taka's業務日誌 2004年3月
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1日
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21日
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30日
日
曜
diary
1
月
眠らずにJohn Lennonの伝記を読み耽る
今日から3月である。昨日はなぜか疲れて20時ごろにソファで寝てしまったのだった。というわけなんだろう、夜の3時に目が覚めてしまって眠れない。ベッドで天井を眺めていても仕方が無いのでクリエで溜まっていたメルマガを一気読みするが、まだ眠れない。もったいない気がして仕事はじめる。そういえばインターネット創世期には夜になるとネットが混雑して効率が悪いってんで早寝してこのくらいの時間から仕事したりしてたっけ。仕事といってもネットサーフィンだったけど。当時は今みたいに繋ぎ放題じゃなかったから、経費からみても夜に仕事するのは効率悪かったのだ。といってもつい7、8年前のことなんだけど。
そのまま起きていたら10時から税理士さんとの打ち合わせ。終わった後さすがに眠気が襲ってきて1時間ほど寝る。夕方までに自宅でもう一仕事終えた後、近所のファミレスに出かけてメーカーさんとコーヒー飲みながら次のセミナーの協力体制について打診。その後、歯科医院に出かけて診療後の院長と同じくセミナーの打ち合わせ。夜、自宅に戻って食事後、妻が買ってくれたJohnの伝記を手にすると、そのまま朝の5時まで読み耽ってしまった。なんか眠れない体質になったのだろうか。それにしてもここまで悪意に満ちた伝記もねえわなあ、と思いながらも半分くらいは本当かもね、と思わせるJohnが僕は好きだ。
2
火
コンピュータシステム商談
時差ぼけみたいになってて、5時に寝て9時に起きる。10時に名古屋の社長から電話。11時にメーカーの営業所に出向き、これからのレセコン商談の戦略会議。12時すぎに歯科医院に一緒に入り商談。その後、営業と近所に出来たバーミヤンで昼食を取っていたら携帯がなり、見事商談成立。100円ショップに行ってFDをたくさん買ってもう一度歯科医院に入りバックアップを取って・・・そんなこんなでオシゴト。
18時前に自宅に戻り、さすがに眠気に負けて1時間くらい寝る。その後珍しく早く風呂に入り、鍋を囲みながらテレビのビフォーアフターみたりして、まるで普通の家みたいだね、と。でも22時からしっかり仕事しました。
3
水
また入院することに
久々に足の怪我の病院へ行く。昨年10月に埋め込んだチタンのスクリューを抜くかどうかの診断である。抜いた方が良いです、といわれる。話が違うじゃないか、とも思うが、良く考えたらこの主治医は入院する時だって1週間で退院だとか言いながら実は20日も引っ張ったし、スクリューなんか抜かなくて良いです、と言った時だって疑うべきだったのかもしれない。で、いつ抜きますか、局部麻酔ならちょっとだけ痛いけど日帰りできます、前回同様下半身麻酔なら2、3日の入院となります、と言う唇の端の角度に、今度は周到に疑問を覚えた僕は(きっと壮絶に痛いに違いないし、入院したら1週間以上だな)と確信して、ではゆっくり入院させてくださいと返事した。ところがスケジュールを確認するとどうもそんな余裕は無く、結局月末に3泊4日で入院することに決定。まあパソコン持ち込んで仕事してれば、ちょっと出張に出かけたくらいの影響しかないであろうし。
午後はソフトの仕事をちょっとやって深夜まであちこちにメールを乱発して実家へ泊まる。
4
木
若い女がそんなによいのか
朝から会議の資料を書いて、昼休みに社員たちと会議。数字を見る限りちっとも売れていないのでいろいろと原因や対策を練る。どうして売れないのかな、という僕の質問に相次いで寄せられる答えは「ライバル業者がひたすら安売りのチラシを配りまくるので商売になりません」という。ではどうしたい?と聞けば「我が社ももうそろそろ安売りチラシを巻きましょう、でないと最初から高い、というイメージが定着してしまって、ちっとも相手にされなくなりそうです」という答えが返って来た。少し考える。利益度外視で安売りすることの目的は我が社のイメージ改善ってわけなんだな。つまりこれは広告宣伝費という経費を安売りという手段をもって果たすってことだ。要するにこれで儲けようとか、売上を伸ばしたらなんか良いことがあるだろう、という期待を持ってはいけない、ということだ。それでも仕方がないので安売りチラシを蒔いてイメージの改善を図ろうってことなんだな。だったらものすごい値段を出して、1ヶ月くらい狂気のセールをやった方が短時間に目的を達成できるではないか。なあ、そういうことかい?と聞き直したら、いえ、やはり赤字の商売はできないでしょう、社長どうしたんですか、とまじめな社員である。
