taka's業務日誌 2001年1月
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1年ぶりに日記猿人に復活しました。↓良ければ押してください
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曜
diary
1
月
明けましておめでとうございます。ついに21世紀になってしまいました。なんだか意外です。先月末よりここ群馬県水上温泉郷に来ております。下界の事はテレビやネットを通じて知ってはいますが、ここにいるとなんだか前世紀のことが夢のようでさえあります。。。などというほど高貴な正月を送っていることは決してなく、相変わらず酒にまみれたお正月を過ごしているのでありました。世紀越えの時報がなる直前までコタツで寝ていたのであるが、1分前に起こされて、テレビのサザンのカウントダウンとともに乾杯。その後、ネットに繋いで年賀メールを送り倒して、会社のサイトのトップページを変更しておいた。気が付けば1時間もパソコンに向かっていたので、その後またも宴席に復活、しばらく飲んでいたがさすがに夕方5時から延々と飲んでいたせいで眠気絶頂となり、しっかり眠りました。
朝はゆっくりと起き出してきて、朝から御屠蘇で乾杯。クズポンチな正月がスタートする。10時過ぎに義弟一家と近くのスキー場へ。息子にとっては生まれて始めての、僕にとっても実に4年ぶり(といっても数回目であるが)のスキーである。大穴スキー場というわりと初心者向けのスキー場に到着すると、さすがに人出が少ない。やはり正月からスキーする人もいないか、と思ったらそういうわけでもなくて、単に吹雪が酷いせいらしい。息もできないくらいに雪風が轟々と吹いている中、息子にボーゲンを教える。自分も満足にできないので不安だったが、6歳のガキはすぐに体で覚えて、そこいらで気持ちよく滑っていた。
義弟一家はその後帰っていき、僕らはまたもコタツで酒盛りを開始。こうやって鍋を囲んで冷える夜を暖かく過ごすのも良いものである。
2
火
すっかりスキー狂いになってしまった息子のために、今日もスキー場へ。
今日は車が無いので、バスで向かう。田舎のバスもなかなか風流でよい。そういえば学生時代、岐阜の焼岳の麓のホテルでバイトした際、そこに向かうバスに乗ったときもこんな感じだったなあ。
昨日とうって変わって非常に良い天気である。気温も高くて汗をかくくらい。妻と子供を麓に残してリフト8回券を買って久しぶりに滑ってみる。なかなか勘が戻らなくて、数回こけてしまったが、楽しくすべることができた。それにしても体が重過ぎる。ちょっと軽くせねば、と痛感。昼ご飯はロッヂでラーメンを。
ここのロッジのオヤヂ、もとい、ロッヂのオヤジのウンチクを聞きながら山菜などをサービスしてもらって食べる。まいたけも養殖モノじゃなくって自分で山の中に取りに行くらしく、「腰があるだろ」と自慢しておった。確かにうまかった。ところが息子は気にとめずに「ラムネとライス」、と注文。最近微炭酸が飲めるようになって嬉しいらしく、その上ビーダマが欲しいらしい。
午後も妻と交代で一滑りしたあと、歩いて近所のホテル「奥利根館」へ。ここには親戚のおばさんが働いているのだ。そこで一風呂ご馳走してもらうことに。皆良く聞きたまえ、
ここの露天風呂は混浴である
、以上。
実家に戻り、一休みしたあと近所の居酒屋へ。最後の夜は、またも宴会であった。風呂上りで上気した体にチカチカとあたる雪が心地よい。食って飲んだ後に、博徒たちは花札遊びに興じていたようであるが、私はまたも例によってコタツで寝る。
3
水
7時ごろ目がさめる。さすがに早寝が続くと早起きになるもんだな。妻子はまだ起きないので、一人でテレビを見る。群馬テレビで信越放送制作の「清姫曼荼羅」というセミドキュメンタリーのような番組を再放送していてけっこう面白かった。人形使いの話なのだが、いくつか印象的なショットがあって「ゲージツ的だなあ」と思い、ネットで検索したらやはり96年の芸術賞か何かを貰った番組であった。その後昨日放送されたRyu'sBar2001をビデオで見る。そのうち家人らが起きだしてくる。今日は熊本に帰る日である。皆で朝食を取ったあとに昨日撮ったスキーのビデオなど見る。今日も寒い。ほぼ一日家の中で過ごした後、親戚にクルマで上毛高原駅まで送ってもらう。
