taka's業務日誌 2002年9月
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1日
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11日
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21日
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30日
日
曜
diary
1
日
帝国ホテルで結婚披露宴
8時過ぎに妻子に空港まで送ってもらい、空路伊丹へ。3ヶ月ぶりの関西出張である。伊丹からは空港バスで大阪駅、そこからさらにバスで帝国ホテルへ。去年の9月に同時多発テロの翌週に来て以来である。久々に大きな披露宴。業界の主なメンバーはみな来ていそうである。僕ら若手組は幾つかのテーブルにまとめられてワイワイ騒ぎながら食事。さすがに食事は旨いなあ。盛大な披露宴は盛況に終わり、大阪の友人のクルマで今日泊まるホテルまで送ってもらう。近くの喫茶店で夕方まで情報交換したり、いろいろ提案してみたり。その後、ミナミへ移動しこれまた知人と食事。23時ごろホテルに戻り、汗だくの体にシャワーを浴びる。今日は本当に暑かった。
2
月
日記にならんなあ
早く目が覚めたので朝食後、地下鉄で梅田へ。ファーストフードでレーコ(関西風)飲みながら午前中はメールの返事などに費やす。午後から3箇所で食事したり飲んだり騒いだり。おっかなくてとても日記にはかけまへん(笑
新地から淀屋橋のホテルまで歩いて帰り、23時ごろにはぐっすり眠る。ところが日本酒を飲みすぎたせいか、猛然と頭痛がしだし、午前4時におきてしまう。なんともインソムニア状態となりB2でやっていた昔のフランス映画なんかを見ていたりしたが、夜が明けてきたのでパソコンを取り出してひとしきり仕事。不眠症にだけはならないっていう確信があった僕だが、出張中はそういことでもないらしい。ただ単に年を取っただけかもしれないけど。
3
火
関東小旅行
眠れぬまま地下鉄で新大阪へ。新幹線で東京へ向かう。車内では移動の殆どの時間をパソコンを開けてメール書いたりこの日記書いたり。今日明日は関東地方へ出張ということでひたすらお仕事モード。それにしても暑い、暑い、暑すぎる!夜はホテルの居酒屋で軽くいっぱい。21時には部屋に戻り睡眠不足を取り戻すべき高いびき。
4
水
インソムニア
また4時に目が覚めてしまった。早く寝すぎたか。ばっちり目が覚めてこりゃいかん、とテレビで24時間ニュース見ながらパソコン起動し、仕事。9時過ぎまでしっかり仕事してしまった。タクシーで今日の仕事場へ。午前中でだいたい終わり、中華料理店で昼食を取った後、列車で京都へ戻る。新幹線の中でようやく眠気が復活してきて、30分ほど眠る。その後はひたすらパソコンを開けてパチパチ仕事する。名古屋などの停車駅になるとすかさずPHSを起動してメールを送る・・・・そんな生活なのである。
夕方京都に到着。5月以来だ。祇園で待ち合わせをし知人と会食。ふと迷い込んだコリアンタウン。一瞬自分がどこにいるのか分らなくなる。これも旅の楽しみ。あ、旅じゃない、出張だった。祇園では食事の後、景色のよろしいお店へ。
夜は15年来の知人宅にお世話になる。以前、京都で仕事をしていたときの取引先なのだが今ではF1オタク仲間である。慣れない珍客に仔犬がワンワン吼える。3時近くまでビールを飲みながら話。
5
木
メーカー特約店会
例によって意外に早く目が覚めて、朝食をいただいた後、北山まで30分強歩く。名も無い京都の小道を歩くと、次第に日が昇ってきてあの暑さを思い出す。鴨川を渡り、以前は通勤の道であった北山通りを歩く。当時バブル絶頂でいっぷう変わったビルがたくさん建ったものだが、今となってはすっかり景色に馴染んだ建物から案の定みょうちくりんなモニュメントにすらなれなかったビルまで・・・。しかし北山といえども古都の迫力勝ちだ、この変なビルですらすっかり京都の景色にしてしまっている。
