taka's業務日誌 2002年1月
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1日
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30日
日
曜
diary
1
火
明けましておめでとうございます
無事2002年になりました。おかげさまで僕らの家族も会社も無事に年を越すことができました。この日記も99年4月から始めて今年で4年目に突入します。カウンタを見る限り、定期的に読んでくれている方もおられるらしく、なんか恥ずかしいのですが今年も宜しくお願いします。
さて、今年のお正月はどこにも行かずに八代の実家にて、年越しの瞬間は例年のごとくアルコールまみれ、そのままテレビを見ながら朝5時まで過ごす。John Lennon追悼コンサート、朝まで生テレビなどを一人でボーっと見ていたらもう5時。ようやく布団に入り次に目が覚めたら11時過ぎであった。
とりあえずビールなど飲みながら(笑)年賀状を読みつつまたーりと過ごす。しかしどうにも事務所の具合が気になって会社に初出社、引越しの仕上げにかかる。正月早々、机の下に潜り込み、埃まみれになってLANの配線やら電話回線、書類などをボチボチ整理する。やはり2階は暖かく、一人でこうやって作業するにはずいぶん気持ちよい。あ、アルコールのせいか。
夕方4時過ぎに家族3人で熊本の自宅に戻る。泥棒にも火事にも遭わずボロ家はひっそりと僕らを迎えてくれた。八代と違い心底冷え込んでいるこの家の空気に懐かしさすら覚える。ストーブ全開にしてコタツに入り、オセチをつつきながら会社から持ち帰った移動用スクリーンにプロジェクタでビデオを大写ししたりして深夜まで大騒ぎ。たまには家で家族だけで過ごす正月も良いものだ。レンタルショップで借りてきていた
「レッドプラネット」
を見る。大スクリーンで見るのも良いなあ。SF映画としてもなかなか良くできていたな。正月早々4時まで起きてしまった。
2
水
初外食は近所の洋食屋
今日も起きれば11時。昼間はテレビを見つつコタツに浸かって年明けの社内向けプレゼンを2時間ほど作る。ついつい余計なアニメーションなんかに凝ってしまった。夕方ようやく外出する気分になり、歩いて1kmくらい先の焼鳥屋へ。でもやっぱり休みだったのでそのまま寒風の中3人で歩き、ようやく以前来たことのある洋食屋さんを見つけてカレーを食べる。オセチも良いけど、ね。
3
木
初詣
寝正月3日目。だんだん日頃の洗脳から解き放たれるのが実感できる3日目。「目的と手段を混同してはいけないのだ」、などと会社で説法している僕。自分こそは目的と手段の違いを明確に区別できる男だと信じて疑わなかった。だがこうして会社の仕事から長く離れてみると、実は自分もぜんぜんわかっていなかったことに気付いたりするので面白い。まるで新興宗教の洗脳から徐々に開放されてくる気分。それは僕にとって仕事は手段に過ぎないってことをコタツの中で思い出したりすることだけど、それだったらそれでゲームとして楽しんでやろうなんて思う。そうやって新しい年を過ごしてみようか。
暗くなりかけてからようやく外出。健軍神社に初詣に出かける。おみくじは中吉。うん、それでよいや。出店でベイブレードが当った息子は大吉のおみくじよりも嬉しそうだった。帰り道に酒屋に立ち寄ってアルコールを補充。家に戻りテレビを見ながら妻とぐびぐび。
4
金
年始
今日から診療している歯科医院は多い。だが、仕入先のメーカーのほとんどは7日月曜日からだ。だから僕ら中間業者は間を取って明日から仕事、というところがほとんど。だが社長がそういうことを言ってても仕方が無いので僕は朝からネクタイを締める。今年は新年早々社内で過ごさなければならないことが多いので年始の挨拶に回ることがほとんどできないのだ。というわけで今日から車に乗って数軒回る。先週会ったばかりなのに、新たな気分で「明けまして〜」なんて面白い国だな日本は、と思う。夕方には家族3人で会社へ。妻は溜まっていた仕事に取り組んでいる。僕はといえばサーバーの設定、Notesクライアントの設定、LANの設置、FAXの移動なんかで気がついたら深夜にまで作業。布団に入るも妙に頭が興奮していて寝付けない。というか単に昼夜逆転しているだけってことだろうけど。寝付いたのは4時前だった。
