Tomorrow Never Knows
1999年11月
1999/11/30 TUE
昨夜はそのまま会社に泊まる。今朝はメーカーさんと朝一で商談し、その後開業商談先へ向かう。明日開業日なのだ。1時間近く話した後、熊本市内へ向けて新規取引先に営業を紹介する。その後市内の写真やさんへと向かう。今日は息子の七五三の写真を撮る日なのだ。じーさんばーさんらと一緒に。カメラマン(?)のお姉ちゃんもなかなか上手に子供をあやして写真を撮って行く。最後にいろいろ撮った写真をテレビに映し出してどれを採用するかってな商談になるわけだが、例によって細かいじーさんがあーでもないこーでもないと始めたので私は息子とゲーセンに消える。
その後市内を数軒回る。最後に行った歯科医院でこれからはじまるミーティングの資料作り。
夜からスタディーグループの理事会に参加。会計発表や議事録作成。終わってぐすぐす鼻を言わせながら家に戻ってすぐ寝る。
ああ、今月もまた終わってしまった。ほんとに1日も休めない月であった。ここまで読んでくれて有難う。
1999/11/29 MON
朝起きたら絶不調である。ここで風邪を叩いておこう、と午前中は休むことにした。寝ていたら携帯がなって、金沢の同業者の社長が亡くなったという。6月に息子さんの結婚式に呼ばれたときにはあんなに元気だったのに。大学の先輩でもあった。まだ60台だったのに。人の世はわからないものだ。また一つこの業界の巨星がおちた感じだ、と教えてくれた人が言ったのが頭に残った。
2時頃復活して会社へ。素晴らしく良い天気なのだが、さすがに寒くなっている。会社に着いて近くのホームセンターで対流式ストーブを見つけてくる。後で社員に買いにやらせよう。最近エアコンが故障して寒くて仕方がないのだ。社員の6割が風邪引いているのも無関係ではなかろう。風邪には対流式だ。空気が暖まるし、乾燥しない。お湯も沸く。
人吉から帰ってきた20歳営業と話をする。歯科医師会でうちの会社のことがボロカス言われているとのこと。先日訪ねてきた元部長があることないこと言いふらしているらしい。そこで単細胞の馬鹿が2名ほど騙されて僕のことを酷く言っているらしい。もちろん、そんなこと言われるようなことは一切していないし、仮にしていたとしてもそいつらから言われなきゃならない筋合いではないだろう。それにしても20歳で2年目の営業がそんな戯言の弁解をしなければならないということに対して申し訳なかったので、辛い思いをさせて悪かったな、と謝るしかなかった。
世の中にはいろんな人がいる。ただそれだけのことなんだろう、きっと。多くの生き死にが繰り返され、多くの物語が語られる。そのいずれもが高貴で、醜く、そして多くの場合無意味だ。
だが、だからこそ淡々と正しいと思うことを信じていたい、と思った。今日はそんな日だった。
1999/11/28 SUN
案の定、のどが痛い。そうだった、ホテルの部屋はとても乾燥するのだ。バスタブにお湯を張ったくらいでは対処できないらしい。10時まで寝ることとする。幸い一緒に泊まっている隣室の先生もお疲れのようだ。ホテルの朝食の朝粥が嬉しい。体に鞭打って会場へ行く。展示業者と話したりするが、「声が別人ですよ」と指摘される。
2時を回って一緒に行動している先生と「帰るか」という話に。会場を後にして、高速をひた走る。経営のことなどいろいろ相談する。彼は本当に僕のことを思ってくれている、兄貴のような存在だ。実際取引額も大きい。僕らの立場や現状も分かってくれているようだ。彼のためにもこの仕事を頑張らなければ、といつも思う。
家に着くとどっと疲れが出た。寝室に直行し、布団に包まって震えながら寝る。あー、風邪だ風邪だ。
そのうち妻子が帰ってきた。1週間ぶりのご帰宅である。先方の群馬のおばさんも一緒である。子供が「どーしたんだよー」と布団に進入してきた。懐かしい感触だ。でも風邪が移るから抱っこするわけには行かない。仕方がないので居間に降りて行く。頭がボーっとしている。いつもながら悪妻は私の体の調子のことはすべて嘘か演技だと思っているらしい。彼女が鉄の体力を持っているので、私のように頻繁に体調を崩す、ということが根本から理解できないらしいのだ。ところが、息子は違う、さすが同じ血が流れているのだ。「ねー、パパあ、一緒にレースしよっか」とウルトラマンの格好をして私を挑発する。ああ、流れているのは妻の血もだった。
その夜布団に入ると息子が入ってきて猿蟹合戦だの、桃太郎だの、いろんな話をしてくれた。やっぱり彼なりに心配してくれているのだろう。おかげでぐっすり眠ることができた。
1999/11/27 SAT
今日から福岡だ。朝6時に起こしてもらい、松橋と熊本で得意先を拾ってクルマでひた走る。風邪&二日酔い気味なので頭ががんがんする。北九州の歯科勉強会の発表会がアクロスであるのである。朝からスライドに見入る。昼ご飯を食べに言った後、一緒に言った先生が「サウナ行こうぜい」と誘う。「先週頑張ったからな」とフルコースを奢ってくれた。何がフルコースってマッサージ付なのである。なんか先週からオヤジモード全開なのである。私は基本的に肩こりしない体質なのだが、冬になると強烈な寝違いを起こすようで、今日も体がガチガチだったので、ヒジョーに痛い思いをしたのだが、せっかくのご好意なので文句も言えない。おまけに風邪気味だったところへ寝冷えしてしまいそうである。
懇親会より再び参加する。ソフィーという女性歌手が来て4曲歌っていった。何でも会員の先生の妹さんだそうだ。ギャラ幾らだったんだろう?