そこでたとえ話を考えた。結婚して10年くらいの仲の良い夫婦がおりましたとさ。ある日、意地の悪い友人がやってきて、「おい、やっぱ若くて美人の女は良いなあ」とのたまう。そして若くて美しいぴちぴち女を紹介するから、という。いや、いいよ、俺、ヨメで満足してるし、何一つ不自由感じてないもん、と答えるが、あんまりしつこいので、じゃあ1日だけ借りるぜ、と軽い気持ちで××。そしたら「俺、目が覚めたぜ」。いままで騙されていた。こんな人生がすぐそばに転がっていたのに、みんな良い目にあっていたのに、俺は女房に騙されていたのだ、ちくしょうめ、こうなりゃ片っ端から良い女を捜して今までの分を取り戻さないと。
医療に必要な器材を安定的に選択的に提供するという本来の仕事を二の次にして、ひたすらどこにも負けない値段を出すことで自分を認めてもらおうと努力することは、まるでそんなことのように思えた。さっきのたとえ話ではまじめな男をたぶらかす悪意の友人がまずは悪い。自分の利益のために、荒廃した価値観を無理強いしてしまっている。僕らは騙される男を批難する前に、騙す側に立たないことを自戒しなければならない。
会議の時間は終わりに近づいたが、僕らの逡巡はまだ決着を見ない。僕の中ではすっかり決着ついているのだが、それだけでは手段としての数字が作れないことも知っている。
5
金
運転免許更新
朝から免許センターへ走る。前回はうっかり免許更新を忘れてて、何かと大変だったので今回はちゃんとカレンダーに印をつけておいた。しかし新しい制度では誕生日を一ヵ月過ぎるまではお咎め無しなのだという。この3年の間に、免許センターも場所が移ってとてつもなく立派な建物になっている。たかだか運転免許を更新したり発行したりするだけでこんなにも立派なハコが必要なのだろうか。道路行政の天下りのために適当にこさえた感があまりに強い建物に従順な民が吸い込まれていく。僕もその一人だが、どうも性に合わないのかいきなり下痢を催し、これまた立派なトイレに篭る羽目に。その後、たぶん軽自動車1台分くらいのリース料を払っているだろう、必要以上にでかい視力測定器で、めっちゃイイ加減な測定をされた後に名前が呼ばれるのを待つ。前回の更新忘れにケチをつけられ、免停組の教室に収容され、長くて退屈な講義を聞かされることに。いかにも警察流れの講師が、口述筆記すれば大変丁寧な言葉遣いなのに、なぜか発音すると微妙に高圧的な物言いで講釈を垂れる。なんとか我慢して時間を過ごし、数年に一度の受難をやり過ごす。それにしても免停組、なんかヘンな奴が多かった気がするんだが。
その後八代に走って歯科医院のサイト作りの手伝いを。夜は早めに自宅に戻り月に一度の我が家の贅沢、焼鳥大吉へ。戻るとテレビでサッカーの対UAE戦をやっていたのでワイワイ見る。えらいなラッキーな2-0勝利。こんなんもありか。
6
土
久しぶりの名古屋出張
朝一便で熊本空港から伊丹へ飛ぶ。到着後空港バスで京都駅へ。地下街ポルタの蕎麦屋で昼食を取った後、京都駅からJR奈良線で木幡へ。仲人がひっそり暮らしているこの街へは年に1,2度訪れることにしている。今日は突然来たので、彼は部屋に一人だった。ちょこっとビール飲んだりしながら2時間ほど四方山話。とても元気そうで安心した。僕の原点がここにある。
16時過ぎの新幹線のぞみで名古屋へ。本当にあっという間に到着。名古屋駅に降り立つのは10数年ぶりだ。乗り換えて金山駅へ。駅前のホテルにチェックインした後、ロビーで地元の社長、旧知の業界人と待ち合わせ。ホテル内で食事をご馳走になる。20時過ぎに東京の開業医から携帯がなる。そろそろ金山駅に到着するとのこと。3人で出迎えに行き、いったんレストランに戻って会食を再開。明日、こちらの会社の主催のこの先生の講演会があるのだ。僕は先生を紹介した立場で同席することに。流れでお食事までご馳走になっているのだった。食事後、業界人(京都出身、以前九州担当、現在名古屋赴任)にタクシーに乗せられ、音楽関係のお店へ。講師、業界人、僕の3人の共通の趣味はギター演奏なのである。というわけで「南蛮家」というお店で2時過ぎまで過ごすことに。勝手にギター、ベース演奏で乱入して後はぐじゃぐじゃ(笑
