ。ギターと歌の生演奏を聴きながら南国の料理をいただく。不思議なもので趣向が変わると胃に入るものです。食事後、勢いがついた僕らは近所のカラオケボックスに転がり込み、二人で歌いまくる。いやーzazenboys、完璧に歌えるようになりましたぜ。
24 クリスマスイブは天神デート
 しっかりハングオーバーな朝。寝坊してたらホテルの朝食サービスの時間は既に終了。歩いて博多駅、パン屋さんで軽く朝食。昨日と同じように天神をぶらぶら。できたばかりのアップルストアも覗いてみる。なんか宗教がかっているこの感じ。妙なスマイルの女店員が嫌で出てきてしまった。しかしマック欲しいです。午前中はそんな感じでデート。お昼は博多駅まで戻って地下街の因幡うどん。麺を啜りながら妻が「パパのおかげで今回はとってもグルメな旅よね」とご機嫌。350円のうどん食べながらグルメ、と言ってくれる庶民的な妻をもててありがたいです。
国際交流も楽しそう。  ホテルに戻ってクルマに乗り、昨日息子を預けた施設へ。すっかり英語モードの子供たちが出てくる中で相変わらず息子はマイペースである。バングラデシュからの男子留学生と仲良くなったそうでしきりに僕らに会わせようとしていた。まあ良い経験になったのではないでしょうか。3人で高速に乗り熊本へ戻る。途中睡魔に負けてPAで一眠り。広いクルマはこういうときに楽である。家に戻り、寂しく留守番していた愛犬の散歩。夜は妻特製のオイルフォンデュを食べながら、息子に預けていたデジカメの写真を見ながら彼の説明で盛り上がる。
25 昼は豚。朝まで年賀状。
 クリスマスだというのに朝から歯科医院へ。来年のセミナーのためのビデオを撮影の予定である。モデルさんは豚の下顎。わざわざ東京から取り寄せるのだが、この大雪でどうやらどこへ届いたか判らない状態に。クロネコさんの対応がとても手探りでヒヤヒヤする。どうにかなんとかモデルさん到着。誰もいない医院で先生と二人でセッティング、撮影開始。昼過ぎまでカメラを回し、終了。夕方、一人でガストに出かけ、遅い昼食を取りながらパソコンを広げて溜まった仕事を片付ける。夜は事務所でで年賀状印刷。これが時間がかかりなんと朝3時半までかかる。やることないので日記を書いたり。
26 iPod、入院ですよ
 10時過ぎに自宅を出て隣町の歯科医院へ。先週のNPO法人WEBサイトの相談続き。市内に戻り近くのファミレスで昼食取りながら日記の続きなど。事務所に戻り、商談した後、iPodを取り出してシンクしようとしたら、あれ?起動しない。おかしいな、とネットを検索したり、appleに電話したりするが、結局故障ということで、サービスに発送することに。あらら、年末年始はiPod抜きの生活ですか。まあshuffleがあるからいいけど。夕方、先日電話でやりあった東京の出版社から電話。開口一番、「まずは1年分の雑誌代をご送金下されば送ります」ってあんた。こないだの話は何だったのよ、とまた一から説明を。挙げ句に「いやーうちはそういう理解ではなかったのですから、もう一度文書を読み直して検討します」とまた振り出しに戻る。「だからさ、誤解を受けるような文書を書いたのは悪かったよ、でも書いた本人がそうでないって今ここで話しているんだから、文書取り出して読み直す必要なんかないんじゃないの?それより契約が有効な期間なのに見本誌を勝手に止めて挙げ句に先に1年分送金しろってどういうことなの?」と声を大にする。わざわざ業界に敵を作る気はないけどこれはどうでしょう?