夕方の新幹線で東京へ移動。のぼりだから混雑しているかなと思ったが、それほどでもなかった。東京駅からブルートレイン「はやぶさ」に乗り換え。
以前、鉄道オタクの母であった妻が「これは日本で一番長い路線を走るブルートレインなのだ」と教えてくれた。見れば客車に「昭和51年」と刻印してある。そうか、僕が小学5年生だった頃に作られた列車なのだな。なんだかすべてが昔の日本を引きずっている感じのつくりで、懐かしい感じもした。18時に走り出したあと、以前鉄道オタクであった息子と車内を探検する。彼は今ではすっかりすべての知識を放棄してしまい、ただの興奮したガキとなって所狭しと走り回っていた。
18時に東京駅を出発したこの列車が最終目的地の熊本に到着するのは翌日の11時40分のことである。さて、長旅だ。ガキは徐々に昔の記憶を取り戻してきたのか、アドレナリンを放出させて目を爛々と輝かせて興奮している。なだめすかせて彼が寝たのは午前1時半。ところが3時半には起き出してトイレに誘う。その後僕は目がさめてしまい、パソコンを取り出して会社での新年挨拶を考えていたりして結局ほとんど眠れずに今に至っているのである(朝7時半)。ねむいぞー。
4
木
午前中は結局うとうとしながら過ごす。寝ているのかおきているのか判らない、そんな二度寝の心地よさを満喫する。だって今日は連休の最終日だからね。12時前に熊本駅に到着。タクシーで久々に自宅へ。年賀状が溜まっていたので、一生懸命読む。ついでに溜まっていた日経を読みまくる。群馬では東京新聞しか読めなかったしね。
しばらくくつろいだあとネクタイを締める。実はほとんどの取引先は今日から診療なのだ。明日から挨拶に回っていては間に合わないと思い、今日から回ることに。今日は子連れで数件回る。結局暗くなるまで話し込んでしまい、八代の実家に到着したのは20時に近くなっていた。父母を誘って近所の居酒屋でお正月気分を過ごす。といっても僕はほとんど話すことも無いのでもくもくと飯を食い酒を飲む。さすがに睡眠不足で体調が悪いのか、顔が真っ赤になってふらふらしてきたので、実家に帰ってすぐに寝た。ぐっすり眠れた。
5
金
早めに起きて、会社の周りを掃除する。今年はできる限り早く出社して掃除しようと、昨年の大掃除の際にひそかに決めていたのである。寒いけどなかなか心地よいものである。全員が出社して会議室にて朝礼。御屠蘇を飲みながら1時間くらい話す。明るい21世紀は来るものじゃない、つくるものだ、みたいな話です。
皆が営業に出かけ、メーカーさんが挨拶に来たりして、和やかに仕事始めがスタートした。銀次郎までもが"出社"しいろいろと話す。午後から営業へ。16時より市内百貨店にて薬業連合組合という団体の名刺交換会に出席。例年の行事である。初めて熊本県知事を直接見る。なんだか参院選が近いせいか、すっかり選挙応援演説モードである。誰とは言わんが、やっぱり”上”の方の方々はまったく何も考えとらんな。そりゃこのまま行けば日本は沈むよ。
しばらくして仲間うちで抜け出して、ちょっとおしゃれな居酒屋へ。まだ17時である。およそお洒落と程遠いおやっさん集団はワインをこれでもか、と空けて酒盛りを開始。皆ライバル業者ということもあって、だんだんと声がでかくなって言いたい放題である。その後あまり風紀的によろしくないお店にもちょこっと立ち寄り、解散。私はお正月の挨拶に、といつものショットバーに顔を出したのだが、運良く(悪く?)マスターの誕生日の日だったみたいで、そのまま朝まで記憶をなくすまで飲んだいたのであった。12時間以上飲んでたってことか?新年早々頭が痛い。
6
土
