taka's業務日誌 2003年11月

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diary
1 連休前の会議
 11月である。年末の月例会議となるとだいたいやることは年賀状とかお歳暮とかタオル配りとかカレンダー配りとかそういう手配。まあお歳暮を廃止してもう10年になるし、取引先数も随分と厳選(され?)してるこの頃では以前のような忙しさは無い。10年前は得意先ランキングを作ってパソコンでラベル打ち出してカレンダーやタオルやお歳暮を振り分けする仕事がほぼ1日がかりだったもの。Small is beautifulなのであります。
 会議終了後、妻の買ってきた肉まん食べながら事務所で過ごす。会議後は何となく仕事のペースも落ち気味に。セミナー関係の仕事を幾つかこなして家族で実家に泊まる。
2 ダイエー優勝パレードに遭遇
ダイエー日本一パレード。王監督が写ってます。  7時半に妻とcopenで出発。今日は福岡で講演会に参加するのだが、息子も実家にいるわけだから、じゃあ久し振りに夫婦でのデートを兼ねるか、と急遽一泊で出かけることにした。八代から大宰府まで爽快に高速を走る。二人でドライブするにはホントにジャストサイズのクルマなのである。無事に会場まで到着し、駐車場に車を預け、僕は講演会へ、妻は買い物に。歩いていると「交通規制」の張り紙がたくさん貼ってある。読んでみるとなんとダイエーの日本一パレードが今日このあたりであるらしい。野球はほとんど見ない僕らだけど、こういうミーハーな状況を放っておける二人でもない。さっそくパレードの時間を調べ、その時間には講演会を抜け出してにわか野球ファンに成りすますことに合意。講演会はとても興味深く、知り合いの先生も多く参加していたのでわいわい言いながらお勉強。お昼も近くのうどん屋さんで知り合いに奢ってもらう。ラッキー。
 会場を出て、パレードのある辺りに近づいてみると黒山の人だかり。上空にはヘリも飛んでいる。妻の携帯を何度も鳴らすがまったく出ようとしない。ああ、なんであいつは肝心な時に限って連絡が取れないのだろう。まあいいや、一人で見物すっか、と思っていたら電話が。なんでも美容室に行っていたらしい。人込みの中でようやく再会し、「何してたん?」と聞いたら「ダイエーに行ってバーゲン買ってきた」と。天神まで来てどこにでもあるダイエーに行く社長夫人がここにいる(笑
 なんだか異様な盛り上がりを示すあたりがなおいっそう騒がしくなり、パレードが近づいてきた。オープンカーに乗って王監督や、王監督や、王監督が笑顔で手を振っている。すんません、実は王監督と僕の地元の松中選手くらいしか顔が分りません・・・でもなんか地元密着球団、という感じで、特に後ろの方のバスに乗っている若手二軍選手たちはニコニコしながら、群集の中に知り合いや日頃お世話になっている人とかの顔を見つけて、「おー、どーもー」なんて感じで挨拶している表情を見るのはけっして悪い気分ではない。テレビの中の野球中継は退屈だけど、こうやってリアルに展開するスポーツ、というかイベントは楽しいものだと思う。実際球場とか行ってみるとまた違うんだろう。僕がテレビ中継では興味の湧かなかったF1に、サーキットに行った途端、病み付きになったみたいに。テレビでは伝えられないものは、確かにあると感じた。
 さて、興奮して突っ立っていたらさすがに右足が痛み出した。少し休もうと思い、早めにチェックインすることに。以前一度泊まったことのあるプラザホテル、というところをネットで予約しておいたのだ。広さ的には完全なシングルルームにセミダブルベッドが置いてあり、そこに二人で泊まるという貧乏企画である。僕らはたとえまかり間違って大金持ちになってもこういう旅しかできないだろうなあ。最初の旅がインドでこうだったからなあ。
宝飾店にて。11年目の結婚指輪購入。  しばらく休んだ後、夕方から街に出る。近くの商店街でふと入ったジュエリー店で、11年目の結婚指輪を買うことにした。実は僕の指輪は縮んで入らなくなり(そんなことはないか・・・指が太くなっただけか)、妻の指輪は磨耗変形した挙句どっかへ旅行中行方不明状態なのである。結婚当初100万円の資金で購入した指輪も(大嘘)11年経つとそういうことになるのである。というわけで、そろそろ新しいのに新調しよう、という軽いノリで12年ぶりに宝石店に入る。対応してくれた若い女性が、「ご結婚でございますか、それではお二階へ」なんて誘導するので、「あ、いや、そんなんじゃなくて」とか言い訳するもスタスタと二階へ通される。おっかなびっくりで出されたお茶を飲んでいると、出てきました、指輪の入ったケース!価格を見ると・・・おいおい、10万超えてるぞ、しかもイッカンで(寿司屋じゃないって)。「すみません、実はもう結婚してずいぶん経ってまして、ですからあの、予算的にはもうほんと、お安いモノをですね」とか陳述すること数回、徐々に価格のレベルが下がってくるわけです。しかし、倹約家の自信だけはある妻が最後に警固町のエスニック料理ガムランディー。「実は予算が2つで2万円とか、そういうレベルでして」とガツンとかましてあげると、まあ普通は「あのね、ここはそういうお店じゃないの、さあけぇーったけぇーった」と追い返されるだろうなあ、と予想したのですけど、どっこいおねえさんは嫌な顔一つせずに、わかりました、と予算どおりのブツを見せてくれました。すっかり感激した僕らはブルー  ダイヤのついた白金と金の合金リングを選び、しっかりサイズまで合わせてくれて、1ヵ月後に完成します、なんて言われたりして、もうその気になってしまいました。隣のカウンターでは不動産系のオヤジが50万円の契約をしてたりする店だけど、僕らは同じくらいの満足度を数十分の一で手に入れることができたわけです。来月が楽しみだ。
 その後足を引きずりつつも1時間くらい歩き回り、i-modeで見つけた警固町のアジア料理店GUMRUNDEEに行ってエスニック料理を楽しむ。しかもグルナビ紹介、といったら2割引でありました。そのまま歩いて天神まで戻り、ホテルのバーで飲みなおして熟睡。安く遊べたぞ。
3 コストコと高速無料化
 今日は文化の日でお休み。ゆっくり寝坊して、10時にチェックアウトし、オープンにして休日早朝の博多の町を流す。おもいついてトリヤス久山に行ってみることにする。姉がいつも「コストコ最高」と言っていたのを思い出したからだ。地図を見ながら久山に辿り着き、駐車場に車を止める。さすがに広い。あちこちでダイエー日本一セールをやっている。数年ぶりにズボンを2本買う。その後、コストコの入会作業を果たし、無事御入店。しかしアメリカってのは・・・でかけりゃいいんかっと思わず突っ込みを入れてしまいそうなデカイ包装の商品オンパレードである。妻は何か憑かれたように巨大なショッピングカートを押してどこかへ消えてしまったので、僕はソファの展示品に座って時間を潰すことに。しかし、妻よ、我々がcopenで来たことを忘れてはいかんのだぞ。買ったものを一体どこに積むというのだ?