27 北九州からフェリー
 来月末の講演会展示業者の件であちこち電話。東京のメーカー社長と新しいオリジナルバーセットの打合せ。しかし何でも薬事法改正のせいにするのはどうかと。今日はとても電話が多く午前中はほとんど自宅で受話器か携帯を握りっぱなしであった。午後から事務所に出社し、器材ライブラリーの更新作業。年明け早々に送る準備を済ませる。気がつけばもう16時。19時には新門司港をフェリーで出港するのだ。間に合うのかって感じで妻子と犬と荷物をイプサムに詰め込み、高速を北上。幸いたいした混雑もなく、出航20分前に慌てて手続きを行い、ギリギリで「おーしゃんのーす号」に乗り込む。これから2泊、東京港への旅である。この船にはレストランが無く、自動販売機が並んだ食堂で冷凍食品を温めて食べるしかない。乗船時に数食分のプレペイドカードを貰えるので、家族で何を食べるか話し合い、僕はカレーを。これがまたけっこう美味しかったりするのだ。発泡酒を空け、息子と大浴場でひと騒ぎ。瀬戸内海を航行する深夜のデッキに一人で出てiPod Shuffleで大音量のロックを聴いていたら、ああ今年はいろいろあったなあ、と実感が湧いてきた。ベッドに戻りやはり音楽を聴きながら眠りに落ちる。
28 徳島寄港、ひたすら船内活動
徳島港に近づく。  8時に目を覚まし、洗顔。朝食はやはり自販機のカレーうどん。しかし冷凍食品って侮れないなあ。9時半、徳島港に寄港する。ペットルームに閉じこめていた愛犬を連れ出し、しばしの散歩に出かけることに。当初3人で歩いていたのだが、気がつけば僕と犬だけになっている。とにかくコンビニまで歩いて食料品を買い込もうというプランなのだが、歩けども歩けども閑散とした道路ばかりである。2kmくらい歩いただろうか、ようやくスーパーマーケットが見え、おやつやパン、つまみの類を購入。また2km歩いて待合室に戻ると妻子が待っていた。ここから乗り込む客の方が新門司からの客より多そうだ。まあ考えてみれば年末に2泊して東京に移動する人の方が少数派だわな。
 午後、船は徳島を出航し、再び太平洋を東進する。港にいるうちにPHSで書きためたメールを送信。同時に大量のスパムも受け取る。何とかならんのですかこの1日200通を越える無駄なメール・・・昼食はビールとさきいか。いきなり船内で喧嘩が始まり、見に行く。禁煙場所で喫煙始めた若者とそれを咎めたおじさんとの闘いである。おお、これこそ海の風景だぞ、と眺めていたら船長が出てきて丁寧語できちんと威圧していた。瞬時に大人しくなる若者。そりゃそうだ。船の上では絶対権力の船長に逆らえば海に放り出されるだけなのだから。集団行動の規律って何なのかということを考えるに面白い。ロビーでパソコン広げて日記を書いたり仕事をしたりし、夕方にはすっかり酔っぱらって居眠り。暗くなって息子と大浴場へ。太平洋の荒波に船の揺れはいっそう激しくなっており、従って浴場のお湯は大波小波状態。すっかりアトラクションモード。夕食もやっぱり冷凍食品とビールで。その後僕はロビーにパソコン持って出かけ、ヘッドフォンでレッチリがんがん流しながらこの日記を書きまくる。
29 雪深い水上温泉へ
GSでチェーン装着して貰う。でもけっこう苦戦してました。 いきなり路肩がこういう状態ですから・・・南国人にはとても気を抜いて運転できません。  朝4時半には目を覚ます。5時過ぎには東京港に到着するのだ。ぐずる息子をたたき起こし、愛犬と荷物をまとめてクルマに乗り込む。真っ暗な東京港に吐き出され、10年前の地図で稼働するカーナビだけを頼りに練馬ICまで都内を走らなくてはならない。多分生まれて初めて都内を自分で運転するのである。しかも年末に。ところがやっぱり古くてもカーナビである。しかもこんな時間に渋滞しているわけもなく、すいすいと快適に都内を抜けてしまった。7時には関越自動車道に入り、新潟方面へ北上開始。8時、高坂PAで一眠り。その後渋皮ICで一般道に降りる。みるみるうちに景色が雪模様へ。10kmも進むと全く違う景色になってしまった。道路沿いのセキチューで購入したばかりのチェーンを巻こうと悪戦苦闘したがどうにもうまくいかん。これはひょっとして不良品じゃねえかってことにして、どこかのGSでお願いする方針に変更。ところがこういうときに限ってスタンドが見あたらない。 ひたすら続く宴会は今日からスタートするわけです。 ついには月夜野、上毛高原駅までノーマルタイヤで雪道を走ることに。びくびくしながらようやくGSに飛び込む。3000円ほど支払ってジャッキアップしてもらい、どうにか成功。それでも雪道に慣れているわけはないので慎重に実家まで運転した。
