Tomorrow Never Knows
2000/07/31 MON
今日から新人君は営業と同行である。久し振りに社内で時間が取れたので、まずは昨日のセミナーのまとめをする。次に溜まったメールの返事を書きまくる。銀行に行って久々に支店長と話をしてくる。帰ってきて昼ご飯を食べたのが実に26時間ぶりの食事であった。食事後まだフラフラするのでしばらく部屋で寝よう、と実家に戻ったが結局携帯がなったりして眠れなかった。4時から仕事復活。8時頃同行していた営業が戻ってきたので、どうだい?と聞いたら、彼はサボることしか考えないタイプみたいです、となかなかさっぱりした評価。ああ、わかった、じゃあ明日の朝話をするよ、とミーティング終了。11時ごろまでなんだかんだとミーティングしたりしてて、解散。実家で明日の朝どういう話に持っていこうか、と頭をめぐらす。
風呂から上がってテレビを見てたらNews23で作家の柳美里が子供を産んだ特集をしていた。東京キッドブラザーズの創立者のモトカレがいっしょに面倒を見ているという。ところが彼は末期癌で余命幾ばくもない、というドキュメンタリー前編であった。最近すっかり韓国づいている気がするな、と何気なく見てたストーリーだったが、なんだかこの男の生き方と、そしてこないだ読んだ田口ランディって人の自分の父に関するエッセイ(メルマガ)と重ね合わせて考えていたら目が覚めてしまい、2時くらいまで起きていた。
今月も相変らずの月だった。ドタバタばっかりでちっとも前に進んでいない気がする。山に登るためにはいろんな方法があると思うんだけど、僕はたまたま何かの偶然で、「川を上る」という方法を選択しているんじゃないだろうか?下流の頃は楽チンにボートを漕いでいたんだけど、だんだん中流になり、いまや上流でごつごつした岩の間を流れる急流を必死に漕いで上ろうとしているのに漕ぎ手が少なく、荷物が多くて漕いでも漕いでも前に進まず、ちょっと休憩するとすぐ昨日いた場所まで戻されている気がする。だが、いずれにしても頂上は近いというのは間違いないんだろう。頂上に何があるかってのはもうどうでも良いのかもしれないけどね。今月も読んでくれた人、有難う。へなちゃこ文章を読んでくれたご利益がそのうちあると思います。んなわけないか。
2000/07/30 SUN
朦朧とした状態で朝食を食べ、会場に向かう。あれだけ飲んだのに64歳の講師は矍鑠とお元気である。凄過ぎる。彼は僕の年には既にアメリカで様々な知識と技術を吸収し、最高の臨床家の一人として名を成していたのだそうだ。英語と韓国語を独学でぺらぺらになり、自らを入れ歯職人と名乗って、いつも笑顔を絶やさず、軽妙なジョークを飛ばしながら難症例を次から次に解決して日本中の老人の笑顔を取り戻す仕事をしている。ちょうど僕の父と同い年だが、僕もああいう歳の取り方ができると素晴らしいなと思った。もっとも彼の若い頃は神経質でワガママで手がつけられなかったそうなのだが。ということは僕にもまだ望みありか。
昼弁当を食べたら急に疲れが出てちょっと横になっていた。そしたら突然気分が悪くなりトイレですべて戻してしまった。何かが中ったらしい。さば?いずれにしろ、疲れが出ているのかもしれない。無理はいかんな、としばらく横になる。フラフラしているのでセミナー終了後の空港までのお見送りも遠慮する。会場で最終確認と整理をし、その後来月にこの近くで開業する先生のオフィスを見学に行った後、熊本のお客さんのオフィスに行ってパソコンの接続の手伝いをする。9時を回ったので急いで家に帰り、熱帯魚に餌をやり、CSで始まっていたF1ドイツGPを見る。バリチェロの初優勝、なんだかとても良かった。久し振りにブラジル国歌を聞いた。7年振りらしい。
2000/07/29 SAT
8時におきて食事をし、会場へ。10時からセミナー開始である。社員2名の応援でこともなげにセミナーは進む。台風がきているらしくて少し風が強いが、嵐という感じではない。昼弁当を食べた後もなんやかんやで忙しい。今日の懇親会の地図を入れた案内を作る。休憩中にいろんな商談を進める。社員とも話して従業員教育活動もやる。こうやって書いているとなんだかすごく仕事しているみたいだが、実は寝っころがっている次官のほうが多かったりもする。
時間と共に終了し、急いで懇親会場へ。狭い韓国家庭料理の店に30名を詰め込んだので僕の座るスペースはなく、したがって従業員としてこき使われることに。「アガシ〜!」なんて単語を覚えてしまったぞ(お姉さん、って意味らしい)。しかし結構うまいものである。韓国料理ってなんか日本人に取ったら「禁断の旨さ」って感じがする。たとえばご飯に醤油とマヨネーズをかけて食ったら確かに美味しいだろうけど、親から「品がない、体に悪い」と怒られそうな気がする。そういう教育の元に育っていると、実は絶対に旨いと確信の持てるはずの調理法、たとえば、ぶっ掛け、超劇辛、まぜまぜ、ぐちゃぐちゃ、どろどろ、ひいひい、くっさあ〜、なんてやつに対して、心理的に距離を置いてしまっている僕ら日本人のココロ的なものが醸造されてしまっているのだ。しかし、この店では関係ないらしい。4ヶ月コースの達成感も相まって、ようやく皆で仲良くなれた気がした。