コストコ購入物をcopenのトランクに満載、の図。  結局1万4千円ほど、日頃手に入らない食品などを買い込んできて清算。なんかここの従業員は自分でもすっかりアメリカ人になりきっている風情である。お互いをファーストネームで呼び合うし、化粧とかも帰国子女風である。わしはそういうのは好かん。僕らはどうあがいたって東洋人のまま死ぬわけだし、ここだけ米国風に気取ってみても家に戻れば靴を脱いで居間にねっころがるのである。でもせっかく入会金払ったことだし、今度は商用車で乗りつけることにしよう(笑)
 昼食はこれまた広大なファーストフード店でビビンバ食べて、小雨の中帰路に。眠くなったので妻に運転を代わり、気がついたら八代であった。高速代片道2,900円。高いのか安いのか・・・やっぱ民主党に一票かな?本当に無料化されたらこうやって遠方まで買い物に出かけるライフスタイルが定着するかもしれない。考えてみたらコストコみたいな巨大ショッピングマートはフリーウエイとセットでなければ成立しないのかもしれない。だがそれって排気ガスは増えるわけで。地元の商店はいよいよ潰れていくわけで。それも仕方の無いことなのかな。
 高速無料化については僕は別の意見をもっている。「時間を金で買う」という手段は残しておくべきだと思っているのだ。どうしても緊急で動かなければならない時に、高い高速料金を払って渋滞知らずのハイウエイをぶっ飛ばす・・・無料化されたら緊急でもないのに高速に入るクルマが増えて結果的に慢性的な渋滞を引き起こすのではないだろうか。そうするとせっかくの「最後の手段」を失ってしまうような気がするのだ。それらの絶好の解決策を実は考えているのだけどそれはいつかまた書こうかな。
 実家で待っていた息子と犬とに再会し、彼らは自宅へ戻る。僕は明日の仕事もあるのでもう一泊泊まることに。楽しい連休でした。
4 選挙活動
選挙運動も大変だ。。  朝から事務員が休むと言うので今日も店番に。午前中は慌しく過ぎる。午後は仕入先2社と商談し、一段落した後は退屈な電話番。この際に解決しておくべき事務的なことに色々と手を出す。午後は会社を早めに切り上げて熊本のホテルキャッスルへ向かう。なんでも来年の参議院選挙に業界が推薦する候補者の選挙運動があるということで頭数として参加。300名を越す人たちが詰め掛けている。退屈だろうなあと予想して割にはけっこう面白い話が聞けた。それにしても。「私は業界の職域代表として頑張りぬきます」ってこれいわゆる「族議員」とどう違うんだろうか。僕らは日曜の午前中、討論番組を見て、いい加減な施策に腹を立てる一方で、月曜日には自らの生活権を確保するために、権利の奪い合いに精を出すのだ。大人になるとはこういうことなのだぞ、全国の若いロッカーたちよ、わっはっは・・・
 終了後は近所のガストで福岡から出てきた先生と4時間ほど打ち合わせ。パワーポイントでスライドを作る。勝手にコンセントを拝借してたら「禁止してます」と怒られ、清算して駐車場を出る時に駐車代1台あたり2,000円をふんだくられた。そりゃあんまりだろうよ、と怒れるロッカーは明日WEBでクレームつけてやるぞ、と息巻く。まあ情けないロッカーのナレノハテ。
5 清算ミーティング
 午前中、仕事の合間にガストのサイトに行って、昨日のクレームを書いておく。まあクレームというか提案というか。要するに、こんなご時世なので、せっかく各テーブルの下にコンセントがあるのだから気持よく「どうぞお使いください」とアピールしたら僕らみたいなモバイラーが集まってくるのではないかと。ノートPCの電気代など知れているわけで。長居が無用なら「2時間以下でお願いします」とか書いとけば良いわけだし、どうしてもコスト面が問題なら200円くらいまでなら払うよ、僕らは、と。それと駐車場に関して30分500円という設定は暴力的だと。周囲はほとんど40分100円、しかも1000円が上限でそれ以上取らない、とかばっかりなんだしね、と書いておいた。現状のままだとビジネスマンは恐ろしくて近寄れないよ、と。さてどんな返事が来るのやら。
 夕方メーカーさんと商談した後、熊本市内でセミナー講師陣とミーティング。途中雨の中、ご自宅で先生を拾って移動。まあ講師を乗せるクルマではないな、copen(笑。無事ミーティングは終了し、近くの居酒屋で食事。日付が変わる頃代行で帰る。
6 クレームへの対応
 午前中はクライアントの会社でミーティング。たまたま会ったメーカーさんと同業者と近所で昼食、情報交換。午後から出社し仕入先3社と商談。夕方、ガストから電話です、というので代わると、一昨日行ったお店の若いオネエチャンであった。曰く、本部からメールが転送されてきましたので、本当にすみません、とのこと。コンセントの件は最初にひとこと言ってくださればOKなんです、あくまで無断使用を禁止してるんです、駐車代の件は他にもクレームが多く現在検討中です、お許しください、だそうだ。
