taka's業務日誌 2003年10月

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  車椅子の経験
diary
1 機械の納品行脚
 10月は幸先良いスタート。8時半から1件目で納品説明。先日一括注文貰った器械を5軒に納品して回るのだ。その後某社によって2時間ほどミーティング。お昼前にもう一軒立ち寄り、昼休みに2台目を納品説明。偶然メーカー営業と会ったので二人で昼ご飯。その後一緒に行った歯科医院で3台目納品。他の案件で午前中メーカー営業が納品した検査機器のチェックに一軒立寄る。それから4台目を納品し、勢いで5台目まで突き進む。その歯科医院の駐車場で患者さんのクルマに囲まれて出られなくなったのだが、技工士さんに誘導してもらい何とか脱出。さすが軽自動車。今日だけで300万くらい売上上げちゃったぜ。ということで早めに家に戻り、犬の散歩した後家族で焼きそばパーティ。10月は縁起良く楽しく幕を開けた・・・
2 パチっと剥離骨折・・・
 9時に出社、月末締めの請求書をチェックして幾つかメールを書いて、昼休み、事務員が帰った後にBeatlesを掛けて仕事していたら尿意を催した。忙しくて我慢していたのだが、一段落した隙に階下のトイレへ。階段を下りながら、何か考え事をしていたようだ。階段を下りきった、と思った瞬間、目の前の景色が崩れる。ペキっともパチっとも表現できないような音がして崩れ落ちた。どうやら階段の段数の目測を誤ったらしい。見事に足をくじいてトイレの前に倒れこんでいた。「いて〜」とくじいた右足首を擦りながら情報を整理する。足は動いている。他に打ったところもない。何故か蚊が執拗に舞っている。誰も居ない事務所で二階からCan't Buy Me Loveが響いている。ふと尿意を思い出して立ち上がる。右足が痺れているのでケンケンで隣りのトイレへ。大きいほうでなくてよかったよ、と思いながら用を足す。右足をかばいながら何とか二階の事務所へ戻って椅子に掛ける。
剥離骨折!  まだ右足が痺れているが、幸い動いているし、そんなに痛くないので捻挫くらいですんだようだ、と思い、仕事再開。事務員が昼休みから戻ってきたので「派手にコケタ〜」と話していたら、「その、音がした、ってのはまずくないですか?整形外科へ行った方がよいですよ」と。そうかなあ、と思い直し、今度は荷物用のリフトで一階に降りて車に乗り込む。まあ運転できるレベルってわけだ。なんとか整形外科に行って受付けを済ませ、45分ほどまたされて診察室へ。院長先生一言「これまでに大怪我をなさったことは?」「ないですよ」「あのね、これは大怪我ですよ。レントゲン撮ってみましょう」ということになった。右足首を思いっきり捻られて撮影されたフィルムが上がってくると・・・「やはり骨折してます。靭帯が引っ張って骨を割った剥離骨折ですね、手術が必要です」。
 まいったよなー。そんなはずじゃ。などと思いながら大病院を紹介され、薬局でシップと痛み止めを貰ってクルマへ。またも運転して会社へ戻る。途中携帯で事務員に状況を話していたら、もう妻に伝わっていた。夕方ひょっこりとメーカー営業が現れ、笑い話に。これであっという間に業界にも伝わることだろう。夜は実家でビッコ引きながら風呂に入り寝る。ああ、えらいことになった。
3 労災病院で検査
熊本労災病院整形外科外来  朝目覚めてみるとやっぱり右足首が痛い。やはり現実だったのか。いったん出社し、営業のクルマに乗せられて熊本労災病院へ。受付で紹介状を見せて、整形外科外来へ。案の定待ち時間の嵐でひたすらアナウンスを待つ。医療を受けるのも大変だ。クリエを持ってきてて良かった。最近溜め込んでいたメルマガなどを一気に読んでしまう。昼前になってようやく診察室に呼ばれ。レントゲン写真を見ながら「まあ手術するかどうか・・・3ヶ月くらいの固定でも何とかならないこともないかな・・・どうします?」と言われてもね・・全然判断つかない。昨日撮った写真は少し違う角度からのものだったようで、最後にそれを見ながら「うーん、やっぱ手術したほうが良いですね。後で予定日を連絡しますのでまた待合室で待っていてください」と比較的若い先生。結局2時前まで待って、来週金曜日しかオペ室が空かない、ということになった。その後受付けなどで手続きなど。清算すると保険適用とはいえ二日で諭吉が2人逃げていった。まあ自らのミスとはいえ。
 タクシーで会社に戻り、コンビニ弁当を食べながら明日の会議資料を作る。そのうちメーカーさんの営業がひょっこりやってきて「どうしたんですか」。一段落して取引先数軒にメールで事情説明。持ち帰ったレントゲンフィルムをパソコンの液晶画面にかざしてデジカメに撮って送ったり。夜には妻子もやってきてまた一から事情説明。
4 会議〜無為に過ごす
 朝から足を引きずりながら会議。さすがに長時間は持たない。足を心臓より上に上げていないとジンジン痛むのだ。昼前には終了し、実家へ。今日明日、両親は出かけていて誰もいない家に僕ら3人家族で過ごす事になった。妻は「なんかブレーメンの音楽隊みたいでワクワクしない?」と張り切っている。僕はといえば父のリクライニングチェアに座ってリモコンとパソコンを握って無為に過ごすのみである。ああしばらくこんな退屈な日々が続きそうだ・・・
5 実家に篭る日曜日
地球外知性体をまじめに語る。面白い。 実は1996年から系外惑星学はパラダイムシフトしたという興味深い事実をはじめて知った。  10時ごろ起きて昨日と同じようにテレビとネットで過ごす。結局ずっとこのリビングで過ごしてしまった。余りヒマなので「copen洗ってくるわ」と言ったら妻から「何考えてんの!」と怒られてしまったので結局一度も外出せずじまい。まあそれにしてもテレビって本当につまんない!ネットも飽きた!先月、アマゾンで買って読んでいなかったNHKスペシャルの書籍版「宇宙」と「異形の惑星―系外惑星形成理論から」をあわせ読む。やっぱ活字だわ。特に後者は僕と大して年齢に違わない若い学者が書いた本で、ついこないだとも言える1996年の大発見以来、太陽系外惑星が次々と発見されて科学者が大いに興奮したという、同時代に生きていながら知らない事実が記述してあり楽しめた。日頃、経済や商売という新鮮味のない世界に身を没していると、知らぬ間に科学はSFの領域に進んでいたんだ、となんともいえない気分になった。受け身で暮らしていると流されていってしまう。本当に僕はなんでもかんでも受け身で暮らしてきたんだ、少しばかり気付かされた書物。
6 なんとか仕事再開