「今日はホテルでぐっすり寝るぞ」の誓いもむなしく、久留米の先生たち(9月に散々久留米市内を引き回した方々である)にタクシーに押こめられて中州へ。最後は高校の先輩がやっているスナックに行ってお好み焼きを食べて1時半ごろ雨の中終了であった。思えば夕ご飯食べていないのだ。「風邪気味+昼サウナ+アルコール+空腹+雨の中歩く+深夜徘徊」。この公式に対して「風邪でぶっ倒れる」以外の解答を用意できた方が居たら今すぐ電話してください、てなとこだ。
1999/11/26 FRI
気分を入れ替えてビジネスだ。新しいお客さんに営業マンを紹介する。縁があって歯科診療台を買ってくれることになったのだ。そう、今月10日頃にどたばたした商談の話。その後営業と昼飯を食う。「昨日の夜、どうでしたか。」やはり気になるようだ。「俺たちは王道を行こうな」そう答えておいた。若い彼らに心配させてしまって申し訳ない気がした。
夜は友人宅にお世話になることに。独身を気遣ってくれて鴨鍋パーティをしてくれると言う。彼らの子供たち3人も歓迎してくれて、楽しい時間を過ごせた。ただ、ここのところの風邪が悪化してきたみたいで、12時頃に寝てしまったようだ。迷惑かけなかっただろうか?
1999/11/25 THU
午前中は昨日回りきれなかった所を何箇所か訪問する。なんかいまいち体調がよろしくない。風邪を引きかけているみたいだ。最近ずっと健康だったのに。午後から会社でメーカーさんと話をする。新製品の紹介など。その後電話があって1年前にやめて独立した元部長が挨拶に来ると言う。午後8時頃やってきて、組合に入りたいので、と挨拶にきた。別にどうでも良いことだと思ったので、適当にすれば、と答えておいた。ただ、うちのスタッフの手前、私が推薦するわけには行かないので、他の人に言ってください、と言っておいた。彼は辞める前の私および父との約束をことごとく破りつづけてきた男だ。ただ、私はずっとそれを守っている、それだけはわかってくださいね、と言った。多分わからなかっただろうな。彼のおかげで、と言うこともないのだろうが、私のこの1年間は本当にドラマチックになってしまった。ずっと連絡を断ってきたくせに、都合が悪いことがあるとこうやってへらへらと会社に出かけてくる根性に心から敬服したい。
彼が帰った後に大事そうに持ってきた八代名物のお菓子袋2つをごみ箱に放り込んだら、すこしだけすっきりしたな。
1999/11/24 WED
朝礼が終わり、ばたばたと納品の準備をして歯科医院へ向かい、開業のお手伝い。新しい歯科衛生士の方は以前から知りあいだったのでびっくりした。その後熊本市内に向かい、数軒訪問してほか弁を買って誰も居ない家に帰る。そろそろ寒くなってきた。ビールを一缶開けて、テレビを見たりしてのんびりして寝る。こういうのもたまには良いか。
1999/11/23 TUE
10時近くまでぐっすり寝ていた。起き出して事務所で仕事していると、業務課の男がぶすっとやってきて無言で請求書業務の残りをしていった。
2時過ぎに彼は帰り、僕は一人事務所で毛布に包まっている。去年くらいからエアコンが壊れていて、特に今日のような冬の雨の日は寒くて仕方がないのだ。事務所に大勢いるのならまだしも、一人でいると本当に寒い。少し風邪気味なのだろうか?
