taka's業務日誌 2003年9月
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1日
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30日
日
曜
diary
1
月
新しい体制スタート
9月だ。今日から新しく会社に2人の戦力が加わることに。24歳と27歳の若い青年が仲間として参加してくれる。なんだかそれだけで会社の雰囲気はずいぶん変わるものである。なんとなく騒々しくて活気が戻ってきた気がする。そういえばここのところずっと昔の会社の夢を見ていた。朝、目が覚めると10年くらい前の自分の雰囲気を思い出してて、不思議な気分になっていたのだ。なんとなく一巡りしたのかもしれない。そんな気分である。ただし以前と同じことを繰り返す気は無い。新しいシャツに袖を通して、新しい時代が始るのだ。
午前中は、業界に関する簡単なレクチャー、歯に関する簡単な常識、会社員としての常識や勤務内容について説明。午後からパソコンショップに行って名刺用の用紙を買ってきて2人の名刺を制作。初めて作ったけど簡単だ。今後ぜんぶこれに切り替えよう。夕方彼らを帰した後オリジナルメンバーで請求書のチェックをしながら歓迎会の日程などをわいわい話し合う。
2
火
研修会準備
実家に止まったので朝から会社。相変わらず暑い。しばらく休んでいたパート女性を一時復活して新人君と引き継ぎ。もう一人も営業同行に出かけた。ネを上げないで無事帰ってくることを祈る。午後から事務の女性が体調不良ということで病院へ。店番しながら月末のセミナーの資料を印刷して送る準備。夜遅く、農道を疾走して自宅へ。快感だ。
3
水
ちょっとビビった
朝から久々に犬と散歩。勢いづいて1時間も歩いてしまった。汗だくである。家に戻ると入れ違いに妻が会社へ向かう。事務の女性が休むので臨時店番。僕は熊本で外せない用事があるのだ。朝一番で歯科医院へ。週末のケースプレのファイル制作のお手伝い。昼前に終り、高速に乗って会社へ向かう。運転中ちょっと思いついて某先生へ提案を入れてみる。これがまずかった。どうも激怒しているらしい・・・松橋ICが見えてきたので迷わず出て、再び熊本へUターン。走行中よくよく考えてみるとまあ確かに僕の提案は無茶だし浅はかで自分勝手だもんな。どうも運転中は気分が高揚するのかすぐに行動に走ってしまいイケナイ。携帯電話の便利さも考えようだ、なんて余力も無くビビリつつ医院へ入る。幸いさして強烈に怒られるわけでもなく、かえって僕の相談事を聞いてくれたりして、解決。ほんとによい先生だ。
さて、夜も熊本市内で仕事なのでこれから八代へ行ってすぐに帰ってくるのも経費の無駄かな、ととりあえずファミレスに入って食事しながら1時間ほどパソコン開いてメールなどで仕事。自宅に戻るとちょうど息子が学校から帰ってきたので、2人してシャワー浴びたりしてつかの間の家庭生活。5時過ぎに自宅を出て研修会場へ。2時間ほど講師の話に同行し、21時過ぎに終了、途中にラーメン屋によって飯食って帰る。
4
木
まだまだ暑い
今日も朝から犬の散歩。妻は今日も会社へ向かう。散歩から帰ってきたら妻の姿は既に無い。嫌な予感・・・ああ、鍵かけて出て行った・・当然僕は犬の散歩くらいで鍵を持ち歩いていないわけで・・・どうするかな、と思案し、とある特殊な方法で解決した。セキュリティの都合詳説できませんが、もう二度とこの手は使えないよう改善しました(笑
スーツに着替えて歯科医院へ。またも週末のプレゼンの仕上げ。午前中でようやく完成、終了である。それから会社へ向かい、妻と2人で仕事。メーカー2社の訪問をこなし、夜は溜まっていた日記を書いたり。そのまま実家に泊まる。
5
金
温泉へいこう4
ようやく復活した事務員と午前中は社内で仕事。午後は知人が訪ねてきたり。その後急いで出張の準備をして、ばたばたと車に乗って熊本市へ。夕方、市内ホテルで組合の上部団体の総会に参加。懇親会も参加するがクルマで来たため、例によってノンアルコール。夜、自宅に戻ると妻がてぐすね引いて待っていた。いよいよスタートした昼の連ドラ「温泉へいこう4」のビデオを溜め撮りしているので3人で見ようというのだ。そう、実は我が家はパート1の頃からのこの番組のウォッチャーなのである。案の定、息子は笑いっぱなしで遅い時間までビール飲みながら大笑い。ある種カルトな一家だ。
