taka's業務日誌 2004年8月

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diary
1 福岡から金沢へ移動
 今年の8月は旅から始まる。8時過ぎに起床し、シャワーを浴びた後、一緒に泊まっている社員と簡単な朝食。このホテルって1室5000円で朝食付きなのである。デフレだ。嬉しいことではあるが。朝から雨が降っている。というより雨男の僕が降らせている?まあいいや、タクシーに乗って基本料金で会場へ。 ライフコアインプラント模型実習セミナー 10時からインプラントの模型実習セミナー開始。今回は僕が主催ではないのである程度お気楽ムードである。とはいいつつさっそく昨日購入のプリンタを接続して資料を配ったり大活躍である。誰も頼んでいないのに(笑
 豪勢なお弁当の後は16時までセミナー。無事終了し、講師の勤務医の車で雨の中博多駅まで送ってもらい、地下鉄に乗って福岡空港へ。これから金沢へ移動である。空港でたまたま天草から先程のセミナーに参加していた先生とばったり会い、小一時間いろんなな話。18;35の飛行機に乗って小松空港へ。窓の外には特大の入道雲がたくさん。そうか、台風の上を飛んでいるんだよな。空港からはバスで金沢駅前へ。バスの中ではすっかり熟睡。終点で起こされて、慌ててバスの外に出たあと、あっしまった、昨日買ったばかりのバッグの一部をバスの荷物置き場におきっぱなしにしていたことを思い出した。時既に遅し、バスは視界の彼方へ。仕方ないのでバスセンターに行って事情を伝える。幸い、1時間後くらいに仙台行きのバスが車庫から出るので、それに積んでここまで来てくれるという。その間、駅前の都ホテルにチェックインして、食事でもしようか、と駅前を軽く散策。ところが日曜の夜ということもあるのか、まったくラーメン屋すら見つからず。仕方ないのでコンビニでおにぎりと焼きそばUFO買って、さっきのバスセンターへ。無事、荷物を受け取り、ホテルの部屋へ戻って侘しい食事。その後、明日のプレゼンの資料をさらに仕上げ、セミナー案内のメルマガを数百通送ったり。寝たのは3時過ぎ。
2 東山三十六峰の満月と
何度目かの金沢駅の夕日。  朝から某社の代表とミーティング。例によって直前に仕上げたパワーポイントで弾丸トーク全開のワタシ。お昼ごはんは近所の蕎麦屋で。良い天気だ。午後も社内で情報交換しながら今後の仕事についていろいろと。夕方、金沢駅から今度はJR特急サンダーバードに乗る。なんだかこういうお店もあるんですなあ。野郎と飲むには惜しい。ビールを飲みながら昨夜の睡眠不足を一気に解消しようと思ったのだがなぜだか目が覚めてしまい、パソコン広げて大量にメールを。停車駅に近づくたびにPHSをつないで一瞬でメールを送る、という繰り返しで京都に到着する20時前にちょうどバッテリーも少なくなってきてシゴト終了。 駅からタクシーに乗って木屋町松原のリバーサイドオリエンタルというビルの屋上にある風流なオープンカフェで待っていた知人とそれから2時過ぎまで馬鹿話をしたり仕事話をしたり。台風一過、涼しいが流れる鴨川の向こうに東山三十六峰。その上にはおぼろ月が乗っかって、心地よい疲れと睡眠不足、それに大量のアルコールをすべてで満腹な僕は結局夕食をとることも忘れて楽しい京都の夜を過ごす。午前様でリーガロイヤルホテル京都に投宿。
3 大阪の激しい夜
 朝8時過ぎには得意先からの電話で起こされ、そのままいろいろ電話したり。プリンタを繋いでセミナー入金先へ受講票を印刷してフロントに渡して出してもらう。鹿児島や東京で行われるセミナーの事務局が熊本で消印が京都って、貰った人も戸惑うだろうなあ。10時過ぎの近鉄特急に乗って某市へ移動。学生時代に何度か来たことのあるところだが、今回は商談。駅を降りるとパラパラと雨が落ちてきた。どうしてこうも行くとこ行くとこ雨が降るのかな。大阪の摩天楼を見ながら贅沢な食事をご馳走になりました。しばらく歩いてファミレスでランチしながら某社長と商談および情報交換。その後、近鉄やJRを乗り継いで大阪へ移動し、某社に初訪問。2時間ばかり、特にこれといって喋ることもないので例によって僕の業界理想論というか自説というか過激論というか、弾丸トークをここでも展開。へへ。
 夕食は大阪城の見える高層ビルの最上階にあるレストランで社長と食事。その後、キタ新地に移動して某氏も参加してなんだかえらく盛り上がった飲み会と化し、さっきまでご高説をのたまっていたはずの僕もイッキ大会に巻き込まれ過激トーク全開、阿呆痴呆全開状態で気がつけば日付が変わろうとしている。タクシーに押し込まれ、西中島南方まで2000円、ネットで予約していたクライトンホテルに這うようにたどり着いて、シャワーをげえげえ浴びながら寝る。激しい夜であった。
4 台風のさなか、西中島南方で暴れる僕ら
 朝からあちこち電話で仕事。案の定頭痛がする。飲みすぎた。40前でウイスキーの一気飲みを4回も連続するか、普通。まあ聞けば相手方も今日は会社を休んでいるそうで、まあざまみろっつうか(笑。二度と呼ばれないだろうなあ、やっぱ。今回のホテルは連泊なので今日は午前中は部屋でみっちり仕事をすることにしていたので、朝食後、部屋でセミナーの名簿整理、受講票印刷、明日の社内会議の資料作成などと社内にいる時の3倍の効率で仕事する。こちらは梅田の風景。しかしいつ見ても異様な街やなあ。やっぱモバイルプリンタは正解だったなあ。しかもこのホテル、ブロードバンド繋ぎ放題だし。周りの部屋でおばちゃんたちが元気に掃除する声を聞きながら13時30分までみっちり仕事。14時に知人と会って、梅田まで移動し、ウメチカのお好み焼き屋「ゆかり」ってところでお好み焼きと焼きそばと鉄板焼き。ついつい生ビールまで頼んじゃった。完全な迎え酒。 これが効くんだなあってもうアル中かよ。その後、阪急32番街の高層ビルの喫茶店で観覧車を見下ろしながら打合せ。その後、某氏と三人で某所で会食。 けっこう美味しいお店でしたよ。なんかだんだん某の字が増えてきたなこの日記も。食事後、台風が上陸したとかで暴風雨の中、タクシーで西中島南方方面へ。運ちゃんにいい店紹介してえな、と言ったら、ここは大丈夫、と紹介された店はなんと超蛇の列。ちょっと中をのぞくとなんかいわゆるハッスル系ではないか。いや、そんなつもりじゃ・・・ともうどっか適当に入るか、と歩いていたら同じビルの呼び込みの青年がびしょ濡れになって「ここの8階の店に来てください、3人で13500円以外いっさい取りませんから」と熱っぽく語ってくる、まあそれは良いのだけど、その熱意にほだされている某氏、おい、誰か止めろ、という間もなくエレベータに収まる僕ら。最初にお金を払って店に入ると客が誰もいない。うっやられたか、ボッタじゃねえのか、ここは、という心配もよそに、ぞろぞろやってきた女の子はみな女子大生バイトって感じの普通の子でまあ危険な香りはしない。ところが、「では女の子の飲み物はどうしますか〜」と聞いてくるではないか。「いっさい追加無しの45分じゃねえのか」と凄もうかと思っていたら、某氏がニコニコして「いいっすよ〜」と答えているではないか、をい。その後15分後に「指名してもらえます〜?」と来た。指名すると、いま付いている女の子があと20分一緒に話してくれるそうだ。で、それが2000円。アホか、今日入ったばかりとかいう君にそんな魅力はまだなかろうし、次にもっといい女が来るかもしれんやないか、俺は未来に賭けるのだ、というあたりは3人とも暗黙の了解があったのであろう、誰も財布を開けようとせずに見事に女性陣一新。まあさっきの友達とか言う19歳が来て、なぜか彼女の恋愛相談につき合わされているうちに時間。まいっか、と1200円だけ払って店を出る。ローソンで大量にアミノ系の水を購入してホテルに戻ったのが12時。無料サウナが1時まで開いているっていうので行こうかなあとも思ったのだが、メールをあけたらまた受講票を出さねばならないようだ。明日の朝早いのでやっとくか、と2時前まで掛かってハガキを印刷。荷造りして、眠る。明日は6時起きなのだ。
5 日常に戻り、会議やら税理士やら
空から見た別府湾。地図どおりだなあ。  朝6時に目覚ましでおきて、6時半にロビーで知人と待ち合わせ。新大阪までちかてつで移動し、そこからは空港バスで伊丹へ。あと5分早ければもう1便早い便に乗れたのだが残念ながら無理で、予定通り09:45のANAで熊本へ。さすがに眠くなって目が覚めたときには窓の外に別府湾が広がっていた。もうすぐ熊本だ。今回は長い旅であった。空港からはバスで移動、バス停に妻子が迎えに来て、そのまま八代へ向かう。今日は昼から会議だったのである。会社についてどたばたと最後の仕上げをして13時過ぎから3ヶ月ぶりの会議。途中から税理士事務所の担当者にも加わってもらう。会議後、税理士の監査。途中から眠気でろれつが回らなくなり、夕方、ついに寝てしまう。夜、車を運転して自宅へ。久々の自宅だ。とにかく暑いので3人でクーラーを効かせた息子の部屋で寝る。
6 しかしまだ飲むか。
 さすがに午前中は昏睡状態。久々の睡眠をむさぼる。午後から会社に出るつもりだったが、どうせ夜には組合で熊本市内に戻ってこないといけないので、もう行くのをやめにして自宅で仕事することに。とにかくは週末のセミナーの準備である。名簿を整理し、入金のチェックをし、各種いろんな準備をしているとあっという間に夕方。今日は19時からくまもと阪神デパートの屋上ビヤガーデンで組合例会だったのだ。急いでバスに乗り、ちょっと遅刻して参加する。しかしなんだここは。バドガールがたくさんいるのは良いのだけど、なんでみんな水鉄砲ノリなんだ(熊本以外の方わかんないですね)。座った瞬間、思いっきりゆで卵を額でかち割られ、何がなんだかわからんままただひたすら生ビールを流し込む。2時会に行くというのでチックタックとかいう妙な名前の店に。1時間もしないうちに僕ともう一人で店を後にする。仕入先の知り合いと吉野家の前で待ち合わせしてTwo-Fiveに行って3人で盛り上がる。その後一人は先に帰り、僕は知人とどろやでいっぱい茶漬けで腹ごなしをし、なぜかゲーセンに移動して酔いに任せて今まで負けたことのなかったレースゲームやらエアホッケーやらすべてに完敗。最後に妻から「はよ帰ってこい」電話を受けている途中に昨日あったばかりの税理士事務所の担当者とばったり会ってビックリ。さすがに興ざめしてタクシーで家に戻る。しかし今週は良く飲むわ。