5
土
仕事はじめ、新年会
朝から社員、パート総出で仕事はじめ。年末年始で作ったパワーポイント49枚をプレゼン。1時間で終わるはずが噛み砕いて喋ったら2時間くらい喋ってしまった。時代が変わったこと、僕らの役割が変わったこと、新しい手段で仕事をしなければならないこと、得意手段で社会貢献することが必要なこと・・・そんなことを喋った。その後NotesのR5という新しいバージョンの使い方を説明。やはりプロジェクタ買ってよかったな。
昼前に終了し、それぞれに自分の身の回りの物を引越し。2階もなんとなく事務所っぽくなってきた。14時過ぎに妻の運転する車で熊本市内へ。今日は薬業関係の組合の新年会なのだ。毎年参加しているが、はっきり言ってつまらん。抵抗勢力の新年集会だからね。だが今年は昨年の小泉政権の誕生、高支持率に配慮してか、スピーチもどこかしら「変わらねば」という内容のものが多かった。だがしかし、勘違いしちゃいけない。変わるべきは「プレイヤー」なのだ。プレイヤー同じくして手段のみをちょこちょこっと変えたからといって何も変わりはしないだろう。平安時代を終わらせたのはけっしてお公家さんではなかった。徳川幕府を倒したのも徳川家ではなく各地の浪人たちだった。いま、新しい医療、流通を作り出すのはけっして現在の既得権ではないはずだ。
特に地元政治家の話は酷かった。ただ感情に任せて善悪を語る愚劣さ。既存の価値観に一度たりとも疑問を抱くことなく、独りよがりの「あたりまえ」「普通」という判断基準しか持ち得ない田舎の老人特有の話には毎回辟易だ。その後に話した女性知事がなんと品がよく思えたことか。彼女の話は正論だ。自分をプロの政治家だとまったく思っていないところに新しさを感じた。前述の彼は自分をプロの政治家だと信じて疑わない。彼女はシロウトに過ぎない自分を知っている。では僕はどうか。社長というプロ意識、流通業としてのプロ意識と、一方で、消費者、患者としての感覚の距離感こそが新しい時代の判断基準を生むような気がした。
パーティ終了後、歯科関係者4人で居酒屋で飲みなおす。その後いつものTwo-Fiveに立ち寄るがあまりに酒を飲みすぎていたせいで気分が悪くなり早々に出て日付が変わる前にタクシーに乗った。
6
日
初焼き鳥
飲みすぎたせいか気分が悪い。サンデープロジェクトをボーっと見ていると、6人の日本中小企業の親父たちのストーリーをやっていて面白かった。「不況になるほど注目される企業」というコンセプトは貰いだな。僕は今では器としては不況対応型企業と好況対応型企業の二つを武器として振り回せる立場にいるのだから。
昼過ぎに息子を乗せて電気屋さんを回る。中古PCショップでHUBやらケーブルを購入。5年前に初めてLANを施設した頃に比べて安くなったなあ。帰り道、前回閉まっていた焼き鳥屋が開いているか確認。家に戻り、妻と子供を車に乗せて店へ向かう。さすがに僕は今日はアルコールを受け付けないのだ。狭い店内は若いお客さんらで満員、店長のファンである息子ははしゃぎまくり、今年初めての焼き鳥屋デビューは無事に終了。
7
月
本格的仕事スタート
今日から本格的に仕事だ。新しくした事務所で果たして仕事ができるものか不安だったが、どうにかこうにか動き出す。新年挨拶に来られるメーカーさんはどこもガラン、とした一階の事務所を見て眼を剥く。「やられたっ!」って思うんだろうな、やっぱり。でも二階ではまるで新しい会社のように白い机にパソコンが並んで今風の会社みたいでいい感じ、である。その後ホームセンターに行きインターフォンを買ったり、用務員のような作業を夜まで続ける。その後伝票発行PCのデータ整理をやっていたらまた2時を過ぎてしまった。実家に泊まる。