6
土
博多→北海道
うだるような厚さの中、今日も犬の散歩。ああ、健康的だ。3人でうだうだしながら出張準備。そう、今日は福岡経由で札幌へ出かけるのだ。講演会のお手伝い。ノンギャラだけど旅費は出るってんでまあ物見遊山でいきましょうと。妻に高速バス停まで送ってもらい、100分間とバス移動。天神で降りて、地下でざるそば食べた後、地下鉄で組合事務所へ。年に一度の委員会に参加するのだが実は15分で中座して空港へ向かわないと間に合わないのだ。すんまへーんとか言って洒落で乗り切ろうと考えてたら、なんと僕が次期委員長になってしまった。てことは司会かよ、途中で逃げれないじゃん、と参ったが、めげずにダッシュで逃げ出す。同業者を怒らすとろくなことにならんかも(笑
さて、地下鉄で福岡空港へ。事前に調べておいた通りの段取りで無事千歳行きのシートに収まる。機内ではほとんど寝て過ごす。予定より30分遅れて千歳へ。生涯で3回目の北海道だ。とにかく涼しい。湿気がほとんど無い。嬉しい。JRで札幌へ。タクシーでプリンスホテルへ向かい、終了間際のセミナーになんとか滑り込んで、お手伝い開始。主にパソコンの操作。無事終了し、懇親会へ。パーティでは主に撮影班。なぜか挨拶までさせられてしまう。なんで僕がって感じだけどまあありがたいことです。二次会はピザの美味しい居酒屋へ。三次会はススキノの高級そうなクラブに連れて行ってもらったけど、さすがに明日も早いので1時に切り上げてホテルへ歩く。なんか中洲と歌舞伎町を足して3で割ったような感じの街だ。肌寒い中、東急インまで呼び込みを掻き分けて歩き、チェックイン。遅く着いたためか、二部屋もあるツインをシングルユーズで確保。風俗よりも睡眠です、やっぱ。
7
日
日本縦断
7時に先生たちと朝食バイキングを取り、8時半に迎えが来て歯科医師会館へ。9時半からの講演会の準備。展示業者のメーカーさんに挨拶して回ったら(なんで熊本の業者がここに)みたいな反応で面白かった。昨日お世話になった先生方に挨拶しながら準備は完了。無事に講演会はスタートした。午前中3時間、失敗しないようにステージ横でクリックしつづける。まあ特に問題も無く無事に終ることができてホッとする。
昼食は札幌市内の観光客相手のお土産屋さん街みたいなところにみんなで移動。まあ正直なところ値段は高い味は今ひとつの店でしたけど、たんまり食べちゃいました。ビール飲んでしまったのでもう会場には戻れないわな、ということで千歳へ向かうことに。地元の先生のクルマで送ってもらった。18時過ぎのフライトなのにまだ15時。やることないのでスカイラウンジに入って皆でデジカメのデータの交換など。それにしてもこのメンバーがみんなしてノートPCを開いてる姿は3年前には想像もつかなかったことだけど。時代は変わるものだ。その後、僕だけ羽田経由福岡行きということで、別れて歩き出す。それにしても人が多い。観光客ばかりだ。東京へ向かう飛行機もすべて満席である。北海道は景気が悪いと聞いてたけど少なくともこの時期の週末はそういうわけでもなさそうだ。売店で買ったNewsWeek日本版など読みながら時間を潰す。ようやくフライト。機内では昨日空港で買った西洋美術史の文庫本を読む。実は美術についてほとんど知識も無いのだが、先日NHKの深夜番組でやっていたゴッホとゴーギャンの物語が面白かったので何となく買ったのだ。絵についてはほとんど興味なかったのだがこうやっていろんな裏話や歴史を読むと面白い。ちょこっと勉強してみようかな、という気になる。
ようやく羽田について、今度は福岡便へ。20分のインターバルでまたもフライト。今度は窓際の席だったので久々に東京の夜景を楽しむ。海に浮かぶ風力発電のプロペラが見えた時、なんか突然「あ、21世紀になってるわ、やっぱり」という気がした。以前も書いたけど、僕が小学生の時に思い描いた21世紀と現実とは距離がありすぎる、と感じていたのだ。しかし、この東京の夜景を空から見たとき、「いややっぱ未来だわ」と感じてしまった。東京だけなのかもしれないけれど。
蒸し暑い福岡に降り立ち、熊本行きの採取バスに乗り込む。昨日と今日で日本列島を一往復してしまった。これも小学生の頃のご時世からすればやっぱり未来的な仕事なのかもしれないと思ったら、ちょっとだけ嬉しくなった。