7 材料屋を意識させられる瞬間〜そして楽しい鹿児島の夜
 朝8時過ぎに起きて最終名簿を制作し、領収書などを予め切っておくという直前の作業を妻と二人で。11時過ぎに営業から借りた買ったばかりのHONDA FITに乗って、市内のホテルで仕入先の営業を、次に今日、某市にて講演を行う講師の自宅を回って3人体制で某市へ向かう。今日から鹿児島で行う僕の企画するセミナーと同じ日にたまたま某市にて某講師を招いての学術講演会がある、というので、日ごろから良く知っているその講師の依頼もあり、展示業者を集める文書を作ったり、送ったり、折衝したりし、おまけに某市が鹿児島に行く途中にあるという事情で僕が送迎までやってあげようという無料大サービス(僕としてはね)のツアーの始まりである。途中のPAで軽い食事をして、時間通りに某市の会場に到着。会場が改装されていたので入り口に戸惑い、ちょっと迷ってしまったが時間にはきっちりオンタイムで間に合った。既に会場に会のメンバーたちが集まり準備をしている。ところが準備したプロジェクタが古いもので、講師の使うMACと相性が悪いらしい。見てても解決しそうに無いので、僕が鹿児島講演の予備のために車に積んでおいた自前のプロジェクタをどうぞ使ってください、ということでセッティングしてそのまま貸してあげることにした。展示業者4社とも集まったので、各社1万円ずつの展示協力費を歯科医師会に払うよう手配してあげ、さあて、やることはやったから鹿児島へ向かおうかと思っていたときであった。会長さん、私の方を向いてひとこと。「なんね、迷ったつね、あんまりここに近寄らんけんたい」とまあいきなりの嫌味攻撃。冗談のつもりなんだろうか。だとしてもそれより先に言うべきことがあるんじゃねえのか?などと大声で言い返さなくなった僕はもうすぐ40。いやあ、大人になったもんだなあ。
 しかしまあさっきからこうも妙な違和感を感じてて、心臓の下辺りにムカムカっとするものの正体を探しあぐねていたのだけど、この瞬間それが何か分かった。商売上、何の利益もない僕が事前の展示手配をしてあげて、4万円も利益(まあどうせゴルフの景品にでも消えるんでしょうが)をあげさせてあげて、おまけに20万もするプロジェクタを無料で貸してあげて、最後に講師を熊本市から100kmも運んできてあげているのに、誰一人感謝の意を示さないのである、ここの人たちは。で、最後に会長の嫌味だ。あはは。いいけど。べつに。
まあいいさ。  温厚な僕(笑)はキレることもなく、えへらえへらと笑顔でごまかし、早々に立ち去った。分かっている。どうして彼らが僕にそういう態度を取るのか、分かっているのだ。それは、僕が"材料屋”だからだ。父の代から40年もこの地区に営業している材料屋の人間だから、彼らは僕に感謝しようともしないし、無料奉仕することを当然と考えてなんら疑問を持たないのである。彼らに悪意がないことも十分分かっているつもりだ。誰も僕のことが嫌いでわざわざそんな態度を取っていることでないことくらい分かっている。ようするに一人の人間として、意識していないって感じなのである。「所詮業者、歯医者につくしてナンボだろ。」の世界なのである。
 しかしむしろ非難すべきは、彼らそのものではなく、そのような人達を作ってしまった僕ら"材料屋"の側にあるのだと強烈に思う。父の代から始まって、僕ら"材料屋”はまるで歯医者の奴隷のように無料奉仕、徹底的なこびへつらい、値段競争、無料修理競争、雑用は喜んで引き受けます競争、ラボへの無料配達、レセプトの無料配達、おまけに夜の付き合い、ゴルフ接待を当たり前としてきたのだ。もちろんそれは頼まれたからやり始めたのではなく、勝手に自分たちで始めたことなのだ。材料という美味しい商売を守るために。父の代の材料粗利は40%あったそうだ。そんだけありゃ、なんでも無料でやるだろう。ところが今では下手すると10%切ってしまって高速代どころかガソリン代すら出ない状況なのに。
 一方で21世紀を迎え、都市部においてはもはやそのような余裕はお互いに無くなりつつある。歯医者は生き残りのために少しでも新しい情報を求めて土日はセミナーに出かけ、あるいは文献や書物を調べ、少しでも患者のためになる器材の情報をネットで探し、出入りの業者に調べてもらい、的確な投資をすることに日常のほとんどを費やし始めている。その一方でこの町のように、いまだに毎週土日に懇親ゴルフってところもあるってことだ。そして、いまだに昔ながらのどぶ板セールスを看板にする業者がその生息を許され、不平不満を垂れ流しながら毎日媚びへつらっているという状況が、今日の僕が感じた違和感の背景にあるということだ。
 などと考えながら鹿児島への道を急いだ。残念だし悔しい。しかしそれがここでは現実なのだ。全国のこの種の歯医者の皆さん、もう"材料屋"に精神的な依存をするのをやめてください。彼らはその依存心を利用してあなたに近づき、あなたがやるべき本来の仕事の邪魔をしているだけなんです。そしてそれは彼ら自身のためにもちっともなっていないんです。一刻も早くそんな古すぎて腐った"材料屋"を排除すべきです。それが世のため人のためです、なんてだんだん100kmで運転しながら過激になっていく僕。ああ、こんなこと考えたり書いたりしてるから会社が縮小するわけなんだな、あはは。いいけど。べつに。
突然の大雨にクルマ同士が接触したらしい。他人事ではない。  いきなりの土砂降り。前の車が突然ハザードをつけてハードブレーキング。どうやら事故らしい。鹿児島のセミナーには遅刻だな、と諦めながら事故処理が進むのをただ車内で待つ。
 予定より1時間ほど遅れてようやく鹿児島の会場に入る。大阪からの講師を迎えてみんなで真剣なディスカッションをしている。違う。さっきの会場とはまったく違う雰囲気がここには流れている。集まっている50名あまりの歯科医師の背中に、それぞれが抱えるたくさんの悩める患者さんたちがイメージされてて、ここにいる仲間たちと一緒に"疾病という共通の敵"と闘っている姿を見ることができた気がする。僕にはこっちの会場のほうが性に合っているようだ。僕も闘う仲間の一人として認められている感じがする。だから媚びる必要も必然も何も無い。ただ、やるべきことをやって、それで正当な報酬を得ることで、社会貢献している、という強烈な実感を感じることができるのだ。こんな場面なら、息子にも妻にも見せてあげたくなる。でもいわゆる"材料屋"としての情けない営業をやっている僕の姿は家族の誰にも見られたくない。現実には両方とも僕の姿だ。しかし、僕の向くべき方向は今日一日でさらに強固になった気がする。会長にも感謝せねばなるまい。
ホテルジェネラスで立食パーティ。良く考えたら立食形式の懇親会って初めてやったのかも。でもこの方がいろんな人が講師と話ができて良かったと思う。 19時過ぎから近くのホテルで立食形式で懇親会をスタート。結構美味しい料理で多くの先生たちが講師を取り囲んで次から次に質問を投げかけている。2時間弱の濃い時間であった。僕はこのセミナーのために大阪から同業社長にも来てもらっていたので彼ともいろいろ話す。今回は講師のお世話を彼が全部やってくれるのでこちらもとても楽なのである。
もう完全にイッちゃってました。僕ら。憂歌団でここまで盛り上がれる僕ら、凄すぎです。先生、好き。 懇親会終了後、携帯で呼び出され、展示業者数名と、地元の先生たちらがスポーツバーでサッカーアジアカップの日本中国戦の観戦をしているというので僕らも参戦。ネクタイを脱ぎ捨て、シャツを脱ぎ捨て、汗だくになって大画面に大いに盛り上がる。翌日右手が凝っていたくらいコブシを振り続けて大騒ぎしていたらお昼のストレスは完全にゼロに。 その後、カラオケボックスへ移動し、もう完全泥酔状態なのにいつものようにシャウトしてしまう僕ら。もう完全にみな目が逝ってしまっている。直接の取引のない歯医者さんという安心感もあるのかもしれないけど、なんか気が合いまくってしまい(この日記も読んでくださってるのですよね)もう大失礼状態で興奮の坩堝であった。その後、勢いあまってラーメン屋へ。大阪の社長と地元の先生がえらい盛り上がってお互い箸をつけずに喋り捲っているので、とりあえず食って帰るぞ、と促す僕。いつも反対の役目なのに(笑)。結局2時過ぎにホテルに戻り、水をがぶがぶ飲んで、シャワーを浴びて熟睡。明日が本番だってのに。
8 鹿児島での南先生講演会
受付もスムーズに進行していく。  眠い目を擦りながらとりあえず昨夜買ったアミノサプリをがぶがぶと飲んで目を覚ます。8時前に車を止めている同業社に歩いていき、クルマ2台で会場である鹿児島大学医学部へ。8時過ぎ、お世話をしてくれている大学の先生と落ち合って会場の鍵を開けてもらう。続々と先生らが集まり始め、プロジェクタを設置したり、受付を設置したり、メーカーさんの展示設営が始まったり、大イベント前特有の熱気が気持ちよい。もちろん、脳内は二日酔いでかなり気持ち悪いんだけど。総勢160名を超える参加者の受付を歯科医院のスタッフが笑顔でとてもスムーズに運んでくれた。遅刻する人も少なく、時間通りに講演が無事スタート。 講師の南昌宏先生はとても繊細で精密な仕事をするまじめな若手のホープである。 僕は受付の当日入金を数えたり、名簿の再整理をしたり。そのうちにあっという間にお昼の時間に。生協の店長さんがゲストルームにお弁当を用意してくれているので、講師や主催者側12名はそちらで。参加者の皆さんは生協食堂まで歩いてもらってそこでお弁当を食べてもらうという寸法だ。この仕組みのために二度も下見に来たのだけど、その甲斐あってかスムーズにことは運んでいるようだ。お昼休みの間は、メーカーの展示ブースには黒山の人だかり。 会場の様子。質問も多く、参加者も多くの情報を持ち帰ることができたはずだ。今回は講演内容に合わせた展示をお願いしたので、展示者側としても非常に効果が高かったはずである。また、受講生としても実際に講師が使用している器材を手にとって説明を受けることができるわけで、これぞ臨床家と器材商、メーカーのベストコラボレーションだと思った。そういう場を作る裏方にいる自分も喜びを感じる。
