Tomorrow Never Knows
1999年9月
1999/09/30 THU
今日も窓全開で通勤さ。そろそろ涼しいのを通り越して寒くなってきた。でも昼間は強烈に暑い。まだ30度越している。
午前中は昨日と違うメーカー。先月の仕入が足りない、あと10万円仕入れろ、と。わかった、だがもう仕入先に気を遣うのはやめた、今日からは必要なものだけその時に仕入れる、もう君たちの企画には乗らん、それで良かったら仕入れるぞ、と脅す。
業界の儲けの構造に軋みが入り、既成概念が流動化し、新しい枠組みが作られる時代には、まずその兆候は地震と同じくもっとも弱い活断層に露呈する。この業界で最も弱い層は間違いなく弱小歯科商店だろう。だが、私はそれを僻まない。なぜなら、もっとも弱い層は、もっとも敏感なアンテナとして機能するからだ。大きな地震がどっちから来て、どんな被害をもたらし、その後どのような展開になるのかが、よく、わかるはずだ。今は地面に耳を当て、アンテナを展開し、自然の声に耳を傾けよう。何かが聞えているはずだ。それは社員の体調として現れたり、僕の気分として表現されたりすることもある。また他愛も無い会話の中に潜んでいる。
最近ろくでもないニュースが多い。台湾地震、台風18号に続いて通り魔事件、そして放射能汚染事故か。よくないねー。
さて、この日記も9月はこれで終わり。今月も平凡なようでいろいろあったなあ。さあ、来月はどうなるのでしょうか。今月も読んでくれてどうもありがとう。
1999/09/29 WED
朝から社員のお母さんから電話があり昨夜から気分が悪くて倒れている、という。事務の子なんだが決算とかで無理しさせ過ぎたかなあ。病院によってくる、と言うので了承。本当なら朝から久留米に行く予定だったがキャンセルして会社に出る。昼前に彼は出てきて「頭が痛いけど仕事しないと会社が動かないから」と呟きながらWSに向かっていた。いやー、どうしてウチの社員はこうなんでしょ。でもやっただけの成果を挙げる事ができない今のシステムが悔しい。システムを考え、あるいは改良して、儲かる仕組みを作り出す事こそ僕の仕事だったはずだ。それなのに何をやっているのだろう。いや、何もしていないか。
昼からは今期の営業評価システムを完成させた。今日からは皆、売り上げの事を横において粗利で走る。いくら販売しても、儲けなければ何も変わらない。不況期こそ粗利と資金繰りの重要性について学ぶ絶好のチャンスだ。おりしも台風の影響で患者は激減するだろう。だったらなおさら営業行為1回あたりの利益を全員で考えながら動かねば。
深夜営業マンが帰って来る。顔色が良くない。明らかに悩んでいる。聞けばあちこちでモノが売れない、話を聞いてくれない、どうもお客に舐められきっている、ということだ。そりゃそうだよ、最高学府を出たインテリ軍団に君は高卒後2年目で挑んでいるんだよ、話なんか聞いてくれた方が奇跡だ、まずは難しいことを考えずに相手の懐に飛び込めよ、昼飯から始めろ、一緒に食べてこい、次に飲みに行け、そしてその悩みを相手にぶつけてこい。駄目モトだよ、お前に失うものはないから明日からそうしろ、と言った。多分に自分にも込めて。
1999/09/28 TUE
午前中はメーカーさんの新担当者と商談。しかしああ。どうして仕入契約を毎年更新するたびに契約パックとか言って何十万も在庫しなけりゃいけないのだ?歯科流通業界におけるパワーバランスは厳しい。お客さんである歯医者さんに対しても、歯科メーカーに対しても圧倒的に弱い立場にあるのがこの業種なのだ。儲かってる時にはそれでも苦にならないけど、今みたいになってくるとなんだかなあ。
夕方から熊本市内でスタディグループ設立準備委員会の6回目。相変わらず議事録をせっせと作成。会則をも決定。役員も決定。気がつくと11時前ではないか。久しぶりに会ったお客さんと深夜のフォルクスで目一杯サラダを食べて家に帰る。
1999/09/27 MON
会社について朝礼でいろいろと指示。被害状況の調査、その他。怪我した社員は病院経由で出社。そんなに酷くない、運転できる、という。とにかく今日は商売じゃない。でも利益は上げなきゃ、ってことで発破。昼からの県庁での届出に備えて書類の準備などをする。高速に飛び乗り熊本県庁へ向かう。僕はこの数年でいったいいくら道路公団に払ったんだろうか?サーバー1台買えるくらいかな?