8
火
銀行あいさつ〜理事会
朝からメーカーさんと商談。商談コーナーも変わったので気分一新。伝票発行用のプリンタが紙詰まりを起こして富士通のCEに来てもらう。やっぱりなんか動かすとどっか壊れたりするもんらしい。引越し以来、ルーターからのインターネット接続がうまく行っていなかったのだが、技術さんの電話ご指導で無事開通。その後銀行に行き、新会社の口座を無事開設。支店長さんと話し込む。彼も以前ギター弾きだったらしく、意気投合してしまった。
夕方、高速で熊本市内へ。スタディグループの今年最初の理事会である。新年会についていこうかと思ったが財布の中に2千円しかなかったし、遠慮。
9
水
大牟田へ
朝から矯正セミナーの打ち合わせ。近くのラーメン店でご馳走になった後、セミナーの募集で新規の歯科医院へ立ち寄り1時間ほど雑談。それから大牟田まで移動。関連会社のNotesクライアントを設定する。夕方ようやく終了し、熊本市内まで県道で戻る。歯科医院の研修室で院内勉強会に参加。参加していた近所の先生を病院まで送り家に戻る。
10
木
爪を剥ぐ
午前中、会社で納品物を車に詰め込み、訪問してきた技工士さんと話し込み、昼過ぎに熊本市内に戻る。調子よく納品説明をしていたのだが商品の内容でトラブル・・・おまけに片付けるときに爪を剥いでしまった・・いかん、年明け早々ギヤがかみ合わんぞ。めげずに数軒歯科医院を回る。年明け早々小指を折ってしまったという知り合いの歯医者さんのヘルプをしてくれる歯科医師を電話で探し回る。最後に昨日のプレゼンをやった先生のオフィスに行き夜中まで話し込む。それにしても指が痛む。家に戻ると妻の明るい顔が。「潮風のいたずら」という能天気な恋愛物のビデオを一緒に見ることになる。まいいか、すべては明日には何とかなるだろう。時折思うのだが、妻はきっと植木等の血が混じっていると思うのです。
11
金
19時間労働
8時半に昨日トラぶった歯科医院へ朝駆け。思いのほか院長は御優しく、堅い握手で無事解決へ。この件は結局妻には話さなかったが、「ほらね」という顔が浮かんだ。それから急いで会社へ。途中高速道路で、僕の会社へ年始に向かうメーカー営業マンの営業車をぶち抜く。会社に着いたら先に来られていた卸の方とお年始。みなさん事務所の件では驚いたらしい。ふっふっふ。
その後セミナーの資料発送作業、サーバー設定、電話回線の修理などに追われ、明日の会議資料作成に取り掛かったのは夜10時を回っていた。深夜1時過ぎにようやく終了。それからちょっと沸けありで請け負っていたプレゼンの仕事を5本、パワーポイントで作成。3時半にようやく終わる。気がついたら今日は19時間も仕事してしまった。我ながら偉いと思うなさすがに。
12
土
会議〜博多出張
9時から午前中は今年初めての会議。今回よりプロジェクタを利用しての会議だ。これまでも各自のPCの画面でペーパーレスでやってきたんだけど、やはりプロジェクタの方が圧倒的に効率が良い。いつもより1時間も早く終了した。1時ごろそそくさと荷物を乗せて妻の車と高速道路を併走して自宅へ。車を置いて今度は妻の車に乗り博多へと向かう。駅裏の会社で「蚤の市」と称するディーラー向けの恒例の安売り祭に形だけ参加する。妻も威勢良く日本酒を貰って飲んでいる。初参加の息子はといえば、なぜかビールの王冠を貰って喜んでいる。わが家族ながら貧乏くさいぞ。
僕も2時間くらいビールを飲んで良い気持ち。その後場所を変えて3時間あまり打ち合わせ。それから関係者と居酒屋で会食。がどうにも腹具合が悪くあまり食べられない。23時過ぎにそこから近くの姉貴のマンションに移動。今日はここに泊まるのだ。先についていた妻子は既に盛り上がっている。最近結婚した義兄と息子は非常に仲良くなっていて一緒にパソコンを弄っていた。僕も一緒に酒を貰うが、息子を寝かしつけるという口実で一緒に寝てしまった。妻らは朝5時コースだったらしいが。