コタツで目を覚ますと8時であった。いかん、9時から八代で会議だ。死んでいる場合ではない。ネクタイを締めて車に飛び乗り、ほぼ小脳だけで会社まで運転する。30分ほどで会議資料のデータをまとめ、9時30分から会議、11時くらいまで何とか形にする。ほとんど言いたいことは昨日の朝礼で話してたから後はラクだった。しかし体はつらかった。終了と同時に自宅で眠る。3時間ほど寝て、事務所でしばらく仕事をし、16時から今度は会社の新年会。一番若い男がうまく幹事を進めてくれて、2時間以上盛り上がる。その後若手二人とカラオケボックスへ。4時間ほど歌いっぱなしであった。その後ラーメン屋で餃子を食う。23時を過ぎている。妻はかもなべ家に電話して、今日これから襲撃するぞ、と脅している。タクシーでかもなべ家を急襲。子供たちは既に避難を終えていた。さあて、騒ぐぞ、と意気込んだ瞬間、波動エネルギーは見事に底を尽き、気を失うように寝てしまっていたらしい。他の3人は午前4時まで飲んでいたらしいが。もはや人間の域を越えている、と思う。おそるべし、クズポンチャーズ。
7
日
今日は福岡まで往復の予定である。9時に起きて、車を借りていったん会社に帰る。しかしあまりにしんどいのでやっぱりやめた、と福岡に電話して謝る。パソコンなどを持ってかもなべ家に戻るが、途中本屋さんによって何冊か文庫本を買う。かもなべ家につくと、3人はまだ寝ていた。夕方までうだうだした後、実家に戻り、しばらく会社で仕事を仕上げた後、家路に。途中、うどん屋で晩飯を食べるが、隣の席の親子連れが、買ってきたばかりのおもちゃをガンガン鳴らしまくり、非常に迷惑であった。あーゆー馬鹿な親がこの国を駄目にするのだ、と主張しようと思ったが、よく考えたら自分たちはクズな生活を送ってきたばかりなのであった。ま、誰にも迷惑はかけとらんと思うのだが。今年初めて、家で寝ることになった。
8
祝
おー、今日も休みであった。ところがこういう日に限って朝は早起きである。天気があまりよくないということもあって、コタツに篭って昨日買った文庫本を読みまくる。「落下する夕方」(江國香織)「ベンチャーわれ倒産す」(板倉雄一郎)「生と死の幻想」(鈴木光司)の3冊を読破した。「落下する〜」は以前、高速バスの中でビデオを見たのだが、途中で降りたためラストまで見られずに気になっていたのだ。江國さんは僕と同い年なのだが、非常に切れる人だな、という印象がある。ああ、映画とおんなじだなあ、なんて読み進んでいたらラストでひっくり返された。そうか、あの映画はラストはこうなってたのか。なんだか読後感でボーっとしてしまう。
後の二冊も元気が出る本であった。結果的に、ということですが。
午後から宇土市のMEGAという家具のモールに行く。群馬の実家で息子の学習机費用を貰ってきたのだ。使い込んでしまう前に買ってしまえ、と初めてMEGAに出かける。自分自身は学習机に座った体験が無いので、どれが良いのかぜんぜんわからない。29800円から20万円近いものまでいろいろあるんだ。いろいろ悩んだ挙句、昨年度モデルの手頃なやつに決める。息子はらしくもなくはしゃいでいる。その後家に戻り、また本を読んで寝る。ああ、明日からいよいよ本格的に仕事だ。仕事の話をしていたらつい、妻と口論に。あいかわらずの21世紀だなあ。
9
火
今日も早めに出社して玄関の前を掃除。掃除をしながら社員を迎えるのも良いものだ。午前中、社内で仕事した後、午後から営業へ。思ったより時間を取ってしまい、途中で家に一度戻り、すぐにスタディグループの理事会へ。1時間ほどで無事終了し、新年会へ、ということになったが、どうも胃のあたりが痛くって、遠慮させてもらう。家に戻ると子供が「グランツーリスモで勝負だあ」というので勝負。何度やっても見事に負けてしまう。子供の成長をこういうところで感じるってのは、はたしていかがなものか。
10
水
朝一で仕入の商談を行う。この業界はなぜだか1月に商品が安くなる。多分、売れないからだろうが、仕入先の都合で安くなる。で、そこである程度仕入れておかなければ、しばらく安売りできない。安売りできないってことはまたも売上が下がる。もともと下がる時期なのに、である。それで無理をして仕入先数社から数か月分の仕入を起こすことになる。そうすると今月の売上が厳しいから来月の入金が少ない、ということがわかっているのに、来月の支払いは大きいということで、だいたいが資金繰りが悪くなるのである。こういうのを"仕組まれた悪循環"と呼ぶのではないか、と思うのだが、関係諸氏、いかがか?