コンビニおにぎりを頬張りながら県庁につくと資料を作成提出。それから歯科医院を回って早目に自宅に戻る。誰もいない。意外と涼しいので台所に資料とパソコンを広げて仕事する。
晩御飯はお好み焼きだった。9時に妻子が寝てからはホームページ更新、溜まった日記作成に命を懸ける。もう3時だよ。寝よ。
1999/09/26 SUN
なぜか6時過ぎに目が覚める。どうしたってんだろう。喉がガラガラ。歌いすぎしゃべり過ぎだ。シャワー浴びてテレビ見て新聞読んで朝食採って9時に皆と待ち合わせ。メールアドレスの交換などして別れる。情報によるともう高速は通っているようだ。快適に走って12時には家にいた。昼飯を食べて昼寝。3時間ぐっすり寝た。起きて子供と遊んで、夕ご飯を食べる。些細なことで妻と口ケンカ。9時からCSでF1ニュルブルクリンクを観戦。なんだなんだこのレースは。レベル低すぎ。11時過ぎにまたベッドに入ったらすぐ寝てしまった。
1999/09/25 SAT
今日は大学時代の先輩の結婚式が宮崎であるのだ。6時に起きて情報収集。高速道路、国道ともに未だ不通だ。どうしよう。迂回路通るとすっげえ時間掛かるぞ。JRは?いや、これも5時間コースだ。バスは?いや、一緒だ、道路が駄目だもの。とにかく車で出発だ。
楽器を積んでいざ出発。高速の八代インター出口で大渋滞。ここから先は高速が不通なのだ。八代市内も大混雑。関西電力さんなどの応援団コンボイが壮絶。有り難いことだ。しかし、渋滞である。ちょっと諦めて会社に寄ってみる。社員3名が出てきてくれてた。TAをいじって何とか電話回線は回復させる。電気はまだ来ていない。それからまた南へ。国道3号線を南下する。相変わらずのノロノロ運転。日奈久温泉を越えて田浦から人吉方面へ入る。山の中の道路に入っても被害は続いている。あちこちで電線が垂れ下がっている。国道219号線に入ると後は快調に人吉市内〜えびのと飛ばす。腹が減ったがこのあたりはどこも完全な停電状態。コンビニも冷蔵庫がアウトで食べられるものはスナック菓子くらい。ポテトチップとぬるいお茶を貪りつつ走る。やっとのことでえびのICに辿り着き、ここからはスピード勝負だ。すでに披露宴は始っている。あと110kmだ。時速1××kmでぶっ飛ばす。えびのから宮崎までは基本的にずっと下り坂なのだ。スピードはどんどん出る。あっという間に宮崎終点だ。一つ葉有料道路経由でシーガイヤへ。おっともう14時過ぎ。14:30には終わると聞いている。駐車場から走る走る。勢い余ってガーンとドアを開けたら、最後のご両親の挨拶であった。当然全員の注目は会場後方に集まっていた。そこでドアをバーンである。あああ。でも気にせず自分のテーブルを探して座る。フルコースの料理が冷たく置いてある。でも腹が減っているのだ。時間が無いのだ。後5分だ。エイヤっと食べまくる。気がつくと宴が終わっていた。とにかく、疲れた。汗びっしょりだ。
懐かしいメンバーと再会して私の車で二次会場へ向かう。ライブハウスだ。演奏だ。こうなったらこのために来たようなものなのだ。しかも今回は僕は企画演出進行司会演奏なのだ。ここへ車での6時間、しっかりとデモテープは聞いてきたし、構想もそれなりに練ってきた。 ということでここから先は、こちらを見て下さいね。 この日はホテルに泊まって、ぐっすり寝た。あー、疲れたぞ。
1999/09/24 FRI
昨夜の夜から台風18号が来ることは分かっていた。しかし4時頃目が覚めてみるとあらためて洒落にならんことが分かってきた。とにかく家が揺れている。バキバキと炸裂音が近所中で聞えている。突風が吹いてガランガランと何かが転がる音が響いてくる。これって久しぶりの感覚だ。被害が相当なものになることは予想できた。妻が恐がるので揺れる2階から1階に3人で移動。テレビをつけて情報を確認する。停電や断水に備えて風呂に水を溜め、懐中電灯に電池を詰替え、ラジオを準備。今のうちにと携帯とパソコンをフル充電する。5時頃から更に暴風が酷くなる。雨も結構降ってきた。窓から雨漏りも始った。恐る恐る窓を開けて外を見ると凄い状態に。隣のうちの庭木が折れている。どこかの毛布が家に飛んできている。先日取付けたTVアンテナはまだ無事なようだ。