160名を超える参加者たちも居眠りもせずに真剣にメモを取る人たちばかりだった。  午後の部も順調にスタートし、予定を少しだけオーバーして無事に講演終了。フライトまでの時間もあまり無いので、僕のFITに講師ら4人も詰め込んで、現地の先生に先導してもらってインターまで走り、そこから一気に鹿児島空港へ。思ったより早く到着したので予約していた便より2便も早く帰ってもらうことができた。講師も今回の講演には喜んでくれていたようで何よりである。ボディチェックの列の向こうに彼らを見送り、いつものように小さくガッツポーズ。今回も無事終わったぜ。
 何やら雲行き怪しい空を見上げながら八代を目指して運転する。早く行かないとやつしろ花火大会が始まってしまい、交通規制やらで大混雑になってしまうのだ。しかし、突然襲う猛烈な睡魔。たぶん、今まで生きてきた中でも最大級の睡魔だった。何せ、ふと気がついたら眠ったまま20mくらい進んでいたりする。轟音で目が覚めたら路肩を走っていたりする。さすがに、後ろの車が車間を開けだした。どうみても怪しい走りをしているFITなのである。しかし、なんでこんなときに限ってSAもPAもまったく見つからないのだ?あとは大声で「ちっくしょー、眠いぞー、なんとかしろー」とかわめきながらアクセルとハンドルに集中するだけである。それでも定期的に瞬眠が襲ってくる。しかし路肩に止めて寝るのももっと危険な気がするし、ひたすら山江PA目指していくつものトンネルを叫びながら抜けていく。ようやくたどり着いたPA、どうやってクルマを止めたのかすら思い出せない勢いで熟睡モードへ。次に気が付いたら60分が経過していた。トイレに行って、水と眠気覚ましのチョコレートを買って、さあ帰ろう。しかし、もう19時回ってしまった。八代では花火大会の最中だろう。営業とクルマを交換するのも一仕事になりそうだ。営業や妻に携帯をかけるもまったく繋がらない。妻にはいつも「仕事で持ってもらっている携帯だから必ずいつでも出なさい」と言っているのだが、だいたい重要なときに限って家に忘れていたり、バッグの中でマナーモードにしていたりだったりで、出たためしがない。本当にこれで手形が落ちなかったりして会社が潰れることってあるんだぜ、頼むからもっと真剣に考えてくれっていつも言っているのに、今日も出ない。仕方が無いので出発。
 八代IC通過中に営業から電話があったが、もう通過してしまったので明日の朝イチで交換しよう、ということに。妻には何度電話しても相変わらず出ない。たしか今日は町内会の打ち上げとか言ってたもんな。自宅に電話しても誰もいないはずだ。もうすぐ自宅に着く、という時にもう一度電話してみたらようやく出た。案の定飲んでやがる。何で帰ってきたの?みたいな対応だ。頭にきたので、もういいよ、と伝えて近所の定食屋で飯を食い、家に戻って二日酔いで飲めないはずのビールを開けて、テレビのニュースを見ながら長い週末の疲れを一人で癒していたところに妻が息子を連れて帰ってきた。23時を回った頃だ。お前いい加減にしろ、と怒鳴ろうとした瞬間、「また出かけてくる、どうしても断れなくて」とゴンゴン咳をしながら言うではないか。お前正気か?と尋ねるも、もう目は宴会モードになっている。勝手にしろよ、と息子と二人で部屋で寝る。さっきPAで十分に寝たのであまり眠くならない。物音がしたのは1時過ぎだったか。妻がベッドに潜り込んできたので「酒臭え、風邪がうつる、あっちいけ」と追い出す。ああ、せっかくいい仕事をしてきたのに、なんて夜だ。
9 営業同行して思ったこと。
 7時過ぎに起きて、今日から帰省する妻のためにノートPCがネットに繋がるようにセッティング。Niftyのアクセスポイントが統一化されたためにダイヤルアップネットワークを変更しないといけないのだ。でもなんかうまくいかずに時間が掛かる。その間にも妻に昨夜のことで説教たれる。8時過ぎ、Fitに乗って八代へ。高速道路を降りてすぐに2車線で右折する交差点があるのだが、ちょうど前方直進のクルマが途切れたので気持ちよく右折しようとしたら、なんと交差点の真ん中で左車線の軽バンが突然右車線に車線変更しながら曲がってきた。F1的に表現すると、イン側の僕のクルマがアウト側のクルマにいきなり"ドアを閉められた"みたいな感じとなって、当然フルブレーキング。ABSが作動し、ハンドルで微妙に避けながら、どうにか追突を避けることができた。相手が悪いといっても後ろから当たったのであればこちらの責任も追及されよう、なんて比較的冷静に考えてしまうんだな、こういう時って。そして次に来るのが猛烈な怒り。お前、俺を殺す気かコノヤロウって気分である。かといって強引に停車させてぶん殴るってキャラでもないんで、僕の精一杯はここはアメリカかインドかってな感じで左手中指をこれでもか、と突きたててサングラスの奥の目ン玉をひん剥くくらいのアピールが関の山である。まあフィットに乗ってるおっさんからやられても大して怖くなかったろうなあ、あの夫婦。
 とまあなんか今日の一日を占うような出来事の後、出社して、営業と一日同行に出かける。11ヶ月前の9月21日に入社した彼はどうしても今月20日で退職するという。理由は個人的なもので、いわゆる転職である。根掘り葉掘り聞いたわけではないが、これ以上引き止める理由も無く、残念ながら認めざるを得ない状況になったのが1ヶ月前。それから残されるメンバーでいろいろ議論を重ねたが、やはり少数の会社の中でどんなにローテーションを考えても地区を1つ放棄する以外は無いだろうという結論に達した。当然、最も経費がかかり最も利益を得ることのできない地区が対象となった。そこは父の代から40年以上の取引を続けてきた会社の原点のような地区でもあり、また、母の実家のあった場所でもあり、僕自身も幼少の頃から縁のある地区である。しかしだからといって現時点では訪問するだけで完全な赤字となっている。13年前に僕自身が担当したこともあったが、現在の月の売上げはそのときの1/10だ。理由はもちろんいろいろあるだろう。だが、もう十分だ、これ以上頑張っても元に戻ることも倍になることも無いだろう、と僕は経営者として判断した。そこで、今回僕自身が営業と同行して、経緯とこれからを説明することにした。基本的には訪問営業を取りやめるが、もしよければFAXや電話、トラック便に振込みで取引を継続して欲しい、と。ただし、もともとの売上げが低く、現金集金以外を認めない取引先については、これをもって取引を断念すると最初から説明することにした。
田舎の風景。  まだ午前中の空気が残っている時間帯に1軒目を訪問。しばらく待たされた後、受付が「今日は忙しいのでパンフレットなどがあれば置いて帰ってください」という。いえ、特に重要な話がありますので、どれだけでも待ちますのでお願いします、と伝えたら、院長が片手にミラーを持って現れた。何度も訓練したトークを1分間で話す。そうですか、今忙しいですからわかりました、と彼はまた引っ込んでいった。3年ほど前、僕もここに営業と同行して、受付周りの改装とユニットの入替えを提案し、昔在籍したことのあるメーカーの営業とタイアップして商談を仕掛けたことがあった。結果は、値段が安いという分かりやすい理由で、うちの会社を裏切って独立した会社から、僕が提案した機種が納入された。契約も無いのに、どこかの商店を伝票だけ経由してそのメーカーがご尽力されたということを後日聞いた。当時は、そのメーカーはまったく違う商店から入った、なぜか分からない、と平然と僕に嘘をついていた。ほとんど忘れいてたのに、そんなことが思い出された。さもありなん、今はそう思える。社会的常識なんて望むほうが馬鹿だった。
 次に訪れた歯科医院では比較的暖かく迎え入れてくれた。その次は技工室で長く待たされた後、うまく説明した。そんな感じでぐるぐる二人で回っていく。営業には喋らせず、ほとんど僕が話すことにした。どうせ彼は来週もう一度訪問するので、挨拶はそのときに残しておいてあげよう。某歯科では「もう医療界も厳しい、材料屋を苛めることでしか生き残ることができない」と言われた。奪い合いの時代なのですよね、と同意すると、「そういうことです」と言われる。医療の奪い合い。そんな二つの単語の結びつきに疑問を感じなくなっていく。母の実家の近所の歯医者は院長は滅多に会わないのになぜか訪問時間の指定がある不思議な医院だ。ここも数年前にさっき書いたのとまったく同じ状況、メンバーで商談を取られた事のあるところだ。その時は電話で院長に文句を言ったところ、今後材料をたくさん注文しますから、今回は本当にごめんなさい、値段差で決めました、と誠実な返事を貰えたので安心していたら、相変わらず翌日から値段の問い合わせの電話ばかりで、数回に1回、安く返事してみたときだけ注文が来るという有様だった。さもありなん、とまた思った。このあたりからだんだんこの説明ドサ回りが楽しく感じてきた。とにかく、この際言いたいことは何でも言えてしまうんじゃないかって感じだ。ある医院では、院長が患者の目の前で「安くなかったらお宅からは買わないよ」と明るく言い返された。いえ、もうお取引することは無いと思いますからご安心ください、と明るく返事した。それにしても、だ。あの院長の視界には患者は映っていなかった。確実にいえる。僕が患者だったら次回のアポイントから断るに決まっている。安い材料でなければ使わない病院に進んで行く患者がいたら、一度サインをお願いしたい。