まあ、いずれにしてもお付き合いってのもあるってことで、膨大なリストに目を通し、めぼしい商品を仕入れる。この作業を私は10年もやっているわけで、パソコンには10年分のデータが入っているから、作業としてはさほど大変ではないにしても、一つ間違えると損したような得したようなことになりかねないので、慎重に商談。
午後から営業に出かける。成人式を迎えたばかりの若い社員が体調を崩して休んだせいで、新年早々社長自ら納品に回ることになったわけだ。久しぶりに商品を積んで回る。ああこれが僕らの原点だ、と思う。良い意味でも悪い意味でもだが。とにかく今年は僕は原点を正確に見つめつつ、何かを変えていくこととしよう。やりたいこと、やるべきことは山ほどある。あとは順列組み合わせだけだ。
夕方、以前付き合いのあった業界の人と連絡が取れ、彼の事務所に行くことに。なんでもお正月にホームページを作っては見たものの、実際にこれからどうしてよいかわからないので教えてくれ、ということであった。「200万円くらいくれたらすぐ行くぜ」と伝えたら了承されたので、行って3時間ほどチェックしてあげる。異常にでかい画像を背景に使っていたり、インデックスページでいきなり音楽が鳴ったり、日本語のファイル名ばっかりだったりとネットタブーのオンパレードであった。私も96年ごろはこういう事でずいぶん悩んだものであった。 だいたいの作業が終わるまでに、バナナ2本とインスタントコーヒー2杯が今宵のギャラであった。そのうちいつか200万円請求してやるぞ。
11
木
朝から昨日回りきれなかった得意先をざっと回る。昼は一人でファミレス。最近気づいたのだが、下手に移動中にコンビニで弁当など買うより、安いファミレスで食べた方が安上がりで落ち着くのである。IT関連の雑誌などに身を通しつつ480円のランチをむさぼる。夕方会社に着くと立て続けにメーカーさんが来られて商談というか、挨拶。その後、八代市内のパソコンショップにぶっ壊れたモバイルプレインタを持ち込む。なぜだか憮然とした態度の女性店員に機械的な対応されて悲しかったぞ。じっくり会社で仕事をするつもりだったが何だか寒くてはかどらない。でもとにかくは明日から始まるセミナーの準備をやっておこう。
12
金
営業と新年の挨拶同行。一軒目にていきなり2時間。その後数件に挨拶し、夕方自分の車で熊本市内に戻り、先生方と連れ立って空港へ。今日から今日との先生を呼んでのセミナーである。最終便でやってきた先生をお迎えし、4人でいつもの店に向かう。ここははじめてきた、という講師を河豚の唐揚や馬刺しなどでもてなし、楽しい話に花が咲く。2軒目は最近良く連れて行かれるクラブへ。まったくお酒を飲まない講師も楽しそうに見えたので何より。2時くらいまで盛り上がっていたけど、どうにかタクシーで家にたどり着く。
13
土
朝から市内の歯科医院研修室でセミナー一日目である。本日は定員限定でひたすら症例のチェック。お昼ご飯は近くのガストからお弁当を取った。注文するのに電話口で大変なステップを要求されて辟易としたが、まあ満足な弁当であった。さすがに皆さん熱心にディスカッションが繰り広げられる。昨夜の大騒ぎしていた人たちと、まるで別人である。
終了後、予約していた馬の焼肉屋「らむ」へと向かう。その前にちょこっと来月あたまに完成する歯科医院のビルを見学。これはすごい、きれいだ、と皆さん嘆息。その勢いで馬肉を摂取、ついでにアルコールも流し込む。昨日行ったクラブにまたも繰り出し、遅くまで盛り上がるのだが、さすがに昨日の疲れもあり、解散時間は早かった。会計を担当しているので、懐に現金を突っ込んでおり、いまいち酔えなかった。
14
日
昨夜は酔えなかった、と思ったがそれは誤解で、きっちり二日酔いモードである。なんだかすごい寒さなのであるが、車に飛び乗って歯科医師会館へと向かう。今日は130人を集めての講演会である。講師は昨日と同じ。受付、会場設営、展示業者への案内、自社の展示、スライドのリハと走り回っているうちに、スタート。朝から福岡地方は大雪だったとかで10名近くが会場まで辿り着けないでいたせいで、弁当が大量に余る。調子に乗って2個も食べたらやっぱり胃にもたれる。しかし、うちの若い社員たちは3個ずつしっかり食べていた。20代に戻りたいよ。
16時過ぎには予定通り終了、大急ぎで後片付けを終え、講師と空港へ向かう。ちょっと早く着いたので喫茶店で談笑。講師を送った後はなんだか久しぶりに明るいうちに自宅に戻り、はしゃぐ息子と遊んだりした。22時に子供を寝かせるのと同時に自分も熟睡してしまった。
15
月
今日は朝一で会社に出た後、営業と同行の予定であった。ところが目がさめると一面の雪化粧である。こうなると九州の道路はずたずたになる。なんせ、ドライバーが雪になれていない、タイヤがすべてノーマル、除雪、という考えの無い道路事情、である。自宅待機して営業を待つことにしたが、彼は40kmを3時間かけて到着、実質12時から営業スタートとなった。とはいってもあちこちに見慣れない雪の残る中、大変な思いで回ることに。どこへいっても朝の事故と渋滞の話題ばかりであった。