6時頃八代の社員から携帯がなる。窓ガラスが割れて手を怪我したとのこと。止血を確認して寝とけ、と指示。病院に行ける状態ではないという。次の瞬間、停電。ポータブルラジオに情報源を切り替える。幸い息子は昨日の運動会の疲れで起き出さない。窓ガラスの補強を行う。だんだん明るくなってくる。何故か新聞が届けられる。7時くらいになると雨風がだいぶ収まってきた。それでも時折吹く突風で体が押される。近所の人たちが思い思いに家から出てきてお互いの被害状況を確認しはじめた。近所の電柱のステーが抜けて折れやすくなっている。新聞配達のオジサンに聞いたところ近所の電柱が数本折れてそれで停電しているという。折れた木などを皆で片づけて交通を確保する。
8時頃、家を出て会社へ向かうことにする。会社が心配である。数名の社員の報告によれば八代の被害は洒落にならないとのこと。会社の在庫とサーバーがどうなっているか見に行かねば。車高が高い妻の車で出かける。途中街路樹や電柱がバキバキ折れている。何度もUターンを繰り返して迂回しまくる。橋の上では1mくらい横に流される。いつもより車の量が多い気がする。皆何かを確認しにいくのだろうか。結局2時間くらい掛けて会社に辿り着く。思ったより被害は少ない。看板がどこかへ飛んで行ってしまっている。2階の雨樋も消えている。駐車場のスレートも無い。しかし、それくらいだ。在庫もコンピュータも多分大丈夫だ。停電しているので確認できないが。
会社にいると数名の社員が出社してきた。電話も電気も通じないので仕事にならない。もう1名の家は床下浸水しているとのことでダンボール箱を取りに来た。近所のコンビニは電気が消えた状態で営業しているが、食糧はとっくに無くなっている。実家で冷やご飯を食べる。ここは上水道ではなく汲み上げ井戸水を利用しているので停電=断水である。トイレもろくに行けない。だんだん暑くなってきた。当然エアコンも効かない。お客さんのところのスタッフが訪ねてきて、修理して欲しいという。コンプレッサーが止まって診療できないそうだ。ということはその地区は停電していないということか。急いで訪問する。街中を走るうちに酷い状況が見えてきた。とことんいろんな物が曲がっている。街路樹はボキボキだ。電線はあちこちで切れて垂れ下がっている。早く地中化しないといけないじゃないかなあ。修理自体はブレーカーを上げるだけで完了。皆動揺しているようだ。
3時過ぎにこれ以上会社を開けていても無駄、と判断、社員を返して、自分も帰ることとした。帰り道ではすでに復旧作業が始っていた。これも2時間掛けて自宅に帰りつくと、もう電気が戻っていた。テレビをつけると不知火町で酷いことになっている。携帯電話はどうにも繋がりにくい。
それなのに東京の友人が熊本に来ている、と携帯が鳴った。そうなのだ。今日は以前から熊本の夜を案内する約束だったのである。業界のボスたちが次々に熊本に入っているのだ。実は明日明後日はライバル社の展示会が開催されるのだ。何で俺が?と思いつつ、結構喜んで彼らを先導、寿司屋→クラブ→ランパブと案内。それにしても皆どうしたっていうんだ。夜の街は人で溢れているぞ。家はどうした。妻は、子は?関係ないのかな?といいつつ、自分も飲んでいる。もう一人大阪から来るはずの方は広島あたりで新幹線車内で閉じ込められているという。それも大変だな。なんだかんだと騒いでいたが明日は宮崎だ。12時前には失礼した。この日の写真レポートはこちらをご覧ください。
1999/09/23 THU
今日は秋分の日で休みである。しかし、幼稚園の運動会なのである。6時に叩き起こされる。しかし天気はイマイチよろしくない。しばらくしたら連絡網で今日は運動場ではなく、体育館で開催、とのこと。8時前に場所取りへ出陣。狭い体育館はもうあちこちが場所が取られており、ちょっとした隙間しか残っていなかった。ま、いいか、と思い荷物を並べて5人分の場所を確保。そうこうするうち、「ご父兄の皆さん、荷物運びを手伝ってくださあい」と放送があったので入口付近でのバケツリレーを手伝う。しばらくしてさっき確保した場所へ帰ってみるとデブのオバハンがそこにシートを広げ、僕の荷物は片隅に追いやられているではないか!
