taka's業務日誌 2003年1月

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diary
1 2003年のお正月
 目が覚めたら10時を回っていた。なんだか年を越したのだ、という実感もないまま寝たまま正月を迎えてしまった。しばらくベッドの上でパソコン広げて昨日設置した無線LANでネットを散策。そのまま「おめでとうございます」関係のメールマガジンなどを発行。昼過ぎ、階下に下りて家人と挨拶。なんてこと無い正月。午後から母の電動自転車なるものを借りて、一人で八代宮あたりへ出掛けてみる事にした。別に信心深いわけでもないのだが、たまには八代の人込みを見物するのも良いかな、と。ホンダ製の電動自転車は車体がかなり重いが、スイスイと力強くペダルをサポートしてくれる。だが、これだけ寒いと、体が温まる前に風が体温を剥ぎ取っていく感じがして、ちょっとした違和感。
 実家のすぐそばにある母校に立ち寄ってみる。1km以内に住んでいるのに、こうして校内に入るのは2年ぶりくらいだったりして。なんだかたくさん新しい校舎が建っていて、正門の場所すら変わっている。通いなれた部室もまるっきり移動。まったく知らない学校みたいだ。ところが細部を見ると、20年前とちっとも変わらないパーツが転がっていて、なんだか妙だ。
八代高校 そのまま市内中心部(というよりほとんど旧市街、の感覚だな)に車輪を進める。 八代宮の石垣の上から参道を望む 八代宮にはかろうじて人の気配があるが、僕の記憶の中にある大混雑、大量の出店、にはほど遠い光景が広がっている。八代の人間は声がデカイ。特にオバチャンの声がデカイ。すぐ隣りにいる孫に向かって50m先の老人に向かって話すくらいのボリュームでシャウトしている様子が懐かしくもあり。カメラを持っていたので、石垣の上に上がってみる。小学生のころ、剣道部をサボっては一人で寝転がっていたコンクリート製のベンチが半壊しながらもまだ残っていた。見渡す風景は思った以上に変わっている。少しは発展したんだなあこの町も。さっき会社を出る時、こっそりポケットに忍ばせてきたお歳暮の缶ビールをぶしゅーと開けて飲んでみる。自転車に揺られたせいか、泡だらけになる。今年の初アルコールだ。なんか正月から一人で路上飲酒って、とてもアナーキーでして、この気まずさは年に一度くらいしか味わえないね。寒いし。
 適度に酔っ払ったらようやく気分が晴れてきた気がする。これって中毒の初期症状か?いや違う、なんとなくこの町を歩くのが気が重いのだ。熊本や博多を歩くのと違う感覚。一番落ち着くのはたぶん海外の知らない街を歩くときで、次が東京、大阪・・・で最後に八代、の順。これって知り合いと出合う確率に反比例しているってわだな。つまり僕は引き篭もり気味ってことかいな・・なんて軽く酔った頭で考えつつ、ペダルを漕ぐ。風景は本町アーケード街に移っている。昨年6月にも書いたけど、この界隈の凋落振りは凄惨ですらある。幼少のころ育った街だけにその変貌には驚いたり呆れたりする、とかいうよりも「受け入れがたい」というレベルですらある。
午後3時の八代中央アーケード街の惨状  なんか正月気分でないよな、と思わせる一因に多くの商業施設が正月営業していることがあるのだろう。コンビニも、スーパーもファミレスもお正月こそが稼ぎ時とばかり、平日以上のデコレーションで店を開けている。ところが、正しい日本のお正月はこの界隈には息づいているのだ。アーケードを見渡す限りシャッターがずらりと並ぶ。本当に閉店している店、昨夜の初売りの疲れで閉めている店、正月くらい休むのが当たり前、という頑固親父のいる店、どれがどうなんだろう、と想像しながら歩いてみる。最初は「自転車走行禁止」というルールを覚えていたので自転車を止めて歩いていたのだが、これだけ誰も歩いていないのにそれを守るのもなんだかな、と思い直してペダルを漕いでみる。子供のころ、こんなことやったらすぐに人とぶつかるか、補導員に指導されるか、どっちかだったな。ドラえもんで「時間が止まった世界」で好き放題やるのび太の漫画があったけど、なんとなくそんな気分になるのも昼酒のせいか。
 行き場所も無く、いきついたのが友人宅。電話したら「暇してる」と答えてくれたので、遠慮もなく元旦から手土産も無くお邪魔する。八代談義に花を咲かせ、気がつけば暗くなっていて、「ご飯でも」という言葉に甘えまくり、子供からの「泊まっていってよ〜」攻撃に陥落、アルコールモードへ。結局深夜4時までテレビでやっていたPaulMcCartneyのライブ映像を肴にしながら今年初の本格的飲酒&外泊。迷惑かけたかな、やっぱ。
2 20年ぶりの同窓会
 午前中は友人宅でのんびりさせてもらう。ようやく酒も抜けてきたので、電動自転車に跨り、実家を目指す。あれ、こんなに重かったっけ?・・・インジケータを確認したら見事にバッテリーゼロ、である。単に高価で重いだけの自転車に成り果てたラクーンを立ち漕ぎしながら家へ走らせること4kmあまり。行きに楽な思いをした分、帰りにしっかり運動するってここでもエネルギー不変の法則は有効である。
 汗をかきながら自宅へ到着、会社に届いていた年賀状をチェックした後、今度はクルマに乗り換え、熊本市の自宅へ。FMラジオは普通に木曜日の番組をやっている。自宅に着くと、年賀状と新聞をコタツの上に並べてチェックする。なんとなく例年より年賀状も少ない気がするし、新聞もそれほど分厚くないかも。お風呂を溜めて、新聞を風呂に持ち込んで、ゆっくり30分ほど初風呂を満喫。スーツに着替えて八代へ引き返す。
八代高校20周年学年同窓会  17時から八代ロイヤルホテルで同窓会なのである。高校卒業後20周年を記念しての学年単位の同窓会。今でも付き合いのある数名を除くとほとんど知らない顔ばっかり、という気になってくる。でも心配していたほど老け面ばかりということもないみたいでちょっと安心。たしか1学年450名いたと記憶しているけど、10年前の同窓会が250名参加、今回が130名の参加らしい。けっこう集るものだな。