北山の歯科医院へ表敬訪問し、一時間ほど話し込んだ後、地下鉄で京都駅へ。地下街で焼きそば定食を食べた後、リーガロイヤルホテルまで歩く。地図を見たらすぐなのに、堀川通りじゃん、けっこう汗をかいた。ホテルでは老舗の歯科メーカーが20数年ぶりという全国特約店総会を開催。特別講演の阪大名誉教授の話が意外に面白かった。宿泊はこのホテルの立派なツインの部屋を1人で占領させてもらう。春に泊まった蹴上の都ホテルもそうだったけど、どんどん外資系に買われていくんだな。コリアンタウンではなくてアメリカンタウンになってしまうな。ホテルのパーティは淡々と進み、しかしここのところずっと飲みっぱなしで殆どお茶ばかり飲んでいた。二次会は祇園の渋いカウンターへ。その後名物京都駅横のラーメン屋に並んでそこから歩いてホテルまで。蒸し暑い夜だった。
6
金
工場見学〜熊本で会食
朝から滋賀県信楽町の工場見学にいくという。あいにくの大雨。貸切バスに揺られて一路滋賀県へ。バス中、工場の責任者の方がバスガイド役を引き受ける。その中で、「このあたりでは信楽焼きが市価の2〜3割で買えるんです。それが町中に行くとすっかり高くなってしまうんですね」ってアンタそれ僕ら流通業者を微妙に否定してないか(笑。まあいいんですが。
山の中の工場で無人の機械がカタコトと人工歯をプレスするさまを見学。そういえば6月に京都の他の工場を見たばかりだった。以前だったらなんかこういうのを見ても、いちいちときめいていられたんだけどな。どうしてだろう、歳のせいかな。こういうのを見ても要らんことばっかりに考えが行ってしまう。これだけの歯を毎日製造しているってことは、これだけの歯が毎日抜け落ちているってわけなんだ。あるいは抜かれているってことなんだ。まずはそれを何とかしないといけない気がしてしかたがない。
お昼過ぎにはバスは京都駅前に戻ってきた。グルメな友人らと駅ビルの中のおいしいステーキ屋さんで”ひつまぶし”を食べる。これが結構いけた。高かったけど。その後新快速で新大阪。ちょっと時間があったので駅ビルの中のサウナにビジネスルームを見つけて電源確保、いそいそとパソコン広げて仕事、部屋代1時間500円で明日の会議資料を作りまくる。その後、大阪の同業者と喫茶店でお茶。伊丹に移動し飛行機を待つ。少し遅れて小さなJASの機体は雨の中熊本空港へ。仕入先の重役さんと落ち合い、妻の車で街中へ向かう。今日は熊本の夜を案内する約束をしていたのだ。いつもの寿司屋で食事をした後、いつものカウンターバーで熱く語る。さすがにこちらも疲れとアルコールでフラフラ。最後のほうは酔っ払ってて良く覚えていない。
7
土
会議〜懇親会
出張帰りの翌日は少しゆっくりしたいものだが、そういうわけにもいかず、今日は朝から会議である。予定通り2時間できっちり終わり、決算に対しての予定をはっきりしたあと、コンビニ弁当食べながら明日のセミナーの準備を始める。カラーコピーを買って本当に助かった。夕方どうにかメドがたち、クルマで熊本市内へ。明日のセミナーの懇親会なのだ。急遽お店が変ったので店の前に立って受講生を案内する。汗ダラダラ。その後クラブに移動し、2次会。なぜか近くで飲んでいた若手の先生を呼び出して合流。そういえば今日から熊本の大手同業者が展示会をやっているのだった。その割には歯科関係者とバタバタ遭うでもなく、無事にタクシーで家に帰りつく。カラダボロボロなのである。
8
日
セミナー〜焼き鳥屋
朝から講師を迎えに行って一緒に研修会場へ。今回で3回目のセミナーが始まる。事前の準備(お盆の殆どを費やした)がバッチリで首尾よく進行。お昼を食べた後はさすがに居眠りしかけたが。こういう裏方に徹する仕事はある意味あっているのかもしれん。ギター持ってステージに立つよりPAやってる、みたいな感じ。夕方無事に終了、講師を家まで送って、なんだか久しぶりに家に戻る。息子がどうしてもいつもの焼き鳥屋に行く、というので、僕が運転していく。さすがにもうウーロン茶しか飲めん。
9
月