ものすごい夕立の中を高速を走って帰る。  不思議なツアーも夕方には終わり、営業が運転する横ですやすやと眠りながら会社に戻り、すぐに豪雨の中自宅に戻って妻と仕事のことで喧嘩し、その後疲れて一眠りした。夢の中で僕の両親がもう一度お客さんのところを回って、うちの不貞の息子が、と泣きながら頭を下げている絵が映ったような気がする。目を覚ましたら妻がそろそろ出かけるから、と言った。そうか、今日から実家に戻るんだったな。夏はいつも暑いから、と息子と犬を連れてフェリーで関東の実家に戻る。予定より1時間遅れて車に乗って走っていった。テレビをつけると美浜原発の事故を報じていた。遅い時間にクルマに乗ってうどん屋でぶっかけを食べて、自宅に戻ったら暑くて仕方が無い。シャワーを浴びてビールを3本開けて、台所に置いてあったブラックニッカのボトルをロックで半分ばかり空けて、ヘッドフォンで昔の歌を聞きながらテレビを見ていたら知らぬ間に寝ていた。今日は消耗した。
10 携帯屋の店員から学ぶ多くのこと
 今月、愚痴多くないっすか。と一人突っ込みしてみる。そういう気分なんだろうなあ、僕が。書きたいことかいてるからきっとそのうち僕がこのサイトを止めちゃったりした後もGoogleのキャッシュか何かで発見されてクレーム来たり、取引中止されたり、脅迫されたりするんだろうなあ、でも誤解しないでくださいね、これはtakaさんという僕の知り合いの歯科商店経営者が・・・もいっか。何でも書いてやるぜ。パンクだぜ。
 一人で目を覚ましてオープンで出社。午前中は土日のセミナーのお礼などをあちこちメール。午後から1年半前に買った携帯のバッテリーがいよいよ持たなくなったのでそろそろ買い換えようか、と大型電器店の携帯コーナーに行ってみる。ソニーエリクソンのpreminiというめっちゃ小さな携帯があったので、おお、こりゃいいや、と手にとって見てみる。実際日常的にデジカメを2つも持ち歩いている僕にこれ以上カメラ付きの携帯なんて不要だし、だいたい最近どうしてあんなに筐体がでかくなっちまったのか、一時期は小型化に命をかけていて好感が持てたのに、なんて思っていたのでこのZIPPOサイズには心を奪われてしまった。 とっても小さくて良いのだけどなあ。SO213i。しかし、どうみてもハンズフリー用の端子が見当たらない。クルマに乗ることの多い僕としてはこないだ買ったばかりのイヤフォンマイクを使いたいのだ。カタログを見ると、車載オプションとしてイヤフォンマイクなんてのが書いてある。しかしこれはどこに差し込むんだろうなあ?と疑問に思って店員の若い女性に「これってイヤフォンマイクはどこに差し込むんですか?」と聞いてみた。すると彼女はカウンターの奥にいる30前くらいの女性店員に聞きに行く。返ってきた答えは「この機種には使えないそうです」。でもさ、このカタログに書いてあるよ、これはどういうことなの?と聞き返すと、そうですねえ、とぶつぶつ言いながら同じ女性にカタログを持って尋ねに行った。聞かれた女性はどこかに電話をしてお互いに要領を得ない会話をしている様子である。5分ほど待たされただろうか。最初の店員がまたカタログを持ってきて、「この機種はですね、クルマに端子を差し込んで使うんだそうです」。耳を疑った。今のクルマってそんな端子が付いてるのか?そんなはずは無いでしょ、この車載キットってのを買えばこのホルダに端子が付いてるってことじゃないの?って聞き返したら、「ええ、そうですねえ」。じゃあ、この車載キットってのを一式買わないと使えないわけ?と聞いたら、「一式とは言ってません」じゃあどれを買えばいいの?と聞いても黙る一方、そろそろ限界に達しつつある僕は、ごめんけど、もうちょっと分かる人連れてきてくれない?とお願いする。しばらくするとさっきの奥の女性店員が思いっきりしかめっ面の笑顔で「いま、メーカーに問い合わせ中なんです、しばらく待ってもらえますか」という。だったらわけの分からん説明をする前にそれを先に言えよ、と思わず喉まで出かけるが、押さえる。じゃあさ、そのメーカーさんと僕が直接話しても良いですか?と尋ねたら、それは・・・と濁される。もういいです、と店を出る。教訓。生半可な知識で勝負するな。分からないことはごまかさず、知らんと言え。結論を先に出して、時間稼ぎをするな。すべて、営業系の僕の会社にも言えることだった。売上げが激減しているのは時代や環境のせいばかりではあるまい。こういう思いを取引先にもさせてきたんだろうなあ、とまた悲しくなった。次は、頑張ろう。
 会社に戻り、ネットでさっきの携帯のことをいろいろ調べる。実にいろんな情報があってものの30分でさっきの店員の10倍は詳しい状態になってしまった。消費者がその気になればプロ(と自称する)販売員のレベルを簡単に上回ることができる時代にすんでいるのだ。物を売るってことがどれほど難儀なことか。あの時、若い店員が、僕と同じポジションに立ってくれて、そうですね、これわかんないですよね、この機種は新しいのでまだ店内にも分かるものがいないのですよ、ちょっと一緒に調べてみましょうね、と言ってくれたら、どうだったろう。ところが彼女は売り手のポジションを最後まで明け渡さなかった。もともと素人がプロにモノを売っている僕らの業界では、僕らのほうが知らないことが多いのが前提なので、基本的にそういう売り方をするのに慣れている。今度プライベイトで会う機会があったら、そんなことも教えてあげようっと。今回はいろいろ勉強になったからこちらからも情報でお返ししないと。まあ絶対に無いけど。
 その後、今月末の東京の講演会の各種準備。器材ライブラリーを2件分更新。夜の理事会のための決算資料作成。19時ごろ会社を出て、高速で熊本市内の歯科医院へ。月に一度のスタディグループの理事会の議事をまとめる。小一時間で終了し、帰りに定食屋で夕食を食べ、まだ昼間の熱気のこもる自宅でシャワーを浴びて、昨日とまったく同じパターンでビールとニッカを飲みながらこの日記を書いたり。2時ごろ寝る。今日は少し涼しいようだ。妻から電話が来て、もうこっちは寒いのよ、と言っている。  
11 ETCとpreminiを買う
 ここんとこ物欲に囚われ気味の僕。10時過ぎに近所のイエローハットに行ってETCの取り付けお願いをする。以前使っていた共同組合カードが使えなくなって最近は値引き無しで高速を使っている。ETCの前払い精度なら以前と同じくらいの値引率になるので、月に1万円以上高速代を利用している僕なら初期投資は1年くらいで回収できるのではという計算である。という非常に後付の理由を考えながら機種を選ぶ。安いタイプはやっぱりcopenには似合わないのである。ということで分離型のPanasonicを選んで取付けをお願いする。1時間くらいかかります、ってことなので、場所を借りてパソコンでメールを書きまくったりして仕事。11時半にようやく終了し、そのまま3kmくらい先のファミレスへ。取付作業のためオープンにしていたのでそのまま走ったらまあ暑い事。
 ファミレスには問屋の九州所長の交代挨拶のため二人の業界人が待っていた。聞けば前任者は定年退職でそのままこの業界からは去るという。ぜひ幸せになってくださいね、と伝える。この業界では会社を辞めた後も業界のどっかで細々と食いつなぐ輩が非常に多い。だから若手が活躍する場が必然的に少なくなる。業界自体は確実に年々小さくなっていっているのだからなおさらだ。そうすると当然奪い合いになり、若手はやる気を失って業界を去り、老年者は数字の計算すらできないまま自己破産、夜逃げの憂き目に合い、まわりの人たちに大迷惑をかけ非難轟々でどこかに姿を消していく・・・それが悲しいかな現実である。僕らの行く先がそんなんじゃあ、だれもこの業界のために、なんて考えないだろう。だから、今回のようにすっきり健康的に去っていく方にはぜひ幸せになってもらいたい。
なんかThinkPadと似ているかもしれない。  その後、初めてETCを利用して会社へ向かう。人の車を運転して利用したことはあるが、自分の車では初めてである。うん、これは快適だ。Suicaみたいだ。無駄に停止しないからガソリンも無駄にならないわけで環境にも良いだろう。まあこのETCの設置の裏には道路行政の黒い金が蠢きまくったことだろうから、あまり良い気はしないけど、でも日がな料金徴収ばかりしているおっちゃんらの人件費分は安くして欲しいよね。
 八代に着いたら新築なったDoCoMoショップへ。昨日大型電器店でわけのわからん説明を受けたのでやっぱりショップで買うことにした。狙いはSo213i-premini。男性店員といろいろ調べながらポイントを全部使って8000円あまりで入手することができた。しかし小さい。さっそく妻に電話をかけて、ちゃんとこちらの声が聞こえているかどうか尋ねたら大丈夫だと言う。めちゃくちゃ小さなボタンも意外に使いやすく、またソニー独特の変換システムでメールの作業も慣れれば何とかなりそうだ。しかしなんとなくこの「小さくて格好良いから機能は我慢するべえか」と言う気分、なんか一年前と同じ感じがするんだけど・・・あっそうかcopen買った時と同じ気持ちだ。webサイトを見ていたらpreminiのコンセプトは「2台目のオープンカー」だったそうだ。なるほど。
 会社に着いたら夜までこの日記を書きまくったり、22日の講演会の募集作業をやったりで、2時くらいまで仕事。そのまま実家に泊まる。
12 久々にサイト更新作業
 朝から何人かに矢継ぎ早にメール。一昨日の同行中に思いついたちょっとしたビジネスの企画書をパワーポイントで書いて知人に送ってみたり。昼食後、眠くなって仮眠したら夕方まで目が覚めなかった。その勢いで23時まで久々にスタディグループのサイトを一気に更新する。お盆休みはこの勢いで会社のサイトも丸々更新しちゃうかなあ。その構想を考えながら今日もETCで自宅に久々に戻る。シャワーを浴びて弁当食べてテレビ見て、サッカーまで頑張ろうかなと思ったがさすがに寝てしまった。明日からお盆休みだ。
13 火の国まつり花火大会with copen