次は昨日も行ったコリアンスナックへ。定員の都合で一次会に呼べなかった社員2名も呼んでくる。あいつらは歌いまくっていた。社長はお酌しているというのに!まあいいか。うちの社員にひとり演歌歌手希望の男がいるのだが、そいつは完全に営業モードに入っていたのだが、商品は歯科材料ではなく、そのうち出るであろう自分の演歌CDのようであった。そのうち全裸になってカウンタに上がって裸踊りをする歯科医師40歳大分出身男性妻子ありなどが出現し、狂乱の夜は更けて行く。 12時ごろ場はお開きとなり若手3人(ネイキッドダンス男含む)と地元の先生が行きつけのラウンジで1時間くらい休む。美味いヤキソバ屋があるってんでそこで食べる。フィリピンクラブに行くぞ@1時、という企画も出るがさすがに体力が底をつき、タクシーで帰っていたら「あ、携帯を忘れてきた」先生が名乗り出て、再び店に戻り、携帯をゲットしてホテルに入ったら3時であった。
2000/07/28 FRI
午前中勝負で15軒ほど回る。時間がなくて朝,昼と食べられなかったので、4時に吉野屋の牛丼。それから高速に乗って5時過ぎに広川SAへ。セミナーも今回で4ヶ月コースの終了である。会場の準備を終えた後、久留米に移動してホテルへチェックイン。1時間ほど休んで講師が到着したので会食へ。地元の珍しい魚介類を食べさせる店へ。イソギンチャクやらムツゴロウなどを初めて食べる。その後コリアンクラブみたいな店に行く。この講師は仙台出身にもかかわらず大の韓国マニアなのである。最後に屋台でビールを飲んでホテルへ。2時半であった。
2000/07/27 THU
今日も社内で研修などしながら商談など。EmailとWWWを教えたり。明日の営業は午前中勝負なのでとりあえず準備に時間を掛ける。明日の夕方からは広川〜久留米なのだ。
夜になって関連会社の社長から電話が鳴る。聞いてくださいよ、と。営業社員が先週末から失踪行方不明だそうだ。家族の元にも戻っていない。何度か繰り返されていたことらしく、奥さんはもう離婚するつもりだそうだ。聞けばパチンコにはまってしまってとのこと。会社のほうも数少ない営業を失い、また彼は長く勤めていたのである意味で顧客との絆も深く、売上面での影響も心配だという。僕と同じく社長自身が営業しているので、今後はもっと彼のスケジュールもきつくなるだろう、彼の体も心配だ。いろんなことをアドバイスしたり、相槌を打ったりしていたが、まったく他人事ではなく、僕自身の問題でもあるから、ことは深刻だな。こんな経験は僕はまだ35歳なのにもう何度かあるのだ。パチンコ、サラ金、保証人、家出、離婚、この10年間でいろんなケースを見てきたが、いずれも平和な解決はしていない。彼には、今後のことを考えるように言っておいた。それにしてもだ。何度か書いたが、僕がこの日記を始めたのは僕の親しい業界の友人が亡くなったのがきっかけである。何かを変えようとか、わかって欲しくて、という気はなく、ただ記録していくことで何かが自分でも見えてくるんじゃないか、ということだった。しかしこうやってこの業界の中で悲喜劇があいも変わらず繰り返されるってことは、いったい何を示唆しているっていうんだろう。何かが狂っているよ、まったく。
深夜まで会社にいてそれから高速を通らずに自宅へ。久々に熱帯魚に餌をやったり。シャワーを浴びてすぐ眠くなった。
2000/07/26 WED
昨日回りきれなかった得意先を数軒回って午後から出社。きけば新人はいきなり腰痛で遅刻だという。どうしてこうも腰痛の奴ばっかりが世の中に溢れているんだ。すっかりやる気を失いつつ社内研修。しかし、こういうことは、たまにやると自分自身にヒントになるものだ。業界のことを冷静に考えるのに確実に役に立っている気がする。まあそう考えることにしようっと。
他には週末のセミナー関係の仕事などをバタバタと深夜まで。
2000/07/25 TUE
昨夜はあれからメーカーさんと社員と合流して2時くらいまで居酒屋で酒を飲んでいた。10時くらいから飲み始めたのだが、4時間あまりで結構ベロベロになってしまった。というわけで今朝はちょっと二日酔い気味である。昨日から来ている新人の研修と今日は一緒に得意先を回る予定だったが、なんだかんだ出発が遅くなってしまい、結局一人で行くことに。昨日の事故などをねたにしながらどたばたと回りまくる。19時過ぎよりスタディグループの例会に参加。昨日事故した先生が発表。スライドの現像が間に合わなかったので僕のPCを液晶プロジェクタで投影して手伝ってあげた。なかなかに紛糾したアクティブな会となり、11時前まで盛り上がっていた。その後3人のお客さんとフォルクスに行って食事。12時過ぎに一人の家に戻って焼酎でも飲みながらテレビを見ていたらコンコルドが墜落したという。ありゃー、とネットを繋ぎながらCNNなどを見ていたら2時を過ぎた。なんだか事故ばっかりだね。
2000/07/24 MON