 違う。圧倒的に違うのだ。期待していた対応とここまでかけ離れている例も珍しいと思うくらいに違う。僕はそんなことを聞きたくてメールしたんじゃない。提案のつもりで書いたんだけど。僕が違和感を感じる点その1。本部に出したメールだから本部が対応すべき。現場に言って済むことならその場で言う。現場のバイトに伝えても仕方が無いとお考えたから本部にメールしたのだ。その2。コンセントの利用は確かに勝手に使った僕が悪い。しかし、どこにも「使うな」と書いていないのも良くない。それよりも何も、「事前に言えば気持よく貸し出すが、言わなければ注意して止めさせる」という対応はありえないだろう。つまり平等なはずの客に対して「うちは言ったもん勝ちです」と宣言するのは得策ではない。その3。今回はクレームでなくて提案をしたのだから、すみませんでした、ではなくてありがとうございます、が第一声であるべきだろう。そんなところを感じた
 でも実はすべてこれ、自社にも当てはまることなんだよなあ。僕もこういうクレーム対応をしてきたんじゃないかなあ、とずいぶん考えました。こういうのは経験してみないとわかんないものです。偉そうに上に書いたことはすべて自分のやってきたことに当てはまるわけです。トップの対応、平等な扱い、クレームへの感謝の気持ち。どれもが欠けていた気がする。
7 久し振りの診察
 退院後2週間後の診察にアポイントを取っていたのだが、目が覚めたらその10分前であった。大急ぎでパジャマのまま財布だけを握って暖気運転もせずに病院へ吹っ飛ばす。なんと待合室に入ったのはアポの2分前であった。目が覚めて8分後に2km先の病院にいる僕。誰もが朝はスーパーマンだ。診断の結果幸い経過は良好との事。久々にリハビリも受ける。午後は税理士の監査。快気祝を持って友人宅を訪れ、家族3人で実家に泊まる。妹と甥っ子が帰ってきているので賑わう。
8 ゆっくりとした土曜日
 午前中は会社で仕事。久し振りに社員とゆっくり話す。昼は近所のラーメン屋に3人で出かけ、帰りは久々に息子と散歩。一ヶ月以上こうやって歩いてないものな。午後は一月半ぶりに床屋に出かけ、午後はうだうだしていたが、21時にはぐっすり寝てしまった。怪我以来本当によく眠れる。
9 衆議院選挙とハロウィンパーティ
ハロウィーンパーティ。考えたら生まれて初めて出た。  眠れると思っていたら0時過ぎに目が覚めてしまった。仕方が無いのでパソコン開いてセミナー名簿整理の仕事を3時までやっていたらようやく眠れた。午前中は月末の講演会の参加票などを葉書に印刷する仕事。100枚以上あるのでけっこう時間がかかる。午後はいったん自宅に戻り、家族3人で息子が通っているECCが主催するハロウィンパーティが公民館であるというので出かける。 健軍公園を撮影。真っ暗だったけどデジカメの絞りを開放して撮ったらけっこう味のある写真に。途中、近くの小学校で衆議院選挙の投票。今回はさすがに投票率が上がるのではないか、と思っていた(この時は)。選挙の後、以前住んでいた家の近くにある公園へ。そこの公民館でパーティだ。狭い部屋に思っていた以上の子供たちや親が詰め掛け、入りきれない親たちは外にあふれる。僕もまだ正座できないので外から眺める。二人の日本人女性の先生と一人の白人男性が英語や日本語を話しながら会を進行し、子供たちがそれぞれ英語で自己紹介と寸劇をするってなパーティ。2時間ほどやっていたのだけど、息子の出番が終ると僕も暇を持て余し、近くを散策して、以前住んでいた家やよく出歩いた公園などをデジカメで撮ってみたり。息子はお菓子をたくさん貰ってお開き。歩いて近くのファミリー居酒屋で軽く夕食を食べて家に戻る。家に戻って選挙速報を眺める。なんと思いっきり悪い投票率。ネットのメルマガで読んだ記事だけど、やっぱ投票率50%を切った地区は選挙無効にすべきだよね。その地区の代議士は数年間ゼロ。しかし、そのおかげか結局組織票を利用して自民党の勝ち。あーつまらん。
10 企画やら出張準備やら
 小雨の降る中、取引先を久し振りに訪問。院長が見当たらないので聞くと近くに建設中のご自宅の現場に行っているという。場所を教えてもらい豪邸を拝見させていただく。丘の上の邸宅、という趣である。その後、会社に出て仕事。お昼はラーメン屋で。夕方まで来年のコースのダイレクトメール作業。夜は来週の仙台出張や来年の総義歯コースの企画書などを深夜まで。
11 ぞろ目の日
 11月11日だ、ぞろ目だ。いやそれだけのことなんだけど。午前中は溜まったメールをあちこちに書きまくる。どうもこういう仕事は波があるようで、メールを書くのがすごく億劫な日と、誰か止めろ状態で何十通も長文を書き散らす日とがあるようだ。午後はメーカーさんと久し振りの商談。その後熊本市内に帰りスタディグループの理事会に参加。その後症例検討会が始ったが、つくづく歯科医師という職業は大変だと思う。自分の仕事の写真を発表して、ライバルにけちょんけちょんにやっつけられてしまったりすることで、さらに次の勉強をしようというのだから。僕だったら三日は起き上がれないだろうな。深夜にこうやって研鑚している人たちはまだ少ないけれど確実にいるし、確実に増えているのは確かだ。未来は確実に明るいはずだ。