7
日
名古屋で左眼を切る
昨夜は2時ごろ帰ってきたのだが、どういうわけか6時には目が覚めてしまった。メールを書いたりしていたのだが、このまま眠くなることは無さそうなので、風呂に入ろうとおバスタブにお湯を溜め始める。そういえば昨日チェックイン時に部屋に案内してくれた元気の良い女性スタッフが、「入浴剤はいかがですか」とわざわざ持って来てくれたことを思い出したのである。お湯を張って、入浴剤を入れてバスタブに浸かる。おお、たまには高級なホテルもよろしいなあ。いつぞや見た洋画でバスタブに浸かってまま新聞読んでるシーンを思い出し、うーん、そういうのも良いかもねえ、とか連想して、ドアの隙間に差し込んである新聞を抜き出して、再度バスタブに浸かってみる。メガネが曇るので裸眼で読もうとすると必然的に目と新聞との距離は15cmほどに。ページをめくる際に、濡れないように素早く捲らねば、と意識して左手を素早く動かした瞬間・・・・左眼に激痛が走る。うっ。新聞が目に入った。しかも水平に素早く。たまに紙をさっと動かして指に切り傷を作ってしまったりするけど、あの要領で目を切ってしまった。痛い。涙があふれる。やべえー、という意識で二日酔いの脳味噌が満たされている。なんてこった。
確認その一。まずは切っていない右目を開けてみる。左眼を押さえている左手を確認。赤くない。出血は無いみたい。ちょっとほっとする。その二、左眼を恐る恐る開けてみる。うーん激痛。しかし、光は入ってくる。おお、失明は免れた。視野も真っ赤とかじゃない。しかし1秒以上開けてられないくらい痛いし、涙があふれる。その三、感染予防。水道水流水でひたすら洗眼。数分後、鏡の前に立ち、もう一度左眼を開けてみる。いかん、すべてがボケている。見えない。視力が・・・・あっそうか、俺もともと近視乱視酷いんだった、メガネめがね・・・ベッドの上のメガネを装着、激痛に耐えながら両目を開ける。いかん、左眼が霞んでる。酷く汚れたレンズを通して写真を撮ったようだ。これが涙のせいなのか、傷のせいなのかわからない。ひとまずカラダを拭いて、落ち着く。そういえば抗菌剤入りの目薬を持っていたっけ、とさしてみることに。ぎええーーこれがまた痛い。声を出さずにいられないし、なんせ目が開かない。のた打ち回ること30分、ようやく痛みが落ち着いてきた。服を着てレストランで講師と朝食。なんとかなりそうだ。
大学時代、同じクラブで4年間一緒に過ごした同級生が名古屋に帰っている。たまにメールで連絡を取り合うくらいなのだが、今回はちょっと会おうってことになっている。彼から携帯がなって、朝食会場にて合流。もちろん講師とは初対面なのだが、そこがミュージシャンくずれ同士(笑)、すぐに10年前からの知り合いみたいに話が始まる。講師は隣で開催際されている美術展に行く、と席を立ち、僕らは1時間以上四方山話。昨日から、昔話が楽しい。そんな年代になったってことかな。
11時に地元の社長と息子さんが出迎えに来てくれる。予想に反してトヨタ車でなくホンダ。好きです、反主流。などと考えながら講演会場へ向かう。その間も寸断なく流れつづける左眼の涙。怪我をした経緯があまりにもアホらしいのでコト細かく説明するのも情けないので、黙っていたが、それにしても後部座席で朝から泣きつづける30代後半男、ありなのか(笑
昼食後、講演会がスタート。僕もオリジナル器材を展示する。スライドを左眼で見るとやはり明らかに霞んでいる。あ〜あ、馬鹿見たなあ、一生こうなんだろうか、車運転できるかなあ、免許更新したあとでよかったなあ、でもこれからどうなるんだろうか・・なんて考えてみるも、足を怪我した時と一緒で、いざこうなってみるとあんまり心配しないのも僕の性格らしく、まあ受け入れるしかないわなあ、自分でやったんだものなあ、と諦観気味に、ちょっと冷静に自分を笑ってみたりして。