8
月
ウイングロード
良い天気だ。早起きしてクルマを二台洗車する。昼過ぎに妻とcopenに乗って近くの中古車センターへ。今まで乗ってきたアスコットを知り合いに譲り、中古車を購入することにしたのだ。やはり荷物の積載量が少ないというのと2000ccで維持費が高い、図体がでかい、なんせ11年目でいつ壊れてもおかしくない、という理由で買い換えることにした。二ヶ月で2台もクルマを買ってしまうのだ。ということで当然予算的には厳しい。全て込みで上限50万円という予算でスタート。次にcopenでお世話になったダイハツの営業マンに相談。市販の中古車マガジンを貰って検討開始。残念ながらダイハツでは希望する車種の中古はないということになり、とりあえず店を出て、昼食を食べながら本で調査。幾つか見た中でニッサンウイングロード平成8年式というのが32万円で出ていたので、とりあえずこれを見に行くことに。地図を見ながら走っていたら、なんと先ほどのダイハツのすぐ近くだった。店からは80歳くらいいおじいちゃんが出てきてなんか面白い。車もそうだけど、おじいちゃんをすっかり気にいってしまった僕らはもう既に買う気になっていた。おじいちゃんと3人でそのあたりを試乗してみて、うん、こりゃいいや、ってことに。かといって即決もなんだか悔しい(笑)ので、とりあえずここは頭を冷やして後日出直すことに。
夕方一人で会社へ。メーカーさんと商談。その後、WEBの更新など。
9
火
メーカー同行
メーカーさんの営業女性がやってきて僕とは初めての(そして恐らく最後の?)同行をすることになった。copenでは二回目の同行だ。11時前に出発し、ぶろろろろ〜と軽快に高速を飛ばす。午前中二軒ほど回ってファミレスで食事した後、午後から4軒回る。彼女はまだ入社したての若い女性なのだが、僕みたいな営業スタイルははじめてだったらしくちょっと戸惑っていたかもしれない。なんせまったく売り込まないから。しかしいろいろ評価を聞いていたら、この商品の長所欠点がよくわかって勉強になった。そのうち注文も来ることでしょう。
夕方、熊本駅で彼女を降ろした後、歯科医院研修室で理事会へ。1時間あまりで終了し、その後の雑談も中座、自宅へ。自宅へ戻り、食事をしてビールを開けていると八代の社員から電話。社員同士で飲んでいたら自宅から電話で家族が交通事故で・・・と。聞けば熊本市内での事故らしく、僕の家の近くの救急病院へ運ばれたという。貰い事故で意識不明というので心配だ。とにかくは飲むのを止めていつでも出かけられる態勢にして待機することに。
10
水
仕事の基本原則その1
結局昨夜の事故はそこまでひどい怪我ではない、ということになり待機は解除。本人も出社してきた。それにしてもいろいろ不幸が続く男である。御祓いするか、と妻と真顔で話す。今日は月末のセミナーの準備を集中してやることに。近所の文具店で用紙を買ってきて修了証を印刷、ダイレクトメールを幾つか作って発送。午後からは歯科医院に先日納めたドイツ製の検査器具の不具合の件で、開発者(ドイツ人)と商談。日本語英語ドイツ語入り混じり、不具合の原因と対策について、今後の対処について話し合うが、なんか異様にプライドの高い人で、大した進展はなし。それにしてもどうして日本の輸入代理店はここまで卑屈に仕入先のメーカーに気を遣うのでしょうかね。どう考えても製造上・設計上の不具合なんだからもっと立場を主張しろよ、と思うのだが、「これ以上話してもラチがあきませんから」とか言って話を終らせようとばかりする。僕の中での結論として、彼らはユーザーの味方ではなくて、メーカーの味方であると決定(笑)。いや、そうではないか。自分たちの現在のポジションを維持するために、誰に媚を売るべきかをばかり考えているのかもしれない。それは非常にスタンダードな日本での仕事の基本原則その1、かもしれんけど。
夕方は息子の習い事のため一緒にcopenで回る。久々のcopenに子供も大興奮。なんかいいとこの坊ちゃんみたいじゃん、オープンカーでプールだなんて。まあ軽だけど(笑
夜は久々に近所の居酒屋で家族で食事。
11
木
911からもう2年
朝から会社で10月のセミナーのチラシをイラレで制作、DM作業。昼前にメーカー所長やってきて今年の契約にサイン。その後週末の会議資料を作成。午後は仕入商談。 夜はチーフと今後の営業方法で遅くまでミーティング。