 今日からお盆休みというのに朝から妻からの電話で起こされ、PC立ち上げ仕事の確認など。その後、テレビをつけてメールの返事を書きながら洗濯など。すばらしく良い天気なので洗濯しがいもあるってもんだ。午前中はそうやって家で過ごす。しかし正午を回った頃から気温が急上昇、ここにいたら確実に干上がる!と判断し、外へ。野球帽にサングラス、ベネトンフォーミュラという15年前のグリーンのTシャツに短パン姿、パソコン一式を入れたナップザックを片手に持ち、首にタオル、という、まあ俺が警官なら有無を言わさず職務質問→連行、といういでたちで外出。しばらく歩いて最近お気に入りのみかわ屋で冷麺を。なんかしらんうちに動く看板ができとるぞ。 いつのまにこんな看板立てたのよ、みかわ屋。 良く考えたらこうやってファミレスで仕事しまくるのもなんか毎年恒例になっている気が。この日記の読者のおかげで話題になってるんじゃないか(なわけねえか)。そのまま真夏の太陽の下、溶ける直前のアスファルトの上、をだらだら歩いてガスト。うまく電源のある席を見つけ、巧妙にわからないように配慮して盗電させていただく。最近はこれで逮捕されたりしてるからなあ。まあたくさん食べたりしてたら何にも言わないんだろうけど、僕のオーダーは「ドリンクバーのみ」。結局この状態で5時間ほど、コーラ4杯、ホット珈琲3杯を友に、第3期熊本オフィス計画というプレゼンをパワーポイントで書き上げる。妻にPHSでデータをメールした後、気が付けば19時。外は既に暗くなりつつあるし、なんか雨雲っぽい。やばい、早く帰らないとパソコンがびしょ濡れになる。
 帰りながら19時半を過ぎる頃、遠くから爆音が聞こえ始めた。そうか、今日は火の国まつりの江津湖納涼花火大会だったのだ。速歩きで自宅にいったん戻り、パソコンを置き、デジカメを担いでcopenをオープンにして出かける。せっかくオープンカーに乗っているのである。予想される大渋滞を逆手にとって車内観覧としゃれこもう。さすがに日が暮れると走り出せば涼しい。そういえば江津湖の花火大会まともに観るの初めてかも。花火が近くになるにつれ、だんだんと渋滞がひどくなってくる。浴衣姿の親子やカップルが見晴らしの良い江津湖の橋の上に鈴なりになっている。僕はだんだんと近くなってくる花火をその音と空気とともにゆっくりと車内で味わう。しかし、渋滞でピクリとも動かない状態で、どうしてみんなヘッドライトを点けっぱなしなんだろう?回りで見ている人のこととか前車のこととか、まったく頭にないんだろうなあ。僕はエアコンの必要も無いのでエンジンまで止めてしまっていい気分。その分、うしろの光と音が気になるけど。
 ちょうど良い具合に木々が途切れて絶好のポイントでクルマがまったく止まってしまった。これはラッキーだ。デジカメを取り出してビデオを撮ったり。でも途中で電池が切れてしまった。あとは自分の五感で愉しむ。まあ一人で寂しい奴だっていう人もいるかもしれないけれど、一人じゃないと味わえない感覚ってのもありますからね(負け惜しみ)。
 21時前に大々的な連発花火フィナーレをもってイベントも終了。一向に動かない渋滞に見切りをつけてUターンして自宅へ戻る。ところがみな考えは同じらしく、どっちの方向へ行っても渋滞。まあそれも楽しいけど。家に帰る前に定食屋に入って軽く遅い夕食を。この時点で22時を回っていたが、それから漫画本コーナーにおいてあったエヴァンゲリオンの本を6冊読破してしまって気が付けば23時半であった。考えてみればもう10年近く前の漫画なんだなあ。そういえば米国版実写映画化の話はどうなったんだろう。観たくないようなw
 自宅に戻り2時近くまで馬鹿馬鹿しいテレビなんか見て連休気分を盛り上げつつ、焼酎飲んでベッドに大の字に。
14 アテネオリンピック
 朝おきてテレビをつけたら録画したアテネオリンピックの開会式をやっていた。うーん、なんてすばらしい演出。なんかオリンピックどうこうよりも、「どんな企画書書いたんだろう?で、どのようなプロジェクトチームでこれを進行させているんだろうか?なんかトラブルの際のフェイルセーフ策とかどういう具合に書かれているんだろう?」なんてつい裏方の方に興味が行ってしまう。これって学生の頃軽音楽部のPA担当を長くしていた結果、どんならライブやコンサートに行ってもつい音のバランスに気が行ってしまいいまいち乗れなかったりとかしたことと同じ種類のつまんなさっていうか。まあ裏ビデオみても歯肉の色とか歯並びをつい見てしまう最近の僕は昔からそういうところがあるってわけだろうなあ。
 昼からいくつかメールで仕事した後、炎天下の中歩いて歯科医院へ向かう。なんか毎年恒例になりつつあるのだけど、お互い妻子に見放された二人が打合せと称して院長室でうだうだするという、盆と正月。ちょっと時間が余ったのでJOYFULでカレー食べて約束の15時に歯科医院へ。2時間あまり打合せなのか雑談なのか。その後院長自宅へ移ってうだうだ話しながら、二人で奥さんが作り残していったという餃子とシューマイを「どうしたらよいんだ!?」とか叫びつつ、調理する。なんか抱腹絶倒である。僕より10歳年上のこの院長とはもう10年の付き合いだがなんか気が合うところがあって、ちっとも遠慮せずにリラックスできている。二人で餃子ライスの晩御飯を食べた後、僕の自宅まで車で送ってもらう。ちょうどCSでF1ハンガリーGPの予選が始まる。おお、琢磨3位じゃん。その後もアテネオリンピックの柔道、水泳、女子サッカーなどを観ながら夜更かし。
15 今日もガストで7時間
 ゆっくり目を覚まし、サンデープロジェクトとか。最近、つまんない、政治ネタ。しかし今日も暑くなりそうだ。12時前に野球帽サングラス半ズボン首からタオルという例によって如何わしい格好で外に出る。鍵をかけるとき思わず近所の目を気にしてしまっていよいよ不審者っぽくなってしまった。30分ほど歩いて一昨日居座ったガストの電源付きの仕事場(勝手)を目指す。途中、自動販売機の誘惑が僕を襲う。しかし、こんなところで無駄金を落とすわけにはいかんのだ。いったい何のためにこんな日差しの中で歩いているかっているとそれはもちろん限りなく70kgに向けて驀進中の体重を少しでも汗で流してやろうという魂胆とはまったく反対に、昼間っからファミレスで生ビールを傾ける、という、たぶんお盆にしか許されない贅沢をするためなのだ。だから自販器などには見向きもせずにひたすら帽子を目深に被って前進あるのみなのである。
生ビール飲みながら携帯いじってみたり。生中が生大に見えるってか。  ガストについて目指す秘密の席は、と・・おお、空いているじゃないか。有無を言わさずに座り込み、「えーと、生ビール。それとハンバーグ。最後にドリンクバー」と注文。運ばれてきたビールを一気に喉に流し込み「すみませんがお代わりを」。いきなり良い気分である。ペッパーハンバーグとやらをつまみに生ビールでせっかくかいた汗を補充。いいじゃんかよ、別に。休みくらい。滅多にないんだから。と言い訳しつつ、ようやく落ち着いてきた。パソコンを引っ張り出し、今日は自社のサイトの全面更新作業。たぶん2年ぶりくらいかな。いい加減トップページにも飽きたので、花火大会の帰りに思いついたレイアウトで作ってみる。ところがやっているうちに「あ、これも、あ、これも」と当然更新されているべきページがホッタラカシになっていることに次から次に気が付いてしまい、片っ端から手をつけていったら「ありゃーこんなん1ヶ月じゃ終わんねえよ」みたいな気分になってしまい、仕方なくコーラなんて手にしながら「すみませんポテト追加で」って俺はアメリカ白人かよ。
 熱中してパソコンの世界にはまり込んで気が付いたら雨が降ってたりしてそれも上がってもう19時。おお、今日も7時間もいたな。よく通報されなかったもんだ。レジで清算、1900円ほど。まあ自宅で熱い思いするよりずいぶん役に立った2000円。帰り際、まだ食べるかい、と一人突っ込みつつ中華弁当買って家までとぼとぼ。21時前から弁当食べながらF1ハンガリーGPみつつ、最近のアテネですっかり右傾化している応援振りに答えてくれない佐藤君においおい、とかひとりごちてまたもショーチュー。熱いから氷がすぐに溶けて薄くなるからつい飲んじまうんだよ。
16 店番だったんだ
 9時半まで目が覚めなかった。深夜物凄い状態で目が覚めて、眠れなくて、でもすぐに寝たんだけど今度は目が覚めなかった。ちょっとしたジェットラグ状態。会社から電話があり、明日まで事務が休むと言っていたことを思い出した。そうか、誰もいないんだ・・・・1時間後にはETCを駆使して会社に到着。メーカーの半分は今日まで休みだからまあ電話も少ないし、ゼロックスのサービスマンと話をしたり、ネットワーク業者と電話で打合せしながらいろいろ引っ越しの準備したり。夜は昨日の続きでサイト更新作業を。夜はネットで今週末の東京の宿を取っていなかったことに気が付いて手配したり。相変わらずアテネは盛り上がっている。
17 風邪かな
 今日も朝からお店番。器材ライブラリHDD送ったり。某社(読んでるだろ)からこないだの出張の件でクレームの電話。あったま来たんであちこち手配して追い詰めてやったわっはっは。あ〜あ。基幹システムのデータディレクトリをサーバに移すことを思いつき、やってみたら見事起動。なんだ、これで問題は半分解決だ。VPN経由で遠隔同時作業が可能になる・・・はず。昼食後、鼻水止まらず。ずるずる。風邪薬飲んだら妙に眠くなるし。夕方、2社ほど訪問。別途友人からの電話で、東京の同業社がお盆空けに飛んだことを知る。息子さんとは仲良かっただけどな。これで先月に続いて2社か。年末に年賀状が2枚余る。何度も書いているけど、格好の悪い辞め方はよくないよな。誰も廃業や転職のノウハウを持ってないものな。
 夕方は車を飛ばして熊本市内の同業社のオフィスで10月のデンタルショーの打合せ。その後、いつも行く中華料理店「元気や」で深夜まで。ノンアルコールだったせいか、一人1000円ですんじゃった。いつものことだが安い。ちょっと味濃いけど。帰りながら車の中で女子柔道谷本の金メダルを中継していた。今日は本当に蒸し暑い。久々に息子の勉強部屋のエアコンを全開にして、他の部屋まで冷気が伝わるよう換気システム起動。チューハイ買ってきて風呂上りに飲んでたら下痢になった。むかついたから寝る。
18 台風がやってきた