講演修了後、名古屋駅まで送ってもらい、昨夜の業界人も駆けつけてビールで乾杯。飲んで良いのか、と自問しつつ、けっこう飲んでしまった。京都まで移動して、三条烏丸のホテルに投宿。初めて泊まるホテルだが、ビジネスなのに大浴場があるってのはよろしいなあ。時間も遅いし、目も痛いし、睡眠不足だし、F1始まるし、おとなしく部屋で過ごす。
8
月
味のある眼科
目が覚めると劇的に目が回復して・・・るわけなかった。それどころか霞みが酷くなっている気すらする。痛みもある。昨日ほどは無い気がするが。しかしやっぱ洒落にならん、という気がふつふつと湧きあがってきて、フロントで「近くに眼科はありませんか」と訪ねる。快く5軒ほどリストアップしてくれた。部屋に戻ってパソコンをネットに繋げて片っ端からチェック入れてみる。しかし、歯科と違って眼科ってネット情報が少ないのね。さんざ迷った後、結局いちばん近くの眼科へ行ってみることに。四条まで歩く。こうやって月曜日の朝の京都を歩くだなんて15年ぶりかも。この街はあんまり変わらないからなあ。そういう意味では京都に暮らして良かったなあと思う。街自体がタイムカプセルなんだから。
さて。四条通りの眼科のビルまでやってきた。ふ、古い。大丈夫かっとちょっと不安がよぎる。さっき電話した時には若い女性の声が出たので安心したのだが、どう考えても夫婦二人でやっているような感じの看板である・・・思い立って二番目に近い眼科に電話してみる。お、もっと若そうな女性の対応だ。いいかんじ。しかし、最後に「待ち時間とかあります?」と聞けば、「そうですねえ、今でしたら1時間くらいは」と。往々にしてこういう場合は1.5の定数を乗ずるのが定説なのであるから、90分待ちってことか。さすがに昼の待ち合わせに間に合わない。見上げると古いビル。そうだよな、ここは待ち時間とか無縁だろうな、考えてみたら歯科と違って削られるってこともないわけだし。意を決してエレベータに乗る。ミシミシと音を立てて一生懸命動作するエレベータを降りると眼科の入り口が見えてきた。待合室と診療室の区別がない。医師が1名、受付1名。患者が僕の他に1名。中年サラリーマン。院長とご近所づきあいって感じ。診察が始まると部屋が真っ暗になる。院長が手元で電気を消しているのである。名前を呼ばれて診察室、というか診察コーナーへ。70年代と思われる機器が並んでいる。器械で目を検査され、「あー。スパッと真中をやったはりますなあ」「昨日は眠れましたか」とボソボソっと言われる。カルテの余白に黒目を書いて、その真中に線を入れると、こんな感じですな、と説明。せんせ、その絵、ちょっとまずくないですか。結局、自然治癒しかないってことで、近所の調剤薬局からステロイド入りの目薬を貰って1時間に一回点眼しながら一ヵ月過ごすことに。
その後、京都駅のマクドナルドでしばらく仕事(ここにはどうぞお使いくださいって電源があって嬉しい)し、神戸に移動してもう一仕事、17時過ぎのフライトで伊丹から熊本へ。空港から歯科医師会館に走ってデンタルショーのミーティングに参加するが、連絡が悪くて人が集まらず、しかたなく近所の焼鳥屋で食事して久し振りに家に帰る。なんでもありの出張であったな、今回。
9
火
体調優れず
朝から技工所さんにメーカーさんの営業と拠点長を紹介。その後歯科医院に移り同じメンバーで同行。その後自宅に戻るが、突然気分が悪くなって食事後しばらく昼寝する。夕方起き出して、午後のスタディグループの理事会のための決算資料を作ったり。夕方得意先に呼び出されて近所の大型電器店に行き、一緒に液晶テレビを購入する。その後、理事会に参加、議事を進める。どうも体調悪い。
10
水
体中からボロがでる
朝早めに起きてメールの返事などを書いていたのだが、突然左目に激痛を感じてもう一度ベッドへ。これって1年位前からの持病で目の表面に異物感と激痛が走ってもう何もできなくなってしまうのだ。だがしばらく眠ると症状が消えたりする。何なのだろう?昼に市内のファミレスでメーカー営業と商談、昼食。その後近所の矯正歯科でセミナーの打ち合わせ。同業者に移動してソフトの更新を行った後歯科医院に寄って世間話をして自宅へ戻る。今日はてんぷらよ、と妻が揚げたてを作ってくれる。テレビでは行方不明の旦那を公開調査している番組をやっている。これっていい迷惑だよな、本人にとっては。21世紀の日本には自ら姿を消す自由もないのか(ってもともとねえか)。なんか油ものばっかりを食べてたら気分が悪くなってしまい、そのままソファで寝てしまう。その後また目が覚めてまたも仕事してしまう。