「それ、どけちゃったわけ?」と恐る恐る聞いてみると、オバハン曰く「あら、ゴミみたいに置いてあったからね」と応戦されてしまった。ただでさえ睡眠不足である。おまけに湿度が高く不快指数最高である。もともと場所取りなんかしたくないわい、と不機嫌な状態だったのである。最後に相手がデブであった。私は頭の中が瞬時に煮えくり返ってしまった。「よー、そういう失礼なことが言えるもんだなあ」と思わず凄んでしまった。実際非常に失礼なことを言っているのである。どーしたら俺様の日経新聞やらビデオカバンがゴミに見えんだよ! そうするとデブは「それはどけって事ですか」と目を丸くして息巻いてきた。「違うよ、戻せっつってんだよ」と答えたら「あーそうですか、わかりました、ねー○○ちゃん、どけですって、名前もなーんにも書いていないゴミみたいのを置いていたくせに、どけですって」などとこれまた肥った娘に対してあてつけがましくヒステリックに叫びつつシートを丸め始めた。最近こういう激しいシーンに慣れていなかったもので、もうこのへんでオバハンパワーに圧倒されつつ、呆然と見守ってしまった。するとオバハン「オタク、どこの組の方ですか」とのたまう。いや、どこの組って、別に暴力団じゃあ・・と口篭っていると、あ、そうか幼稚園の組のことを聞いているんだな、と理解した。「あんたケーサツか」と切なく反論するもこっちを睨んで仁王立ちである。「何でお前に答えなあかんの?聞きたいなら自分から名乗れ、聞きたくもないがな」と答えてやったら「鴎組のデブデブです。私はちゃあんと名乗りましたからね!」というので、一応答えておいた。なんだか筒井康隆の悪夢の短編を読んでいるようである。オバハンはまだぶつぶつ言いながらしばらくその辺をうろうろしていたので、僕もしばらく眺めていた。
それにしても、である。台湾や神戸で震災に遭った方々が体育館に何ヶ月も避難したりするのである。大変だったろうなあ、と心底同情した。ついでに自分がそのような立場で、このオバハンと遭遇してしまったら制御が効かなくなりそうな気さえした。いっておくが僕は太目の方は決して嫌いではない。自分だってデブかもしれない。だが、このオバハンには嫌悪を感じる。多分相手もそうだったのだろうが。
後で聞いたら妻の知り合いだったそうだ。「構わん、絶交しろ」と言ったが、どうもね。そういう事もあってこの日は1日超不機嫌であった。 息子がかけっこで1等賞を貰ったことだけがこの日の良いことであった。妻はそれがよっぽど嬉しかったらしく、「あー、私の血が流れているのよ〜」と思わず絶叫していた。僕はオバサンに人気が無いなあ。
1999/09/22 WED
請求書チェックの日。それにしても暑いなあ。午後から人吉へ行く準備。決算前に無理して買ってもらった超音波スケーラーの納品説明。久しぶりにそこの先生と話す。予防の話とか。おりしも週刊ポストでは恒例歯科叩きが始っているし。汗をかきつつ納品説明を終えると今度は老健施設に行って歯ブラシの展示を。施設内の勉強会に出席なのだ。その後懇親会にもちょっとだけ参加。でも今日は帰らないといけないのでノンアルコールで我慢である。そう、明日は幼稚園の運動会なのだ。早朝から場所取りなのだ。
1999/09/21 TUE
今期からの新体制のためにいろいろと準備。棚の整理や片付けなんかもやる。明日の人吉での展示の準備に結構時間を使ってしまった。今日は久々にたくさんメールを発信する。すると面白いものでどんどん返事が来る。話題も結構面白いネタがあったしね。
夜は友人と長電話して、得意先に寄って、家に帰る。
1999/09/20 MON
今日はいよいよ決算である。会社で棚卸の準備をやる。以前に比べて在庫も随分圧縮しているので、業務課がほとんど数えてしまっているので本当に楽だ。以前だったら1週間前から徹夜して準備してたものだけど、最近ではほとんど僕の仕事はないに等しい。
それでも7時半から始めた棚卸が終わったのは11時前だった。社員にご苦労さんを言って、この日は家族で実家に泊まる。
1999/09/19 SUN
今日は日曜日だ。妻子は昨日からそのまま会社に居残っている。私は自宅で仕事しよう、と思ったのが、これがまた暑い!ちょっと9月とは思えない蒸し暑さだ。仕方が無いので仕事を諦めて、ギターとキーボードを持って練習を始める。今週土曜日に宮崎で先輩の結婚式で演奏する曲である。「なんで俺がドリカムのキーボードを弾くわけ?」と自問しつつ、数年ぶりにコード取り。うーん、弾けんぞ。汗だくで2時間弾きまくっているとなんとか先が見えてきた。いかんいかん、1日が終わってしまう。まだ飯も食っていないのに。
熱地獄の自宅を脱出し、ファミレスへ向かう。ここで仕事すれば涼しいのだ。だが、PCのコンセントを貸してくれるかなあ? 目を皿のようにしてコンセントに近い席を探し、そこに座る。気にせず2時間近く粘って仕事していたらやっぱりマネージャらしき男が来て 「お客様、当店ではコンセントの使用はお断りしております」ときた。そーかいそーかい。店を出ながら考えた。ノートパソコンの電気使用量なんて知れてるぜ。だったら全部の席にコンセントに引いてそれをあえて宣伝した方が良いんじゃないかい?