13
日
博多でのんびり
8時に目が覚める。息子も目がさめたらしい。一緒に日曜朝の子供向け番組を見たり。僕はPCを開けてメールの返事を書いたり。昼過ぎようやく朝に寝たメンバーが起きてくる。お粥で朝食。その後義兄が仕事に出かけ、残ったメンバーで歩いて近所の回転寿司で昼食。またビールを飲んでしまう。全品100円なので豪快に食えた。隣のゲーセンでまたも100円玉を浪費する。夕方帰る段になって息子が姉のダイエーホークス応援用ラッパを壊したことが発覚、ところが本人が事実を最後まで認めず、かつ謝らずに一大騒動に。まさに妻譲りの強情である。罰として晩飯抜きの刑を初発動することに決定。高速で家に帰る途中、中華弁当を二つ買って息子の前で旨そうに食ってやる。少しは反省するかと思ったが、ちょっと可哀想になったので妻が風呂の準備をしている隙にゆで卵をひとつこっそりあげた。まあ、その強情の由来は半分はDNAだからな。その後さっき借りてきたレンタルビデオ「ISOLA」を妻と見る。うーん、いまいち。
14
月
雨の祝日
せっかくの祝日も雨。テレビも月曜日だとつまらない。仕方がないのでコタツに包まって日記を書いたり、パワーポイントで新会社の新しいプレゼンを作ったり。妻は風邪を引いたとかでずっと部屋で寝ている。息子が「退屈だ〜」とか言うので適当に相手しながらパソコンに向かう。Win-MXをダウンロードしてみる。おー、これはすごい。やっぱADSL入んなきゃ、と思ってしまう。結局ずっと家で過ごした祝日だった。
15
火
社内勤務も忙しい
朝から電話が鳴り、新人事務の女の子が体調が悪く休むという。慌てて出社し、パートのおばちゃんと仕事を片付ける。座る暇もない。卸屋さんやメーカーさんと3社あまり商談。カメラ屋さんに立ち寄り雑談。深夜12時過ぎまで営業と仕事をするが、何か突然体調が悪くなった感じがして、風呂にも入らず寝る。
16
水
体調悪化
今日も事務は休むという。昨日と忙しくバタバタだが、今日は午前中しか会社にいられない。卸屋さんと商談した後、熊本市に移動、1時からセミナーの打ち合わせ。2時には市内近郊の物件を設計士と下見。3時からメーカーさんと歯科医院と同行。その後熊本市内で会食する予定だったがいよいよ体調が悪くなってきたので、遠慮することとした。まっすぐ家に帰る。もう5時だったがまだ昼飯も食べていなかったのでお餅を焼いて食う。そのままコタツでしばらく寝る。今日はたくさん仕事をしようと考えていたのだが、あいにくパソコンのACアダプタを会社に忘れてきてしまった。これも神の思し召しか、と素直に寝ることとする。だがどうしても寝付けず、また起き出して結局バッテリーが無くなるまで仕事してしまった。
17
木
博多日帰り
朝、息子を送った後、妻と会社へ。今日も事務は休み。大丈夫だろうか。午前中はあちこちメール書いたり、集金の催促をしたり、スタディグループの資料を発送したり。12時が回ったらまた妻とコンビニ弁当を食べながら熊本へ。1時から歯科医院で滅菌器の取り付け。メーカーさんと一緒になり、その後バス停まで送ってもらう。これから博多なのだ。ところが待てど暮らせどバスは来ない。不審に思って調べてみるとここからバスは出ない。くそっと思いタクシーに乗ってもうひとつ手前のバス停に急ぐ。ちょうどバスが来るところだったので慌ててタクシーから飛び降りてバスに乗る。ああ、1,000円の損失。インターネットで調べた時刻表は嘘だったのか。
バスに乗ってあちこちメール書いているうちに博多に到着。15分ほど遅れて新製品発表会に参加。2時間あまり勉強会。その後懇親会。適当に料理をつまみながら酒を飲み、21時には大人しくホテルを出て駅へ。今日は日帰りだ。明日も忙しい。バスの中でOctorber SKYという映画をやっている。50年代のアメリカでロケット製作に取り付かれた少年4人組の映画だ。まだ途中だけど、面白い。一頃嫌いだったアメリカを見直せるような映画だ。
18
金