 乾杯の挨拶が進み、立食形式であちこちのテーブルを回りながら、意外に知っている顔が多いことを再発見する。自分のことを引っ込み思案で引き篭り気味の大人しい男だと思い込んでいたが、実はけっこう外交的じゃん、なんて感心しながら各テーブルでいろんな再会を果たす。目立たない存在だったはずなんだけど、思いのほか覚えていてくれてたみたいで、僕自身すっかり忘れていたエピソードを逆披露されてすっかり驚いてしまう。文化祭なんかでは分刻みであちこちのステージ掛け持ちして騒いでたりしてたもんなそういえば。モテナイ割には女の子の友達多かったんだなーと、まあなんだか18歳の自分に感心、というか37歳の俺、もうちょっと何とかしろよ、という気分。
プロレスラー幸村ケンシローとは実は小学生から同じ町内だったりする  野郎の方はといえば、みんなほとんど熊本県内にはいないようで、いろんな方面に頑張ってるやつ、失業してるやつ、なかには本職のプロレスラーまでいて、楽しく話せる。なんで高校のころは「こいつ苦手〜」なんて感じてたんだろう、と思うこともしばしば。お互い丸くなったのか、当時が異常だったのか、もしかしたらただアルコールによる誤解なのか。
お互い話して酒が回るたびに甲殻が一枚、一枚、と脱がされていく感覚になる。感覚が18歳に戻っていくようで、そのうちお互いの白髪脱毛小皺すら消えていくわけである。不思議だ。
 担任の先生は昨年亡くなってしまったので、恩師との涙の再会、なんて場面があるわけでもなく、40前のどっちつかずの元青少年がガキに戻って大酒かっ食らうというどこにでもある正月の風景。
バーかもめ リンクしてます Jazz inn First リンクしてます  二次会、三次会と酒は進み、気がついたら3時を回っている。女性陣はさすがに家庭があるのか既に撤退した後、元悪ガキだけが勢いの止め所をつかめずにラーメン屋に突入、お店あけの中国人ホステスたちに混ざってまだビールを頼んでいる。ようやく解散した後、同じビルのなじみのJazz喫茶、Firstに友人Iと2人で流れる。彼とは小学時代に始まっていまだに家が近所で付き合いがある男だ。独身者の彼はどうやら以前の憧れの女性と話せたので、今日は幸福なのだ、と酔って繰り返している。 マスターは大口を開けて寝ている。この店に通って20数年、店は移転して大きくなったが、やっぱり酔っ払って行き着くところはここになってしまう。マスター、早く小金を貯めて、以前のテナントを買い取り、2号店として同じ店構えでスタートしてくれよ。
 すっかり酔いつぶれてしまい、タクシーで実家に帰ったころには4時近くなっている。てことは9時間飲みっぱなしであった。
3 三が日もおしまい
 9時には目が覚めてしまう、二日酔いの朝。メールチェックすると昨日再会した友人らからさっそくメールが届いている。おお、なんだろう、と開いてみると「無線LANの設定について教えて下さい」だったりして。そんな話したっけ?仕方が無いからチェックポイントを箇条書きにして返事を書き始める僕。異様だ。
 食事後、事務所に詰めてさあ、仕事だ、と思ったけど、なんとなくそういう気分にもなれず、延々と12月分のこの日記を書いたりして、だらだらと過ごしてしまう。外は雨。三が日も今日で終わりだ。深夜、テレビをつけると坂本龍一のドキュメントをやっている。この人も高校時代の僕らのアイドルだった。文化祭でRydeenをシンセ演奏したという恥ずべき過去を思い出す。そう、昨日言われて思い出したよ。このヒト、もう50になるというのに恐らくは10代と同じ笑顔で演奏している。以前は元祖ビジュアル系を気取って化粧してJapanと競演していた彼の笑顔も今見ると野村ヨッチャンである。ああいう年の取り方も良いなあとふと思う。
 昨日の同窓会を思い出して、みな、それぞれに親なんだ、という実感がない。ああいう場だったからかもしれない。僕らは年を取ってオトナになることを頑強に拒む世代なのかもしれない。「いつまでも若いこと」「いつまでも無茶なこと」「永遠の少年少女」・・・メディアの用意するフレーズがそれを後押ししている。少年の心を失わず、いつまでも青春を楽しんでいければ・・・不老不死の薬を探す始皇帝の生まれ変わりたちは、ロック音楽がその替わりとなることをついに発見したのだ。。坂本龍一を見ててそう思った。
 だが、子供はどうなるんだろう。自分の親がいつまでも少年でそれでよいのだろうか。子供しかできない世界に親の僕らが居座りつづけることがはたして許されるんだろうか。一方で大人しか参加が許されない世界に子供たちが跋扈している。世界のいろんな壁が取り払われて、60年代の青年たちがBeatlesを聞きながらようやく構築した理想郷の中で、ロック音楽が死んでいったように、今度は若者そのものの存在理由が揺らいでいる気すらした。
4 しごとはじめ
 目が覚めたら寒い。とてつもなく寒い。今日は仕事始めである。といっても淡々と社員が集り、淡々と仕事を再開。やはり多くの取引先はまだお休みなのか、電話もあまりならない。ところが年末に院内LANを設置した顧客よりトラブルの電話。熊本市内まで車を飛ばす。雪がちらついている。
 とりあえず現地でトラブルを回避し、他にトラブルが起きないかどうか確認できないため、今日は熊本市内で待機することに。家に戻っても寒いだけなので、ファミリーレストランに入り、珈琲を飲みながらパソコンを開いて日記を書いたり。バッテリーが切れかけたので、いったん家に戻る。昨年末からずっと実家にいたので新聞や年賀状が溜まっている。
 ひとしきり読んだ後は退屈。暗くなって近所のうどん屋で腹ごしらえした後、なんだかこんなことやってても仕方ないな、とレンタルビデオ屋さんに行ってみる。なんかこの暇のつぶし方って京都で一人暮らししていたころと同じだな。あの時は歩いてすぐのところにビデオ屋があり、いつも無害な映画を選んで借りては朝までだらだらと見ていたりしたもんだ。