吉本隆明の著作をマトモに読むのは実は初めて。  なんか怪我とかしてると良く眠れるらしい。一度も目が覚めずに10時まで寝てしまっていた。重役出勤して、メーカーさんへの手形振り出しとか。昼に実家に戻ってまた1時間くらい昼寝してしまった。これって体が疲れているというよりただ土日の怠け癖がついてるだけでは?とも思うのだが、しかし実際よく眠れる。夕方会社に戻ると、親しい先生が緊急入院したとの連絡。心配である。その他セミナー案内の制作などを少々。夜、寝る前に実家の本棚にあった吉本隆明著「超20世紀論-上」を読む。妹の旦那、つまり義弟が買い溜めた本棚の中から勝手に抜き出したのだ。立ち読み以外で彼の本を読むのは初めてである。まあ悪く言えば老人のヨタ話なんだけど、さすがにバックボーンが広くてなるほどね、と楽しく読めた。ちょっと前の本なんだけど、それから数年経ってもけっこう言い当ててたり。こういうオヤジと酒を飲むと朝まで話を聞かされて最後は大喧嘩したりする楽しい酒になるんだろうなあ。僕らの回りにはそういうオトナはあまりいなかった。唯一それに近い存在の人が入院したときいて心配しているのだ。
7 久々に運転
 今日も良く眠れて10時に目がさめる。午後から整形外科にシップを貰いに行こうと久々にcopenのエンジンに火をともす。ちょっと怖いけどまあ何とか運転できるようだ。湿布を貰って会社に戻る途中、入院先で読む本を物色。。20時過ぎまでたくさんメールを書いたり。車を運転できた、という実績をもとに勢いづいて高速で自宅に帰る。ほぼ1週間ぶりだ。さすがに足がこわばった。久しぶりに会った息子が「遊ぼうよ」というのでドングリごまを作ったりして12時近くまでキャアキャア言って楽しんだ。遅い時間だけど、またしばらく遊べないからまあいいか。
8 営業してみる
 久々にスーツ着込んで(足下だけはサンダルだけど)外回りしてみる。といっても2軒だけだけど。けっこう時間がかかり、会社についたのは15時過ぎとなった。週末のセミナー器材の準備などに追われ、帰ってきた社員にしばらくの留守を告げ、支障の無いよう仕事の段取りをして、最後に入院の準備をして今日も自宅へ戻る。さすがに運転も慣れてきて、今日は派手にオープンで深夜の高速を疾走。家では妻と入院に持っていく最終チェックなど。なんか足の痛みも引いてきたし、本当に手術必要なのかなあ、なんて思いつつ眠る。
9 いよいよ今日から入院である
吉本隆明つい下巻も読んじゃう。  妻の運転するクルマで高速を飛ばして熊本労災病院へ。お前はいつも時間にルーズなんだと妻と朝っぱらから口喧嘩。会社によって入院するつもりが病院へ直行。地方の大病院は1分でも早く行かないとどんなに予約していても行列大渋滞なのである。主治医の説明、麻酔科の説明を終えてようやく部屋へ案内。今回は入院中も仕事しないと・・・と思って個室を希望したのだがあいにく満杯で2人部屋(1日2000円の差額)となった。まあ2泊3日くらいの予定だからそんなに贅沢でもなかろうと。部屋に入る頃妻も会社から戻ってきて合流、一生懸命部屋の準備をしてくれた。これが病室での移動オフィス(アジト)だ!母もやってきたが、僕はといえば他にやることもないので吉本隆明「超20世紀論」の下巻読んだり。 シャワーを浴びてぼーっとしていたら話を聞きつけた同業者がお見舞いに来てくれた。隣りの患者は農作業中に事故を起こしたらしく、次から次に八代弁が飛び交っている。何度も事故の様子を聞くうちにすっかり詳しくなってしまった。 それにしてもどうして八代の人はここまで大声で話すんだろう(笑)。夜は眠れないのでパソコン起動して溜まっていた日記を一挙にアップ。HDDにコピーしていたKing Crimsonの新譜をヘッドフォンで聞きながら1か月分を一挙にアップ。病室でキンクリという非常にマニアな状況に涎が出そうである・・・携帯の使用はは禁止なのだがPHSの電波は飛んでいるので何かと便利。
10 ついにオペ日
 オペは午後に、ということだけが決まっており、実際は成り行きで決まるらしい。どう考えても他の入院患者に較べて僕の怪我が圧倒的に軽い気がしているので、術者としては重篤なオペの合い間の生き抜きなのだろうか、僕は(笑)。朝7時に最後の水分摂取を追えて後は絶食である。しかし点滴を受けているせいだろう、空腹感などはまったくない。吉本隆明を読み終えたので先日本屋で買った「ロッキンオン」を読み始める。70年代のボウイやルーリード、イギーポップなどのインタビュー特集。いざ入院してみると頼りになるのはテレビでもラジオでもネットでもなく、やっぱり活字なのであった。
最後の家族。示唆に富む物語だった。  同室の患者が他の部屋に移動したので、必然的に窓側にベッドを移動。それにしてもどういうことかここ数日強烈に暑いのだ。点滴とかのせいだろうと思っていたら、皆がみな暑いという。窓際は日が照っているのでなおさら暑いことに気がついた。まあ暗いベッドよりかは健康的でよいだろうけど。本は村上龍の「最後の家族」に移る。確か去年あたりにテレビドラマ化されていたと思うが観ていない。読み進むうちに、ああ面白いなと思う。村上龍の「いかにも取材してきました」みたいなエピソード満載なんだけど、でも彼の主張したいことが良く伝わった。日頃JMMなんて読んでるからかもしれないけれど、この作品を拡大解釈したら、日本のことを書いているのかもしれない。と思った。他国との依存関係を止めて、自立した時にはじめて関係を作ることができるし、回りを救うことができるのだ、と。隣の家のDVについて引きこもりの主人公がどうにかして助けて上げようともがく場面と、今の朝鮮半島問題と日本との関係に示唆があるのかもしれない(作者が意識したかどうかはともかく)。最近のネットでの半島たたきブームも合わせて考えると興味深い作品だった。
病棟の様子。  今ごろ鈴鹿ではF1の予選だなあ、なんて考えながら手術室への呼び出しを待っていると、ようやく看護師さんが「処置室へ来て下さい」と。処置室では肩に注射を打たれまどろむ。あと30分ほどで手術開始だという。「お花が届いてます、かもなべさんからです」と遠くで花屋さんの声が聞こえる。おお、ベストタイミングだなあ、と思っていたら、ストレッチャーごところころと運ばれ、手術室へ。このあたりから徐々に記憶が怪しい。枕もとで「taka君?」と女性の声がする。「え?」と凝視してみると、高校時代のクラブの同級生がマスクを掛けて白衣に包まれてこちらを見ている。「幻覚?」と聞き返したが、事実であった。聞けば5年前からここで働いているという。驚いていると今度は右手から「私覚えてる?」とまたも女性の声が。「幻覚か?」と冗談で聞いたら今度は中学校時代の同級生らしい。こちらはもひとつ思い出せない。なんかエラいことになってるな・・・と思いつつ、脊椎に麻酔を打たれて下半身の感覚が失せていく。「音楽何が良いですか?」と聞かれたので「あー、ロックかブルースでも」と答えたら本当にヘビーなブルースが全開で掛かりだした。いやーこれはなんともトリップして気持よか〜てなもんですっと意識が失せる。
 次に気がついたのはクラプトンの声が響いている時だった。手術中というのはすぐわかった。グラインダーのような音がしている。おいおい、切断とかしてねえよな、と目をパチパチしていると「退屈でしょう」と看護師さん。「もうすぐ終わりですからね」と言われ、安心してまた意識が遠のく。次に目が覚めたのはSweet Home Chicagoの時だった。退屈なので右手でリズムを刻んでいたらどうやら終ったようだ。 看護師がデータを読み上げる。時間を確認しているのを聞いたらどうやら2時間近く手術室にいたようだ。気休めのオペなんかじゃない、とっても大変な仕事を彼ら彼女らはしていたのだった。あらためて医療という仕事の尊さ、凄さを感じ入る。最後に主治医より簡単に説明を受ける。3本ある靭帯のうち、1本が剥離骨折、もう1本が切れていたらしい。「骨片のボルト固定はバッチリOKでしたよ、切れていた靭帯も縫合しておきましたからね、バッチリ着きましたよ、でも入院はあと10日間ですよ」と宣告。あら〜ってことは20日くらいまでここで過ごすわけか。そう思いながらストレッチャーで病室まで運ばれる。同級生と昔話をしながらじゃあまた同窓会でも、ということで別れる。