今日から新しく営業を採用した。1日かけて詰め込み研修をする。昼飯を近くのファミレスで一緒に食べる。なかなか面白い人生を歩んできた奴のようだ。生かすも殺すも僕次第ってところか。午後からはパソコンとノーツの研修。昨日の午前中のテレビで雇用のミスマッチという話題を報道していたが、こうやってパソコンを使ったことのない人に教える現場にいると、ああ、こういうことなんだな、と実感する。こうやって日本は変わっていくのかもしれないな。しかしこうやっていろいろと業界の現実や未来について一日話していると、自分の考えやおかれている状況があらためて客観的にわかるような気がする。やっぱり人と話すということは重要だなと思う。
夜になってメーカーさんを呼んで勉強会をやろうと営業の帰りを待っていたら、とんでもない電話が入る。仲の良い同年代の歯科医師が高速で事故ったらしい。雷がゴロゴロ鳴っているものすごい雨の中である。これは大変なことじゃないか、とあちこち情報収集に走る。市内の緊急病院や警察に電話しまくるが情報はない。仕方ないので警察に行ってみたらようやく情報が入った。トンネルの入り口で3台の多重衝突、先生のクルマは大破し横転しているらしい。現場は大渋滞との事。ところが救急車とレスキュー隊が出動したが、怪我人がいないので帰ってきたという。とりあえず無事みたいだ。インターチェンジの高速機動隊の事務所に行ってみたら、ご本人がピンピンして元気に話をしていた。
2000/07/23 SUN
8時に家を出て外で朝食を食べてから妻子を福岡空港へ向かう高速バス停まで送ることにした。8時だというのにもう暑くなっている。朝方は雨が降っていたみたいだけど、もうすっかり夏休みなんだ。行く予定だったファーストフード店が開店前だったので、そうだ、と思い吉野屋にいく。朝定食、結構好きだったんだ、おれ。3人でテーブルをとって吉野屋で朝飯。なかなかよい味を出しているぞ。妻は「牛丼が食べたくなってきた」と朝っぱらから猛獣のように肉欲に溺れていった。僕は大人しく納豆卵を食していたら向こうのほうから僕の名前を呼ぶ声が。よく見たらお得意先の院長だった。これから福岡にセミナーに行くそうだ。でも何で朝からここに?深くは追求しないことにした。
その後バス停まで送ってお別れ。これからしばらくは独身生活を満喫、である。がはは。
家に戻ると家の中が蒸し風呂になっていた。窓際のいつも妻が使っている机にPCを持ってきてメールを書いたり、仕事をしたりする。12時ごろあまりの暑さに耐えられなくなり、近所を散歩。うどんやで昼飯を食った後先日のグラウンドへ行って2kmウォーキング。倒れそうに暑い。ちょうどここのグラウンドの横にある高校が高校野球の予選の試合中で何人かがラジオにかじりついていた。歩き始めると結構風があって涼しいものだ。その後家に帰りシャワーを浴びてこの日記を書いたりしている。さてこれから何をしよう?
2000/07/22 SAT
今日は大分県の別府まで日帰り出張である。11時ごろクルマで出発。高速で行こうかとも思ったが天気もよく景色でも楽しもう、と3時からの

予定に少し早めに出発。南阿蘇を経由してやまなみハイウエイに至る。久々にクルマの性能をフルに使ってガンガン走る。もともとそんなに速い車じゃないので結構スリルのある運転となる。しかしなんだな、プレステのリアルなドライビングゲームで練習したせいか、久し振りでも結構落着いてコーナリングしたりしてて。僕はここ10年くらいオートマ車だと左足でブレーキを踏むんだが、そうするとなおさらプレステ感覚である。まあそういった気迫を感じてか、結構前の車が譲ってくれるのでストレスなく走れた。それにしても九重の景色は素晴らしい。同じ九州の火山でも阿蘇と霧島と九重ではぜんぜん違うのだ。空の色から違う気がする。仕事を忘れて快適な一人ドライブを楽しんだ。しかし途中どうしても眠くなってひとねむり。起きた後、どう考えてもこのままだと間に合わんわな、と気づき、由布院から17kmだけ高速に乗り、時間ギリギリで歯科医院へ到着。今日はここである新しい器械のデモ会を見に来たのだ。3時間ほどの内容を興味深々で見てきた。

7時より再び別府インターへ。別府SAで一休み。別府は本当に景色の素晴らしい街だ。私の出身校の関連大学が最近できたというので何かと家族でも話題になっていることだし、今度は家族連れで来てみよう。やはり由布院で高速を降りて、今度は阿蘇の北側を通って帰る。行きよりももちろんすいていて2時間半くらいで自宅に戻った。子供が寝付くところだったのでしばらく昨日の話を聞いて、その後明日からの帰省の準備をおお慌ててでやっている妻の話にしばらく付き合った。
2000/07/21 FRI
今日から息子が幼稚園のお泊り保育に阿蘇に行くという。まだ体調が良くないのでもしかしたら途中で帰ってくるかもしれない、という条件付。本人にとっては年に一度の大イベント、ということなので病み上がりでもどうしても参加させたい、という妻と本人と強い意向で意地で参加、という感じらしい。彼らを見送った後、会社に行き、11時まで準備をしてまた熊本へ。12時よりファミレスで東京の衛星通信をやっている広告代理店の人たちと会う。暑い。3時ごろよりようやく営業を開始し、19時ごろまでぐるぐる回る。