11
木
資料制作
昼前にいつもの床屋で散髪。会社に出て、金融機関に電話交渉。利息が安くなっているので以前の借り入れを借り換え交渉。その後来週の鹿児島でのセミナーの当日資料を通繰り始め、いろいろこだわってやっていたらあっという間に深夜に。そのまま実家に泊まり。
12
金
カナダからの電話
午前中は問屋さんと商談したり、電話であちこち商談したり。昼からは今年後半から来年までの新しいコースの企画書をまとめる。お昼過ぎに電話。なんとカナダからであった。本サイトではおなじみのバンクーバー移住の岸利トオル君である。けっこう大変だったみたいでようやく落ち着いた、ということで一安心。しかし普通に電話できるんだものなあ、太平洋を挟んで。たぶん日本にいた頃よりメールとか電話しているしなあ。午後から矯正セミナーの中間決算。夕方歯科医院でセミナーと機械の商談へ。その後、近所のファミレスへ移動して、食事しながら遠くからの若い先生ご夫妻を囲んでインプラントを始めるための相談に乗る。
13
土
鹿児島セミナー2回目
9時過ぎに自宅を出て鹿児島へひた走る。12時前には会場に到着して設営作業など。今回は東京からの見学者も多いので会場が狭く感じるけどなんとかうまいこと設置。その後講師をホテルに迎えに行き、無事セミナーがスタートした。実習に入った後は見学者と今後のコースについてのミーティングを行う。こちらのほうもうまくいきそうだ。夜はおしゃれな居酒屋で会議を兼ねた食事会。終わった後天文館のお店で二次会。日付が変わる前にはホテルに戻って寝ることができた。
14
日
鹿児島から阿蘇へ・・・
朝から無事にセミナー二日目もスタート。器材でちょっとばたばたしたけど、どうにか無事に進行している。受講生のお顔をまだ覚えていないので全員の写真をデジカメで撮って名簿と重ね合わせる・・・でもなんかうまく合わないんだよなあ。考えてみれば今年だけでいろんなセミナーの裏方をやるので総勢100名くらいの顔と名前を一致させておく必要があるわけで。16時に無事にセミナーは終了し、講師らとともに鹿児島空港へ向かう。空港のレストランでしばし歓談したあと、今度は一人でクルマに乗り込み熊本へ。妻と、妻の古くからの友人と息子と犬とで吉無田高原でキャンプ中なのである。小雨降る中200km爆走し、山中駆け巡り高原へ。テント張っていたみんなに合流し、ビール飲んでバーベキュー食って犬の相手してたらやっぱり眠くなりテントの中で意識を失う。
15
月
忙しい一日
6時に目を覚まし、まだ寝ている妻と友人を残し、息子を連れてテントを出る。まずは学校に送らねばならない。途中朝飯を買って自宅でワシワシと食べ、学校へ送り出す。その後僕は八代へ。今日は事務員が休みなので店番なのである。朝イチの仕事を終えた後は市内の金融機関へ。先日からの借り換え交渉。いくつか資料が必要ということで貰ってくる。午後、メーカーさんの営業と商談。その後金融機関向けの書類を制作し、東京のコースのための当日資料をこさえて印刷。実家で食事をした後風呂に入ったらやる気まで流れてしまい、そのまま寝る。
16
火
実印行方不明事件
朝から契約書に印鑑を押そうと思ったら実印がないではないか。確か、昨日もひとつ契約書に押印したので間違いなく金庫に戻したはずなのだが、ない。やばい。こんなん紛失してしまったらこれから襲ってくるさまざまなややこしい処理を思って気が重くなる。しかし、この会社から出たわけではないし、昨日は実家に泊まっているわけで、このあたりにないわけがないのである。ということで社員家族を巻き込んでの大捜索が始まった。しかし一向にでてこない。仕方がないので一人個室にこもってネッコロがってエドガーケイシーよろしく昨日の記憶を朝から辿ってみることに。しかしこうやってみるといろんなことを忘れてて、いろんなことを思い出すものである。なんて感心している場合ではない。無いと困るのである。そんなこと考えているうちに眠くなり昼寝してしまう僕も大物。
ずっと探し物をしていてのらちがあかないので仕事再開。デンタルショーの資料を作り、スタディグループ例会資料も作って発送。夕方からまた気を取り直して母と実印捜索再開。しかし、もうないわな、とあきらめた瞬間、あ、そうだ、と思い直して実家の洗濯機を除いて見る・・・おっいた!黒い洗濯機の槽の底に黒い皮ケースに守られた実印が転がっているではないか。やっぱりシャツのポケットに入れたまま洗濯していたのだ。けど何度も見たんだけどな、ここも。ま結果オーライでいっか。
