taka's業務日誌 2001年8日
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1日
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21日
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30日
日
曜
diary
1
水
8月が始まった
昨日帰省から帰ってきたばかりの妻子と出社。今日から8月、相変わらず暑い。これだけ暑いとなかなか仕事する気にもなれないが、ぐっと我慢で雑用から先に手をつける。月末締めの請求書をチェック。今日納車されるはずの営業車が来ない。仕方ないので早く帰ってきた営業が使っている軽自動車で帰ることに。久し振りに軽に乗ったが最近は結構良く走るもんだな。
2
木
ミーティングと納車
朝から営業ミーティング。その後来客をさばき、午後から近くのカーディーラーまで歩いていき、納車。おお、なんて速い車だ。よかよかあ。ああ、暑さで頭がおかしくなって来た。帰ってきたらメーカーさんが来て商談。週末の会議の準備をいくつか。帰り道は新しい車で気持ちよくすっ飛ばす。
3
金
政治と業界団体と
午前中は少し家で仕事した後、歯科医院へ。数軒回り、夕方にホテルの会議室で組合の会合。初めてこの組合には出たのだが、チンカスのような政治家が来て、熊本県だけはわけのわからん改革を無視して業界のために一生懸命尽くします、なんてスピーチをしていた。マスコミがどう煽情しても、所詮田舎はこんなもんさ。先日の参院選で業界が推した候補の獲得票がどうした、なんて会議に仕事を休んで出ている俺って。だんだん気分が悪くなってきてそれから飲みに行くつもりだったけどそのまま家に帰ることにした。満月に近い月が東の空から昇ってきている。息子にそれを教えると喜びいさんで見に行った。会議の資料を深夜までかかって書き上げる。大分にいる妹に子供が生まれたそうだ。おじさんになってしまった。
4
土
会議、夫婦水入らず?
9時よりいつもの会議。あと2ヶ月で決算を迎える。今期はどうにかして前期を上回りたい。売上も、粗利も、利益も。そのために皆で知恵を絞る。今の歯科器材店の悩みはどこも同じようなものだろう。高級ブティック店で最高のサービスを目指すのか、それともチェーン店のファミレスのごとく画一化したサービスで最低価格を保証するのか。あるいはその中間地点を環境を見つつ要領よく抜けていくか、だ。今までは腰の低さと狡猾さですり抜けていけるだけの甘さがこの業界にはあった。だが、そろそろそういうわけにも行かなくなってきた。だが、顧客のご要望は、「歯科も不況だ、儲けが少なくなってきた、経費を削減したい、支払いは後回しにしたい、営業マンには一流レストランの礼儀を教えろ、知識が無いのなら通販から買うだけだ、他所が売った機械でも今すぐ無料で修理しろ」である。それらにすべて答えていけばおそらくは最高の評価と、破産への最短距離を同時に手にすることができることだろう。俺は笑顔で誤魔化すことを拒否するよ。
会議後しばらく残って仕事。みんな自主的に残って作業したり営業に出たりしていた。暗くなってから会議後熊本を営業していた社員と待ち合わせして車を入れ替える。家に戻ると妻が一人だった。息子は今日から林間学校なのだ。二人で以前のように宴会して盛り上がるか、と話していたが、出てくる話題は息子のことばかり。僕らの最小ユニットが拡張したことを再確認した夜であった。
5
日
衛生士セミナー〜妻と朝まで大騒ぎ
早起きして流通情報会館へ。昨日から東京の歯科衛生士が講師となってのセミナーに参加。これはメーカーさん主催だから気が楽。営業所長と喫茶店で話した後、講師を交えて一緒に食事。以前よりスタディグループの旅行などでよくご一緒している方だが、今の業界のカリスマの一人である。刺激になった。午後も講義を聞いたあと、撤収のお手伝いをして夕方家に戻る。