最後に電話を貰って得意先とのトラブル解消で21時過ぎまで一緒に回る。これは家に戻れる状況じゃないし、戻ったら明日も出て来れないな、と実家に泊まることにする。
営業と一緒に晩飯でも、と思い「どっかいこう」と誘って連れて行かれたのはロードサイドの「弁当のヒライ」であった。県外の方には馴染みが無いであろうが、熊本ではどこでも見かけるお弁当屋さん(?)である。ここは店内に食事をするコーナーがあってうどんとか作ってもらえるのである。感じとしては高速道路のPAかな?ともかくもそういうところで激安のうどんを食べる。結構美味いもんである。なんか長距離トラックのドライバーにでもなった気分になれる。それにしても、医療関係の営業って社会的にちょっとはイメージよさそうな気もするけど、実態はこうである。深夜に社長と営業でロードサイドの弁当屋で400円のうどんを食べるのだ。いや、悪いという意味ではない。これもある意味楽しい。だが、僕たちがこうまでして自分たちの時間を切り売りして生き延びているという現状を誰も知らないのではないか?彼と会社に戻り、12時過ぎまで残務整理をしながら、僕はこの状況を年内に突破してやる、と念じた。個人として、社長として、である。
実家のベッドに潜り込み、先日ネットで買った田口ランディの「ミッドナイトコール」を一気読み。最近、女流作家づいているな。
16
火
朝一で先日商談したのと違う仕入先の1月セール仕入商談。その後メーカーさんの社長がおいでになり、業界の21世紀についてお互い熱弁を振るう。お昼過ぎにめったに来ないソフトハウスの営業がやってきて雑談。その後なぜか企業信用調査会社までやってきて決算の内容を聞いていった。「どのくらいにしておきましょう?」だって。どこの誰だか知らないけれど、依頼主企業も、毎年お金を払ってうちの内容を調べてくれるだなんてありがたいような迷惑なような。電話してくれれれば何でも教えちゃうんだけどな。調査費用で飲みに行った方がよっぽどお互い分かり合えるぜ、と思う。夕方福岡からやってきてくれたメーカーさんの営業と一緒に得意先へ同行して商談。昨日、営業の車に乗ったまま会社にきてしまったので、自分の車がなくて、今日も実家に泊まりだな、とあきらめていたが、同行したメーカー営業氏がこれから熊本市内のホテルに向かうという。ラッキーってことで市内まで助手席を決め込む。ついでに家の近所の居酒屋で食事して焼酎飲んであることないことがなりたて、なんとなく新年会モードになってしまった。思えばここ3年あまり、1月過ぎには毎年彼を酒席に連れまわしているような。
17
水
自宅の近所のメーカー営業所にて商談のまとめ。その後数件営業した後、大阪のメーカーさんの取締役氏と歯科医院を訪問。今後の打ち合わせなど。その後熊本市内のお客さんに同じ顔ぶれにて移動、また紹介する。ずいぶん寒い日だなあ。昨日よりはちょっとだけましだけど。暗くなった市内を歩いていつもの寿司屋さんへ。この取締役氏、熊本は30年ぶりだという。彼を慕ってか、なぜか店内には同業者の社長やら、福岡の問屋の支店長やらが陣取っていた。まったくの偶然だけどびっくり。その後何人かお客さんを加えて、熊本市内の有力歯科医大集合的な場になってくる。いろんな昔話から馬鹿話まで聞けて楽しい食事となった。その後解散、数人でいつものTwoFiveでちょっとだけ飲んでタクシーで帰る。結構飲んでたらしく、あんまり記憶が無いのだが、ふと気づいたらコタツの中で寝ていた、。朝4時であった。いかん、風邪ひくぞ。
18
木
午前中は先日のセミナーの決算を妻と自宅で。最近メールの返事書きをサボっていたので集中的にこなす。あちこち電話したりしつつ、クルマで移動。途中、例によってファミレスで食事した後、会社で机の上の書類の山を崩す作業に専念する。寒い。あまりに寒い。まだエアコンが壊れたままなのである。そう思ったら修理に呼んだ電気屋さんから電話があり「4万円かかります」と。6月に7万円払ったばかりである。その時は「これで直ります」と言っていたのだが、今言わせたら「あれは冷房機能を修理したのであって、今度は暖房の機能ですから違います」だと。それもいいけど、プロだったら、夏の時点でそれくらい分かれよ、と電話口で言ってみたが、どこ吹く風であった。うちの業界なら干されてるぞ、まったく。でもどっちが当たり前なのか、僕には自信がありませんが(笑)。
社内にてストーブを抱えるようにして仕事をしていたら12時を回る。凍え死ぬかもしれん、早く寝よう。
19
金