12 久し振りの訪問
 午前中、ちょっとした修理で歯科医院に行った後、すこし時間ができたので近所の歯科医院に2年ぶりくらいに突然訪問する。スタッフはみな代わっていたけれど先生や技工士さんに温かく歓迎していただいた。実はずっと気にはなってたのだがなかなか時間が合わず、そのうちなんか行きづらくも思えてたりもしてて・・・行けばなんてことないんだけど。経験ないけど、登校拒否のきっかけなんてもしかしたらこんな事なのかもしれない。自分で思うほど他人は自分のことを気にしてないし、悪くも思っていないってことを、僕は定期的に思い出すことが必要なようだ。
 昼前に友人から電話があり、一緒に食事をした後、市内の歯科医院へ訪問。1時間ほど話をした後、一緒にcopenで八代へ。会社では明日の宮崎出張の準備をした後、来年の総義歯コースの案内の校正依頼が来ていたので取り急ぎチェックしてFAX。夜は県道を通って自宅へ戻る。
13 宮崎日帰り出張
 朝一で昨日の校正の件で電話のやりとり。10時にcopenに乗って高速道路をひたすら南下、宮崎へ向かう。えびのを越えたあたりから周りにはクルマが一台も無くなり、雲ひとつ無い秋空の下、オープンにして爽快にドライブ。仕事は楽しまんと。しかし、何でこんなに車が少ないのか。やはり高速道が高すぎるのが一因だと思う。道路なんて一日何台通らせようが大して運用コストは変わらないのだから、こういう閑古鳥しか走らない路線はいっそのこと半額とかにすれば良いのである。それで4倍の交通量になればコストはそのままに収入は倍増だろうに。曜日や時間によって柔軟に料金設定すれば(飛行機の特割みたいに)赤字は随分減らせると思う。料金所ではどうせコンピュータで計算しているわけで、ソフトをちょいといじればできるのではなかろうか。赤字を減らそうと言う意思があればの話だけど。とかいいながらそれが実現するまでには、きっとそのソフト開発費用が億単位に膨れ上がり、ワケのわからん関連会社が3ヶ月に一度法外な料金のシステムチェックをしたりして結局赤字が増えるだけかな。寄生虫みたいな仕事で国から金を引き出すことに快感を覚える人種はあちこちに隠れているのだろうから。学習塾に通って有名大学を目指している学生諸君、君たちはそういう人種を目指してはいけないのだぞ。
宮崎JAアズムホール。農協って金持ってんなー。  なんて青年の主張を考えながらサングラスでオープンカー走らせるネクタイ姿のオッサンはっきりってかなり不埒な存在だわな。そうこうしていると程なく宮崎市内へ到着。地図を見ながら農協を目指す。今月末にここのホールで開催する講演会の下見が今日の仕事である。地元の先生2名が来てくださり、打合せと下見を行なう。3時過ぎに終了し、ラーメン食べた後、責任者の歯科医院へ立ち寄り、打ち合わせの結果をご報告。夕方5時過ぎに仕事が終り、高速道路で熊本へ戻る。すっかり暗くなった道を、気に入った音楽を鳴らしながらゆっくり流すのはやはり楽しい。そりゃあ2000ccのセダンに乗っていたときのほうが格段に疲れも少なく、ラクチンなのだけど、660ccでせわしなくアクセルを調節しながらタコメータを気にして走るのもまた楽しいのである。途中とてつもない眠気に襲われ、PAで30分ほど仮眠。このクルマ、リクライニングできないのです。だから30分以上眠れません。目覚まししてなくても勝手に起きられます。
14 結婚記念日
 11年目の結婚記念日である。去年は10周年記念にかこつけて大阪にPaul McCartneyを見に行ったのだった。早いものでもう一年か。20周年記念にも同じようにPaulを見に行けたら良いなあ。あの感じだったら70になってもシャウトしてそうだしなあ。
 昼からクライアントの医院でパワーポイントのレッスンやら何やら。メモリが不足気味なので電気屋に行って512MB足してあげることに。それにしてもVaioでどうしてこんなややこしい作りしてるわけ??店員さんらと1台のノートを囲んでここでもないな、じゃあこっちかも、とかいろいろネジを回してようやく辿り着く。vaioだけはどうも設計思想が解せないなあ。雰囲気だけで売れてるんだもん。
 夕方会社で某社と5年ぶりくらいの商談。その後、セミナーのダイレクトメールの封筒の宛名書きを200通ばかり印刷。事務所の安物のプリンタは封筒に直接印刷する時は1枚ずつ手差ししてあげないと派手に噛みこんでえらいことになるのだ。だから2時間、プリンタのそばについてひたすら手差し作業。時間がもったいないのでちょっとした隙にスキャンニングなどの仕事をやりながら。20時過ぎようやく終ったので家路へ。クルマに乗って気がついたのだが、今日昼飯を食べるのをすっかり忘れていた。
15 ゆったりした土曜日
 午前中、歯科医院で改装の打ち合わせなど。その後本屋で立ち読みしてたらエリッククラプトンのMOOKを見つけてすかさず買う。なんか最近60年代、70年代にとても興味があって、こういうミュージシャンの解説本や伝記を読むととても興奮する。もしかしてこれってナツメロへの郷愁を抱くオヤジ化現象か?いやはや。自宅に戻り、ネクタイを取ると、家族3人で外出することもなく、家でダラダラと過ごす。最近子供ともあまり会っていないので、一緒に遊んだり怒ったり。3時間くらいでさっきのMOOKを読み終え、テレビを見ていたら眠くなり、家族3人で早寝。