今日はこの街は祭のはずだ。雨で可哀想だな。先月の数字を整理しながら静かに過ごしている。勤労感謝の日、という意味が違って聞こえる日なのであった。
1999/11/22 MON
6時前に目が覚める。あれ、ここどこだっけ?あ、そうだアークホテルだった。妙に早く目が覚めたので、この日記を書き出す。7時半にロビーに集合、8名で松橋町の歯科医院へ移動。歯科医院の朝礼を見学する。2時間あまり院長らと話した後今度は熊本市の技工所へ移動。見学の後近くのレストランで食事をし、解散。私はその後八代へ向かうのだが、道中一人の先生を鏡町まで乗せていく。奥さんの実家だそうだ。
会社に着くと先日見積を出していた商談にOKが来ていたので発注処理。別の得意先から並行輸入したという漂白剤のマニュアルを和訳してくれ、とFAX。いやー、どうして?といいながらもざっと目を通し、その製品のWebページを見つけて和訳ソフトで処理。専門語が多くて結局は手作業。その後は昨日の会計処理と受注処理。午後4時ごろあまりに眠くなり、ダウン。8時に復活、社員らと話す。
1年前に辞めて独立をした男が、同業者組合に入れないといって、その責任が私にあるようなことを得意先に言って回っているそうだ。おかげでその地区の数軒の売上が今月ゼロだった。いわれのない話だよ、そんなの。営業が悔しい思いをしているようだ。だが、ムキになってはいけない、と指示する。言いたいやつには言わせておけば良いさ。信じたい奴は信じておけば良いさ。みな退屈して物語を求めているだけなんだ。推理小説を読んだことがあるかい?犯人の見つけ方って知ってる?その事件によって一番得をした奴が怪しいんだよ。今回の件も考えてみろよ、組合に入れなくて得をした奴は誰だい?うちの売上がそれで伸びたのかい?そうじゃないだろう。一番得した奴は、それで儲けた奴なんだ、そういう商売のやり方もあるってことだよ、俺は嫌いだけどな。彼にはそう伝えておいた。
23時半、営業が帰ってきてお互い作業しながら話し込む。今日は請求書発行日なのだ。
それにしても、どうして僕らはこうも遅くまで仕事してしまうのだろうか?それにしてもどうして体を壊してまで這いずり回らなければならないのだろうか?それにしてもどうして。
今ごろ顧客たちは明日の休みを前に夜の街を謳歌していることだろう。
結局2時まで仕事する。今日もここに泊まることにする。
1999/11/21 SUN
7時半に展示業者とミーティングの予定だったが、誰もこないので部屋に電話したら案の定まだ寝ていた。一人で食事をしてそこで合流、タクシーで今日のセミナーの会場である県立劇場へ向かう。着いたと同時に受付や展示会場の準備を仕切る。今回のお手伝いはみな歯科医師およびスタッフである。みなお客さんなのだが、はっきりいってこういうイベントに関しては素人であるので今回は仕切らせていただくのである。
9時を回ったら続々と来客。受付は戦争状態に。10時から講演会スタート。さすがは世界のヤマザキ、誰にも真似できないすばらしい講演であった。ざっと300人が聞き耳を立てている。この300人の顔ぶれも凄い。熊本を中心に全国の主だった臨床家が終結している感じだ。
12時よりお弁当。昨日購入しておいた600本のジュースがあっという間に無くなっていく。うちの社員も3名来ているので慌てて食事させる。本もそこそこ売れているようだ。展示業者さんたちと話したりしているうちに昼の部が開始。そこからパソコンを取り出して300人の受付入金状況を入力する。
4時をもって終了。各方面に挨拶をし、ばたばたと片づけを終わり、喫茶店でコーヒーを飲む間もなく講師は空港へ向かう。私は社員にホテルまで送ってもらい、部屋でシャワーを浴びてパソコンで会計の続きを行う。6時半に部屋を出て、食事へ。10名で馬肉屋さんでの食事会である。確かにおいしいのだが疲れた体には受け付けず、ほとんど食べなかった。皆はそれから夜の町へ散開していったのだが、私は部屋へ戻り、しっかり寝ることに。21時にはもう眠っていた。
1999/11/20 SAT
午前中は自宅で最後の取りまとめを行う。妻と子供は今日から1週間実家に戻るのであたふたしている。
12時に今回のイベントのボスの歯科医院へ出かけて細かい打合せ。今日の夜はホテルで170名のパーティなのだ。2時に熊本駅に甑島の先生を迎えに行く。その後講師が泊まっているホテルキャッスルに行ってご挨拶。スライドの準備をされていた。出版記念パーティなので本を10冊持ち込み、サインをしてもらう。1冊36,000円もする本なのだ。その後アークホテルへ向かい、チェックイン。今日から2泊する。歩いて近くのKKRホテルへ。今日の会場である。受付関係をやってもらう先生らが集まっているので打合せを行う。6時くらいからいよいよ受付開始。15分ほど遅れてパーティはスタート。スタートした後はパソコンを取り出して受付内容と入金結果を入力。2時間あまりで完成。と同時にパーティも終わったようだ。結局一度も会場に入れず。でも大成功だったようで、多くのお客さんから労をねぎらってもらった。