今日は子供抜きでたまには夫婦で一杯やるか、と出かけようとしたときに携帯がなる。同業者からだ。なんですかあ?と聞いたら、「今日は組合の会合なんだけど覚えてたか?」と。Oh,すっかり1週間勘違いしていたぜ。謝って許してもらう。まあ、行ったからといってこれから参加じゃ飲んで帰ってくるだけだろうし。会いたくない奴もいるし。まいっか、とそのまま近所の居酒屋まで歩いていって妻と飲んでしまった。
家に帰ってきたら今度は妻の携帯がなり、幼稚園の先生からであった。息子は何事もなくはしゃいで遊んで疲れて寝たらしい。ほっとして飲みなおしてぐっすりねた。
2000/07/20 THU
朝6時半に母を乗せて空港まで走る。これから伯父の葬儀などで東京へ行くというので送っていくのだ。車中、伯父のことなどを聞く。いままで知らなかったことばかりだった。伯父は人吉の学校を出た後、陸軍士官学校へ進み、陸軍大尉とまでなったが、戦地に赴かなかったため戦後は軍人恩給もなく、また公職追放でまともな職業には就けなかったそうだ。ところが定職もないのに東京から疎開していた美人の奥さんと結婚し、その後しばらく都城あたりで歯科医院に材料を持って回る、いわゆるカバン屋をやっていたのだそうだ。昭和24年くらいの話である。その後奥さんの実家のある東京へ移り、市川のシバタというしかメーカー(今でもある)に入社し、中部地方などを営業で回っていたが、人吉で銀行に勤めていた私の母に連絡して、東京へ出てこないか、と誘ったらしい。母は迷った末に、市川のシバタの社長夫妻の家に住み込みのお手伝いさんとして2年ほど働いたという。その後会社が歯科関連の会社が集まっている御徒町に出店する際に、「そろばんができるから」という理由でそこのOLになり4年ほど働いたそうだ。その後伯父はシバタを離れ、ユニデントとかいう会社を作ったりしたそうだが、晩年は歯科から離れていたようである。母は人吉に戻り、歯科医院で働いているところにカバン屋でやってきた父と結婚するわけだが、よく考えたら父も中学を出てから歯科業界に入っているので、やはり昭和25年くらいからこの業界にいるわけである。いままで思ったこともなかったのだが、僕の父方も母方も時同じくして歯科業界に絡んでいたわけである。ということは僕は歯科流通業界の生え抜きエリートってわけか!?
僕はいつもこの商売に対して、なんと儲からないのだろう、なんと地位の低い立場で社会的に認められていないのだろう、と思いつつも、何となく離れられなくてもう10年以上かかわっている理由がわかったような気がした。伯父は昨日の朝亡くなったそうだ。なんだか新しい営業を採用したり、息子が退院したりと、昨日という日は、膠着した感じのあった最近の環境が少し動いた日だったのかな、という気がした。多分そういうのは偶然なんだろうけど、要は本人の思い込みだからね、そういうことにしておこう。
今日は海の日で休み、一日暑い日だった。家に帰ると、ご近所さんのお爺さんが亡くなった、というので出棺に付き合う。この近辺にこんなにもご老人が住んでいたのか、と驚くほどたくさんの人が見送りに来ていた。満月近くになると人が死ぬ、って言い伝えは本当なのかな。こないだ月蝕があったばかりだからね。
それから退院祝いに息子に何か買ってあげるよ、とトイザラスに連れて行ってランボルギーニカウンタックのプラモデルを買ってあげた。まだ直射日光に当たるとフラフラするみたいだ。何が食べたい?と聞くと「まいまいずし(回転寿司の意)というので連れて行ってあげたが、やはり2皿くらいしか食べられなかったみたいで、まだまだ本調子じゃないんだろう。考えてみれば5日で2kg、つまり体重の1割を落としているのだから仕方ないか。
家に帰って暑い暑いといいながらプラモデルを一緒につくり、少し昼寝して庭に水を撒いて昼間っからビールを飲んだ。その後一人で近くのグラウンドに行って1周1kmのコースを4週ほど歩いたり走ったりした。最近すっかり汗の出ない体質になっていたが、今日ばかりはドバドバでた。やはり出すものは出したほうが良いみたいだ。少しスッキリした。歩きながらずっとさっき書いた伯父さんのことや、これからの展開について考えていた。
家に帰り、久々に庭に七輪を持ち出して軽く焼き物をして食べる。先月退職した社員から電話があり、職が決まったという。うん、よかったじゃないか、何もかもうまく運び出しているのかな。
酔っ払って寝てしまう。12時過ぎに気分が悪くて少し戻した。僕はどうも脂ッ気の多い焼き物を食べると必ずこうなるみたいだ。結局それから目が覚めてしまい、もう朝5時だというのにまだ起きている。年に数日、こういう日がある。多分、良いことじゃないか、と思うんだけど。
2000/07/19 WED
今日息子が退院できることになったと連絡があったので、11時ごろ病院へ迎えに行く。息子はすっかり元気になって以前みたいに、一生懸命絵を描いていた。本当に子供の回復力はすごいな、と思うと共に看護婦さんたちの仕事は偉大だなと感じた。久し振りに3人で昼ご飯を外食することにして、ファミレスでインド料理など食べたが、息子はおこさまグラタンをほとんど食べずに残してしまった。やはり本調子じゃないんだな。