気分も良くなったのでオープン走行で街中へ繰り出し、妻と友人と落ち合ってカラオケボックス、Two-Fiveでぐちぐち騒いで結局明け方4時半に帰宅。
17
水
コンピュータ納品
数時間しか寝ていないのだけど朝9時には目が覚める。妻と友人は完全二日酔いのご様子。シャワーを浴びた後午前中は資料作りをして、午後から歯科医院に先日から商談しているコンピュータの納品。順調に進む。夕方、市内中心部の国際交流会館に出向いて7月のセミナーの会場予約。夕方雨が降り始め、コンピュータ担当の女性を水前寺駅まで送った後、自宅に戻りてんぷら。案の定睡魔に襲われソファで熟睡。
18
木
組合連合会総会
睡眠時間は十分確保したぞ、ってんで朝から会社。午前中銀行など。たまった仕事に片っ端から手をつける。夕方早めに退社して高速で自宅へ戻り、妻のクルマでホテル日航に送ってもらう。組合の上部団体のパーティに出席。なーんてことなく終了し、終わったと同時にバスで自宅に戻る。テレビでアテネ五輪のサッカーU-23対UAE戦をやっていたので盛り上がる。22時くらいから酔いを醒まして来年のコースの企画書を完成させる。
19
金
FreeDの契約
来週、またも入院することになっているので、それを見越してPHSの契約をつなぎ放題のFreeDに変えることに。ドコモショップで小一時間。前回は3週間で2万円近く使ってしまった通信費もこれで毎月4800円固定である。午後からは会社で器材ライブラリーデータベースの更新作業。6月に東京で主催するセミナーのために東京国際フォーラムを電話で仮予約。夕方市内の歯科商店に出向き、先日納入したライブラリーの更新と使用説明。その後盛り上がって市内の小料理屋で一杯、のつもりが例によってべろべろ。
20
土
春分の日はカラオケパーティ
今日はお休みだ。朝からビデオに取っていたワンピースの第1回からを集中してみる。今までわけわかんねえや、と思っていたのにどういうわけか家族ではまってしまったのだ。おりしもCSで第1回から再放送するっていうのでHDDレコーダーで予約録画しておいて休日に集中してみることになっている。いやーおもろい。DRスランプとキャプテンハーロックを同時に進行したらこんな雰囲気だなあとか思いながら、でも結局は熊本出身の作家らしい男気溢れるドラマであった。しばらく嵌りそうなのである。
その後家族3人で昨日の歯科商店に行って止めっぱなしだった車を回収。その後息子を連れて床屋。そのままアプライド、ハードオフと二人でデートして家に戻る。妻が鶴屋でやっている最大中華街展で中国茶を物色したいと言うのでまたお出かけ。駐車場が満杯なので妻だけ降ろして僕ら二人はそのあたりをドライブ。お腹すいたのでお弁当のヒライで安ラーメン。買い物の済んだ妻を拾って今度は八代へ向かう。今日は友人かもなべの長男が難攻不落の中学に見事合格したのでそのお祝いなのである。車中ラジオでいかりや長介の訃報を知る。時代が変わっていくんだなあ。八代について会社でちょっと仕事して、父に送ってもらい八代の「小川」へ。大人4人、子供4人でわいわい食事し、その勢いでカラオケボックスに行って深夜まで大騒ぎ。妻の歌ったウルフルズの「えーねん」に子供たちが大合唱したのにはちょっと驚いた。みなはじめて聞いたというのだが、歌詞とビートが直接彼らに響くのだろう。習い事やお受験で厳しい彼らに「それでえーねん」という言葉がストレートに響いたのだろう。息子もそういうことを言っていた。
21
日
ゲームボーイ空を舞う
セミナーの当日資料がその日になってもできていなくて焦りまくる、という悪夢で目が覚める。寝覚めの悪いままテレビでサンプロなど見ながら徐々に目を覚ます。シャワーを浴びて会社で半期棚卸しの準備。お昼は妻といつものラーメン屋。お昼からは今年後半からの東京でのコースの予算組みをしたり、会社の第3期年間予算を組んだり。妻も事務所で仕事している。息子もゲームボーイアドバンスを両手で握り締めてなんだかブツブツ言っている。考えたらここ1ヶ月くらい、ずーっとゲームボーイ三昧だ。こないだなんて勝手に自分の財布から5000円抜き出して近所のゲーム屋でソフトを買ってきて怒られたりしている。そのうち息子が癇癪を起こし始める。妻もついに切れる。そろそろ限界だなあ、と思って僕も参戦。