その後ホテルに入金して、タクシーで二次会場へ向かう。寿司屋で軽く食事、という設定だ。東京方面からのお客さんと食事する。今日はじめてのビールだ。すぐに足元がふらふらし始めた。1時間ほどで解散、電話で三次会場を探してそっちへ向かう。私は途中で離れて京都と甑島の先生を迎えに別のクラブへ。そこで彼らと合流してラーメン屋に入りビールを片手にいろんな話。1時頃アークホテルへ送っていく。それからさっきのチームに合流しようかと考えていたのだが、そこで力尽きた。部屋に戻ってぶっ倒れる。ところが目が覚めて眠れない。マッサージのおばちゃんを呼んでようやく眠くなった。4200円の贅沢であった。
1999/11/19 FRI
朝から大阪の問屋さんと寝ぼけた顔で商談。
その合間にも電話が鳴り続ける。いよいよ明日からイベントなのだ。今日は一日そればかりに終始する。受付用の名簿とマニュアルの最終作成を終えたのが夜の2時であった。その間にもどんどん追加やら訂正やらが入るのである。あちらこちらから変更の電話。もう何が何やらわからなくなる。ビルゲイツがPCを作っていなかったら対応できていない量だ。
テレビではカルト教団が話題となっている。死体を指差して死んでいない、と主張しているそうだ。ふん、医学の世界じゃそんなんどこでもやってらあ。今や日本全体がカルトなんだ。オウム進出ハンターイと鉢巻で叫んでいる住民もまたカルトだ。審美歯科こそがすべてだ、と信じている若い衆もこれまたカルトだ。社員をぼろぼろにして働かせながら利益を生まない社長もまたカルトだ。こうやって日本人はみなすべて狂った鼠のように集団で湖を目指す。もはや海外侵略のできない倭寇はいまや内なる戦争に奔走しミレニアムの最後を飾るにふさわしい狂気のダンスをはじめているわけだ。
ダンスを踊りながら僕は電話とパソコンと社員たちに向かって笑顔と暴言を振りまき、いつものごとく朝3時まで走りつづける。
1999/11/18 THU
目を覚ましたらもう息子は幼稚園に行っていた。8時半だ。最近子供と会っていないような。妻と資金繰りの話をしたあと会社へ。途中コンビニでおにぎりを買って走りながら食べる。会社に着いたら昨日体調を崩した社員が来ていたので様子を聞く。病院では即入院、と宣言されたそうだ。だが彼は責任感からか断ったそうだ。そりゃまずいよ、そんなこと考えるのは社長だけで良い、こんなときにサラリーマンの特権を生かさずにどうする。とにかく1週間くらい休ませたいのだが、本人は却って仕事していたほうが落ち着くという。おまえまだ24才だろうが、そういう言葉は50過ぎた団塊の世代のものだよ、と思う。彼は会社を飛び出して営業に出かけてしまった。とにかく週末のイベントは彼なしで構成しなおしだ。いくらなんでもそんな状態で休日出勤はないだろうし。
夕方に顧問税理士がやってきて決算最終整理。決して良くはない数字だ。だが、この会社はまだできて2年目だから仕方がない、ということにする。実際は19期なのだが、自分が社長になってからは初めての決算なのだ。父から引き継いだものは営業上何もない。ベテラン社員たちは独立して別会社をやっていて今やライバルだし、お客さんたちもかなりの数がそちらについてしまった。仕入れルートだけは引き継がせてくれたのでそれだけでも良しとするか、というところだ。もちろん、財産も、資金も、人脈も、そんなものは何もない、これからの話だ。そう言う意味でこの決算は第1期のものだ。そういうことにする。というわけで父の代からの顧問契約料の再交渉に突入。最終的に毎月の金額をゼロにした。いまやすべての経理を妻がパソコンで処理している。決算も給与もすべてだ。それなのに以前すべてを委託していた頃の顧問料、はないだろう。
その後先日の開業商談の見積に取り掛かる。その後は日曜日の展示販売の準備。朝3時頃ようやく目処がついたので切り上げる。これから1時間かけて家に帰って、2時間寝てまた1時間かけて出社するのもアホラシイのでそのまま泊まってしまった。寒くて死ぬかと思った。考えたらもう年末だったのだ。今日はおにぎり1個しか食べていないので体重が4kgも減っていた。
1999/11/17 WED
さすがに朝は起きれなかった。9時頃這い出して会社へ向かう。
いよいよセミナーも近づいてきたなあ。参加者が300名を超えてしまった。前日のパーティも150名を越えた。それらの入金振込み確認やらなんやらがキチガイ沙汰になってきた。これまで123で管理してきたのだがもう限界なのでノーツデータベース化する。これで当日の問い合わせにも対応できる。ビューをたくさん作ってもう完璧だぜ。恐らくこんな用途にノーツを使っている人は全国見渡して100人もいないと思うなあ。でも日ごろ使い慣れたソフトで何でもやってしまうのが結局は一番なのである。この作業に5時間ほど費やす。
午後からは保健所で薬事関連の免許更新に。なんだかんだとお金が要るのだわ、この商売。
午後8時からはメーカーさんがきて商品勉強会をする。若手社員しかいないのでこうでもしなければライバル会社には追いつかない。結局10時過ぎまで頑張る。わが社にはじめて持ち込まれた液晶プロジェクタを駆使してのプレゼンであった。大いに盛り上がる。ところが途中で何度もトイレに行く男がいて、顔色が悪いのでどうした?と聞けば血を吐いていたというではないか!昨夜遅くまで頑張ってた男だ。気分が優れないという。とにかく明日休め、と指示してすぐに家に返す。