熊本トラックターミナル。  目が覚めたらどうも風邪っぽい。おまけに下痢、腹痛である。仕方が無いので寝込んでいたら次から次に携帯が鳴る。11時ごろどうにか元気を回復して、車に乗り込んで熊本トラックターミナルへ。なるほど、こういうところか、と下見。食堂に集まる豪腕トラックドライバーたちの姿がかっちょよかった。お昼には高速で会社へ。ちょこっと仕事して実家で昼食をとった後、やっぱりダウンしてそのまま自室のベッドで横になる。事務員からの電話で起こされたらもう16時過ぎであった。なんでも娘が熱中症で倒れたのでこれから学校へ行きます、と。みんなしてダウンだなあ、としぶしぶ事務所に出て留守番。今日の夕方まで制作しておかねばならなかったデンタルショーのパンフレットを急いで作る。まあゲラだからけっこう適当に。。外の風の音がだんだん凄くなってきた、そう、台風が来ているのだ。今回は熊本の西側を通るのでけっこう風がきつい。いろんなものが飛んでいく音が聞こえている。明日の朝は凄い状態だろうなあ。雨も降ってきた。
 実家でカレー食べながらアテネの野球、日本オーストラリア戦を見る。ボロ負けしてんじゃんか。事務所に戻った後、週末のセミナーのタイムスケジュール作成、打合せに関するいろんなメールなど。23時くらいから会社に届いているトラック便の伝票を集計してどこの会社が何便でどれくらい送っているかを調査。1時くらいから再来週の新宿セミナーの段取りメールを。2時過ぎアテネの実況をぶっ壊れたテレビで見ながら寝る。このテレビで見ると金メダルの北島選手もソープも全部コーンヘッドになるのだから笑える。
19 体調不良
 だめだ、まったく起き上がれない。実家のベッドで目を覚ましたあとも、カラダが重くて何度ももういちど横になってはそのたびに眠りについてしまう。だめだ、と椅子に座ったら座ったまま寝ていて電話で起こされる。どうしたんだろうか、と思いながらも12時前までひたすらそんな状態。昼前に食事して事務所に復活。前の会社の先輩が若くして癌で亡くなったと電話あり。52歳だそうだ。あと13年。やばい、すこしまともな生活しておこう。お昼からスタディグループの例会資料を作ってダイレクトメール約50通発送。さて、来年のセミナーの企画書を書くといって、1ヶ月もほったらかしにしてたぞ、やばい、と思い出してファイルを開いた瞬間、その担当者から携帯が。思わずユングが周りにいないか見渡した僕ら。二人して大笑いしながらとりあえず企画書を書く。今日は早めに帰ろう、と20時前に県道を通って自宅へ戻る。台風一過、星空の下、ずいぶん涼しくなったのでオープンにして爽快気分。こんな日は高速使うのがもったいなく感じる。しかし、実際に田んぼの中を走ると虫との戦いだったりする。自宅に着いたらなんと2階の窓が全開。あの風雨に良くぞ耐えたな、廊下。変色してるけど。
 こないだ梅田でたくさんピックを仕入れてきたので、最近よくギターを弾く。毎日基礎練してるとだんだんと指が動いてくるのが分かる。ギターって面白いもんで、しばらく弾かないと、頭の中で鳴っているメロディに指先から出てくるメロディが追いつかなくてイライラしたりする。ところがだんだん訓練されてくると指の方が勝手に動いてしまい、頭の方が「おお、かっちょええ」とか感心したりする状態になってくる。しかしそれも度が過ぎると完全に指癖だけで弾けてる状態になって、思考停止、もはや頭が歌っていない状態のギターが鳴り始めて、そんなの録音して聞きなおしてみてもちっとも面白くないのである。きっとプロの人はその両方(頭とフィジカル)のレベルが僕なんかより数段上なんだろうなあ、と思う。僕はどうあがいてもヘタウマを狙うしかないのである。
20 ふらふらしながらも仕事
 朝7時過ぎに自宅で目を覚ます。だめだ、昨日と同じで上半身が起きない。重いのだ。ほぼ30分おきに電話で起こされながら13時過ぎまでぶっ倒れ続ける。あまりの暑さにようやく起き出して、とにかくやるべきことはやっておかないとな、と顔を洗って車に。高速に乗ってふらふら運転しながら会社へ。途中トラックに幅寄せされたのであったまきて真後ろにつけてパッシングの嵐。そんな体力ないはずが。どうも戦闘気分だけは無くならんなあ。リミッター効かせながら猛スピードで会社、銀行に行き明日からの東京の資金を引き出す。謝礼だから新札じゃないとだめなのだ。考えたら昨夜の夕方から何も食べていないのでさらにふらふらしてきた。その後、法務局で不動産用の登記簿謄本を取り、コンビニで納豆巻きだけ食べて、事務所で仕事。不動産の契約書捺印など。でもいまいち能率悪し。19時過ぎ、今日で退社するパート営業と挨拶。まあ頑張れよな、と。その後結局会社のソファに横になって22時まで仮眠。ようやく目が覚めて実家で軽く食事、その後も事務所に戻って、日曜日に受付用名簿を作ったり、スケジュールの最終確認をしたり、翌週セミナーの資料を印刷したり、器材ライブラリーを更新したりで結局1時。なでしこジャパンの敗戦をラジオで聞きつつ、今日は国道3号線で帰ってみる。家についても妙に目が覚めてるので4時まで起きて昔の曲を聴いていたり。ようやく眠くなった。
21 不動産契約し、午後から東京へ
 遅起きして、10時くらいに歩いて不動産屋さんへ。契約書を渡して鍵を貰う。また歩いて新しく事務所になる物件へ。ここで新会社の第2幕が始まるのだ。うきうきすると同時に、いろいろやることがあるなあと大変さも感じる。それにしても暑いけど、窓を開け放すと良い風が吹き込んでくる。いろいろイマジネーション。
 お昼前にクルマで今月3度目のガストへパソコン持参で。残念ながら指定席を取られていた。仕方が無いので隣の席を陣取る。どうせそんなに時間は無いから、と食事後バッテリー駆動でweb更新など。しかしやっぱり途中でバッテリーが不足してきたので、厚顔かまして、隣の席の足元から「失礼」と勝手に電源をいただいて仕事継続。まあこの3回で3千円くらいは寄与しているから見逃してくれよってとこだ。
芝大門の前で。観光客気分だな。  15時に店を出ていったん自宅に戻り、支度して熊本空港へ向かう。15:50発のスカイネットアジアに乗って羽田へ。直前だったのでリクライニングしない席しかないという。ということでかなり不自然な格好で居眠りすることに。モノレールで浜松町へ移動し、先月に引き続いて芝パークホテルへ。ネットで7,000円台で取れたのでまた利用することにしたのだ。それにしてもここは外人ばかりである。まあ観光地のそばで便利よいし。1時間ほど部屋で休んだ後、近くの吉野家で腹ごしらえして品川へ。駅前のアンナミラーズで宮崎の先生と来週以降のセミナーに関していろいろと打ち合わせ。22時過ぎ、田町に移動してキリンビヤホールでNMG講師陣が終結して打合せを継続。ついついバリバリ飲んでしまう。23時過ぎ、店を出て、ホテルに戻り、シャワーを浴びて裸で熟睡。
22 東京での初の大型講演会主催
 よし、良い天気だ。6時半に起きて支度して、浜松町駅まで歩きながらそう思う。8時過ぎに大手町サンケイプラザに到着。早くもメンバーたちが集まり始めている。今日は昭和大学の助教授を招聘しての講演会なのである。僕自身も東京都内で主催する始めての大型講演会である。受付、プロジェクター関係、音響、照明、商品展示などの確認を行っていたら早くも受付に受講生が。ハガキで受講票を出していたので割とスムーズに。協力してくれた関東の会社のスタッフの手際が良いので安心してやっていける。09:30、予定通りっだいたいの席が埋まったので、司会のマイクを持っていつもの通りご案内。どういうわけか、小心者の割には(笑)、こういう場で緊張することが無い。逆に知らない受講生ばかりだからってのもあるかもしれないけど。これも学生時代バンド生活で鍛えた技か。てなこともないか。ということで無事に講演はスタート。 昭和大学伊藤和雄助教授講演会。114名の参加者でした。 遅刻者の受付も11時くらいには終了し、当日入金の計算をしてパソコンに入力して、今度はお昼の手配。都心部の日曜日ってのは見事に食事するところが休みなのである。仕方が無いので数ブロック離れたパレスホテルまでタクシー2台を準備する。ところが、講師の先生なんと手弁当でやってきてて、僕はここで食べますからって・・・非常に申し訳ないことをして、それでも僕らはタクシーを無視するわけもいかず、6名ほどで食べに行く。昼食後、昼の部を再開。今度は僕もゆっくり講演を聞くことができた。この先生は学会でもかなりの異端児を自負しておられて、内容もかなり攻撃的。ところが、その話を聞いた多くの臨床家がその手法を取り入れたらそれがことごとくうまくいく、というので話題になっているのだ。日本の歯科メーカーは大学に嫌われたらそれでおしまい、ってところがあるのでどうしても、既存の学説に則った商品しか開発してこない。だからこういうセミナーをメーカー、業者がバックアップすることはなく、ほとんどがスタディグループ主催で全国を回っておられる、という感じである。実際僕も3回目なのだが、理路整然としてしかも結果が出ているのだからどうして異端なのだろう、と思うのである。僕らとしたら学会の中はちっとも分からないけれど、特に副作用があるわけでもないこの手法がもっと広まるんじゃないかなと思っている。
 15:30、予定通り講演は終了。30分で撤収し、会場費を支払い、主催者側数名としばらく歩いて近くのカフェでしばらくお話。18時頃解散し、東京駅へ向かう。今日はこれから上越新幹線で妻子が帰っている水上へ行くのだ。自動販売機で検索したら次の便は1時間半後だという。 息子の10回目の誕生日を水上のみんなで祝ってもらう。仕方が無いので駅構内のレストランでビール。パソコン開いてデジカメの画像の整理など。19:20の新幹線に乗って上毛高原まで一眠り。駅には妻が車で迎えに来てくれててしばらくぶりの再会。しかし、寒い。なんだこれは。水上の実家に着くと既に宴会は盛り上がっていた。息子の誕生パーティもやっているのだ。雨が降ってきたというので室内でバーベキュー。息子もケーキの10本のロウソクを吹き消して楽しそうである。その後は飲むわ飲まされるわ。気がついたら日付が変わっていてオリンピックの女子マラソンに釘付け。たぶん生まれて初めてマラソン中継を初めから最後まで見た。日本の野口が見事金メダル。うーん、最近のF1見てるよりも楽しいかも。さすがに疲れ果てて3時過ぎに寝る。