手術終了後の筆者。冷徹に妻はデジカメを繰り出す。  病室に戻ってくると妻と母が心配していた。なんせ酸素マスクつけて右足には包帯がぐるぐる巻きなのである。さっきまで普通に歩いていたのに。なんかまるで怪我人みたいだ。実際そうだけど。下半身にはまったく感覚が無い。テレビを見る気にもなれず、クリエでメルマガを読んだりして過ごす。眠くはならない。20時頃母も妻も帰り、後は一人で過ごすわけだが、自由が利かなくて不便だ。しかも麻酔後はしばらく頭を挙げてはいけないと言われているのでますます不自由。だんだんと下半の感覚が戻ってくる。まずは手術とは関係のない左足から。脊椎麻酔でも左右の効きのコントロールができるんだなあ感心。だんだん腰が痛くなってくる。ずっと同じ姿勢で寝ているからな。足よりも腰のほうが痛い。そういうと看護師さんが横向きの姿勢に向けてくれた。楽になったみたいで30分ほど眠る。目が覚めると右足も徐々に感覚が戻ってきている。足の指は動くようになった。痛みはまだない。頭を上げないようにして仰向けに戻してもう一度寝ようとするがなかなか眠れない。今日の同室者は昼間ロボットにぶつかって骨盤を折るという大怪我をした人のようでずっとうなされている。こっちも眠れないなあ、と思っていたら不意に右足に鈍痛が感じられる。おお、ついに来たか、と余裕かましていたのだが、23時過ぎから本格的に痛みが酷くなってきた・・・  
11 鈍痛・激痛
病室の窓から見える風景。  日付が変わった頃からいよいよ痛みで眠れなくなる。ついにナースコールして座薬をお願い。ちくしょう、寝ちまえ、と思うのだが麻酔で昼寝したせいか、見事に頭は覚醒状態。クリエももう読むところがなくなる。さすがにパソコンを開く気力はないし、だいたい頭を上げられないのだから・・・テレビでも見るか、とチャンネルをまわしていると異様なロシア語の映画が。「レニングラードボーイズ ゴー アメリカ」とかいう映画。つい最後まで観てしまう。途中いろいろチャンネル変えながら観たのでいまいち良くわからんかった。さすがに3時を回る頃に睡魔がやってきてくれ、4時まで1時間ほど寝る。目がさめるとさっきより威力を増した術後の痛み。以前、得意先で臼歯部の歯肉を切って骨の形態修正をしてもらったことがあるのだが、その夜の痛みと近い、つまり「骨の痛み」という鈍痛である。ズーンという感じで中レベルの痛みが脳味噌に否応なしに侵入してくる感覚。2度目の座薬を発注したのは既に空が明るみ始めた頃だった。
 薬の効き目もあったのか、もう一度寝てしまい、朝8時ごろ目がさめる。36時間ぶりくらいに食事。テレビを見たり、本を読んだりして過ごしていると母がやってきた。しかし急に眠くなりしばらく眠る。昼前に高校時代の弓道部の顧問の先生が見舞いにやってきてくれた。彼は半年前に同じく職場でこけて膝を複雑骨折したのだった。8月にお見舞いに行った僕が今は立場が逆転。大笑いでお土産の雑誌類を持ってきてくれた。同じ頃妻と息子がやってくる。痛みは相変わらずだが昼食はがぶがぶ食べる。見舞い客が帰った頃、退屈しのぎにパソコンを取り出して、NOTES DBの開発の続き。昨夜クリエで読んでいたMLの中に面白いヒントがあってさっそくフリーウエアを幾つかダウンロードして開発してみたのだ。サーバーが無いのでテストランできないけど多分OKだろう。やっと仕事らしい仕事ができた。
村上龍の作品は最近一時のスランプを脱したか。  15時頃、看護師さんに車椅子の操縦法を教わる。生まれて初めてだ。思いのほかの機動力に調子に乗って妻と1階まで降りて外の空気を吸いに。ところがやはり術後すぐに患部を心臓より下に持ってくると、血流が増えるのかずきずき痛み出して、早々に部屋に退避。しばらく寝込むほど痛みが出てしまった。しかし娑婆の空気はうまかった。これが病院食。しょっぱい味付け。老人が多いからかな。生活習慣病になりそうです。大人しく過ごすことにし、昨日に続いて村上龍の「Mask Club」を読んでみる。おお、こりゃおもしろいじゃない、とすぐに没入。大好きなかの安部公房的設定。映画「ブレインストーム」と被る記憶分子という感覚が面白かった。またもSMネタで、僕はまったく経験ないのだけど、体の傷でもこれだけ痛いのだから、心の傷はさぞかし、と妙な納得。それにしても死者が虫になって、それが主人公という設定はとても魅力的だと思った。いままで幽霊ってなんとなく人間と同じくらいの大きさってイメージがあって、「死人がみんな幽霊になってたりしたら地球の大気はすべて幽霊だらけだよ」なんて幽霊の否定の仕方をしてたけど、この本みたいにウイルス以下の大きさだったら「あるかもねー」とか考えてしまう。病室で読む本ではないな(笑
 妻が帰ったあと夕食が出され、納豆。食後、日記の続きを書き始め、21時前には眠くなって寝る。今度は熟睡だ。
12 鈴鹿ではF1GPなのに
火星のお話。面白い。  さすがに早寝すると早起きは無料でついてくる。6時には目が覚め、Mask Clubを読了。オチがよかった。8時に朝食。その後、NHK出版の「宇宙2」を読み始める。先月アマゾンで「宇宙1」を読んで面白かったので、入院前にアマゾンで4巻までを発注しておいたのだ。2巻は火星への到達とテラフォーミングの紹介。中学1年の頃だから1977年くらいのことだと思うけど、「1万年後」という新書(上下巻)に異様に凝っていた時期があった。人類滅亡が流行だった後の反動か、割と楽観的な本で、僕はその本で相対性理論の面白い現象とかテラフォーミングだとか、いろんなSF的な言葉を読み漁っていっぱしの「未来通」みたいに気取っていたのだった(今思えばヤナガキ?)。いよいよ21世紀になって天下のNASAがテラフォーミングを真剣に研究している、だなんてドキュメンタリーを読むとそれだけで嬉しくなってしまう。
右足の手術後の包帯と息子。  車椅子に乗ってトイレに行こうともがいていたら母が息子を連れてやってきた。さっそく息子に押して貰ってトイレと洗面を済ます。こういう時に献身的に世話をしたがるのはDNAなのかなあ。割と僕もそういうのをやりたがる。日頃は何にもしてあげないところも似ているけど。昼前にかもなべ夫妻がお見舞いにやってきてくれる。今回はお花を届けてもらったり、何かと気を遣ってくれている。僕が好きそうな雑誌と妻が暇つぶしできる女性雑誌を買ってきてくれた。息子はかもなべの子供たちが大好きだ。一緒に帰ってこれから子供たちと遊ばないかと言われて大喜び。そのままついていった。