2時頃切り上げて私も家に帰る。夜の田舎道をぶっ飛ばす。さすがに眠い。家に着いたら妻が起きて待っていてくれた。なんだか目が覚めていたので一人でビールを開けてNHKでやっていた火星の映像を見つつボーっとしていたら4時になってしまった。
1999/11/16 TUE
朝一で出社。なんだか朝礼も久しぶりな気がする。閉め日が近いので粗利と回収にはっぱをかける。先月よりも数字は回復してきているみたいだ。先週話のあったちょっと大きな商談のために急いで資料を作る。午後から商談なのだ。それと平行していよいよ今週末に迫ったイベントの準備に奔走する。途中来客者があり対応。妻からはたびたび電話があり決算後の納税などの相談など。支払い関係のチェックもせねば。到底すべてはできないので、こういうときはすべてを放り出して車に乗る。商談場所に到着し、初めて会う先生と2時間あまり開業に向けて細かい商品チェックを行う。その間も週末の件で携帯は鳴りっぱなしである。なんかだんだん戦争になってきたみたいだな。
会社に戻りイベントの入金関係などをチェックしていたら7時に約束していた歯科医院の勉強会に遅れてしまった。結局出れなかった。
いろーんな仕事を片付けていたら12時を回った。そのころ社員が一人営業から帰ってきた。こんなに社員を働かせて良いものだろうか?お互い作業しつついろんな話をする。1時頃、彼が帰る。自分も帰ろうかと思ったが力尽きて実家に泊まる。風呂にも入らずに寝てしまった。
1999/11/15 MON
7時に起きてしまった。このホテルは朝食付なのでゆっくりと食べた後、部屋でボーっとしたりして、ラッシュアワーが去る頃を待つ。10時頃チェックアウトして浜松町へ。モノレールに乗り継ぎ、羽田。全日空から間借りしているスカイマークのカウンターに並ぶ。何でも福岡は雨がひどく、もしかしたら伊丹に着陸するかもしれない、と聞かされる。あれ、こないだも伊丹から博多に行くときそんな事言われたっけかなあ。いよいよここへきて雨男本領発揮か。とは言っても心配することなく無事到着。そのまま高速バスに乗り込み熊本へ。夕方4時頃バス停に妻と子供に迎えにきてもらってこの出張も終わりである。久しぶりに家でゆっくりしよう、という間もなく携帯が鳴り響き、結局どこにいてもいっしょということか。夜中までパソコンのセットアップに精を出す。
1999/11/14 SUN
8時半に目が覚める。軽く朝食を頂いた後京都駅まで送って貰う。今日も暖かくて良い天気だ。「絶好の行楽日和やなあ」と浮かない顔で友人F氏。そう、京都の地元民にとっては行楽日和とは家でじっとしている事を意味するのだ。どこへ行っても人だらけで、動きがつかないのである。
京都駅から新幹線で東京へ向かう。新幹線の中でゆっくり寝るつもりだったんだけど、意外と目がさめる。あっという間に東京である。東京駅から秋葉原へ。中古のノートPCを物色。ソフマップ#8にて、レッツノートCF-S51を発見。20万円を切っている。PentumU333MHzでメモリ128MBだ。しかもXGA表示。いいなあ。しばらく近くの店をぶらついた挙句に買うことにした。中古といってもまだ新機種である。USB周辺機器を持っていないからI/Oポートも買う。3年ぶりのパソコン購入となった。
渋谷で降りてホテルへチェックイン。朝食付で6000円の宿である。ネットで見つけた。結構よいぞ。それから青山ダイヤモンドホールへ。友人と喫茶店で話した後、夕方からスタディグループのパーティである。派手な演出に驚く。100名ばかりで大いに盛り上がる。今週末には熊本で同じようなパーティを開催する側に回るので良い訓練であった。終了後、中の良い先生らで炭火焼のお店へ。これまた大いに盛り上がる。その後ロイヤルホストで11時過ぎまでロック談義に花を咲かせた後、表参道から青山まで一人で歩いて帰る。部屋に入ってからはパソコンを取り出してセットアップしたりして2時ごろ眠る。
1999/11/13 SAT
予定より30分以上早く京都駅に到着した。以前は京都タワーの前についていたのに、八条口に到着。そこから地下街を通って京都タワーまで歩く。ここの地下に銭湯があるのだ。行ってみると朝7時からの開始でまだ6時半である。近くのホテルのロビーにて少し休む。ここのロビー、BGMが一切流れていなくてしん、とした中、カウンターのマネージャらしきオジサンのやたらでかい声が鳴り響く。何もそんなに大きな声で電話対応しなくても、というくらいだ。気に障って休めない。ま、無料で使っているのだから文句も言えないか。
その後無事に銭湯に入り、サウナまで入ってリフレッシュ。ハンバーガー屋さんで朝食を摂りつつエッセイを1つ書いて友人宅へ向かった。3年ぶりに泊めてもらうことになる。友人夫妻は僕が京都で営業していた頃のお客さんで、今ではF1トモダチ、ということになっている。以前は毎年のように11月になるとここへ来て、早朝から鈴鹿に走ったものだ。彼らは今でも現役で今年も鈴鹿詣でに行ったそうだけど。
喪服に着替えた後で、岡崎の葬祭場へ。今日は以前勤めていた会社の現役社長の社葬なのである。53歳の若さで病死である。参列者の数は半端ではなく、告別式には300mを超える列ができていた。最近、親が息子を送る葬儀が多いような気がする。業界の主だった人がほとんどここにいるのではないか?業界大手企業の御曹司が相次いで若くして病死してしまうのって、このまま続くのだろうか?