同行販売〜またもアルコール
輸入商の営業マンと昨日のセミナーの講師のクリニックなどを同行販売する。朝からホテルに迎えに行き、6軒ほど。いったん家に戻って着替えた後、街中に移動し、居酒屋で会食。彼とはもう長い付き合いだ。お互い本音で話せて楽しい。彼の強いリクエストで熊本名物水鉄砲のお店へお連れする。最後にもう一軒カウンタバーに行ってしばらく話して帰る。さすがにもう動けん。
10
火
社内〜同行
朝一で会社に出勤、机の上の書類を整理。最近はスキャンしまくって紙は捨ててしまうことにしている。昼過ぎに熊本まで戻り、昨日の同行の続き。最後に彼を交通センターまで送った後、いったん自宅に戻る。いくつかの準備をした後夕方から、スタディグループの理事会。21時過ぎ家に戻るとさすがに今日だけは・・・と久々にノンアルコールで熟睡。
11
水
9.11自爆テロ攻撃
あれからもう1年も経つのか。早いような遅いような。1年前に想像していた1年後の世界より、世の中はしぶとかった気がする。しかし確実に何かが崩壊していっていることだけは間違いないと思う。WTCで亡くなった二千人あまりに加えて、アフガンで、中東でその数倍の人たちが死んだのだし、今でも死んでいる。なんとなく今日は何かが起こりそうな、そんなマスコミの体質的な興奮状態と、しかしまともにそれを伝えてはいけない風なミエミな自制がいやらしく感じる。こういう時はネットのほうが素直な反応で面白いものだが、それでもみんな自制的だ。でも一番興奮しているのは藪大統領かな。彼が当選した時はフロリダ投票疑惑やらで歴代最低の情けない顔だったのがいつの頃からか威勢の良い言葉に囲まれたヒーローになっていった。しかし目の奥だけはいまだに何かに怯えて虚勢を張らずにはいられないような黒点が覗いている気がする。実際にあったことは無いのであまり言えないけど。規模は違えど、ついつい同じ親から仕事を引き継いだボンボンとして眺めてしまう。僕もああいう時期があったってことだろう。今でもそうかもしれん。
朝から内勤パートが休みで今日も電話番。午後になって配送パートから電話。営業車で事故を起こしたという。自宅の近所だったので妻を走らせる。状況を確認したら、走行中にスーパーマーケットから出てきたオバチャンのチェイサーに横からブチ当てられたという。いわばオバチャンの自爆特攻テロである。ところが先方の機体はかすり傷、こちらは前方大破、である。保険や警察の手配を指示して帰社させることに。帰ってきたら首が痛い、というのでとりあえず帰らせる。
帰ってゆっくり9.11関係の特集でも見るか、と家に早めに戻るが、妻と喧嘩。テレビもつまんない。追悼式典とかで女性歌手が朗々と歌声を張り上げているのを見ると、もうどうかしているんじゃないか、と思う。ある種カルト的だ。カルト対カルトの一本勝負だ。ところがトップ同士はそんなこと関係なくて経済的な利害でお互い計算していたりする、どうもそんな気がする。寝室に行って、買ったまま読んでいなかった「非戦」を読み始める。いろんな人が感傷的になったり、分析的になったりしてそれぞれが文章を書いているスタイルが面白かった。国民性や性格がこんなにも表現されるってことは極限状況で試される本人の裸の姿ってことだろうか。もともとそういう読み方をする本ではないと思うけど。それにしても日本のミュージシャンの中で中学生レベルの文章を書いている人がいたなあ。あとで読み返してみて気恥ずかしくならんだろうか。あ、それってこの日記もうそうか。
12
木
特約店制度