23 一日ダウンしてました・・・
 朝、目を覚まして、朝食を食べたまでは良かったが、どうにも体調が優れない。特に風邪ってわけでもなさそうなのだが、とにかく体が重い。考えてみたら関東に来るまではずっとそんな症状だったのだ。週末のイベントを気力で乗り切った後に飲みまくってマラソンで夜更かししたらぶり返した、ってそんなところだろう。結局何度か目を覚ましながら、夜の18時くらいまでずーっと寝室で寝ていた。どうせ外は雨だし。夕食時にはなんとかベッドから這い出て、ノンアルコールで。パソコンにデジカメの写真を映して息子が面白おかしく解説するという恒例の行事を半分眠りながら実演。21時過ぎ、またも寝室に戻り、眠れないかなと心配するうちに夢の世界へ。実にいろんな夢を見た。
24 まだまだ暑い熊本に戻る
 9時過ぎに起床し、10時に朝食。だいぶ元気になってきたみたいだが、まだフラフラする。11時に帰る準備をし、挨拶をして妻のクルマで上毛高原駅へ。途中、月夜野町の風和の湯という温泉で一風呂浴びてすっきりする。だいぶ体調も戻ってきた感じだ。妻と卜蔵という喫茶店でアイスクリームを食べながら、彼女の弾丸トークに付き合う。12時過ぎの新幹線で東京へ。車内でもほとんど寝ていたかメールの返事を書いていたかである。先日の講演の件でけっこうあちこちから問い合わせが入ってくるので逐一対応。モノレールで羽田空港に着くと、フライトまで結構時間ができてしまった。といってもやることも無いので待合室の椅子に座ってメールをたくさん。フライト中はひたすら眠って移動。18時過ぎに空港に到着。しかしなんだこの蒸し暑さは。オープン走行で自宅に戻り、着替えてスタディグループの例会へ出席。なんだかフラフラする。時折めまいまでする。やばいなあと感じつつ、とにかく例会は終了。食事会をお断りし、途中定食屋で食事し、まだ明かりがついていたメーカーの営業所にちょこっと寄って冷やかし、自宅に戻って息子の部屋でクーラーをつけて寝る。
25 今夜、すべてのバーで
 3時過ぎに目が覚める。クーラーがタイマーで切れてて、暑くて目を覚ましたのだ。水分補給してまた寝る。しかし5時過ぎに目が覚めてもう眠ることができない。確かにここんとこ寝てばっかりだから、もうカラダが寝ることに飽きているのだろう。ソファに座って朝の報道番組を何気なく見る。どのチャンネルも同じような内容ばかりだ。7時ごろ、二階の寝室に行ったら落ちていた文庫本に目が行き読み始める。こないだ中古で買った伊集院静の小説だ。なんて美しいんだろう、って思った。でも朝から読む本じゃないよなあ、と思いつつ身支度をして月に一度行っている会社でミーティング。11時くらいに終わり、市内の歯科医院に移動して打合せしながら最近調子が悪いというvaioの調子を見てあげる。だいたいvaioって買った時点から調子悪いでしょ、と思いつつ。その後、もう一軒歯科医院に行って資料を貰い、近所の歯科商店に行って1時間ほど雑談。改正薬事法への対応など。その後、高速で会社へ向かう。なんだかボーっとしててETCのつもりで一般の入り口に入り、チケットを取らずにぬけてしまった。途中で気がついたのだが、アラームが鳴ったのか、職員がチケットを持って走ってきてくれた。やっぱどうもまだフラフラしてるな。もうすぐ八代、というPA間近でとんでもない眠気に襲われ、とにかく仮眠しようと。結局1時間以上寝てしまった。
 久々に会社に入り、溜まった資料をスキャンしたりして、さあて、片付けるかって時にまた眠気が。携帯を切って、ソファで1時間ほど仮眠。営業が帰ってきたので起きてまた仕事する。20時ごろ、あ、携帯を切ったままだった、と気がつき電源を入れてメールの問い合わせをすると、別府の同業社長の訃報のメールが入っていた。ついこないだ訪問して、プレゼンしてきた彼だ。4年ほど前に熊本市内でご馳走になったこともあるし、去年の6月は東京で一緒に飲んだりした。今年の秋からはジョイントでセミナーをやることも決まっていたのだ。「今夜、すべてのバーで」癌であることは知っていたが、思いのほか回復されていて、5月のデンタルショーでは元気に歩き回っておられたので安心していたのに。ビックリしていくつかの取引先と連絡を取り合い、金曜日の告別式に参列することに。
 なんだか疲れてしまい、実家で風呂に入り食事をして早く寝ようとするが、今度は眠れない。なんかカラダのリズムがぐちゃぐちゃになっている感じである。1時過ぎに観念して部屋の電気をつける。僕の部屋には妹のだんなが買ってきたという本がたくさん置いてある。その中から先日中島らもの「今夜、すべてのバーで」を取り出して読む。彼の作品はこの部屋でほとんど読んだのだが、なぜか代表作を読んでいなかったのだ。結局3時過ぎまでかかって読破。良い本だった。中島らもも先月亡くなっている。少なくとも焼酎をロックで飲みながら読む本でないことは確かだ。
26 営業と大議論
 9時前に目が覚めたが、あちこちから携帯がなり、ベッドの上で対応していたら10時になってしまった。重役出勤で会社。営業が残っていて、来月から安売りリストを配ってよいですか、というので、「そりゃかまわんけど、そんなんに期待してはいけない」と議論になる。彼は業界10年目、28歳のばりばりである。僕は20代から30代の県内の営業マンでは彼が一番優れていると常々思っているのだ。その彼が、値引きのためのリストを作って配らないと商売にならない、と朝から主張することについ、点火してしまった。
 「いいか、僕らは自分たちの売上げという勝手な理由のためだけに動いちゃだめなんだぞ、何が顧客の利益になるかを想像して動くんだぞ」そうしたら彼は言う、「いろいろ調べたんです、そしたら結局みんな価格比較なんです。安いところから買う、それだけなんですよ」「だったら今月だけは安い商店さんから買ってください、うちは訪問しませんから、と言えばいいじゃないか」「そんなことして売上げ落としてよいのですか」「最初から分かっているならかまわない、俺が銀行から借金してお前の給料は払う」「何言ってるんですか」「だからさ、お前は県内一の若手営業なんだよ、そんな男が振られた女みたいに、自分を安売りするのはみっともないって言ってるんだよ」「何ですかそれは」「お前に興味を示さない顧客は追っかけるなってことだよ。お前じゃなきゃだめだ、うちの会社じゃなきゃだめだって人が得することをひたすらやるんだ、そのために邪魔なことは辞めちまえ」「そんなこと言ったって現実に今月の売上げは」「かまうかそんなん。どうせ材料の売上げなんて安売りの果てに赤字になってゼロになるのは分かっているんだ、それが分かっていて先延ばしにする暇があったら、もっとお客が望んでいることを見つけてやればよいんだ、そしたら必ずいつか利益になるんだよ」「僕にはできませんよ」「あほか、そんなことあるか、お前にできなかったらこの業界はおしまいだ、とにかく、見つけるんだ、顧客がお前に望むサービスを。値段が安いことが良いだって?そんなのは悪徳業者が自分のために考えたレトリックだ、それに騙されている歯医者は最悪だ、目を吊り上げて材料を安く買っても彼らの月の収入の1%も変わりはしないんだよ、そんな暇があったらやるべきことは山ほどあるはずなんだよ。それでも値段のことばかり言う人はもう僕らの顧客なんかじゃないんだよ。リリースしろ。でも僕らがまともな仕事をする限り、彼らは必ず帰ってくるよ。心配するな。旦那の浮気と一緒だ。浮気されたら即離婚します、と妻に言われたら浮気できないもんだろ。ところが浮気するたびに、私のほうをもっと向いてよ。私だったらこんなに安いのよ、って言い寄られたらどう思う?むっちゃ鬱陶しくないか、そんなん。今のお前はそうなりかけているんだよ。モテモテ男のやることじゃないんだぞ、がたがたいう奴はほっとけ、そしてガツンとお前しかできんサービスを堂々と展開しろ、それが金になるまではこの会社は俺が回すから、いつまでかかるかそれだけ先に言っとけ」「なんだか良くわかんないですけどわかりました」
 朝から二日酔いでフラフラしている僕は熱いのである。11時過ぎに車に乗って灼熱の道路を熊本へ向かう。車中あちこち電話。午後、市内の歯科医院で講師の先生と打ち合わせ。近所のレストランで食事しながらいろいろと。帰りに水前寺駅によって明日の別府行きのチケットを購入。その後歯科医院に1軒立ち寄り、病院で薬を貰って自宅へ。夕方のミーティングまでにやることがたくさんあるので、とパソコンを立ち上げた瞬間、なぜか寝てしまう。1時間位して目が覚めるが、きっちり12時間間違えて、朝の4時過ぎだと勘違いしてる僕。だんだん気が確かになってパソコンに向かって一気に仕事しまくる。1時間くらい頑張ったあと、ミーティングに向かう。ところが道が大渋滞。信号が10分以上変わらないのだ。道端には日の丸の小旗を持った人たちが連なっている。なんだなんだオリンピック選手の凱旋帰国か何かか?わけわかんないまま通常の倍以上の時間を掛けて同業社のミーティングルームへ。そこで聞いたら皇太子が熊本に来ているそうだ。なるほど。10月のデンタルショーの打ち合わせ最終。終わった後いつもの中華料理屋で3人で食事。23時頃自宅に戻り、台風情報をチェック。週末とんでもなのが来るらしい。東京でセミナーなのに、大丈夫だろうか。パソコンで好きな曲を聴きながら3時前まで仕事したり、日記書いたり。    
27 別府日帰り告別式