16 日曜出社
 早寝したにもかかわらず、遅起きな日曜日。子供は例によって早朝のアニメを見るため既にテレビの前に陣取っている。猫みたいにストーブの前で丸くなって。ああ、まさしく30年前の僕がここにいる・・・妻は「あんたたちを見てるとイライラする!外に行って遊んでこーい!」と叫んでいる。確実にいえることは、僕らは非常に良い時期に出会えたのだ。運命のいたずらで小学生時代とかに出会ってたらまず確実に僕は彼女に苛めぬかれていたことであろう。運命のいたずらにただ感謝するのみ、であります。
 ざざっとクルマを洗車して息子を乗せて会社へ。230通のダイレクトメール作業を一人で淡々とこなす。インターネットラジオで古いロックをガンガン鳴らして、休日の事務所で頭を空っぽにして手だけを動かして作業していると、だんだんそれが会館に変わってくるから不思議だ。そんな感じで午後1時から午後7時までの6時間、ひたすら女工哀史的作業をやり終え、息子を乗せて自宅へこれまた40km。一緒に風呂に入り、水鉄砲遊びで騒いだ後、妻が見よう見まねでこしらえたなんちゃってチヂミ(韓国風お好み焼き)を食べながらレンタルビデオで「わんわんホームアローン」とか見ながら日曜日の家族団欒。
17 甥っ子と伯父さん
 出社中、高速から降りる時に不意にエンジンストップ。原因不明でいきなり全てのメータ類がゼロになってけっこう焦った。すぐに復帰したけど大丈夫か、このクルマは・・・こんなところまで日本車ばなれしてどうする?ダイハツよ、しっかりしとくれ。会社につくなりディーラーに電話して相談したら、エンジンの電装系が心配なので一度見せてくれと。今日は何か忙しく、ほとんど休む間もなしにパソコンで仕事しまくる。夕方、ゼロックスが新しいソフトのデモ版を見せてくれたので、いろいろと検討。夜は実家の両親がどっかへ泊まりに出ている、というので規制している妹と甥っ子と食事。2歳になる甥っ子はなぜか僕のことを「憧れの伯父さん」と認識しているようで、僕が顔を出すと失禁するほどの興奮である。たぶん、copenを買った時に屋根を開け閉めする動作を見せてあげたのが印象強いのだろう。若い婦女子のハートは掴めてませんが、幼児のハートはガッチリだぜ、コペソ。どうしてももう一度開け閉め(彼の用語ではウイーン)を見せろ、というので夜10時なのにも関わらずデモしてあげる。ついでに妹に抱かせてそのへんを一周する。まあ微妙に道交法違反か。案の定甥っ子は大興奮で、その夜は寝付くまで布団の上で空気のハンドルを回していたそうな。しかし思うに、幼児にとってたまに会うイカレタ伯父さんって必要なんだよな。何で生計立ててるのか不明の、妙に生活感の無い伯父さんが、ほれよ、と手渡したロック音楽に夢中になる、とかさ。僕もいよいよそういう役割の年代になったか。
18 決算ミーティング
 朝から携帯があちこちから鳴るので対応していたらあっという間に9時を回っていた。昨夜はけっこう遅くまで仕事していたので、まだ眠気が取れない。午前中、だばだばとメールを書き散らし、昼過ぎに高速に乗って熊本市内の税理士事務所へ。前期の決算書にサイン。その後、2時間ほど今後の事業展開についてミーティング。今日はそのまま自宅に戻ろうか、と思っていたけど、どうしても今日中にやらねばならない仕事を思い出してまた高速で八代へ。スタディグループの資料を急いで制作、印刷、封入れ作業し、その合い間に新しい業務回覧を作って明日からの出張準備をしまくって22時にようやく退社。しかし今週はたくさん資料を送ったなあ。封書と葉書で400通以上こさえたぞ。はやく資金に余裕を作ってパートでも雇いたいものです。まあ30代のうちは自分でできることは何でもやろう。
19 仙台出張は楽し
飛行機から見た東北の風景。猪苗代湖の北側あたりかな  今日から一泊で仙台出張である。6時半に起きて、7時半の高速バスで福岡空港へ向かう。一緒に行く取引先と待ち合わせて、空路仙台へ。窓の外の風景がとても面白く、寝ている暇がなかった。日航機墜落事故の現場はこのへんかなあ、とか思い出しながら地図を片手に地上の景色を眺める。福島を越えたあたりからなんとなく風景が変わる。山の斜面に雪が残り、猪苗代湖が地図どおりの形でくっきりと見える。遠くに日本海も見える。低いところを飛んでいるようで、山の上の道路を走る車までもよく見える。宇宙飛行士になった気分だ。こないだ京都に出張した時には、熊本空港上空からの景色にとても感動した。会社のある八代平野から人吉盆地、遠くの霧島から宮崎平野、太平洋までが一気に見渡せたのだ。東北の景色にはそんあ思い入れは無いのだけれど、なんとなく九州とは趣の異なる地形に異国情緒をかき立てられる。飛行機はいったん太平洋に出た後、海上を低くアプローチして仙台空港に滑りこんだ。100万都市仙台の上空は真っ黒なスモッグに覆われており、ちょっとイメージとの落差に萎えたけど。