 「ハムナプトラ2」「メメント」「ソードフィッシュ」と娯楽映画を中心に借りてくる。どれから見ようかなあ、と考え、まずはソードフィッシュから。いわゆる犯罪モノ痛快娯楽映画ってことだけど、まあそれなりにスピード感があってよいか。でも悪役が「アメリカを攻撃するテロには容赦せず戦うぞ」という米国版右翼って設定で、へえ、この時期になかなか勇気ある設定やなあ、と映画制作日のクレジットを見たら、9.11テロよりも以前であった。そりゃそうだろうな、テロ後にこの映画の設定だったら、Mr.ブッシュを皮肉ってるって上映中止だろう。少なくとも2001年9月まではハリウッドでも「米国の敵は皆殺し」という役割は悪役だったんだな。今はそれが大統領やってるわけだが。
 続いて「メメント」。これを見つづけていると頭がおかしくなりそうだ。とにかく忘れっぽい男の話。僕らが信用しているはずの自分自身の根拠って結局「記憶」でしかないということに気づかされる。どんなに記録を残しても、それが自分自身の手によるものかどうかを確認するには最後は記憶を辿るしかないのだ。僕が明日、記憶喪失になったとして、はたしてこの日記を読み直して自分の手によるものだと確信できるだろうか。あるいはそこに小さな嘘が紛れ込んでいたとしても、自分自身が簡単に騙されることになるんだろうか。
 最後に「ハムナプトラ2」でストレス解消。やっぱ映画はこうでなくっちゃ。気がつけば3時を回っている。雪の日の夜の過ごし方としてはなかなか良い選択だったな。
5 正月休み最終日
庭の草木にも雪が積もる  朝からしんしんと雪景色。積もるといったって2センチくらいだが、久々に雪化粧をした風景が広がっている。10時に松橋の歯科医院に入り、パワーポイントのショートレクチャー。こんなことばっかやってるな、最近。その後、院長とPHS端末を買いに電器屋めぐり。PHSの時代は終わったのだろうか。行くとこ行くとこ置いてない。最後は八代まで移動するがやはりなし。近所のトンカツ屋で食事を奢ってもらい解散。その足で自分もDOCOMOショップに行き、1年以上使用した携帯電話を買い換える。ポイントが溜まっていたので2100円で新品に。同じメーカーの504iなのだが、これがびっくりするほどレスポンスが向上している。画面の更新がキビキビ動いて気持ちよい。なんかそれだけで生活のレベルが上がった気すらするのは一種の依存症か(笑
 夕方、友人一家の家に行き、元旦の襲撃のお礼を手渡す。そのまま食事もご馳走になってしまい・・・でも今日は奥さんが風邪引いてる、というので遅くならないうちに撤退。実家に戻り、いくつか仕事して寝る。
6 朝までぐいぐい
 今日から本格的に仕事だ。と思ったら、唯一の内勤女性が「娘がインフルエンザで」といきなりの休暇延長宣言。新年早々社長自ら内勤業務である。ひたすら電話を取り、出品し、入力し、発注し、荷造りし・・・あっという間に夕方。今日は熊本市内で組合の新年会があるのだが、店を締めていくわけにもいかず、遅刻を宣言。こういう時に携帯文化は便利。
 実家に帰っていた妻子が雪で遅れながらようやく戻ってきた。久しぶり〜なんて挨拶する間もなく、店番をタッチ交替してクルマで市内へ急ぐ。二次会が終わる間際に滑り込みセーフ、しかし場は既に酔っ払いばかりで、ひとりシラフの僕は何がなんだか。でもそれを良いことに鋭く情報収集に努める(笑
 三次会にも付き合い、何度か行ったことのあるクラブへ。カウンターで珍しくBeatlesナンバー(それもI've Gotta Feelin')をカラオケで歌っているオヤジがいたので、すかさず僕も応戦、気がついたら2人でNo Reply,Nowher manなどのコアな曲でハモネプ状態に。
 場が解散した後、すっかり音楽脳になった僕はいつものTwo-Fiveに出かけ、客が殆どいないのを良いことに一人Beatlesピアノ弾き語りを延々と・・・時計を見るともう5時ではないか。店じまいである。しかし、8時半には出社しなければならない。事務は今日も休みだろうし・・・
7 鉄人内勤男
 歌ってばかりいて殆ど酒を飲んでいなかったことを理由にそのまま出社。僕の部屋で寝ていた妻は寝ぼけ眼で仰天していた。今日も元気に事務に精を出す。徹夜しているのに不思議と眠くはなく、妙にハイになって仕事をこなす。メーカーさんが何社か挨拶に見えられるが、忙しくて殆ど対処できず。本来なら僕が顧客を挨拶回りしているはずなのに、そんな状態ではないのだ。夕方少し時間が出来たので妻に店番を代わってもらい少しだけ仮眠。それだけで元気復活して夜まで仕事。今日も自宅に帰らず八代泊り。
8 今日もおみせばん
 今度は自分が移されたので、と朝から電話あり。しばらくは内勤が続くということか。仕入先が来て年明け草々集金。他に3社ほど来社。どたばたしながらあっという間に一日が過ぎる。今日も自宅には戻れず。
9 まだまだ続く
 だんだん慣れてきたとはいえ、ほとんど昼飯も食べられない状態。本来の仕事が殆どできず、少しばかりストレスになってきた。これから控えるセミナーの準備など殆ど出来てない状態だし、毎日毎日やってくるメールにも満足に返事できないのだ。
 この仕事は無茶無茶パラレルな性格のものである。本来であれば5人くらいでやるべき仕事を一人でやっているのだから。目の前に基幹系のPC画面が2つ、間にNotesとE-mail、見積やワープロなどに利用しているノートPCを拡げ、電話回線3つと携帯電話をいくつもポケットに突っ込んでデスクと倉庫とを走り回っているのだ。たかだか受注した商品を納品するだけで、歯科商店なんかどうして経営が大変なんだろう、なんてよく聞かれるけど・・・実際は10万種を越える超多品種少量の世界であいまいな受注をもとに数十社の仕入先に発注してそれを管理してたら、粗利10数パーセントで経営していけること自体奇跡的ですらあるとさえ思う。だから利益を下さい、ということではなくて、お客さんが認める粗利率がそうなんだから、それに合わせたサービスのレベルとリスク管理をバランスさせなきゃってことなんだけど。