早いもので、911のテロからもう2年が経った。あの時は飲んだくれてて、飲み屋で携帯で知ったのだった。小学生の頃、「ノストラダムスの大予言」が大流行していた。「21世紀のある日、モスクワから日本に向けてミサイルが発射され、あと20分で世界は滅亡する、さあ今から20分間でやるべきことは何なのだ!?」みたいな究極の選択についてよく考えていた。当時の僕の気分としては、1999年に僕は36歳になっているわけか、、はたして僕の36歳はどんなことになっているのかなあ、36で死ぬわけか、でもみんなして死ぬから別にいいか、みたいな感じだったと思う。
結局1999年はなんてことなく過ぎ去り、ノストラダムスのことなんか忘れて、大して変わりのない日常が続いていたわけだけど、その2年後に(今思えばだが)究極の選択を迫られるような場面に出くわしていたのだ。
友人からの電話は切迫していて、もはや最終戦争が始まったかのようだった。情報が不足していて、クラブのカウンターでパソコンを広げてPHSで繋いでもネットは大混雑。かろうじてCNNのサイトでビルが倒壊する写真をダウンロードしたときの驚きと周囲のカラオケとのギャップ。一緒にいたお客さんに「飲んでる場合じゃない」と伝えても「俺には関係ない」と言い返されてしまう「日常性」の強固なまでの迫力。結局は彼が勝利を納め、2年後の今でもたいして変わりのない日常がこの島国では継続されているってことだ。
しかし僕は考えざるをえない。世界の裏側では、あの日を境に本当に最終戦争が始まり、家が焼かれ、友人の両足はもがれ、知人は惨殺され、近しい家族を失った人たちが大勢いるという現実が進行しているのだ。理由もなく人が殺され、殺しあう現場があちこちに散乱している。僕はたまたま運が良かっただけなのかもしれない。運良く日常を継続している僕と、最終戦争の現場に立ち会っている彼らとを分けたものは何なのだろう。そこに究極の選択は存在しなかったのだろうか。実はそれは順序だけの問題で、次の時代には今度は僕が悲惨な側に入っているってことなのだろうか。僕にはさっぱりわからない.
誰が悪いのかはすぐわかる。テロの実行犯は確実に「悪」の側に立ってしまっている。自らそれを選択したのだから仕方が無い。しかし、誰が正しいのかはさっぱりわからない。ブッシュも、ビンラディンもフセインも自らが正しいと信じているに違いない(北朝鮮の指導者が本当に自分が正しいと信じているかどうかは不明だが)。僕は「正しい」と自認している情報を避けるべきだということを学習した。そして「悪い」ことを知らせる情報に関して、どう付き合うべきのか、そんなことを考えている。悪いことさえしなければ立派に生きていける、だなんて考えているわけではない。ただ、テロや人殺しを含めて、「悪い」ことをまずは自分自身がしないこと、家族がせずにすむような状況を作っていかなければ、と思っている。
もっと情報が必要だ。小学生の頃に較べて今の僕が手にしたものは圧倒的な情報の量と、ちょっとした自由になる時間。他は大して変わってい無い気がする。でも今の僕には守るべき家族がいる。
今度こそ「究極の選択」が僕を試す日が来るだろうから。
12
金
ウイングロード契約
朝一でこないだのおじいちゃんの中古屋へ行き、妻と2人で今度は高速道路を試乗した。結果オーケイで契約へ。車検まるまる2年ついてて、車両本体を30万円にしてもらい、頭金1万円を払って帰る。東京へ行っていた母が空港に着くというので僕だけcopenで空港へ。母を拾って八代まで走る。会社では明日の会議資料を作ったり、開業した先生に挨拶に行ったり。猛烈に大きな台風14号が襲ってくるらしい、と身構えていたが、たいしたことなく過ぎ去っていったようだ。
13
土
会議、会議
9時から会議、2時間程度で終了。今回から新メンバーでの会議なので、なるべく専門用語を使わず、ゆっくり話して早めに終ることを心がけた。会議後、熊本市内へ走り、今度は取引先の会議に出席。2時間ほど傍聴した後、自宅へ戻る。しばらく仮眠した後、夕暮れにまたもcopenで八代へ。走ってばかりいるな。
14
日
取引先の結婚式〜今年初めてのキャンプ
朝から妻と犬と八代市内を2時間近く散歩。僕が通っていた小学校の中を歩いてみたりする。30年も前のことなのにけっこういろんな瞬間を思い出すものだ。以前からある大木がまだ枯れずに屹立していた。当時の僕の年齢と今の息子の年齢が同じくらいというのはなんか不思議なことだ。ということは当時の父の年齢は今の僕と同じくらいってことだ。これまたすごく不思議だ。