 エアポートリムジンバスに乗り込むと満席。隣に白人男性が座ったので、どこから来たのか?と尋ねると、ウクライナからだと言う。ああ、ロシアの?って聞いたら、「違う、ロシアの南の独立国だ、確かに昔はソ連だったけどさ」と力説された。そりゃそうだろう、僕らがヨーロッパに行って、日本から来たよと言ったら、「ああ、中国のね」とか答えられたら腹立つもんね。
 3年ぶりに仙台駅に降り立つ。前回と同じ駅の横のホテルメトロポリタンにチェックインし、近くの喫茶店でパスタの昼食。1時間くらい話しした後、いったん部屋に戻り1時間ほど寝る。おそらくは夜は長いと判断して・・・結局メールをチェックしたりなんだりで、眠ったのは15分程度。それでもだいぶ楽になった。夕方、ホテルを出てしばらく歩く。今日はとても暖かくてコートを羽織る必要もないくらいだ。青葉町の辺りを地図で探して目的地の歯科医院へ。3年前から九州で開催している研修会の講師のオフィスである。マンションの普通の一室、という感じの扉を開けると歯科医院の待合室が。なんとなく普通と違う感じが既に漂っている。院長と久しぶりに再会しを喜び、院内を軽く案内してもらう。歯科用ユニットが2台、広い院長室、技工室、資料室・・・普通の歯科医院だと、床面積の60%くらいが診療スペースだけどここは逆に6割が患者さんが入らないスペースといった感じだ。先生曰く、歯科医師は診療時間と同じくらいの時間を勉強に割かないとやっていけない、という。一日10人以上患者を診ることのできる歯医者さんはどんな仕事をやっているのだろう?と不思議がっておられた。考えてみれば保険制度が無ければ誰だってそうしたいのだろう。そうか、歯科医師過剰時代とか言われているけど、それは皆が一日30人以上診ようとするから、それが1/3になればまだ歯科医師は足りない、ということになるのかもしれない。
 診療所を出て牛タンが美味しいという隠れ家的お店「百舌」へ。カウンターに座り、大将のこだわり料理の数々に舌鼓を打つ。その後、韓国料理店に立寄って、二次会、三次会と飲み続け気がつけば3時。歩いてホテルまで帰り熟睡。
20 仙台でパソコン教習
 ゆっくり目を覚まし朝食を取った後、今日どうしようかと考える。本当は仙台市内を一通り観光しようかなとも思ったのだが、今日は寒いし、冷えると足にも悪かろう、とホテルのロビーで過ごす事に。ふと思いついて駅のそばの電器店に行き、同行者のためのノートPCを購入することに。その後、ロビーでパソコン教習ということに。といってもNECにプリインストールされているインストラクションソフトの指示に従ってもらうだけなんだけど。夕方エアポートリムジンバスに乗り込んで空港へ。レストランで夕食を食べたあと福岡空港に飛ぶ。熟睡したまま到着すると、バスの時間まで30分ほど待って、ひのくに号に。バスでも寝ながら零時直前に自宅へ戻る。
21 お通夜
 従業員が午前中休みということで会社で店番。電話で取引先の技工士の不法を知る。僕の2つ上で10年程前からの知り合いである。同じ大牟田生まれなので姉と幼稚園のクラスが同じで家族も知っていたりする。5年ほど前からガンに罹っているとは聞いていたが持ち直していたとばかり思っていた。最近のガンは治るケースが多いし、そういう便りも耳にしていたからだ。なので突然の訃報に驚いた。
 午後請求書を出してチェックしたあとに熊本市内へ通夜に出かける。市内が込んでいてお通夜が終る直前に滑り込んだ。実際に顔を見ると動揺した。41歳。死はもはや他人事ではなくなっている。多くの知り合いが涙している中、本日アマゾンから届いたばかりのLet It Be Nakedを聞きながら自宅へ戻る。不要な装飾を取り除いた1970年の退廃的な音楽がこんなにストレートに響くとは。
22 告別式
 朝早く起きてソフトのセットアップ。1年前から企画制作していたオリジナルのソフトをはじめて納品するのだ。納入先に10時から作業開始。用意していたケーブルが合わずに近くの電器店で新しくモバイルHDDを購入するがこれもうまく行かず、時間もないので残りは次回に、ということに。帰り際、電器店で症状を確認するとどうやら僕のIBMのノートPCとメルコのモバイルHDDの相性の問題らしいということ。やっぱそういうことがあるんだなととりあえず返品。
 急いで車を運転して昨日と同じ斎場へ。本当に多くの参列者が集まっていた。娘のスピーチには誰もが涙を誘われていた。彼は彼の人生を全速力で、他人の2倍の濃さで走っていったのだろう。そう思えた。歯科医師である兄が最後に、残念だけど、病の痛みから解放されたのでほっとしたというのも事実だ、といったのが印象に残った。生は苦しみであるのかもしれない。死が安らぎであるということではない。僕らはただ受け入れるしかないのだろう。
 帰りに違うパソコンショップに寄って調べものをしたあと、家族3人で八代まで移動。
23 八代妙見祭