1999/09/18 SAT
朝は家族全員で会社へ。子供を実家に預けて決算準備である。社員達もぞろぞろでてきてそれぞれ仕事している。午後からの公園課の準備を行う。今日は大学歯学部の同窓会があって、そこで懇意にしている先生が講演するのでお手伝いである。インターネットの話をするというので資料をまとめる。
八代駅から久々に普通列車に乗る。ここいらの中高生は相変わらず変わらないなあ。熊本駅につくとふと見た顔が。小学校からのポン友の奥さんが子連れで歩いてくる。買い物に来たそうだ。最近ネットデビューしたのでここも読んでるはずです、夫婦で。市電に乗り継いでセミナー会場へ。ついでにうちの企画の宣伝もさせてもらう。夕方終わって懇親会には参加せずうろうろ歩いていたら同業者の社長とばったり会ってしまった。「何してんの?」と聞けばこれからお客さんと飲みに行くという。聞けば皆うちのお客さんでもある、じゃあ、一緒に行くか、となった。変な業界である。
なんだかんだと喋りながら、皆の目がギラギラと輝いてくる。何だ?と聞けば、今日は熊本の夜の街にあらぬ期待をもって参集しているという。ふーん、ってことで温泉街の近くまで連れて行き、空き時間を確認して回ったのだが、まーこれが混んでること!!大体1時間待ちなのだ。「しょーがないから待ってなはれ」と言い残して、我らホスト組はお客を置いて帰ってきましたとさ(ホントだぜ)。
その後久々に行き付けの店に行ったのだが、今日はどうしたことか懐かしのフォークソング大会であった。イマイチ乗り切れず家に帰る。3時であった。
1999/09/17 FRI
来客があり、仕入の決算調整を2社行う。仕入れてばっかりじゃないか。担当者と近くで飯を食って情報交換。夕方から熊本市内の歯科医院へ入り明日の講演会の準備など。頼まれてそこの歯科医院のホームページに少し手を入れる。入れ始めると止まらなくなり、結局家に帰って午前2時半までやってしまったぞ。
1999/09/16 THU
会社に行って仕事の整理をしたり、今週のニュースを作ってみたり、決算の準備をしてみたり。気がついてみたら昼飯を食うのを忘れていた。得意先から今度の講演会の招待状を追加で作ってくれと言われて画用紙にコピーしたりして作る。それを持って熊本市内に走り届けて、家に帰ったら随分早いお帰りとなってしまった。飯を食った後パソコンを広げて仕事。でも1時過ぎたら寝てしまった。
1999/09/15 WED
今日は休みである。例によって休みの日に限って息子は早起きである。熊本市は今日はお祭り。でもうだうだと過ごすうちに夕方になる。家族3人で「キーボードを買うぞ」ということで例によってディスカウントストア&電気屋巡り。結局1円も使わずに帰ってきて飯食って寝てしまった。ああ、何という生産性の悪い1日なのであろうか!。せめて、と思いエアウォーカーを漕いでみるも、最近は全然体重に変化が無いままなのである。食べすぎかなあ。
1999/09/14 TUE
仕事が溜まっているぞ。来週は決算だというのに!でも明日が休みとなると何か気が抜けているので、これはいかん、と朝礼から気合いを入れるのであった。得意先から洋書の問い合せがあったので始めてamazon.comを利用してみる。なんだ、これくらいなら簡単じゃないか、ってことでさっそく注文。円高だしね。
今日は早目に帰ろうとも思ったのだが、結局なんだかんだでやはり午前様帰宅であった。台風が来ているとかで天気悪い。
1999/09/13 MON
朝起きられなかった。無理してはいかん、と会社に電話を入れて1時間ほど余計に寝る。ぼおーっとした顔で10時出社、昨日の研修会の後始末などをする。あと土曜日の会議のまとめ。
夕方からメーカーさんが来られて勉強会。人工歯の形態について1時間ほど教えてもらう。そのまま八代の夜へ食事に。馬刺しを喰らう。お客さんと別れた後最近妻が行ってみたというショットバーへお忍びで偵察へ。その後いつものカウンターでバーボンをあおって実家へ帰り、2時過ぎに寝た。
1999/09/12 SUN
朝は講師の先生からの電話で起こされてしまった。ありゃりゃ。朝食を共にし、10時から講義。久しぶりにじっくりと歯科の勉強をした感じがする。やっぱり面白い。もっと勉強しなきゃ。通常クルマ屋さんは車に凄く詳しくて当たり前だと思うし、それ以前に多分クルマが大好きだと思う。パソコンやさんでもそうだし、本屋さんでもきっとそうだろう。でもどうして医療業界の営業マンたちはそうでないのか?自分で専門雑誌を買ってまで情報を追いかけている人は極少ないと思う。もっと興味を持って最先端の科学を学ぶ姿勢を根づかせる事ができたら、もっと仕事が面白くなるんじゃないかな、とちらっと思った。