朝から昨日の事故処理の件で保険屋さんと話し合い。当人は熱が出て眠れないというので病院へ。人身にするかどうかを見極めることに。とりあえず今日は休ませることにした。お昼前に問屋さんの営業が来て近くの寿司屋で食事。聞けば今日、機械メーカーの特約店会議が熊本で開催されているという。ぜんぜん知らなかった。前回までは出席していたのだが今回は案内すらなかった。そういえば2ヶ月前に「しばらくお休みされませんか」と言われたのだった。別に弊害もなさそうなんで、それがよければそうするよ、と口頭で返事した。その後、特約店の一つ下のレベルの新規契約書を持ってきたが、保証金の減額の件で折り合わず、そのままになっていたはずだ。後で聞けばうちの会社は退会扱いになっているらしい。「お休み」と「退会」には1光年ほどの差がある気がするが、未だに一切説明無しである。まるで北朝鮮のような情報取扱だなぁ。怒りよりも呆れが先行する脱力感を感じる。この会社と顧客がトラブルを起こした際に何日も間に入って交渉してやったことが虚しく思い出される。僕が歯科医師だったらここの商品を購入したことを悔むだろう。
「売れー、売れー!売りさえすれば後で良いことがあるよ!だから売れー!売れー!」
そんな体質とは合わない。
午後からもう一社商談した後、夜は熊本市内へ。コースの来年度打ち合わせに。途中で食事に出ることにし、たまたま熊本市内のホテルに投宿していた輸入商の営業マンを呼び出して3人で焼肉。その後営業マンと以前一度だけいったカウンターバーに行ってちょっと飲み、それから代行運転で家に。相変らず家でも妻と雰囲気悪い。もう踏んだりけったり(苦笑
13
金
今日も会食
朝から内勤パートが今日も休むというので朝一で八代へ。配達パートもまだ調子が悪いらしく今日もお休み。てなわけで今日も会社を1人で切り盛りすることに。だんだん慣れてきたが、やっぱりこの仕事は効率が悪すぎる。どう考えても粗利率15%程度で責任ある仕事が果たせるとは思えないのだ。単純物流ならそれでも良いが、10万点を超える超多品種・少量納品、一つの受注を受けるのにも想像を越える作業の調べもの、顧客からの「いつもの研磨材、いつもの条件で大至急」という商慣習、翌日納品あたりまえの異常な納期体制、メーカーごとに異なる仕入価格や発注時間、送料負担の区分・・・一日の発注だけで20社くらいにFAX(伝送ではなく!)して電話で確認するのだ。そしてそれらを営業マンが週に2〜3回手持ちで納品し、説明・修理までやって粗利15%、といわれても、頭の良い人材からすぐに逃げ出すだろう。何とかしなくては。まずはこの現状を顧客に説明することから始めなくてはいけない気がする。殆どの顧客は僕らが30%以上の利益を手にしていると未だに信じているのだから・・・僕ら業界の「説明責任」の問題だ。
ネットワーク屋さんと打合せした後、夜は早めに店を締めて熊本市内へ。情報交換のため知人と居酒屋で2時間ほど会食。今日も代行で帰る。今日の代行運転のドライバーは昼間、自分で広告代理店を経営しているそうだ。運転中も熱く語っていた。仕事を二つ持って夜も休まずに働いている人がいる。まだまだ僕らは恵まれているのかもしれない。でも社長が下を見て安心してどうする。彼と同じように、数年後のために夢を見よう。
14
土
市民大学
すっかり天文ファンになった息子を連れて東海大学の市民大学に参加する。アリゾナ大学の名誉教授が太陽系について講演する、という無料企画である。朝10時から東海大学へ二人で向かう。ここは中学時代に業者テストを受けに来たのと、息子が幼稚園の時に運動会で二度ほど来ただけだ。講演が始まる。ところが、通訳(奥さん)のマイクがハウリング、エアコン効きすぎ、スライドプロジェクタが滅茶苦茶・・・となかなか裏方がよろしくない。なんて職業柄そういうところばっかり見てしまう。息子は相変らず集中力が無く(英語+翻訳だから仕方ないけど)、そのへんを裸足でウロウロしている。取材に来ているテレビカメラがこっちを向くとすかさずピースマークをしている。聞けば「テレビに出られたらよかたい」とのこと。やっぱまだ子供なんだな。そういうお父さんも高速道路でオービスを見つけるとついピースサインを送ります。
午前中で講義は終わり(その間あちこちから携帯で落ち着かなかったけど)、家に戻る。妻子はキャンプの準備をして芦北へ向かって行った。僕はなんか急に体調が悪くなってベッドに。夕方目が覚めてテレビをつけるとスタローンの「ジャッジ・ドレッド」って映画をやっていた。あまりのオモシロサに最後まで見てしまう。ゴレンジャーってその後アメリカで復活してたんだって納得。こういう映画のスポンサーになれる企業があったとは、やはり1995年当時から米国はバブルだったのだなあと。