10 蚤の市
 今日も社内で内勤ということに。本来ならば今日は福岡の仕入先2社を回って「蚤の市」に参加する予定だったが、店を閉めてまで行くのはどうか、と朝から「行けません」と電話。面倒くさいので風邪ひいた事にしておいた。
 昨年も書いたかもしれないけど、蚤の市って一体何なんだ・・・まったくアホらしい行事である。「1月は休みが多い」→「営業日が少ないので売上が少ない」→「でも人件費などの固定経費は同じ」→「何とかして売上を確保せねば」→「安売りをしてでも売上死守」→「歯科商店に年に一度の大安売りをしよう」なんてことが20年位前に問屋レベルで発生。これが大受けし、一気に1月は「問屋安売り合戦月間」になる。しかし、実は歯科商店レベルでも営業日数が少ないのはまったく同じ。そうなると「売上は多いのに仕入れが増えまくる」という現象に直結。当時多くの歯科商店はキャッシュフローの管理なんて存在すら知らず。なんせ粗利が30%を超えていた時代である。そんな「細かいこと」なぞ気にするわけが無い。
 ところが時代は徐々に不況に。毎年2月初頭に山積になった商店在庫を前に、商店主は「俺たちも安売りをしてでも在庫をはかねば」と考える。そうやって毎年2月は歯科医院向けの大安売りの時期に。そうなると止め処もない安売り合戦となり、粗利率は一気に低下。当然、資金繰りは目に見えて悪くなる。仕入先から大量仕入れした手形が落ちる時期になって、商店主は生まれて初めて冷や汗を掻く。もう原価を割ってでも現金化せねば潰される!とばかり、いっそうの売り込み、騙しあいが始まる。気がつけば、今度は歯科医院に在庫の山が。
 翌年以降。2月に恒例の安売り合戦があることを知っている商店主は正月草々仕入先を訪ね歩く。今年こそはライバルには負けられない。より安い安売り目玉商品を仕入れておかねば、競争には勝てないのだ。そうやって悲壮な目つきで商品を仕入れ・・・・数ヵ月後、現金化するために原価を割って大安売り、歯科医院にはまたも使いもしない商品が「お得ですよ」と山積みされる。
 世の多くの商店主たちの口癖。「歯科医師はどうしてお金持ちなのに値引きばかりを強要するのだろう、非常識だ。おかげで商店経営は毎年悪化の一途だ。しかもメーカー・問屋は毎年大型商店に安売りをさせて業界を悪くする元凶だ」・・・まあ全国どこででも聞かれる普遍的な愚痴。
 そんなわけないだろ。自分たちの経営判断のミスを棚上げして「安いからお得です、この時代に定価で買うのは馬鹿です」と歯科医師を誘導したのは自分たち自身だ。この状況を変えたければ、まずそれを認めることから始めなければならないはずだ。
 僕は思う。自社の利益率を公開すべきだ。顧客がそれを認めてくれたら成功だ。認めてくれなければ、認めてくれる利益に見合うだけのサービスを提供すべきだ。顧客はそれ以上のサービスを要求していないだけのことだからだ。その上で、常にその要求レベルを少しだけ上回るサービスを追及していけばよい。求められる以上のサービスを勝手に押し付けておいて、それに見合った利益が無い、と非難するのは傲慢ってもんだ。そのためにも、僕らはまず情報公開からやり直すのはどうだろう。
11 風邪引いたぞ
 昨日も実家泊まり。朝から定期雑誌の売上処理をしたり、昨日までに出来なかった処理を固めてやる。考えてみたら今年に入って自宅で寝たのはまだ1度きり。家族揃って、というのは一度もない。今日は少し早めに帰ることにしよう。
 なんだか本格的にフラフラしてきた。昨日、風邪を言い訳に出張を断ったのが本当に風邪ひいてきた。暗くなって自宅に戻ると、久しぶりに息子が迎えてくれた。実に2週間振りである。2人でぎゃーぎゃー騒ぎながら風呂に入り、3人で遅れてきたお正月パーティ。レンタルビデオの「ホームアローン」を見ながら大騒ぎ。体調も良くないので、早めに休む。
12 社員の交通事故
 朝から完全にダウンである。超やばい。昼過ぎ、どうにか着替えて歯科医院へ。得意先の先生がパソコンを買うので付き合ってくれ、ということで。熱でボーっとしていた頭で、どんな機能が必要なのかヒヤリングした結果、そのへんの電器屋には置いてないだろう、ということで、ネットショップを検索して機種選定。そんなことをしているうちに妻から電話。社員が単独事故を起こしたという。連絡が取れず右往左往したが、1時間後救急車で運ばれる途中の本人より電話。聞けば怪我はたいした事ないという。が、自慢のスポーティカーは廃車、という。命があることと、誰にも迷惑をかけていないことでよしとしよう。電話でやり取りした後、入院も不要ということで、とにかくしばらく安静に、ということに。
 家に戻り、一気に熱が出てベッドに。
13 成人の日
 すっかり老人の日だ。2時間おきに目が覚めてはまた眠る、の繰り返し。夕方、ようやく起き出して、PCを立ち上げていくつか仕事。しかし、熱がある時ってメールも読みたくないし、画面も見たくないものだ。どんなに運転好きの営業マンでも日頃営業車を運転しまくってたら、土日はハンドルを見たくもない・・・そんな感じ。夕方、妻がPTAの仲間と女だけの新年会を焼き鳥屋で・・・と出て行く。息子とホームアローン2見たりしてたが、早めに眠る。ようやく寝付いた頃に酒臭い妻が戻ってくる。どうしてキミ達に僕の風邪は移らないのだ??
14 ようやく新年挨拶
 午前中はどうしても起き出せず。体中が痛い。このまま運転したら僕まで事故るな、と再びベッドに戻る。事故を起こした社員からは、全身が痛み、眩暈がして運転できないのでしばらく休ませて欲しい、と電話。この会社が全員揃うのはいつになるんだろう?それでもやっていけてるのはどういうことなんだろう?