帰りは淡々と高速を走る。家に着いてF1を見ていたら疲れて寝てしまった。フレンツェンおめでとう。
1999/09/11 SAT
目が覚めたら8時半。いかん、遅刻する。急いで着替えて9時から会議。決算寸前の大事な会議だ。来期の方針と予算について話す。また営業の評価方法について。一番難しいところだろうが、今の社員達は応えてくれるだろう。いつも会議の後は精力を使い果たしてしまうものだが、今回はそうも言っていられない。終了と同時に車に飛び乗り、ガスを満タンにして宮崎だ。約2時間で宮崎市内、宮交エアラインホテルに入って講演会の展示準備を行う。
午後5時に一月ぶりに講師の先生と再会、スライドの準備などしつつ、いろいろと話す。今日は2時間余りのスライドだ。1日半の講演で、明日も1日あるのだが、当初は朝から帰る予定だった。しかし、非常に面白い内容だったので急きょ予定を変更し明日も一日見せていただくことにした。
8時頃いったん終了し、懇親会がはじまった。私はホテルを出て、大学時代の先輩と待ち合わせし、小料理屋で打ち合わせ。2週間後の結婚披露宴二次会での企画の打合せである。この先輩、鹿児島から出てきて3000円しか持ち合わせが無いという。仕方が無いから後輩の僕が払ってあげた。そういう僕も実は9000円しか持っていないのだが。その後ウエザーキングというライブハウスで会場の下見。なかなかオシャレな店だ。ところで、宮崎の夜をぶらぶら歩いたのだが、なんか日本じゃないみたいだ。土曜の夜ということもあるのだろうが、若者がうじゃうじゃいる。それも路上にうじゃうじゃいる。非常に蒸し暑い夜だったので、女の子は薄着でしかも最近流行の靴底の分厚いサンダルでポコポコ歩いている。どっかの遠くの南国の夜だなあ。都市にはそれぞれの匂いが染み付いているものだ、とつくづく思う。また、呼び込みの女の子が多いのにはびっくりした。部屋に戻ると2時前だった。
1999/09/10 FRI
朝7時には博多駅にいるはずだったのに、目が覚めたらベッドの上でその時間を迎えていた。まだアルコールがガンガン残っている。シャワーを浴びてふらふらと博多駅に向かう。結局8時過ぎの列車に飛び乗り、またもコンセントのある席を確保して、昨日の議事録やらこの日記を書いている。
10時に会社についたら、9時半にアポイント取っっていたはずの仕入先の人がいない。どうしたん?と事務員に聞くと「5分くらいいて、帰っちゃいました。私はちゃんと約束の時間に来ましたからね」と念を押して言ったという。ふうん。
雨だ。まるで梅雨のように降っている。
歯科のソフトを作っている会社の方と会う。なかなか面白いと思う。ビジネスとしても面白いかもしれない。でもそれ以前に何か、オモシロイ、と思った。ガチガチの歯科の仕入先の方と話しているより、なんだかね。
その後会社で明日からの宮崎のセミナーの準備。それが終わったら明日の会議の資料作り。睡眠不足気味のところだったので、資料を作りながらつい居眠りをしてしまう。1時を過ぎたらもう限界を感じて風呂に入って寝た。
1999/09/09 THU
会社に着いて昨日の輸入商社さんと新しい機械のデモ説明。値段を出してさっそく営業にハッパをかける。そうしていたらもう一人卸の営業所長さんが来られて商談。そうこうするうちお昼前になったので慌ててタクシーを呼んで八代駅へ。今日は福岡でメーカーの特約店会議なのだ。久しぶりに八代駅を利用する。もうすぐある熊本国体のために県内の公共施設や道路は見る見るうちに美しくなっていっているようだ。日本国民は長野の失敗をすぐに忘れる事ができるらしい。
列車の中ではパソコンを取り出してプレゼンテーションソフトを久々に起動、新システムの企画を書き上げる。特急つばめの各車両の1列目には掃除機用の100vコンセントがあるのだ。これは便利なのだ。だから、いつもその席でパチパチやってしまう。ついでにこの日記も書いている。さあ、もうすぐ博多駅到着だ。