業界若手の仲間達とお茶したあと、3人で食事に行くことに。そのうちの一人が幼なじみだという漬物屋「村上重」のご主人にお店を紹介してもらったら、なんと妻の親戚の店であった。「なか川四条店」である。久しぶりにおいしい「はもしゃぶ」をいただく。
19時を回った頃、大混雑するバスに乗って友人宅へ戻る。それにしても今日はすごい人出。京都は観光シーズン真っ盛りである。おまけに今日は11月とは思えないくらい暖かい。京都市バスは220円になっていた。初めて京都に住んだ頃は確か110円だったような。ほろ酔い加減で市バスに揺られるなんて、10年ぶりかな。
友人宅についてからは再度酒盛りが始る。F1談義、テレビの歌番組を見ながらのイチャモン付けなど楽しい時を過ごす。一方熊本では同じく友人を呼んでの家族対抗DDR大会が繰り広げられているようである。双方とも元はといえば私の知り合いだったのだが、いまではすっかり妻の友人のようである。結局2時くらいまでビールだワインだと盛り上がってしまった。布団に寝るのが気持ち良かった。
1999/11/12 FRI
朝から会社に電話を入れる。昨日元気が無かった営業君は復活しているようだ。プライベートの悩みでもあるんじゃ、とチーフ。ま、いろいろあるでしょう。今日は午前中家で仕事。電話が鳴らないので快適、と思ったら携帯がよく働く。昼前に税理士さんがきて算盤片手に決算の最終チェックを妻と3人で行う。1年以内の事なのに本当によく忘れているものだ。ノーツがあってよかった、と思う。
夕方になって親子三人で出かける。息子は片足を引きずっている。今日幼稚園で怪我したそうだ。ここのところ毎日のように怪我をしてくる。いままで異常なくらいおとなしかった子だけど、ようやく一人前ってとこかな。熊本交通センターについて今日の高速バスのチケットを買う。京都行きだ。久しぶりに「きょうと号」に乗るのだ。その後3人で地下街のうどん屋で軽く食事。再び交通センターに戻り、妻子に見送られてバスが出発した。高速バスのすごく背の高い座席から見る熊本市内はなんだかいつもと違ってどこかよその国の街のようだ。仕事なのに何だか観光気分を味わえる。しばらくしてビデオが始った。ブルース・ウイリス主演の「マーキュリー・ライジング」。ちょうど23時に終わって消灯である。途中何度も目が覚めてしまったのだが、比較的広い座席で休むことができた。
1999/11/11 THU
今日はいよいよ手がけていた歯科医院の開業日である。天気もよい。ご両親も嬉しそうだ。滞りなくスタート。僕ら業者は別室にてトラブルに備えて待機。いろいろな話を聞けた。その後近くの居酒屋にて昼食。携帯である顧客から納期に関するクレーム。気分よくないよ、忙しいんだよ、あなたのせいで。と愚痴を言っても始らんか。その後県庁に行って書類を貰い、八代へ。途中あまりに眠くてクルマを停めた瞬間携帯が唸る。気を取り直して会社へ向かう。メーカーさん数社と話をして、机の上の書類を片づけたら、突然やる気が消えたので家に帰ることに。ちょっと疲れ気味かな。
1999/11/10 WED
今朝は半年ぶりに揉めていた問屋の営業がくる。どうにも話がかみ合わないので、どうして揉めているのかを自分なりに説明したらようやく分かってくれたようだ。だがそれとビジネスは別問題、次回までに答えを持ってきてくれ、ということに。あまり期待せずに待っておこう。
それからは本日夜のスタディーグループミーティングに向けて怒涛の事務処理。午後7時に会場に着いて議事録を書きつつ入金を貰いつつ参加者リストを更新しつつ意見を言ってあっという間に過ぎる。その後技工室にてちょっと話して家に帰ったら12時であった。
そういえば一昨日の幻の商談だが、今日になってまたも逆転受注した。ようわからんが、とにかくよいことだ。
1999/11/09 TUE
朝2時に目が覚める。そういえば昨夜は鍋を囲んでビールを飲んで11時には寝ていたのだった。目が覚めると、眠れない。仕方が無いので起き出してネットタイム。溜まったメールの返事を書き続ける。日記も書く。それからセミナーのデータベースのまとめをしていたら5時半になる。さすがに眠くなってきてもう一度寝る。7時に叩き起こされる。ああ、変な一日だよ。
会社について朝礼の後、20歳の営業マン(2年目)が9時前に得意先に電話をしている。聞いていると「先月のセールは終わりましたから今月は通常価格です、よろしく、ガチャ」である。「こら、誰に電話してんだ」と聞けば彼のもっとも上得意のお客さんである。「いや、特価セールが終わってたことをいうのを忘れてたんで電話したんです」と答える。「で、今月はどうやって売り上げ上げるんだよ」と聞けば、一瞬、会社の方針だから仕方が無い、という面をしたのでブチ切れた。「×▽○▼△!」と怒鳴ったら、なんと泣き出しやがった。いっそう逆上してあのなあ、ということになる。お前プロなんだから自分の売上上げるためならもっと伝え方ってもんだあるだろう、朝の始業前に先方に一方的に通告することがどういうことかわかってんのかコラ、そんなんは業績100%行ってからヤランカイ、それにちっと怒鳴られたくらいでへっこんでんじゃねえ!!!となってしまう。
その後予定があったのでちょっとだけフォローして車に乗る。ある勤務医を先生に紹介する野暮用があったのだ。午前中を彼に捧げ、仲人に徹した私が会社に帰って来ると、営業が消えている。彼のノートパソコンの液晶が割れて机の上においてある。聞けばあの後営業君は逆ギレしてPCを叩き付け、出ていったという。泣いたり怒ったり忙しいガキだ。