とにかくすべてを棚上げしてぐっすり眠り、午後ようやくクルマで会社へ。今年初めて出社してきた事務員と引継ぎを行い、溜まっていた見積を書き、4時間ほど集中して仕事をした後、再びクルマで熊本市内へ戻り、スタディグループの理事会に参加。今年はまったく得意先挨拶が出来なかったので、ここでとりあえずの挨拶。終了後、また熱っぽくなってきたのでフラフラしながら自宅へ。あっという間に眠る。
15 ようやく復活
 目が覚めたらようやく復活してるようだ。出社して、銀行と少し話をして、机の上の書類の山を少しずつ片付ける。だがまだ本調子でないらしく、いまいち進まない。夕方友人の技工士が訪ねてきて四方山話。なぜか僕の考え方が渋谷陽一に似てる、と言われた。確かに中学時代はヤングジョッキーをよく聞いてたけど・・・聞けば「トップが言ってはいけないことと知りつつ平気でタブーを口にする」あたりが似てるらしい。誉められているのだろうか(笑)
 今日は今年のセミナーの案内のためダイレクトメールを200通あまり制作。せっかくの機会なので自社商品のチラシも作って同封。制作・印刷・宛名印刷から最後の糊付けまで全部一人でやるのである。結構得意。終わったら4時前。
16 飲みにいけるか
 本日も社内でお仕事。今年初めての社内回覧版を発行。この業界、やたらめったらチラシが多い。いったい何を配っているのかわかんなくなるので、それらを1通ずつ束ねて社員に回覧するのだ。回覧した後は書類キャビネットにファイリングする。価格改正などは何十冊もある価格表を訂正する。これがまた大変な作業なのである。全国に1000社を数えるという同業者が毎日のように同じ作業をやっているのだろう。なんて無駄な。ちなみに今回は年末年始をはさんで2週間ぶりの回覧版発行であるが、そのページ数は187である。異常。
 夜、メーカーの営業二名が来社して、これから飲みに行こう、と誘われる。心が動いたが、きっぱり断って自宅へ戻る。今日飲みに行ったらまた体調を悪くして週末のセミナーで迷惑を掛けるだろうということで自重。自宅に戻ったら妻が「ビデオ見よう」と「シャイニング」をセット。でも1時間後「寝るっ」と言い残して先に寝ました。
17 流通業・金融業
 朝から取引先から修理の電話。訪問して応急処置。その後、なぜかVAIOのセットアップまで・・・XPのセットアップなんて初めての体験。なかなか面白い経験になった。その後、もう一軒に挨拶に寄り、集金して、4月の講演会の会場予約に走り・・・ふと思い立って某会社を訪れ、トップと2時間ほど会談。なかなか核心を突いたミーティングと発展。その後、コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら八代へ。銀行の支店長と営業がやってきて融資のお願いに来る。ノルマがあるそうで、どっかに貸さないといけないけど、どこの企業も決算書がメタメタで貸せない、うちなんか決して良くないのに、それでも良い方らしいのだ。前期は利益が悪くなるのが分っていたので役員報酬を思いっきり削っておいたのだ。ということで予定通りトントンの決算書を作れた。社員の補充をせず、社長の年収をギリギリに落として作った決算書だから決して誉められないのだが、それでも他業界に比べたらまだまだ良い方だ、ということらしい。この国は大丈夫か?
18 直売の何が怖い
 午前中は長電話に終始。業界のメーカーが来週から僕ら流通をすっとばしての歯科医院ダイレクトビジネスをスタートする。あちこちにカタログを配付している、ということで全国の同業者が一斉に情報交換をはじめたのだ。ものすごい危機感が充満している。そのメーカー製品の不買運動、問屋の逆上、極端な悲観論、情に訴えての販促、無視、なんでもありだ。
 それにしても何でそんなに騒ぐんだろう。僕はメーカーが歯科医院に直売することは大歓迎である。僕らは流通業を営んでいて、赤字なのである。つまり、モノを動かしていて、利益が取れない。一言で言うと「物流部門は大赤字」なのである。メーカーが自ら赤字部門に進出してくれる、と言ってくれているのだ。どうして反対する必要があるのだろう??面倒で複雑で赤字の部門をやってくれたら、僕らが本来期待されている、利益の上がるサービスに専念できるだけなのではないか?だが何事も既得権を失うことは不安らしい。僕らの業界は道路公団や談合ゼネコンを非難することなんてできないだろう。同じ穴のムジナとはこういう時のためにある言葉だ。
 午後からいったん自宅に戻り、バスに乗り換えて中心部の歯科医院へ。今日明日は昨年の矯正コースの補講なのである。久しぶりに再会する先生方と新年の挨拶。スタートしてしばらく、今度は近くの国際情報会館に走り、開催されている学会で発表する先生のパソコンのお手伝い。1時間後終了し、また医院へ戻り、セミナーのお手伝い。夕方いったん終了し、近所の割烹へ案内し、新年会。非常に美味しい料理なのだが、なぜだか食欲がなくて残してしまう。その後、JAZZが聞きたい、というリクエストで知り合いのJAZZクラブへ移動。ミュージシャンらと新年挨拶。1時までそこで飲んでいて、彼らは次の店で待っているよ、と言って帰っていったが、明日も早くから仕事なのでタクシーに乗って自宅へ。
 午前1時半、玄関前でふと気付く私。考えたら家の鍵を持ってきていなかった。ふと不安がよぎる。玄関のピンポンを押しても誰も出てこない。電話を鳴らしてみる。誰も出ない。妻の携帯を鳴らす。出ない。庭に回りこんで同じ行動。確かに携帯がなっている。コタツの上で。寝室まで聞こえるわけない。そう、妻はきっと酒を飲んで熟睡しているのだ。しかも電話類から隔絶されて。庭の石を二階の寝室の窓めがけて投げてみる。反応なし。寒さが身に沁みる。いかん、凍えてきた。そこいら中のものを手当たり次第投げつける。バット、木の枝、おもちゃ・・・だめだ。最後、「高枝キリバサミ」を発見。これだ、とキャンプ用のテーブルの上に乗って、最高に長くした高枝ばさみで窓をガンガン割れんばかりにたたく。近所の人が起きてこなければ良いが。
 次の瞬間、ふと無重力を感じる。足元のテーブルが割れたのだ。思いっきり庭にひっくり返る僕。あまりの物音に二階の窓が開き・・・「パパそこで何してんの。」
 文句いう気力さえ失った僕は午前2時にシャワーも浴びずに布団に包まるのであった。
19 矯正セミナー