どんなに大声を出しても解決しなかったこの問題の解決方法は僕の知る限りひとつしかない。窓を開け、二階の窓から雨降る空にゲームボーイを放り投げた。あっけに取られる息子。妻までもが「なんてことするの」とか言い始める。息子は一目散に走り出してゲームボーイを救出に。しかし起動しない。当たり前だ、投げる前に電池抜いたんだから。一応僕なりに計算して、電池を抜いて本体を軽くし、水平に放り投げたら壊れないはずだ、と思っていた。案の定後で電池を入れたら普通に動き始めたが、息子には壊れ果てたことにしておいた。これでよいのだ、いい機会だ。この親父は怒ったらぶっ壊すってことさえ覚えとけ。幸い息子は泣きじゃくることもいじけることも無く受け入れたようだ。自宅に帰り際、回転寿司で食事したが、別に恨んでいる風でもない。あれ、もうちょっといじけて欲しかったんだけどなあ。あっさりしてるよ。
22
月
今日から二度目の入院
朝イチで会社に入り、早朝から皆で半期棚卸し。同時に請求書もチェック。スタートしてまもなく僕だけ労災病院へ行き、入院手続き。10月の右足首手術のあとのボルト抜きである。一段落したところで携帯に着信のあった得意先に電話。今日から入院しますからね、と念を押しておく。入院部屋に案内された後、事務員が所要で午後から早退すると言うのでまた会社に引き返して店番。あちこちに電話。二つのセミナーの受講生の調整。18時を回って会社を締め、また病院へ戻る。夕食を食べた後、パソコンで日記を書いたり、あちこちにメールしたり。FreeDなんで気兼ねなく繋ぎっ放しでインターネット。それにしても半年前に入院していた気分にあっという間に戻れてしまったのには驚く。なんだかずっと入院していたみたいだ。人間の順応力は大したもんだなあ、と感じつつ23時には寝付く。
23
火
手術の日
朝イチの手術らしい。8時半に処置室に移動し、麻酔が始まったところに妻がやってきた。そのままオペ室に運ばれ、音楽を聴きながらまたうつらうつらしながら寝ているうちにオペが終わってしまった。前回に比べてずいぶん短い。部屋に戻ると麻酔の関係で今日は一日顔を上げてはいけない、と宣言される。点滴も夜までずっと腕に刺しっぱなしである。久々に自由を奪われ、やることも無いので文庫本を読み始める。福井晴敏の「川の深さを」を読み始める。ぐいぐい引き込まれてあっという間に読んでしまう。夕食を食べようにも顔を上げてはいけない、というので妻に食べさせてもらうことに。ところが途中、妻が「自宅に電話しても息子が出ない、心配だ」と騒ぎ出す。どうせその辺ほっつき歩いてんだよ、と言うがどんどん心配が盛り上がってきたらしい。近頃は変質者も出るというし、すぐ帰らねば、とか言い始める。しまいには「まだ食べるの?心配じゃないの」とか切れて、僕を放って帰ってしまった。母は強しっていうか子供は偉いっていうか旦那は弱いっていうか。釈然としない気分のまま同じ福井晴敏の「TwelveY.O.」を読み始める。そのうちメールが来て「息子は家にいたが電話に出ないだけだった」と。それでも心配せずに夕食を食べ続ける僕はだめなヤツだという。まあいいんだが。そのうち腰が痛くなり始める。そう思い始めたら痛くて眠れなくなる。尿瓶を抱きながら明るくなるまで本を読んでいた。幸い、傷みは、ない。
24
水
歩いてみる
8時に朝食が出てようやく上半身を起こして自分で食べられる。点滴も外れた。朝食後、さて、と歩いてみる。思いのほか痛みがあってまともに歩けないではないか。話が違うぞ、次の日から歩けるってことだったのに、おいおい。ケンケンしながらトイレに行き、椅子に座ってパソコン広げて仕事開始。やっぱネットに繋がっているってのは便利なんだけどちっともオフィスにいるのと変わらないわけで、それもなんだかなあって感じである。何度か公衆電話の所へいってあちこち電話。昼寝した後、妻と息子が見舞いにやってくる。帰った後テレビでやっているドリフの追悼番組を見て、夜は福井晴敏の「亡国のイージス」を読み始めて深夜まで。
25
木
退院したその足で組合総会
朝食を食べた後、退院である。昨日に比べて断然歩けるようになっている。回復力ってすごいなあと実感。会社に戻り、何事も無かったように仕事開始。昼過ぎに妻のクルマで自宅に戻る。夕方、久々にcopenに乗ってホテルキャッスルに向かい、同業者組合の総会に参加。終了後、近所の焼肉屋で二次会。さすがに僕はノンアルコールである。しかし酔わずに酔っ払いの相手をするのは面白いなあ。解散後自宅に戻ってまたも妻と大喧嘩。厳しいのう。