妻とバスで出かけることに。二人でバスに乗るなんて学生時代の京都市バス以来じゃないだろうか。鶴屋の停留所で降りて映画館へ歩く。今日は二人で映画でも見るか、ということになっているのだ。バスの中で上映中の映画情報をi-modeで確かめていたのだが、ジュラシックパーク3を見ることに。日曜日なのに映画館はガラガラ。おかげでゆっくり見ることができたが、映画人口の減少にちょいと不安も。
映画はエンターテイメントとしてとても面白かった。SF的な興味とか社会風刺といった傾向よりもユニバーサルスタジオのネタとして最高って感じかな?でも僕はOK。
その後ビアホール「オーデン」でまずビール。ゲーセンで和太鼓のシミュレーションで盛り上がったあと、
Two-Five
に行き、最初は静かに飲んでいたが12時を回った頃からついに楽器を手にし、そのまま4時までドラムにギターにピアノ、ベースをかき鳴らし最後マスターと店員さんだけになって、「時間だぞ」と追い出され、明るくなりかけた空を見つつ家に戻る。家に入るとき、隣のご主人がもう起き出していた・・・。
6
月
来客者多し
さすがに朝は辛い。11時に来客。12時に来客した仕入先を誘って近くの寿司屋に行き、うなぎ定食で精をつける。昼からは先日の倉庫修理のチェックに住宅メーカー来社。その後電話メーカーの営業マンから壊れた交換機の見積。買い換えた中古車の書類の件でカーディーラー。次々に来客が続く。夕方取引先の機械が壊れたといって電話。社員が走り、そこの従業員が全員帰る23時まで駐車場で待機し、その後一人で修理したという。僕らに常にはセコムと同じレベルの仕事が期待されている。
7
火
酷暑の中の散歩
家族3人で出社する。昼前にいろいろ机に座って考え事をしていたがどうしてもまとまらず、思い切って散歩に出かける。歩くリズムというのは思考にとっての最高の栄養だ。しかし、暑い。歩きながら思わずネクタイを外してポケットに突っ込んだ。それでも汗が吹き出てくる。ところが20分ほど歩くと、はじめは熱風と思っていた風にも涼しさを感じることができるようになってくるから不思議だ。調子に乗って走ってみたりもする。小一時間散歩をするが、どうにも構想がまとまらない。あきらめて岐路につき、会社が見えてきたところで不意に考えがまとまった。ああそうか、そういう風に捉えれば良いのだ、そう思えた。
会社に帰り、シャワーを浴びた後、電話会社の女性とマイラインの契約。それから妻と近くのガストに出かけて昼食。帰り道NTTdocomoに寄って携帯電話を買い換えた。8ヶ月ぶりに新しい携帯だ。ポイントが溜まっていたので安くなった。その後メーカーさんと商談した後、以前のバンドの知り合いが家族連れで遊びに来る。今日は妻の作った特製カレーを食べて、泊り込みで仕事する。
8
水
中谷巌講演会
朝からメーカーさんの営業所長が担当交替の挨拶に来る。早々に切り上げて熊本へ移動。妻子を途中で降ろして、得意先に納品説明。終了後県立劇場近くでメーカーさんと二人で食事した後、14時から地銀主催の講演会に参加した。経済学者の
中谷巌
氏の講演会である。元子役で分かりやすい本を量産している中谷ナントカ、ではない。ああいうのは大っ嫌いだし、そういう本を有難がって読む人間も気味悪いと思うけど、この人の話は面白かった。形式知、と暗黙知、という言葉についてあらためて勉強しようと思った。熊本県内の経営者ばかり相当な数を集めての講演会であったが、皆が彼の話を真剣に実行したらとんでもないことになるのだろうな。2時間があっという間に過ぎた。今まで買っていて読んでいない彼の本があるからあらためて読んでみよう。
その後歯科医院で1軒修理し、家に戻る。今日は早めに仕事を切り上げて、半年ぶりくらいに息子と散歩する。1時間くらい気温の下がらない夏の夜を二人で歩く。なんだか普通の家庭みたいだな、と思う。
9
木
アンドリューNDR114