 昼食はまたもお魚。土地柄か多いです。食後はパソコンを取り出して、デジカメ写真の整理など。妻が自宅からの昨日の鈴鹿F1予選を録画したテープと、会社からVHSデッキを持ってきてくれたのでさっそく病室のテレビに接続してヘッドフォンでF1を見始める。おお、雨で大荒れだなあ、ああ行きたかったなあ。考えてみたら最後に鈴鹿に行ったのは1996年だ。もう7年も経ってしまった。京都のF1フリークの友人にメールしたらやっぱり今年も観戦しているそうだ。来年こそは・・・
 妻が帰った後は夕食を食べて、かもなべが持ってきてくれたSAPIOを読んだり、「宇宙3」を読み始めたり。外ではついに雨が降り出した。ずっと蒸し暑い日が続いている。あとはパソコン開いてHDDに入れてたAIKOを聞きながらこの日記を書いたり。同室の人は早くも別室へ移っていったので今日は個室状態である。ふふふ、F1観ちゃおうかな〜。22時からだけど。
 というわけで結局F1を地上波で最後まで観てしまった。最近のレースの中ではこれだけ見せ場が連続したグランプリはなかったのではないか。それくらい面白いレースだった。最終戦の最終ラップまでチャンピオンがわからない。佐藤琢磨の活躍、ホンダ・トヨタ・ブリジストンそれぞれの母国での活躍。こりゃ現場にいたらめっちゃ盛り上ったろうな、とうらやましく思った。気が付けば1時を過ぎている、さすがに寝なくては。
13 連休なんだなあ
恒星と系外惑星のお話。だんだん難しくなってくる。  世の中は。しかし僕の妙な日常は今日も体温測定、血圧検査から始まる。人間の体は良くしたもので一日一日と痛みが軽くなっていっている。医師も看護師もそれを把握していて、見事なまでにコントロールしていく。医療といえば死と対面したり、高額医療費の問題やら医療ミス、古い体質の問題など悪い面ばかりが取り上げられている嫌いがあるが、考えてみれば僕らが「科学」と向き合い、そのご利益と限界と、それの自分自身との関係性について考えさせられる大きな機会であると感じた。それに大事なことなんだけど・・・自分の体に発生した不具合、それは今回の怪我であっても、悪性の腫瘍であっても、虫歯であっても同じなんだけど、いずれにしろそうした不具合にいろんなプロフェッショナルの人たちが一生懸命携わってくれた、ということの持つ意味はもっと大きなものではないか、と感じた。僕の体が僕のものだけではなくなって行くというか・・・端的に言えばそれは「死ねないよね」みたいな感覚をもたらしてくれる。交通事故でも自殺でも戦争でも何にしても、僕は死ぬべきではない。少なくとも下らない理由では。少なくとも当面は。家族のために、とか、僕に良くしてくれた人のために、とか言うだけのことではなくても、もっと純粋な意味でそう感じることができるのだから、あの時階段からこけたのもまあ、何らかの意味があるってことだと、強引に納得しているのかな。
ニューズウイーク。頼んでもないのにここでもまた宇宙ネタ。  初めて自分で朝食を取りに行く。ベッドで寝ているよりも車椅子で動いていたほうが楽だし。朝食後は歯を磨いて、また本を読み出す。かもなべが昨日もって来てくれたNews Week日本版、SAPIOを読む。両方とも飛行機か新幹線の中でしか読んだことないけど、面白かった。 ゴー宣なんて数年ぶりに見た。言っていることは基本的に悪くはないけど、読んでるだけで頭悪くなった気になる不思議な漫画(笑 同じく文芸春秋も買って来てくれたのでパラパラと。父親がいつもトイレの中で読んでいる本だ、という意識しかないけれど、こうやってあらためてめくってみると、レイアウトや装丁が数十年変わっていなくて懐かしい気がする。小学生の頃暇つぶしに親の本を読んでいたものだ。わけもわからず。なんだかいつもメルマガで取っているいろんなコラムを有名人が書いている本なのだなあ、とヘンな理解の仕方をしてしまった。  昼前に妻が息子とやってくる。息子が至れり尽せりとベッド回りを改造するのは良いのだが、柵をいじっている時にガツンと僕の右足に当てて「ひぃっ」と悲鳴。その時に「ゴメンナサイ」とすぐに謝らなかった事で叱ったら泣き出してしまった。彼としては「とうちゃんのためにやったことなのに怒られた」ってことなんだろう。悪いことしたな、と思いつつも、「良かれと思ってやったことなら何でも許されるわけではないのだ」ということを伝えなければ、と思った。父ブッシュもそういうことで悩んだことがあるのかな(笑
 昼過ぎ、社員がやってきてお見舞い。仕事の連絡などをすます。その後妻は18時前までいてくれていろいろと身の回りの世話をしてくれた。一緒にビデオで「温泉へ行こう4」を見たりする。なぜかパート2くらいから全部見せられているのだ(笑)。本当は昨日のF1鈴鹿GPのビデオを見たかったのだが、案の定うまく撮れていなかったので・・・
 夜はなかなか寝付けず、あちこちメール書いたりして、零時くらいにようやく眠くなる。既に入院何日目かわかんなくなってきている。
14
売店はコンビニみたい。実は2数年前、妹が長期入院してて僕もこの病院には馴染み深い。建物も人もすっかり変わってるけど。以前は有名人だったのだけど。  ええと、今日で入院6日目だ。世間も連休明けで仕事日となる。8時にいつも通り朝食を取った後、売店まで車椅子で降りて、テレホンカード500円分購入。なんか久しぶりにお金を使ったような。4階の食堂にある公衆電話で朝からたくさん入っている携帯の着信履歴に次々電話する。あっというまに500円使い果たしてしまった。部屋に戻ると母が来ていた。財布からテレカを貰ってさらに電話へ。こういう時しか使わないものだし。その後メールなどを書いていたら昼食。昼過ぎメーカーさんの所長がお見舞いに。なんだか事の顛末を説明するのにもパターンができてきたような。暇だから説明用のパワーポイントでも組み上げて、ついでに会社から液晶プロジェクター持ってきて、部屋の白い壁に投射して自動説明するというのはどうだろう。そこまでやるとパラノイヤ扱いで診療科目を移動されるかもしれんが。
労災病院の玄関  夕方、デジカメを持って車椅子で探検へ。病院の裏口から外へ出てみて、道路を少しだけ転がして、正門から入ってみる。昨日まで蒸し暑かったのにかなり肌寒くなっている。キンモクセイの香りがそこらじゅうに漂っている。考えたらもう10月だものな。車椅子で正門の自動ドアをくぐる時に中から薬品会社の営業らしき男が出てきた。彼は僕の姿を認識すると凝視するでもなく、しかしちらりと同情とも憐憫ともいえない表情を送った。いや、送った気がした。別に不快というものではなかった。だが確かに彼と僕との間に区別らしきものがあることを諭された気になってしまった。日頃は僕も彼とまったく同じ立場で、同じ目をしているのだろう。こういうことは立場を変えてみないと絶対にわからないことだと思った。それでも僕は確実に10日後には壁の向こうに帰っているんだけど・・・帰らない人だっている。