3時から会議、新製品発表会など。眠くて眠くて。ここでも思想はプロダクト・アウトだ。僕ら流通の仕事は作られた製品の良さを顧客に説明して、販売金額を稼ぎ、たくさん仕入れる事、だそうだ。そうやって売上優先の思想が作ってきたもの、壊してきたものをそろそろ決算しないといけないんじゃないのかな。なんて社長の言うせりふじゃないね。良い経営者とは走りながら考えることができるそうだ。僕みたいに考えるときにいちいち立ち止まっていては、まだまだなんだろうな、きっと。
夜は懇親会。日頃競争している会社の社長たちは満面の笑みを浮かべて、語らい、そして今日も何かを確認している。新米社長の僕もまけじとジョークを飛ばし、場を繕う。アルコールとは、素晴らしいのだ。
それから中洲へ行き、ホテルへ12時ころ帰る。入口である会社の専務とばったり会って、もう一人の同業者と3人で屋台へ行く。流通の再編は様々な傍流のドラマを生みながら、それぞれの人生を巻き込んでいくらしい。目の前で展開されている二人の喧嘩を見ながらそう思う。部屋に帰って最後は二人でビールを飲みながら激論。アンタは面白い男だ。僕のやるべきことはもうしっかりと見えている。寝たら3時だった。99/9/9だったんだね、今日は。
1999/09/08 WED
昨夜は明け方まで妻に来期の構想について語ってしまった。したがって睡眠不足で出社。お昼からメーカーさんの支店長が来られて一緒に近くで鰻を食う。そこの担当君に女児が誕生したらしい。ヨカッタネ。会社に帰ってあーだこーだとまだ来期の計画。夕方過ぎに輸入商社さんが来られて契約の件とか。彼が帰ってから事務所で一人で、新しい構想についてまとめる。だんだんカタチになってきたぞ。家に帰りついたら午前様。妻はまだ悩んでいる。
息子に期待してはイカンよ、いくら音楽好き夫婦の子供だからといって天才になるはずだ、なんて期待してたら可哀想だって。だってサッカー教室のときは、「できるはずがない」って思っていたから何をやっても可愛く見えたんだよ、だからバイオリンでもピアノでもカラオケでもいいんだけど、別にプロを目指すわけじゃないんだから、要は何でもいいんじゃない?と無責任発言をカマシテ、寝た。
メールチェックしたら、高校時代の友人からメールが来ていた。ジャカルタからだ。東ティモールをフリーで取材していて、いよいよ状況が悪化したため脱出したらしい。無事でなにより。彼と話すなんて15年ぶりくらいだ。今度ゆっくり話してみたいと思う。
1999/09/07 TUE
午前中は社内で過ごす。お昼から歯科医院の開業打合せ。湿気が多くて現場は蒸し暑い。スタッフの紹介とか。最後に正式受注。めでたしめでたし。それから歯科医院へ1軒行って、その後「バイオリン教室」とやらへ。何でも妻が息子を連れて見学に来ているから、パパも来て、ということらしい。遅れていったので実演は見れなかったが。どういうことかというと、先月のシンガポールの友人の演奏に触発されて息子にバイオリンを、ということらしい。お月謝8000円!ああ、ということはパパの小遣いが。。。その後喫茶店で思い切り悩む。何を悩んでいるのか、というと、ここまでわがままな(妻にそっくりな)息子が果たして破門されないだろうか、ということ。
私はその後もう1軒訪問して、家に帰る。帰るとまだ悩んでいた。即断即決型の妻にしては珍しい。私はまたもエアウオーカーを30分漕ぐ。最近ずーっと68.2kgだ。なかなかそこから進展しない。
1999/09/06 MON
ずーっと会社に来客づくしで話してばっかりの一日だった。ふと気づくともう夕方で、社員と話していたらもう夜の10時だ。仕方が無いのでそのままその中の1人と街に出ることにした。久しぶりの八代の夜だ。といってもあと2時間で明日なのでご飯食べて終わりだけどね。というわけで、居酒屋、ショットバーと回りまして、結局2時まで。見栄はって全部領収証無しで自腹切ったぞ。といっても安いところばっかりだから2人で2軒、1万円以下だったけど。ホント、八代は安いのだ。
1999/09/05 SUN
子供と早起きして新聞を読んだり。午前中はうだうだと過ごす。12時を過ぎていつものエアウオーカーに乗って漕ぎ出す。ちょうどウタダのCDが掛かったのでそのリズムで一気に40分近く汗をかいてしまった。もう汗だく。体重計に乗ると何と68.0kg。うーん、2kg痩せてる。「宇多田式ダイエット」完成である。
それからパソコンを開けて、このHPをいじくりまわす。画面をスッキリさせて、ちょこちょこ手を加えた。どうでしょう?