 何やら超大型の台風が近づいているらしい。その名も「チャバ」。名前からしていかにもやばそうな感じである。明日からの東京出張は大丈夫なのだろうか。そんなことを考えながら朝7時半に目を覚まし、8時のバスに乗って水前寺駅へ。ホームで列車を待っていると既にこの時間で暑い。8:44に九州横断特急2号がホームに入ってきた。なんと2両編成である。後ろの方の自由席に座ってしばらくすると気分が悪くなってきた。昨夜、知らず知らずに一人で飲みすぎたらしい。なんせこれから3時間近い旅である。しばらく寝ていくことにする。目を覚ましてからはパソコン開いてしばらく仕事。トイレのときに前の指定車両に同業者が座っていることは知っていたが、彼も熟睡していたようなので起こさずに戻る。阿蘇を右手に見ながら大分、別府と到着したのは12時前。降りてみると同業者は全部で3人であった。インフォメーションに場所を聞いて歩いて葬祭場へ。近い割には迷ってしまい、それでもなんとか到着。さすがに現役社長の葬儀だけあって凄い人出、通された会場はなんと第二会場と行って、祭壇がこしらえてあってその前に大型液晶テレビが設置してあり、本会場の様子がビデオ中継されるという仕組みである。というわけで僕らはアナウンスにしたがってその都度立って液晶テレビに礼拝するという非常に21世紀的な参列形式となったのである。
別府へ行く途中の豊肥線の車窓の風景。相変らず田舎だなあ。  葬儀が終わり、出棺を見届けてから近所のレストランで同業者たちの集まりがあるという。亡くなった社長は組合の理事長でもあったので後をどうするか、という話し合いであった。僕は役員でもなんでもないので近くの席に同じ熊本の人と席を陣取り昼間っからジョッキ3杯を傾けながら亡き社長について語る。何が何でも仕事しすぎなのである。親の仕事を継ぐために一流国立大学→商社というコースを辞めて地元に帰り、社業を拡大しながら10数年もPTAの会長を続け、その合間に趣味のコーラスではトップクラスのテノールとして猛練習、他にも地元ボランティアを相当やりながら、それで社長なのに熊本とか四国の開拓に自ら営業で回っていたのである。そりゃ僕なんか足元にも及ばない激務ぶりなのである。去年の8月に発病してわずか1年。58歳。大人しい控えめな態度の方だったがそれにしても充実した一生だったのかなあと思う。いろんなことを思う。
 そんなことで3杯目をオーダーし、半分くらい飲んだところで、あと10分で帰りの便が発車するではないかってことになり、大急ぎで駅へ。意外に遠くて3人で後半全力疾走。席に座るとほぼ同時に出発のギリギリであった。正直ビールが耳から出そうであった。それでも車内販売でビール買ってわいわい飲みながら3時間の旅。さすがに途中で眠くなり、3人とも熟睡。ところが、一人の携帯が鳴り、なんと子供さんが車に撥ねられたという。幸い命には別状はないというが。そんなこんなで水前寺、先に僕は降りてバスで自宅へ。暑い自宅でとりあえずシャワーを浴びたら猛烈に疲れが出て横になるが、疲れすぎて眠れない。19時過ぎ、歩いて1kmほど先のラーメン屋に行って食事。最近通ってるなあ。家に戻り、またシャワーを浴びて仕事していたら妻子が帰ってきた。20日間近い帰省から戻ってきたわけだが今週向こうであっているのでさほどの感慨もあるわけがなくて、意外と涼しいじゃない、とか言いながら荷物を降ろしている。僕は明日のプレゼンのパワーポイントをまとめて、みなで12時くらいに同じ部屋で川の字で寝る。
28 今日から新宿コース
 8時に得意先からの携帯で起こされる。やばい、9時に便で羽田に飛ぶのであった。copenのアクセルをべた踏みにして空港へぶっ飛ばす。いつも止めている民間駐車場では間に合わないので空港の駐車場へ。自動改札機に通したらもう時間切れ、ということでカウンターの女性にチケットを渡したら、一緒に走ってついてきてくれた。というわけで何とか間に合って機内へ。 19名の皆さん、まじめに取り組んでいただきました少し仕事をしたりしながら、無事に羽田へ。なんか3日ぶりなんで特に感慨も無いなあ。羽田から水道橋に移動し、東京ドームホテルにチェックイン。30分ほど部屋で仕事した後、今回の主催の会社の方に迎えに来ていただき、昼食をご馳走になった後、彼の会社へ出席し、ミーティングに参加。雨が降り出した。やっぱりなあ、と思いながら新宿へ向かう。今日からの3回コースは西新宿にある衛生士学校の視聴覚教室が会場なのだ。スタートまでけっこう時間があるので、ゆっくりと確実に準備を進める。今日は展示メーカーも三社ほどいるようだ。夕方、講師やインストラクター陣も次々に到着し、最終準備を進める。18時、無事にスタート。6月にいちど講義をやっているのでしばらく講義をした後すぐに実習に取り掛かる。ひたすら模型を削る訓練である。21時に、今日のスケジュールは無事終了し、雨の中タクシーに分乗して蔵の桜新宿西口店というお店で遅い懇親会。わいわい騒ぎながら23時過ぎに終了。その後、ドームホテルまで送ってもらい、講師らとBar2000で1時くらいまで語らいながら美しい窓の外を愉しむ。ただし、少し飲みすぎたかなあ。部屋に入ってシャワーを浴びたとたん、熟睡。
29 台風に翻弄される
さすが衛生士学校の視聴覚教室、非常に使いやすい会場でした。  熟睡しすぎた。お迎えが来る8時半に携帯で起こされてしまった。やばい、寝坊だ。3分で着替えて5分遅れで車に乗り込む。久留米で開催されている総義歯セミナーは今日が最終日であるので、そちらとも連絡を取りながら、今日のセミナーは9時半から再開。今日は講義を交えながら昨日とは違う部位の歯を削る実習。細かく講師やインストラクターがチェックをしていく。 削った後、講師の鋭いチェックが待っている。インストラクターは台風で先に帰ってしまったので大忙し。 僕はといえば、後部の席に陣取ってパソコンとプリンタを展開して、ネットで台風情報をチェック。インストラクタが帰るべき宮崎空港も鹿児島空港も既に欠航となっている。明日の診療もあることだし、14時過ぎの熊本便をネット予約して、それに乗って帰ってもらうことにする。熊本空港へは妻に迎えにやらせ、そのまま新八代駅まで送らせてそこから新幹線+JRで宮崎に戻ってもらおうという計画である。何度も連絡を取りながらすべて順調に運ぶ。昼食のお弁当を挟んで17時に今回のセミナーはインストラクタ不在もあって、予定を2時間もオーバーして熱烈に終了。地下鉄の駅まで送ってもらい、初めて乗る大江戸線でモノレール、羽田空港へ。途中浜松町でフライトが飛ぶのか確認したが、1時間前でないと分からないというので、とりあえず空港まで行くことに。フライト40分前になってようやくアナウンス、熊本空港に降りられないときには福岡または羽田に行くぞ、という条件付でフライトとなった。実際に雨の中飛び立った後は熟睡の海へ。おかげで目を覚ましたら窓の外に「熊 本 空 港」のネオンが。雨もさほど降っていない。今回の台風はとても足が遅く、実際に熊本を通過するのは明日になるとのことだ。大騒ぎする割りになんとも無いってのが最近の熊本台風事情である。空港の駐車場から自宅に戻り、録画しておいたF1ベルギーGPを見る。けっこう抜きつ抜かれつで面白かった。今年もシューマッハ総合優勝。隣ですっかり酔った妻が何かと難癖をつけて来るのであしらう。そのうちだんだんと喧嘩モードに。相変わらず大人気ない二人。
30 台風来襲、僕は一日ダウン
 朝から台風16号がやってきた。確かに雨風はひどいけど、5年前の電柱がひっくり返るほどの迫力は感じない。実際に停電も断水も何も被害なし。僕はといえば会社にいけないことをいいことに惰眠をむさぼる。眠りに落ちるたびにどっかからか携帯が鳴り、どうも調子が悪い。そんなことを繰り返すうちに結局一日のほとんどを寝てすごしてしまった。昼と夜は録画しておいたワンピースを見る。そして不思議なことに早い時間に酒も飲まずに寝てしまった。台風はそのうちどっかへ行ったようだ。
31 営業と遅くまでミーティング
 10時くらいに高速で会社へ。こちらも何も被害は無いようだ。溜まった資料をスキャンして午後はひたすら溜まったメールの返事を書きまくる。妻もやってきて一緒に仕事する。他に書籍の調べ物をしたりマイクロのデモの手配をしたり。夕方、器材ライブラリの整理をして顧客のHDDに何回かコピー作業を繰り返す。月に二回のお仕事である。夕食後、ついポールマッカートニーに関する本が届いたのでインタビュー記事を読んでしまう。やっぱこの男、相当ジョンが好きでたまらんかったんやなあ、とあらためて思う。23時ごろ、珍しく遅い時間に営業が帰ってきていろいろ話し込む。最近こういう時間が多い。彼もいろいろ悩んでいるようだ。原因は顧客が値段ばかりに走ってしまって成績が下がっているということ。まあ全国にありふれた話であろうが、人一倍責任感の強い彼は悩んでしまっている。僕としては、いつもの調子で前を向いて歩こう、かったるい顧客に足を取られて君を欲している顧客のところへ行けないというのは良くない、限られた時間を有効に使うことから始めよう、と話す。材料屋って今後どうなるんでしょうねえ、って聞くので、簡単だよ、大企業と個人企業だけになるんだよ、僕らはもちろん後者を目指すよ、何故かって?簡単なことだよ、そっちの方が細分化した顧客の要望にこたえられて楽しいからさ、と、と答える。答えながら、自分でもあることに気が付く。これまでは大型歯科医院は大型ディーラーと、小規模歯科医院は個人業者と取引していくものとばかり思っていたが、どうも現実は違う方向へ進んでいっている。確実にそう思う。もはや人的にも資金的にもリソースの少ない僕らは確実に僕らの力を欲している、つまり前向きで積極的な顧客と優先的に付き合うべきなのである。大型ディーラーにはモノを上手に安く運ぶことはできても彼らのニーズに答えるべく対応力はない。特化できないのだ。一方で僕らにはそれが十分にできる。二人のミーティングは2時過ぎにまで及び、僕にとっても大きな発見があった。やっぱり会社ってのはこうやって人と人とが話し合いながら変わっていくものなんだなあ、とつくづく思って気が付いたら日付が変わってもう9月。
 相変わらず目まぐるしい一月であった。今月はけっこうリアルタイムで更新できたつもりでしたが、お読みいただいてる方、いかがでした?特に感想を欲してるコーナーではないんですが、何かご意見でもあればぜひメールでも。必ずご返事しますから。今月も読んでいただいてありがとうございました。

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