今日は社内勤務に終始する。本当は営業に出かけたかったのだがついに出ることができずに終わってしまう。最近このパターンだなあ。マズイ。久しぶりに来られたメーカーさんと話したり、溜まった書類を処理したりするうちにあっというまに真っ暗になってしまった。それらの仕事に平行して2月のセミナーの会場や交通確認をしたり、最終的な参加者確保に奔走する。あちこち電話しているうちになんとか採算ラインまで参加者が集まってきた。さあ、頑張ろう。深夜、なんだか久しぶりに家に戻ったら、よくわからない理由でまた妻とけんかしてしまった。これは僕が悪かったな、多分。
20
土
ちょっとだけゆっくり寝坊する。朝食のあとコタツに入っていくつか仕事をし、その後久しぶりに会社のサイトの更新を。思いついてトップページをちょっとだけお洒落にする。バナーをいくつかまとめて作るだけで数時間を要した。結局ほとんど家から出ずに一日パソコンに篭って更新作業を続けた。そろそろ本格的に頑張っておかないと。
21
日
今日はお休み。午前中本を読んだりしてだらだらと過ごす。夕方は親子三人で近くの空き地で息子が作った凧を揚げて遊び、しばらく散歩したあと、近所の温泉センターに行ってくつろぐ。その後息子のリクエストで回転寿司に言ってたらふく食べ、古本屋でまたも本を買って帰る。果たして今月は何冊本を買ったことだろう。その割にぜんぜん読んでいないな。
22
月
出社して銀次郎氏と次のエッセイの打ち合わせをする。昼から昨日亡くなったという取引先のご尊父の葬儀に参列。お経を聞きながら、果たして僕が病気で死ぬとしたら、と考える。事故なら仕方ないけど、病気でゆっくり死に近づいていくとしたら、僕は何をするだろう。多分、自分で葬儀のプロデュースを買って出るのではないか。まず、音楽の選択からはじめる。最近の葬儀はお坊さんが入場する際にパイプオルガン風のBGMが流されるという、考えたら非常にアナーキーな状態になっている。だとすれば、いっそのこと宗教色をなくして、盛り上げることに専念する、というのもありではないか。もしも病気がひどくないようだったら、入院先にシンセやらMTRを持ち込んで、自分で作曲録音するな。葬儀屋さんにはCDをたくさん焼いてスケジュール表とともに渡しておく必要があるな。ケーキカット以外は披露宴と同じ要領でやれるな。うん、最後の挨拶は自分でやろう。録音しておくか、文章を誰かに代読してもらうことにしよう。「ええ、お足元が悪いかどうかわかりませんが、ボクのために参列どうもありがとう。」なんて始まりだな。そして皆さんに退場してもらう時にはJohn LennonのStarting Overをフルボリュームでかけて貰おう。だって、イントロの鐘の音がちょうど良いじゃない。待てよ、いっそのこと生バンドを入れるか。けどさすがに会場が許可しないだろうなあ、だったらライブハウスでやるって手もあるな。などと不謹慎なことを考えてしまった。葬儀とは故人の死を悲しむべきところかもしれないが、それによって親族や参加者のある種の再生を促すという場所でもあるのだろう。であれば、盛大に盛り上げるのも死にゆく者の特権かもしれないな。少なくとも僕が死んだ時には、そのような贅沢な気分を味わいたいものだ。しかし70まで生きてたらバンド入れるってのも変かなあ。
粛々と式は終わり、立派な人生を全うされた故人のために皆で祈り、雨の中解散した。社に戻り、開業用の見積を作成したり、あさってからの出張の準備などを行う。ふと気が付いたら午前2時であった。実家に泊まる。
ベッドにねっころがってちょっとだけ文庫本を開く。先日買った江國香織のエッセイをちらっと読む。そのなかで「はしに願いを」という文章があった。死者と生きている人が会うことのできる橋があったら、という話だった。言葉の選び方、透明感のあるセンスに感服し、同意し、そして昼間のことも思い出して感慨深く、そして眠った。
23
火
さっき寝たばかりなのに、もう起きなければ。朝7時に営業と遠方の得意先周りに出かける。9時ごろようやく現地に入り、ばたばたと挨拶回り。どこでも暖かく受け入れてくれる。ある歯科医院では「おお、よく来た、ちょうど良かった、マックがネットに繋がらん、どうにかしてくれんか」と大変喜んでいただき、30分ほど慣れないマックと格闘させていただいた(笑)。これでもうMACも完璧さ。
夕方途中まで戻ってきて、それから自分の車に乗り換えて熊本市内へ。今日は月に一度のスタディーグループの例会である。いつもより多目の参加者で、会場のお世話やら資料配布に奔走する。その間に症例をじっくり見させてもらう。面白いのだ。さすがに1年以上毎月スライドを見つづけていると、なんとなくではあるが臨床の面白さ、というものがおぼろげにわかってきたのかもしれない。歯科医師は本当に大変だと思う。世間一般のイメージと違い、こうやって平日の夜も遠くから集まって深夜までディスカッションしているという事実は、なかなか広まらないけれど。
家に戻り、明日の準備をして、速攻で寝る。今日はよくぞ睡眠3時間で元気だったなあ。まだまだ若いってことかな?