セミナ−準備忙しい
明日からいよいよ矯正セミナー。名簿や名札、準備物の整理に追われる。夕方NTTがやってきて電話機の商談。やっぱ高いなあ。引越しのときにビジネスフォンの移設を一人でやってしまった人と初めて会いました、言われて嬉しいやらなにやら複雑。結局夜なべしてしまい、泊り込みに。
19
土
矯正セミナー初日
朝から最終の確認をして会社を出ていったん自宅に戻ったところで、「あ、現金の用意するの忘れた」と気がつく。そうなのだ、今日の懇親会などの支払いのために現金を10万円以上持っていないといけないのに財布の中には1万円。家中探しても全然ない。銀行は土曜日。セミナー専用の口座はカードを作っていないので下ろすに下ろせない。
どうして銀行って不況とか言っているのに土日にコンピュータを止めてしまうのだろうか?IT化の意味は「人が働かなくて良いようにコンピュータに任せてしまおう、人は楽をして生きていこう」ということだと思っていたのだが、どうも世間ではそうではないらしく、「人は働かなくてはいけない、でも競争に勝つためにはIT化もやっておかねば」ということらしい。
最近言われている「ワークシェアリング」だなんてまったく無意味だと僕は思う。だって面倒な仕事をしなくてもよい世の中になったというのに、どうしてムリしてまで、或いは働きたい人を拘束してまで、仕事を確保する必要があるってんだろうか??そんなことをするより直接お金を配るとか、物価や税金を下げるとか、人手不足の国へ移住するとかの方が理に適っていないか?まあ、理だけで世の中が動いているわけではないのだろうけど。
いかん、話がそれた。ということで、街中まで移動した後に、クレジットカードのキャッシングで15万借りる。研修会の準備をしていると研修生が集まってきて無事スタート。矯正の研修会なのだが、見慣れない器具や話が多くとても勉強になった。
夜は懇親会。初めてお会いする先生方と熱く語り、二次会まで付き合って、12時過ぎにタクシーに乗った。今日は家族は八代に泊まりに行っているので、1人でシャワーを浴びて布団に潜り込む。
20
日
セミナー2日目
朝早くから路線バスで会場へ行き、準備。9時半よりスタート、今日は実習もある。中華料理店で昼食、夕方まで熱い研修が進む。特に問題もなく講義は終了。講師としばらく話した後、家に戻る。家族はまだ戻っていなかったので、レンタルビデオでもみるか、と「顔」を見る。藤山寛美の娘が主役の邦画だが、とっても面白かった。視点がいいな、と感じた。こういう視点で作られた映画ってハリウッドにはないんじゃないだろうか。インドとかにはあるような気がする。勧善懲悪、白黒ハッキリではなく、アジア的微笑を持ってちょっと突き放して描く映画っていうのは好きだな。
その後家族が戻ってきて、食事。妻ともう一本のレンタルビデオ「スペースカウボーイ」を見る。ある意味さっきと対照的な映画。寓話。神は絶対神が1人だけ。身内は全て正しい。あーわかりやすい。ブッシュ親子もこういう環境で育てば、きっと迷いもストレスもなく命令を下せるってことなんだろう。
21
月
請求書発行日
いつもながら土日働いた次の月曜日はだるい。午前中は少しスロウダウンして仕事。午後からメーカーさん2社と商談。その後ニュースの制作、請求書発行、基幹システムのメンテナンスなどで深夜まで仕事。なんだかすっかり休日と夜に働く人になってしまったなぁ。
22
火
例会
体調が悪い気がする。ちょこっと朝寝して出社。昼前に取っている経済誌の営業がやって来て集金と新しいWEBサービスの紹介。内容に興味はなかったけど、課金方法が面白そうだったのでとりあえず加入してみる。面白いもんだが、こうやって営業マンが来たらポケットから1万円出してしまうけど、これがWEB上で申込み、だったら絶対やらないだろうな。これはヒントだ。
夕方いったん家に戻り、夕方からスタディグループの例会に出席。今日はやけに少ないな。なんか体調がすぐれず、早めに家にもどって寝る。
23
水
あれ?