会社に行く前に同級生の床屋に寄って散髪してもらう。会社に着くと卸屋さんが来ていて商談。その後もメーカーさん、卸屋さんと来客が続く。だいたいどこの歯科商店も10日前後が集金日であるため、その近辺にあわせて仕入先が訪問するという風習が残っている。うちの会社は随分前から全額振込みのスタイルを取っているので、別にいつ誰が来ようと構わないのだが、大抵の店では10日近辺に仕入先を呼びつけて、請求書を広げながら、これが高いの他所より条件が悪いのと”商談”した後にようやく小切手を切ることになっているそうだ。儲けるためには必要なことだろうがお互いに疲れる1週間だろうな。うちなんかきっと脇の甘い会社ってことになっているのかもしれない。だが他にやるべきことがもっとあるような気がしてなかなかそういう行動に踏み切れない。
23時過ぎ、自宅に戻る。先週借りたビデオを返すから見よう、と妻が言い、ロビン・ウイリアムズ主演の
「アンドリューNDR」
を深夜まで見る。AI見るならこれを見ろ、と言われているだけあって大変面白かった。随所にアシモフの匂いがして、結構マジで感動してしまった。でもなんだかこれを白人が演ずるとどうしても黒人奴隷やら人種差別といったテーマを類推させてしまっていけないね。
10
金
商売ということ。
午前中は自宅で久々に仕事。だが暑くて能率悪い。午後になって取引先より電話。突然の支払条件変更。とりあえず現地へ向かう。その後大混雑の中、熊本市内へ戻り、旧知の税理士事務所のパーティに参加。津軽三味線のライブを見学。そのまま取引先の院長と二人でおそらく数年ぶりのコンビで夜の街へ。高級そうなクラブでご馳走になった。
最近商売というものの本質がまたわからなくなった。利を得て飯を食うということは、すべてを投げ打ち、身を呈して一生をかけるほどの価値のあるものなのだろうか?それが事実として、いったんそのような価値観に疑問を差し挟んだ者はもはや経営者という職業を継続する意味も資格も無いのかもしれない。一介の“業者”が大きな夢を見るものではない。我々はただひたすらお医者様のご機嫌を伺いつつ、医療ビジネスのお零れにあずかることに感謝し続けるべきなのだろう。オレそういうの好きになれんが。
11
土
妹の子供
夕べは帰ってから飲みすぎた。ガンガンする頭で朝から積み込み作業。今日から夏休みだ。大分で数日間キャンプ生活に入ることにしている。今日の目的は先日生まれた妹の子供を見に行くこと。まだ母子ともに病院にいるというので、大分市内の病院を目指す。自宅から南阿蘇経由で走ること5時間、九州山地をかき分けてようやく大分へ。両親も来ていて、大勢で妹の個室ではじめての甥っ子に接見、である。自分の子供に比べてなんと軽いことよ。息子が不意に「この中で一番長生きするんだね」とひとこと。こいつは本当にこういうユニークな科白を吐かせたら天下一品である。そう、確かにこの子は22世紀のちょっと手前まで生きていく可能性を手にしている。1965年生まれの僕がどう長く生きても2045年というところだろう。だが、この子達は平均寿命の伸びから行っても2090年近くまで生きている可能性が高い。その頃、インターネットはまだあるのだろうか。この子らが僕の日記を読み返すことがあるのだろうか。もしそうだったら、父(伯父さん)が、他でもない一人の僕、だったことを憶えておいておくれ。
夕方病院を出て津久見市の南、四浦半島へ向かう。2時間ほどで半島の先端近く、
上浦町
の小田の浜キャンプ海水浴場へ到着。いつものように暗くなりかけた時刻に慌ててテントを張る。サイトのすぐ下がこじんまりとした海水浴場で、他にお客さんは2組程度、まるでプライベートビーチのような絶好の環境である。
今日はこれから料理する元気も無い、というので、近くの瀬会公園で食事。どうも昼間入ったファミレスのランチで腹を壊したらしく、調子が悪い。その後、最近できたという「塩湯」という海水を沸かせたお風呂を見つけて入る。サイトに帰ってからはしばらく花火などをして遊び、22時くらいには寝てしまった。ずっと波の音が繰り返していて、心地よい。
12
日
今年初めての海水浴