おかげで少しだけ元気になれて、クルマに乗って芦北へ向かう。今日から息子の小学校の友人3家族と御立岬で合同キャンプである。ちょうど夕食時に合流し、いきなりビール飲んでソーセージ食べてお祭。子供がたくさんいて楽しい。
15
日
釣り体験
早起きする。見渡せば海岸沿いの芝生に幾つかテントが点在している。持ってきたソフトの解説書を読み始める。こないだの出張でたくさんマスターすべきデータベース設計の宿題を作ってたので涼しいうちにお勉強。そのうちみんな起き出す。妻の作った名物ダッチオーブン中華粥で朝食。その後、子供たちと釣り好きのパパらとはしけに釣りに出かける。ほとんど釣りをやったことが無いので、見よう見まねで餌をつける。3時間あまりで今晩の夕食分くらいを釣り上げる。回りは釣りのお客さんがいっぱい。若い女性も意外と多い。こうやって休みにボーっと水平線を眺める趣味も悪くは無い。息子はすっかり夢中である。
テントに戻って昼食を食べたあとは子供たちと隣接するカート場へ。こどもらはゴーカート、僕は1人でレーシングカート。もうちょっとスピードが出ると面白いんだが。シケインにノンブレーキングで突っ込めるエンジンって・・・。その後温泉センターに子供らと。
暗くなっても鬼ごっこなんかして遊ぶ。3家族中1家族は今日で帰るというのでお別れ。すっかり子供たちの人気者になってしまった。今日も夜は長々と宴会。残された子供たちはすっかり遊びつかれたのか早々と寝てしまう。親たちは疲れたのかそれを癒すためと自分に都合の良い嘘をつきつつ発泡酒を流し込む。空の月がだんだんと傾いていく。
16
月
ブタの手術
今日も早くから目が覚める。朝から凝りもせず子供らとカート場へ。その後テントの撤収作業を終え、近所の人工海岸へ。トンネルを越えればそこは海。15年前に何度か来たことがある。たしか友人らと大晦日にクルマで暴走してきて花火大会をしたり。恥ずかしい我がDQN時代。なあ、かもなべ君。子供らはまたも釣竿を取りだして釣りの真似事。近くをジェットスキーがブンブン唸っている。当然釣果はゼロ。そのうち1人がむくれて泣き出し、お腹もすいたので解散。八代まで戻り、ファミレスで遅い食事をした後、会社へ。
しばらく仕事をした後、食肉会社経由で熊本市内の歯科医院へ。今日はこれから来月の歯周外科コースのためのビデオを撮影するのだ。居合わせた設計士さんと3人で貰ってきたブタの下顎を切開して縫合する様子をビデオ撮影する。その後先生と近所のレストランで食事をして解散。よく遊んでよく仕事したら自然とストレスは解消するものらしい。
17
火
小泉首相訪朝
社内で仕事。朝からゼロックスの調子が悪く、しばらくサービスマンと話。午後からネットやマスコミが騒がしい。小泉首相が日帰りでピョンヤンを訪れている。拉致事件の被害者の殆どが死んでいた、ということでさすがに痛々しい。この感覚をどこかで憶えている。忽然と行方が消え、でもどこかで生きているに違いない、と半ば諦めながら信じていたのに、犯人の口からあっけなく死亡が確認されたという経験・・・そう、オウムの時の坂本弁護士事件だ。手口は同じだ。体制も非常に良く似ている。狂信的な指導者。後継者たちはエリートで行動的に見えるが、実際は平然と人を殺める。内部情報は脱走者頼み、インターネットと各種兵器を駆使。内部に充満する被害者意識と選民意識。誰もが気づいているはずなのにマスコミには一切そのような話は出てこない。例えば小泉首相はアサハラが主導するオウムと国交正常化しようとしているのではないか。たとえ話ではなくて、そのものと。今日は朝までそんなニュース。スタディグループの毎月の資料を作る。これってけっこう一日仕事なのだ。
18
水
久々の会社でのセミナー