出店が続く妙見祭 今も昔もお面屋さんは人気  寝坊したあと事務所でしばらく残務整理。昼過ぎ、家族3人と妹、甥の5人でタクシーに乗り込み、八代妙見祭を見に行く。お祭りというより出店に買い食いにって感じかな。おそらく出かけるのは7年ぶりくらいのことである。祭りのピークは既に過ぎていたので、ブラブラ出店を冷やかす。息子に500円だけやって自分ですきなものを買いなさい、と言ったらひょこひょこ一人で歩いていって行方不明になってしまった。皆で必死で探し始めたのだが、何となくこいつはこのあたりにいるんだろうな、と当たりをつけて探していたら簡単に見つかった。親子で感性は同じってことだろう。時おり高校のOB会などの団体が馬を追いながら通り過ぎていく。小学生の頃は学校も会社もみんな休みになるほどの大イベントだったけど、今でもそうなのかな。以前は曜日が決まっていたのだが、今は祝日に祭りの日が設定されているからそんなことはないか。でも日付をずらして以来事故が絶えないと聞いている。今回も救急車が走っていった。 名物「はし焼き」を作るご夫婦 お参りに並ぶ人々
 息子は500円を握り締めてあちこちの出店と交渉している。スーパーボールすくいやじゃんけんくじでは圧倒的勝利を次々に収め、さすらいのギャンブラーの名誉を独り占めしていた。将来が恐ろしい。僕ら夫婦はといえば、缶ビールを数本開けてほろ酔い気分。空は秋晴れ、ジャンクフードをガンガン食べて田舎の祭りを楽しんだ後、またタクシーで実家へ。そのまま部屋に戻って昼寝してしまった。
 目が覚めた後、妻と街に飲みに出る。祭りだから人出が多いかなと思いきやガラガラ。昨晩でチカラとお金を使い尽くしたんだろうな、みんな。八代のアーケードが新しくなっていたけど、それで人手が増えたって事も無いんだろうなあ、この感じなら。お化け屋敷なんだけど、21世紀には思えないこの雰囲気。チェーン居酒屋で食事をし、JAZZ喫茶(もう喫茶じゃないよな)に寄ってカクテルを飲んでいたら妹から携帯がなる。犬がうるさいと。仕方なくさあこれからって頃に戻る。First、意外と高かったなあ。いぜんは500円とかで夜通し飲んだりしたけど(さすがにそれはひどかったな)。たまにしか出ないけど、八代の夜もすこしずつ変わっているらしい。
24 振替休日は新しい仕事の構想を
 10時過ぎまでゆっくり寝た後、事務所に出てなんとなく仕事。今日は振替休日である。どうもこないだから仕事のやる気が出ない。というか精神的に低調な感じ。こういう時ってやるべきことがたくさんあるにもかかわらず、どの仕事もスタートが切れない、という悪いパターンなのである。お昼は昨日の祭りとおんなじメンバーで近所の回転寿司屋へ。夕方事務所に戻った後、気を取り直して、やるべき仕事に一切手をつけず、新しい仕事の企画書を書き始めたら思いのほか調子が出てきた。結局9時過ぎまでに企画書を2本書上げ、遅い時間に家族で自宅へ戻る。
25 休み明けは忙しい
 朝一で会社に出た後、週末の講演会の会場との交渉、展示ブースのコマ割り、参加者名簿の管理などをしながら商談をこなす。だいぶ調子がでてきたみたいだ。夕方知人の事業所に立寄った後、高速で熊本市内に入り、スタディグループの例会に参加。夜の食事会は今回も遠慮して自宅に戻って食事。
26 妻の怪我
 朝早く起きて、先週土曜日に納品できなかったでたる器材ライブラリーを整理する。9時過ぎから某社でコンサル。光ファイバー設置など。食事を取る暇も無く次の歯科医院へ移り、以前から悪かった臼歯を抜歯してもらう。智歯以外で自分の歯を失うのはこれが始めてである。患者の気持ちになってみるのもたまには良いって言うけど、やっぱり寂しいものです。その後、滅菌ガーゼを咥えたまま、知人の用事で歯科医院へ訪問。玄関でずいぶん古い知人にバッタリ会ってびっくりする。その後、メーカーの営業所に立ち寄り、歯科医院を一軒回って夕方自宅へ。今日は生春巻きパーティだってんで、家族3人でワイワイ騒ぐ。
 午前中にお邪魔した取引先から「庭になっていた」という大きな柿をいただいたので、食後にそれを食べていたら、息子が「へたの部分を切って」という。ベイブレード狂(いまだに)の彼としては、へたをコマに見立てて回してみたくなったらしい。慣れぬ手つきで果物ナイフでへた取りをしていた妻が次の瞬間、きゃぁぁと叫んだ。どうやら手が滑ってナイフで手を切ってしまったらしい。見ればかなり親指の付け根がかなり深く切れている。けっこう出血もしてきたのでこれは縫ったほうが良いかもと思い、近所の日赤に電話を入れてみる。止血をしてから来て下さいというので、今日貰ったばかりの抜歯後用の滅菌ガーゼをあてがい、出かける準備を始める。妻は気分が悪くなった、といってトイレに篭っている。日頃のキャラと違うじゃん、とか思いつつも車に乗せて緊急出動。10分後日赤に到着し、夜間用緊急窓口へ。いやーそれにしてもたくさんの人々が待合室にごった返している。しかもどうみたってその中で妻が一番軽そうな気配である。「やっぱ帰ろっか」とか妻が言い出すも、なんとか抑えて名前が呼ばれるまでテレビを見て過ごす。この時点で23時くらいである。処置室から戻ってきた妻の手は包帯でグルグル巻きになっている。おう、これでやっとこの待合室の市民権を得たような気がしてきたぞ。聞けば三針縫ったと言う。麻酔が痛かった、と言っていた。