矯正セミナー  さっき寝たばかりなのに・・・携帯がなったのが7時半。先日VAIOを買った先生が、どうしても自宅の無線ルータと繋がらないので一度見て欲しいと言われていたのだ。今日はセミナーだから、と伝えたら、朝から迎えに来るという。飛び起きてネクタイ締めて近くのコンビニで待っていたら先生のクルマがやってきて自宅へ連行。あっさりと何のこともなく解決。近所のガストで朝食を奢ってもらい、その足でセミナーのある医院まで送ってもらう。取引先院長の外車を運転させてのご出勤である。
 セミナー二日目は無事に進行。予定を延長して夜7時前にようやく終了。これから鹿児島まで帰る、という受講生のAMGメルセデスに自宅まで送ってもらうことに。今回は行きも帰りも外車で運転手付である、わっはっは。
20 締め日
 今日は月の締め日。今月の売上は日数の関係でよろしくない・・・。朝からメール関係をチェックしたり、売上漏れをチェックしたり。午後から銀行支店長がやってきて先日の融資の件。夜は来月のセミナー関連の申込リストまとめやらなにやらで結局深夜まで仕事。今日も家に帰れず。
21 ダイレクトメール発送
 午前中は仕入商談に費やす。午後から事務が早引きしたので、例によって事務処理。請求書を出して、印鑑ついて、チェックして、三つ折りして封筒に入れて糊付け。その前に相手に応じてセミナーや新製品のチラシを入れたり。同時に来週のスタディグループの月例資料を制作して同様に印刷、封筒入れ。2時過ぎには終了、今日も家に戻らず。
22 宮崎日帰り出張
 9時過ぎに雨の中、社員に八代ICの高速バス停まで送ってもらい、宮崎行きなんぷう号に乗車。期待の車内ビデオはなんだかつまんなさそうなローマ時代のスペクタクル、という感じだったので、迷わず睡眠。なんせ2時間半の時間があるのだ。到着後、歩いて歯科医師会館まで。天気はすっかり良くなっている。こうやって歩くと気持ちがよい気温。ついつい中学生の気分に戻ってビートルズナンバーを歌いながら・・・
 しばらく迷って歯科医師会館へ。ちかくのうどん屋で食事した後、ロビーで勝手にパソコンを充電しながら待ち合わせの先生を待つ。落ち合ってしばらく会場の下見や、近隣駐車場、ホテル等のチェック。近所のJALシティのカフェで打合せした後、もう一軒の歯科医院へ訪問して打ち合わせ。帰りのバスに間に合うよう宮崎駅まで送ってもらう。なんとなく寂しい感じの駅。女子高校生が平然と歩きタバコを吹かしている。いかにも悪そうな不良高校生がたむろしているが、気のせいかなんとなくよい人そうな感じすらする。少なくとも「絡まれそう」という気分にはならない。なぜだか知らんが昔から不良に絡まれたことだけは一度もない。どうしてなんだろう。「お前ら好かん」光線を発揮しまくっているのだろうか。それとも何となくややこしそうな雰囲気を漂わせているのだろうか(苦笑
 中三の頃転校した学校がとても荒れてて、なんだか騒然とした雰囲気の中で一年を過ごしたのだが、なぜか僕は悪でも秀才でもない位置で適当に皆と付き合っていた、という記憶がある。ギターを武器にそれこそ横浜銀蝿からさだまさしまでのバックをこなしておりました。考えてみたら今でもおんなじような人付き合いやってるし。
 帰りのバスの中でビデオが始まる。「ホタル」かよ。こないだも見たよ。なんだか嫌いだ、この手の日本映画は。とにかく冗長で、情緒的で、リアルでなく、結論が見えてしまってて、文部省推薦とることだけが目標になっているような。パソコンを広げて日記書きながら時折ビデオ画面に目をやると、「まだやってるよ」という感じである。
 それにしても。そんなに神風特攻隊を美化してどうするんだろう。はたして50年後、イスラム社会で「アラーのホタル」なんて映画が公開されることがあるだろうか?ストーリーはこうだ。「2001年9月11日、NYのWTCビルに特攻をしかけたアルカイーダの戦士の中に一人のクルド人がいた。彼はイラク人の婚約者を残してジハードのために民間航空機をハイジャックしてビルに突っ込む。ちょっとした手違いでハイジャックできなかったクルド人の友人イラク人はその後、死にきれなかった悩みを引きずり・・・」いったい誰が見るんだろう?
 戦争は長く有効な外交手段の一つであった。戦争とは国に雇われたプロの軍隊が行う、一種の外交ゲームであり、限定された殺し合いであったと思う。少なくとも西欧ではそういう常識であった。そうでなくては英仏百年戦争なんてありえない。ところが、日本の神風特攻隊はその常識に敢然とNOを提示した。昨日まで田畑を耕していた農民が「お国のため」と称して自爆テロを敢行したのである。西洋人は心底恐れたであろう。狂っている、とすら思ったであろう。実際、国全体が狂っていたのではないだろうか、とも思う。一種のバブル状態だ。国民が西欧との殺し合いに熱狂していたのだろう。
 戦争が終わった後もその構造は基本的に変わっていない。今度は経済戦争と称して、寝食を忘れて会社に奉仕する姿が礼賛され、お客様は神様です、と単に天皇とお客を入換えただけのスローガンで、死ぬほど働いて、実際死んでしまった企業戦士も多くいたことだろう。すべては狂騒の中で動いてきた。
 いま、僕らが金銭的に豊かになり、考えるべきことは100年の夢から醒めることじゃないか。昔を懐かしんでみても何も始まらん。
 そういう自分が22時過ぎに会社に帰ってきて2時まで仕事してしまった。誰か止めてくれ(笑  
23 カネと仁義と商売と
 朝から事務所で昨日のまとめなどをして過ごす。夕方営業から戻ってきた社員に「例の件はどうなった?」と尋ねる。入社以来、初めて自分で歯科医院のチェア-ユニットの買換商談を持ちかけ、メーカーの営業マンの協力を得て、なんとか見積までこぎつけていたのだが、先日訪問した際に「他からも見積を既に貰っている」と宣告されていたのだ。聞けばまだメーカー営業に確認していないという。どうして言われたことをすぐにやらないんだ、と叱責、僕が電話してみることにする。
 携帯で話す。この商談はすべてこちらサイドでスタートしたこと、こちらは他のメーカーには一切商談していないことなどを冒頭に確認し、その上で「どうして他の業者から見積が出ているのか?」と尋ねた。先方の返事は「軽率でした」。言葉を失う。聞けば、その歯科医院が他社にも見積を依頼し、依頼された業者2社がメーカーに見積を要求、メーカー営業は僕らと一緒になってまとめた仕様書を、僕らに事前連絡無しに流した、ということである。確かに法律にはどこにも違反していない。世の中自由競争だしね。