目がさめると良い天気。朝食をもりもり食べて、さっそく海に探検に出かける。水の透明度は高く、静かで、とても良いところだ。途中の本屋で買ったF1雑誌を読みながら朝からビールを飲んでいると、新婚旅行に泊まったジャマイカ、ネグリルのロッククリフホテルを思い出した。海水浴場からは少し距離のあるロケーションのこじんまりとした安宿だったが、プライベイトビーチ、というか岩場があり、朝からずっとビールを飲みながら二人でカードゲームに興じていたものだ。今こうやって見わたすと、その頃から変わったのは、メンバーが一人増えたのと、僕の情けの無い腹だけである。
昼にうどんを食べてからは本格的に海に入る。といっても息子とクラゲ取りだ。さすがにお盆に入っているせいかクラゲがちらほらいるので捕まえて、持ってきた図鑑で観察。何を思ったのか息子はクラゲの入った水槽を近くのサイトのおばちゃんに見せに行き、お礼に、とスイカをゲットして帰ってきた。すっかり社交性も持ってきたようだ。お母さんに似たのだね。。
夕方から買出し。佐伯市内に出かける。珍しく明るいうちに夕食の準備が終了、バーベキューに興じる。今日もちょっとだけ花火をして、息子は大喜び。眠くなった僕は21時には就寝、ところが23時にトイレで目を覚まして以来寝付けなくなる。で、こうやって日記を書いていたりするのだ。波の音とThinkPad。お洒落じゃないか(そう思うの俺だけか)
13
月
海辺の一日
結局昨夜は寝たのが3時前。しかし7時過ぎには目がさめる。今ひとつ天気が良くない感じだ。朝食の後、文庫本を読んだり、息子と海岸を歩いたり。昨日日焼けしすぎたらしく背中がひりひりして痛い。お昼は蕎麦をゆでる。ずっとビールを飲みっぱなしでだんだんデブになってくる気がする。少し天気が悪くなってきそうだ。いろいろ考えて、今日は泊まらずにこのまま自宅へ戻ることにする。明日の夜は野外コンサートなのでそれに間に合うためには朝早くテントを片付け、昼間はずっと移動ということになる。それなら夜のうちに移動、ということで。
それにしてもやっぱりテントの撤収に入ると雨が降るのね。急いで車に積み込んでいると、同じサイトに泊まっていたお父さんが娘を連れてやってくる。「もう帰るのですか」そう聞くので、そうだ、と答えると、娘が息子と遊びたかったらしい。じゃ、片付ける間、ということで夕方の波の大きくなった海にあちらの親子とともに遊びに行った。かといって仲良く遊ぶ風でもないし、あれはどっちかといえば、娘ばっかりで息子のいないお父さんが遊びたかったじゃないか、と思っていたら案の定帰ってきた息子が、「オジサンと男の約束をしたよ」という。来年のお盆もここで一緒に遊ぶそうだ。
夕方5時過ぎにサイトを出発。大雨だ。今回は佐伯市から国道10号→57号で阿蘇山を経由して戻る。途中うどんを食べて家に着いたのは21時過ぎであった。さすがに疲れてみんな早めに寝てしまう。
14
火
スガシカオ、Boomに酔う
久々に布団で寝ると気持ちが良い。しかしどうやら風邪を引いてしまったようだ。咳がコンコンでて、ふらふらする。風邪薬を飲むとさらにふらふらして結局昼間はずっと寝ていた。夕方目を覚ますとだいぶ体調も良くなっていて、テレビで高校野球観戦。熊本県代表の八代秀岳館高校の試合である。大方の予想を見事に裏切って3-0の大勝。妻は地元出身でもないくせに近所中に響き渡る大声の歓声を上げていた。
試合が終わるのを見計らって3人で家を出る。バスに乗って交通センター、そこから専用バスで熊本港へ。実ははじめてここに来た。これから地元テレビ局主催の野外コンサートなのだ。出店がたくさん出ているがCoca-Cola主催ということでアルコールは一切ない。あらら、だったら車で来れば良かった。バス代だって馬鹿にならないのだ。そう思っていたら妻がどこかの出店のオヤジと盛り上がって闇ビールをゲットしてきた。それも1本200円で。Shuriとかいう女性ボーカルのバンドを聞きながら人目もはばからず、ビールを開ける。ついついスピードアップして妻が追加仕入れに走る。知り合いの顔もちらほら見かけたのでビールをお裾分けしたりする。花*花が演奏して、次に