 ようやく落ち着いて自宅に戻り、心配していた息子を一人で寝かしつける。9歳にしてようやく今日から一人ベッドなのである。しかしまあこんな日に(笑
27 年賀状納品さる
 午前中、八代の歯科医院に訪問。その後金融会社などと調整。昼過ぎ、知り合いの郵便局員が年賀状を持ってくる。ああもうこんな時期になってしまったのか・・。夕方仕入商談した後、なんだかずっと電話が連なって、延々しゃべっていた。それは実家で夕食を食べた後も続き、静かになったのはようやく深夜であった。こんな時代でもやっぱり年賀状なんだなあ。
28 はやくも忘年会
 午後、長めの昼休みを取った後、週末の宮崎講演会の最終準備。メーカーから届くはずの荷物がなかなか届かないので運送会社とやり取りしながら熊本市内に向かう。少し遅れて地元の同業者組合の忘年会。今回は妻も参加させるつもりだったが昨日から熱を出している、というので僕一人で参加。なんか途中から参加すると乗り遅れた感じでさほど飲まずに過ごす。しかもこの後、スタディグループの打ち合せが控えているのだ・・・明日も出張だし。二次会まで付き合って、20時から近所の歯科医院へ。1時間ほど打合せをしてまた飲みに、という流れになったがさすがに断って代行で帰ることに。ほとんで飲んでなかったし、もう酔いも覚めたんで運転して帰ろうかとも思ったのだが、ちょうど検問していた警官に「やっぱまずいでしょうか、僕の状態は」と聞いてみたら(笑)、案の定「判断はできませんけど気をつけるにこしたことは無いです」なんて答えが返ってきた。そりゃそうだわな。だが、代行さんの運転するクルマで同じ場所を通りかかったらすでに検問は終っていた・・・せっかく挨拶しようと思ったのに、残念。しかし、代行さんと話すうちに彼が若い頃バンド生活をしていたという話になって多いに盛り上った。忘年会より楽しかったくらいだ。
29 宮崎出張
前日の懇親会  ウイングロードに乗って八代へ。たくさんの荷物を目一杯積み込んでいざ宮崎へ向かう。明日行われる講演会のプロデュース業である。2時間あまり運転して予約していたホテルJALシティへ。1時間あまり部屋で休んだ後、先生らと喫茶店で最終打ち合わせを行う。その後、講師の泊まる宮崎観光ホテルへ移動し、部屋でパソコンとプロジェクタの接続チェック。暗くなってから源平というお店に移動して懇親会。なかなか面白い議論を聞くことができた。明日の準備がまだ残っているので、一次会で失礼してホテルに戻り、フロントにプリンタを借りて最終的な受付名簿が完成。零時過ぎにビール1本飲んで寝る。
30 講演会当日
受付に並ぶ人々 300人が集まった  朝食を食べた後会場のJAアズムホールまで運転。かなり早く着いたのでまだ会場が開いていなかったがまずは荷物をすべて降ろす。展示業者や主催の先生らがやって来て受付つくりや会場設営を始める。そのうち受講生もやって来て受付がスタート。今回はかなり事前準備を念入りにしたのでスムーズに300名の受付が進行したようである。 講師の熊谷先生10時から講演会がスタート。僕は名簿と当日入金額とを照らし合わせ、最終決算を。そういううちに昼食時間となって、ばたばたと弁当の準備。そうかと思えば展示していた書籍のブースに立って販売を。といっても別に僕の会社の売上にはならないんだけど・・・なんだかんだで講演を聞く暇もほとんどないまま終演時間に。講師のフライトの都合で先生方はさっと撤収、僕と一部の先生と展示業者とで会場を片付け、荷物を積み込み、夕方5時には撤収作業完了。
 高速をひたすら運転して八代へ。荷物を降ろした後、今度は自宅へ戻る。今日は現金で収入があったので家族に報告する。ところが息子がそれを茶化すようなことを言ったので、これはいかん、と判断して厳しく叱る。ゼニの価値がわからん男はダメなんだぜ。
 テレビでは昨夜ティクリットで襲撃された日本人外交官のニュースで持ちきりである。いかに彼らが優秀でそしていかに非道な死に方をしたか、という点が時とともに強調されていく気がする。特に若い方は宮崎出身で熊本大学卒、というからいっそう身近に感じる。しかし。優秀で身近な日本人の死と、名も無いイラクの人間の死と、どんな違いがあるのだろう。誰か一人でもいいからその点についてコメントを述べてくれ、と思いながらテレビを眺める。たぶん、太平洋戦争に突入していった時期も同じような雰囲気だったんじゃなかろうか、と思いつつ。
 今月は福岡へ行ったり、仙台へ行ったり、宮崎へ行ったりで忙しい月だった。まだまだ続く我が家の災厄シリーズで今度は妻が怪我したりでそれも忙しかった。でもめげずに楽しんでいる。来月もまたそうだと思う。今月も読んでいただいた方、ありがとう。

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