決算の準備などを社内で。来月のセミナーの準備。ちょっと風邪気味だ。朝から取引先から電話。さすがに今回は「それはおかしいのでは」と思い、思ったことを口にしてしまう。まあ電話してきた人は何も悪くないのだけど。会社経営って結局は仲間作りみたいなもんだと思う。自分のやりたいことに協力してくれる投資家、社員、パート、仕入先、そして顧客。彼らは敵でも、自分に群がってくる蟻のような商人でもなく、パートナーだと思う。一度パートナーに選んだ以上、大事にしていく必要がある。時には喧嘩しながらも。パートナーに出来ないと思ったらそこまで。どっちづかずは良くない。お互いに。
今日は夕方に会社の2Fでメーカー主催の商品説明セミナーをやるので会場作り。夕方にメーカーさん2名がやってきて、夜からセミナー。技工士さん対象である。21時過ぎに終了し、講師と飲みに行くことに。八代で飲むのは本当に久しぶり。といっても安いチェーン居酒屋に1時過ぎまで居座って飲んで帰っただけであるが。帰りのタクシーの中で、運転手さんが八代の客はガラが悪い、と愚痴っていた。
19
木
商品説明会
朝から新しい製品についてメーカーさんの社内説明会。昨晩飲みすぎて気持ち悪い。ここのところアルコール取り過ぎかもしれん。ようやく来月のセミナーの資料を完成する。夜までそんな仕事。途中で何か歯車が狂ってしまい、何をやって良いのか分らなくなる。やるべきことが多すぎるのか、少なすぎるのか、それすら分らなくなる。仕方ないので家に帰る。息子がまだ起きていて、明日は漢字テストなのにぜんぜんダメだ、何度やっても漢字を書けない、と妻がぼやいている。ところが息子は気にする風でもない。一日じゅうずっとマンガや本ばっかり読んでいるので、漢字は殆ど読めてしまい、自分は漢字は得意だと思っている。読めるけど書けないってのはお父さんと同じだ。漢字の練習帳に縦にずらっとツクリをまず書いて、次にヘンを書き足していくあたりもお父さんと同じだ。ついでにお母さんとも。DNAはしぶとい。
20
金
決算
今日で決算である。数字の予想はだいたいついているが、大幅な減収とちょっとした増益になるだろう。増益といっても人数が減っただけだけど。デフレ時代の乗り切り方はインフレ時の経営と正反対で、他社よりも一刻も早く人件費を落とす(リストラや給与カット)して会社の規模を小さくして受注減に率先して対応するか、イノベーションによってまったく新しい市場を創造するか、どちらかあるいは両方だと思う。従来型の政策ではB29に竹槍で戦闘を挑むようなものだ。しかし決算という数字にそれらを反映するのはなかなか難しい。結果、このようなことになる。まあ赤字よりはよっぽどマシだけど。それでも売上は必要とみんなであちこち朝から電話攻勢。僕も20万くらいの数字を作る。以前なら利益を乗せずに保険用の合金を売って数字を作っていたものだが、それは今年から一切やめさせた。麻薬みたいなものだからだ。夜、一所懸命営業して疲れ果てた営業マンたちと仕事しながら話し合う。将来のこと、他社のこと、この仕事のこと・・みんなどこかに引っかかっている。いつまでこんなこと続くんだろう。これはうちの会社に限ったことではない。この業界で会う人皆が口にし、顔に出す。誰もがきっとそのうち良くなるだなんて信じていないのに。
来期決算ではまったく違う様相を示すだろう。それくらいの準備はしている。時代に合う方程式の幾つかは解けているんだ、あとはそれをどうやってエンジンにするかだけなんだ。
21
土
家族キャンプ
朝からなんか気が抜けてしまって・・この日記を書いていたり。いろいろとやるべきことがたくさんあるけど何からやって良いのやら、という状態に。でも何となく気分は楽で。というのも連休前という雰囲気のなせる業か。夕方までチマチマと仕事を続ける。だんだん暗くなってきてから、妻子と近場のキャンプ場へ出かける。これから二拍三日の家族3人だけでのキャンプ生活に突入。個人的決算お疲れ会なのである。セッティングを終えたらもう真っ暗。とりあえず野菜を焼いてビールを流し込んで、風呂も入らず寝袋に転がって。
22
日
キャンプ二日目