 「で、どうしようか」と落としどころを探る。最後はもう少し条件を引き出して、それで一気に商談をたたみこみ、話がややこしくなる前に逃げ切ってしまおうと考えたのだ。ところが相手は沈黙。1分を越えてもまだ沈黙。「ひょっとして・・・もう売ったの?」と冗談めかしく聞いてみると・・・「昨日××歯材から受注しました」。
 本日二度目の絶句。馬鹿馬鹿しくて声が出ない。「あっそう」。隣りでやり取りを聞いているうちの営業の目が赤くなっている。「今までいろいろ世話になったね」と電話を置く。営業には「メーカーの不義理には俺がカタをつける。お前は自分の行動が果たしてOKだったのかを十分考えろ、得意先との関係は自分で考えてカタつけとけ」と指示する。その上で、このメーカーの上司数名の携帯に事情を説明、対処するよう要求する。この仕事、今日はここで終わりだ。
 夜、得意先とアポイントがあったので高速を運転しながら数名の友人らと携帯で話をし、アドバイスを貰う。得意先で商談した後、自宅に戻り、久しぶりに家族の顔を見ながら焼酎を飲みながら好きな音楽を聴いたりもしてみる。いずれにしても今日は良い日ではないようだ。
24 素人たちのなんちゃって資本主義ゲーム
 問屋さんと商談の後、銀行と融資の件など。午後からまたしても内勤が早退し、僕が事務一切。忙しく作業している間、昨日のメーカー支店長より電話が入る。平謝り。具体的なことは何もなし。そんなもんだろう。
 ソ連崩壊後のロシアに自由経済が導入された後、庶民たちの間で「自由主義」という言葉は「売春」のことを意味していたという文章を読んだことがある。たしかに、ゼニカネがすべてで、個人単位で価格競争を行い、満足度次第ではリピーターを得られる、という意味ではこれ以上の翻訳はないのかもしれないが、所詮は笑い話だ。
 戦後日本に導入された「民主主義」の結果、日本中の自治体で「民主主義ごっこ」が大流行し、今でもまだ日々議会ゲームに邁進しているように、経済の世界でも「とにかく安いことはよいことだ」「お客様は神様だ」「川上が業界を指導する」「官僚による規制で既存勢力を守る」みたいな独自ルールが蔓延してきた。ロシアの「売春」と同じく、こんなのは日本だけの歪んだローカルルールであるにも関わらず、住民たちはこれがグローバリズムだ、と頭から信じているという世にも奇妙な物語。
 だが、西欧人と違い、これらに関して、日本人は所詮アマチュアなのである。自由主義も資本主義も民主主義もグローバリズムも自分たちが生み出したものでも何でもないのだ。だからそれらの表層ばかりを見て、末節だけを取り入れて、ちぐはぐなことに血道を上げて、本家の笑いを誘っているんじゃないだろうか。
 今回の件だってそういうことだと思う。どうせ買うのなら複数の業者に見積させ、もっとも安い業者に落札させようとするシロウト。売ってくれる業者だったらどこにでも情報を流し、末端が荒れようが何だろうが、自社製品を売ろうとするシロウト。見積の依頼を貰えば、とにかく仕入先を叩いて利益を度外視しても自社の売上高と取引先との関係だけを維持しようとするシロウト。そんなふざけた自由主義を定義した覚えはない、とアダム・スミスは悔んでいるに違いない。
 「努力したことが報われる」会社にしたい、と思う。もちろん、すべての努力が報われるべきだ、と青臭いことをいうつもりはない。しかし、努力したこと人も、そうでない人も商談の最後は入札制度で価格の安いところに流れるというのでは、誰も努力しなくなるであろう。そういう社会で「ガンバル」とは「我慢する」と同義語になるだけである。「あの業者は今回見積で頑張ってくれたからね」っていうことは「利益を無視してよく我慢してくれたよね」ということを意味するのだし、業者からすれば「とにかく今回は利益が取れなかったので、経費を使うな、時間を使うな、動くな、他のものを売りつけてこの分の利益を取り戻せ」ということにしか過ぎないのだ。そういう状況だったら最初から業者なんて存在すべきではないだろう。社会悪だ。
 ビジネスはゲームだと思う。ただし、ゲームを遊び、と訳すべきではない。どうせなら「試合」とでも訳して欲しい。ワールドカップサッカーに素人が参加したら大怪我をするだろう。F1だったら失神するだろう。K1なら命はない。そこはプロだけが参加を許される世界だ。
 商売だってそうだと思う。僕もまだまだアマチュアだが、もっとプロに近づきたい、という理想を掲げて参戦していきたい。最低のルールや正義を無視して相手の裏をかき、数戦勝ってみても、緒戦はアマチュアの遠吠え、いつかは淘汰される社会であってほしいと思う。歯科医師も医療のプロであると同時に経営のプロをも目指して欲しい。メーカーもシロウトテロに手を貸してまで売上を伸ばすことが長期的にはマイナスだということを自覚すべきだ。我々業者は・・・自覚のないやつはとっとと廃業してくれ。
 今回の借りは、返すぜ。
25 過激に過ぎるかな
 なんだかだんだん過激になってきて、ちっとも「業務日誌」ではなくなってきてるなー。取引先に読まれてたら確実に商売にマイナスなんだろうなあ。そのうちクレーム来るんだろうなあ。まあそのとき考えたらよいか。
 朝から妻と2人で事務所で仕事。荷物を開けて、コンピュータで引当をして、伝票を出して、荷物をつくり・・・夕方まで2人でカップラーメンすすりながら仕事する。なんて寂しい社長夫妻なんでしょうか(笑
 夕方、家族3人でちかくの居酒屋に行き、久々の外食。その後、カラオケボックスに行って2時間歌いまくる。適当にテンキーを押して、出てきた歌をアドリブで最後まで歌う、というゲームに熱中。これが結構面白い。息子が呆れている。なんだか久しぶりに発散した。強引に外に連れ出した妻が気遣ってくれたのかな。
26 市民向け講演会とマスコミ
 午前中は実家の部屋で2時間ばかりパソコンと格闘。その後、同級生の床屋に行き、散髪した後熊本市内へ。今日は歯科医師会が主催する一般市民向けの講演会なのである。小雨の降る中、顔を出してみる。思ったよりも人は集っているらしく、今、歯科界で話題の先生の講演に耳を傾ける。予防と管理がテーマなのであるが、彼の話をはじめて聞いたのが5年位前だったかと思う。それから5年間で、随分といろんな変化が起き、かなり多くの臨床家が予防と管理というテーマで仕事に取り組むようになっている。ところが国の制度はまだまだ治療中心のままで・・・と思っていたが、話を聞いていくと国も大きく方向変換しているようだ。なんだ、変ってないと思っているのは僕ら業者だけか、なんて。相変らず僕らの業界はこれらの変化を一つの商機としか捉えていない部分があると思う。医療ってブームとかそういうものに左右されるべきではないと思うのだが、医療ビジネスは商売である以上、そういう波を作ることが重要な手段だったりもするし。