お昼から取引先の結婚式に出席する。終了後妻に迎えに来てもらい、そのまま自宅へ。準備をしてアスコットに荷物を満載し、吉無田高原へ。なんだかんだ言ってこれが今年初めてのキャンプである。しかも犬と一緒のキャンプはこれがはじめて。昼酒の後に高原でキャンプなんて気持よすぎるじゃないか。着いたら夕方だったので、急いでテントを設営し、あり合せの物を焼いて夕食。またもグビグビ飲み始め、気がついたら妻と口論してて、妻が先に寝てしまったので一人で焚き火の世話をしながらさらに飲む。うげえ吐きそうだ。雲の合間の星空を見ながら立ちションベンしていると、今の自分について幾つかの発見があった。でもそれは酔った上の誤解に違いないからそそくさと寝ることにしよう。
15
祝
3家族合同デイキャンプ
何度か吐きそうに気分が悪くて目が覚めたのだが、本格的に起きたのはすっかり日が高くなってからだった。近くを自転車チームが走るたびに犬がワンワン吠えている。あー昨日は良く飲んだ、とビールを開け(笑)、快晴の青空を見ながら文庫本を開く。幸せだ。息子とキャッチボールしたり、グラススキー(といってもソリ)に行ったりしてゆっくりとした時間を楽しむ。昼過ぎにいつものご近所二家族がやってきて合流。犬と遊んだり、ゲームしたりしながらいろんなもの食べたり飲んだり。うちと違ってここのに家族は奥さんが両方とも飲まないのでご主人は気兼ねなく飲んだくれることができるってわけだ。
夕方、管理人からせかされて撤収し、解散。よう遊んだ。
16
火
打ち合わせ、打ち合わせ
午前中は会社で税理士事務所と監査ミーティング。決算方針など。午後からスタディグループ資料制作。メーカー2社と商談。夕方、熊本市内歯科医院にて研修会のお打合せ、その後近所の居酒屋にて食事会。2時間ほどいろんな話をネタにわいわいと。今日はみなさん大人しく一軒だけで解散。copenにして初めての代行運転を体験。よせば良いのにオープンにして助手席で夜半の月を満喫する。酔ってオープンカーの助手席とは何て快感なのだろう・・・こんな代行運転の楽しみがあったとはね。いひひ。
17
水
初髪染め&在庫棚移動作業
出社途中に同級生の床屋により散髪。以前から妻に「髪の毛が多くて黒くて鬱陶しいぞ」と言われていたので、「軽くしとくれ」と言ったらカラーリングの説明を受ける。まあ最近白髪も増えてきたことだし、と茶髪追放委員会書記長の僕が(冗句)生まれて初めて髪を染めることに。いつもより1時間ほど時間を掛けて処理が始る。色の説明が面白い。歯のホワイトニングの世界と似ているなあと思う。しかし値段は3,000円也。まあまた生えてくるからね、髪は。良い体験でした。といっても自分ではどこがどう変わったかサッパリ分んないけど。その後2人して共通の知人「かもなべ」家を急襲。
昼から会社の倉庫を移動すべく、倉庫と事務所を片付けたり計測したり。ずいぶんと涼しくなったので、エアコンの壊れた1階部分も過ごしやすくなってきた。夕方、社員が揃ってから一気に棚を移動。みんなしてあーだこーだ考えながら最適の棚位置を模索。基本的には奥の倉庫から手前の事務所部分に棚を移すのだ。理由は奥倉庫の雨漏り・・・去年はエアコン故障で事務所を二階に移し、今年は雨漏りで倉庫を移動・・・なんだかOffice on the runてな状況である。まあそれもまた楽し。
一段落終わって皆を帰した後、今度は新会社のほうの仕事。たくさんの帳票をスキャンした後OCRかけてエクセルに移し、分析。一通り終えたら2時を過ぎていた。今日は珍しく文武両道、体力と脳味噌を両方使ったので良く眠れるだろう。いや、毎日良く眠れるのだが。
18
木
棚卸準備
午前中は先日のセミナーミーティングの議事録をまとめてメールで送る。午後は決算前の未回収最終チェック。その後昨日移動した棚の移動を基幹コンピュータに入力作業。端末は二階にあるので作業効率をよくするために移動した棚をデジカメで全て撮影し、それをカラーでサムネイルプリントアウトした紙を元に商品マスターにロケーション入力するのである。非常に快適に仕事ができる。10年前の作業からすると天国だな。遅くまで作業した後今日もオープンで農道をぶっ飛ばす。ストレスなんてない。いひひ。