その後会社に行きバタバタと事務仕事。そうしたら母方の親戚から電話があり、東京に住んでいる母の一番上の兄(つまり僕の伯父)が今朝亡くなったという。父と宮崎に旅行に行っている母に連絡して、インターネットで母の明日からの東京までの往復チケットを手配する。悪いとは聞いていたんだけど。77歳だったそうだ。
その後レンタカー屋さんで1ボックスを借りてまた熊本へ。今日から歯科医院の改装工事が始まるので古い診療椅子を1台貰いに行くのだ。7時から作業して車に積み込み、また会社まで40km走る。途中ブレーキをかけたら200kgくらいあるその椅子がググッと運転席のほうにずれてきて頭を打ちそうになった。これはやばい、とずっと左手で後ろの荷物を押さえながら走ったのですごく大変だった。会社に着くと先日面接した彼がもう来ていたので、二次面接。晴れて採用となる。31歳。ちょうどうちに欠けている年代なのでうまくいくといいな。
明日の朝母を空港まで送ることになったので、そのまま実家に泊まることにする。
2000/07/18 TUE
昼過ぎまで社内で仕事した後、熊本に行き、息子の入院している病院へ。交替で妻が銀行などへ行って仕事をする。息子はまだ熱があるが随分よいみたいでプレイルームで準看のお兄さんと遊んだりしている。しばらくしてベッドに戻り眠ってしまったので僕も少し寝てしまう。4時過ぎにようやく妻が帰ってきたので交替でそれから営業に回る。夜8時過ぎまでに予定していたほとんどの得意先を回れたのでそれからまた病院へ戻る。妻と当面の資金繰りや採用についてミーティングする。9時過ぎにほか弁を買って家に戻る。息子は明日退院できることになった。大変な騒ぎだと思っていたが、冷静に考えたら僅か5日間の入院だった。初めての体験だったからすこしびびったけど、こうやって慣れていくんだろうか。
2000/07/17 MON
会社に着くと、机の上に書類の山である。それには見向きもせずにとりあえずやるべき作業をすべて終える。午後からメーカーさんが来て商談。最近こちらに赴任したばかりの男である。僕は今までこのメーカーさんにも正論で通してきたつもりなのだが、どうやらそれが上層部にはすこぶる評判が悪いらしくて、裏話をいろいろ聞かされた。だから、いや、あの時の真相はこうだよ、と教えてあげるとへえ、と驚いていた。俺なぜだか人気ないんだよね、旧勢力には。パソコン使ったりしてるのもイメージ悪いらしい。特に年長者はメール、インターネット、というともはや悪の手段のように思えるらしくて僕がメールに入力している姿はすべてその会社の社長に告げ口をしているように見えるそうなのだ。あなおそろしや。そんな暇ねえって。人の会社なんてどうでも良いよ、まったく。
初めて営業の面接が来た。なかなか悪そうな奴だ。いや、悪いってのは学生の頃がね。もう一度会ってみることにする。
今日は新しい決算セールの価格設定をやったり、オリジナル製品の拡販パンフレットを作ったりする。梅雨が明けたそうだ。日記も書けたことだし、もう寝よう、2時だ。
2000/07/16 SUN
2000/07/15 SAT
朝はゆっくり起きだす。妻子は病院に行く、という。一人でテレビのニュース番組なんか見つつぼーっとしていたら妻から連絡があり、入院することになった、という。あらららら。こりゃ大変だ。慌てて用意をする。車で病院に行ったら駐車場が100円パーキングしかないという。数日間入院したら数万円コースである。近くの歯科医院に電話をして休みの間泊めさせてもらう許可を得る。ところが受付後いっこうに診察してくれない。それどころか入院させるかどうかもわからない、という。日本の医療機関、大丈夫か。結局おととい撮ったばかりの胸部レントゲンをまたも撮られ、入院が決まる。僕はその間約束していた歯科医院へ行って昼休みの間データベースソフトのインストールを1時間あまりしてあげる。ちょっとばかしお礼を貰う。できれば取引のほうがありがたいけど。まあ、それは今後頑張ろう。近くの本屋で子供にコロコロコミックを買う。やっとのことで病院に戻る。部屋が決まっていた。5人部屋である。回りを見渡すとみな同じような年のコドモばかり。1週間くらいは覚悟だな。ずっと点滴しながら過ごすわけだ。ああ、痛々しい。 妻が用事を済ませに一度家に帰ったので寝ている息子を尻目にまたも文庫本を読んで過ごす。ほかにやることないしなあ。
2000/07/14 FRI
今日は営業日。午前中早くから回って配達をこなす。昼飯も食べずに軒数をこなす。こないだ頭の手術をした先生がもう診療しているのには心底驚いた。しっかり頭に開頭した傷があってビックリした。夕方にはニュースカイホテルにメーカーさんと会いに。喫茶店で商談して、近所の歯科医院へ向かう。今日は新製品のデモを10人くらい集めてやるのだ。デモは大成功。全員に販売できた。これでおとといの無駄なパソコン作業も報われたってもんだ。彼らもはきっちり販売できたぞ。夜はメーカーさん2名と食事に行くことに。今日はボーナスが出た後の週末のせいかやたらと人が多い。駐車場も満杯である。ようやく車をとめて「天草」で軽く飲んで代行運転で12時前に帰る。コドモはやはり熱が下がらないそうである。