スガシカオ
が歌い始めたときにはこちらも絶好調、立ち上がってイエ〜イ、の状態である。さすがにシカオくん、君はいいねえ、うんうん、と酔っ払いはそのへんをたこ焼き咥えて駆け回る。見れば息子も何故か16ビートで足元を躍りまわっているではないか。ついにトリの
The Boom
が出動、レゲエやらサルサのリズムでわが家族は大騒ぎ、最後に「風になりたい」でもって爆発しつつ夏の夜が更けていったのであります。ということで演奏もよく憶えていない・・がはっきり憶えているのが「ちくしょー、オレにもやらせろー」ってとこですか。演奏のことです。
15
水
最後の夏休み。
起きて息子と虫取り網を持って小学校へ。30年ぶりに蝉取りをしようと思い立ったのだ。灼熱地獄の中、二人で小学校へ。あれ?セミの声がしない。しん、と静まり返っている夏休みの小学校。こんなに暑くてはセミも沈黙するしかないってことか。こうやって終戦記念日もだらだら汗かきながら放送聞いた人がいたんだろうな。いったん家にもどり、車に乗って息子と蕎麦屋へ。いつものコースでレンタルビデオ、ディスカウントショップ、本屋さんとぐるっと回って家へ戻る。その間、家を掃除しているはずの妻は息子の勉強部屋でクーラーを聞かせてネットゲームに嵌っていた。僕らは以前からの約束だったプラモデルつくりを借りてきたCDを焼きながらスタート。無事に黄色いポルシェ911が完成。晩ご飯を食べて、またも早寝。ああ、これで夏休み第一弾は終わりだ。
16
木
休み明けは静かに始まる。
真っ赤な顔に髭を生やして出社。夏休み中ずっと髭を剃らないでいたのだが、昨日風呂で何を思ったのか口髭だけを残してしまった。これが異様に怪しい、というので妻に大評判で、いい気になってそのまま出社。社員は何も反応せず・・・うう、これって。
今日は電話も少なく、なんとなく動きも少ない一日。メーカーでまだ休んでいるところもあるし。夜に妻と子供も会社に到着、妻は夜なべして仕事するという。僕は今ひとつ風邪が治りきらずに実家の部屋に引きこもるが、深夜テレビでやっていた「ミナミの帝王」を見始めてついつい夜更かししてしまった。でも勉強になりました。借金は恐いのぉ。
17
金
セミナー準備と打ち合わせ
朝から日曜日の講演会の準備。結構思ったよりも時間が掛かってしまう。夕方より営業。修理のため訪れた歯科医院で、しばらく入院していた院長と久々に再会。元気そうで何より。よかったよかった。その後もう一件修理へ。これが手間取ってしまい閉院までやっていたが結局完了せず。。その後同業社長と会食打ち合わせ。家に帰るが妻子は昨日から実家に泊まりっぱなしなので、一人で庭に水を撒いてテレビ見たりCD聞いたりしつつ寝る。
18
土
宮崎へ
午前中うだうだと自宅で過ごし、英気を養う。営業と歯科医院とでトラブル、会社に電話してゴタゴタ。午後に出社し、最終準備をして荷物と台車を車に積み込み、ガソリンを満タンにしていざ宮崎へ。超大型台風接近とかで次第に強くなる風邪を追い風にして(?)高速をひたすら南下。2時間あまりで宮崎市である。ホテルマリックスラグーンに到着、一休みする。ここはインターネットブロードバンド使い放題、ということで、LANカード持参でやってきたのだが、イーサネットケーブルを持ってくるのを忘れたのでその旨フロントに伝えると二つ返事で貸してくれた。さっそく繋いで見るとあっさりとネットにアクセスできる。しかも早い。ケーブルテレビだと思うけど、500kbpsくらいは余裕で出てるな。意味も無くビデオを見てみたりして、ほほう、これがブロードバンドね、と実感。
18時半頃ホテルを出て懇親会場「海幸」に向かう。今日はお祭があるらしく浴衣姿の女性がちらほら。会場には知り合いの先生も来ていて、ほっとする。ほとんど知らない先生ばかりだと思っていたので。講師や敬愛するN先生も揃い、宴会が始まった。いつもは入り口の近くに座って会計だ、追加オーダーだ、とそんなことばかりやっているが、今回は端っこの方で大人しくぐびぐび。あまりでしゃばるのもどうかと。