 正午、雪に埋もれた妻の実家にて荷物を降ろし、犬を下ろし、皆さんにご挨拶、とりあえず出てきたビールですっかり弛緩し、コタツで昼寝。目を覚ますとすっかり宴会の準備は整い、夕方5時から延々と続く宴会、しかし22時には布団に潜り込んで熟睡。
30 雪かき初体験
良く晴れた朝、犬と妻と近所を散歩。 生まれて初めての雪かきですよ。  目を覚ますと外は快晴。しかし夜の間に降り続いた大雪はさらにあたりを雪国仕様に塗り替えていた。9時過ぎ、妻と連れだって犬の散歩に出かける。目を見張るほど積もりに積もった屋根の上の白塊に魅入られながら小さな路地裏を歩く。二日間船内に閉じこめられていた犬さんはもうすっかり嬉しくて雪と戯れる。人々が共同して道路の雪を整理しているが、ここまで積もったのは10数年ぶりらしく、彼らの表情にちょっとだけ嬉しそうな色合いが見て取れたりもする。
阿蘇生まれ熊本育ちの柴犬君は早くも雪に適応完了。  昼食後、庭に降り積もった雪を何とかしよう、と雪かき作業初体験。僕の仕事は溜まった雪を隣のがけの下に落とすための通路の確保である。長靴にスコップ姿で作業開始。だんだんとコツが掴めてきた頃にはもうすっかり汗だくで、妻と「最後はどこまで作業するか」という完成像を話し合い作業を分担し、あとは黙々と働く。ケーキを切り分けるように運ぶのがよい、と聞いていたのでいろいろ試してみる。40センチほど堀り進めて黒い地面に突き当たったときにはなるほど働いているなあ、と感激。しかし効率という言葉とはとはほど遠い作業であり、意地になって1時間ほど頑張ったらどうにか通路を確保することができた。しかし、こ、腰が・・・。
 シャワーを浴びて、コタツで昼ビール。もちろんそのままぐっすり。夜は近所の居酒屋で親族揃って宴会。降り続く雪の中、水上温泉郷を転けないように歩く。息子はもう雪世界に慣れたのか、親族おばちゃんに悪態をついてはからかわれている。食事中は退屈になったのか、僕を始めにみなさんの腰や肩、背中のマッサージに熱中し始め、もうお年玉の仕込みは完璧てな感じなのであった。夜は酔っぱらった妻とコタツで音楽談義、今日も23時になる前にぐっすり。
31 今年もお世話になりました
もちろん紅白歌合戦を見ながら今日も御神酒が回るわけですよっ  どういうわけか3時過ぎに目が覚めてしまったが、根性で寝る。再び目が覚めたのは9時。朝食をしっかり食べ、大晦日だなあ、と思い直すがかといって何もやることないし。ヒマなので前からやらねばと考えていたPCのデータフォルダの整理なんか始めてしまう。これがなかなか大変で90分ほど頑張ったがさすがに疲れる。そこで定番、雪かき作業に突入。しかしなんですね。昨日あれだけ頑張って掘り回った大雪がたったの1日ですっかり原状回復されてしまっているわけですよ。だから今やっている作業は昨日完了時点に時計の針を戻すだけの労働という位置づけです。なるほど雪国の人たちの気性はこういうところから来ているわけなんですね。だてに首相を何人も出している群馬県ではないわけだ。
 しかし南国人とその一派が集うこの家だけは別世界、早くも恒例の昼ビール→コタツで昼寝という王道コースの真ん中を疾走。夕方テレビ見ながらネットをチェック、16時過ぎには風呂に浸かり、18時からはもちろん王道である紅白歌合戦を肴にひたすら飲酒活動に努めたわけであります。紅白終了時にはすっかり皆は寝静まり、声を掛けなければすぐに寝息を立て始める妻を叱咤激励しながら、なんとか意地で2006年の除夜の鐘をゲット。僕もそのあたりで力尽きて布団に潜ったのです。
 というわけで、2005年は終わりました。明日からなんてこともなく2006年が始まります。思えばいろんな節目でもあった2005年。40歳。あまりにたくさんの経験をしたので、簡単にまとめることもできませんが、少なくとも生き残った。そしてこれから先の展望を得たのだと思う。様々な事柄から多くのことを学んだが、もっとも大きな事はただひとつ。何かを得ようとすれば、まず何かを棄てることから始めなければならないこと。そしてできればそれらをスムーズにコントロールできることが大人の責任だということだ。果たして僕は何点取れたのだろうか。まあどうでもいいや。評価はもっと年を取ってからの楽しみに取っておくべきだ。しかしこの1年間でここ数年分の音楽を聴いた。それもRockばかり。来年もロックンロールだぜ。妻よ息子よ犬よ。来年も一緒に転がろうぜ。そしてなんだか良くわけのわかんないこんな日誌を読んでくださっている全世界のみなさん。どうもありがとうございました。そして良いお年を。来年も皆さんにとって良い年でありますように。

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