24
水
9時の便で羽田へ向かう。今年初めての出張である。機内で今日のプレゼンの内容を考える。羽田から東京駅に移動、近くのホテルに入って部屋で久しぶりにパワーポイントを起動、1時間あまりで文書作成する。いったいどうして毎回こうやって、直前にならないと仕事をしないのであろうか。考えてみたら中学1年生の1学期の中間テスト以来ずっとこのパターンである。だいたいが朝になってやる、とか、試験前の10分間の休憩で鬼のように丸暗記するとか。こりゃ一生直らんな。
午後はちょっとしたミーティングがあり、電車で移動。車内で会社から緊急の見積以来があり、たったままノートPCを起動、アクロバットな格好で見積を入力する。i-modeに送られてきた金額を見ながら、表計算ソフトに入力するのであるが、これが当然手は2本しかないもので、かなりな体位を要求されるのであった。無事携帯に繋いでメールを返す。
夕方からまた別のミーティング。そこでさっきのプレゼンをする。成功かな。その後みんなで六本木へ移動、特に六本木である必然性のない感じのカラオケスナックでみな一様に歌いまくり、2時ごろ帰る。10年後に思い出せる夜になるのかなあ。
25
木
10時に都内の企業を訪問し、ちょこっとだけミーティング。その後喫茶店で見積を書いたりメールの返事を書いたりして過ごす。昼休みは恵比寿のメーカーさんに顔を出し、その後渋谷へ。ビットバレーの中心地の企業を見学させてもらい、やっぱ時代の勢いのある場所に来るといいもんだ、と再認識。刺激を受ける。僕も頑張ろう。友人とビールを飲んだあと、東京駅へ向かう。のぞみに乗って一路大阪へ。車中ゆっくり寝るつもりがなんだか目がさえてメール書きに邁進する。外は雨である。昨日羽田についた時にはすっかり晴れ上がっていたので、ようやく僕の雨男人生も終わったか、と思っていたのだが、やはりきっちり最後は雨降らす。
新大阪から地下鉄で天王寺へ。雨の中知人と会って居酒屋へ。よく考えたら今日は朝からフライドポテトしか食べていなかったぞ。思いっきり食べまくるぞ、と意気込んだ割にはおとなしく23時には部屋に戻ってしまった。ネットで都ホテルを予約していたんだけど、シングル金額でダブルベッドの部屋であった。やっぱり2000円くらい高くても良いホテルに泊まると良いものだ。明日は午前中特に予定がないので、ゆっくり寝よう。
26
金
どうしたわけか5時に目がさめる。仕方がないので昨日本屋で買った文庫本、アーサーCクラークの新刊「過ぎ去りし日々の光」上巻を読む。やっぱこの人の本は良いなあ。イギリス人の皮肉っぽい笑いと全体のスケール感とのギャップが最高である。部屋でゆっくりと仕事する。さあて、午後からまた仕事だ。俺って本当に出張好きだなあ,、と思う。どう考えても車内にいる時より、移動中やホテルのベッドの上のほうが頭が冴えている気がするのだ。まあ、見方を変えれば直前にならないと仕事しないっていうだけかもしれないけど。
昼マックした後、待ち合わせして会社へ訪問。ミーティングを司会した後、以前勤めていた会社にふらっと立ち寄り、要望事項を伝えたり、役員と話したり。終業後、大阪モノレール経由で伊丹空港、ビールを一杯飲んだあと熊本へ戻る。機中ぐっすり寝ていたが、目がさめたのでまた文庫本を読んだ。今度の出張は2泊3日だったけど、なんだか長く感じた気がするな。いろんなことがいっぺんに片付き、そしていっぺんに始まった。
27
土
ゆっくり休みたいところだが、きょうはお得意先の引越しの手伝いである。小雨の中、仮診療所のビルから新築ビルへの引越しを手伝う。我社は営業と二人。同業者たくさんと、メーカーさんたくさんに混じって荷物の梱包から台車での移動、設置まで。お昼はお弁当を頂いたあと二人でしばらく喫茶店へ。久しぶりに珈琲専門店という感じのところに入った気がする。午後もあわただしく作業し、夜6時頃解散。二人で以前一度行ったことのある焼肉店に入り、ウーロン茶でモリモリ食べる。家に戻ると妻子は友人宅で徹マン宴会だそうだ。コタツでうとうとしたあと、本を読んで寝る。
28
日
天気の良い日曜日だ。しかし休日ではなくて、県立劇場で行われる歯科医学大会の展示に向かう。朝9時に現場に入り、メーカーさんと一緒に展示説明する。展示といっても、来週のセミナーの案内くらいだけど。260名もの参加で会場が満杯なので、講演が始まったあとは展示業者二人と近くの喫茶店でモーニング。いろんな話で盛り上がる。お昼休みは稼ぎ時なので、説明と挨拶に費やす。午後はレストランで顧客と話したり。朝はあんなに天気が良かったのに、雨が降ってきた。今日は関東では昨日から大雪らしい。夕方、講演が終わり、片付けて自宅へ。まだ帰っていないらしく、妙に冷えている部屋を暖めて、コチカメを見ながらコタツで寝る。