二次会へ、ということになりアーケード街を歩く。おぉ、若い人たちが溢れとる。なんか南国ムードだなあ。花火の音も聞こえてきて、いやぁ、宮崎って良いところ、という感じのホロ良い気分である。2年前に先輩の結婚式二次会ライブをやったウエザーキングが入っている同じビルに向かう。聞けば、ウエザーキングは閉店したそうである。良い店だったのに。ショットバーで熱く語りながら二次会終了。その後N先生と地元の先生らと歩いてホテルへ。ファミレスに寄り、お茶を飲みながら結局深夜まで語る。最近いろんなことで行き詰まっていた僕だが、こうやっていろいろ話しているとちょっとすっきりしてきた気がする。
19
日
台風の中、接着講演
朝食を食べたあとN先生と会場へ向かう。フロントで「宮崎市民プラザはどこ?」と聞いても分からず、地図にも無かったのだが、たぶんこの辺、といわれた所に着いたら大きく立派な建物であった。なかには「オルブライトホール」が入っている、なるほど、サミットで話題になったのはここのことだったか、と納得。だんだん強くなってくる風の中、展示納入荷物を台車で運ぶ。既に受付は始まっていたので横のほうで汗だくで準備する。もっと早く来るべきだったと反省。会場は満杯、熱気で台風も飛んでいきそうである。
お昼を食べたあとも講演は続く。途中で社員より電話が入り、海に遊びに行っていて怪我をし、入院したという。妻に電話して見舞いに行くよう指示。一方、講演会は16時に予定通り終了。後片付けをして、車に飛び乗り、嵐の来る前に帰ろう、と高速をひた走る。2時間もかからず八代に到着。会社で今回の事務処理などを20時前まで行う。ふとした調子で先日買ったばかりのノートPCの液晶バックライトが切れてしまった。何をしても戻らない。あぁ、困った困った。20:50には自宅にもどりCSでF1ハンガリーGPをテレビ観戦。M.シューマッハがすべてを決めて優勝。
20
月
ベンチャー企業
ベンチャー企業の社長を熊本空港まで迎えに行き、ミーティング。取引先を一件紹介したあと食事。僕なんかより大変な社長はたくさんいるのだ、頑張ろう。その後自宅に戻って昨日壊れたThinkPadの復活のため、外部ディスプレイを繋いで、あちこちのサイトを覗いたり説明書を読み返したり。そのうちIBMよりメールが届き、一度バッテリーを外した後、再起動。すると見事に回復した。ブレーカーみたいな機構が搭載されているのだろうか。ひとまず安心。
会社のi-Macを先日から自宅に持ってきていたのだが、ふと思いついてLANケーブルでインターネットに繋いでみる。息子が帰ってきたので、誕生祝いにメールアドレスを一つプレゼントしてあげることにした。Outlookの使い方を簡単に教えてあげたら、あっという間に憶えてしまい、カナキーを使ってあちこちにメールを送って喜んでいた。
21
火
入院見舞い
あさからかもなべ邸に立ち寄り、群馬から届いた野菜のお裾分け。かもなべ3兄弟が「今度はいつまで泊まると〜?」と走り寄ってきた。ここでは僕も人気者のようである。コーヒーを一杯貰って、会社へ。輸入商社が2社来られて一緒に商談、食事。食事中ずっとあちこちから携帯が鳴って申し訳ないことをした。ということでこちらの奢り。
午後から社員の入院先へ見舞いへ行こうと、本屋に立ち寄る。エロ本でも買っていってやるか、と親心を出して、さぁ、20年ぶりに選ぼうか、というところで得意先の技工士さんとばったり会う。いや、その、うちの社員が入院しでですね、いきなり。で、お見舞いに、」「いいんだって、いろいろあるよ、誰にだって、気にしないでも」「いやそれが海岸で」「まぁまぁ」「・・・」。ということで結局文庫本を2冊買ってお茶を濁し早々に病院へと向かう。このあたりかなあ、と病室付近をうろついていたら「シャチョウ」と声を掛ける人物いるので見たら、ひげ面の男が車椅子を押していた。あまりの変わり果てた姿に思わず爆笑し、談話室でしばし歓談。聞けば24時間テレビで田島寧子を応援しに深夜仲間たちで海岸へ出かけ、さんざん酔っ払った後で、幅5mもの溝を果敢にも飛び越そうとジャンプ、2.5m下の地面に尻尾から落下したそうだ。しばらく仲間たちも笑っていてにしていなかったが、あまりにも痛がるので夜が明けてから病院に担ぎ込んだとのこと。奥さんも駆けつけたが、馬鹿馬鹿しくてすぐに帰ったそうだ。しばらくは入院生活とのこと。こちらも営業のフォローを考えなければならない。が、幸いIT時代、本人も会社支給のノートPCと携帯を繋いでE-mailで注文をとっているらしい。まぁ、いろんなことをきっかけにいろんなことが変わればそれで良いか。