2000/07/13 THU
昨日さすがにコドモは病院へ行ったらしい。マイコプラズマ肺炎だそうだ。そりゃしんどいわな。普通なら即入院でもおかしくない。下手に体力がある子だから目立たなかったんだろう。今日は会社で内勤、3社ほど仕入商談をして早めに家に帰る。少しは調子がよくなっているようだ。だが相変らず寝てばっかりいる。薬が効いているのだろうか。
2000/07/12 WED
今日は久し振りに朝から大牟田へ。元営業所の関連会社に行って話をする。大牟田は僕が生まれた街である。なんとなく街に入った瞬間にただものでない空気が漂う気がする。午前中を話をしたりコンピュータのセッティングをしたりして過ごす。8月からメールで受注をする環境に移行するためだ。昼飯を食べた後、植木町に行って改装中の先生のところへ。昨日買ってあげたスキャナを納品してあげるのだ。家具屋が僕をコンピュータ屋と間違えて、やれ対応が遅いの、サイズが違うの、といい始めたので、あのな、俺は医療器具やだ、頼まれたから買ってきただけだ、そんなこと言われても知るかい!とどやしたら、あら、あんたもそうかい、俺も先生に電気屋に行ってあれかってこいのこれ調べろってホント参ってたんだよ、と。
そうだな、お医者さんのワガママには俺は慣れてるけど家具屋はびっくりだろうな、と思わず同情する。2階で取り付けもしてあげる。エアコンがついていないので汗だくである。利益にならないボランティアだがほんとにこの若先生、ビジネスの原理がわかっているのだろうか?ふと不安になる。俺たちビジネスマンにお礼はいらないぜ、次の利益あるのみさ。
昼は違う歯科医院、夜は今度はまた別の歯科医院に呼ばれる。なんだかんだ話しているうちに2件ともでもインターネット接続してくれだと。まったく今日はどうかしている。ともあれNTTの職員、きちんとインターネットのダイヤルアップの仕組みくらい理解しておいて欲しいぞ。
2000/07/11 TUE
息子の熱はまだ下がらず。妻に病院へ連れて行け、といっていたのに、まだ連れて行っていない、と怒る。普段から強靭な体力を持つ彼女には「病気」とは「気からくるもの」としか考えられないらしい。ウイルスに気は通用しないぞ。
今日は久し振りにばっちり営業して、午後は電気屋に行って先生から頼まれていたスキャナを買う。あまりに対応の悪い店員と思わず喧嘩になる。ただでさえ蒸し暑いのだ。わざわざくだらないことを延々と喋るな、とっとと部品を探してこんかい、と怒鳴る。
夜はスタディグループのミーティング。せっせと議事録を書く。食事に行こうか、と思ったがコドモが心配でまっすぐ帰った。そしたらまだ病院に連れて行っていなかった。いい加減頭に来ている。
2000/07/10 MON
朝っぱらから面接3名の予定だったが、1名は理由もなく現れず。どうなっているのだ。友人が会社にふらっときてインターネットで中田情報を興奮気味に読んでいく。「絶対に俺はインターネットなんかしない、こんなのが家にあったら絶対に仕事にならん」だそうだ。
2日間まったく何もせずに休んだせいか、脳ミソが正常に動いている気がする。その割には仕事は進まず。会社に泊まろうかと思ったが子供が心配なので家に帰る。久々に自分の車を運転する。車検からかえって来たのだ。カーオーディオを無料で付け替えてくれたらしく、すべてのスピーカーからちゃんと音が鳴っている。これって数年ぶりな気がする。
2000/07/09 SUN
息子はいまだ熱さめやらズである。本日も天気はよろしいがひたすらインドアを決め込む。昨日並行して読んでいた本をすべて読み終える。そういえば最近は本を平行して読む事が多い。ひとつの本に熱中できないのだ。飽きっぽいってことかな。いや、なんだか焦っているような気もする。大学4年間なんて見事に活字を読まなかったものだ。あれはきっと焦っていなかなったからだ。すべてが満ち足りていた気分だった(実際には貧乏だったんだけど)。でもいまは何かに飢えている気がする。ロッカーとしては良いことなんだろう、ふふふ。
夜はビデオ。「御法度」「EYES OUT SHUT」。息子がいつなんどき悪化するかわからないので夫婦してアルコールは控えようか、といいつつ結局酔っ払う。
2000/07/08 SAT
本当は今日から家族で初キャンプ、のはずだったが息子の風邪でお流れである。連休は僕の風邪だったし。どこまでもインドアな家族であるらしい。非常によい天気なのだが、じぶんばっかり遊ぶわけにも行かないので子供を寝かせて、ひたすら本を読んで過ごす。「経済ってこういうことだったのか会議」「」ネット会社の作り方」「哲学者かく笑えり」「失踪する人々」など読破。ほかにも活字という活字を家中から漁って目に入れる。まあ、なんと買ったばかりで読んでいない本の多いことよ。夕方庭に水を撒く。薮蚊に指されながら屋根に水を撒いて家を冷やすのだ。水を撒くはなからアスファルトが乾いていく。こんな家にクーラーも無しで住んでるんだもの、病人は辛いだろうなあ。