 その後、元オリンピック金メダリストの森末慎二氏の講演。異様に話が巧い。ていうかちょっと上手過ぎないか(w。江戸の落語家のような。それにしても面白い内容であった。噺家としてもやっていけるな、という感じで、それは決して皮肉ではなく、なんでもトライしてなんでもこなさなきゃ納得できないこの人の感性なんだろうなあ、と思った。あんまり話が巧いんで将来、選挙なんかに担ぎ出されたりしなきゃよいんだろうけど。それとこれとは話がちがうんで。
 帰り際に一軒歯科医院により、その後うどん屋経由自宅へ。妻子はまだ会社にいったまま戻って来ていないので、テレビで「200X」をみる。昼間の講師が取材を受けて番組が作られたという。なるほどよくできているなあと思った。確かに短時間であまり詳しくは作れないだろうけど、方向性としては巧い演出だったと思う。また時代が一歩変化するんだろう。
27 昼間から豪勢に
 空港に客人を出迎えに行き、そのまま某取引先にお連れする。昼間から寿司屋でノンアルコールで歓談。その後彼らを熊本駅まで見送り、別れる。なんだか業界内の接着剤のような最近の私。
 その後歯科医院へ一軒用事で立ち寄り、会社へ。手掛けているソフト開発のチェックと、例の蚤の市の検討のため、過去の実績をPCに取り込んで検討。結局3時。
28 例会
 朝から仕入先が来社、先日の見積に関するトラブルで謝罪を受ける。これ以上同じことを言っても仕方ないので、ポイントだけ確認して、そこそこに切り上げ、昨日まとめた商談を発注。なんやかや言いながら決してケツをまくるわけにはいかな用にうまくできているのが由緒正しいこの業界。その後、セミナー関係のまとめをしたりして、夕方熊本市内へ。雪が舞っている。スタディグループの例会に参加。雪の中遠方から参加した先生たちは帰りの道路事情を心配している。白熱した会合も終わり、近所の居酒屋でノンアルコールの食事会。なんだかずっと務めていた女性が辞めたらしくて、オーナー夫妻がすごい気合の入れようで気を遣ってくれた。人を雇うことは難しいのだなと思う。
 けっこう派手に雪の降る中、自宅に戻り妻と飲み直し。
29 緊張するチグリス・ユーフラテス
 相変らず寒い日が続く。アメリカとイラクの緊張が高まっているとテレビが連日報道している。それにしても・・・・BUSHさんの演説ってどうしてあんなに知性を感じさせないのでしょうか。さらに、アジテーションが終わるたびに立ち上がって拍手している米国議会の紳士淑女たち・・・品がありすぎる。日本の国会だったらああいうシーンはないだろう。いっせいに立ち上がり満面の笑みで演者に応える大人たち。ある意味で日本の方が豊かなんじゃないか、とすら思う。北朝鮮、イラクに対して自由がどうのって説教できる立場にある国かどうか疑問にすら思う。でもおそらく殆どのマトモな米国人はきっと違和感を感じているんだろうけど。そう願いたい。
 だいたいマスコミも「アメリカ対イラク」なんて書き方をするから問題が見えにくくなっているんだと思う。素直に地図を眺めてみればよい。世界史に思いを馳せ、想像力を逞しくしてみれば、「カウボーイVSチグリス・ユーフラテス」という言葉が浮かぶに違いない。
 今日も家に帰れないかな、と家に電話したら息子が出た。ママはお風呂に入っているよ、僕はパパと入るんだ、というので、「1時間後に帰るからね」と約束して、そそくさと仕事を終えてクルマを走らせる。  
30 携帯電話・・・
 会社につく直前に携帯電話を自宅に忘れてきたことに気がついた。やっちまった。一年ぶりだ・・・  この冬一番と思われる寒さの中、社内で震えながら過ごす。ところが昼頃にはすっかり温まってきた。社長専用足元電気ストーブのおかげである(w
 ちょっと気合が抜けたのか、仕事のペースが進まない。やるべきことがたくさんありすぎて、「いまこの仕事をはじめるとこっちが間に合わない、かといってこれは必要な仕事だし、でもこれは今やる気分じゃない」なんて。ああスランプだわ。
 なんだか電話が騒がしく、新たなBSE感染源発覚か・・・といろいろ調べる。月度変更処理、土日の講演会の準備、来月の講演会の準備などに追われる。4月からのコースのダイレクトメール第二弾を制作、封筒詰め。3時に寝る。
31 教育問題
 午前中は社内でバタバタと明日の準備。昼食後、熊本市内の歯科医院で打ち合わせ。なんやかんやで夜まで掛かってしまい、20時ごろ終了。珍しく自宅に早めに戻り、家族3人で食事。どうも息子が反抗期らしくて(えらい早いが)、妻と冷戦状態らしい。体操服を忘れていったので今日は体育が見学だったそうで、妻はそれに気がついていたのだが、敢えて恥を書かせるために指摘しなかったと・・でも息子は平然としていてちっとも堪えていないようだ。妻は「全然言う事を聞かないので小言をいうのをやめたのだ」とかいってるし。日頃僕があまり家にいないので、2人が対決状態になってしまっているらしい。ここはイッパツ、オヤジがガツンだな、と思い、「コラ、忘れモンなんてしているうちはいつまでも大人になれんぞ、玄関を出るときには必ず身の回りのチェックをしなさい!」と大声で言った後、「あ、昨日携帯忘れたんだった」と思い出す私。
 1時ごろ、眠気に耐えられず就寝。ところが4時くらいに妻に叩き起こされる。聞けばずっと起きていたという。「たまに帰ってきたかと思えば勝手に先に寝るし」と小言を聞かされた後、教育問題について1時間あまり愚痴を。ダメパパは1時間付き合い、明るくなった頃ようやく釈放、再び就寝。
 今年も残すところあと354日。なんて。1月も風邪引いたり喧嘩したり愚痴聞いたりしながら終わってしまった。どうも進んでいるようで進んでいない2003年の幕開け。立ち止まったり振り返ったりしながら、もうちょっと先に進みたいんだけど、まだなんか足りない気がしている今日この頃。来月はもう少し動いてみよう。今月も読んでくださったあなた、どうも有難う。

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