さあて、明日からどうしたもんか、と悩む暇も無く来客者がノンアポで次々現れ、気を紛らしながらデスクワークをしていたら夕方。昼飯をまた食いそびれた。近くのモスバーガーに言って一人でライスバーガーを食べながら考え事。
会社に帰ってまたも来客者と話していたら件の営業君が帰ってきた。「どこにいた」と聞いたら「ぼおっとしてました」というので、「いつまでもちやほやされてても成長しない、誰だって厳しく叱られながら成長するもんだ、成長しないと思っている奴なんかには最初から注意しない、言いたいことがあったら逃げずにぶつかってこんかい」と小声で囁いた。彼も頭を冷やして反省したらしく、明日から頑張ります、という事に。
「で、このパソコンだけどさ」「弁償します」「アタリマエダロ」「30万くらいするんですか?」「そんなんで買えるかなあ」「仕方ありません」
という会話を交わしていたら、普段の彼の顔が覗き、「じゃ、社長のパソコンを今後は使いますね」と面白くも無い茶化しを入れたのでラッキーと思い「いいぜ、使えよ。その代り新しい社長用のノートPCをお前が買うんだぞ、判ったな」ということで決着する。
さらば使い慣れたレッツノートよ。さらば営業君の冬のボーナスよ、こんにちは最新型B5薄型モバイルセレロン400Mhz。
シャチョウに楯突くと、高うつくで。
営業君を解放し机に戻ったら昨日の商談のメーカー君より電話。何やら話が相当こんがらがってあちこちから横槍が入り、「この話は無かったことに」だと。聞けば同業者の実力者とやらがクレームを付けたそうな。彼は明日彼のボスとその会社を訪問して詫びを入れるのだそうだ。要はうちの会社に彼が肩入れしたのがまずかったとか。ひたすら謝る彼に「いいよ、売上なんかどうでも。ただ、君は何一つ悪くないよ。だから揉めないようにうまくやってきな。大丈夫、俺はこの件は忘れたりしないからな」と伝える。
やっぱり今日も変な日だ。スピリチャリズムを信奉する一部の経営コンサルタントなんかに言わせると、すべては経営者の考え、行いが呼んでくる事象ってなことになるのだろう。だが、今の私はそういった戯言を受け入れる気にはなれない。
1999/11/08 MON
あれ、なんで月曜日なんだ?という気分だ。午前中は家で昨日の清算や溜まった仕事を片づける。結構電話がある。12時半に得意先に行ってコンプレッサの入替である。院長に挨拶に行こうと診療室に行くと殺気立っている。聞けば患者さんが突然倒れて病院行きとか。大事に至らぬと良いが、と思いつつ、一足早く現場に着いていたメーカーさんの顔色を見ると、青い。「どーしたんですかー?」と明るく聞いてあげたら、「いやー、これは大仕事ですよ」と。見れば取替えるべき古くて巨大なコンプレッサーは、階段の下に作られた1mほどの深さの小部屋にぎっちりと設置されている。うわ、これをヨイショで上げるわけ?しかも60分一本勝負、2時からは診療なのでそれまでに行うのだ。良く考えたら今回の商談は院長から携帯電話で値段と形式の問い合せがあり、パソコンで見積を書いてFAXしてその場でOKだったから、現地確認していなかったのだ。ありゃー、と呆然としつつ、昨日役に立たなかった営業に「お前ガンバレ」と冷たく言い放ち、鼻歌を歌うシャチョウであった。
その後ぴきーっとなる腰を全力で振り絞り、なんとか入替に成功。ぶっ倒れた患者さんも無事だったそうでなにより。自分もぶっ倒れそうに疲労困憊だが、商談の約束があるので次の歯科医院へ向かう。
機械メーカーさんと同行して入替の商談だ。きっちり決めてやるぜ!と意気込んでいったら院長の顔色悪し。あー、こりゃ他に取られたな、と諦めつつ、脱力系トークで自社宣伝などしていたら、これが受けたのかあっさり逆転受注してしまった。300万円なり。今日は良い日だなー、と喜びつつ、昨日の講師のオフィスへ向かう。スライドを返して清算して何やら話して、暗くなったので家に向かう。ようやく家のガレージについた時に携帯が鳴り、「スライドが一つ足りないんだけど」。さっき返したはずのスライドトレーがなぜか1つだけトランクの奥に潜んでいた。どっひゃーとまた逆戻り。往復1時間。再び家に着いたら8時半だった。
9時半頃、携帯が鳴り取ってみると先ほど同行した機械のメーカーさんである。なに、競合ディーラーが再度見積もりを出すつもりだという?なんじゃそりゃあ!!受注したじゃんかよう!と憤るも、彼の事情も判る。じゃまた明日ね、と電話きる。何だか良い日なのかどうか判らない1日が終わる。
1999/11/07 SUN
8時に家に来るはずの当番の営業が来ない。携帯に電話すると風邪で引っくり返っているという。諦めて車を飛ばして講演会場へ。慌てて機材を搬入していると講師の先生がもう来ていたい。やばい。講師の先生、風邪で38度の熱だという。まわりはみんな病気ばかりなのに、なぜだか僕は元気。スライドスクリーンを会場に借りるはずだったのに到着していない。事務所はまだ開いていない。対処対処。マイク、ポインタ、展示、受付、一人で準備しているとようやく当番の営業が来た。ボーっとしている。こいつに会計はちと厳しいか、と思いつつ受付をさせて50名の入場を完了。
開始の挨拶をして、一気にお昼までスライドを終了した。お昼は講師らと一緒に近くのうどん屋。今日は若手の先生ばかりなので理想論がぽんぽん飛び出す。こちらも図に乗って歯科流通業界の理想論をぶちまける。よかった、受けた。