19
金
商品説明と会食
朝は高速で会社へ。Roxy MusicのAvalonをかけて今日もOpen。いやー最高に合います、秋空とこのCD。実はこれは生まれて初めて買ったCDなのだ。たしか1987年の5月くらいかな。付き合っていた女性に会いに、京都から東京に行った際、秋葉原でCDウォークマンを買って、一緒に買う初めてのCDは何にしよう、と迷った末に買ったのがこれ。しばらくはこれ1枚しか持ってなかったので擦り切れる(わけないが)くらい聞いた。今でもイントロが流れてくると目黒の駅の近くに借りたウイークリーマンションまで歩いた道を思い出す。結局その女性は僕の妻として熊本に君臨しているわけです。
会社では営業とメーカー営業と取引先への商談の打ち合わせなど。午後から決算前のいろんな準備をした後、熊本市内へ戻る。なぜか道路が大混雑、そうか、世間は連休か。
輸入商社の営業と落ち合って、いったんcopenを自宅に止めて、彼の営業車でしない中心部の歯科医院へ。21時からスタディグループの会合の時間を貰い、検査機器の説明を。その後食事会となり、7人ほどでわいわいと。解散後、営業の彼を引き連れていつものTwo-Fiveで酔っ払い、今日はタクシーで家に戻る。また2時過ぎてしまった。
20
土
決算日
天気が良いから、といつもよりひとつ先のインターまで朝の美味しい空気を吸い込みながら通勤。午前中はイラレ起動してチラシをひとつ仕上げる。昨日の夜電話があって締め切りが今日だったことを思い出したのだ。独学だけどだんだんこのソフトの使い方を理解してきた。といっても全体の5%くらいしかわかってないんだけど。得意先の院長から電話が入って100万円を越す大きな商談。こいつは期首から縁起が良い、と仕入先と熱烈交渉。昼過ぎから請求書発行、チェック。昨日の寝不足もあってソファで仮眠してたら、今日を最後に退職する営業が挨拶を。18歳から6年間一緒にやってきたけど、いい奴だった。でも仕方が無い。今後君の希望する業界できちんと成功することを祈るよ、と別れる。その後、棚卸の準備を再開し、18時過ぎまで。
19時から妻と犬の散歩に。今日も2時間弱、夜の八代を歩き回る。小さい頃、僕はこの町で引越しと転校を繰り返したので、未だに町の地図が頭の中で分断されている。子供の足で歩ける範囲で、それぞれの校区が独立しているような気でいるのだ。ところが、こうやって歩いてみるとびっくりするほどそれらの地区が隣接して近いことに気付く。もちろん大人の足でスタスタ歩けば、狭い町なんだからあっというまに隣りの校区に出てしまうのだ。こういう感覚ではクルマでは当たり前なので気付いたりしない。やはり歩いてなんぼだ。
はじめて八代に引っ越してきた時に、本町通りはアーケード設置の工事の最中だった。コンクリートの道路が掘り返され、タイルが敷き詰められ、カラフルなアーケードが掛けられていった。小学校へ行くためにはこの通りを横切る必要があったため、毎日往復していると、みるみるうちに近代的な街が作り上げられているさまに軽い興奮を覚えたものだった。今、そのアーケードも30余年を経過し、架け替え工事をしていた。・・・なんだ、アーケードって粉飾装置だったんだ、と思った。装置を外してみると、町の姿は見事に1970年に逆戻りしているのだ。つまり、2階より上の部分、いままでアーケードで隠されていた部分は、30年間ほとんど手を入れられることなく、当時の面影をそのまま残していたのだ。なんとなく旱魃の時に姿をあらわしたダム湖に沈んだ古村を思い起こさせた。「このままの方が良いよね」と妻と盛り上る。そう、このまま工事中のまま、道路を掘り返したり、裸電球を連ねたままの状態で保存するのだ。名づけて「1970年、高度成長時代の日本」というテーマパーク商店街。最近、昭和の街を再現したラーメン専門店街とか流行っているではないか。ここはそのまんま、地でいけるぞ、と。
そんな話で盛り上りながら、いったん実家に帰って犬を繋ぎ、近所の居酒屋で決算を祝って二人で軽く一杯。何でも理由になるもんだわ。
21
祝
仕事しまくる