日記の溜め書きしてます(告白)。うーん、この日なにしたっけ?確か夜はまた会社に泊まったな。ずっと体調が悪くてボーっとしてた。
24
木
営業
午前中会社を出て午後から数軒回る。昼休みに院長となにやら話す。その後修理、デモ。ちょっと早めに家にもどり、からだを休める。からだも心も結構ボロボロ・・・・
25
金
研修会準備
明日から出張なので、その準備。ようやく仕事のペースが戻ってきた気がするけど。
26
土
宮崎の夜は冬でも暑い
今月3回目の高速バス。雨の中宮崎へ移動。車の中で新しいプレゼンを一発仕上げる。最近すっかりパワーポイント使いになってきたな。2時間半後、宮交シティに到着。大雨だ。宮交シティって名前に反して街の中心部ってわけじゃないんだ。そこからさらにバスで宮交エアラインホテルへ。チェックインしてタクシーで今日の研修会のある歯科医院へ向かう。ご当地の勉強会に講師として知り合いの先生が東京からやってくるので僕も勉強に参加するのだ。昼3時に始まって終わったのは夜10時。皆すごく熱心。その後ホテル近所の居酒屋で食事し、美味しい釜揚うどんを食べて夜2時に宮崎の夜終了。今回で4度目の宮崎だが、なんだかすっかり馴染んでしまいそうだ。
27
日
講演会参加〜どら平太
何せ泊まっているホテルが研修会場である。快適だ。9時に起きて10時から講演会参加。今回は主催ではないので、何となく気が楽。一番後ろの席に講師と陣取り、スライドを見ながらいろいろ教えてもらう。これがまた最高に勉強になる。多分日本で一番贅沢な生徒?だな。帰りは地元の先生に宮交シティまでわざわざ送っていただき、なんだかどっちがお客さんだかわからない状態で帰路に。バスの中ではゆっくり寝る予定が、ビデオで「どら平太」が始まって思わず見入ってしまう。時代劇なんてほとんど見ないのだが、これにははまった。死んでも黒澤、さすがだ。やっぱ娯楽はこうでなくっちゃ。最近面白くないことが多くてちょっとふさいでたけど、今回の宮崎とこのビデオですっかり元気になった。
28
月
業界流動化、開始
午前中は知り合いの技工所でいろんな話。業界ネタから最後は人生論まで。午後は会社で昨日の受注処理など。夕方電話が入り、昨年末より不安視されていた東京の同業者が民事再生法を申請したとの情報。これでいよいよこの業界もいろんな意味で動きが出るだろう。
夜はあちこち電話して、春からのコースの出欠確認。深夜1時に会社を出て家までぶっ飛ばす。移動中は深夜でも頭が冴える気がする。
29
火
お通夜手伝い
9時からメーカーさんの熊本拠点で商談。話題はやはり昨日の東京の話から。午後は歯科医院で商談。知り合いの歯科医院院長の家族の訃報が入る。急遽知り合いに文書をFAXしなければならず、ファミレスに入って文書作成し、会社へ転送、FAXさせる。夕方は自宅にて税理士さんと月例ミーティング。1時間ほどで高速に乗って八代へ、お通夜の会場に駆けつける。雪が舞うくらい寒い日だ。ご焼香した後、受付を手伝うが、たくさんの車が集まり駐車場が無法地帯になっているというので、そちらで懐中電灯を振る。3時間ほど振っていたら体の芯まで冷えた。担当営業と一緒に22時ごろ引き上げ、会社の事務所で残務を片付ける。途中携帯メールで読んだ内容に唖然とする。世の中にはいろんな悪意が満ちている。だからそういうものに気を取られていると本来の自分を見失ってしまう。だが僕はそんなに強くないのだろう、体は疲れているのに神経が高ぶって眠れない。仕方なしにテレビを点けたら田中真紀子外相の更迭が伝えられていた。4時前までボーっと見ていたらようやく眠れた。
30
水
お葬式
午前中はベッドの上であちこちの人と携帯電話。3時間以上いろんな人と話していた。下らない話から極秘情報まで。今月の電話代が怖いな。昼は昨日のお通夜の続きで告別式へ参列。今日も駐車場を営業と2人で仕切る。もうこれで駐車場の車さばきはバッチリだろうな。会社に戻った後メーカーさんと商談、今日はさすがに睡眠不足みたいで、早めに自宅にもどる。
31
木
いろいろと
ちょこっと寝坊したが約束の時間には会社に到着。サーバー業者と再セッティング。昼は一緒にご飯を。疑問点をいろいろとぶつけて、かなり解決。
夕方、先日ちょこっと揉めたメーカーさんの責任者が来社、2時間ほど商談。要は、以前うちにいた社員というか取締役が起こした会社がなんだか無茶を言っていて、それが通りそうだってことらしい。生きているといろんなことがあるね。さて、スジを通すか、オトナになるのか。今回はいろいろあってその両方とも選択しないこととした。僕にはこれからやるべきこと、やりたいことが山ほどある。最近もいろいろと馬鹿なことが多いけど、そんなことにいちいち構っているのはどうにも馬鹿らしい。早くそういう場所から這い出て、本当に気持ちの良い仕事をできる場所を作らないといけないのだ。来月で僕も37歳、あっというまに人生の半分が過ぎてしまうではないか。
2002年始めての月はいろんなことがあってとっても長く感じた。今年はきっとこれを12回繰り返すのだろう。だからこそ来年の1月にはずいぶんと違ったところに立つ事ができるのだと思う。きっと今年は忘れられない1年になるはずだ。今月も読んでくれたあなた、どうもありがとう。
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