筆者の車椅子姿。サマになってきた? 夜になってずっと空いてた隣のベッドに小学生の男の子がやってきた。一日だけの検査入院という。先生との会話を聞いていたらどうやらSAS睡眠時無呼吸症候群の検査だという。僕もちょっとその気があるみたいだし(いびきかき)、仕事としても関連しているのでいちど調べたことがあったので興味深く聞いていた。しかし問診の内容を聞いているだけではそんなに症状もないみたい。なんで入院まで?と不思議に思っていたら、どうやら担任の先生に「授業中居眠りしているので病気では」とお母さんが言われたそうなのだ。ひどい話だ。きっと素人が生半可な新聞知識で大して考えもなく発言したのだろう。しかし親としては驚くだろうし、医者も受診されたら検査せざるをえない。病名の数だけ病気が増えるというのもわかる気がする。誰も悪気はない。しかし本人は妙な自覚を持ち、母は自信を失い、国は医療費を失う。最初に学校の先生がしっかりとした判断をしていれば、すべては起こらなかったのではないかと思った。しかしこれも間違いなくGDPには貢献しているわけだ。情報のあるところ、消費は巻き起こる。あーやだやだ。
 SASの検査は一晩中検査機器を取り付けて、睡眠の模様をビデオで撮影する。僕も釣られて早寝。ひょっとしてビデオに録音されているのはすべて僕のいびき・・・
15 松葉杖探検
 入院7日目である。早寝したおかげで5時には目が覚める。テレビ見たり、本を読んだり。NHKの宇宙シリーズもいよいよラストの4巻まで読み進んだ。この巻になると時間軸が100億年とかになってて、読んでて何度か眩暈に似た感覚を呼び起こす。小学生の頃、天文図鑑を読んで、ベテルギウスの大きさを図示したページを見たときと同じ感覚だ。8時になって朝食。昼前に母がやってきてベッド回りを片付けていく。お世話になっている歯科医院に以前務めていた衛生士さんが見舞いにやってきてくれる。この日記を読んできたらしい。しかしここを読んでいてくれる人との会話はどうしてよいものやら・・・と困ったりする。だって話す内容がすべてネタバレなんだもん。娘さんが八代の病院に勤めてるらしい。親子で医療関係者なんて良い話だ。この場でお礼です「ありがとうございます」。
リハビリテーション室。病院なんだけど気分は体育会系。 鰻丼の昼食を食べた後、6日ぶりのシャワーである。ちょうど妻もやってきてくれて手伝ってくれた。事前に看護師さんに右足首にビニールを撒いて、ベルトできつく縛って貰う。こうして患部を濡らさないようにしてシャワーである。人間、環境にはうまく適応するようで、毎日風呂に入っている時には1日でも入らないと気持悪いが、それが数日続くとどうでも良くなってくるし、3日おきに入っていたら多分4日目に気持悪くなるようだ。学生時代は2日に一度しか入ってなかったし(笑)
宇宙消失。小松左京のパクリかと思ったけど違うみたい。 久しぶりのシャワーはとても快適。やっぱりスッキリした。気分よくなったところで妻に1万円持たせて受付へ。ここで松葉杖が貸与されるのだ。1万円は保証金。返却すれば全額戻ってくる。次に車椅子を転がしてリハビリテーション科へ。明るく広い体育館のようなスペースでたくさんの人が働いている。これも大変な仕事だと思う。僕も手摺のあるところで3分間だけ松葉杖の使い方を習う。けっこう手のひらが痛くなる。松葉杖を車椅子の下にセットして部屋へ戻る。するとちょうど輸入商社の所長が営業の方と2人でお見舞いに来てくれた。びっくりして福岡から走ってきたという。そんな大怪我でもないのに恐縮です。僕の入院している間に歯科企業が2つほど自己破産したらしい。実はメールで知ってたけど。 彼らが帰った後、妻も家に戻る。暇になったのであちこちメールを書いて、また読書。NHK宇宙を最後まで読んでしまう。次に手にとったのはこれまた宇宙モノでSFの「宇宙消失」という本。かもなべが見舞いに買ってきてくれたのだ。グレッグ・イーガンという人が書いた詳説だけどどえりゃあ難しい。でもたまたま量子力学がどうの、といいう本を直前に読んでいたのでなんとなくわかった気に。22時ごろまで読み耽る。となりには農作業中に手を怪我したオトウサンが入院。今日が手術だったというのに入れ替わり立ち変わり見舞い客が来て寝かせないというのなんとも可哀想だった。
16 一日は短い
 なんだか一日の流れがとても速く感じる。朝早く起きてこの日記を書いたりしているうちに朝食。今日から食事は松葉杖で食堂まで歩いていって食べることにする。窓からは建設中の新八代駅が望める。新幹線だ。高い視点は面白い。何にもしてないのに「目上の人」みたいな気分になれる。馬鹿と煙が高いところが好きだというのはこういうことか。確かにベンチャービジネスの成功者のイメージといえば、いつか都心の高層ビルの最上階に社長室、って感じだもんな。人の上に立つ、とか。ふと気がつけばそういう欲求って全然ないんですが、私。
 部屋に戻り「宇宙消失」を最後まで読む。最後までサッパリわからんかった。あっという間に昼食。来年のセミナーの募集用チラシを制作する。Beatlesのアンソロジーを聞きながら作ってたらとてもサイケな色彩に・・・こりゃ配れんなあ。
妻の携帯で撮影。顔出し不可、って感じでしょ(笑)  食事前に妻と息子が二日ぶりにやってきた。今日は息子に食事を持ってこさせたり、ベッドのリクライニングを変えさせたり指示するととても喜んでやっている。元来人の世話が好きなのだろう。気がつけば車椅子に乗ってニヤニヤしている。聞けば「生まれてはじめて乗った。これはすごい。」だそうだ。放っておけば病院中を暴走しそうなので、僕が乗って、彼に押してもらい、一階の売店へ行くことに。ペットボトルを2本買って病室へ戻る。息子が書いていたマンガが完成したというので見せてもらう。まああれだけ朝から晩まで同じマンガを何回も熟読しているんだから・・・とはいえオヤバカながらけっこうな出来である。友達3人でテーマを決めて競作したらしい。そのうちWEBサイトとか作りそうだな。
 帰る二人を見送り、部屋で会社のサイトの更新を続ける。幾つかのセミナーのレポートをまとめて書いてPHSでアップしておいた。夜は早い時間に眠くなる。一日は本当にあっという間だ。
17 抜糸しました
 先週の今日、手術したのだった。あっという間に一週間だ。この感じだったら入院1年とかも意外に早く過ぎるかもしれない。人間は環境に見事に適応する。なんだか引き篭もりの気持がわかったような気がしてきた。ほぼ個室状態だから、一日ほとんど喋らずに過ごすことが可能だ。社会との接点はギリギリの線でネットとテレビで繋がっている。だから孤独に陥ることはない。これでネットが繋ぎ放題で、クレジットカード口座にそれなりの残高があれば、3年くらいはこの生活をしたまま仕事できてしまったりするのでは、と錯覚しかける。でも錯覚なんだけど。引き篭もりと呼ばれる人たちからネットを取り上げたら自然と社会復帰するんじゃないかな。それくらいネットはある意味強力。
 昼食後、ガーゼ交換の際に医師に抜糸してもらう。ハサミでパチパチ切るだけだけど。午後は藤井総裁解任問題のテレビを見ながら来年の総義歯研修会の企画書と案内チラシを制作し始める。2年ぶりなのでいろいろ資料をパソコンから引っ張り出して思い出しながらやっていたらすぐに時間が経って夕食に。食べていたら知り合いの会社の社長が見舞いに来てくれたので食堂で1時間ばかり話しこむ。