2000/07/07 FRI
今日は朝からメーカーさんの担当者と同行営業である。インプラントについて数件説明する。夕方まで一緒にまわる。昼ご飯はそば。夏、てな感じである。夕方お客さんから電話がありパソコンを買うから付き合ってくれ、と。約束の時間まで仕事でもするか、といったん家に戻る。そう、今日は息子と初恋の彼女のおうちでデート、の日だったのである。ところが帰ってみると彼女はいない。聞けば息子は突然発熱し、ほとんど朦朧とした状態で遊ぶこともできずにぶっ倒れたのだそうだ。まあ、なんという親譲りなポイントの外し方。夜9時ごろお客さんに呼び出されて食事を奢ってもらった後で医院に行ってインターネットを教授する。12時過ぎに家に帰った。
2000/07/06 THU
初めての面接の男現る。だが営業ではなくてパート募集のほう。腰が悪くて前の会社を辞めた、という。それじゃうちを辞めた男と同じ理由じゃないか。ああ。しばらくしてメーカーさんと商談。明日は七夕だ。珍しく天気がよいので天の川を拝めそうである。家に帰ったら息子はもう寝ていた。寝室に運んで、と妻が言うので連れて行こうと思ったらやけに体があつくてビックリした。コドモは寝付く時に熱くなるもんな、と軽く考えていたのが後から考えたらえらいことになったんだった。
2000/07/05 WED
さすがに朝がしんどい。10時ごろ家を出て、職安に行く。若い人たちがごろごろいる。でも何故か貧乏には見えないから、決してこれは不況じゃないんだろう。みんな良いクルマ乗っているし、ブレスレットなんか着けてたりして、僕より金持ちばっかりの気がするが。
その後同級生の床屋に行って髪を切ってもらい、中学生時代の友人らの現状がどうなっているかに花を咲かせていると、携帯がなり、お客さんです、と。あれアポイントまであと30分あるけどな、と思いつつ急いで仕上げてもらい、途中ざっとラーメン食って商談。商談中に今度は2時の約束のほかの仕入先が30分早く到着。あららと思ううちに今度は3時のアポイントの仕入先が1時間半早く到着。もうどうなったんだ、て感じで頭を混乱させて商談を終える。暑い。あまりに暑い。とっさに事務所の周りにホースで水を撒きたくなって、一人でジャージャー水をかける。あっというまに乾いてしまうほど暑いのだが、気分的に涼しくなった気がした。そういえば小学生の頃住んでいた家には小さな庭があり、夏休みになると午後からそこに水を撒くのが僕の趣味になっていた。屋根にまで水をかけると本当に涼しくなった(当時も今もうちにはクーラーが無いのだ)。最初に水を巻いたときの独特の埃臭い匂いが好きだったし、これでもかとウルサいクマゼミどもが連なる庭木に水をかけると、一瞬静かになるのが好きだった。あの家はまだあるのだろうか。
2000/07/04 TUE
9時前に携帯でお客さんに起こされ、呆然と出社。昨夜の仲間は僕よりかは元気そうである。さすがに若いということか。見渡すといつも使っているWorkPadが無い。うん、昨日どっかに忘れてきたらしい。参ったスケジュールがわからん。とにかくは営業に行こう、と猛暑の中車を運転して松橋経由で熊本へ。どうしたわけかシェーバーも無くなってて、髭伸び放題で商談へ。その後メーカーさんの営業マンと天ぷらの昼食を一緒に。
午後からはデパートに行ってお見舞いのゼリーとか購入した後、取引先の社長と喫茶店で2時間ほど話をして、一緒に入院している取引先の院長のお見舞いへ。あいにく就寝中だったので話せなかったけど、元気そうな気がした。彼とは数年前よく飲み歩いて、一緒に遊んでたし、何故か気が合うので今回の入院はちょっと心配だったんだが、経過は良さそうで何よりである。
夕立の中、数件配達をこなして、6時から新規取引先にデータベースソフトの教授を、といわれ出て行く。なんとお寿司まで用意してもらってて恐縮しつつ、NotesとMacを相手に奮闘。10時過ぎまで歯科の発展について語ったりする。ほぼ同い年の先生だが、なかなかまじめでよろしい。
ようやく家に戻るとまだ子供が起きていて、七夕の飾りを作っていた。お願い事が書いてあり、最近幼稚園で仲の良い女の子と「けっこんできますように」などと書いてある。おお、これは妻の血だ、俺じゃないぞ。しかし考えて見ればこいつの彼女ときたら幼稚園ですっかり場を取り仕切っている元気屋さんである。ある意味妻そのものである。ってことは息子も彼女も妻そっくりということで。うーん、混乱してきた。ここは妻が幼稚園児そっくりだ、という結論で納得することにしよう。
テレビドラマを録画したとかいうビデオを2本見せられ、今読んでいる「失踪する人々」という文庫本を読んで、寝る時に時計を見たらまた3時だった。
2000/07/03 MON