お昼からもスライドの嵐。営業は外で寝ている。役に立たん奴だ、邪魔してやれ、と近くに行って馬鹿話をしてやる。やめてくれ寝かせてくれ、と彼の目が訴えるがイジメモードのシャチョウは許さない。しかしいい加減飽きたので歯科の専門書を持ってきて読み耽る。うーん、歯科医にならなくて良かった。
時間通り終了し、ダッシュで後片付けをし、車に積み込んで解散。家に辿り着いてぼおーっとしていると妻子が阿蘇から帰ってきた。なんかいろんな話をしていたがあまり覚えていない。子供と風呂に入って、9時に寝てしまった。
1999/11/06 SAT
朝から朝食もそこそこに9時から会議。それにしても現代の20代は言葉を知らないのだ。慎重に言葉を選んだつもりが、まったく知らない単語を使ってしまっていたりする。普通に雑誌とか読んでたら知ってるはずなんだけどなあ。ということは俺もいよいよオジサンてことか。
とにかく数字を上げるんだ、と最後はこうなる。仕方ない、理論や理想では飯は食えん。最後は顧客に分かってもらえるためにどうするか、という浪花節になる。バランス。
1時頃終了し、車に飛び乗って熊本市内へ。明日のセミナーの講師のところにスライドを取りに行くのだ。途中コンビニでサンドイッチをパクつきながらひたすら走る。眠い。途中死ぬかと思った。いや、正確に言うと殺すかと思った。スライドを受け取ると自宅に向かい、寒かったのでガスストーブを付けながらごろ寝する。妻も帰ってきてとなりでごろ寝している。息子はぶつぶつ遊んでいる。ああ、絶対風邪ひくパターンだ。目を覚まして息子とぬるめのお風呂にゆっくりと入る。
1999/11/05 FRI
今日も朝から会議資料をまとめにかかる。それと日曜日に主催するセミナーの打合せと資料作りを平行して行う。会社についたら21日の講演会のデータベースを早くしろ、と電話があり、それに3時間かける。22時過ぎに目処が立ってメールチェックしたら、得意先からお叱りの声。慌てて懇意にしている先生に電話で相談、先生を通じて何とか誤解を解いてもらうことにする。気を取り直して会議資料を考える。数字は出来上がったので後はそれをどう伝えるかだ。眠気でとろとろの脳味噌を殴りながらどうにか若者にも分かってもらえるメッセージを練り上げる。優れた臨床家は患者が来なくて貧乏な時にこそ、知識を習得し、テクニックに磨きを掛けるものだ。多くの患者で溢れかえる臨床家が一方で学習し続けることは非常に困難だし、モチベーションも湧きづらい。今、我々もそのような時期に違いない。今こそ多くの知見を吸収していつかビジネスの体系が変化した時に一気にスタートダッシュできるよう、地道に活動していかなければならない。
なんて格好の良いことを考えて、仕事を切り上げ午前1時に風呂に入ったら妙に目が覚めてしまった。ビール片手にBSでやっていた不思議な映画を見る。ついつい面白くて2時半まで見てしまった。おってカラダが持たんぜ、と慌てて寝る。
1999/11/04 THU
朝礼の後社内にて昨日の記録などを整理。メールを書き倒して様々な準備を行う。今週末は月に一度の会議であるので、ネタを仕込む。スタディグループ発足資料を更に作り込む。社内にいるとどんどん時間が過ぎてしまう。営業と軽く話したりしつつ、しかし会議資料に浮かび上がる業績をみて素に戻り、さらに脳味噌を絞り上げる作業であった。久しぶりに家に帰る。といっても深夜で誰も起きていなかったが。
1999/11/03 WED
朝6時に会社に集合して、社員4人で車で博多へ。7時半からミーティング、展示準備、受付の練習。そのうち先生らがぞろぞろと集結して180名に。会場は既に満杯である。モートンアムステルダム先生という78歳のアメリカ人の講演に会場は多いに盛り上がる。コーヒーブレイクの間は忙しく展示説明を行う。昼飯はサンドイッチを食堂に放る。ばたばたと過ごすうちにあっという間に終演の時間に。片づけを手伝い、挨拶をして車に乗り込み、高速で会社へ。もう8時だ。妻と焼鳥を食べに出る。鴎にいく。寝る。疲れた。
1999/11/02 TUE
今日も説明会の2日目。今日はさすがに1時間くらいで終了。それから会社まで走り、明日の準備を行う。明日は福岡で研修会の手伝いである。展示の準備や入金の確認など。あとスタディグループの資料をまとめる。深夜まで事務所に残って仕事する。そのまま泊まり込み。
1999/11/01 MON
11月である。背景色も紅葉している(ように見えるだろうか)。さあ、今月は忙しい。休みが1日しか(23日)無いのだ。体力で乗り切るほかあるまい。昼から歯科医院開業を前にした機械説明をメーカーさんと一緒に。意外と時間が掛かり、終わったら夜7時。そのまま居合わせた同業者さんと機械メーカーさんと夜の街へ。何故だか体力の有り余った僕らは熊本の下通を全速力で短距離競争をしてしまった。11月に汗だくで炭火焼の店へ。同業者のボトルを開けつつ、「不況ですなあ」なんてギリギリトークである。これをお読みのお客様の皆さま、我々の業界は皆仲が良いのですが、決して談合などはないのです。なぜだか、そうなんです、ホント。だからこうやってたまに飲んでもきわどい話は一切無し。しかし幸い僕は理想論語るのは大得意であるからして、場は持ちます。でもなんだか僕は彼の会社の社員にはどうも嫌われているらしい。何でかな?できる男はツライなあ。それから2軒目に行って久々に2時まで騒ぐ。月の初めから飲んでいるようでは先が思いやられるのである。