 担当の先生がやってきて、「来週月曜日に退院予定だったけど、出張がなくなったのなら金曜日まで延ばせないか」と言ってきた。考えたら退院後も毎日通院が必要なわけだし、そうなると待合時間だけでもまた1時間だ。通うにしても右足が固定されてたら車を運転するわけにもいかない。3秒悩んだ後、しばらく入院継続ということに同意した。もともと東京出張の予定だったから特に予定も入れていなかったし。その代り、毎日外出許可を得て病室から出社しても良い、という許可を取り付けた。そのほうが効率が良いだろう。
 その後パソコンで気晴らしにダウンロードした「四川省」に嵌りこむ。BSで小津安次郎の「秋刀魚の味」をやっていたので見入ってしまった。戦争〜敗戦〜高度成長時代というのは今の日本の原体験なのだと思う。それに較べて今は時代の流れがゆっくりとして、大きな発展も衰退もなく、少なくとも身の回りだけは急激な変化のない時代が続いている。最後に大きな変化があったのは80年終わりのバブルの頃だろう。それ以来、ずっとゆっくりとした崩壊感の中で希望の少ない時間だけが流れている気がする。たぶんそれは日本以外の国にとってもそういうことで、しかもここ数百年間ずっとそうだという国があるくらいだろう。僕らが問題なのは、国のほとんどの世代の記憶の中に激動の昭和の記憶が生き続けていることなんだと思う。引きずっていると思うのだ。早く新しい時代の周波数に適応しないと、病気になってしまう。僕も含めて。
 「異形の惑星―系外惑星形成理論から」を久々に取り出して、最後まで読んでしまう。「日本人初の系外惑星発見も遠いことではないだろう」なんて書いてあって、そうなんだろうな、と思い、書を閉じ、寝る前にニュースを見ようとNHKテレビをつけてみる。そしたら「日本で初めて太陽系外の惑星を発見することに成功しました」とニュース。まさしくシンクロニシティやなあ、と驚きつつなんとも不思議な感覚で眠りにつく。
18 やつしろ花火師大会
 昼前にうとうとしていたら9月に入社したばかりの二人組が見舞いにきてくれて、ああそうか今日は土曜日なのか、と気づいた。言葉少ない二人に「この時期に入社した以上、怪我には十分気をつけろよ」と力説してあげる。考えてみれば、今年1月に営業社員が買ったばかりの新車で単独事故、廃車にして依頼、ほぼ全社員が、その家族も含めて怪我か病気で入院とか通院とかしているのである。社長だけは安全だね、へっへーとか笑っていたらこのザマなのである。こういう会社とは知らずに入社した彼らが不幸ではあるが、ここは失業率6%に免じて諦めていただきたいと。こんな話を聞いたらあちこちから生命保険のオバチャンが殺到しそうだな。
 彼らが帰った後暇になったので、ネットでPalm用の有料コンテンツをダウンロードしてみる。吉村蔓壱の「ハリガネムシ」というのを見つけて購入。780円。本屋に行けない入院生活には助かるなあ。もう少し安いと良いのだけど。さっそくClieに移して、寝転がって読み始める。おー、なかなか面白いじゃねぇかよー、と一気読み。読み終わった頃に妻がやってきて身の回りの整理をしてくれる。これから一旦会社に戻って息子を連れてもう一度やってくるというので本屋に寄ってきてくれ、と幾つかリクエスト。
病室から見る花火。  6時前にギリギリで家族3人が病室に揃う。今日は花火大会なのだ。南向きのこの部屋からは花火がバッチリ見えそうだ、というので、今日はこの部屋でちょっとしたパーティ。妻はお菓子を買い込み、息子に弁当を作り、僕はここの夕食で窓の方向を見つめていたら、ポーンと花火が上がった。毎年開催される秋の花火大会は、全国の花火師のコンテストだ。だから趣向を凝らした花火が特に盛り上るわけでもなくぽんぽんと上がりつづける。部屋の電気を消して、写真を撮ったりラジオの実況を聞いたりしながら楽しんでいたら廊下を通る看護師さんらが「おお」てな感じで覗き込んでいく。同室のおじちゃんはもっぱらテレビの日本シリーズ初戦に見入っているようだ。
 花火大会終了と同時に妻子も帰っていき、病室には静寂が戻る。暗くなった部屋で妻が買ってきてくれた雑誌などを読みながら夜は更けていく。
19 日曜日はやはり日曜日
清水義範 青二才の日々  入院中だからといって、毎日が日曜日というわけではないのだな、と思う。ということで今日は朝食後もパソコンを開いたりせずにテレビ見たり読書したり。いつも見ているサンデープロジェクトなども選挙一色でなんか面白くないのでもっぱら読書。昨日妻が買ってきた清水義範の「青二才の頃」を読み始める。65年生まれの僕のちょうど物心ついた頃である1970年代のエッセイ。ほんわか面白く読んだ。面白かったのは、「石油ショックでインフレになって庶民の生活は大変だった、とよく紹介されているが、実際には給料がそれ以上に上がっていたりしてたので、それほど苦しい時代ではなかった」というところか。90年代以降、デフレが大変だ、と新聞にかかれている割には、実感としてはそれほどでもないってのと似ているのだろう。激動の時代、なんて歴史には記されても、その時代に生きている人間にとってはそれが日常だからね。ホント言うとなんてことない。
 今日は誰も見舞いに来る予定が無い。お昼過ぎからはやっぱりパソコン立ち上げてWEBの制作をちらっと。夕方昼寝したせいか、夜目が覚めてしまい、テレビで「TRICK」を見て、Clieでゲームしたりして、1時過ぎにようやく眠れた。
20 久しぶりの出社
 食事をしてベッドでテレビを見ていたら妻が来た。そうか、今日はここから出社するのだった。10時過ぎに久しぶりにウイングロードの後部座席に乗り込み、娑婆の空気を吸う。なんか組長の仮釈放みたいな気分になってきたぞ。世の中はすっかり秋風が吹いていた。病室では気温の感覚が無いのだ。「おう、てめえら、けぇったぞ」と社員に挨拶して席につく。考えてみたら出張で一週間や二週間、会社をあけることはしょっちゅうなので、彼らにとってはさほど違和感はないのかもしれん。まずは隣の実家に行き、シャワーをあ浴びてさっぱりする。病院だと気にならないが、トイレや浴室に取っ手が無いのはとても恐ろしい。最近流行りのバリアフリーだのユニバーサルデザインとかいう意味がよくわかった。築40年の自宅に帰ったらどんな目に遭うのだろう・・・早くリハビリして歩けるようにならねば。
 さっそく溜まった書類を整理しようと、とりあえずスキャナーまで椅子を転がしていってスキャン。しかしなんなのだ、この量は。厚さにして3センチくらい、ほぼすべてセールチラシ。似たようなレイアウト、似たような期間、似たような企画。うんざりしていたら、たまたまモ○タの所長がやってきた。飛んで火にいる夏の虫である。「どういうことよ、こんなに企画しちゃって。こんなにたくさんお客さんのところに持ち込んでも、絶対見てくれないだろうし、やってるこっちも混乱してどうでもよくなっちゃうよ」と伝える。しかし彼も被害者風である。「そうなんですよね」てなもんだ。そこでオイラの結論。