なんか久しぶりに11時半まで一心不乱に寝てしまった。事務所に行き、明日の棚卸の準備を再開。なんせロケーションを一気に動かしたのでそれをコンピュータに反映するのに一苦労である。といっても以前に比べて圧倒的に在庫そのものが少ないのでかなり楽なのだが。結局暗くなるまで黙々と作業を続ける。なんでこんなもんが、とか不思議な在庫が見つかって精神衛生上良くない作業だ。妻子は帰ってしまったので、一人で犬の散歩に連れ出す。またも調子に乗って2時間弱夜の八代を歩き回る。日頃散歩している熊本と八代、やっぱ雰囲気はかなり違う。違う国のようだ。海や工場が近いせいか、空気の味まで違う気がする。八代の空気や雰囲気は30年前とちっとも変っていない気がする。熊本はどちらかといえばやはり都会の匂いがする。どちらも棄てがたい空気だ。
22
月
棚卸〜歓送迎会
9時に集合して、実地棚卸。新メンバー二人も張り切って参加である。あれだけ下準備しててもやっぱり見落としがあって、少しばかり混乱させてしまった。でも二回検品で午前中には終了。午後から結果をコンピュータに入力する。メーカー営業と工場の方が来られてしばしパソコン談義。18時過ぎに仕事終了。
さて、歓送迎会である。今回入社した2人と去っていく2人、合計4人の主人公を4人が祝うという小さな宴会。いつもの安居酒屋で部屋を貸しきっておっぱじめる。二次会はカラオケボックス、3次会のスナックと、まあ飲むわ飲むわ。新人君一名が完全に前後不覚になるまで楽しく飲みまくった。
23
祝
ウイングロード納車、阿蘇へ
思ったより二日酔いせずに早起きして犬の散歩へ。妻は飲みすぎたそうでウンウンうなっている。早朝の田んぼ道を犬に連れまわされてあちこち歩き回るのは快感だ。帰って遅めの朝食を食べた後軽くcopenを水で洗車。小さいからあっという間に洗えてしまう。そのまま子供を乗せて自宅へ久しぶりに戻る。最初の頃はオープンカーだ!と大喜びの息子なのだが、そのうち「風があたる」の「暑い」の「狭い」の文句を垂れ始める。「文句言う奴は乗らんでよか、降りれ」と冷たく厳しい父、ついに無言のまま40kmの走行。それでも家に着く頃には慣れてきたのか機嫌よくなっていた、お互い。
昼過ぎに例の中古車屋に3人で出向き、ウイングロードを受け取る。初めて車を見る息子は「かっこいい」と大喜びである。3人でクルマに乗り、まずは阿蘇方面へ実力確認に。息子は「広い」だの「静か」だの「荷物がたくさん載る」だのひとしきり煩いので無視。妻はまだ二日酔いのようで助手席で熟睡。腹が減ったのでコンビニに止めて息子と2人でカップヌードルをすする。たまにはこういうのも良いか。その後、阿蘇神社へ行って、オミクジと交通安全のお札を買う。ここは僕たちが結婚式を挙げたところだ。
家に戻ると犬の散歩に出かけ、その後うどんスキパーティ。テレビで映画「ピンポン」をやっていたのでそれを見ながら寝る。
24
水
御通夜
さあ今日から新しい期だ。離島の先生と電話で打合せしたり、見積を書いたり。そうこうするうち電話が入り、取引先の親族が亡くなったと。お通夜と告別式のFAXを作って各方面へ連絡。先日の商談をまとめて見積をメール。今週末のセミナーの最終まとめと連絡。来月の出張の段取り。夕方からお通夜の受付けを手伝うことに。21時過ぎに会社に戻り、やりかけていた仕事をまとめる。
25
木
告別式
午前中は溜まっていたメールの返事などに費やす。なんかメールって波があって、ものすごーく書きまくる日と、ぜんぜん見たくもない日とがある気がする。特に最近。今日は書ける日なので必要以上に(?)書きまくる。午後から告別式の受付。その後、参列していた知人と駅前の喫茶店で2時間ほど語る。いったん会社に戻った後、喪服を脱いでこれまた農道をひた走り自宅へ。
26
金
もう金曜日だ
月曜日が無いと妙に一週間が短く感じる。朝は妻と2人で犬の散歩。出社してからは見積を書いたり明日からの研修会の準備をしたり。メーカーさんと商談後、得意先とのトラブルの件など対処。営業が辞めるといろいろ出てくるもんだ。。夜はいつもと違う県道を通って自宅へ戻る。下痢したのか夜中に目が覚めてしばらくテレビ見たり眠くなるまで時間を潰す。
27
土
セミナー1日目
さて、今日明日は今年のコースの最終セミナーである。今日は午後から研修なのだが、午前中準備があるので早めに会場へ。途中、copenに給油。セルフでレギュラーを入れているのだが、ここのところどうも燃費がよろしい。慣らし運転の頃の14km/lレベルに戻ってきたのだ。しばらくは11km/l程度だったんだけど。クルマに合った走り方を体得したのか、単にエアコンを入れなくなったせいか。まあよいことだ。