昨日は天神をぶらついて、暇を持て余した挙句映画館に入り「Mission to Mars」を見る。思ったより面白かった。とにかくSF映画の有名シーンやコンセプトをこれでもか、と集めて、それも確信犯的に繰り出してくるのだ。音楽で言えば、DJ-Mix。質としては悪くないと思った。2001年宇宙の旅、コンタクト、アルマゲドン、そして最後にはエヴァンゲリオンらしきシーンまでくっついてくる。火星人が未知との遭遇の格好で出てきて、宇宙からのロボット大使って感じで宇宙船のドアが開いて、フラッシュゴードンが重要なポイントで語られるという豪華さ。このわかりやすさ(といってもSF嫌いにはわからんかな)が大変よろしい。
ようやく二日酔いも覚めてきて、バスに乗って熊本へ。着いたところに八代から帰ってきた妻子が迎えに来てそのまま居酒屋へ連行され、またもアルコールで胃を消毒した。あれだけ酒はもうゴメンだ、と思いながら焼酎のボトルをほとんど飲んで、家に戻り、さあ、F1見よう、と録画を巻き戻しながら、ふと気がついたら朝5時であった。家族は僕を見放して寝室に引き上げていたのだ。
さて、ここからが月曜日である。
出社したらメーカーさんが京都から来ていた。今日は同行販売の日だったのだ。午前中はお話をして、午後から一緒に回ることに。10件ほど回る。こういうときに車中他社の営業マンと語るのは結構楽しい。僕は3日酔い状態だったのでさらにテンションが高くて、結構成績も良かったので何より。8時過ぎに会社に帰り、もう一人の営業と、我社の営業と4人で八代の夜に繰り出す。ああ、また酒である。何故か今日はフルスピードのハイテンションでガンガン飲んでしまい、馴染みのジャズ喫茶ではほぼ記憶欠落状態、Unisonさんに迷惑電話をかけまくり、そこいらにあるドラムやピアノを勝手に弄り、以前のマスターだったら完全にノックアウトさせられて店外に放り出されていてもおかしくない元気さを繰り広げながら、最後にラーメン食って鼻血を吹きながらタクシーに乗り、知らない間に実家で寝ていた。生きてて良かった。
2000/07/02 SUN
目が覚めてしばらく自分がどこにいるのかわからなくて、強烈な二日酔いだってことを理解した。でも何故か世の中のすべてのリンクが切れて、この世は謎だらけ、って気分でああ、面白いなあ、まるでラリってるみたいだなあ、と思う。
10時までテレビを見たりして部屋でゆっくりし、それから天神の街をぶらつく。頭の中に次から次に言葉が浮かんできてどうしようもなくなる気がして、昼前に地下街の喫茶店に入り、パソコンを広げて思いついた文章を叩きつけるように入力する。バドワイザーを飲みながら結局2時間もそうしている。今もそうしているのだ。本当に久し振りにこのページのエッセイの文章を3編書いた。エッセイって書いている以上、事実を書いたと思われるかもしれないけど、言葉遊びだから誤解しないでね。してもいいけどね。
2000/07/01 SAT
7月になった。梅雨も空けたのか、すっかり夏になっている。ここの掲示板にmichyさんから「日記に明るさが見える」って書いてあったので、どうやら僕も心身ともに元気になってきたらしい。どうせならもっと明るくって事で、背景もこんな感じで明るくしてみた。読みづらいかな?
午前中は月に一度の会議。途中で休職している営業マンが来て皆に退職を告げて帰っていった。人を増やしてくれって皆で言うので、じゃあそうしようかって事になった。
会議が終わって、福岡に行くためにインターの高速バスの乗り場まで妻の車で送ってもらう。途中バス会社に電話したら満席だ、というので諦めてJRで行くことに。駅前の喫茶店で二人で食事をすることにした。ここは画廊喫茶で妹の友人が家族で経営している八代でも老舗の店だ。高校のときも美術部が展示会を開いたり、鉄道で通学している学生たちの溜まり場になったりしていた。久し振りに行くと、古い店独特のかび臭い匂いがした。妹の友人も元気そうだった。
これまた久し振りに特急つばめに乗って博多へ。しばらく眠る。WorkPadでメルマガを読んだり、PCでメールを書いたりする。大容量バッテリーを買ってから本当に便利になった。3時間は確実に持つのだから、少々重くなってもこっちの方が断然良い。
5時から業界のお偉方の退任パーティに出席。60人くらい集まっている。毒舌で鳴らした彼も最後の挨拶では涙を流したりしていた。
その後居酒屋へ移って10人くらいで主人公を囲んで酒盛り。日帰り組みは帰ってしまい、僕らは彼を含めて4人で彼の行きつけの店へ行く。ガンガン飲まされたが、最後に言いたいことを思いっきり言えたのでまあ良かったか。彼の支払だったし(最初で最後だろうな)。でも案の定、うちを辞めて独立会社を作った男と今月から取引を開始する、ということを酒の席で告げられた。なぜか通常300万もする契約金が180万で済んだという。そりゃよかったね、でもうちは来年からおたくとの年間契約は半分にするからね、もうあなたはいないからいいよね、そう大声で談笑して僕が以前お世話になって、この業界のすべてを教えてもらって、そして今でも愛しているこの会社との付き合いがひとつ終わったことを知った。
明日からは新しい局面で仕事がスタートするだけだ。
タクシーで長浜ラーメンを食べて、12時くらいにテレビをつけっ放しでねた(みたいだ)。