会社に帰って書類を整理した後、家に戻る。今日は息子の誕生日。ささやかなパーティに遅ればせながら参加して、お絵かきセットのプレゼントを渡す。メールアドレスと同じくらい喜ぶあたり、まだまだ子供だなあ。
22
水
福岡にて大酒
午前中、歯科医師会館で雑用を終えた後、ラーメン食べながら研修会企画の打ち合わせ。いったん自宅にもどり、妻子と一緒に高速バスに乗る。そう、実はこれから家族旅行なのだ。5年ぶり。どこへ行くかって・・・へっへっへ、バンコクです。タイです。初めてです。でもその前に仕事。天神バスセンターで下車した後歩いて歯科医師会館へ。今日はここでスタディウグループの例会を前に商品の説明である。30分ほどで終了、メーカーさんと食事へ。博多ということで、中洲の川沿いの屋台へ。台風一過の心地よい風に吹かれて、結局浴びるように飲んでしまい、家族の待つホテルに戻ったときは泥酔状態。先が思いやられる。
23
木
台北経由、バンコクに乗り込む
朝4時からゲロゲロ一人で戻す私。ふらふらしながら福岡空港国際線ターミナルへ8時集合。10時過ぎの便で中華航空はタイへ飛ぶ。機内でトイレにこもり、しっかり胃の洗浄を行う。2時間のフライト後、台北空港での乗り継ぎ時間に徐々に体力を回復する。こんなにしんどい旅行は初めてだ(自業自得だが)。それから3時間20分でバンコクへ。ここから先は旅行記をご覧くださいまし。リンクは・・・そのうちしときます。
24
金
バンコク二日目
朝から寺院めぐり、午後からマッサージとバッポン通り探検・・ノートPCを持っていったので部屋からネットに繋いで結局仕事もしつつ・・・
25
土
ありがとうw林さん
朝から現地の日本人w林さんにお世話になり王様観光。彼は僕のもと同僚というか先輩である。結局ここまで来てタイ歯科事情について勉強してしまった。夜は彼の家族と食事。いやあ、タイスキはうますぎる、こりゃ癖になる。
26
日
もう帰るんだ〜
なんと朝4時半に起きて空港へ。朝一の中華航空で台北へ。空港から出ることも無く、福岡へまた飛ぶ。福岡空港に着いたのはもう夜の8時である。今度から少々高くても直行便を買おう。なんと言っても今度の旅は往復旅費とホテルつきで一人7万ちょっと。夏休みシーズンにしてはケチりすぎたか。現地でも3万円も使ってないし。でも癖になりそうなくらいご飯も美味しかったし、マッサージも良かったし、何しろ暮らしやすいところでした。久々に家に戻り、ぐっすり寝ました。
27
月
さて、仕事再開
ああ、つかの間の夏休みを終えたら、もう月曜日である。何社かの仕入先と商談したり。でも不思議なものだ。どっぷり日常に浸かっているとどんどん見えなくなっていくものがある気がする。ちょっとだけ視点を変えてみると、自分のやっていることが客観的に見えてきたりしてとても面白い。それが「醒めてしまった」と思うかどうかは本人次第であるが。いずれにしても仕事バブルから少し離れてみると本当の生きる目的って何だろうなんてガラにも無いことを考えてしまったりしてね。
28
火
物売りの限界
日中は久々に自宅で仕事する。あたらしい企画の考案、あちこちの溜まったメールの返事。。でも暑い。夕方から営業に出かける。実はタイで髭をぼうぼうに伸ばしていたのだが、今、口髭だけを剃り残してみた。なんだかアジアの危ない商人みたいだ、と妻に人気なのだ。結構それが評判で・・・やっぱやめようかな、これ。