29
月
ちょっと遅れて出社。なんだか昨日より冷えている気がするな。相変わらず会社はエアコンが効かず極寒状態である。思いっきり着込んで、ourdent.comサイトの結構大きな更新作業をする。ついでに今月号のメールニュースを制作。他に週末のセミナーの準備やら何やら。気が付いたら午前3時であった。あまりに寒くて頭が痛くなってきた。シャワーを浴びてちょこっと本を読んで寝る。
30
火
9時に目がさめた。いかん、遅刻だ。朝から玄関前の掃除しなければと思っていたのに。午前中はセミナーの直前の準備。名簿確定、名札つくり、弁当手配、受講票のFAXなど。併せて見積も数枚仕上げる。はてさて今日は久しぶりに営業に出ねばと思っていたのにもう15時だ。慌てて車に飛び乗り熊本市内へ急ぐ。10件程度回るつもりだったのに3件目で話し込んでしまい、そのまま院長らと食事に出かけることに。近所のおいしい食事の店でフォアグラのサラダなどをいただき、その後先生の患者さんという方のスナックへ。途中からほとんど水を飲んでいた。というのは実はこのあと仕事が控えていたのである。午前0時からこの近くのアーケード街の歯科医院に治療ユニットを納入するのだ。アーケードであるため昼間はトラックを入れることができず、深夜ということになってしまった。
2軒目を出た後時計を見るとまだ21時だ。時間調整にいつものTwo-Fiveに行って、これまた水を飲んで過ごす。SADEのビデオを見つけたので他の客がいないことをいいことに見せてもらった。うーん、完璧だ。こんなに完璧なShow-Bizが日本にできるのは22世紀でも無理かもしれないと思う。うた、演奏、ステージング、どれをとってもこれ以上のものってないんじゃない、と思わず画面に釘付け。大学生の頃聞いていた曲やら、5年程前に海水浴場のステージで夕日を浴びながらバンドで演奏したKiss of Lifeなど懐かしい曲ばかりだった。
23時半頃店を出て歩いて現場へ。メーカーさんが集まって既に作業をしていた。社員も一人やってくる。なんと院長と院長のお母さんも来ている。ああよかった、酒臭くなくて。2時間で終わる予定が、順調に遅れて(笑)午前3時に終了、撤収。飯を食いに行こうと誘うメーカー営業マンに、おまえと一緒に死ぬ気はない、と告げ、家に戻る。寝ついたのは4時であった。明日は10時には会社に行かねば。
31
水
目がさめると9時であった。やばい。急いで準備して出かけようとしたら眼鏡がない。あれ、確かに数時間前にコタツの上に置いたはずなんだが。妻は「朝子供に片付けさせたのでたぶんどっかにしまったんだろう」ということ。私は眼鏡がなければ車も運転できないのだ、どうしよう。10時にはメーカーさんがアポイントしていると言うのに。あちこちひっくり返して探すけどやはりない。仕方がないので幼稚園に電話して息子に聞くことに。しばらくして先生から電話があり「本棚に置いたそうです」。子供の本棚を見るとしっかり置いてあった。あまりに親が散らかし症なもので子供が几帳面に育っているってこだろうか?
1時間遅れで会社に着くとメーカーさんが2人できていたので挨拶、そのまま近所の寿司屋で食事しながら商談。しっかしまあ異常に勢いのあるおっちゃんである。彼らが帰った後、もう一社商談をする。業界の地図も今世紀に入ってゆっくりと変わりつつあるみたいだ。そんな話をきく。それから少しデスクワークしていたらなんだか猛烈に眠くなってきた。いかん、このままじゃ寒い事務所で凍死する、と実家に戻って寝る。起きたら19時だった。3時間も寝てたらしい。その後事務所でメールの返事を書いたりセミナーの準備をしたり。昨日のSADEを思い出してamazon.comで持っていないCDと新譜を2枚買ってみる。輸入版を直接買うので安いかな、と思ったけどよく考えたら送料に10ドルも払ってしまった。これじゃ輸入レコード店で買うのとほとんど変わらんな。まあ実際に買いに行くと余計なものも買ってしまうのでいいか。おっとまた眠くなってきた。
というわけで、21世紀の幕開けは相変わらずのばたばたした月で始まったようです。こんな僕のつまらない日記に今月も付き合ってくれて、どうもありがとう。ではまた来月もよろしく!