歯科医院では資料を作って印刷など。カラープリンタが間に合わないので近所のコンビニのカラーコピーを利用。便利な時代になったものだ。昼飯を食べる暇もなく15時になり研修会スタート。今回は模型実習なのでぬかりが無いように気を使う。予定通り一日目が終了し、懇親会へ。すぐ近くの中華料理店を予約していたのでそこで打上げ。問題もなくスムーズに進行できたようだ。二次会は最近よく使うアフロブルー。その後メーカーさんの営業を呼びだしてまたもTwo-Fiveへ行きギター弾きまくって気がつけば2時。やばい、明日も早いから帰ろう。今回もcopenで代行オープン走行。運ちゃんがえらく気に入っていた。
28
日
研修会最終日
8時前に起きて、ウイングロードで会場へ。いよいよ最後の実習だ。歯を削る練習をするので会場中埃だらけとなる。昼食を挟んで一気にラストへ。修了証を渡してもらい、最後に写真を撮って無事打上げ。後片付けして、掃除をして終了。荷物をクルマに乗せて家路につく。今年のコースも無事に終了できた。この瞬間はなんとも言いがたい快感なのだ。
帰るコールをしてみるとなんか雰囲気が違う。聞いてみると、妻と息子が大喧嘩、妻は家を飛び出ているらしい。あれま。いったん家について息子に事情を聞いても平然と漫画本を読んで遊んでいる。ママは?と聞いたら「知らん」と。「じゃあ探してくるから留守番してろよ」と、copenに乗り換えパルコの無印で時間を潰している妻を迎えに。上通りのこんがらがった細い道も軽自動車なら楽である。妻をピックアップして家に向かおうとするが「もう少しお灸を据えるためにもっと遅く帰るから先に帰っといて、私は居酒屋で友達誘って暴れてくるから」とわかったようなわからん理由。息子と2人分の御弁当を買って家に戻ると、息子も平然としている。なんだかヘンな親子である。2人して弁当食べながら録画しておいたF1アメリカGPの予選のビデオを見ていたら急に眠くなり、ソファで寝てしまっていた。気がついたら妻が帰ってきていて、また息子との喧嘩を再開していた。しかしすべては夢の向こう側・・・
29
月
流通の川上たち
出社途中に内装を一新された得意先へ挨拶。会社では某メーカーの所長、担当者と商談。その後、問屋の所長と電話で商談。しかし、この人恐ろしいくらいに知識が無い。多分歯科商店の経験3年目の社員以下だろう。自社商品と商店情報についてはそりゃ詳しいだろうが、臨床的なことや学術的な情報などにはまるで興味が無いようだし、平然と「関係ない」と言い放つ度胸に拍手。まあでも彼が特にできない男というわけでもないのだろう。歯科問屋はいま絶望的に不毛なのである。本来であれば僕ら歯科商店の情報源として活躍すべきポジションなのだろうが、結果的にやる気のない社員ばかりが居残り、前世紀の仕事を繰り返すだけの仕事を続けている。たまに企画を組ませると未だに「景品つきお得なキャンペーン」とくる。僕が臨床家だったら、確かにこの人たちに給料を支払うために高い材料を買わされることなど断固として拒絶するだろう。日本で海外通販が受けている理由は他にはない。円高差益なんかじゃない。社会制度にぶら下がっているだけのどうしようもない人間たちが蠢いていることが原因だ。僕は別に過激派じゃないから、彼らのことをどうこうしようとは思わない。ただ、願わくば彼らが定年を迎えるその日まで、社会制度が継続することを。願わくばその日までに臨床家が耐えてくれることを。もしかしたら僕の方が先にしびれを切らすかもしれないけど。
30
火
9月も終り
今日は事務が休みなので店番。たまに一日内勤を任されるとリフレッシュするし、動きがよくわかる。問題点もよくわかる。でも何とかする時間が無いまま、また宿題を増やして日が暮れる。最近段取り悪いなあ、オレ。18時で店を締め、高速をぶっ飛ばして熊本市内の研修会場へ。大揺れに揺れる例会でありました。その後の食事会もいろいろ盛り上って解散。まあ大所帯だといろいろありますが、さすがに5年目ともなると皆さん慣れはじめて来たということか。さて、今月は先月と較べて淡々としておりました。そんな日記を飽きずに読んでくれている人がいるとしたら心より感謝。
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