夜は先生と食事をしながら来年の研修会の打ち合わせなど。モノを売らない商談はとても楽しい。対等とまではいえないが、少なくとも演技で頭を下げたりする必要が無いからだ。とにかくお金を貰うためには頭を下げ続けなければいけない、という強迫観念から少しだけ逃れることができる。暴論だが、購買者は商人に頭を下げさせた途端、堕落すると思う。商人は「頭さえ下げておけば」と逃げるからだ。その瞬間、相手のことを思ってのビジネスはそこで終わってしまうだろう。もちろん、そのときには商人も堕落しきっているわけだ。日本的商慣行の素晴らしさを説く本がたくさんあるが、僕はそうとも思わない。
29
水
会社で夜なべ
なんだかとってもヒマな一日だったようだ。電話も少ないし、昨日の宿題を片付けつつデスクワーク。旅行代理店に行って来月の大阪出張のチケットを手配する。連休時は代金が高いというので、前日出発してもう一泊追加したらかえってその方が安くなった。面白いもんだ。夕方妻子がやってきて深夜まで仕事する。夜遅く帰ってきた営業の子供が車にはねられたという。入院するまではない怪我だというが、心配だろう。夜遅くまでネットでいろいろ調べていた。それより早く家に帰ってあげろって。
30
木
くずな奴らが青いパーティ
昼前に業界再編のさなかにいる卸の方が来社。食事しながら身の上を聞く。こんなはずじゃなかった、でもなんとかしてこなしていこう・・・そんな感じを受けた。変革をする側にばかりいる気がしている僕だが、それを受身で捉える人たちのほうが当然多いわけだ。小泉さんもそうかもしれないけど、どれだけそういう人たちの声に耳を傾けながら、厳しく無視する・・そのバランス次第で結果も変わってくるのだろう。
昼過ぎにトラック便の会社が来て、リースの終わったオフコンを引き上げていった。購入当時700万円したシステムを無料で、いや、経費を3万円弱請求して持っていった。いろいろ調べたら、その会社はリースアップした事務機器を再生して中古で販売しているところだった。すごいな、仕入はマイナス(金を貰う)で売上を上げる。粗利120%くらいかな。そのうちバチがあたるぜ・・・
夕方は仕事を早めに終えて会社の近所の友人宅に家族で向かい、タイのお土産などを餌にくずなパーティを開く。大人6名、子供6名の馬鹿騒ぎ。気付いたら寝ていたらしく、深夜に実家に帰ってそのままぐっすり寝てしまった。辛いもの食べすぎだな。
31
金
阿蘇で仕事
今日で夏休みも終わり。学生だったらね。朝から高速で熊本に向かい、メーカーさんの営業と落ち合って阿蘇へ。この半年間セミナーなどで商談していた機械が売れたので納品説明に行くのだ。思ったより早く到着したので高森駅の喫茶店でお茶。SLが展示されていたので中に入ってみたり。古い機械ってなんか凄い。2日くらい前に深夜のテレビでキューバのSLを特集していた。機械に夢のあった時代があったんだぜ、という展示物。
無事説明も終わり、また八代の会社に走る。税理士事務所との打合せである。3時間あまり書類をひっくり返して監査してもらう。以前の税理士では考えられないことだ。毎月こんな安い金額でここまでやってもらって良いものか、と帰って不安になるが、そのうち利益を出してちゃんと返さねばなるまい。監査終了後、明日の会議資料を作成。だが恐ろしい眠気に捕まり、早めに寝て明日朝やることにした。
あっというまの8月。たくさん遊んだ気もするし、いまひとつ仕事が進まなかった気もするし。でも北半球のみんなはバケーションだったんだ。狂ったように働くことも現実だが、その一方で晴耕雨読の民もいて、1ヶ月の夏休みを取る人たちもいて、生きることと働くこととの区別を特に意識しない人たちもいることを、たまには確認することもよいことだろう。今月も長い文章を読んでくれたあなた、本当に感謝してます、ありがとう。
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yesterday
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