その後、小雨の中車に乗って出かける。お買い物である。トイザらスに久しぶりに行ってミニ4駆を買ってあげる。となりのショッピングセンターで昼飯を食べて、ゲーセンで騒いで、電気屋に行って思い立ってテレビとBSのアンテナを買って帰る。家に帰って雨の中2階のベランダにアンテナ設置工事を行う。地上波はばっちり写ったが、BSは失敗。次回に。せっかく写ったテレビも面白い番組をやっていないので、ビデオ「ジャッカル」など見つつ、ビール飲んで寝た。今日は家族と共に過ごした。
1999/09/04 SAT
今日は福岡で組合の会議である。滅多に出ない組合なのだが。いつもの高速バスで福岡県庁の近くの事務所へ。昼飯を食いそびれて4時近くまで会議。議事録作成を頼まれてその場でカチャカチャと作成。終わってまたバスで帰る。あー、なんだか。
家に帰ると飢えた子らが待っていて(んなわけないが)、歩いて近くのお洒落な居酒屋へ。だけどどう見ても家族連れの入る店ではない。さらっと食べてまた家に帰ってビール飲んで寝てしまった。それにしても今日は良く汗をかいたなあ。
約1ヶ月ぶりにエッセイを書く。今回も高速バスの中で書いた。考えたらいつも出張中の移動中に書いている。熊本から福岡までのバス中1時間半、ノートPCのバッテリを気にしつつ一気に書くのが調子良さそうである。
1999/09/03 FRI
車の中で髭は剃るわ、歯は磨くわ、しまいにゃ新聞読むわ、ネクタイ絞めるわ、という慌ただしい出勤状態が続く。対向車が見たら驚くだろうなあ。
会社に着いて昨日の続きをまだ考えている。ぶらぶら歩きながら考える。ふと気づくととんでもない方向に考えが迷い込んでしまう。あっと驚く大発見をしたつもりがペンを持った瞬間忘れてしまう。なんだか久しぶりにこんな感覚を味わっている。ただの大きな誤解かもしれないが、でもこういう錯覚を重ねることは大事かもね。
亡くなった友人の父親から突然電話があり、どうしているか、と聞かれる。あんたは息子に良く似ているから気が気じゃないんだよ、いつも家でもそういう話が出るんだよ、あんまり真剣に考えたらだめだよ、と。そうでもありませんよ、僕はこうやってフラフラしてますからね。
さて、熊本へ行こう。考えてばかりでは決算の数字は出ないのだ。
1999/09/02 THU
7時過ぎに目が覚めて、朝食を摂ってまた八代へ高速で戻る。途中で突然便意を催すが、それらしき場所が見当たらない!結局20kmあまり悲痛な顔でドライブ、坂本村の「道の駅」で命拾いした。日頃は「ケッなんじゃ道の駅」と思っていた施設だが、助かりました。
その後会社で2社ほど仕入商談。ソフト会社と久しぶりに電話してたりしたら、突然ある構想が浮かんでそれからずっと紙に向かってうだうだ書き始める。結局夜中まで。こういうときはあれですね、やっぱりキーボードじゃなくて紙とペンですわな。
昔作曲なんてやってた頃、どうしてもエレキギターやシンセサイザーでは曲を作れなかったことを思い出した。やっぱりアコースティックギターとか生ピアノでないと発想が出なかったものだ。どっかで聞いた話だが、骨に響く楽器じゃないと作曲できない、らしい。
そういう意味で新しい発想って言うのはパソコンからは出てこないのかもしれない。
1999/09/01 WED
9月になった。画面の雰囲気も少しばかり秋を意識している。
今日は朝から会社に出た後、人吉へ向かう。高速を使用せずに、国道219号線を使って行く。窓全開で走ると本当に気持ちが良い。歯科医院を2軒ばかり訪問してその後、食事会である。少し時間が会ったので市房ダムに足を伸ばしてみる。静かだ。
夜は何てことない居酒屋で。その後騒がしい店に行く。昼と夜の差が激しい1日だった。そのまま泊り。