 「問屋が誰を向いて仕事してるかはっきりするよね、こういうの見ると。歯科医院でも歯科技工所でもないのは明らか。もちろん歯科商店でもない。では自分たち問屋か?否、さすがにこんな企画チラシを大量に作ってそれで売上が上がるという春爛漫な本部社員もおるまい。つまり、これは問屋の仕入先、すなわちメーカーさんだけを向いて企画しておるわけであるな。こんなにちゃんとお宅の製品を認知拡販するための仕事をやっておりまずそ、てなもんだ。道路公団が期末に予算消化で中央分離帯の剪定始めるのと大して変わらんな」
 もしこれを読んでいる問屋の皆さんがおられたらぜひご反論ください。ボク、けっこう自信あります。だって15年前自分がやってた仕事だから。でももう変えても良い頃だと思うよ。
580円の労災病院特製ぱりぱり焼きそば さて、1時には病室に戻って部屋で食事を。その後、妻と一緒に一階の食堂へ行き、噂のパリパリ焼きそばを妻が食べるのを見ている。これが思いのほか美味しいらしいのだ。僕は煮詰まったコーヒーを飲みながらテレビを見ている。2時からはレントゲンの撮影。部屋に戻りうとうとしていると、先ほど話題になった問屋さんの部長が枕もとに立っている。しまった悪口を書き過ぎたか、でも逝ってしまえとまでは書いとらんぞ、どうか成仏してくれ〜と念じていたら、「この度は大変でしたな」と口を聞いた。なんだお見舞いされるのは僕の方だったのか。1時間余りいろんな話を。どうもここを読んでいるらしいから、悪口はかけません。部長、頑張って下さい、あなたは数少ない良識派です(笑
 夕方、リハビリの先生がやってきて、明日からリハビリセンターに来て下さい、と。5分ばかり簡単なリハビリを行なう。噂では痛い、と聞いていたけど、僕くらいの怪我だとなんてことないみたいだ。怪我のリハビリ、というより術後に固定していた関節の動きを戻す、という意味あいらしい。まあ日頃からあんまり動かないほうだから、影響も少ないのかもしれないし。
 その後はパソコン起動し、スタディグループの配付資料の制作など。友人から送られてきた資料を開いていろいろと検討したり。なんかいつものペースの仕事人間ぽくなってきたな。
21 リハビリ開始・病院から通勤二日目
リハはまず足の温浴から。しかしこのお湯は交換してあるのだろうか?僕の足はほとんど洗ってないからむっちゃキタネエと思うし。次の人ゴメン。  早めに起きたので、朝食後パソコン開いて研修会関係の仕事を幾つか片付ける。11時前にエレベーターを降りてリハビリテーションセンターへ松葉杖で移動。どうもこの松葉杖というのは両手の腹が痛くなる。日頃使わない部位に体重の半分(もう半分は脇の下)をかけるのだから仕方が無い。休みながらどうにか辿り着いたら便意を催し、トイレに入ったら遅刻した。でたところで担当の先生とバッタリ。そのままさらに奥の部屋へ通される。何だろうと思ったら、ジャグジーのようにバブルが噴出すいくつかバスタブが置いてある割と殺風景な部屋であった。右足の包帯を解き、バスタブの上に腰掛けて両足をお湯につける。15分間そのままジャグジー風治療器に座って過ごす。誰しも考えることは同じなのか、壁のあちこちに「携帯電話の使用は禁止です」と貼ってある。でも退屈なんだよなあ。明日から文庫本かClieを持ち込もう。その後、リハビリ室に移って15分くらい簡単なマッサージと足の運動。特に痛いとかきついということもなく、初日は終了。どっちかというと病室との移動のほうが苦痛だったりして。そんなことを先生に言ったら「みなさん松葉杖にタオルを巻いたりしてますよ」と。それならさっそく帰ってチャレンジだ。
 部屋に戻り、食事後、松葉杖にタオルを巻いていたら妻が来てくれて、一緒に会社へ。今日が二日目の病院からの出社である。携帯に溜まった着信記録に次々に電話。会社では請求書を出力してチェック。3時間ばかり休みなく仕事をして、また病院まで送ってもらう。ちょうど夕食の時間に間に合い、食事をしたら、なんだか眠たくなった。隣には大勢の見舞い客が来てなにやら大騒ぎ。でもそれがかえって眠気を誘って熟睡。ふと目がさめたらちょうど消灯時間だった。今度は眠れずに困る。ぐだぐだテレビ見たり暇をつぶして1時過ぎようやく眠りにつく。ちょっと風邪気味のようだ。
22 がんばれ阪神タイガース
宮部みゆき R.P.G.  7時半にお茶の時間で目がさめる。朝食30分前に専属のおばちゃんが温かいお茶を持ってきてくれるのだ。お茶で目が覚めるってのは本当だし、食欲も出てくるものだ。やっぱ日本人なんだなあ。シーツ交換が始ったので部屋を終われて食堂で宮部みゆきの「R.P.G.」を読み始める。妻がこないだ買ってきてくれたのだ。実はこの人の本は生まれて始めて読む。途中まで読んでいたらメーカーさんの営業マンがお見まいがてら商談に。食堂で30分ほど。その後11時から2回目のリハビリへ。ポールマッカートニー来日時のTシャツを着ていたので、作業療法士の先生とその話題で盛り上る。
 昼食はカレーであった。食べた後、タクシーに乗って会社へ出社。スタディグループの資料を配送し、社内回覧を制作し、あちらこちらに電話していたらあっという間に18時。社員の自家用車に送ってもらって病院へ帰る。夕食後、RPGを読み上げる。う〜ん。もひとつ物足りんわなあ。作者もあとがきで謝っているようだし・・・なんか設定が甘すぎじゃ、と感じました。私の好きな真保裕一の作品のように読み終わった後にいろんな場面を思い出して、ああそうだったのかあ、みたいな「反芻する楽しみ」を味わいようがないもんなあ、こりゃ。聞けば他の作品はもっと面白いらしいので今度読んでみる事にしよう。テレビでは日本シリーズ第3戦をやっている。別にどこの野球ファンってこともないのだけど、18年前の日本一の時に京都の大学で異様な盛り上がりを体験しているので、なんとなく久しぶりに阪神を応援してみる。それにしてもドラマを作るチームだなあ。
23 明日はいよいよ退院
初公開!これが手術跡だ!って誰も見たくないか。  朝食はパン。その後公衆電話でいくつか仕事。11時のリハビリまで今度はメールで人地仕事。11時からはリハビリ3回目。昼食後、妻が見舞いにやってくる。本当はそれから会社に行く予定だったのだが、どうも風邪っぽくてしんどいので取りやめ。しばらく昼寝。夕方、同業者さんが見舞いに来てくれる。同じ時刻に主治医がやってきて、シーネを外してソフトな固定具に戻す。手術前に装着していたものだ。これからは右足に荷重を掛けてもよい、どんどん歩く練習をして下さい、ということで、明日の退院が正式に決定した。
なんとか松葉杖1本で歩けるように。  さっそく松葉杖を1本にし、恐る恐る右足を地面につけてみる。たった2週間、地面につけないだけで、もう感覚を失っているようだ。足の裏に体重が掛かるとジーンと痛みが走る。傷の痛みではなくて、体重に慣れない痛みである。しかしだんだんと歩けるようになってきて、30分くらいでどうにかそのあたりを松葉杖1本で歩けるようになってきた。
 入院中のある程度の荷物を持って妻を玄関まで見送る。その後ひと波乱あるのだけど・・・日記ネタではないのでここでは書かない。とにかく寒かった。日本シリーズ第4戦は阪神のさよならホームランで2連勝。メジャーリーグも同じような展開だし、去年はサッカー、今年は野球、という盛り上がりである。
24 ようやく退院!