例によって妙に早起きした僕はタープの下で文庫本。真保裕一の「ボーダーライン」を読み終える。なんだかんだいってこの人の文庫本は全部読んでるなあ。なんとなく安心して読めるって気がして。非常に緻密に良く出来ていて、かつ期待を裏切らないエンターテインメントでありながら、なんとなく優しさを感じるというか。この小説もアメリカの田舎と、アメリカに逃げ出した日本人の若者、というあまり見ない設定で楽しめた。
昼から息子と川釣りの真似事。最近活発さを増している彼は、釣り人に気軽に声を掛けて釣果を聞き出したり、死んだ亀の死骸を持ってきて自慢していたりしている。僕よりはずっと外交的なのだろう。とても良いことだ。母の血かな。夕方は車に乗って八代のがらっぱ湯というスーパー銭湯へ。以前熊本市内で1回200円したカートゲームが100円であったのでちょっと練習。先週のレーシングカートよりスピード感あったりして。でも本物には適わない。息子とゆっくり風呂に浸かる。些細な贅沢。この子はいつまで僕と一緒に入るのだろうか?僕は中学生どまりだったかなあ。
買い物をした後、家族で楽しい夕食。早起きしたせいで子供と一緒に早寝する。途中飲みすぎで気分が悪くなり目が覚めると、テントに妻がいない。あれ、どうしたんだろう、と時計を見ると1時。おかしいな、とタープの下を覗いたら、妻がビール缶を手にしたまま椅子に座って寝ていた。おい、死ぬぞ、と声を掛けてなんとかテントに引き入れて寝かす。この親子はただ者ではないのかもしれん。
23
月
秋分の日は寝まくる
今日まで連休である。3人でゆっくりめに起きて、おいしい朝食。酔っ払いの妻だが、キャンプの時の朝食だけは世界一上手だ。酔っ払いの機微を理解している。どうだ、たまには日記で褒めておいたぞ。いつもこの日記に「私の出番が少ない」と文句を垂れる。どうせ誰も読んでないって、って抵抗するのだが彼女は納得しない。これでしばらくはよいだろう。
しばらくゆっくりして落ち着いた後、3人で山登りに挑戦。といっても遊歩道を山頂まで歩くだけだが、しかしこれがキツイ。日頃の運動不足、飲みすぎがモロに影響し、頂上にたどり着く頃にはゲッソリ、の状態。しかしそれは僕だけの話であとの二人は相変らずの絶好調なのである。食生活は同じはずなのに・・・日頃はそうでもないか。
ようやくテントに戻り、妻のおいしいカップラーメンを食した後、三人でディスクゴルフに挑戦。これはフリスビーを使ってゴルフのように幾つかのホールを回ってスコアを競う、というゲームである。結構盛り上がり、同じコースを3回も回ってしまう。僕はこういう狙いを定める系のゲームは意外に強いのである。弓道初段なのである。だからというわけではないがダーツとか射撃シミュレーションゲームとか意外に強かったりするのだよね、へへへ、諸君。
その後昼寝とかした後に撤収、夕方には八代の実家へ。なんとなく風邪っぽかった僕はそのまま自室へ直行、19時には寝る。次に目が覚めたのは翌朝朝であった。それにしてもよく寝た。
24
火
決算棚卸
快眠の後は、決算棚卸である。今回はあまり事前の準備をしていなかったのでちょっと段取り悪し。ということで時間がかかるかな、とも思ったが在庫をかなり減らしているので午前中で終了。そのまま勢いに乗って会社の大掃除に突入。昼ご飯はピザをデリバリーして皆で食べる。これでようやく1年が終わった、という感じである。
夕方からメーカーの新営業所長が来社、商談。その後、請求書を出力して、チェックした後、熊本市内に戻って、一軒修理した後、いつものスタディグループの例会に参加。いつもの食事会は遠慮して知り合いの先生と軽く食事して家に戻る。久し振りの自宅だ。
25
水
人間関係
朝から新しいビジネスの契約。問題なく契約書を交わす。その後、取引先を訪問し、現状と今後について話す。個人経営が企業経営に転換する時にもっとも取り残されるのは経営者の家族なんだろう。なんだかんだいってそこがネックだし、それをクリアしないと次には進めない。他人事ではない。しかし現実は現実であり、ビジネスは厳しい。経営とは仲間作りにほかならないと思う。いかに自分のビジョンを実現するために仲間を得るかだ。僕は何があっても彼の仲間であることだけは変りない。そういう人が何人かいる。同時に僕の財産なんだ。いつか皆が納得する日が来るに決まっている。