26
金
セミナー2本を掛け持ちの週末
朝から八代の病院へ行って傷口を消毒してもらう。ほとんど完全に歩けるようになってきた。明日の矯正セミナーの懇親会人数などを確認した後、同じく明日の総義歯研修会の名簿や当日資料、名札などを作る。夕方熊本の矯正歯科で最終準備を終え、いったん自宅に寄った後、今度は高速で久留米へ。21時前に久留米のホテルで講師らと再会、久留米市内の和食屋で会食。その後いつもの焼き鳥屋で久留米の先生方を交えて楽しくお酒を飲み2年ぶりのセミナーが始まった。
27
土
総義歯セミナー復習会
今日から2年前の総義歯コースのフォローアップセミナーである。あれから2年経って受講生および患者さんと再会し、復習しようという企画。人数は少し少なかったけど充実したセミナーが始まった。一方熊本では今日から矯正コースも始まるのだがあいにくそちらは欠席・・・週末は月に4回しかないのでこういうことも今後あるのだよなあ・・・体が二つあればよいのだけれど。久留米のスケジュールは順調に進み、夜は昨日と同じ焼き鳥屋で懇親会。二次会でも盛り上がり、最後にラーメン食べてホテル。
28
日
久留米と熊本を走る
朝食を食べて、研修会場へ移動。二日目が始まった。二年前の患者さんも四年前の患者さんにも来てもらって調整。見事に総義歯は機能していた。これはすごいことである。しかし無調整だと研修にならないのでちょっとしたテクニックを伝達してもらう。
夕方無事に研修会は終了。僕はクルマに飛び乗って熊本へ走り、終了間際の矯正セミナーにどうにか合流し、挨拶をすませる。20時過ぎすべての仕事を終えて自宅に戻る。ご飯を食べたらそのまま寝てしまった。ちょっと無理な日程だったかな。
29
月
相変わらず忙しい
朝イチで病院。消毒を終えて会社に入り、週末の研修会のいろんな後片付けを一気に。器材ライブラリーも更新して発送。昼から熊本に戻り、歯科医院のコンピュータソフトのバージョンアップをした後、同業者によって打ち合わせをし、歯科医師会館に移動して秋のデンタルショーのミーティング。遅くに自宅に戻ってセミナーのDVDのダビング。よう働いた。
30
火
今月二回目の名古屋出張
9時過ぎの飛行機で名古屋へ飛ぶ。今月初めに名古屋に行ったときに受注した僕のソフトをインストールするためである。お客さんが空港に迎えに来てくれたので車で会社へ移動。仕事は午前中で終了。午後は雨の中ホテルに戻り、部屋で仕事。だんだん雨がひどくなってくる。18時半にタクシーに乗って今池へ。運転手さんの臨死体験の話が面白かった。知人とひつまぶしを食べる。その後前回行った南蛮屋というライブハウス?に出かけて楽器を弾き鳴らす。途中、お客さんも加わって深夜まで延々と音楽三昧であった。最近ギター弾いていなかったけどさすがに何時間も握ってたら以前の感覚が蘇って来て、俺って結構やるじゃん、とか思ったりするんだけどたぶん酔いが回っての錯覚。
31
水
名古屋散策〜熊本へ
例によって朝6時には目が覚めてしまい、メールの返事などを書いて過ごす。チェックアウトしてフライトまで時間があるので名古屋市内を散策することに。ネットで探したら大須というところが電気街らしいのでそこへ行ってみることに。しかしまあ大都会にしてはこじんまりとしたところであった。近所の古びた町並みがなんとなく懐かしい。喫茶店に入って昼食をとってぼんやりする。昨日までの雨がすっかり晴れ上がって気持ちのよい春の日だ。15時に空港バスに乗って空港へ。それでも時間があるので有料ラウンジに入ってパソコンでセミナーの案内などを書き上げる。19時半のJAS最終便で熊本へ飛ぶ。到着時に「これが最後のJAS便です」なんてアナウンス。そうか、明日からJALと合併するんだった。後ろのほうに年配の女性が一人で乗っていて、乗務員と一緒になにやら涙をぬぐっている。乗務員のOBか何かなんだろう。長く続いた看板が消える瞬間に僕も少しだけ感傷的になりながら、駐車場に向かい、自宅へ。3月もまた忙しかった。日記の更新がずいぶん遅れてしまったけど、読んでくれている人なんているのかな。いたとしたら今月もありがとう。
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