 朝一番で身の回りの整理。なんとか立つだけなら松葉杖をつかなくても可能になったので楽だ。それでもフラフラするけど。9時に松葉杖をつかずに自力で歩いて受付けまで行ってみる。やはり右足首が強烈に痛くなってきた。固定具で押さえているかららしい。慌てて部屋に戻り松葉杖を1本持ち出すと随分楽になる。この場合、傷のない左足側に松葉杖を持つと楽なことに気がついた。頭で考えたら反対のような気がするんだけど。
 11時にリハビリへ。知り合いに二人も会って長話。一人は療法士、一人は患者。やはり世間は狭い。妻もやってきて無事清算。ああ。20万円が飛んでいった。階段からこけて20万。ほとんどマトモな保険に入っていないから、この出費はきついなあ。でも考えてみたら2週間、フルに酒飲んであちこち飛び回ってたら半分くらい使ってだろうしなあ。
 13時に会社へ。事務が早退したので妻と二人で留守番。昼寝の癖がついているのか、どうも調子が出ない。風邪も引いているみたいだ。携帯であちこち電話してたらあっというまに夕方。妻の運転で2週間ぶりに自宅へ戻る。
 息子も、愛犬もみんな無事。変わったところといえばカーテンが2枚新調されていたのと、10年目にして壊れたという冷蔵庫が新品になっていたこと。妻がさっそく鍋を用意してくれて、親子三人で日本シリーズを見ながら久しぶりにビール(発泡酒)を飲む。すぐに酔っ払って、布団に入り、あっというまに熟睡。ようやく帰ってきた。
25 パソコン教室
 ストーブが無いと肌寒く感じる季節になっていた。こないだまでは扇風機回してたのに。この2週間ですっかり季節が変わっていたんだな。テレビを見たりゴロゴロしながら午前中が過ぎていく。なんだか入院以来、何もしない時間の過ごし方がすっかりうまくなってしまった。だらけているわけだけど(笑
 午後から息子の同級生のマンションへ3人で行く。ここのお母さんは韓国からお嫁に来た人なのだが、最近パソコンとデジカメを手に入れては見たものの、まったく使い方がわからない、というので僕が教えることに。授業料はここ数日、たんと仕入れている自家製キムチ。これがまた美味しいかったもので、そりゃ断るわけにはいかんでしょ、と。ついでに昼ご飯もご馳走になろうという魂胆。2時間近くほとんど食事してて、最後の30分でデジカメとビデオからSDカードでWindowsXPにデータを移して印刷するまでの流れを説明。といってもほとんどOSレベルで自動的にできちゃうわけなんだけど。
 自宅に戻ってしばらく休むつもりだったが、あまりに天気が良いので、右足を引きずりつつcopenの洗車を始める。ほとんど2週間停めっ放しだったので埃が積もっている。車体が小さいからすぐに終ってしまう。内装もきれいにしてすっかり新車状態に。じゃあ、乗ってみますか、と慎重に足を突っ込んでアクセルを踏んでみる。おお、大丈夫そう。屋根を開けて久々のオープンドライブ。空港まで走ってみる。帰りにインターで宮崎の取引先と落ち合って来月の研修会の資料を受け取る。軽のオープンカーからサングラスの男が右足引きずって近づいてきたから、お子さんもさぞ珍妙な気分になったことでしょう。
 夜は撮りためてあった「温泉へ行こう4」の膨大なビデオを見せられながら、夕食。久しぶりに焼酎飲みながら今日も早寝してしまう。
26 ウインドウショッピング
 起きたら8時。なんか10時間以上寝ている。日曜午前中の討論番組をひと通り見て、退屈したので外出しようとしたらちょうど漢字検定に行っていた妻子が帰ってきたので、息子を連れ出してドライブに。だが途中で息子が寝てしまったのでいったん家に戻って息子を寝かし、本屋へ。いつも行く本屋さんが更地になっていた(涙)ので、となりのBOOK OFFに行って中古CDや古本を物色。結局欲しいものがなくて、家に電話したら息子が目がさめたというので、連れ出してラーメン店へ。二人でずるずるとラーメン食べた後、漢字検定の終わった妻に息子を渡して、僕はまた一人でクルマに。また本屋に行って、CDや本を買おうかな、と思ったけど、まあ急ぐわけじゃなし、あとでネットで安く買おう、とあまた棚に戻す。本は十分に読んだし、どっちかというと今日はだらだら歩いたり運転したりして日常モードに戻すリハビリみたいなもんだし。ふと思い立ってあぷあぷとアプライドへ足を伸ばす。いろいろ欲しいものはあるけど、同じ理由で我慢。さて、帰ろうか、と転がしていた時にHARD OFFの看板を見つける。そういえば行ったことが無いのでふらっと立寄ってみる。すると、おお、ここはまさしく僕のパラダイスではないか。中古のオーディオ、楽器、PA類、CD、パソコン、パーツ、おまけにジャンク品の数々・・・なんかまさしく僕のためにあるんじゃないか、と思えながらいたく感動しつつ足が痛いのも忘れてオーディオアンプをひっくり返したり、楽器をいじったりしながら1時間位あっという間に過ごしてしまった。いくつか欲しいものをメモして店を出る。うきうきしながら家路につく。ふと考えたら、今日はラーメン屋以外、一度も財布を出していないな。安くついたウインドウショッピング。
 家では妻がイタ飯を作ってくれてて、息子と風呂に入り、ダイエーに乾杯している日本シリーズを見ながらビール。あっという間に眠くなって21時には寝てしまった。
27 ひさびさの本格出社
 ほぼ2週間ぶりにcopenに乗って出社する。迎える社員も特に変わりなく、なんだかいつもの日常が普通に戻ってきた感じ。机の周りを整理し、出張の準備やそのための資料整理などをボチボチのペースでやり始める。21時過ぎには眠くなったのでこれまた久しぶりに実家で寝泊り。
28 例会
 朝一で病院へ行き、外来としてははじめてのリハビリへ。思ったよりも待たされず、午前中には会社に戻ることができた。昼から夕方まで昨日の続きで社内業務。16時に県道走って熊本市内へ。歯科医院へ2軒寄り、その後某スタディグループの例会に参加。お見舞いをいただいた先生方へお礼。まだ正座して酒飲むのは辛いので、食事会は遠慮して21時過ぎには自宅に戻る。
29 京都・大阪出張
 退院後すぐに飛行機乗るのもいかがなものか、などと家族に言われながらも出張を強行することにした。8時に空港まで走り、大阪便に乗り込む。空港バスで新大阪に移動し、度の道連れたちと落ち合って、まずは梅田の某歯科医院を表敬訪問。駅から歩いていったのだが、さすがに右足が痛み出す。タクシー乗ればよかった・・・。素晴らしくデザインされたオフィスを見学させていただいた。今度はタクシーに乗って新大阪駅へ移動し、うどんで昼食。今度は新快速で京都駅へ移動、近くのホテルのロビーで某社営業と待ち合わせして、今度はその某社へ。ここでも右足を引きずりながらも商談を終え、京都市内先斗町”ますだ”というお店で会食。22時にはホテルに戻り、ゆっくり風呂で足を温めて寝る。
30 工場見学
朝の鴨川の風景。ホテルフジタの部屋より。 最近京都に来るとよく泊まるこのホテル。けっして高くなくて(7000円くらい)中心部に近く、静かで対応も良くて気に入っている。修学旅行を除けば京都で最初に泊まったホテルでもある。ネットで予約したらシングル料金でツインの部屋をいつも用意してくれたりするし。いつも出張する時のホテルをどこにするのかはけっこう悩む。どうせ深夜まで飲み歩いてしまうので、数時間寝るだけでウン万円かよ!と考えてしまうし、しかし、商談相手から「お泊りはどちらで?」なんて聞かれた時に「カプセル&サウナです」なんて答えてしまうのも、若いうちはネタとして笑えるが、この年になるとなんかうちの社員にも悪い気がしてくるしなぁ。まあそういう意味でこのホテルは僕にとってベストなポジションというわけです。
 朝から某社営業にホテルまで迎えに来てもらい、クルマで某社へ。午前中商談というか雑談した後、今度は別の某社へ移動し、昼食をいただき、ちょこっと工場見学させてもらう。夕方、JRで伊丹へ移動し、空港で時間を潰した後、熊本へ戻る。空港の近所の有料駐車場で待ってた愛車のエンジンに火をともし、すっかり肌寒くなっているのにムリしてオープンして家まで15分のドライブ。快感だ。
31 ようやく今月も終り
 朝起きてみると、さすがに右足がパンパンに腫れている。やっぱちょっと無理したか。患部が悪い、というよりも無理な体勢で足を引きずって歩き回る疲れが出てる、という感じである。社長出勤を許してもらい、自宅でしばらく仕事する。11時に歯科医院へ寄り、ネットでの文献検索を指南。お昼は妻と近所のロードサイド焼肉店で約束。1000円のランチで退院を祝う。なんでもプレゼント券の期限が今日までだったらしい。なんだそういうことか。午後、会社に出て明日の会議資料を作ったり。
 今月はなんだかんだいろいろありました。なんと言っても24年ぶりの入院というイベントはいろんな意味で良い経験となりました。いろんな方に迷惑を掛け、また気を遣ってもらい感謝してます。特に妻に。今月も長くなりましたが読んでもらってありがとう。

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