会社につき、ラーメン屋で飯を食っていたら最近連絡の無かった取引先から電話。共通の知り合いへの批難が続く。人間関係は複雑にして怪奇。以前の僕ならすべての批難に正直に反応していたことだろう。だが、人は第三者に悪態をつくことによって胸のつかえが下り、明日からの良好な人間関係を回復することの出来る生物だ。それに気付かず、真に受けて馬鹿を見るほど僕も若くは無いってこったな。深夜まで決算処理など。今日は家に戻らず泊り込み。しばらくは続きそうだ。
26
木
はて
この日はなにしてたんだろう。たしか社内で仕事してた。日記、というわりにしばらくして思い出そうとしても思い出せない日もあったりする。
27
金
あたらしい企画
午前中をかけて新しい勉強会の企画を練る。パワーポイントはそういう時便利な道具である。午後は人材派遣業者とお話。初めてシステムについて説明を受けたがなかなか面白いと思った。日本に限らず先進国は雇用主に対して異常に厳しい条件をつきつけ、雑多な仕事を押し付ける、らしい。ドラッカーが書いていた。それに対するアンチテーゼとして面白いではないか。もう少し研究してみる価値があるかもしれない。特に医療業界では。
夜は熊本市の歯科医院でセミナーの打ち合わせ。その後、メーカーさんと馬肉を食べながら商談。二次会はいつもの店に行き、うだうだ仕事の話をしてひたすら盛り上る。代行で家に戻る。
28
土
打ち合わせ〜家族で居酒屋
なんか妙に二日酔である。午前中は自宅で来年のセミナーの企画を練る。午後からそのセミナーの関係の先生とホテルの喫茶で打ち合わせ。ビジネスとして成功させなければ。先生と別れた後、家族と書店で待ち合わせした後、最近よく行く居酒屋へ。「雰囲気がいいね」とは8歳の息子。あんまり居酒屋への抵抗をなくしておくと、中学生くらいで常連になってしまいそうで怖い。そろそろ考えんとな。なんちゃって。その後カラオケボックスに移り、3人で盛り上る。2軒も飲み放題が続いた貧乏性の妻は飲みすぎたらしく、帰りのタクシーの中で吐きそうになっていた。息子の前に妻をなんとかしんと。
29
日
久し振りの何も無いオフ
日曜日の息子の朝は早い。テレビ番組だ。つられて僕も起きる。妻は飲みすぎでしんどそう。久しぶりにサンデープロジェクトなんかを観る日曜日。ほかになにしたんだっけ?ついこないだのことなのに既に思い出せない。
30
月
月末の約束
月末までに何とかする、と約束していたソフトウエア開発の仕事をなんとか形づけようと朝から会社で奮闘。こういう仕事って日頃のアイディアを一気に形にする、というか集中して、他の仕事を排除して、パソコンの画面に数時間篭って何とかなる、みたいな性格のもだ。朝からそれをスタートして、もちろん会社にいるから平行していろんな雑用をやりつつ、この仕事が終わったのは実に23時、期限ギリギリであった、いつもそういう人生。
今月もなんとか無事にやり過ごす。得るもの、失うものともに多し。高校のときの古文の恩師が授業中ポロッと口にした言葉がいつも頭なの中をよぎる。人間が発展するというのは嘘っぱちだ。実は源氏物語の頃と比較してもちっとも成長なんかしていない。時代とともに人類が成長しているだなんて本当に信じているのか?? そう、きっとそう。亡き恩師の達観と諦観とが教え子に発露されるまで熟成した彼の年齢にいま僕は近づきつつある。WEBにアップされた日記はきっとどこかのサーバーにストックされたまま人類滅亡の日まで01のデータとしてキープされ続けることだろう。もしかしたら人類が滅びた後まで。これまでそしてこれからの莫大でちっぽけなテキストは亡き人たちのために、そして現実と未来の人たちのために、きっと何の役にも立たない、それがなんとも面白いではないか。今月も飽きずに付き合っていただいた貴方に心からの感謝を。
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